7.実態データの分析 2)自殺予防と場所・空間の現状と取り組み 目次 [1]自殺原因・自殺手段と場所・空間: [2]縊死自殺と場所・空間: [3]建物からの飛び降り自殺と場所・空間: [4]景勝地の飛び降り自殺と場所・空間: [5]飛び込み自殺の一般的傾向: [6]駅構内の飛び込み自殺と場所・空間: [7]駅間の飛び込み自殺と場所・空間: [8]薬物自殺と場所・空間: [9]ガス自殺・その他自殺と場所・空間: [1]自殺原因・自殺手段と場所・空間: * 各種の統計を含めて,自殺原因の分類は,現実には概念的に数少なくパ ターン化されており, 「死者に口なし」や死者や遺族のプライバシー尊重な どから,その実態は把握し難く,本当の原因を公的資料から把握すること は困難である。 しかも,直接の契機となった,精神障害や身体疾患などの健康原因や, 家庭問題や職場関係など人間関係による原因,リストラや不況・倒産など の失業苦や借金苦による原因の背景には,様々な社会的ないし個人的な真 の遠因があると思われるが,ほとんど把握できていない。 今後,より正確に把握するとすれば,近因と遠因を含む新たな原因基準 を作成して,今後の事件について改めて情報を収集・蓄積するよりほかに ないと思われる。しかしなお,その真の実態把握は困難が伴うであろう。 したがって,現状では,自殺原因と自殺場所や空間の関係も一般に不明 確である。 * 自殺手段は自殺原因と異なり公的資料上もかなり正確に把握できる。日 本の場合は,一般に縊死(首つり)がもっとも多く,薬物(含む毒物)死, 溺死,ガス中毒死,飛び込み死,飛び降り死などが続いており,刃物自傷 死,焼死,銃自殺などは少ない。 自殺手段と自殺場所や空間の関係についても,公的資料からある程度は わかる。しかし,場所や空間の詳細な状況や特色となると不明確である。 [2]縊死自殺と場所・空間: * 縊死は日本人の自殺手段としてはもっとも高比率で,全自殺件数の 1/2 〜1/3 を占めている。自殺の成功率も 99%と極めて高いこと,手段が容易 なこと,場所を選ばないことなどが主な原因と思われる。 * 縊死は,一般には自殺者の体重を吊るせる強度の紐や布類と,体重を支 えるのに十分な強さの引っかけるところがあれば成立する。正確には全体 重をかけなくても縊死は可能であり,体重の 1/2 程度の力が頚動脈や脊椎 動脈にかかれば十分成功するといわれている。 * 縊死の既遂条件からみて,縊死の場所は様々であり特定できない。ただ 一般には屋内が大半で,屋内では自宅(納屋などの付属建物を含む)が多 く,そのほかでは病院・福祉施設や警察等の留置施設や各種の強制的収容 施設などで多いといわれている。 * 縊死のための紐類をかけるのは,屋内では,窓桟・窓框・格子桟・鴨居・ 長押・階段手摺・階段手摺子・丈夫なフック・取っ手などを利用すること が多いが,ベッドや椅子やドアノブなどでも実行できる。なお,屋外では すぐには発見されにくい場所の樹木の枝や工作物を利用することが多い。 * 縊死には,まず,丈夫な紐や布類をかけられる場所があることと,縊死 を実行するまでに準備時間を含めて 10 数分以上は他人から発見されない ことが必要条件となる。したがって,直接の防止法は上記の条件をなくす ことになる。 このため,例えば縊死発生の可能性がある精神病院では,従来は設計条 件として,保護室等の設計では隔離格子は横桟をやめて縦桟のみとし,病 棟のトイレ・ブースなどもつなぎの横桟を設けないとか,患者のプライバ シーを無視して病室・廊下その他に見え隠れとなって発見しにくい場所を 設けないなどの対策がとられてきた。 しかし,実際に縊死をしようと思えば,患者の日常の生活空間で布切れ や紐類を引っかける場所はいくらでもあり,患者の快適な日常生活空間を 確保しながら,一方で建築的ないしは物理的手段によって縊死を完全に防 止することは,困難というよりも不可能である。事実,物理的手段によっ て既存精神病院の縊死が大きく減少してはいない。 * この点については,1950 年代に北欧などの医療福祉先進国を中心に, 「精 神医療施設における自殺や器物破損や脱走などが起こるのは,施設側の管 理運営や医療行為の非人間的対応にあり,患者に人間的な温かい処遇をす れば,これらの行為の多くは自然になくなる」との見解のもとに,患者処 遇を旧来の非人間的な収容・拘禁状態から開放することを開始した。いわ ゆるノーマライゼーション運動の始まりである。 結果は予想したとおりであり,従来の精神病院で危惧した自殺・破壊・ 脱走等は大きく改善し,当時の精神病院のあり方に画期的なインパクトを 与えた。このことは,最良の縊死防止が,物理的・建築的手段ではなく, 医療および管理者側の患者生活処遇にあることを如実に物語っている。 * 精神病院の事実は象徴的な現実であるが,現在,世の中で起きている自 殺の多くが,個人的な責任もさることながら,やむを得ず自殺願望に至ら しめた社会的背景とそこに内在する社会的原因の責任が大きいことを示し ているともいえよう。 その意味では,現在の自殺の多くが,自らすすんで選んだ自殺というよ りも,社会的諸条件によって引き起こされた間接的な社会的他殺であると いっても過言でないようにも思う。 [3]建物からの飛び降り自殺と場所・空間: * 飛び降り自殺は,高所からの飛び降りであり,自殺既遂率も平均 85%と 高く,縊死・轢死・入水に次いで高い。場所は中・高層ビル,断崖・絶壁, 火山火口,河川橋梁・跨線橋などが多い。このうち断崖・絶壁や河川橋梁 は入水自殺と重なることも多い。 * 建物高所における人間の心理状況,特に,拠り所となる物理的ないし視 覚的な枠組みの重要性については,従来から経験的に判明している点や一 般的特性のほかに,住宅・都市整備公団が 1996 年に行った「超高層住宅 のバルコニーにおける心理実験」という研究報告がある。 * 建物からの飛び降り自殺は,飛び降り場所の高さと着地点の状況によっ て生死が別れやすい。着地面がアスファルトやコンクリ−トなどの硬い場 合でも,確実に死ぬには飛び降り落差は 20 数メートル(ビル階数で 7〜8 階程度)が必要であり,着地面が,やわらかい樹木密植地・積雪面・海岸 砂地・人工金網・防護幕・自家用車ルーフなどの場合は,落差が 30 数〜 40 数メートル(ビル階数で 10〜13 階程度)からの飛び降りでも奇跡的に 未遂に終わることがある。 この点,着地面の状況に関わらず 70 数〜80 数メートル以上(ビル階数 で 20〜25 階程度以上)からの未遂例はほとんどない。 * 人は一般に下から見上げると実際より低く感じ,上から見下ろすと実際 より高く感じやすい。5〜6 階程度からの飛び降り自殺未遂は,この錯覚に より着地面との落差が大きいと思い違った例も多いと思われる。 一方,20 階以上からの飛び降りが少ないのは,超高層ビルでは,避難開 口部や窓の開閉も一般には限定されており,外来者が 20 階以上から人目 につかずに飛び降りやすい場所が少ないこともあるが,着地面が実際以上 にはるか下方に見えて日常体験しない高さへの逡巡も加味されていると思 われる。 * 建物からの飛び降り場所は,一般に飛び降りやすい足場のところで,か つ,人目につきにくい場所が選ばれている。つまり,自殺企図者が容易に アクセスできて,かつ周囲の目の盲点となっているようなバルコニーや屋 上や開放廊下などが選ばれやすい。逆に,公道や周囲の建物からの人目が 多いところからの飛び降りは選ばれにくいといわれている。 * 自殺時刻は,2/3 程度が昼間の時間帯である。昼間が多いことは,多く の人目にさらされる環境にしておけば自殺しにくいことを示している。こ の点,夜間の自殺を人目によって防止することは難しい。 * 自殺企図者の事前行動には,態度に「うろうろ,きょろきょろ,こそこ そ」といった周辺の人目を気にする特徴があり,気をつければ一般人にも 挙動不審がわかる行動をとることが多い。つまり,飛び降り場所を探す時 間と飛び降り決行までの逡巡時間がある程度必要と思われ,ここでも事前 防止のための人目と声かけの有効性がうかがえる。 * 飛び降り自殺はセンセーショナルなため,とかく詳細に報道されること が多い。この結果,自殺行為が連鎖反応を呼び,飛び降り自殺名所となる ことがある。報道の影響が極めて大きいことを物語っている。 * 戦後,高度成長期を境に人口の大規模な都市流入が起こり,旧来からの 伝統的な町並みや地域コミュニティーが崩壊した。特に,都市の高層大規 模団地で外来者自殺が多く発生したところでは,自殺の名所と報道された 影響もあるが,住民の相互無関心が基本にあるとも思われる。 * 連鎖自殺が多発した高島平公団住宅の例で考察すると,実施した主な対 策案は以下のとおりである。その結果飛び降り自殺は激減したと考えてよ い。ただし,現在の高層住宅はセキュリティ・システムが設備的に発達し, 現在は必ずしも適切な対応とはいいがたい。 (1) 外来者が自由に出入できる開放屋上への階段,開放型非常階段,開 放型エレベーターホール等は,すべて格子やドアー等で消防の規制基 準に合う方法で物理的に閉鎖。 (2) 10 数階に及ぶ吹き抜け部分については,数階ごとに保護ネットを 設置。 (3) 落下物防護対策として 1 階の道路側に防護ネット付き庇を設置。こ れは自殺防止効果よりも通行者の二次災害防止の意味が大きい。 (4) ハード面だけでなく,自殺しようとする人の見分け方や,発見時の 対処方法等について,講習やパンフレット配布,住民モニター制度の 導入,「いのちの電話」サービスステーションの設置,報道関係への 協力要請等々を実施。特に,住民相互のコミュニケーションを大切に した住民運動を展開。 * 最近の中層・高層集合住宅では,各住戸に通じる「TV モニター付きの オートロック・システム」を主な出入り口に設けた建物が普及し,エレベ ーター内にも防犯カメラが設けられるようになってきた。このため,不特 定な不審外来者や自殺願望者が建物内に入ることが少なくなり,かつて, 高島平団地で行ったような物理的対策は不要になりつつある。 * 精神病院も飛び降り自殺の多い施設のひとつであるが,旧来は脱走防止 もかねて病棟全域をロックした閉鎖病棟とし,窓もバルコニーも鉄格子で 覆うのが一般であった。しかし,1970 年代から医療福祉先進国を中心に精 神病院のノーマライゼーションと開放化が進み,医療や向精神薬の進歩な どの支えもあって,急性期治療病棟やアルコール・麻薬病棟や触法患者病 棟などを除いた多くの病棟で鉄格子の撤去が進んできた。すでに縊死の項 で述べたと同様に,患者への人間的な処遇を充実すれば,鉄格子を撤去し ても飛び降り自殺が増加する傾向はみられない。 日本でも,近年,病室の窓やバルコニーの格子は急速に除去され,なお かつ,飛び降りの危険がある場所については強化ガラスやフィルム入りガ ラス,アクリル樹脂板などのストッパー付き窓や仕切りに変わってきた。 一方,急性期治療以外の慢性生活病棟は,大地から離れた高層化がすで に否定されており,高くても 3 階以下が原則となっている。このため,2 階ないし 3 階からの飛び降り自殺に対する防止策としては,落下予想地点 周辺の 1 階金網防護庇や広葉常緑樹ないし潅木の密植などにより患者の死 傷をかなり防げると思われる。 [4]景勝地の飛び降り自殺と場所・空間: * 飛び降り自殺の名所となったところでは,事件のセンセーショナル度合 いや,その時代の社会的背景,報道のされ方などによって,連鎖反応によ る飛び降り自殺者の数や期間が変動している。一般には,事件当初から数 十年を経ると次第に忘却されることが多い。 * 投身しやすい場所の特色は,死ぬのにふさわしい景勝地であること,海 や渓谷などに突出した絶壁で,落下地点が確認でき,途中に引っかかる岩 や樹木などがなく,かつ,数十メートル(30 メートル程度以上)近い落差 があるところに限られる。 つまり,その場所が選ばれる理由は,完全に死ねそう,一瞬に死ねそう, 景勝地だから,自殺の名所だからなどによるらしいが,特定はできない。 なお,投身直前に人目に触れて実行を妨げられない場所が選ばれる傾向に ある。 * 投身しにくい場所の特色は,投身しやすい場所の裏返しである。死に場 所としてふさわしい美しさがない,落差の不足や途中の岩や樹木に引っか かるなど自殺未遂に終わりそう,落下後の死後が見苦しそう等々が挙げら れよう。 なお,人目につきやすい,柵や防壁がある,飛び降りるのに都合の良い 足場がない,自殺を思いとどまらせる掲示などは,実行を抑制する手段に なると考えられる。 * 飛び降り自殺の名所は,投身自殺の歴史的伝説や背景,自殺を誘発しや すい地形的景勝などのあるところに多い。また,劇的な投身例や著名人の 自殺例などが契機となり,これが報道により加速されて連鎖反応的に飛び 降り自殺が続いた例が多い。報道のあり方にも十分な考慮が必要である。 近年は,インターネット上にも,自殺誘発につながりかねない景勝地の 地形的背景や神秘性などについての個人的情報や所感が掲載されており, 今後注意する必要があろう。 * 既遂と未遂を分ける主な原因は,落下地点の状況(石畳か砂浜か海面か など)と,途中の障害物(落下中に引っかかる樹木,岩など)にある。な お,飛び降り時の風向・風速などが影響する場合もある。 * 自殺企図者の投身前行動や態度には特色があり,一般に単身行動で,表 情が暗く,他人には無口で,一人ぶつぶつ言いいながらの徘徊,きょろき ょろと周辺を気遣う等の挙動不審,投身場所付近での長時間の徘徊などの 前兆がある。 地元のベテランは,自殺企図者の上記のような異常性に気がつくことが 多い。これを見抜くのは,投身自殺名所の古くからの土産物店・飲食店・ 旅館の従業員や観光写真屋,名所近隣の住民や地元駐在所の巡査などが多 い。 * 自殺企図者はホテルや旅館には予約なしで当日来ることが多く,宿泊滞 在期限を告げないことがある。このため自殺名所では予約なしの一人の宿 泊は断ることも多い。 * 自殺企図者の多くは,電車・バスなどの公共機関で来る。タクシーで来 るのは多くはない。近年の失業苦・借金苦・経済生活苦などによる場合は, 帰路の交通費もない場合が多い。自家用車で来ることはほとんどない。 * 自殺企図者の服装は一般観光客と変わりなく特色はない。所持品は少な く,遺留品もほとんどない。身分証明書等の身元が判明できる品や遺書を 所持している例も少ない。 * 物理的な自殺防止策として,防止柵等が逡巡している投身願望者には多 少の効果があるようにもみえる。しかし,確信的な「自殺志願者」には効 果は薄いと思われる。実際,観光名所の景勝地では,堅牢な防護柵を観光 景観上から設けられない場合が多い。 * 一般的防止策には人の目が有効である。投身が人のいない場所や人目の ない時刻が選ばれることからもいえる。この点,夕刻の人通りが途絶えた 頃の巡回は有効のように思う。 * 飛び降り防止の PR 看板や, 「いのちの電話ボックス」等は効果があると 思われる。特にいのちの電話ボックス設置は,多発地点では有効である。 ただし,問題はいのちの電話の受付スタッフ確保と人件費にあり,過疎の 景勝地自治体だけでは処理しきれず,都市の「いのちの電話」組織などと の連携が不可欠となる。 最近,特に若者同士は,インターネットや E メールによる情報交換が盛 んになり,一時より「いのちの電話」による相談が減る傾向にあるといわ れている。自殺予防対策も新たなコミュニケーション手段を考えるときに きているように思う。 * 投身自殺の予防教育に関して,死後の遺体損傷状況などを知らせること は,自殺防止に効果があると思われる。少なくとも流行的自殺美学を打ち 消すように思う。 [5]飛び込み自殺の一般的傾向: * 飛び込み自殺は,鉄道への飛び込みがほとんどで,自動車などその他の 交通機関への飛び込みは 1%以下程度で極めて少ない。これは,鉄道飛び 込みの自殺既遂率が非常に高く,確実に死ねる手段のひとつであることに 起因していると思われる。 * 鉄道への飛び込み自殺は,駅構内ホームからの飛び込みと,駅間の例え ば踏み切り,路面,陸橋等からの飛び込み等がある。一般に,駅構内は全 自殺数の 1/4 程度で,3/4 は駅間の自殺であるといわれている。ただし, 大都会では駅構内ホームからの飛び込みが大半である。 * 鉄道への飛び込み自殺は,現場での肉片・血液飛散など死後の状況が悲 惨であり,この悲惨さを事前に知らせることは,道路交通事故防止の PR と同様に自殺防止上は有効と思われる。しかし,なおかつ衝動的な自殺者 を完全に防ぐことは困難であると思われる。 * 鉄道への飛び込み自殺は,広範囲に交通をストップさせる結果を招き, 代替輸送費やダイヤ復旧のための人件費や運賃払い戻し費等々の経済的損 失も非常に大きい。また,遭遇した運転手はじめ,現場に居合わせた鉄道 職員や乗降客の精神的ショックも大きく,予後のトラウマ対策も不可欠と なる。 [6]駅構内の飛び込み自殺と場所・空間: * 人から数十センチのすぐ横を,何の防護柵もなく数十キロのスピードで 鉄の塊が進入ないし通過するのは,鉄道駅のホームしかない。しかも,ホ ーム上にはラッシュ時はもちろん,その他の時間帯も通常の他の場所より も多くの人がおり,夜間には足元の定かでない酔客もいる。つまり,ホー ムは一般乗降客にとって危険度の高い場所のひとつである。当然ながら, 視覚障害者や身体障害者にとってもホームはもっとも危険な場所のひとつ である。事実,視覚障害者や身体障害者は階段やエレベーター等からホー ムに出ると,危険を避けて最小限しか移動しない。 * 鉄道駅構内ホームからの飛び込み位置は,電車の進入してくるほうのホ ーム始端からホーム中央までがほとんどで,電車が止まるほうの終端はほ とんどない。電車の進入スピードからみても,自殺既遂率の高い進入方向 端に近いほうが選ばれるのは当然であろう。したがって,物理的防止対策 も,まず進入方向のホーム半分が最重点となる。 この点,列車進入方向のホーム端部に,安全柵などの物理的な飛び込み 防止を施すことは有効である。進入方向端部の安全柵の長さは,進入して くる列車の長さにより自動的に可変することも考えられるが,列車の最後 部停車位置を一定にすれば済む場合が多い。 * 進入してくる列車の速度や位置が遠くから判別しやすいと,飛び込みの 瞬間決定をしやすいといわれている。具体的には,列車進入側ホーム端部 の 200 メートル程度以上前方からホーム端部までの列車進入状況がよく見 えることが影響しているといわれる。仮に上記のことが事実とすれば,逆 にいえば,線路がカーブしていて,進入直前までホームから列車を確認し にくいところは飛び込みのチャンスを逸しやすいことになる。 * ホーム上に階段や建屋などの構造物があって,見通しが悪く死角になり やすい場所,つまり,飛び込み直前まで駅員や乗客の人目につきにくいと ころは,飛び込み自殺が起きやすい。これは,人目の多いところでは飛び 込みにくいことを示している。このため,見通しをさえぎりやすい「ちょ っとした物陰」をなくす設計が大切である。 具体的には,階段下の物陰,倉庫・キオスク・自動販売機などの物陰, 太い柱の物陰などをできるだけ少なくして見通しを良くすることが必要と なる。 また,階段下に開放的なキオスクやガラス張りのコーヒー店,事務室な どを設けたときは,人目も多く隠れ場所になりにくい。 * ホームの向かい側が壁面で,前面に人目のないところは飛び込みやすい といわれる。逆にいえば,線路を隔てて向かい側に別のホームがあって見 通しが効き,常に向こう側に駅員や乗降客の人目があるところは,飛び込 みにくいと考えられている。 このため,列車進入方向のホーム端部の向かい壁全面を,十分に幅広く ガラス鏡ないしステンレス鏡面仕上げで覆い,飛び込み前の自分の姿とホ ームにいる乗降客の姿を写すことは,飛び込みの抑止力になると思われる。 * ホーム端部の照明が暗いところ,特に,列車進入方向のホーム端部の暗 いところや,階段下の暗い部分などからは飛び込みやすいと思われる。こ の点,端部の照明を明るくしたり,ホーム全体の床面や壁面,特にホーム 向かい側の壁面を明るく仕上げることは,効果のある対処であると考えら れる。 * ホームの死角は,挙動不審者の早期発見が遅れやすい。このため,自殺 企図者の事前行動が周囲にわかりやすいようにミラーや監視カメラを取り つけることなども必要と思われる。 * 駅ホームからの飛び込み自殺は,一度起こると,同一駅で半年以内に再 発の可能性が高いといわれている。このため,この期間は特に注意する必 要があると考えられている。 * ホーム下のレールを大型 U 字ピット(鉄筋コンクリート製)の U 字上 端部に取りつけ,万一,飛び込みや転落事故があっても,身体がレール上 から大型 U 字ピット床面に落ちてしまい,身体の安全を守れるようにする 方法も考えられる。(詳細は 2003 年度,厚生労働科学研究報告書による) * 飛び込み自殺以外にも,不慮の転落事故に対して,早急に避難できるホ ーム下の空間が必要である。既存のホームも乗降客の多い混雑するホーム から順次改善する必要があると考える。 (詳細は 2003 年度,厚生労働科学 研究報告書による) * 現状の駅ホームは,健常者や身体障害者や泥酔者の不慮の転落防止も含 めて,完全に飛び込み自殺を防ぐことはできない。物理的に完全な防止を する方法は,ホーム・ドアー形式ないしはこれに準ずるものを設置する以 外にないと思われる。この点は,危険な道路には人を守るガードレールを 必要とするように,今後,何らかの対策を必要とすると思う。 事実,天井まで達するようなホーム・ドアーを設置した場合は,飛び込 み自殺は起きていない。また,そこまで完全でなくても,ホーム上 1 メー トル 10 センチ程度のドアー付き防護柵程度のものでも,相当に有効であ ると思われる。 * ホーム・ドアーの設置には多くの問題を解決せねばならない。まず,改 造に必要な経費と,人の歩行・滞留するホーム実質面積の縮小などが問題 となる。また,列車の型式によって乗降ドアー位置が異なり,ホーム・ド アー位置とのずれを解決せねばならない。 ところで,ホーム・ドアー設置に伴う乗降客の歩行・滞留するホーム実 質面積の縮小については,仮にホーム・ドアーをホーム先端から数十セン チ程度内側に後退させて設けても,現状でもほとんどの乗降客はホーム端 の白線ないしは点字ブロックの内側を通行しており,特に列車の進入時に は,アナウンスもあって白線の内側に後退していることからみて,特に混 雑する主要駅以外は現状より数十センチ後退することが大きな障害になら ないとも思われる。この点,階段の位置・形状や売店・事務室の位置・形 状の変更・撤去などを含めて,今後,工夫する余地はあると思われる。 したがって,最大の課題は,ホーム・ドアーの位置を列車の種類によっ て列車ドアー位置に合わせて,自動的に左右に移動させるメカニズムの開 発であろう。運行を継続しつつ施工する問題は,ホーム幅の割に乗降客が 多くラッシュ時間帯に混雑する駅が中心となる。列車運行間隔の問題も含 めて,この場合は相当の改造経費と工事期間が必要になろう。 * ホーム・ドアーの設置は,当面は改造した場合に必要となる建設費とホ ーム・ドアー維持費等の経済的出費や,改造の結果得られる安全性と企業 責任としての安心感などに対して,現状のままとした場合の,事故発生に よる直接の経済的損失や人為的防止に要する人件費や企業としての事故防 止責任などとの得失バランスの問題になると思われる。 将来を見通すと,わが国の少子化による人口の減少,IT の普及による在 宅勤務や遠隔授業の増加と通勤者・通学生の減少,地方分権化と地方都市 活性化による人口分散,人間的な職住接近生活の傾向,カストマイゼーシ ョンによる生産体制の一極集中から分散化への傾向などからみて,いずれ は,都市集中人口の減少や交通ラッシュ減少の方向に向かうとも考えられ よう。ホーム・ドアーの普及も,今後の人々の安全意識や自己責任観とも 関係して,あるべき方向が自然に決まってくると思う。 [7]駅間の飛び込み自殺と場所・空間: * 駅間飛び込み自殺の物理的な防止対策については,鉄道の総延長を考え ると,高架鉄道路線や地下鉄路線など以外の一般地上路線では完全に防止 することは困難である。 ただし,飛び込み自殺頻度の高い踏み切りや跨線橋などについては,そ れなりの物理的対策が必要と思われる。例えば,踏み切りの鮮やかなカラ ー化,夜間照明の高照度化,踏み切り周辺の物陰撤去などの実施を考える のも有効であろう。 * 踏み切り付近での飛び込み自殺は,踏み切り利用者や付近住民などの周 囲の人目が少ない,遮蔽物などがあって飛び込みも直前まで他人から気づ かれにくい,見通しがよくて接近する列車の位置やスピードなどの状況が 把握しやすい,線路脇から直接列車に飛び込める(飛び込む線路の手前に 引込み線路や貨物専用路線など別の線路がない)などの環境条件が,多発 の要因になっている場合が多い。 * 踏み切り以外の地点での飛び込み自殺は,踏み切り付近の飛び込みやす さの環境条件に加えて,鉄道路線に並行した道路のあること,周囲から鉄 道線路内に容易に進入しやすいこと,鉄道路線に隣接して自由に出入りし やすい公園・空地・駐車場などがあること,暗いことなどが挙げられてい る。 * 上述のような,飛び込みのしやすい環境条件をできるだけ少なくするこ とが,物理的にみた場合の自殺防止の要件となるが,当面は,踏み切りに おける遮蔽物の撤去や,飛び込み自殺多発地点に防護柵を設ける程度以外 は,実現が困難とも思われる。 [8]薬物自殺と場所・空間: * 薬物自殺の数は,敗戦後約十数年は首位ないし縊死に次いで多かったが, その後は各種薬物の取締りが厳しくなり市販薬品にも注意が喚起されてい て,現在は薬物による自殺はかなり減少している。このことは,薬物自殺 の防止に薬物の取締りや販売規制などが有効なことを示しているともいえ よう。 * 使用薬物が睡眠薬のような遅効性薬物の大量服用による緩慢とした自殺 と,農薬などのような即効性劇薬服用による急激な自殺とでは,自殺場所・ 空間に多少の差異がある。 前者の睡眠薬などによる遅効性自殺は,自殺達成までにかなりの時間を 要するため,他人にディスターブされることなく一定時間横になれ,かつ 発見までに長時間かかることが必要である。このため,自殺場所は自宅の 個室,特に寝室のベッドや布団上が選ばれることがもっとも多い。なお, ホテルや旅館の個室,山中や回想の景勝地を選ぶこともある。 一方,後者の劇薬毒物による即効性自殺は,多くは激痛や嘔吐を伴う場 合が多く,場所は自宅の寝室や書斎,勉強部屋などの個室が多いが,短時 間即効性のため,職員退社後の職場自席や監視体制がある収容・留置施設 などの独房などでも起こることがある。 * 薬物自殺,特に遅効性薬物による自殺は,上記のように一定時間一人で 横になっていられることが必要なため,実行時刻は夜間が多く,かつ当人 の寝室や宿泊施設の個室などが多いため,兆候を事前に察知して一人寝を 防止しない限りは難しい。 * 薬物自殺の多くは,服薬自殺であるが,麻薬による場合は静脈注射や吸 引によるものもある。わが国の場合は麻薬取締りが厳しく,麻薬による自 殺は少ない。 [9]ガス自殺・その他自殺と場所・空間: * ガス自殺は,都市ガスやプロパンガス,化学薬品ガスによる自殺は非常 に少なく,大半は自動車の排気ガスによる一酸化炭素中毒死である。実際, 都市ガスやプロパンガスの自動遮断など安全化が進んでおり,これによる 自殺が難しくなっている。 排気ガス自殺の場所は,自宅車庫などのほか屋外の人目につきにくいと ころや景勝地などが選ばれやすいといわれている。空間は当然排気ガスを 引き込んだ自動車内である。 これも,完全に防止するには,いずれ開発されるであろう一酸化炭素を 排出しない水素燃料による無公害エンジンや電気自動車の実用化等が最終 的な方法で,それまでは施設設備的に完全防止することは困難であるとい えよう。 * 最近は,インターネット上で募集した複数の自殺願望者が,密閉した自 動車内や小部屋内で,練炭の不完全燃焼による中毒死がある。これも,物 理的な防止は難しい。 * 上記のほかに,自殺には,溺死,焼死,刃物自傷死,拳銃死,感電死, 窒息死,餓死等々もあるが,例数も少なく,施設設備的防止対策との関係 も薄いので省略する。 (野村東太)
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