2011 年 10 月 25 日 報道資料 コ ン ペ テ ィ シ ョ ン 「 ホ ーム 」 公式記者会見のご報告 平素よりお世話になっております。本日、『ホーム』のゲストをお迎えし記者会見が行なわれましたので、下記の通りご報告いたします。 ■ 日時・場所 ■ 登壇者 10月25日(火) 17:00~ @ムービーカフェ ムザッフェル・オズデミル(監督/脚本)、サードゥック・インジェス(エグゼクティブ・プロデューサー)、 セルピル・オズデミル(美術) 冒頭に司会を務めるコンペティション部門のプログラミング・ディレクター矢田部より、先日のトルコ地震での被害者に対する御見舞い の言葉と「ARIGATO 募金」の一部を寄付することが発表されました。「映画祭では、『ホーム』と『われらの大いなる諦め』という2本の トルコ映画が上映され、両作品の監督が東京に来日されています。映画祭では、東日本大震災の被災地支援のためのARIGATO募 金を行っていますが、その一部をトルコ地震の被災者支援にも当てることをきめました。」 まずは、それぞれのゲストからご挨拶を、その後会場からの質問に応じていただきました。 ムザッフェル・オズデミル監督(以下、監督): グリーンカーペットが続くことを願っています。そうなってこそ良い思い出として残るからです。 単なる仕事として終わって欲しくありません。 サードゥック・インジェスさん: 以前に『カサバ-町』*という作品で参加させて頂いて以来二度目の東京国際映画祭です。その時はまだ赤 いカーペットでした。私たちは自然を愛しているので、カーペットがグリーンで有り続けることを願っています。グリーン(=自然) が大好きです。 (*1998年の第11回東京国際映画祭のコンペティション部門で東京シルバー賞を受賞) セルピル・オズデミルさん: 自然保全のために手を取り合いましょう。 Q: 作品への思いについて教えてください。 監督: 長いこと映画などの芸術がなくなってしまうのではないかと感じています。悲観的かもしれませんが、今の時代が破局的状況に あると感じています。芸術という魔法のような魅力のあるものであっても、真実を忘れさせることはできないと思います。抗議す ることや、反発すること以外では、映画はつくれないものなのかもしれないとさえ感じます。この作品をドキュメンタリーというか たちにしてしまうと影響力を持たせることができないと私は考えました。また、あくまでも自分に帰属するものをつくりたい、という 私的な考えもありました。結果として作品はできあがり、そして人生は続いていきますが、泣く代わりに、喜びのあるかたちで少 しの反発を示したいと思いました。抗議を、反発を喜びとして表現できる。それこそが映画であり、芸術なのです。例えば、タラン ティーノ監督の『キル・ビル』という作品がありますが、こういった暴力的な作品も自然の恵みがなければ楽しむことはできませ ん。 Q: 作品はトルコで上映されましたか?どのように受け止められていますか? 監督: ある映画祭で1、2度で上映されただけでした。しかも中途半端で不十分なコンディションでね。政界からは反発もありましたよ。 Q: アルスランさんが演じた主人公のドーアンについて、どのような人物なのか教えてください。 監督: ドーアンは、私の若い頃の役です。人格も当時の私に似せています。アルスランとは、撮影の1年程前から、この映画のテーマ について話し合いました。 Q: この映画は自然破壊に対する「愁い」を描いていると感じました。先ほど監督は芸術に対する「愁い」ということについても触れ られましたが・・・ 監督: 自然は純粋で善悪を超えたもの、「美しい」あるいは「醜い」といったものでもありません。自然はそれ自体がひとつの存在であ るからです。つまり、自然は芸術を必要としていません。それ自体で存在しているのですから。芸術は人の弱い部分を補うも の、不十分につくられているものが必要としているものだと思います。 うつ病と診断され、故郷の村へと向かう中年男性。山を旅するが、必ずしも癒されるばかりではない。特に開発が進む自然からでは…。雄大な自然の美 しさと、男の心の葛藤とが対立する様を淡々と描き、文明社会に静かな一石を投じる物語。 監督:ムザッフェル・オズデミル 出演:カンボラット・ギョルケム・アルスラン ムザッフェル・オズデミル ムハンメッド・ウズンエル 『ホーム』(2011/トルコ語/トルコ) 【お問合せ】 東京国際映画祭事務局 コミュニケーション広報グループ 宣伝チーム TEL:03-3553-4793 FAX:03-3553-4788
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