自立型ポジショニングシステム構築に向けて 着用型センサーを用いた人間の

自立型ポジショニングシステム構築に向けて
着用型センサーを用いた人間の行動モード推定
Identification of human activity modes with wearable sensors
for autonomous human positioning system
小川晶子、小西勇介、柴崎亮介
東京大学
空間情報科学研究センター 修士2年
E-mail [email protected]
概要:近年のモバイル端末やモバイル通信環境の急速な発達に伴って、人の位置や行動をモニタ
リングできるようなポジショニング技術が多くの分野で必要とされてきている。現に、GPS や
PHS などを用いたシステムが多く提案され、実用化されてきているが、その利用可能範囲、時間
分解能に大きな問題点を残している。
これらを踏まえ、インフラに頼らない自立方式のポジショニングシステムとして、歩行者に装
着させたいくつかのセンサーと、推定誤差を補正する為のマップマッチングを組み合わせて歩行
者の位置情報を持続的に高い時間分解能でとらえるシステムが開発されている。
しかし、そのポジショニングシステムは、人の歩行による移動のみに着目したものであり、他
の様々な人の移動モード(歩行、階段、走行、自転車、電車、バス、エレベータ・・・)に対応でき
るものではなかった。そこで、本研究では、様々な人間の移動モードを各移動モードパターンの
特徴に着目した上で、人体に取り付けたいくつかのセンサーで計測される時系列データを用いて
推定する事を目的とする。
1.研究の背景と目的
近年、携帯電話などモバイル通信環境が急速に発達している状況下において、移動体や移動者
の位置情報というものが、ますます注目を集めるようになってきている。例えば、利用者の求め
る状況に応じて情報を配信するサービスや、子供や高齢者、および身体障害者などのための生活
活動、医療活動支援など、人の位置や行動をより精密に獲得しモニタリングできるようなポジシ
ョニング技術を必要としている分野は非常に多く、今後もそのニーズは増えつづけるであろう。
現に GPS や PHS などを用いたシステムが数多く提案され、実用化されてきているが、このよ
うなインフラ依存型のポジショニング技術には、その利用可能範囲、時間分解能などに大きな問
題点を残しているのが現状である。特に問題なのは、それぞれのポジショニング技術に利用不可
能なエリアがどうしても存在してしまう、ということである。
これらを踏まえ、インフラに頼らない自立方式のポジショニングシステムとして、歩行者に装
着させたいくつかのセンサーと推定誤差を補正するためのマップマッチングを組み合わせて歩行
者の位置情報を持続的に高い分解能でとらえるシステムが開発されている。更に、佐川・伊奈
(1997)らは、加速度センサー・絶対圧センサーを用いて、単なる歩行意外に人の静止状態・平
地移動。階段昇降・エレベータ昇降の移動形態を高精度で推定する事に成功している。他にも高
橋(1995)らが、計測された加速度波形と歩行形態が既知の基準波形とを比較することで屋内歩行
における歩行形態の判別に成功している。
しかし、これらのシステムは、主に人の歩行形態の別による移動のみに着目したものであった。
だが、人が日常に生活する上での移動形態は、他に自転車によるもの、電車・バス・エレベータ
など種々にある。これらの移動モードを高精度で判別できるポジショニング技術が今後発展する
事によって、より個々のニーズに対応したサービスが提供でき、医療分野等により役立てる事に
なるであろう。
そこで、本研究では、日常に行われる人の様々な移動モード(ここでは、歩行・走行・階段昇
降・電車・バス・自転車・エレベータ)について、加速度計と気圧計を体に取り付けて計測を行
い、そのセンサーから得られたデータより、各移動モードパターンの特徴に着目した上でそれぞ
れの移動モードを推定するアルゴリズムの構築を目的とする。
2.実験
2-1 実験装置
本研究で利用される実験装置は、ジャイロセンサー( Japan Aviation Electronics,JIMS-30)と
気圧計で、各種のデータ処理を行うノートパソコン、およびそれらを接続する為の RS-232c シリ
アルインターフェースを組み合わせて構成される。
ジャイロセンサーと気圧計を被験者の腰部にベルトで固定し、人間の体を基準として上下方向
の加速度と階段やエレベータを利用した際の気圧変化を、手に持ったノートパソコンに各データ
を送り、処理をする。
2-2 実験方法
移動形態アルゴリズムを構築する為には、人の動きから得られる加速度データの特性を把握す
る必要がある。そこで、被験者が5階建ての建物の内部で歩行・走行・階段昇降等を行い、また
屋外で電車・バス・自転車などの乗り物に乗ったときの加速度変化の時系列データを測定する実
験を行った。
また、気圧計は、階段の昇降とエレベータの場合に限り使用した。
それぞれの計測状況は、以下の通りである。
歩行
:
建物内部の廊下を一定の速度で計測
走行
:
同上建物内部の廊下をジョギングの程度で走行し計測
階段昇降
:
建物内階段の1階から5階までを立ち止まることなく計測
エレベータ:
建物内部のエレベータを使って上下階に行ったり来たりを繰り返して計測。
静止状態
:
一分間直立で計測
バス
:
バス中央部の座席に着席して計測
電車
:
各駅停車の電車のドア付近に立ったまま計測
自動車
:
普通車の助手席に着席して計測
3.実験結果と考察
上記の実験を行い、それぞれの移動モードを考察する為に計測されたパワースペクトルを見て
いく事にする。
次の1∼10の図は、ジャイロによって時系列的に計測された垂直方向の加速度データのうち、
それぞれの移動モードで特徴的なパワースペクトル値を示している。
(1) 歩行
0.14
ている。また、4Hz や6Hz にも高い値を示している。
Power Spectrum
0.12
2Hz 辺りにパワースペクトルの値が顕著に高くなっ
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
0
図1
パワースペクトル値の周波数は、3Hz 近くで飛び抜
けて大きくなっている。他の部分での値は小さくなだ
らかである。これは、走行の場合に明らかな特徴であ
Power Spectrum
(2)走行
る。
frequency[Hz]
10
15
歩行時におけるデータ
0.45
0.40
0.35
0.30
0.25
0.20
0.15
0.10
0.05
0.00
0
図2
(2) 階段上り
5
5
frequency[Hz]
10
15
走行時におけるデータ
0.14
なっている。6Hz から15Hz まではほとんど山がな
くなだらかである。これは、高いパワースペクトル値
Power Spectrm
0.12
パワースペクトル値が2Hz,3Hz,4Hz,5Hz で大きく
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
を持つ周波数値が、歩行時に示したものと似ている点
0
5
10
15
frequency[Hz]
に注目したい。しかし、全体的なパワース
ペクトル値は歩行より小さい。
図3
(3)階段下り
4Hz と6Hz 辺りである。これは階段上り時のもの
と似ているが、全体的により大きなパワースペクトル
値を示している。更に歩行時と比べると、2Hz の
パワースペクトル値がその2倍になっている。
0.14
Power Spectrum
パワースペクトル値が大きくなる周波数は、2Hz,
階段上りにおけるデータ
0.12
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
0
5
frequency[Hz]
10
15
図4
(5) 静止状態Ⅰ
ゼロを示している。これは他の行動形態と区別され
る特徴である。
0.14
Power Spectrum
ほとんどの周波数に見られるパワースペクトル値は
階段下りにおけるデータ
0.12
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
0
5
図5
どの周波数にも特に目立って大きなパワースペクト
ル値を示すところはないが、全体として見ると、かろ
うじて2Hz,5-7Hz 間と 15Hz 辺りでパワースペク
Power Spectrum
(6) 電車
トル値が高くなっている。
10
frequency[Hz]
15
静止状態におけるデータ
0.02
0.02
0.02
0.01
0.01
0.01
0.01
0.01
0.00
0.00
0.00
0
5
10
15
frequency[Hz]
図6
1−2Hz で明らかに大きなパワースペクトル値を示し
ている。次に高い値を示しているのは、12Hz−14Hz
辺りである。全体的に、非常にたくさんのピークを持
Power Spectrum
(7) バス
つ周波数が見られる。これは他に比べて特徴的なもの
電車乗車時におけるデータ
0.02
0.02
0.02
0.01
0.01
0.01
0.01
0.01
0.00
0.00
0.00
0
5
frequency[Hz]
10
15
である。
(8) 自転車
大きなパワースペクトル値を取る非常に多くの周波数
のピークが見られる。中でも 2−4Hz と 6−8Hz にか
Power Spectrum
図7
けてまとまったピークになっている。
バス乗車時におけるデータ
0.02
0.02
0.02
0.01
0.01
0.01
0.01
0.01
0.00
0.00
0.00
0
5
10
15
frequency[Hz]
図9
自転車乗車時におけるデータ
比較の為に、Y 軸の目盛を他の乗り物の場合に揃えた
ものである。8−11Hz にかけて非常に小さなピークを
見ることができる。
Power Spectrum
0.02
(10)静止状態Ⅱ
0.02
0.01
0.01
0.00
0
図10
5
frequency[Hz]
10
静止状態のデータ
15
(11)エレベータ
1F
1F
気圧計を装着して、1階から8階までを上下した結
3F
果である。毎秒約 14 気圧の変化で移動している事
5F
4F
が分かる。
6F
8F
以上の実験結果と考察から、各移動モードにはそれぞれ特徴的な波形があることが分かった。た
だ、歩行と階段昇降においては、同じような周波数が共に山となり全体的な形が似通っていたの
で、気圧計での区別による判断が必要になってくるであろう。
よって、本実験で得られた各移動モードのデータパターンを分析し、把握する事によって、それ
ぞれの移動モードを推定できると考える。
4.フローチャートの作成
これまでの実験結果から得られたデータを分析し考察する事で、各移動モードにはそれぞれ特
有の波形があるという傾向を持つ事が分かった。従って、それらの顕著な傾向や共通の特徴を手
がかりとしてフローチャートを作る事で、各移動モードが推定できるはずである。
まず、0‐7.5Hz のパワースペクトル値の最大値が 0.005 を超える波形があるものとないものに注
目すると、乗り物に乗っているか否かに大別できる。以下同様に、YES か NO かで分類してゆく
と、最終的にはそれぞれの移動モードに行き着くというチャートを作成した。
YES
0-7.5Hz間の最大のパワースペ
クトル値が0.005を超えるもの
がある。
NO
上下の速度が0.5m/分以上
である
0-7.5Hz間の最大値が
0.0025以上である
0-7.5Hz間の最大値が 0.2を超
える
エレベータ
気圧計での変化があ
るか
走行
10-15Hzの最大値が
0.002以上である
電車か静
止状態
歩行
階段下り
バス
階段上り
自転車
図12
移動モード推定のフローチャート
5.精度
高精度の推定アルゴリズムを構築する為に、作成したチャートを各移動モードに当てはめてど
の程度の精度で推定できるのかを調べる必要がある。そこで、各移動モードに1から11の番号
を割り当てそれぞれ約三分間の移動モードの中での精度を検証した。
番号は以下のように割り当てる。
1・・・静止状態
6・・・電車
2・・・歩行
7・・・バス
3・・・走行
8・・・自動車
4・・・階段上り
9・・・自転車
5・・・階段下り
10・・・エレベータ上り
11・・・エレベータ下り
(1)自転車の場合
・・・ エラー
三分間の自転車のデータを検証すると、右の
エレベータ下り
図のようになり、あちこちで他の移動モード
がエラーとして出ているのが分かる。これは
自転車
バス
バス
自転車乗車中の様々な振動やこぎ方のせいで
他のモ―ドと同じ波形が出てしまった結果で
歩行
ある。しかし多くは正しく推定されている。
静止状態
(2)歩行の場合
次に見るのは歩行についての検証である。歩
自転車
行の場合は高精度で推定できることが分かる。
歩行 (3) 電車の場合
エレベータ
図を見ると、電車のデータで検証しながらも
自転車
電車を推定する数字が出てきていないのが分
バス
かる。同じ乗り物としてバスや自転車などが
エラーとして出てくる他、静止状態として多
く判別されている。これは電車が動いている
歩行
静止状態(
電車?)
時と、停車し発進する時の振動の変化に違い
が出てくる為である。しかし、突然バスに乗
っていた人が自転車に乗ったりエレベータに乗ったりするとは考えにくいので、前後の文脈で
推定する必要がある。
(4) バスの場合
エラーとして自転車や静止状態が判別されて
自転車
しまっている事が分かる。(3)の電車の場合
バス
と同じように、発進時等の大きな振動が自転
車として推定されるようである。また、比較
的安定して走行している間は静止状態との区
静止状態(バス?)
別が難しいようである。
(5) エレベータ下りの場合
前半に歩行が判別されているが、これはエラー
エレベータ下り
ではなく、実験時に被験者がエレベータに乗る
自転車
前に計測を始めてしまった結果である。自転車
としてエラーが出てしまったのは、発進時の振
歩行
動か何かが原因であると考えられる。基本的に
エレベータ移動では気圧計を用いるので、他と
の区別が比較的容易である。
以上のように各移動モードについて作成したチャートの精度を調べてみると、直接人が行う移
動モードについては高精度で推定できるという事が分かった。一方で、バスや自転車、また電車
など乗り物を使用した移動モードの推定精度は低いという結果になった。(下図13)
YES
0-7.5Hz間の最大のパワースペ
クトル値が0.005を超えるもの
がある。
NO
上下の速度が0.5m/分以上
である
0-7.5Hz間の最大値が
0.0025以上である
0-7.5Hz間の最大値が0.2を超
える
エレベータ
100%
気圧計での変化があ
るか
走行
100%
10-15Hzの最大値が
0.002以上である
電車か静
止状態
歩行
60%
バス
自転車
11%
79%
階段下り
階段上り
100%
100%
図13
100%
チャートの精度
6.結論
上記の実験結果と考察の結果、各移動モードにはそれぞれ特徴的な波形があることが分かり、
その特徴に基づいていくつかの移動モードにおいては高精度で推定できるアルゴリズムを構築す
ることができた。しかし、人の移動手段として多用される乗り物については、停車時や発進時、
走行時などでそれぞれ違った振動が現れる為、各移動モードの特徴を特定化する事ができず、結
果的に推定精度が低いものとなってしまった。よって、何かしらの乗り物に乗車して移動してい
る場合は、エラーとして判別されてしまった他の移動モードを前後の文脈から判断する方法を取
る必要がある。しかしその判断の基準も曖昧なものであるので、今回作成したフローチャートに
ついては多くの課題が残る。
7.今後の課題
より高精度の推定アルゴリズムを構築する為には、作成したフローチャートの分類方法を改善
する必要がある。その為にも今回使用した加速度計よりも精度の高いセンサーを使用し、より細
かな振動の特徴を把握できるようにする。また、一つの移動モードの特徴的な波形をいくつか抽
出し、その特徴の繰り返しのリズムよって移動モードを推定する等、時系列的な見方も必要であ
ると思われる。
更にこのようなより高精度のアルゴリズムが構築されると、今回の研究で実験を行った移動モ
ードを全て連続的に行い、移動モードの移り変わりを計測する実験を行いたいと考えている。