中学校における自主性尺度 項目作成の試み

情報活用による21世紀のリテラシー
中学校における自主性尺度
項目作成の試み
井 上
抄
史 子 / 沖
録
裕 貴 / 林
徳 治
に影響されやすいものであることが明らかになった。
学校教育で子どもたちに求められるのは,教師が予め
また,子どもたちが周囲の大方の意見や自己の義務感
設定した課題や役割に対して積極的に取り組む姿勢や態
感にとらわれずに自己決定することや,自ら選択した課
度である。そのような態度や傾向は,従来自主性と呼ば
題にそって能動的に行動することは,学校教育において
れ,学校現場では教育目標としてしばしば用いられてい
は困難であることもわかった。
つまり,学校社会において子どもたちは常に何らかの
る。
本研究では,中学校における自主性尺度を構成し,教
心理的・身体的制約を受けており,真に主体的であるこ
師の主観に偏りがちな情意的な教育目標の達成度を客観
とは難しい。すなわち,学校教育において評価され得る
的に評価する方法を提案する。
主体性とは,
「自己と環境との関係において自我の確立に
<キーワード>
対する妨害的条件を積極的に排除し,自己の力で処理し
自主性,尺度構成,中学校,教育目標,客観的評価,
ようとする意志や態度,能力などを包括した広義の傾向
因子分析
である」新堀通也(1997)3)とする方が適切である。
ここでいう環境とは,単に学習環境や他者を指すだけ
1
でなく,自己の内部において自我の確立を妨げる無関心
自主性に対する考え方
(引用・参考文献1)
などの要因も含んでいる。このような自己と環境との関
において,学校教育の目標は子
係において発揮される態度や傾向は,従来自主性と呼ば
どもたちの生きる力の育成にあり,生きる力とは社会に
れており,筆者らがとらえた学校教育における主体性と
主体的に対応できる力,すなわち主体性であるととらえ
は,自主性であると言える。
先行研究
た。
浅海健一郎(1999)によれば,主体性とは「周囲の人の
言動や自己の中の義務感にとらわれず,行為の主体であ
る我として自己の純粋な自由な立場において自分で選択
した方向へ動き,自己の立場において選択し,考え,感
2)
じ,経験すること」 と定義づけられる。
2
自主性尺度項目の選定
まず,自主性に関する多くの先行研究の中から,自主
性の心理学的特質を抽出した。
中でも藤原喜悦(1968)は,自主性の特質として
しかし,学校教育は本来意図的なものであり,子ども
たちがまったく他のものにとらわれないことや自由に自
立性
自尊心
②主体性
⑦判断力
③自律性
④自発性
⑧自己統制
①独
⑤自己主張
⑨責任性
⑥
⑩役割認知
4)
己の選択した方向に動くことは困難であると考えた。よ
⑪独創性の 11 の下位尺度を挙げている 。また,藤原は,
って,主体性を「周囲の大方の意見や自己の義務感にと
それらを分析的,操作的に測定評価するために,11 の下
らわれることなく能動的な行為の主体として問題意識を
位尺度のそれぞれに対し 12 個の質問を用意し,中学 3
持ち,自分で選択した課題に沿って考え,判断し,行動
年生 100 人を対象に自主性を測定・評価するための調査
しようとすること。また,これらの構えがある状態」と
を行っている。本研究は,教育目標の検証を主だった目
限定的に位置づけ,浅海によって開発された尺度を用い
的とするため,評価場面を学校現場に限定するよう,改
て小学生に質問紙調査を行った。
訂された藤原による 10 の下位尺度(「自尊心」を削除)
その結果,主体性は積み上げる形で向上する性質のも
のではなく,学習者の心身の状態や学習内容,学習環境
それぞれに対する 12 個の質問5)から 6 個ずつ抽出して,
合計 60 個の質問を選定した。また,藤原の研究は約 40
INOUE Fumiko:山口市立川西中学校(山口市嘉川 4352-2)
OKI Hirotaka:山口大学大学教育機構大学 教育センター(山口市吉田 1677-1)
HAYASHI Tokuji:山口大学教育学部(山口市吉田 1677-1)
- 37 井上史子/沖裕 貴/林 徳治:中学校における自主性尺度項目作成の試み
年前のものであったため,時代に合わない文章表現を現
次に,バリマックス回転を行い,因子負荷がどの因子
代風に改めた。これらの作業は,筆者(井上)と筆者の勤
についても.40 に満たない質問と,複数の因子に対して.
務校の同僚教師 2 名で行った。
40 以上の質問を除外する操作を繰り返した。因子を構成
次に,筆者らが実施した自主性に関する調査について
述べる。
する質問が 32 個になった時点で,因子 1 および因子 2
については同様の内容を持つ質問が多く集まったため,
因子負荷の小さいものからそれぞれ 8 質問,3 質問を削
3
調査方法
(1)対象
本研究における調査対象は,以下の通りである。
除し,再度因子分析を行って,上記条件が崩れないかを
確認した。その結果,最終段階として,因子 1:4 質問,
因子 2:4 質問,因子 3:4 質問,因子 4:3 質問,因子 5:3
質問,因子 6:3 質問の 21 質問が残った。
平成 16 年度山口市立川西中学校の 3 年生,計 110 名(男
12
子 55 名,女子 55 名)で,回収率は 100%である。
10
(2)時期および場所
時期:平成 16 年 6 月 17 日(木)
8
場所:山口市立川西中学校 3 年生各教室
6
(3)方法
た後,その場で回収した。配布の際,担任は回答結果の
集計に一切関与しないことを生徒に伝えた。
(4)質問内容
本調査で用いられた質問は,性別を問う質問と尺度項
目構成における外的基準として利用するための「総合的
4
固有値
各教室において担任が質問紙を配布し,一斉に記入し
2
0
1
7
4
13
10
19
16
25
22
31
28
37
34
43
40
49
46
55
52
58
因子の番号
図1
因子のスクリープロット
な自主性度」を自己申告する質問を含み,全部で 62 項目
である。
質問は,性別を除き,回答を 5 段階評定尺度法で求め,
さらに,これらの質問に対し,信頼性の検討として G-P
分析および I-T 相関を調べた。G-P 分析においては,各
すべて「1.あてはまらない」-「5.あてはまる」の中
質問の弁別力を調べるために,尺度得点(各質問 5 点満
から択一で選択するものとした。また,各質問は,同じ
点,合計 105 点満点)の上位 25%と下位 25%の生徒を抽
下位尺度の質問が続かないよう無作為に並べると同時
出し,質問ごとに上位群と下位群の平均得点に対して t
に,回答が片方に偏らないよう尋ね方を肯定・否定入り
検定(2つの母平均の差の検定)を行い,上位群が下位
交じるよう工夫した。
群よりも有意水準 5%以下で高い質問のみを尺度項目と
して採用することにした。
4
結果と考察
(1)有効回答数
本研究に用いた有効回答数は,回収された回答 110 名
また,I-T 相関では,尺度の内部一貫性を確かめるた
めに,各質問の得点とその質問を除いた他の質問の合計
得点との相関を求め,相関係数が.20 以上の質問のみを
抽出することを条件とした。
分である。尺度項目を構成するには,自主性の測定に関
以上の作業の結果,I-T 相関において,質問 3「遊びや
わる質問のうち,全項目に記入のあった回答 103 名分の
スポーツに自分から友達を誘う」(因子 3)が相関係数.
みを使用した。
18 となり,除外されることとなり,最終的な質問数は合
(2)分析方法
計 20 となった。
回収された回答に対し,2 つの質問(「問 1.性別」,
また,最終的な因子分析の結果は表1の通りである。
「問 62.総合的な自主性」)を除外し,60 項目に関して
第 1 因子は「自習の時でもまじめに勉強する」
「話をし
探索的因子分析を行った。
てはいけない時はおしゃべりをしない」などから成り,
(3)因子分析
[自己統制]と解釈される。第 2 因子は「先生から仕事を
因子の抽出には主因子法を用いた。因子数はスクリー
言いつけられても自分で対処できる」
「人のやったことを
プロットと因子負荷および解釈可能性を基に 6 因子を決
そのまま真似たりしない」などから成り,他者と違う自
定した。(図 1)
分なりの考えや行動を重視する傾向があることから[独
- 38 学習情報研究2005.1
創性]と解釈される。第 3 因子は「自分の意見が正しけれ
「*」は、5%水準で有意
ば友達の反対や抵抗にあっても曲げない」
「自分が正しい
(9)自主性の構造モデル
と思えば仲良しの友達とでも口論する」などから成り,
「**」は、1%水準で有意
今回得られた回答に対して,共分散構造分析を行った。
[自己主張]と解釈される。第 4 因子は「皆で話し合うよ
図 2 に,自主性と各質問および抽出された因子の間の構
り自分一人で決めてしまう」
「大勢で相談するよりも自分
造モデルを示す。
一人で考えた方がよい」などから成り,自分のことは自
Q1
分で決めようとする傾向があることから[独立性]と解釈
Q2
される。第 5 因子は「人の迷惑になるかどうかよく考え
観的に分析し適切に対処しようとすることから[判断力]
と解釈される。第 6 因子は「新しい行事などは進んでや
る」「皆の役に立つことであれば進んで仕事を引き受け
る」などから成り,進んで取り組むという表現が多いこ
とから[自発性]と解釈される。
Q19
Q20
.56
.60
.58
自発性
.47
.49
Q5
.43
.63
.57
.63
Q15
.23
独立性
Q6
自主性
.59
判断力
Q16
.61
.65
Q7
.63
.82
Q17
.73
自己主張
Q8
独創性
.87
.55
.41
Q9
Q10
Q11
図2
最終的な質問数 20 に関して,再度 G-P 分析を行った。
結果より,すべての質問に関して,上位群が下位群より
Q18
.63
自己統制
GFI=. 812
(4)信頼性の検討1:[G‐P 分析]
Q4
.64
.80
てから行動する」
「自分がやりたいと思っても周囲の迷惑
になることはじっと我慢する」などから成り。事態を客
Q3
.77
.75
Q12
CFI=. 800
.39
.66
Q13
Q14
RMSEA=.075
AIC=349.
自主性の構造モデル
図 2 より,自主性を構成する 6 因子とそれぞれの質問
も有意水準 5%以下で高いことが判明した。
項目が,極めて明瞭な構造になることが明らかになった。
(5)信頼性の検討2:[I‐T 相関]
(10)自主性尺度の活用例
同じく,最終的な質問数 20 に関して,再度 I-T 分析を
本研究で作成した尺度は,教師の主観に偏りがちであ
行った。結果より,すべての質問に関して,相関係数が.
った情意的側面である自主性の評価を客観的に行うこと
20 以上の有意な相関を持つことが分かった。
により,日常の指導方法や技術の改善に生かすことや,
(6)信頼性の検討3
学校における教育目標の達成度の挙証などを目的とする
尺度の信頼性の検討3として,尺度全体の標準化α係
ものである。具体的には,たとえば,授業の事前事後で
数並びに下位尺度ごとの標準化α係数を求めた.全体=.
実施する形成的評価として,あるいは事前に個人や集団
7806,因子1=.7889,因子2=.7083,因子3=.6180,
の傾向を把握するための診断的評価としてなど,さまざ
因子4=.6175,因子5=.6200,因子6=.6448 であ
まな活用方法が考えられる。
る。因子3,4,5,6は十分高いα係数とは言えないが,
以下の図 3 は,今回のプレ調査の対象者である中学生
全体で.7806 あり,また,各下位尺度を構成する質問数
(男子 52 名,女子 51 名)の自主性尺度得点の平均を,因
がわずか 3~4 つであることを考慮すると,上記 G-P 分析
子ごとに男女別に示したものである。
と I-T 相関の結果だけで信頼性は十分であると考える。
自己統制
4
(7)妥当性の検討1
3.5
本調査では,外的基準の目安として,生徒に総合的自
自発性
主性度を 5 段階評価で自己申告させた。その総合的自主
3
独創性
2.5
2
性度と総合得点(自主性尺度得点)との相関を調べ,そ
男子
女子
の相関係数が.40 以上であることを妥当性の条件とし
判断力
自己主張
た。その結果,相関係数=0.41**となり,今回の尺度は,
妥当性の面でも適当である。
独立性
(8)妥当性の検討2
さらに本調査では,日頃生徒を指導している担任教師
図3
中学生の自主性因子毎の男女別平均得点
の協力を得て各生徒の自主性を 5 段階で評価してもら
い,生徒の総合得点(自主性尺度得点)との相関を調べ,
図 3 より,本集団の自主性尺度得点に大きな男女差は
その相関係数が.40 以上であることも妥当性の条件とし
見られなかった。しかし,男女とも[独立性]の得点が低
た。その結果,相関係数= 0.46**となり,今回の尺度は,
い(男女とも 2.3p)。このことから,本集団の自主性を
十分な妥当性があるものと考える。
伸ばすためには,特に[独立性]を向上させるような指導
- 39 井上史子/沖裕 貴/林 徳治:中学校における自主性尺度項目作成の試み
方法や技術を検証する手立てとして,多くの教育現場で
が必要であることがわかる。
表1
自主性の因子分析の結果
因
因子1
因子2
因子3
因子4
因子5
因子6
自己統制
独創性
自己主張
独立性
判断力
自発性
Q1:「自習の時でもまじめに勉強する」
.645
.201
.059
.260
.354
-.140
Q2:「話をしてはいけない時にも,ついしゃぺって注意される」
.738
.009
.077
.185
.150
-.109
Q3:「自分勝手な事をいったりして他の人の活動を邪魔したりする」
.735
.120
.126
-.200
.155
.136
Q4:「学校の決まりが守られていなくても気にならない」
.522
.089
-.095
.108
.130
.052
Q5:「仕事を任された時自分だけではどうしたらよいか分からない」
-.037
.605
.033
.049
.060
-.073
Q6:「自分一人でやる事でも自分だけでは不安なので友達と一緒にする」
.235
.569
.186
-.039
-.131
.068
Q7:「たくさんの人が賛成するとすぐそれが正しいと考える」
.069
.574
-.025
.300
-.018
.208
Q8:「新しい事を自分で考え出すのが不得意で人のやった事をまねる」
.260
.589
.193
.006
-.151
.274
Q9:「自分の意見が正しいと思えば友達からの反対にあっても曲げない」
.059
.173
.682
.192
.116
.079
Q10:「自分が正しいと思えば仲良しの友達とでも口論する」
-.109
.116
.672
.013
.075
.051
Q11:「自分の考えを分かってもらえるまで説明をしないと気が済まない」
.243
-.035
.431
.051
-.179
.242
調
査
子
項
目
第 1 因子:[自己統制]
第 2 因子:[独創性]
第 3 因子:[自己主張]
第 4 因子:[独立性]
Q12:「大勢で相談するより自分一人で考えた方がよい考えが出ると思う」
.105
.120
.336
.586
.004
-.030
Q13:「友達の意見に比べて自分の意見の方が優れていると思う」
.150
-.042
-.131
.573
.044
.208
Q14:「みんなで話し合って決めるより自分一人で決めてしまう」
-.003
.223
.241
.608
-.266
.012
Q15:「皆で決めた事はどんな事があっても守るように努力する」
.208
-.099
.296
-.044
.468
.225
Q16:「自分でやりたいと思っても周囲の人に迷惑になる事は我慢する」
.266
.074
-.120
-.185
.556
.193
Q17:「自分がやろうとする事が人の迷惑になるかどうか考えてからする」
.236
-.111
.068
.042
.641
.038
-.128
.201
.068
.047
.026
.590
Q19:「皆の役に立つ事であれば進んでその仕事を引き受ける」
.157
-.041
.192
.084
.238
.684
Q20:「自分で発言しようと思えば誰に言われなくても進んで発表する」
-.053
.312
.034
.288
.219
.383
第 5 因子:[判断力]
第 6 因子:[自発性]
Q18:「今までにやった事のない新しい行事などはすすんでやる」
(因子抽出法:主因子法
5
寄与率
11.12
8.54
7.74
7.29
7.01
6.72
バリマックス回転) 累積寄与率
11.12
19.66
27.40
34.69
41.70
48.42
まとめ
本研究は,学校における情意的な教育目標を客観的に
活用されることを期待する。
【引用・参考文献】
評価するための尺度項目を開発することが目的であっ
1)井上史子:「メディアを活用した児童・生徒の主体的学習態
た.今回の調査では,先行研究を基に,学校における中
度の変容を図る授業の実証研究」,山口大学大学院教育学研究科
学生の自主性を測定するための尺度構成を行い,その結
修士論文,2004
果 6 つの因子を抽出し,
20 の質問からなる 100 点満点
(各
2)人間性心理学研究:浅海健一郎,1999,「子どもの「主体性
質問 5 点満点)の尺度が完成した。
尺度」作成の試み」,第 17 巻第 2 号,pp。154-163
今後の課題としては,次のような点が考えられる。
3)児童心理:新堀通也,1977,「教育目標としての自主性とそ
① 因子 2,因子 3,因子 4 に同じような表現の質問が含
の教育」,第 31 巻第 12 号,pp16-23
まれており,文章表現に関して再度検討すること。
4)児童心理:藤原喜悦,1968,
「自主性の診断」,第 22 巻第 11
② 今後,学年,地域等の条件を加味し,普遍的な尺度に
号,pp109-115
洗練する必要がある。その上で,自主性を育成する指導
5)藤原喜悦,石川勤:「自主性診断テスト」,金子書房,1973
- 40 学習情報研究2005.1
- 41 井上史子/沖裕 貴/林 徳治:中学校における自主性尺度項目作成の試み