エジプトに進出する日系企業

253
エジプトに進出する日系企業
1990年以降―
―
富田研究会
はじめに
Ⅰ エジプト経済の概説
Ⅰ- 1 エジプトの GDP
Ⅰ- 2 GDP 成長内訳
Ⅱ 企業の進出要因と活動の概要
Ⅱ- 1 企業の進出要因
Ⅱ- 2 日本企業のエジプトにおける活動の概要
Ⅱ- 3 まとめ
Ⅲ 経済政策と日本企業による評価
Ⅲ- 1 金融政策
Ⅲ- 2 財政政策
Ⅲ- 3 貿易政策
Ⅲ- 4 外資誘致政策
Ⅲ- 5 雇用・産業保護政策
Ⅲ- 6 まとめ
Ⅳ 結 論
はじめに
1991年はエジプトにとって大きな転換の年となった。80年代後半の石油価格低
迷を機に当時の経済状況は困窮しており、政府は新たな政策を打ち出すことを余
儀なくされていた。そして、91年の IMF・世銀による経済構造調整融資の受け
入れを皮切りに、為替の自由化、補助金の削減、市場経済への移行を主眼とした
254 政治学研究42号(2010)
一連の経済構造改革に取り組んだ。この改革により経済状況は一時的な回復の兆
しを見せた。その後、90年代半ばから2004年までの間エジプト経済は再び低迷す
るが、1999年に発足したオベイド内閣以降、政府は抜本的な経済改革に着手した。
そして、2004年以降急速に経済状況が好転へ向かっていく。
エジプト政府は特に、海外からのエジプトへの投資誘致に積極的に取り組んだ。
その結果、中国や欧州を始めとして対内投資額は目覚ましく増加している。しか
し、その一方で日本からの投資は伸びず、新規参入企業も少ない状況にある。エ
ジプトへの外国直接投資額は、2002/2003年次において米国が 2 億7750万米ドル、
英国が2800万米ドル、ドイツが2700万米ドル、フランスは6140万米ドルで、EU
全体では 5 億8440万米ドルにおよんでいるのに対し、日本は200万米ドルにとど
まっている。2006/2007年次では米国が46億8100万米ドル、英国が22億960万米ド
ル、ドイツは9720万米ドル、EU 全体では40億6100万米ドルと大きな増加を見せ
ている一方で、日本は60万米ドルと大きく低下しており、新たに登場した中国の
840万米ドルに抜かされている。
そこでわが研究会では、その問題がどこにあるのかを市場としてのエジプトが
持つ特徴を考察しながら読み解こうと考える。その際、エジプトにおいて実際に
第一線で活躍している方々からの生の意見を十分に聞くことを特に重視した。な
ぜなら彼らの実感こそがエジプト経済の変化と日系企業のビジネス観をよりリア
ルに表現しているからである。
研究の手順は以下の通りである。
①90年代以降の政治経済政策の転換をまとめるとともにその社会状況の調査
②エジプト市場の持つ特徴の考察
③エジプトにおける日系企業のビジネスの現状調査
④政府の政策に対する日系企業の考え及び対応の調査
以上の手順を通じて、エジプトにおける諸外国からの投資額の増大に対して日
本からの投資額が伸びていない現状を考察する。
特に③、④においては、われわれの研究趣旨である生の声を聞くということを
重視するため、エジプトで活躍する企業へ日本でのヒアリング、および研究会メ
ンバーが実際にエジプトを訪れてのフィールドワークを中心に活動を行った。
本稿の構成は以下の通りである。
Ⅰ:1990年代以降のエジプト経済・貿易政策の近況を列挙するとともに政権ごと
255
の政策についても述べる。
Ⅱ:エジプト進出日系企業の進出要因と活動実績についての検討を行う。ここで
は企業の視点にたっての分析を述べる。
Ⅲ:経済政策とそれに対する日本企業の評価について述べる。特に第Ⅰ章との関
連からここでは政策がいかに機能し、あるいは逆機能したかについて検討する。
そして、その政策の評価からの日本企業の進出についての要因を探る。
以上を踏まえたうえで本稿を通じて、日系企業進出という観点からではあるが
エジプトの政治経済制度の改革の結果及びその意味について真に理解し、そして
最終的にはエジプトという国の本質を明らかにしたい。
Ⅰ エジプト経済の概説
Ⅰ- 1 エジプトの GDP
エジプトは1970年代の後半から、停滞していた経済の再生を IMF の指導の下
で成功させ、1980~1990年の平均 GDP 成長率は5.2%を記録している。1980年代
の経済成長については鉱工業とサービス部門の高い成長率が要因となっており、
主に返還されたシナイ半島の油田からの石油生産の回復、スエズ運河再開による
収入、海外からの送金などによって外貨を獲得し、経済成長を維持してきた。
1990年代に入ると国内産業のサービス部門の伸びが停滞してきたが、その一方で
製造部門が高い伸びを示し経済の成長を助けた。観光業に関しては1996年に史上
最高の400万人の観光客と37億ドルの観光収入を記録したが、翌年にルクソール
事件が起き、98年には観光客が対前年比70万人減少した。1999年からは観光客が
増加して観光収入は再び増加したが、2000年に入ると石油輸出余力の低下が響き、
成長率は 3 %台に低下した。石油輸出はスエズ湾岸油田の老朽化に伴い、1996年
をピークに減少傾向をたどっており、2000年代に入ると年間4,000万トン台を下
回ってしまっていたのである。こうした余力低下は国内消費の増大や油田の枯渇
が原因と考えられている1)。
2001年の米国における同時多発テロ発生を機に、世界的景気後退を背景に経済
も停滞感も深めた。エジプトポンド(LE)の対ドル公定レートの度重なる引き下
げや、対外債務の増大、国営企業の民営化の遅れなどが経済運営上の重要な問題
として浮上し、マクロ経済指標に大幅な改善が見られず 2 %台の成長率に低迷し
ていた。
256 政治学研究42号(2010)
しかし2004年以降には、国際的な原油、エネルギー価格の上昇を背景に工業部
門が活発化し、2005/06年次で6.9%と大幅な伸びを記録した。
Ⅰ- 2 GDP 成長内訳
GDP の産業別傾向は現状維持の農業、伸びる鉱工業、漸増傾向にあるサービ
ス業となっている。鉱工業は液化天然ガスならびにヨルダンへのパイプライン建
設に係る外国投資により着実な伸びを示している。サービス業の伸びに関しては
アラブ資本によるホテルや観光施設への投資増大によるところが大きい。石油部
門では国際原油価格の動向に左右されがちであるが投資が活発で、新規油田やガ
ス田の探査、開発が進み活況を呈している。シナイ半島や南部での新規開拓、灌
漑設備拡充、インフラ整備などは新しい展望があり、発展途上国や中進国で30%
内外を占め重要産業である。工業部門では製造業の着実な成長もあって、1999年
度以降 GDP の約20%、雇用の15%程度を占めるようになった。またエジプト経
済において特筆すべき点として、地下経済が GDP の約30%を占めているといわ
れる。地下経済が GDP の大きな役割を占めていることは、経済の動向を的確に
把握できない要因の一つでもある2)。
外貨収入が経済の重要な柱となっていることもエジプト経済の特徴である。そ
の内訳は石油・天然ガス輸出、観光収入、海外からの送金、スエズ運河航行料が
大半を占めている。他には、公共部門の生産額が今なお GDP の30%強、総雇用
の同じく約30%を占め経済の重要な要素である。しかし、公共部門に対する国家
からの資金供給が国家財政の赤字幅を増大させ、向上しない生産性が経済全体の
足を引っ張っている3)。
GDP の支出内訳はその約70%を個人消費支出が占め、総固定資産形成は外貨
進出に伴って増加がみられている。高い個人消費支出から、経済の行方はこれに
左右されるが、石油以外にこれといった有望な付加価値のついた輸出製品を持つ
ためには遅れている工業分野を発展させることが望ましい。また、国際市場に対
応できる商品の開発、市場開拓が急務であり、外資導入によって経済環境の活発
化や高度化、雇用機会の増大を図ることが期待されている4)。
1990年代には鉱工業、観光、金融部門の二桁成長によって経済成長は順調に推
移した。しかし2000/01年には原油の輸出余力低下と資本財などの輸入増から外
資不足を招き、過熱気味の経済を引き締める政策に転換したこと、信用抑制、緊
縮予算、国内債務支払い遅延などから内外貨は流動不足となった。そのことから、
257
農業生産の停滞、民営化停滞等の諸問題が浮上し実質 GDP 成長率は3.3%に低下
した。2001/02年はパレスチナ情勢の悪化、01年 9 月の米国テロ事件の影響で観
光 収 入 が 減 少 し た も の の、 そ の 一 方 で GDP 成 長 率 は 前 年 水 準 を 維 持 し た。
2002/03年はエジプトポンド(LE)の対ドル公定レート切り下げの結果輸入価格
が上昇し、インフレ率が再び 3 %台に上昇した一方で、輸出増・輸入減から貿易
収支が改善、スエズ運河通行料収入、ガスパイプライン使用料収入が引き続き増
加、原油価格上昇によって経常収支は対前年比 3 倍の19億ドルの黒字を記録した。
また、サービス業は工業、観光分野の退潮で不振に陥ったものの、農業は 3 %台
の成長率を維持した。2004/05年、価格調整や所得税法導入に伴う関税率引き下
げを行った成果が見られ、GDP 総生産額(市場価格)は前年の4,070億 LE を上回
り4,271億 LE となり、実質 GDP 成長率が4.5%となった。こうした GDP 成長の
うち、生産部門が49.5%を占める。その内訳は製造業が19.5%、農業・漁業部門
は16.1%、工業部門が7.8% 、 建設部門は4.3%となっている。2007/08年の実質
GDP 額は7,613億7,340万 LE となり、成長率は前年比7.2%と比較的順調に成長し
た。
Ⅱ 企業の進出要因と活動の概要
Ⅱ- 1 企業の進出要因
企業が海外に進出する際の要因としては、進出先の国の市場やその国特有の性
質的要因などが考えられる。この章ではまず、エジプトの市場や性質的な魅力お
よび不利を考察し、それらが実際の企業の進出要因にどういった影響を与えてい
るかを考える。最後に、エジプト進出企業の具体的なビジネス内容をまとめる。
( 1 ) エジプトの市場・国の性質的な優位
初めにエジプトの市場もしくは特有の性質的な魅力について考察する。具体的
には(a)経済的要因、
(b)政治的要因、
(c)地理的要因、
(d)制度的要因、
(e)
その他の要因、にわけて順に整理していく。これらの要因の中には現地企業や在
日本エジプト商務公館への聞き取りから明らかになった、主観的印象も含まれて
おり、実情とは異なる場合がある。その際は適宜指摘する。
(a) 経済的要因
最初に企業が現地の市場に参入する場合に最も重要だと考えられる、経済面で
258 政治学研究42号(2010)
の魅力を考察すると 4 つの項目が考えられる。まず、人口規模の大きさである。
エジプトの人口は国連統計によると2007年時点で7,360万人、世界で14番目に人
口が多い国であり、消費者の絶対量は、特に生活必需品を手がける企業にとって
は大きな魅力であろう。次に、年率約 2 %の人口増加率が挙げられる。7,360万
人の約 2 %であるから、毎年150万人前後の割合で人口が増加する。したがって
子供用品の需要は高いことが予想できる。また増え続ける人口に対応して、電力
や水道など生活インフラを一層整備するといった需要も生じるであろう。第三に
コスト面での利点である。人件費、不動産、生活インフラなど多くの点でコスト
が低い。最後に競合の少なさがある。エジプトは市場規模が小さく、参入してい
る企業も業種を問わずそれほど多くはない。従って同業他社と競合しにくいと考
えられる。
(b) 政治的要因
政治的安定は企業活動の安定にとって重要であると考えられる。その点におい
てエジプトは他のアラブ諸国と比べて多くの利点を持つ。一つは、戦争リスクの
低さである。エジプトはヨルダンと並び、アラブ連盟の中でイスラエルとの国交
を持つ特異な国家である。従って、他のアラブ・中東諸国に比べて戦争のリスク
が圧倒的に低く、その点では周辺国に大きなアドバンテージを有していると考え
られる。アラブ連盟内においても、エジプトは経済力こそ湾岸諸国に劣るが、政
治的指導力は未だに健在である。2008年のイスラエルによるガザ地区への攻撃の
停戦交渉を仲介したのもエジプトである。従って北アフリカから中東にかけての
活動拠点として非常に適した中心的国家だといえる。実際、エジプトには多くの
報道関係の職に携わる企業がオフィスを構えており、周辺国で何かあればエジプ
トから取材へ行くのである。また、国内的にみてもムバラク政権は安定した政治
体制である。
(c) 地理的要因
エジプトの周囲には中東、北アフリカ、そして地中海を挟んでヨーロッパが位
置している。また地中海と紅海に面し、それらを結ぶスエズ運河を所有している。
従って、欧州、中東、北アフリカへの市場進出を志向する企業にとっては、製造
拠点として魅力的な立地条件だと考えられる。
(d) 制度的要因
前章ですでに述べたように、近年エジプトでは海外からの投資誘致を目指し、
制度的な誘因の整備に力を注いでいる。主な制度としては幅広い国や地域との
259
FTA の締結、フリーゾーンの設置、海外投資誘致のための様々な規制や制度の
撤廃・変更・拡充などがあげられる。
(e) その他の要因
上記以外に三つ要因がある。第一にエジプトにおいては人的資源が豊富である。
多くの企業から、エジプトはアフリカ・中東圏の中では教育水準が高く、英語力、
技術力をもった人材が豊富であるという意見が聞かれた。実際にはエジプト全体
の識字率は70パーセント台前半と、教育水準は世界的にも地域的に見ても低い。
しかし、人口の絶対数が多いことから相対的に大学卒業者も他国に比べて多い。
また、エジプトでは職不足から大学を卒業しても企業に就職することは難しく、
大卒のタクシードライバーも少なくない。当然、企業への就職を希望する人や海
外へ出稼ぎに行く人々は一定以上の教育を受けてきた人が多いということが予想
される。実際に海外への出稼ぎ労働者にはエンジニアを始め医師や弁護士など高
学歴の人々も多い。その結果として日系企業側も教育水準が高いという印象を
持っているのだろう。第二に、エジプトはアラブ諸国におけるトレンドの発信源
となることが多い。21カ国一帯でアラビア語が用いられているため、流行が国境
をまたいで広がっていくことが期待される。最後に、天然資源が近年新たに発見
されている。従来は少量の原油を産出していたが、近年では天然ガスが発見され、
確認される埋蔵量、産出および輸出量は年々増加している。
( 2 ) 進出にあたってのマイナス要因
前項ではエジプトの持つ、企業にとって魅力的だと考えられる点を整理した。
そこで次にマイナス要因を整理する。
(a) 経済的マイナス要因
経済的マイナス要因としては、まず国民の購買力の低さがあげられる。2008年
の一人当たりの名目 GDP は約1,770ドルである。つまり周辺の産油国に比べ人口
こそ多いが、その人口を背景に巨大な消費市場を形成するまでにはいたっていな
い。参考として周辺国の一人当たりの名目 GDP をあげると、アラブ首長国連邦
は約54,000ドル、イスラエル約28,000ドル、イラン約4,700ドル、サウジアラビア
約19,000ドル、トルコ約10,000ドルである。さらに近年では中国をはじめとした
アジア、東南アジアの国々の購買力が上昇しており、より魅力的なマーケットが
日本の近くに多く存在する。
さらに、エジプトでは製造業に対して品目別の国産化率を定めている一方で、
260 政治学研究42号(2010)
部品などのすそ野産業が発達していない。これは製造業の参入にとって重い障壁
と考えられる。
(b) 制度的マイナス要因
エジプトでは基本的に100%外国資本での参入が認められている。しかし、実
際に現地でビジネスを行う際には様々な制度的問題がある。法制が非常に複雑で
難解であることに加え、縦割りの官僚制により手続きが複雑で長期間かかること
や、政府の号令によって制度が一瞬にして変わってしまい安定性に欠けること、
制度の運営面で不備があるといったことなどである。いくつか例をあげると、①
税制面で優遇されているフリーゾーンにおいて、特定の業種に限って突然優遇税
制が撤廃され、プロジェクトや開発案件に支障が生じた例。②法人税が長年徴収
されず、あるとき急に数年分の支払いを要求され資金難に陥った企業の例。③投
資庁の権限が不明瞭であり、投資庁が設立したワンストップショップも自然あま
り機能していない5)。他にも多数の問題点が指摘された。
(c) 地理的マイナス要因
先ほどはエジプトの地理的優位について述べた。しかしそれはあくまでも客観
的に見たエジプトの優位性にすぎない。こと日本からの進出ということを考える
とエジプトはあまりに遠く、現地ビジネスのノウハウを持っている企業も少ない。
従って企業の参入形態は現地企業への技術協力という形をとる企業、ジョイント
ベンチャー、商社との連携、現地工場の買収、単独など様々である。技術協力と
いう形から進出し、今ではジョイントベンチャーで成功しているあるメーカーの
方は、
「成功の要因は信頼できる良いパートナーにめぐりあえたこと。やはり最
初から単独での参入は恐い」という。
また経済的マイナス要因でも触れたが、日本のすぐそばには急成長を続ける中
国、インド、そして今後一層の発展が期待される東南アジア諸国が存在している。
従って、そのようなリスクをあえて冒す必要はないという企業は多いだろう。
(d) その他のマイナス要因
エジプトは国民の大部分がイスラーム教徒であり、そこには当然ながら独自の
文化、風習が存在している。それは多くの日本人にとってほとんど未知の世界と
いうイメージがあり、そういった点から進出を躊躇するということも考えられる。
複数社からの聞き取りによってもその違いの大きさは明らかになった。仕事が遅
い、期限を守らないといったいわゆる国民性の違いや、ラマダン前には午後三時
前後には帰宅することや、礼拝の時間には仕事中であってもお祈りを欠かさない
261
などの宗教・文化的な違いを挙げる企業もあった。
しかし、宗教や文化的違いが必ずしも事業の妨げとはならないという意見も予
想以上に多く聞かれた。仕事内容への不満については、時間をかけて教育を行っ
てゆけば十分に改善できる程度の問題のようだ。「文化の違いが全て仕事の上で
マイナスとは限らない。文化的差異を尊重しつつ、変えていく必要のある部分は
変えていく」といった意見であった。
さらに、中間管理職の不在もある。日系企業はエジプト人労働者の教育水準が
高いという印象を持っている半面、中間管理職を担える人材が圧倒的に少ないと
いう意見が多く聞かれた。ただし企業の中には中間管理職の育成を行うことで事
業の基盤を確固なものとした例もあり、企業の努力によって克服可能との見方も
ある。
Ⅱ- 2 日本企業のエジプトにおける活動の概要
( 1 ) 土木・建設分野
1980年代から、日本企業の数社がインフラ整備事業に参入してゆくようになる。
1981年、大日本土木による大カイロ水道タンク新設工事を始めとし、上下水道・
農業・通信・電気・教育・環境といった面でのインフラ整備に関わっている。た
だし、進出が始まった1980年代当時、エジプトにおいては民間ビジネスがいまだ
成熟しておらず、日本の ODA を資本として事業を展開した。ODA には有償型
の円借款と、無償型のものがあり、当初は円借款のかたちがとられていたものの、
エジプト経済の悪化で政府の返済能力が落ち、すぐに無償型に切り替えられるこ
ととなった。
具体的な事業としては、灌漑用水の整備、浄水場の新設および改修、上下水道
の整備および改修、変電所や鉄塔の建設がおこなわれている。また、現地の日本
人学校の建設や、現地に進出している日本のメーカー企業の工場建設、在エジプ
ト日本大使館の建設などの事業も行っている。日本大使館の建設は、大成建設の
PFI(Private Finance Initiative) 事業の一環で、日本政府との協力のもと、民間の
有する資金や技術力、効率的な運営ノウハウを活用する仕組みを用いて、設計は
日本企業、工事はエジプトの現地人を雇用するという形で進められた。そのほか
にも、2006年にはアブ・シールにある遺跡から発見された石積み遺構の保存整備
作業に関わるなど、文化財保護関連の事業にも日本の建設会社が参加している
ケースがある。ただ、エジプトでの事業が必ずしも堅調というわけではなく、
262 政治学研究42号(2010)
ODA を資金源とする博物館や空港関連の事業への入札で国際競争にさらされ、
日本企業だからといって参入ができるとは限らない状況である6)。
( 2 ) 金融
金融分野においては、エジプトは他と比べて規模の大きい市場ではなく、日本
の銀行などもエジプトの事業所も、連絡事務所、情報収集センターといった要素
が強い。現地のエネルギー関連事業および貿易事業への融資や、地場銀行との取
引や連携を主に行っている。
グローバルな規模の事業はないものの、エジプトではエネルギー関連の開発事
業への融資や貸付が事業の多くを占めている。具体的には、LNG(液化天然ガス)
プロジェクトやガス田開発プロジェクトへの資金協力や、石油公社へのシンジ
ケートローンなどである。
経済改革等によって経済が自由化し民需が活性化することにより、ビジネスが
拡大してはいるものの、日本の銀行よりも、現地(中東)の銀行からの方が好条
件で融資を受けられることから、エジプト民間企業との直接の取引は少ないのが
現状である。
( 3 ) 石油・エネルギー分野
サウジアラビアやクウェート、アラブ首長国連邦、イラクなどに比べれば、産
出量ははるかにおとるものの、エジプトも石油・天然ガスの産出国である。日本
は、そのエネルギー資源の大部分を中東の国々に依存しているが、エジプトにお
いては、輸入用に資源開発をするほかに、国際入札で権益を獲得した上で油田や
ガス田を自ら開発し、そこで産出されたものを現地でエジプト国営の石油公社等
に売る、という事業スタイルもとられている。2000年代以降、エジプト政府に
よって外資による石油・ガスの開発や再開発事業が積極的に支援されるように
なったため、増産再開発プロジェクトに積極的に取り組むようになった企業もあ
る。また、そういったプロジェクトを進める中で、権益を獲得した油田で開発を
進めていく過程で新たな油田を発見するなど産出量の増大に成功した例もある。
( 4 ) 総合商社
1930年代に既に綿花取引のために事務所をアレクサンドリアに構えていた会社
もあるが、総合商社が本格的にエジプトへの参入を始めたのは1955年以降である。
263
この時期に本格化したのには、エジプトが1953年に最後の国王フアード 2 世を廃
位し共和制へと移行したことが、少なからず影響を与えていると思われる。エジ
プトでの主な事業は、物流・開発案件・政府間の仲介・技術提供の仲介・国際貢
献、という大きく分けて 5 種類になる。物流で扱っている商品は、輸出では、昔
からエジプトの主要産業として有名な綿花やエジプト製スチールが挙げられ、輸
入では現地エジプト石油会社向けの鉄管・アジア諸国からのツナ缶がある。貿易
だけでなく現地代理店の販売方法のチェックやマーケティング、より効率的に販
売するためのアドバイスも行っている。開発案件はエネルギー関係のものが多い
が、多岐にわたっている。具体的には、スエズ運河建設・発電所建設・博物館建
設・インフラ整備・鉄道(路面電車・地下鉄)案件・エジプトの製油所向けディー
ゼルエンジン設備の建設・国内向け太陽熱、ガス統合発電設備の建設・液化天然
ガス(LNG)のプラント契約やターム契約などを、建設会社などとコンソーシア
ムを組み共同で受注し、プロジェクトをコーディネートする立場をとっている。
これら以外にも、現在ではすでに紐つきではなくなっているが、円借款を通して
の案件も扱っている。政府間の仲介は、日本からの ODA における日本政府とエ
ジプト政府の仲介である。技術提供の仲介は、エジプトの現地企業が欲している
技術を複数の日本企業が提供を考えている場合に話をまとめる、などである。国
際貢献はエジプトの現地大手企業との共同で行っていて、ストリートチルドレン
保護施設設置・スエズ緑化計画や CO2 排出量削減のための植林活動などがある。
商社の今後のエジプトでの事業展開としては、インフラ整備・エネルギー開発・
化学石油の取引・太陽光発電や水力発電など環境保護を視野に入れた案件が、主
となってくると見られている。
( 5 ) 製造業(電子機器・自動車・非鉄金属・医薬品)
電気機械器具のメーカーは、1960年代から中東・アフリカ地域への進出を始め
た。エジプトへは単独でではなく現地企業とのジョイントベンチャーという形で
エジプト市場に参入し、日本企業の保有する白物家電や鉄道車両に関しての技術
援助を現地企業に対して行い、販売している。参入当初は扇風機からスタートし、
現在では食器洗浄機や掃除機・ファックス・テレビなどの生活用品から、DVD
やパソコン・LCD テレビやプロジェクターといった娯楽品まで、さまざまな種
類の多くの製品を販売している。
自動車メーカーはエジプトにある工場で、規定の国産化率60%以上を満たすよ
264 政治学研究42号(2010)
うに日本製とエジプト製の部品を組み合わせ現地生産している。1997年から現地
資本企業と提携し、その企業の持つ工場での生産が行われていたが、2004年にそ
の工場資産を買い取りエジプトでの事業を拡大した。事業拡大前の2004年以前は、
主要部品はすべて輸入して現地工場ではそれらを組み立てるだけという CKD(コ
ンプリート・ノックダウン)生産により、ピックアップ(大型以外のトラック)のみ
を現地で生産していた。しかし拡大以後は、エジプト製の部品と組み合わせ生産
しており、それ以前は日本からの輸入車のみを販売していた乗用車や、小型大衆
車の現地生産と販売も行っている。現在は国内向けの販売のみだが、関税同盟で
ある東南部アフリカ共同市場(COMESA)を活用して、中東諸国や北アフリカの
国々など近隣諸国への輸出も視野に入れた、エジプトを北アフリカ・中東各国へ
の輸出拡大にとっての重要な地理的拠点と見たうえでの事業拡大である。現地資
本企業と技術提携のみを行っていた時の 4 年間のエジプト市場での台数が 7 ~ 6
万台であったのに対し、本格的に参入した05~09年は、税制改革も受け20万台で
あり上り調子であったが、2008年からの世界的な経済不況のあおりを受け、現在
はその好調さも一時停滞中である。
ファスナーで有名な非鉄金属メーカーは1996年にエジプト支社を設立し、以後
他地域で展開している規模と比較すると小規模に工場をオペレーションしている。
日本や主要な参入国では 2 種類の製品を製造しているが、エジプトではファス
ナーにのみ絞って生産している。現在のエジプトでの事業は、内需が 5 %、アメ
リカを中心とする海外輸出用向け衣料品用が95%を占めている。参入当初の目的
は国内市場が今後伸びてくることを見込み、現地衣料に製品を提供することで
あったが、エジプト国内ではファスナーのついている服が多くは着られていない
ことや、国産のファスナーが約半額で売られていることもあり、思っていたほど
は伸びずに参入後10年間ほどは困難な時期が続いた。しかし2004年より QIZ7)を
活用した対米輸出用のジーンズ市場へも供給を始めており、今後もその伸び率が
大きくなることが見込まれている。エジプトは綿が取れるため輸出用だけでなく、
ジーンズ市場による製品の需要が高くなっている。現在のエジプトの役割は、ア
メリカやヨーロッパへの加工輸出と、ヨーロッパへの一部の供給基地となってい
る。
医薬品メーカーは、1980年前には既にエジプトのフリーゾーンに進出し点滴液
のみを生産・販売していたが、フリーゾーンでは輸出しかできずに経営が不安定
になった。そのため1994年にエジプト国内の会社として国内販売を可能にするた
265
めにエジプト資本を25%入れて新たに会社を設立し、現在では点滴液のほかに統
合失調、血液循環障害、胃潰瘍・胃炎の治療薬も製造販売していて、輸液の国内
マーケットシェアは41%になる。確実に売れることを見越してから新しい製品に
取り組み、それが成功したのを受けてからまた新しい製品に取り組むという形を
とっているため、販売している製品の種類は少ないが、売上を着実に伸ばしてい
る。特にインターネット販売の売上が伸びている。中近東やアフリカへの輸出も
行っていてこれが全生産の25%を占めており、中東の拠点としてのエジプトの重
要度も高い。
Ⅱ- 3 まとめ
①土木建設業:建設業では主に、日本からの借款による博物館や空港などの事業
案件の獲得を目的として社参入している企業が大部分である。というのも、現
地企業などの案件は為替や与信リスクが存在することに加え、安全性を確保す
るための独自の規定などから、現地企業と比べてコストが高く、受注できる可
能性が低いからである。
②金融:エジプトに進出している日系金融機関は大手メガバンクの数社のみであ
る。金融機関では投資事業なども行っているが、情報収集拠点の一つという性
格も強いようだ。
③石油・エネルギー:エジプトでは少量ではあるが石油や天然ガスが産出されて
おり、油田の採掘権を取得して採取、販売を行っている日本企業がある。
④商社:エジプトには多数の総合商社が参入しているが、いずれも古くから事務
所を構えており、その進出要因もスエズ運河を利用した物流、開発援助案件、
エジプト綿の取引、地下鉄車輌の受注等企業によって様々である。また、情報
収集も要因の一つである。
⑤製造業:製造業では家電や自動車などのメーカーが参入している。この業種は
エジプト市場向けの製品を製造すると同時に、エジプトが様々な国家や地域と
FTA を締結していることとその地理的利点を生かし、将来的には輸出向け製
品の製造を視野に入れて参入した企業も多いようだ。また参入時点から輸出製
品のみを製造している企業もある。
ここまで、エジプトにおける日本企業の活動の実態と、エジプトへの進出要因
についてみてきた。ここからわかるのは、国際的な相対的規模という点からみれ
266 政治学研究42号(2010)
ば日本企業にとってエジプトはそれ自体インセンティブの高い市場ではないもの
の、企業側の需要次第では見逃すわけにはいかないという存在感を発揮しうる市
場であろう、ということである。
7,360万人という大規模な人口は豊富な労働力資源であるし、その質も他のア
フリカ・中東圏に比べると高く、ほとんどの場合英語が通じるという利点もある。
人件費や生活インフラの面でのコストが非常に低いことも、企業側にとってはメ
リットである。地理的に見ても、ナイル川の水の恩恵を受け天然資源を有する土
地であり、アジアとヨーロッパを結ぶ拠点となる地域である。また、アフリカと
アジア・ヨーロッパを結ぶ役割も期待することができるという立地上の魅力があ
る。さらに、エジプトは歴史的に「アラブの盟主」としての地位とプライドを持
ち続けており、現在でも政治的リーダシップを発揮している。イスラエルと国交
を持っていることも紛争勃発の危険性を低くしており、現在のところは戦争リス
クの低さや秩序安定という利点につながっている。国内的に見ても、ムバラク政
権によって政治的安定が保持され、そういった面でのリスクは他の中東諸国に比
べて低いといえる。
ただ、一方で国民の購買力の低さや、参入にあたっての規制が複雑でわかりに
くい上に厳しかったり、対応にあたる行政機構も未熟で迅速にものごとが進めら
れなかったり、そもそも法整備が追い付いていない部分があったりするなど、国
際的なビジネスレベルには到底達しているとは言えない環境であることは否定で
きない。国民性やビジネス文化の違いもやはり大きく、ソフト面でも見えない壁
となりうる可能性は高い。また、無論ヨーロッパやアフリカに近いといっても日
本からは遠いため、よほどのインセンティブやきっかけがないかぎり積極的にエ
ジプトまで出向くということには二の足を踏むのが現状である。
ただし、こういった点は新興国であればどこでも指摘されうる問題点ばかりで
ある。(だからこそ今まで途上国という地位に甘んじてきたのだともいえる。)インタ
ビューを行った企業の中でもエジプト経済の好転やビジネス環境の改善を認める
企業は多く、エジプトに進出することで利益を得られるかどうかは、企業が何を
もとめているかによるのであり、エジプトという市場を活かすのも企業次第であ
る、ということがいえるであろう。
267
Ⅲ 経済政策と日本企業による評価
1990年代はエジプトの経済政策にとって大きな転機となる時期であった。湾岸
戦 争 の 勃 発 を き っ か け と し て、1991年 に「 経 済 改 革 と 構 造 調 整 プ ロ グ ラ ム
(Economic Reform and Structural Adjustment Program: ERSAP)」の始動をもってエジ
プトにおける本格的な経済改革が始まった。その主な目的は金融・財政の健全化
と為替・貿易自由化であったが、同時にエジプトは外資誘致政策や雇用政策等内
外の状況に合わせた政策も行ってきた。本節では政策を分野ごとに分け、これら
の政策がどのように実施されどのように日本企業に評価されているかを分析し、
政策の有効性を分析する。
Ⅲ- 1 金融政策
1998年以前の金融政策は LE 預金の利率の上限規制と銀行手数料規制の撤廃、
外国銀行支店による LE 通貨取引許可、規制緩和と同時に財務の透明性及び健全
性確保のための監査強化といった政策を中心としていた。しかし、98年以降の経
常収支悪化改善のため、LE の対ドルレートを 1 ドル3.4LE 内外に維持する政策
をとるようになった。
2001年 1 月に為替レートは自由化されたが、LE の対ドルレート下落が続いた
ため、同年 8 月には再びドルペッグ制となった。2003年、オベイド内閣は、為替
レート安定のために「企業の外貨収益の75%を強制的に内貨に交換させる政令」
を発令したが、これが混乱を招いた。LE の対ドルレートは、2001年の管理ペッ
グ 制 導 入 時 に は 1 米 ド ル =3.85LE で あ っ た が、2004年10月 に は 1 米 ド ル =
6.234LE にまで下落していた。ナズィーフ内閣は、これをインフレの原因と考え
た。2003年発令の「企業の外貨収益の75%を強制的に内貨に交換させる政令」を
2004年12月で廃止し、インターバンクマーケットの創設も行った。こうした政策
の効果に加え、天然ガス輸出の開始、観光やスエズ運河航行料の収入増加なども
あり、2004年12月から2005年 1 月までの 1 カ月で6.2%の高騰を見せた。その後
も2005年から増えた外貨導入、外貨準備高などによって5.5LE 前後の水準が維持
されるようになった。
さらにナズィーフは2004年 9 月に銀行部門の改革 5 カ年計画を発表した。エジ
プトの銀行は多くの問題を抱えていたため、その解消を目指した政策であった。
268 政治学研究42号(2010)
エジプトの銀行が抱えていた問題の例としては250人の顧客が銀行部門の総借款
の27%、民間部門への借款の36%を受けていたこと、民間部門が銀行部門借款の
61%を占めていること、民間部門借款の52%は抵当がないこと、20人の投資家が
民間部門借款の10%あるいは金融機関部門の 8 %を占めていること、破たんした
投資家が銀行と結託していることにより過大な信用創造が行われていることなど
があった。この計画は、そうした問題や市場規模に対する銀行数の飽和状態解消
を狙ったもので、 1 年以内に小規模や経営上問題のある銀行の統廃合を、 2 年以
内に国営銀行が保有する民間商業銀行の株式売却を、そして 5 年以内に国営 4 銀
行の民営化を行うことを内容としていた。また、最低必要自己資本額の増額や、
貸付額の26%と推定されていた不良債権処理も行われた。この改革によって吸収
合併が進み、2004年に62行あった銀行は、2008年には40行へと減少した。アレク
サンドリア銀行などの国営銀行も不良債権を政府に処理された上で外資系銀行に
買収され、民営化が進んだ。そのほかにも、通信部門の自由化などで、テレコム
エジプトや国営保険会社も民営化が進んでいる。
これらの金融政策について、日系企業の見方は様々である。
ある家電メーカーは、LE 流動性のリスクを低下させたドルペッグ制の廃止を
評価している。しかし一方でこのメーカーは、エジプトにおけるリスクや制度的
障壁として通貨リスクを挙げている。このことは、依然リスクの高い通貨として
LE が認識されていることを示している8)。
またある建設会社は ODA を中心に事業を行っているが、エジプト現地企業が
発注する民間事業に進出しない理由として、エジプトポンドの信用力のなさ、弱
さ、政府の不安定な財政を挙げている。現在は、これらリスクの可視化が進み
様々なリスクに対応できるようになっているそうだが、進出当初は、
「資金回収
が可能な市場であるか」が主な不安要素としてあったそうだ。ODA 主体の事業
を展開する現在でも、為替レートの変動により差損が発生する場合もあるため、
金融政策には常に注目しているという9)。
一方である銀行は、2008年のリーマンショックに端を発する金融危機はエジプ
ト経済に影響を及ぼしていないことを指摘している。金融危機の影響を受けな
かった理由の一つ目は、金融派生商品に手を出していないことである。そして二
つ目は、インターバンク取引をあまり行っていないことである。グローバルエコ
ノミーの影響を受けにくいという特徴は、エジプト経済の良い面でもあるだろ
う10)。
269
このように金融政策については、ドルペッグ制の廃止など評価できる部分はあ
るが、未だ通貨リスクへの不安は抜けきれていないようである。日本の投資額が、
ヨーロッパと比べて一桁少ないのも、エジプトはリスクが高いという固定観念が
原因にあるようだ。
Ⅲ- 2 財政政策
1990年代初めの単一為替レート採用による石油、関税収入増加、そのほかにも、
徴税徹底による租税収入増加、スエズ運河通航料増収、国営企業の株式売却によ
る民営化収入などにより、歳入は増加した。また何よりも大きかったのは、湾岸
戦争時のエジプトの貢献が認められた結果、対米軍事債務の帳消しや他のアラブ
諸国からの債務減免、また1991年の 5 月に IMF とのスタンバイ協定によりパリ・
クラブ諸国から債務削減・リスケジュールが行われたことである。一方で補助金
対象物資を 4 品目に減らすなど、歳出も抑制され、1990/91年度に GDP 比20%
だった税制赤字は減少した。
しかし、1996年にシドキー首相に代わって組閣された、カマール・エル・ガン
ズーリー内閣は、東アジア及びロシアの金融・通貨危機による資金流入の悪化と、
ルクソール事件による観光収入減少という逆風に見舞われることになった。そこ
で景気拡大と雇用創出を早急に実現するため、20年長期開発計画「エジプトと21
世紀」を実施した。こうした国土改造計画や政府による大規模産業基盤建設のた
めの投資により一時的に観光部門や製造業において急成長が見られた。しかしそ
の一方で、財政拡張により98/99年の赤字は GDP の4.2%にまで拡大し、政府の
対民間部門への支払い遅延や外貨不足が生じた。エジプトポンドの重なる切り下
げにより、ドルで借り入れを行っていた企業が破綻し、経済は停滞期に陥った。
このことによりエル・ガンズーリー首相は99年の10月に更迭された。その後は緊
縮財政を図り、一時的に低減するも、民営化収入や消費税増税による歳入増加が
計画に達しなかったこと、補助金や対外債務への利払いが上昇したことなどによ
り再び膨張した11)。こうして財政赤字が2002年には GDP 比 6 %台に突入していっ
た。2003年度には、GDP 比9.5%に達し、2004年にも 6 %を超えていく中で、国
内民間消費の活性化と国内及び海外から投資促進を目的した所得税・法人税率の
引き下げが行われた。2005年 7 月に新たな税法を成立させ、個人所得税に関して
は最高税率を32%から20%に引き下げると共に、課税対象最低額を3000LE から
5000LE へ引き上げた。そして一般企業の法人所得税は32%から20%への引き下
270 政治学研究42号(2010)
げを行った。また、納税者と税務署の不信感除去や手続き簡素化による納税しや
すい環境の整備を目的に、法人税の納付・徴収方法の改革も行われた。具体的に
は、従来の税務署員による訪問調査を通じた納付額算定から、納税申告書による
税額の申告へと方法が変更されたのである。こうした引き下げの一方で、財政と
のバランスを加味し、1997年の投資家保護・優遇措置法によるフリーゾーン以外
の法人税免除事項は廃止された。また、法人税率40.55%の石油・天然ガス関連
事業、40%の石油公団、中央銀行、スエズ運河庁に関しては、現行税率が据え置
かれた。
税制改革は功を奏し、所得税収、法人税収、物品税収、関税収入ともに年々増
加していったが、歳出も雇用保証、低所得者層支援のための補助金、社会保障、
メディケア、教育、防衛などの面で増加したため、財政赤字は改善されたものの
依然として GDP 比 6 %台後半となっている12)。
Ⅲ- 3 貿易政策
貿易政策の主軸は1986年から94年まで GATT の下で続けられた多国間貿易交
渉、いわゆるウルグアイラウンドへの対応と、その後に続く WTO との交渉であ
る。ウルグアイラウンドの開催された時期はちょうど、冷戦が終わりに向かうに
つれ中・東欧における中央統制経済の破綻が明らかになった時期であった。その
ためこれらの国々が一気に市場経済化へと傾き、外国貿易と外資誘致を積極的に
始めた。これに後れを取らないためにも、エジプトはウルグアイラウンドで求め
られた改革を推進する必要があった。工業製品をはじめとし、サービス、農業、
繊維などの貿易自由化が求められていた13)。
さらに1995年には、エジプトは WTO への加盟が認められることになったが、
WTO 協定と GATT1994年協定に基づきさらなる国際化努力が求められた。その
大きな流れとしては、関税引き下げと非関税障壁の撤廃の二つがあげられる14)。
関税引き下げの内容としては、1996年から1998年にかけて連続して引き下げが
行われ、最終的に該当品目の多い税率の最高税率を50%から40%まで引き下げた。
その後も関税の引き下げは様々な目的を持って行われている。2007年には、投資
促進と低所得者層の生活水準改善を目的として、関税率の引き下げが行われた。
対象となった品は、テレビ、冷蔵庫、エアコンなどの消費財、肉、魚などの基本
食品、農薬などの化学品、繊維などの1,114品目で、平均輸入関税率は 9 %から
6.9%へと下がった。2008年には、20.18%というインフレ率を受け、食料品、原料、
271
医薬品などの11品目を引き下げた。これにより関税率は、チーズ、米、セメント
が 2 %だったものが 0 %に、バター、食用油は 2 ~10%だったものが 0 ~ 5 %に
なった。2009年には、金融危機を受け、化学品、木材、ガラス製品、貴金属品、
鉄鋼製品、銅製品、アルミニウム製品、機械類、光学機器類などを含む250品目
以上の輸入関税引き下げを行った。
非関税障壁に関しても、1986年に輸入許可制度を廃止し、輸入規制品目リスト
を作成することによって輸入制限を緩和した。しかし輸入規制を撤廃することが
できないのは、外貨収入が乏しいというエジプトの体質を示していた15)。対象品
目は86年の段階では210関税項目、548品目であり、87年、89年と追加がなされ、
225項目、570品目まで増加した。しかしその後は減少していき、現在では宗教感
情を害するもの、鶏の臓物、オイルジェットポンプ装備のダブルストロークバイ
ク、アスベスト使用品、遺伝子操作された植物油使用のツナ缶、殺虫剤、13品目
に限定された中古製品のみとなっている。
貿易自由化への具体的な取り組みとしては、91年のリビアに始まり、シリア、
ヨルダン、レバノン、チュニジア、モロッコ、イラク、トルコといった中東・北
アフリカ諸国と自由貿易協定(FTA)を締結している。また関税同盟も、97年に
は大アラブ自由貿易地域(GAFTA)に合意、その後も99年には東南部アフリカ共
同市場(COMESA)に加盟、05年にはアラブ自由貿易地域(PAFTA)が発効して
いる。04年には EU との連合協定が発効し、EU 市場は農産品を含むエジプト産
品完全自由化、エジプト側の輸入関税撤廃に最大15年間の過渡的措置が講ぜられ
ることになっている。2004年に多国間協定が失効し、対米輸出枠がなくなったこ
とを受け、同年12月に米国との資格産業区域(QIZ) 設立が合意に至っている。
これは、米国認定の QIZ 内の企業が国産化率35%以上という規制の内、エジプ
ト製品およびイスラエル製品をそれぞれ11.7%ずつ使用することで米国への無税、
無枠での輸出を可能とするものである。現在、縫製業を中心に数百社が進出して
いる。
輸出振興の取り組みとしては、2000年に「輸出開発戦略」をまとめ、食品・農
産品、繊維・綿製品、建材、化学の 4 部門を最重点業種とした。食品・農産品、
繊維・綿製品の分野に関しては輸出実績に応じた還付金の制度などを設けて輸出
を振興している。さらに輸出振興を担当する専門機関として、2004年 7 月にはエ
ジプト輸出開発センター(ECED)が設立された。また、2002年 6 月には輸出奨
励開発法が承認され、輸出業者との交渉を貿易省に一本化することとなった。輸
272 政治学研究42号(2010)
出量増加、多様化、競争力強化のための輸出奨励発展基金設立や、制度の担当機
関統一、検査を輸出入検査公団(GAEIC)への一元化なども行われている。
以上のように政府による貿易政策が行われてきたが、日系企業によるこれらの
政策への評価は様々である。
まず関税率の引き下げについて、ある商社や銀行は、ナズィーフ政権下で2004
年から始められた関税率16~20%から 9 %への引き下げは、日系企業を含む民間
企業にとって最もメリットがあった制度であると評価する16)。実際、ある自動車
メーカーは、2001-04には 6 - 7 万台だった売上が2005-09年には20万台に拡大し
ている17)。
だがある商社は、こういった政策の転換がされても運営する側の役人は基本的
に変わっていないため、きちんと新しい制度が運営されているとは限らないと指
摘する。例えば英語で書かれるべき書類がアラビア語のままであるなど、政策の
名だけが独り歩きしており、実態が伴っていない現状があるようだ18)。
次に FTA の締結について、ある商社は、エジプトは EU やアフリカ諸国との
締結に成功しているものの世界に通用する製造業が育っていない現状を指摘する。
エジプトで製造業が育ちにくい理由の一つは、優秀な技術者がより高い給料を求
めて出稼ぎとして湾岸諸国に流れてしまうことである。二つ目は、企業に対する
訴訟が多いことである。税制自体はシンプルであるが、解釈によって運用が異な
るため、特に税に関する訴訟が多くなっている。三つ目はエジプト国内における
裁判官の人数が極端に少ないため、一度訴訟が起きるとかなり時間がかかってし
まい、なかなか訴訟がスムーズに行われないことである。そして四つ目は、商取
引の方が得意なアラブ人の性格である。このような理由があるため、FTA の成
果が未だ十分に発揮されていないと見ている19)。
一方ある自動車メーカーは、ヨルダンと FTA が締結されたことで、無関税で
の輸出が成功したことを評価する。だがモロッコとの FTA の締結は失敗し、輸
出は頓挫している状況である20)。
だが FTA や税制改革による関税率の簡素化は、一律に日本企業に有利な政策
とはいえない。例えば、労働面などでコストを低くでき輸入物と利幅をつけられ
るためにエジプト国内で生産している会社にとっては、輸入関税が下がると差益
が出なくなってしまうため、不利になってしまうのである。こういった点で、
FTA への評価は分かれてくる。
そして最後に QIZ 協定について、JETRO は、QIZ 協定を利用した製造業の誘
273
致政策が未だ政府の思惑通りに成功していないことを指摘する。政府は、雇用創
出のため経済危機後の財政出動や閣僚による外遊などでエジプトの魅力をアピー
ルし、製造業の誘致に積極的である。だが実際、FDI(海外直接投資)の主流はサー
ビス業でありなかなか製造業の誘致が進んでいないという。このように評価する
JETRO は、今後インフラの整備が進めば中東、アフリカの玄関口であるエジプ
トの注目度が増すと見ている。また、2008年の金融危機による欧米の消費の冷え
込みが回復すれば、QIZ 協定を通したエジプトの輸出が増加すると見ている21)。
Ⅲ- 4 外資誘致政策
エジプトは付加価値の低い品を輸出し、高いものを輸入するという貿易構造に
なっており、恒常的に貿易赤字を抱えている。そしてスエズ運河通航料や出稼ぎ
労働者の仕送りなどによる外貨獲得で赤字を補完してきたのである。そのため、
貿易政策の方向性は、貿易自由化で市場拡大すると同時に輸出促進を目指したも
のであった。エジプト政府発表の戦略レポートや計画書でも輸出促進、輸入抑制、
貿易収支赤字削減、為替レート安定が常に盛り込まれてきたのである。こうした
取り組みにもかかわらず輸出が伸びない原因として、①エジプト製品の品質、価
格面での国際競争力の低さ、②輸出インフラの脆弱性、③運輸・貯蔵能力の低さ
とコストの高さ、④貿易に関する情報入手の困難性などが指摘されている22)。そ
こで国内産業の多角化、技術水準向上、品質管理改善を、また若年労働者の雇用
機会創出を目的として外国資本の導入促進も重視してきた。
97年に投資保証・奨励法制定により製造業が外資に開放され、フリーゾーンの
設置が行われた。投資分野に限定があるものの、国内資本やエジプト人労働者保
護のための雇用や出資規制がかけられた81年制定の会社法によらず、簡便な手続
きで許認可を受け、優遇措置をも受けることができるようになった。また同年、
投資申請案件を審査し、許可を与える権限を持った投資フリーゾーン庁が外国投
資の申請から実行までを担当する投資フリーゾーン公団(GAFI)に改組された。
この法は、2004年 4 月から、ワンストップショップサービスを特徴とする、改正
されたものが施行された。具体的には、従前は27の関係省庁を回る必要があった
ものを、国内に 4 カ所ある投資サービス支部で一括して受け付け、GAFI が関係
省庁との手続きを代行するようになったのである。この手続簡易化により期間も
短縮され、 6 ~ 7 カ月かかっていた認可手続きが15~45日には終わるようになっ
た。なお、同年に行政改革として、投資省を GAFI の上に設置し、政策策定を投
274 政治学研究42号(2010)
資省が、その実施を GAFI が行うという形で国内投資関連機関の集約が図られて
いる。
02年には経済特区法が承認された。この法により経済特区に指定された地域で
は、税率の面で優遇される。さらに原産地証明書が発行される点でフリーゾーン
と異なる。
以上のような、フリーゾーン(保税地域)を中心とした投資促進について、あ
る商社は企業側とエジプト側の双方にメリットがあると評価を与えている。まず
企業側には、免税のメリットがある。投資・フリーゾーン庁が提供するこのフ
リーゾーンは、法人税、消費税、関税など直接税の免税地域であり事実上エジプ
トの国外扱いとなるため、企業はコストダウンが可能となる。また、工業開発庁
により工場用地が無料提供されるといった優遇措置もあり、企業にとっては大き
なメリットであるという23)。一方でエジプト側にとっても、例えば上エジプト地
区の開発、雇用の創出、輸出型企業の促進など、各方面でエジプトの国益に寄与
するメリットがあるという。実際、食品を主に扱っているこの商社は、上エジプ
トのフリーゾーンに食品工場の設立を予定しているそうだ。
こうした評価がある一方、新設された GAFI への批判の声もある。ある商社は、
GAFI は新しく設置された庁のため、イニシアチブをまだ発揮できていないと見
ている。また JETRO は、国民性や中間層の不在、そして役人の怠慢などによっ
て法の運用が行き届いていないという点で、GAFI は未だ十分機能していないと
いう24)。そしてある銀行は、このような投資インセンティブを制度化するよりも、
政府は法整備を進めるべきだと主張する。例えば、「設立後 3 カ月は免税とする」
というインセンティブを提示しても、エジプトにおいて事業を開始してから 3 カ
月で利益を出すことは難しい。よって、事業が軌道に乗る前の準備期間に免税を
しても無意味であると指摘する25)。
実際、FDI は、ヨーロッパ、アフリカ、中東の三大巨大市場との近接という利
点を背景に増加しており、アフリカで第 1 位、中東で第 2 位をマークしている。
だが、ある商社は、FDI の増加促進だけで他国と闘っていくことは難しいとして
いる。なぜなら、同じ中東地域にあるトルコや東欧も同様な政策を考えており、
中国やインドに比べるとエジプトは人口も内需も少ないため、新たな政策を打ち
出さないと効果が現れてこないからである。
275
Ⅲ- 5 雇用・産業保護政策
投資保証・奨励法およびその施行規則ではなく、会社法に基づいて設置された
プロジェクトの場合には規定がある。具体的な内容としては、①全従業員のうち、
労働者の90%以上、技術者の75%以上がエジプト人でなければならないこと、②
エジプト人従業員への賃金は賃金支払い総額の10%を下回ってはならないこと、
③外国企業の駐在事務所において、外国人職員数は全従業員の10%を超えてはな
らないことである。なお、③に関しては、1993年11月より免除されている。
雇用方法に関しても、会社法による場合は、政府の人材管理・訓練事務所を通
じて労働者を雇用しなければならないという労働法の規定が適用される。一方で、
投資保証・奨励法及びその施行規則による場合にはこうした規定の適用が免除さ
れる。
フリーゾーン内では、①エジプト人雇用比率が75%を下回らないこと、②最低
賃金はフリーゾーン外の平均最低賃金以上であること、③労働時間は週42時間以
内で、超過した場合は時間外勤務手当を支払うこと、④社会保険及び医療保険の
労働者負担分の支払いといった規制がかけられる。
エジプト政府の雇用政策に対し、日系企業はネガティブな評価を与えている。
日系企業は政府による一方的な雇用圧力や終身雇用制度、労働者過保護の制度な
どを問題視している。
まず政府からの雇用圧力について、ある石油会社の話によれば、政府からの一
方的な圧力がある上にエジプトでは採用試験があまり通用していないため、志願
してきた者を能力の有無に関わらず雇わなければならない状況があるそうだ。ま
た、エジプトの就職は家族や親戚などのコネで成り立っているせいか、知らない
間に従業員が増えていたという事例もあり、そうして勝手に増えた従業員を政策
上解雇できないという問題が発生しているようである。政府からの圧力は総じて
一方的で、ある日新聞に「これから石油部門で100万人雇用します」と発表し、
企業にも文書が届くといったこともあったそうだ。駐在する日本人一人あたりに
つきエジプト人を10人雇わなければいけない制度もあり、そういった政策が企業
活動の障害となっていることがわかる26)。終身雇用制度について、ある商社は政
府の終身雇用政策の影響で現地職員を簡単に解雇できないという問題点を指摘し
ている。労働者の質については教育水準が高く優秀な人材を確保しやすいが、こ
ういった終身雇用制度があるために、解雇しにくいという問題が負担となってい
276 政治学研究42号(2010)
るようだ27)。
また労働者過保護も徹底しており、休日手当は給与の200%支給、そして日を
またぐなどして一分でも働いたら休日出勤したとみなされ休日出勤した日数に含
まれる、といった制度もある。この雇用制度には宗教上の問題も絡んでおり、毎
年 9 月のラマダンの時期には早々と仕事を切り上げて14時に帰宅してしまうムス
リムの労働者もいるようだ28)。
このように、政府の雇用政策に対する評価は否定的である。業種にかかわらず
一方的な雇用圧力や労働者過保護といった問題が発生している。湾岸諸国など、
外資や出稼ぎが多く労使ともに現地人ではなく政府からの圧力がない国への進出
と比べ、エジプトへの進出は雇用面に大きな障害があることがわかる。また、エ
ジプト人の労働者としての質についていえば、確かに教育水準が高く優秀な人材
が豊富だが、そういった人材はより高い給料を求めて湾岸諸国へ流れてしまう現
状があるようだ。
また法規定ではないが、企業設立の審査の際に基準として用いられている国産
化率というものが存在する29)。国産化率が60%以上を求められる品目としては、
家庭用機器、トラック、バス、農業用機械、ディーゼルエンジン、電動モーター、
建設機械などがある。40%以上を求められる品目は、家庭用ビデオ、乗用車、医
薬品がある。なお、輸出業務に関してはフリーゾーン内での案件に対してのみ、
50%以上の輸出義務があるだけで規制はない。こうした国産化率は、エジプト国
内産業育成のためのものであるが、一方でエジプト政府は、国産化率を下げるこ
とにより、輸出へのインセンティブを高めようとしているようである30)。
このような政策に対し、製品の国産化率60%以上を要求されているある自動車
メーカーは、部品を日本からの輸入とエジプト製を組み合わせている。中でもガ
ラスやシート、バッテリーなどをエジプト製の部品でまかなっている。日本から
輸入したフレームをエジプトで塗装するとその分の一部は国産と認められ、国産
化率の中に加算されるという。
エジプト政府は、自国の製造業を発展させるために国産化率を制度化している
が、ある電機メーカーは、国産化率の制度が必ずしも成功しているとは限らない
と指摘する。製造業の発達・輸出促進のために国産化率を制度化するよりも、指
導者を呼び込み技術移転を促進するなど、人づくりから始めなければ根本的な改
革は進まないと見ている31)。
277
Ⅲ- 6 まとめ
総括すると、エジプトの政策は一定の成果を挙げつつも政策内容は国内の諸要
因によって制約され、結果としてその評価も不十分なものとなってしまっている。
各分野の政策を簡単にまとめると、金融政策においては、為替レートの安定化が
求められたが、企業の評価としては未だ不安定な水準にある。財政政策は財政の
健全化を求められたが、社会保障を始めとする支出は高い水準にあり、財政赤字
を解消することは容易ではない。貿易政策では FTA の締結が進み、かつての障
壁は取り除かれつつある。しかし政策の末端での実施状況やエジプトの産業の未
熟さを鑑みると完全な成功とは言えない。外資誘致政策も QIZ やフリーゾーン
の設置と並行して GAFI などに見られる制度の簡略化を行い、積極的に誘致を
行っているが、制度改革が効果を発揮するのはまだ先のことになりそうだ。また
労働政策が外資の誘致の妨げとなっている点にも現れているように、これらの政
策は必ずしも他の政策を利するものではなく、両立が難しい側面も大きい。
上記のように、エジプトの政策の実施と評価が不十分なのは、エジプトの「軟
性国家」としての性格が未だに根強く残っていることを意味する。有効な政策を
政府が立案しても、末端の役人が命令通りに政策を実行しないために、その効果
は政策意図の部分的達成に留まってしまう。また軟性国家としての性格は政策が
官僚のみならず、国民からも制約を受けてしまうということを示している。すな
わち、国家の方針としては行うべき政策であったとしても、国民の負担を増大さ
せるような政策は反発を恐れて実行することができない。1977年に補助金引き下
げに対して暴動が起き、最終的に政府が補助金削減を撤回したことはそのことを
示している。以来エジプト政府はその政策決定において大きな制約を受けること
となり、経済政策の実施を困難なものとしている。
Ⅳ 結 論
以上、1990年代以降のエジプトにおける政治経済制度の改革を、日系企業進出
という観点から議論してきた。われわれがもっとも重点をおいた、様々な業種の
日系企業へのヒアリングは、エジプト市場の性質をよりリアルに、そして、より
多角的にとらえることを可能とした。
雇用に関する限りでは、エジプトの人口規模の大きさは、人件費の低さ・ある
278 政治学研究42号(2010)
程度の教育を受けた労働者の確保というメリットを日系企業に与えている。一方
で、人口こそ多いが、国民の購買力は低いため、日本のメーカーが参入するには、
市場はまだ小さすぎるとも言える。
エジプトの地理的要因に言及すると、様々な捉え方ができる。まず、日本向け
製品の生産、石油・天然ガス供給のための拠点としては、輸送コスト面なども考
慮すると、東南アジア・オセアニア地域で十分であると思われるかもしれない。
それに加えて、先述の通り、GDP が低く、消費市場も未発達であるという状況
から、エジプト国内向け産業ですぐに利益を上げることは難しいと考えられる。
他方で、エジプトは地中海と紅海に面し、それを結ぶスエズ運河を所有する、い
わば「中東・アフリカ・ヨーロッパへの玄関口」である。これは、商社やメーカー
のように世界各国で事業を展開する企業にとっては魅力的な立地条件である。ま
た、日本から距離が遠いエジプトで、油田・ガス田開発を行うことには理由があ
る。天然資源に乏しいわが国にとって、石油・天然ガスの安定した供給をするた
めには、近場の産出国だけでなく、より多くの地域で事業を展開し、自主開発比
率を上げることが必須であるからだ。
為替・貿易自由化や関税率の簡素化などの1990年代以降の経済政策も、多かれ
少なかれ日系企業に恩恵をもたらしてきた。97年のフリーゾーンの設置に代表さ
れるように、エジプトは外資誘致にも積極的になってきている。それまでの
ODA などの資金援助だけによる国内経済の成長はもはや困難であり、むしろ海
外から技術を取り入れて国内の輸出向け産業育成に力を注ぐべきであるとされた
からである。エジプトの製造業に関しては、まだ国際競争で生き残れるレベルに
達しているとは言えない。だが、少なくとも日系企業進出がもたらす、工場建設
の際のインフラ整備・雇用の発生、さらには現地の貧困問題・環境問題へ取り組
む社会貢献活動が、地元の人々の生活向上の手助けとなっていることは確かであ
る。政治的要因が経済効果を生み出すこともある。2004年に導入された QIZ は、
中東地域においては珍しく、イスラエルと国交があったからこそ実現した政策で
ある。巨大消費市場を有するアメリカへの輸出量増加は、エジプトの大きな強み
であり、今後より一層注目されることとなるだろう。
ここ10年ほどでライフスタイルは随分西洋化されたものの、エジプト人にとっ
て、やはりイスラームとは宗教というよりも生活そのものであり、日本人が考え
るようにそう簡単に切り離せるものではない。文化的差異を尊重しながら、教育
によっていかに問題を解決するかが鍵となる。
279
内需を上げることが課題の一つであるが、新設された GAFI が外資誘致政策に
おいてイニシアチブを発揮してゆけば、製造技術の向上、品質改善、雇用機会創
出による国内経済の成長、そして国民の所得・購買力の上昇という希望もある。
日本にとってエジプトは、地理的・文化的要因はもとより、ビジネス環境とし
てもまだ馴染みが薄いかもしれない。だが、そこにいかに需要を見出し、利益を
獲得するか否かは、個々の企業のインセンティブ次第である。
企業への調査にあたっては、日本企業の方々のご厚意により大変有意義な調査
を行うことができた。また、エジプト・アラブ共和国大使館商務局には、エジプ
トの政治経済に関するインタビューに加え、多くの日本企業のご紹介もしていた
だいた。この場を借りて心からお礼を申し上げたい。
御協力していただいた企業(五十音順)
伊藤忠商事株式会社
大塚製薬株式会社
国際石油開発帝石株式会社
双日株式会社
大成建設株式会社
大日本土木株式会社
株式会社東芝
日産自動車株式会社
株式会社日本政策金融公庫 国際協力銀行
独立行政法人 日本貿易振興機構
株式会社三井住友銀行
三井物産株式会社
三菱商事株式会社
株式会社三菱東京 UFJ 銀行
YKK 株式会社
1 ) ARC 国別情勢研究会(2009)
『ARC レポート.エジプト:経済・貿易・産業報
告書』ARC 国別情勢研究会。
2 ) 同上。
280 政治学研究42号(2010)
3 ) 同上。
4 ) 同上。
5 ) 日系商社の話(2009)
。
6 ) 日系建設会社、日系金融機関の話(2009)
。
7 ) Qualified Industrial Zone 特定産業区域 アメリカが貿易を通した中東和平実現
のために制定した、イスラエル産の原料を一定量使用した製品を無関税でアメリ
カに輸出できる制度。
8 ) 日系電気機器会社の話(2009)
。
9 ) 日系建設会社の話(2009)
。
10) 日系金融機関の話(2009)
。
11) 山田俊一(2008)
『エジプトの政治経済改革』アジア経済研究所。
12) ARC 国別情勢研究会(2009)
・前掲注
(1)
。
13) 山田(2008)
・前掲注(11)
14) 同上。
15) 同上。
16) 日系自動車会社の話(2009)。
17) 日系商社、金融機関の話(2009)
。
18) 日系商社の話(2009)
。
19) 日系商社の話(2009)
。
20) 日系自動車会社の話(2009)。
21) 日本貿易振興機構(JETRO)の話(2009)
。
22) 山田俊一編(2005)
『エジプトの開発戦略と FTA 政策』アジア経済研究所。
23) 日系商社の話(2009)
。
24) 日系商社の話(2009)
。
25) 日系金融機関の話(2009)
。
26) 日系石油会社の話(2009)
。
27) 日系商社の話(2009)
。
28) 日系商社の話(2009)
。
29) ARC 国別情勢研究会(2009)
。
30) 日系自動車会社の話(2009)。
31) 日系電気機器会社の話(2009)
。
参照文献
山田俊一(2005)
『エジプトの開発戦略と FTA 政策』アジア経済研究所。
山田俊一(2008)
『エジプトの政治経済改革』アジア経済研究所。
ARC 国別情勢研究会(2009)『ARC レポート.エジプト : 経済・貿易・産業報告書』
ARC 国別情勢研究会。
世界経済情報サービス編(2007)
『ARC レポート.エジプト : 経済・産業の現状と動向』
。
281
中東協力センター(2007)
『エジプト・アラブ共和国の産業基盤』
。
http://www.un.org/esa/population/publications/wpp2008/wpp2008_text_tables.pdf
http://www.un.org/ga/search/view_doc.asp?symbol=A%2F63%2F172&Submit=Search&
Lang=E
富田広士研究会25期生(50音順)
伊澤光太郎 石野 太一 上村 紘平 及川 政之
許 嘩 妹尾 亜衣 高山 浩和 田中 耶好
藤後 友弘 中田 万貴 野田 苑子 牧野 彩
松井夕梨花