中国の思想・兵法に学ぶ

中国の思想・兵法に学ぶ
兵庫県立鳴尾高等学校
女子バスケットボール部
顧
問
寺 井
俊
之
はじめに
夏のある日、ふと本屋に立ち寄った時に一冊の本に目が止まりました。タイトルは
「諸葛亮孔明の兵法」とありました。何気なく手にとって読みだしたとたん、目が
離せなくなってしまいました。まさに眼をみはる思いがしたのです。
この本は、バスケットボールの指導書を読む以上に、生徒への接し方・ゲームの
前のプラン・戦術・戦略と、私のコーチング・ティーチングに役立つことが鋭い人
間観察と分析によって、なされていました。中国古代の思想が、これほどまでに現
在も生きて現代の人間に働きかけてくるとはと、正直舌を巻く思いでした。
こうして中国の兵法思想を中心とした「諸子百家」思想に興味を持った私は、そ
の後次々と関係書を購入していきました。数千年の長い歴史を経て今なお生き続け
る中国古代の思想。
「人間」に対する深い思案が、平易な譬えと説得で現代の我々に直接響いています。
それはまさに「人間の集大成」とも呼ぶべき知恵の結晶でした。
この冊子は、それらの書物の中からバスケットボール指導に参考になるであろう
事項を中心に私自身の解釈を交えながらまとめてみたものです。まだ浅学で聞きか
じりの域を出ず、はなはだ僭越ではありますが、この冊子が貴校のチーム作りのお
役に立てることができれば光栄です。
兵庫県立鳴尾高等学校
女子バスケットボール部
顧 問
寺
井
俊
之
諸葛亮孔明の兵法
諸葛亮集に収められた「将苑」は統率者の道を論じた部分と兵法を論じた部分に大別され
る。統率者の道について詳細かつ具体的に説いているものは、中国の兵書の中でも、あま
り見られない。三国時代に生きた孔明が実践した最高の勝ち方は“力ずく”でなく“頭”
を使って勝つことであった。人間性を失うことなく競争に勝ち、集団を統率し、各人の個
性をのばし、いかに目的に向かって前進するかというような、ものの見方、対処の仕方に
ついての深い示唆は勝つことのみならず生きていくための勇気を与えてくれる。
1、統率者の「九つの型」
仁将
徳と礼をもって部下に接し、飢えや寒さ、苦労を部下とともにする。
義将
強い責任感を持ち、その場しのぎを潔しとせず、名誉のためには死をも顧みず、
生きて辱めを受けようとはしない。
礼将
地位が高くても傲慢にならず、敵に勝っても得意がらず、謙虚にへりくだり、正
直で我慢強い。
智将
臨機応変、いかなる事態にも対応でき、災いを福に転化し、危機に臨んでもよく
勝ちを制することができる。
信将
信賞必罰をもって部下に対する。賞するに時を失せず、罰するに貴人を避けない。
歩将
軍馬より速く走り、意気高く、よく国境を固め、武器の使用に長けている。
騎将
騎馬と弓に長じ、高い山、険しいところもものともせず、作戦時には真っ先に進
んで敵に当たり、退却時にはしんがりを務めて全軍を守る。
猛将
その意気は全軍を圧倒し、強大な敵に遭遇すればますます闘志をかき立てる。
大将
優れた者は丁重に迎え入れ、他人の勧告や意見をよく受け入れ、寛大で剛直、勇
敢で機略に富む。
2、統率者の「五強」
「八悪」
統率者には五つ必要条件すなわち「五強」と、八つの失格条件すなわち「八悪」がある。
《統率者の五強》
1)高潔な心意気を持っていれば部下の奮起を促すことができる。
2)孝悌(父母や兄に仕えること)であれば名を後世に残すことができる。
3)信義を重んずれば多くの友と交わることがでる。
4)熟慮すれば部下の信頼と協力を得ることができる。
5)全力投球すれば軍功を立てることができる。
《統率者の八悪》
1)是非を判断することができない。
2)有能な人材を礼遇することができない。
3)信賞必罰の法を厳正に執行できない。
4)富裕でありながら貧窮を救済することができない。
5)未来を予測してそれに備える智恵がない。
6)機密漏洩を防ぐ思慮がない。
7)出世しても才能ある友人を推挙することができない。
8)戦いに敗れて恨みや不満を持っている。
3、戦いの前に心すべき十五の鉄則
軍事的な失敗の要因は、主として敵の力を軽視することにある。したがって統率者が攻勢を
かけるに当たっては、次の十五の心得を理解しなければならない。
1) 慮
スパイを利用して情報を探知する。
2) 詰
敵情を把握して正確な判断を下す。
3) 勇
敵の兵力が多くても挫けない。
4) 廉
利益にも心を動かされない。
5) 平
賞罰は公平・公正でなければならない。
6) 忍
よく恥辱に耐えなければならない。
7) 寛
よく他人の勧告や意見を受け入れる。
8) 信
信用を重んじ、承諾したことは必ず行う。
9) 敬
優れた人材を尊重、優遇する。
10) 明
中傷を信じない。
11) 謹
事を行うには慎重に行い、不合理なことはしない。
12) 仁
部下をいつくしむ。
13) 忠
忠誠を尽くし、身をもって国に殉ずる。
14) 分
限度を超えた欲望を抱かない。
15) 謀
よく敵の変化を予測する。
以上の十五の心得を実行できないならば、必ず失敗するだろう。
4、どう戦うかより誰を起用するかで決まる
必勝の鍵は次の通りである。
1) 有能な人材を高く用い、無能な者はやめさせる。
2) 全軍が明るく、兵士はよく命令に従う。
3) 軍隊の中に勇気がみなぎり、互いに励まし合っている。
4) 厳格に信賞必罰を実行する。
失敗の徴候は次のとおりである。
1) 兵士は怠慢で、全軍に戦いへの恐れが広がっている。
2) 軍隊の中にモラルが欠け、統率者を信用せず、法規を無視しがちである。
3) むやみに敵を恐れ、利益にしか関心を示さない。
4) どこからともなく伝わってきた禍福のデマを簡単に信じてしまう。
5、部下が「畏れながら愛する」リーダーの条件
昔の優れた統率者は、部下を我が子のようにいつくしみ、関心を寄せた。
困難なことがあれば、率先して解決にあたり、
功績があれば、それを部下に譲り、
傷ついた者があれば、心からいたわり慰め、
戦死した者は、心から悲しんで丁重に埋葬し、
飢えた者があれば、自分の食べ物を分け与え、
凍えた者があれば、自分の衣服を脱いで与え、
知謀ある者には、礼を尽くして優遇し、
勇気あるものには、賞与を与えて励ました。
統率者がこのような態度で部下に対すれば、向かうところ必ず勝利するであろう。
6、敵を破る先決条件
毒虫が敵を恐れないのは毒針を持っているからである。
戦死が勇敢に戦うのは、万全の準備を整えているからである。
軍事行動においても、鋭い武器、堅固な装備があるから、勇敢に戦い、任務を達成でき
るのである。
装備が堅固でなければ、裸で戦うのと変わりない。
射撃しても命中させることができなければ、矢がないのと変わりない。
命中させても、深く突き刺さらなければ、やじりがないのと変わりない。
偵察の情報が不正確であれば、目がないのと変わりない。
統率者が勇敢でなければ、将軍がいないのと変わりない。
十分な準備こそが敵を破る先決条件である。
7、兵士を「戦いたくてうずうずさせる」五つの極意
統率者の部下に対する心得は次のとおりである。
1) よい地位と待遇を保証すれば、有能な人材は懸命に働こうとする。
2) 丁重で信義ある態度で接すれば、部下は死をも恐れず戦う。
3) 絶えず恩恵を与え、法規を厳正に施行すれば、部下は心から服従する。
4) 率先して事に当たり、その上で他人にも要求すれば、部下は勇敢に全力を傾注する。
5) 小さくても善行があれば必ず記録し、小さくても功績があれば必ず褒賞する。そうすれ
ば、部下は自発的に力を尽くす。
8、「十人の統率者」と「天下の統率者」の器の差
統率者の器量にも大小の違いがある。
人間の善悪を見分け、わざわいの到来を予知して防ぐことができ、人々がよく服従する。
そうした人は十人の統率者となれる。
朝早くから夜遅くまで仕事に励み、言葉のはしばしから人の求めることを察し、信義に
厚く慎み深い。そうした人は百人の統率者となれる。
ことの処理に当たって剛直、しかも思慮は周到、勇敢でよく戦える。そうした人は千人
の統率者となれる。
見るからに威厳があり、だが内には熱い心を秘めて、人々の苦労や飢えや寒さを思いや
ることができる。そうした人は一万人の統率者となれる。
有能なものを採用して、日々を慎み、誠実、寛大で、治乱にわずらわされることがない。
そうした人は、十万人の統率者となれる。
あまねく下の人々をいつくしみ、その信義に隣国も心服する。天文、地理、人事に通じ、
その変化に応じてすべてを深く洞察し、全国の人々を一族のように見なす。そうした人は
天下の統率者となることができる。
列子の思想
列子は実在した人物かどうか分からない。発想の自由奔放さが「列子」の魅力である。長い時間をか
けて中国の人々が育んできた「知恵の書」である。
1、 善行を積むことにとらわれていては、真の美徳にはならない。
2、 才をひけらかして注目を引くような者は、小賢しいだけで本当の賢者とはいえない。
3、 やってみなければ、できるかどうかはわからない。地道にやり抜いてこそ愚公のように不可能
を可能に変えることができる。
4、 習俗や規則は人が作る。人為的な「真理」は絶対ではなく、時代や場所が違えば、
「善」が「悪」
になることもある。
5、 心の底からほとばしり出た感情は人を感動させる。
そして時が経とうとも色あせることはない。
6、 得るところがあれば、必ず失うところがある。実を求めようとするなら、名にこだわるな。名
を求めようとするなら、現実の楽しみを失うという事実に耐えなければならない。
7、 生きている時の評判や死後の名誉なんてくそくらえだ。生きている今をしっかり過ごさねばな
らない。人の寿命は予測できぬもの。だからこそ人生は短いと達観し、充実した生き方をすべ
きである。死後のことを思い煩う暇はない。
8、 出世欲や物欲がなければ心はさっぱりして穏やかだ。
9、 人に良くすれば良い報いがあり、
悪くすれば悪い報いがある。
全ては我が身にはね返ってくる。
10、 道を深く追究するのは、精神の向上が目的であり、名誉や利益のためではない。
11、 人間の為すことに絶対的な当否はない。
時間や状況の変化に対応できる者こそ智者である。
12、 勝つことは難しくない。勝者であり続けることが難しいのだ。
13、 暴風は朝までは続かず、大雨も終日は降らない。得意の時は長くは続かない。
ながらえるコツは波風をおこさぬことだ。
14、 同じ行動が同じ結果をもたらすとは限らない。違う行動をしたからといって、違う結果をもた
らすとも限らない。人間、状況に応じて柔軟に対応しなければならない。
15、 外面にとらわれていると、本筋が見えない。名声や利益、地位はもっと人を惑わす。
16、 恥かどうかは、本人の考え方次第。
17、 一つのことに専心していると、他のことを忘れがちだ。周りの状況に目配りしないのは、大変
危険である。
菜根譚の思想
「菜根譚」は、明の万暦三十年頃に洪自誠によって書かれた作品である。思想は老荘その
ものであり、苦労人の世渡りの知恵といってもいい。説教じみた部分もあるが、先輩から
生きた教訓をもらうつもりで読めば、結構役に立つ。
1、人は求めなければ、まっすぐでいられる。
2、友人とは励まし合い、苦楽を分かち合うべきだ。
人には真心で接し、いつまでも人間としての善良さを失ってはならない。
3、動と静を兼ねそなえてこそ、人間としての味わいが保たれる。
4、人の本性は善なのに、情欲に縛られ、ある時道をはずしてしまう。
5、この世の中で、絶対的な基準はない。見方によって世界は変わる。
6、短所や失敗はあってもいい。それに気づきながら、悔い改めればいい。
7、凡人は、まだ起きてもいないことや起きてしまったことをあれこれ気に病むから、
人生が苦しくなる。
8、 何事も心のままに素直に反応した方がいい。
奇をてらったり、策を弄すると、失敗することが多い。
9、
「蟻の穴から堤も崩れる」
。小さなことを見過ごすから、失敗を引き起こす。
10、人の心には、喜怒哀楽の情や、善悪を判断する良知がある。
それらがバランスよく保たれてこそ健全な人格が育つ。
11、自分には厳しく、人には寛大に。
自分の困難は自力で克服し、困っている人には手を差し伸べてやる。
12、肩書きや地位は人間性の評価にならない。
13、一時の安定に気を緩めてはいけない。絶えず前進してこそ進歩がある。
14、人はとかく感情的になるが、冷静に多方面からの物事を見るようにすれば、そういう
間違いを犯さぬものである。
15、人間関係は鏡をみるようなものである。
こちらが無愛想なら相手も無愛想になるし、こちらが笑えば相手も笑う。
16、調子に乗ると失言しやすい。欲望のままにふるまえば横道にそれてしまう。
17、心を広くし、品のある風格を養う最良の方法は、自然に親しむことだ。
18、寛大で思いやりがあれば、他人の不満を買わない。
19、人として生まれた以上、いついかなる時でも、周囲の美しいものすべてを享受せよ。
そうでなければ、一生をむだにしてしまう。
20、偉ぶらなければ、おのずといわれのない中傷や侮辱を受けずにすむ。
21、悪を除くには、改心の余地を残してやることだ。更生のチャンスを与えず追い詰めて
しまえば、捨て身の反撃に出て、もっと悲惨なことになる。
22、思慮深い人は、細心に順序だてて物事を行うので成功する。
がさつな人は、よく考えもしないで行動するので失敗する。
23、なすべくことをなせば、自然に良い結果が得られる。
24、奇抜なものは廃れ、平凡なものは長く愛用される。手を加えすぎると、とかく本来の
味を損なう。自然味こそが真である。
孟子の思想
孟子は戦国という時代に育ち、孔子の思想を軸にしながら独自の思想を形成した。
教育ママに育てられた孟子は、理屈で相手をやりこめることに無上の快感を覚えたらしい。
現代で言う「ディベート」の元祖である。
1、人には皆、あわれみの心がある。あわれみの心のない者は人ではない。
羞恥心のない者も人ではない。
2、言葉は考えを伝え、目は思いを伝える。言葉は心の声、目は心の影である。
善悪邪正はたいてい瞳に現れる。人を見分けるには瞳を見ることだ。
3、人間関係は鏡のようなものである。
人をどう見るかで、その人もそれ相応の報いを受ける。
4、成功者は必ず自分の明確な道をもっている。自分の道に合わないことで戸惑うような
ことなない。なすべきでないことをわきまえてこそ、なすべきことをやり遂げられる。
5、自分をわきまえ、極端に走らず、余計なことに手をださない。やり過ぎると引っ込み
がつかなくなる。
6、禍福はすべて自ら招いたものだ。自ら求めた災いは自ら負うしかない。
7、素質が良いだけではだめである。よい素質をずっと失わないことが大事である。
不器用だからといってあきらめてはいけない。絶えず努力を続ければ、いつか役に立
つ人間になれる。
8、 人は、外の物事については、客観的にその実態を見てとれるが、自分のこととなると、
主観に陥って事実をはっきり見てとることができない。
9、 苦しい環境におかれた時こそ人は発奮すべきだ。
品性、知恵、学問、才能は、そうした苦しい環境の中で磨かれる。
10、ものごとは成功するまで続けよ。途中で放棄するのは、力が及ばなかったためではな
く、意志が弱かったのである。
11、まず我が身を正して初めて人を正すことができる。
自分が不正であれば、他人から拒絶される。
12、ものごとの判断は周到でなければならない。
一点だけを見て、勝手な判断をしてはならない。
13、幼い者、弱い者に同情を寄せ、孤独な者に援助の手を差し伸べる。
これは王者の出発点である。
中庸の思想
中庸は、儒教の教典である。世に知られたのは朱子の力によってである。堅苦しく、教訓
めいた文章が多く、年寄りの説教を聞かされているような内容であるが、読むものを納得
させるものがある。
1、見せかけの強さは真の強さではない。
固く心を守り、人におもねることがない。これが、真の強さである。
2、他人を思いやること。他人に対する以上に自分に対して厳しくすること。
3、今の時・今の場所が、一番よい時であり、一番よい場所であると心得よ。
どんな境遇に置かれても、これに安住し、自分の本分を尽くせ。
4、君子は、天命を楽しんで何の不満も抱かない。
小人は、まぐれ当たりを期待して冒険し、失敗しては天を怨み、人に責任をなすりつ
ける。
5、徳が才を上回っているのが君子である。才高く、徳薄き者は小人に過ぎない。
人材を登用する際は、徳を重んじよ。
6、天から与えあられた資質は人によって違うが、努力すれば、平凡な人でも天才とかたを
並べることができる。
7、言行が誠実・慎重であれば、何事もうまくいく。
8、
「誠」は手段でも方法でもない。道徳の根本である。よき人間となる原動力である。
9、絶えざる努力、絶えざる蓄積が成功を生む。
10、ものごとを処置するのに、いつも「誠」をもってすればうまくいく。
11、対人関係に気を配り、絶えず努力を怠らない。そうしてこそ名声を保つことができる。
韓非子の思想
韓非子は人間の管理と操縦の書である。その中で、アメとムチの巧妙な使い分けを主張
している。ムチによる脅かしとアメによるおだての両方をうまく使い分けて操縦しなけれ
ば、禍を招くことになる。
その根底には、人間不信の念と、人間の本性は悪だというクールな哲学が流れている。
1、人の忠告する難しさは、忠告自体にあるものではない。忠告する相手の心理を読み取る
ことの難しさにある。
2、何事も事前に対策をたてておけば、手の施しようのない事態には至らずにすむ。
3、
「恩賞は厚く、刑罰は厳しく」これを運用すれば、人々を効果的に指導する事がで
きる。賞罰の適正な運用は、勝利を勝ち取る絶対的な条件である。
4、人間は利己的なものだ。設定した目標まで他人を率いていくには、相手にそれが得で、
あることを教えてやることだ。すぐに目標は達成される。
5、物事には、一定の法則がある。そこから推理すれば、だまされることはない。
心配ばかりしていても、問題の解決にはならない。
6、物事の道理を知ることは難しくない。難しいのは、その道理を知った後、どう対応する
か、ということだ。
7、利を追う者は、自分の利益ばかりにとらわれて争い続ける。
物事を大局的に見れば、真の利害関係が見てとれる。
8、 勝利への鍵は集中力にある。心身と物体が一つになり、完全に溶け合った時、至善の
境地に達する。
9、 志を立て、それに向かって励む時、人は多くの困難にぶつかるものだ。
人に勝つことは難しくないが、自分に勝つことはそれほど容易ではない。
10、人徳のある人は他人を助けても何も求めないが、凡人は誰かを助けることで見返りを
期待する。そこで非難や恨みが生まれる。
11、指導者とは、独創的な観点と正確な判断力を備え、自信家だがおごらず、控えめだが
ためらわず、人々を導いて集団の精神を発揮させることができる人のことである。
12、ちっぽけな利益のために本文を疎かにしてはいけない。他人を頼るより自分を頼れ。
人を当てにするよりは自分に求めよ。
孫子の兵法・思想
「敵を知り、己を知れば、百戦殆からず」
「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」
孫子の代表的な言葉である。
戦争の法則性を追及した兵法書であるが、実社会にも応用できる知恵を多く秘めている。
1、戦いの原則
十倍の兵力がある時は、敵を包囲して破滅させる。
五倍の兵力がある時は、攻めて攻めて攻めまくる。
二倍の兵力がある時は、正面と背後の二方向から攻撃する。
兵力が互角の時は、敵の不意をついて勝利を収める。
兵力が劣っている時は、守りを固め、決戦を避ける。
兵力に差がありすぎる時は、退却して敵をかわす。
弱小なくせに身の程知らずに戦うと、強大な敵のえじきになる。
2、個々の能力よりも
戦上手は戦いの大勢の中で勝利のきっかけを摑み、個々の兵士の失敗を追究しない。
そこで適材適所の人選を行って、戦いに有利な態勢を作る。
勢いに任せる将の戦いぶりは、丸太や石を転がすようなもの。丸太や石は平らな所で
は静止しているが、斜面に置けばたちまち転がり出す。
すぐれた将の作り出す勢いは、千壽の谷に丸太や石を転がすのに似て、その勢いのす
さまじさは防ぎようもない。
これが兵法で言うところの「勢い」である。
3、風林火山
戦いにおいては、様々に敵を欺くことが成功をもたらす。
有利かどうかを見極めて行動を起こし、状況の変化に応じて兵力を分散するか、
集中するかを決める。
「風」 行動するときは疾風のように駆け抜ける。
「林」 静止するときは林のように静まりかえる。
「火」 攻撃するときは、勢いが強い火の如く、襲いかかる。
「山」 防御するときは、山の如く、微動だにしない。
「陰」 隠れるときは、黒雲が天をさえぎるように跡をくらます。
「雷霆」現れるときは、雷鳴のように襲いかかる。
4、六種の敗因
「走」 敵味方の兵力は同じなのに、決戦の時、兵力を集中できずに一の力で十の力と
戦うような場合。
「弛」 装備も訓練も完璧なのに、指揮官の能力が劣る場合。
「陥」 指揮官は優秀なのに、兵士が弱い場合。
「崩」 士官が自信満々で勝手な行動をとり、しかも将がこれを抑えられない場合。
「乱」 将の統制がゆるく、兵士に規律がなく、隊形がバラバラになっている場合。
「北」 将の敵に対する認識が甘く、少数で多数に当たり、弱兵で強兵に立ち向かい、
しかも重点的でない場合。
5、兵法思想
(1)戦上手の勝ち方においては、その知謀は人目につかず、その勇敢さは人から称賛され
ることもない。なぜなら、勝つ確信があり、勝つという前提で戦うからだ。すでに敗
北の兆しを見せている敵に勝つのは当然である。
(2)戦に勝つ者は、通常、有形無形の優勢な兵力を全て決戦地点に集中させる。
(3)総じて戦いは正攻法で戦うべきである。そして戦況の変化に応じた奇策によって勝利
を収める。
(4)
「味方は集中し、敵は分散させる」これは一定の時間と空間のなかで最大の戦力を決
戦地点に置き、敵に決定的な打撃を与えて、絶対的な優勢を発揮する戦術である。
(5)兵法に一定の法則はない。まるで地形によってその流れを変える水のようなものだ。
実を避け虚を衝き、敵情の変化に応じて奇と正とを変化させる。
(6)敵情の変化にもとずいてどう出るかを測り、チャンスと見れば動く。行動と静止、攻
撃と防御、隠蔽と出現、これらを適確に行うことが勝利へと導く。
(7)兵力が勝る時は、包囲し、攻撃し、分断する。兵力が劣る時は、よく戦い、よく守り、
よく避ける。その場合、指揮官が優れていないと惨敗を喫し、壊滅する危険がある。
(8)戦いの基本は、正と奇との二種にすぎないが、これを組み合わせれば無限に変化する。
正は奇を生み、奇は正となり、円環さながら連なって、永遠に尽きることはない。
(9)名を求めず、罪を避けず、国の安全のために尽くす者こそ最高の将である。