日本のカジノを駆動部分とした Integrated Resort(統合型リゾート)のあり方の検討 氏名:佐々木一彰 所属:日本大学経済学部 ローマ字:Sasaki kazuaki Email:[email protected] キーワード:カジノ,Integrated Resort,ギャンブル 1.はじめに 日本では偶然の事象に金銭を賭けることは刑法に抵触する。特別法の存在があって初め て刑法の違法性が阻却されることになる。例えば現在では意味が無くなってしまったが 元々、競馬に金銭を賭けることは「強い軍馬」を育成するために「競馬法」により違法性が 阻却され日本においては「競馬」が合法的に存在しているのである。当然のことながら偶然 の事象に金銭を賭けることは特別法の存在がない限りすべて刑法に抵触する。日本ではカ ジノゲームをプレイする際に金銭を賭けることは「特別法」つまり「カジノ法」が存在して いないのですべて違法となる。したがって、現在、日本では合法的なカジノは存在していな い。しかしながら、現在、カジノをリゾート全体の経済的なエンジンとして認めるための法 律案が国会に提示されている。その法律案はカジノをリゾート全体の経済的なエンジンと してのみ認めてゆこうとする法律案(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案) で通称、IR(Integrated Resort)推進法と言われている。 2.1964 年の東京オリンピック 第一回目の東京オリンピックは 1964 年に開催された。戦前の中止された東京オリンピッ クも誘致に成功したと考えた場合、第二回目のオリンピックであった。1945 年に終了した 第二次世界大戦で廃墟となった東京、そして日本が国際社会に本格的に復帰するためにこ の 1964 年に開催された東京オリンピックはある意味で有効に機能したともいえよう。実際 に、東京オリンピックの開催を一種の口実として、それだけが理由ではないが高速道路が整 備され、新幹線が開通し、羽田空港が拡張されるなど社会インフラが一挙に整えられたとい っても過言ではない。野地(2013,pp.96~98))は、このオリンピックのために投じられた経費 について 9,608 億円でありアメリカの通信社の「30 億ドルのオリンピック」 「敗戦国日本は きんぴかの金持ち国になった」との言説に触れているが、その経費については、東海道新幹 線の建設費は 3,800 億円、地下鉄整備費 1,895 億円、高速を含めた道路整備費 1,752 億円 としており、そのほとんどがインフラ整備費であることを指摘している。そして、直接の運 営経費は 99 億 4600 万円であり、競技施設の建設経費は 165 億 8800 万円でしかなかった ことも指摘している。 当時の金額でこれだけの東京オリンピックの開催を契機としての投資が行われ、日本の 経済成長を押し上げた。しかしながら、オリンピックの閉会後、重要の急減、過剰在庫とい ったことが主な原因となり 1965 年には山陽特殊製鋼が倒産、そして山一證券が日銀特融を 受けるなど一気に日本の景気は冷え込んだ。その後、当時の内的、外的要因、国債の発行な どにより不景気は一年ほどで収束し、再び高度経済成長に戻ることとなった。 3.2020 年の東京オリンピック 2013 年にほぼ 50 年ぶりに東京オリンピックの開催が決定された。この東京オリンピッ ク開催に関する経済波及効果等については、東京 2020 オリンピック・パラリンピック招致 委員会スポーツ振興局(2012)によれば「2020 年大会開催に伴う需要増加額は、東京都で約 9,600 億円、その他の地域で約 2,600 億円、全国総計で約 1 兆 2,200 億円。」 「2020 年大 会開催に伴う経済波及効果(生産誘発額)は、東京都で約 1 兆 6,700 億円、その他の地域で 約 1 兆 2,900 億円、全国総計で約 2 兆 9,600 億円である。 」としている。このように東京オ リンピック開催に伴う経済波及効果は非常に大きいことが予想されている。また、日本銀行 統計調査局(2015)は報告書『2020 年東京オリンピックの経済効果』において東京オリンピ ックがインバウンド観光客に与える影響と直接的、間接的な投資が及ぼす効果等について 分析を行っており、その中で規制緩和や様々な対策をとることによりより一層のインバウ ンド観光客を東京のみならず日本各地に回遊させることが可能であることと関連する建設 投資は 2017 年から 2018 年頃にかけて増加するが 2020 年にかけてピークアウトする可能 性が高いことを予想している。 いずれにせよ 2020 年に開催される東京オリンピックは 1964 年に開催された東京オリン ピック当時と東京、そして日本の内的、外的条件は大きく異なるとはいうもののインバウン ド観光客のとらえ方、観光産業をいかに育成してゆくか、そして、社会的インフラをいかに 整備してゆくかを改めて検討し実行するきっかけになることは間違いない。最も 1964 年の 東京オリンピックに伴い行われた社会的なインフラの整備は新規建設がメインであったが 2020 年に開催されるオリンピックに伴い整備されるインフラのかなりの部分が 1964 年に 整備され老朽化が見られている社会的インフラのリニューアルに充てられることが予想さ れる点が異なる。 3.カジノを駆動部分とした Integrated Resort(統合型リゾート) 現在、日本の国会に上程されている IR 推進法は前述の通りカジノを駆動部分とした統合 型リゾートを合法化するものである。収益率の高いカジノがそれほど収益率の高くないそ の他のリゾートを構成する部分の収益を補てんするという形の民設、民営の「統合型リゾー ト」を一種の地域の観光のハブにするというビジネスモデルである。その経済効果は極めて 高いものとされている。例えば日本国内で横浜、大阪、沖縄に IR が開設された場合、大和 総研コンサルティング本部(2014)は建設段階で約 5 兆 6,300 億円、 運営段階では年間約 2 兆 900 億円の効果をもたらすと予想している。この経済効果は前述の東京オリンピックの経済 効果について東京 2020 オリンピック・パラリンピック招致委員会スポーツ振興局(2012)が 予想している経済効果、2 兆 9600 億円よりもはるかに大きく、東京オリンピックの経済波 及効果は、ほぼ 2020 年で終了するのに対してこの IR の経済波及効果は運営面において毎 年 2 兆 900 億円の経済効果をもたらすと予想されているなど経済的な側面から見てみた場 合、東京オリンピックよりも経済波及効果があるように思われる。また、都市単体としては 横浜市が日本経済研究所に委託し作成した報告書(日本経済研究所,2014)によれば横浜市 に IR が開設された場合、金額としての総合効果は 4,144 億 3400 万円、IR 開設に伴う就業 者の増加は 41,030 人、税収効果は 61 億 1300 万円と予想している。このように日本に数か 所 IR が開設された場合、経済的効果は非常に大きいとされているが、社会的コストの面に おいての懸念も非常に大きい。IR の駆動部分となるカジノの社会的コストを構成する要素 の大きなものとしてギャンブル依存症に関するものと治安の悪化に対する懸念がある。日 本ではそれほど、これら「社会的コスト」の問題については十分に検証されているとは言え ない。しかしながら、カジノを合法化し観光資源の核として活用している国であったり地域 の再開発のツールとして活用している国においてはカジノの「経済的ベネフィット」と「社 会 的 コ ス ト 」 に つ い て 例 え ば Walker(2013) や Australia Government Productivity Commission(2010)のような極力、思い込み、先入観を排した著書、論文、報告書などが公 表されており、政策面において生かされているようである。 4.むすび 現在、日本の国会に上程されている IR 推進法は一種のプログラム法案でカジノを核とす る統合型リゾートを合法化するための実定法を作成するための法律案でありこの法律案が 国会で可決されてといってもすぐさま日本国内でカジノを核とした IR が合法化されるわけ ではない。最短で次期通常国会でこの法律案が可決されたとしても実際に日本国内でカジ ノを核とした IR がいくつか稼働するのは東京オリンピックが開催される 2020 年以降とな ることは間違いないことであると思われる。この法律案が国会で可決されたのち、実定法が 可決され、その後に IR が設置されるエリアの選抜、そして事業者の入札が行われその後に IR の建設が行われるからである。一部ではこの IR の設置を 2020 年の東京オリンピックに 何が何でも間に合わせるという考えもあったようであるが東京エリアだけを例にとっても 2020 年の東京オリンピックを見据えたインフラの整備も含めた開発により建設費、人件費 が高騰し IR の稼働を 2020 年までに間に合わせるという事は現実味が薄いようである。ま た、現在の所、概ね日本経済の状況は良好のようであるがこの状況が 2020 年以降も継続し 続けるということについては疑問符が付く。前述のように 1964 年の東京オリンピック後に 日本経済が変調をきたし山一證券がはじめて日銀特融を受けたのがその象徴的な事例であ ろう。また、2016 年現在、インバウンド観光客も中国人観光客の「爆買」に示されるよう に順調に数を増やしているがこの趨勢もいつ変調をきたすかわからない。それらのことを 鑑みると 2020 年の東京オリンピック後にカジノを核とした IR(統合型リゾート)を稼働さ せることは日本のカジノを駆動部分とした Integrated Resort(統合型リゾート)のあり方 としては正しいと考えられる。 参考文献 Australian Government Productivity Commission(2010)Gambling Productivity Socioeconomic the Commission Inquiry Report. Walker,D.M.,(2013) Casinonomics The Impacts of Casino Industry,Springer.(邦訳:佐々木一彰,仁木一彦監訳『カジノ産業の本質-社会経済的コスト と可能性の分析-』日経 BP 社) 大和総研コンサルティング本部(米川 誠,原田 英始)(2014)『統合型リゾート(IR)開設の経済 波及効果』大和総研. 日本銀行統計調査局(長田 充弘,尾島 麻由実,倉知 善行,三浦 弘,川本 卓司)(2015)『2020 年 東京オリンピックの経済効果』日本銀行. 日本経済研究所(2015)『IR(統合型リゾート)等新たな戦略的都市づくり』 野地秩嘉(2013)『TOKYO オリンピック物語』小学館文庫. 老川慶喜編(2009)『東京オリンピックの社会経済史』日本経済評論社. 東京 2020 オリンピック・パラリンピック招致委員会スポーツ振興局(2012)「2020 年オリ ンピック・パラリンピック開催に伴う経済波及効果は、約 3 兆円雇用誘発数は約 15 万人」 東京都報道発表資料. (東京都 HP: http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2012/06/20m67800.htm 2016 年 1 月 29 日アクセス).
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