2020 東京オリンピック・パラリンピックのレガシーを創る 議事録 9月 21 日 10:00-12:00 「1964 東京オリンピックのレガシー」 玉木正之(スポーツライター) この日は、50 年前に行われた「東京オリンピック」について、まだ小学生だった玉木さんが何を 見て何を思ったのか、そして今、6年後に迫る東京オリンピックに向けて何を考えるかについて聞 く事ができました。 前半一時間は、玉木さんのオリンピックの思い出話でした。初めてカラーのテレビを見たのがオ リンピックの開会式だったことや、小学校は二週間ずっと午前中が全部オリンピック放映だったこ と、鮮明に覚えている実況や選手の行動など、その一端を聞くだけでも、当時オリンピックが日本 に与えた影響の大きさを感じました。 ―2020 年東京オリンピックに向けて― ◆「体育」から「スポーツ」への転換 2020 東京オリンピック、勝つ為にはまず、日本でも“スポーツ”をしよう。 【体育はやらされるもの、スポーツは自ら望んでやるもの。スポーツの対義語は労働ではないか】 これが玉木さんの考える、体育とスポーツの違いだ。 ◇やらされている体育とは 一番わかりやすい例が、体力テストである。 旧体力テストでは、戦前必要とされた「手榴弾投げ」や、歩兵銃を持ち上げるのに必要な力をつけ る為の「懸垂」がはいっていた。現在では、競技が見直された新体力テストが行われている。 しかしこれをみて、体育とは、必要な力をつける為にやらされていた・学ぶべきものだったというこ とが読み取れる。 また、戦前の体育から、先生の指示には有無を言わさず「はい」と答える「体育会系」人種(気質) が生まれた。命令通りに、そして粘り強く働く彼らは、高度経済成長時において目覚ましい活躍を した。 ◇自ら望んでやるスポーツにするには 今後求められるのは、スポーツインテリジェンスである。 自ら状況判断ができ、目標設定をしてそれを完遂できる、自分で考えることのできる“スポーツ選 手”を育てなければならない。 ここで言うスポーツ選手には、、 ①理系・・・筋肉、体の構造 ②文科系・・競技の歴史や文化、スポーツと社会の関わり方 ③体育会系・・体を実際に動かす事 こういった、スポーツに関わる幅広い知識をもってこそスポーツ選手だということを、常識としてほ しいとのこと。 戦前に生まれた体育会気質が、今もある一定の力を持ったまま残っている。良い形に変化して 受け継がれてきているものはいいが、指示・命令には必ず「はい」と従う風習は絶たなければなら ない。受ける側はさることながら、指導側も然りだ。 高校野球で「自由にやれ」と言っている監督がいた。これは受け手側の考えを尊重しているわ けでもなんでもなく、ある種の命令であることに彼らは気が付いていない。 スポーツに携わる人全てが同じ認識をもち、よりよいスポーツ環境作りに励んでいかなければ、 2020 年には間に合わない。 ◆スポーツ庁 東京オリンピックに向けて、勝つ為にはスポーツをやらなければならない。遅くとも来年の4月には スポーツ庁ができる。そこを転機に、日本のスポーツを変える必要がある。 改革すべきものの一つとしてあげられたのが、新聞とスポーツとの乖離だ。 日本のスポーツは不幸ながら新聞社に妨げられている。 多くのコンテンツが、ある一社の力によって、あるべき姿をねじ曲げられたり、身動きがとれなくな っているものが多い。 このままでは、スポーツ自体の発展が閉ざされてしまう。 政府のない新聞は自由だが、新聞のない政府は堕落してしまう。 スポーツと新聞も同じだ。 それぞれの利害を第一に考えるのではなく、まずは東京オリンピックで勝てる日本をつくるために、 各団体が動いていく事を願う。 ◆パラリンピック パラリンピック参加者は、1964 年:約 400 人から、2014 年:約 4000 人と、50 年で 10 倍にもなっ た。パラリンピックの参加人数が 1 万人に近づいていくことが、またオリンピックそのものにも大き な変化をもたらすことになるだろう。 最後に、1964 年の東京オリンピックは、未来の東京はこうなるという意思や道しるべとなった。高 度経済成長も重なったことから、様々なことを急速に変化させた。2020 年の東京オリンピックも同 様に、これからの6年もそうだが、さらにその先の東京の力になるような大会にしていきたい。
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