東南アジア沿岸域における利用開発と

海洋アライアンスイニシャティブ報告書 採択課題名:東南アジア沿岸域における利用開発と海洋環境保全のあり方~インドネシ
ア・ランプン湾を事例として~
主提案者名・所属・役職:岩滝光儀・アジア生物資源環境研究センター・准教授
共同提案者の一覧:福代康夫・農学生命科学研究科水圏生物科学専攻・特任教授
黒倉壽・農学生命科学研究科農学国際専攻・教授
小松輝久・大気海洋研究所・准教授
外部研究協力者:脇田和美・東海大学海洋学部海洋文明学科・准教授
報告書提出年月日:2016年2月19日
目的と手法 今後、人口増加が予測される東南アジア沿岸諸国では、タンパク供給源としてさらなる
養殖漁業の増大が見込まれており、その結果として沿岸域の富栄養化や滞留域の増加に起
因する有害微細藻類発生の頻発・広域化が懸念されている。インドネシア・ランプン湾は、
沿岸陸域への人口の集中と養殖漁業の発展等による沿岸環境の悪化が顕在化しつつある
典型的な東南アジアの湾の一つである。同湾では近年、赤潮の発生およびそれによる魚類
斃死が増大しており、現地関係者の赤潮対策に関する意識も高まってきている。ランプン
養殖センターでは、ハタ、タツノオトシゴ、キリンサイなどの種苗生産による水産振興を
行うと同時に、普及啓発活動を含めた地域に根差した赤潮対策を実施してきており、水産
振興と環境保全に関する地元社会の理解といった学際的研究の対象事例として好適な条
件を有している。
そこで本事業では、これまで主提案者らが蓄積してきた赤潮の発生機構に関する自然科
学的知見を基礎とし、衛星写真を用いた沿岸利用の変化の把握と、利害関係者へのアンケ
ートやヒアリング調査による赤潮の社会経済的インパクトと対策の現状把握を組み合わ
せることにより、ランプン湾を事例とし、沿岸域の利用開発と海洋環境保全とのバランス
のとり方について、総合的に検討することを目的とした。
成果と今後の展開 (1)現地調査結果
2015 年 10 月、岩滝光儀(主提案者)、福代康夫(共同提案者)、小松輝久(共同提案者)、
脇田和美(外部研究協力者)がインドネシア・ジャカルタのインドネシア科学研究院海洋
研究所およびランプン養殖センターを訪問し、沿岸域の利用開発の変遷、近年の赤潮発生
状況、魚類斃死や漁業被害、社会経済的インパクト等に関するヒアリング調査を行った。
インドネシア科学研究院海洋研究所では、同研究所研究施設部長の Deny Sutisna 氏、国
際協力室長の Indra Bayu Vimono 氏、研究員の Tumpak Sidabutar 氏、同 HikmahThoha 氏ら
と会合を開き、共同研究に関する協力を再確認するとともに、インドネシア全体の近年の
赤潮発生状況を把握することができた(写真1)。あわせて、ランプン湾における赤潮発
生状況と、それに伴う社会経済的なインパクトについても概要を把握することができた。
ランプン湾では、港湾開発に伴い利害関係者間でコンフリクトが生じていることや、環境
NGO 団体が活発に活動していること等の情報が収集できた。さらに、インドネシア科学研
究院海洋研究所がインドネシアの複数地域を対象に実施した、赤潮に関する社会的調査結
果報告書も入手することができた。
その後ランプンに移動し、ランプン養殖センターの Muawanah 研究員の協力を得て、現
地の小規模漁業者約 50 名が参画したワークショップを開催した(写真2)。同ワークショ
ップでは記入式のアンケートを実施し、ランプン湾沿岸域の環境の変化や、特に有害微細
藻類の発生状況に関する意識を調査した。同アンケート調査結果は、2016 年 2 月 10 日に
東京大学で開催された国際ワークショップにおいて、脇田和美(外部研究協力者)が報告
した(後段参照)。さらに、ワークショップでは、ランプン湾の沿岸環境の変化に対する
意識等についての発言を、漁業者から直接得ることができた(写真3)。これにより、多
くの漁業者が漁獲量の減少に悩まされていることや、近年の赤潮の頻発を懸念しているこ
と、さらにその原因が何であるかを疑問に思っていること等が明らかとなった。
また、ランプン湾沿岸の現地調査を行い、沿岸環境を視察するとともに養殖業者を訪問
し(写真4)、赤潮発生状況や養殖業の現状について対面式ヒアリング調査を実施した。
同ヒアリング調査結果は、後述する国際ワークショップで脇田和美(外部研究協力者)が
報告した(後段参照)。現地調査では、事前に小松輝久(共同提案者)が衛星写真で特定
していたランプン湾中央部における沿岸利用の実態が確認できた。衛星写真で特定されて
いた物体は、Bagan と呼ばれる漁獲装置であり(写真5)、湾内に多数設置されていること
が現場で確認できた。Bagan には集魚灯および網が装備されており、網目は細かいもので
あることも同時に確認できた。
ランプン養殖センターでは、所長および主任研究員の Muawanah 氏と会合を行い、近年
のランプン湾沿岸域における赤潮発生状況や養殖に関する課題等の情報を得た(写真6)。
同会合では、漁業者ワークショップの結果、養殖業者へのヒアリング調査の結果、および
ランプン湾現地調査により確認された沿岸利用の実態等を所長に紹介した。所長からは、
今回の調査ならびにその結果の共有に対する謝意と、今後の継続的な共同研究に向けた期
待が述べられた。特に衛星写真および現地調査による Bagan の設置実態の把握については、
同センターも把握できていないものであり、現地への新たな知見の提供となった。所長は
関係部局にも連絡を取り、適切な措置を検討していく必要があると述べ、今回の調査への
謝意が改めて表明された。あわせて、ランプン養殖センターから今後も継続して共同調査
への協力と支援を得られることが確認できた。
(2)国際ワークショップ開催結果
2016 年 2 月 10 日、東京大学農学部において、インドネシア・ランプン養殖センターの
主任研究員 Muawanah 氏を発表者として招聘した国際ワークショップ“How to address
socio-economic impact caused by Harmful Algal Blooms: Experiences and lessons learned in
Indonesia and the Philippines”を開催した(写真7および8)。同ワークショップには、海洋
アライアンス研究員および同大学院生等の参加を得ることができた。ワークショップでは、
福代康夫(共同提案者)が開会の挨拶とワークショップの趣旨を述べた後、有害微細藻類
について概要説明を行った。それに続き、Muawanah 氏がランプン湾沿岸域の環境モニタ
リングの実態、赤潮の発生とそれによる魚類斃死等の社会経済的インパクト、沿岸環境保
全や赤潮に関する知識や対策等の普及啓発活動などを報告し、参加者の間で活発な質疑応
答が行われた。休憩をはさみ、岩滝光儀(主提案者)が本事業の概要説明と東南アジア全
体での有害微細藻類発生の状況について解説を行った。次に、小松輝久(共同提案者)が
ランプン湾沿岸域の衛星写真により、現在と過去の沿岸域の利用開発状況の変化の解析結
果を報告した。さらに、脇田和美(外部研究協力者)が上述のランプン現地調査により得
られた漁業者アンケート調査結果および養殖業者へのヒアリング調査結果を報告した。そ
の後、フィリピン水産資源庁からの招聘予定者が急遽来日できなくなったため、代理とし
て福代康夫(共同提案者)がフィリピンの有害微細藻類による被害の概要および全国的モ
ニタリング体制の確立の経緯を説明した。最後に、黒倉壽(共同提案者)のモデレートに
より、総合討論が行われた。総合討論では、参加者全体で赤潮の発生の防除は難しいこと、
予測はある程度は可能であるものの現状ではインドネシア・ランプン湾での導入が難しい
ことを確認した後、今後、どのような対策や研究者の役割が求められるかを議論した。議
論では、インドネシアにおいて日本のように中央から地方へのトップ・ダウン式のモニタ
リング体制の全国的な導入は難しいことが予想されるため、ランプン湾のようにモニタリ
ングを確実に行っている地方からその必要性を発信し、国全体の動きにつなげていく方向
性が現実的ではないかといった意見が出された。また、学識経験者の役割としては、環境
の変化による有害微細藻類の発生を予測することよりもむしろ、可能性のあるシナリオを
複数提示し、現地の議論を喚起したり、意思決定の材料を提供したりすることの重要性が
指摘された。
(3)今後の展開
本事業により、インドネシア・ランプン湾における赤潮の発生状況と魚類斃死等による
社会経済的なインパクト、沿岸域の土地利用の変遷、さらに現地利害関係者の沿岸環境や
赤潮に関する意識について把握することができた。今後は、沿岸域の土地利用の変化と海
洋環境データの変化を照合することにより、沿岸開発と海洋環境との関係性の考察を深め
るとともに、赤潮による社会経済的なインパクトについて、さらに詳細な情報を現地調査
等を通じて得ることにより、具体的な被害金額を算出していきたい。
(了)
写真1 インドネシア科学研究院海洋研究所での会合の様子
写真2 ランプンにおける漁業者ワークショップの様子
写真3 ランプン湾の沿岸環境について発言する漁業者
写真4 ランプン湾の養殖場の様子
写真5 ランプン湾中央部に多数設置されている漁獲装置 Bagan
写真6 ランプン養殖センターでの会合の様子
写真7 東京大学で開催した国際ワークショップの様子
写真8 国際ワークショップの発表者を囲んで
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