産後うつ病 2010 年 8 月 9 日 FJ 緊急フォーラム vol.3 ~父親たちで考える産後うつ問題 産褥期の心の病気を知っていますか? 産褥期とは「出産後」という意味で,産後の精神障害とは赤ちゃんを産んだ後に生じる気分の変 動した状態です。女性が産後に経験するこうした初めての感情にはいろいろな要因が関係してい ます.例えば,睡眠時間の減少,一日 24 時間の赤ちゃんの世話,ホルモンの変動,妊娠前の自 由の消失,生活スケジュールが立てにくいこと,出産に生じた体の痛み,家事育児の増加,そし て責任の増大などがあげられます. こうしたストレスによって産後の心の病気は生じることがあります.周産期精神医学の分野で は,次のようないくつかの類型に産後の心の病気を区別しています.しかし,大切なことは,こ ころの病気は個別に異なること,そしていくつかの異なる組み合わせがあるということを覚えて ください.ご自分でも、該当する症状や病気がありましたら、お近くの医療機関の医師または精 神保健福祉センターにご相談ください。 マタニティ・ブルーズ: 出産女性の 60~80%がマタニティ・ブルーズという情緒の不安定または「いつもの自分では ない気分」を産後直後に経験することしばしばあります.通常,ブルーズは分娩後 3 日間以内に 生じて,数日間から数週間続きます. この状態に該当する女性は,以下の中のいくつかの症状を経験します. ● 涙もろさ ● いらいら感 ● 神経質になる ● 傷つきやすい感じ ● 睡眠の問題 ● 食欲低下 ● 落ち着かない ● 自信を失う ● どうしてよいかわからない困惑 このブルーズは、こころの病気というよりは、ホルモン変動に関連した一時的な気分の変動で あり、治療は必要としません。しかし、ブルーズを経験した女性は次に述べる産後うつ病になり やすいので、産後の養生期間中は注意しましょう。 いつもの自分と違うと思ったら、周産期の医療保健専門家に御相談ください。 産後うつ病: この状態はマタニティ・ブルーズと比較すると重い病気です.お母さんになった女性の 10 ~20%に生じて,産後3~6ヵ月以内に問題が生じます. この状態には以下の症状がみられます.最低 2 週間以上続いていませんか? ● 気分がずっと沈みこむ(時に泣けてくる) ● 日常生活の活動における興味の喪失 ● 罪業感(自分が悪いと感じる) ● 以前に比べて、動作や話し方が遅い ● 毎日のように疲労感が続き、気力がわかない ● 自分を価値のない人間(母親失格)と思う ● 家事や育児に集中ができないか,物忘れが多い ● 赤ちゃんのことが心配でたまらない,または無関心になる ● うまく対処することができない ● 取り越し苦労が多く,悲観的にしか物事を考えられない ● この世から消えてしまいたいと自殺を考えるときがある 産褥精神病: これは産後の心の病気の中でも最も重篤なものです.その頻度は稀であって,1000 人に1 人の割合といわれています.通常,出産後 3~14 日以内に生じます.この状態は極めて重症です ので,緊急の精神科救急医学的対応が必要です. この状態に陥った場合には,次のような症状がみられます. ● 極端な混乱 ● まとまりのなさ(支離滅裂) ● 多弁になったり,躁状態 ● 拒食傾向 ● 疑い深くなる ● 常識はずれの言動 ● いらいらする(焦燥感) ● その場にないものが聴こえたり,見たりする ● 常に動き回る どうして産後の心の病気がおきますか?発病しやすい人とは? 産後の心の病気の本当の理由は複雑です.以下に説明するように,生物学的,心理学的ある いは社会的な原因が考えられています.多くの研究者たちの考えは一致していますが,望まない妊 娠、身近な愛した人を最近失う,経済的な問題,周囲からのサポートがない、引越しをする,人間 関係の悩みなどの社会・心理的問題との関連があります.また、困難に直面した時に、適切な対応 が取れにくい人は要注意です。 生物学的要因 生物学的要因の中では,以下のようなものが研究されています. 1. 産後の気分障害は産後のエストロゲンやプロゲステロンというホルモンの急激な低下と関係している ことが指摘されています.妊娠中には,この二つのホルモンの値は非常に増加しますが,胎盤の排出後 にはホルモン値は急激に正常範囲にもどります.こうした急激なホルモンの低下がうつ病と関連してい るといわれています(脳内の神経化学のアンバランスによって生じます) . 2. 産後の気分障害は,産後に乳汁分泌を刺激するプロラクチンというホルモンの変化と関連しているとい う研究もあります.産後直後には,プロラクチンの値は速やかに下降しますが,一週間以内に再び上昇 します. 心理的/社会的要因 可能性の高い要因としては 1. 母親になった女性は,自分が担う新たな役割(母親,育児など)に直面します.こうした状況は,それ ぞれの女性によって異なります.重圧となる役割の定義は,明らかにすることはできませんが,ある女 性では,産後の気分障害と関連する場合があります. 2. 新たに母親になった女性は,その役割に悩むことがあります.役割における葛藤は,さまざまで問題に なってきます.例えば,ある女性では母親,妻,そして友人としての対処行動をとろうと努力します. こうした葛藤やストレスは,産後の気分障害との深く関連があります. 3. 経済的に問題がある女性,またその保障のない女性の場合には,うつ病の発症と関連していることがわ かっています. 4. 家族間の相互作用もまた重要な問題です.女性自身の母親の間に,貧弱な人間関係または敵対心を持つ 女性は,うつ病になるリスクが高いことがいわれています.婚姻関係の問題や配偶者と異なる宗教を信 奉している場合には,産後の気分障害の可能性が高くなります. よくある質問( 「周産期メンタルヘルス研究会」ホームページより抜粋) Q A 産後うつ病はどのような病気ですか. 産後数週間から数ヵ月の期間に出現するこころの病気です.普通の気分の波と異なり段々と深くな り,気分が憂うつで元気がでない状態が 2 週間以上続きます.うつ病は最近では「心の風邪」と表 現されるようにだれもがかかる病気です.日本では国民が一生のうちに「うつ病」にかかる率は 14% という調査結果が報告されています.しかし,産後うつ病はおめでたい出産という「晴れの場」では 周囲に打ち明けにくく,また家族も母親の怠けや努力不足のように考えがちになり,専門医への受診 が低く,治療が遅れる場合が少なくありません.ほっておくと家事や育児に支障をきたして,子供に 愛情を感じることもできなくなります.適切な治療を早い段階で受けることをお勧めします. Q A 産後うつ病はよくある病気ですか. 日本では 8~14%くらいの産褥婦さんがかかるといわれています.子供を産める年齢層の女性が非 産褥期にうつ病にかかる割合と比較した調査では,その頻度は変わりありませんが,産後 3 ヵ月以 内に限定すると高いことが指摘されています.ですから分娩後少なくとも 3 ヵ月以内は要注意期間 です. Q 産後うつ病にはどうしてなったのですか.原因は何ですか. A 女性の生涯の中でも,産褥期は心身ともにストレスのかかりやすい時期です.急激な内分泌変動が生 じて,妊娠前のホルモンバランスに回復するまでかなりの時間がかかります.さらに,母親としての 新たな役割に当惑して,育児や家事に追われ,大きなストレスがかかる時期に相当します.こうした 分娩という生物学的および社会心理学的な要因が重なり合って,うつ病がおこります. Q 産後うつ病が治るまでにどれくらいかかりますか. A これは,個人的な問題と正確なうつ病の診断と治療によって異なります.治療は薬物療法と休養が中 心ですが,通常,3~4ヵ月くらいで軽快します.しかし,個人の抱えている社会心理学的問題が大 きい場合やうつ病の中でも治療に時間がかかるタイプでは,数ヵ月単位で経過をみていただく場合も あります.なお,治療経過の中でさまざまな課題が生じることがありますが,大切なことは,人生の 重大なこと(離婚,退職,転居など)は病気が回復するまでに決定しないことです. Q A 産後うつ病はどのようにしたら治りますか. 産後うつ病には,いろいろなタイプや重症度があります.大きく 1)休養,2)薬物療法,3) 精神療法,4)環境の調整の4つが基本になります.休養は,出来るだけエネルギーを蓄えるために 休むことが原則です.産後は育児や家事から完全に解放されることは困難ですが,できるだけ手抜き をすることです.また,家族の理解と協力は不可欠で,できれば実家で休養することをお勧めします. いろいろ事情があって実家で休養がとれない方は,保健師と相談され,地域の資源を活用する(乳児 院,託児など)こともできます.薬物療法は,抗うつ薬がよく効きます.脳内の神経伝達物質のアン バランスを改善して,うつ病の症状に効果を発揮します.最近では副作用の少ない SSRI(選択的セ ロトニン再取り込み阻害剤)という薬物も使用されます.精神療法は,心理的要因(家庭の人間関係 など)が関連している場合には,お母さんの心や取り巻く環境を理解して,こころの交通整理を適切 に行います.環境調整は,ストレスとなるようなものから開放されて,治療に専念しやし環境を家族 の方も含めて整えることです. Q A 入院しないと治らないのですか. ほとんどの産後うつ病は外来治療でよくなりますが,1)自殺の危険や,自分や赤ちゃんを傷つけ るような場合,2)食欲不振,睡眠障害で衰弱している,3)症状が重い,4)家庭環境がストレス になっているような場合は,短期でも一時的に入院することが必要です.こうした入院治療の方が回 復を早めます.いずれにせよ,専門医が外来通院か入院治療のどちらが適切であるか判断してアドバ イスをしてくれます. Q A 精神科に受診しないと治療できないですか. 産後うつ病の専門的治療は精神科,神経科,心療内科などで治療を受けられることをお勧めします. 最近では女性医学の専門クリニック,神経内科などでも診療が行われていますが,まだ数が少ないの が現状です.各都道府県では,精神保健福祉センターが電話相談や診察を受けてくれます.そして, 近在の専門医療機関を紹介してくれますので,ご相談ください.ほとんどのセンターは,ネットで調 べられます. Q A 薬を飲まないと治らないですか.薬を飲む以外の治療方法はないですか. 治療の基本は薬(抗うつ薬)を飲むことと休養をとることです.睡眠を十分にとって自宅でごろご ろできるような精神的および身体的に負担にならないように過ごすことが一番です.抗うつ薬と呼ば れる薬は,多少の副作用がありますが,産後うつ病のほとんどの症状によく効きます.このほか,抗 不安薬,睡眠薬なども併用することもあります.産後うつ病の中でも軽症である種類のものでは,個 人精神療法,認知療法などのカウンセリングで治ることもあります.悲観的なものの見方以外に,別 のものの見方を患者さん自身が気づくように導く方法です.しかし日本の医療保健体制では,これか らです. Q A 抗うつ薬はどれくらいの期間飲む必要がありますか. 薬物療法開始した場合には,次の3つの段階を観察して,回復します.まづ初期治療期間は,抗う つ薬を服用して,最低2~3 週間くらいで効果が生じます(服薬してすぐに効く薬ではありません) . 順調なら3ヵ月で症状が軽快します.第二段階では,最低 6 ヵ月症状を安定させるために継続治療 期間を最低 6 ヵ月続けます.第三段階では,再発を防ぐためと予防的意味合いから 3 ヵ月くらい治 療を続けます.服薬後,1 年以内に抗うつ薬を中断した女性は,再発率が高いことが指摘されていま す.したがって,通常回復した後も 6 ヵ月間抗うつ薬を続けることが推奨されています. Q 子どもがかわいいと思えないのですが,だめな母親ですか. A うつ状態のお母さんは感情面では,喜怒哀楽がなくなります.普段楽しめることにも関心がなくな るのが普通です.したがって,赤ん坊に対しても愛着を抱けないことがよくあります.さらにうつ状 態になると母親としての役割がはなせないと極端にものごとを考えがちになります.ほとんどのお母 さんはうつ病が治れば,赤ちゃんに対するかわいいという感情が自然に出てきます. Q A 周囲はどのように接したらよいのでしょうか. 家族や周囲の方々が病気について自分勝手に解釈したり,自分の考えを患者さんに押しつけると, 苦しんでいる患者さんをますます苦しい立場に追い込んでしまいます.うつ病の患者さんに接する時 は家族や周囲の方々が病気の事をよく理解して,患者さんを支えていただく必要があります. Q A 産後うつ病の母親にしてはいけないことがありますか. 産後うつ病のお母さんは元来,真面目な方が多く,がんばらなくてはいけないと思っています.し かし,それができなくて苦しんでいるのです.その焦る気持ちをまず理解して上げてください.お母 さんを叱口宅激励することは苦しみをより深くし,追いつめる結果となります.無理に運動や外出・ 旅行などをすすめたり,自分たちの意見を押しつけることは,絶対にしないでください. Q A 家族はどのような支援ができますか. 本来うつ病はエネルギーのなくなる病気ですから,治療には休養と薬物療法が基本です.また,う つ病は一進一退を繰り返しながら(三寒四温),だんだん回復していきますので,あせらずに長い目で お母さんを見守り,心の支えになってあげて下さい. ●重要な事柄の決定は先に伸ばします.(引越し,新築,離婚,復職など) ●うつ病は多少時間がかかっても,ほとんどよくなります. それを家族や周囲の方々が理解してゆったり落ち着いていることが大切です. ●お母さんに休養をすすめるだけでなく,可能な限り育児や家事を代行する. ●お母さんが育児で疲れていても,家族は理解をしてあげる. ●その他に薬の副作用や症状の変化に気をつけて下さい. ●もし,自殺念慮などがみられたら,早急に専門医を一緒に受診してください. ★日本周産期メンタルヘルス研究会事務局: 〒514-8507 三重県津市栗真町屋町 1577 三重大学保健管理センター内 HP: http://www.hac.mie-u.ac.jp/PSI_JAPAN/top.asp E-mail: [email protected]
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