安倍首相

8月15日シンポジウム討論原稿
藤本泰成(フォーラム平和・人権・環境事務局長)
安倍首相が 14 日に話すであろう「戦後 70 年談話」のための有識者懇談会の提言が発表されま
した。提言の中で歴史認識に関しては、①日本は満州事変以後、中国大陸への侵略を拡大し、無
謀な戦争でアジアを中心に多くの被害を与えた、②1930 年代後半から植民地支配が過激化した、
③1930 年代以後の日本の政府、軍の指導者の責任は誠に重い、④国策として日本がアジア解放の
ために戦ったと主張する事は正確ではない、⑤先の大戦への痛切な反省に基づき、20 世紀前半の
姿とは全く異なる国に生まれ変わった、と記載しました。国際社会一般の歴史認識と比しても問
題はないものに見えます。しかし、この歴史認識にあたる部分の最後に、「複数の委員から」と
して、「侵略」という言葉を使用することに異議がある旨表明があったとの注釈を付け、①国際
法上「侵略」の定義が定まっていない、②満州事変以後を侵略と断定することに異論がある、③
他国が同様の行為をしている中で、日本の行為だけを「侵略」と断定することに抵抗がある、と
の理由を記載しています。まさに安倍首相の本意は、ここにあると言わざるを得ません。首相自
身が国会質疑で述べてきた内容と寸分違わない主張なのです。「70 年談話」の内容は、現在の所
(8 月 10 日)村山談話の内容を踏襲するものになるようですが、しかし、安倍晋三及び安倍政権
の本質は全く別の所にあります。
安倍晋三は、1997 年設立の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の事務局長を務め
ました。歴史教科書の記述を自虐的と批判し、慰安婦問題では強制性はないとし、南京事件を否
定する主張を展開してきました。また、1997 年に「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」と
が統合して組織された「日本会議」のメンバーとして活動してきました。
日本会議には「神社本庁」を中心とした宗教団体や宗教系財団法人等が多数参加しています。
また、連携する国会議員の組織に日本会議国会議員懇談会、地方議員の組織として日本会議地方
議員連盟があり、「国会議員懇談会」には国会議員が約 289 名、自民党以外にも民主党、日本維
新の会、次世代の党、みんなの党、無所属の議員が参加しています。
日本会議の歴史認識に対する主張はこのようなものです。(日本会議の終戦七十年にあたって
の見解から)
国民が享受する今日の平和と繁栄は、先の大戦において祖国と同胞のために一命を捧げられた
あまた英霊の尊い犠牲の上に築かれたことを忘れてはならない。この英霊への感謝の念こそ、こ
の節目の年を迎えた日本国民が共有すべき歴史認識の第一であるべきである。
わが国の行為のみが一方的に断罪されるいわれはない。外交は常に相手国があってのものであ
る。ましてや大東亜戦争は、米英等による経済封鎖に抗する自衛戦争としてわが国は戦ったので
あり、後にマッカーサー連合国軍最高司令官自身もそのことを認めている。
過去の歴史に対して事実関係を無視したいわれなき非難を日本政府および日本軍に向ける風潮
が横行してきた。いわゆる「従軍慰安婦強制連行」問題もその一つである。幸いにも終戦七十年
を迎えて、わが国にようやくかかる風潮と決別し、事実に基く歴史認識を世界に示そうとする動
きが生まれてきた。安倍首相の一連の言動にもその顕れは観取できる。何よりも歴史的事実に基
づかない謝罪は、英霊の名誉を傷つけるものであるからだ。
終戦七十年を迎えるにあたり、我々日本会議は、こうした喫緊の事態に迅速・適切に対処する
とともに、憲法改正の実現を中心とする国民運動の諸課題に取り組み、誇りある国づくりを目指
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す決意を新たにするものである。
結局の所、日本会議のメンバーは、先の戦争の敗北を許せない、戦争以前の日本の態勢に戻そ
うということなのです。
2006 年の第 1 次安倍政権の成立を前後して、何があったかと言うことを見れば、安倍首相の本
質は明らかです。その年には「主権回復を目指す会」「日本教育再生機構」「在日特権を許さな
い市民の会」が設立をされています。意図的に歴史を修正する教科書を編集したり、在日韓国朝
鮮人に対するヘイトスピーチを繰り返す組織が生まれたりしました。
首相自身も、日本軍従軍慰安婦について「狭義の強制性の証拠はなかった」と閣議決定し、そ
の後「The Facts」のワシントンポストへの意見広告と共に、米国下院での「慰安婦問題での日本
への謝罪要求決議」につながっています。「愛国心」の強要を入れた教育基本法改悪は、戦前の
美化そのものの思想であり国家主義容認の思想です。そのような教育改革は、今回の道徳の教科
化にもつながっています。そこには、戦前の皇民化教育に資した「修身」と「教育勅語」の復活
の意図が見えています。
安倍真相の同志というか、腰巾着のような下村博文文科大臣は、「『万一危急の大事が起こっ
たならば、大義に基づいて勇気を奮い一身を捧げ』(一旦緩急あれば義勇公に奉し以て天壌無窮
の皇運を扶翼すべし)の部分は「わが国が危機にあった時、みんなで国を守っていこう。そうい
う姿勢はある意味では当たり前の話」(2014.4.25【朝日新聞】)と国会答弁ではなし、教育勅語
を賛美しています。
安倍政権はその中枢を全て自らと考え方を共有する者で占めています。安倍内閣の首相補佐官
まで含めて 24 人中日本会議のメンバーは 21 人です。メンバーでないのは、上川陽子法務大臣、
宮沢洋一経産大臣(二人とも日韓議連)、公明党の太田昭宏国交大臣の 3 人しかいません。今の
与党政治が以下に危険なものかが理解できます。
このような歴史修正主義者・安倍晋三は、一方で米国の要請に基づいて集団的自衛権行使容認
を閣議決定し、現在「安全保障法制関連法案」が参議院で議論されています。
この法案は、日本が「存立危機事態」や「重要影響事態」ないしは「武力攻撃事態」にある場
合、武力の行使や同盟国への集団的自衛権行使が容認され、また、「国際平和支援法」を制定し
て後方支援(兵站支援)活動を中心に、国際軍事行動に参加するとするものです。法案の審議に
先立って米国とのガイドラインを集団的自衛権行使を前提として改定し、安倍首相は、自らの主
張を封印し、安全保障法制に関わる衆院特別委員会では、「我々はポツダム宣言を受諾し、その
後の東京裁判の諸判決を受け入れた。それに尽きる」「(日本は)サンフランシスコ条約に於い
て、極東国際軍事裁判所の判決を受諾しており、それに異議を唱える立場にはそもそもない」と
の発言を行いました。ここには、自らが所属する日本会議の主張と同盟国とする米国の主張に大
きな隔たりがあり、矛盾を内包する安倍首相のジレンマがあります。
この間、明仁天皇は「日本が世界の中で安定した平和で健全な国として、近隣諸国はもとより、
できるだけ多くの世界の国々と共に支え合って歩んでいけるよう、切に願っています(誕生日)
「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えてい
くことが、今、極めて大切なことだと思っています(新年にあたって)」と発言しています。私
は、この発言の中に天皇の不安感が凝縮しているように思います。
昭和天皇は、東京裁判の A 級戦犯が合祀されて以来、靖国神社への参拝を拒否してきました。
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明仁天皇もそれに準じて、一度も靖国神社への参拝を行っていません。
現在、米国はトルコの空軍基地やその他から、IS(イスラム国)に対して空爆を続けています
が、思ったような成果を上げていません。もし、地上戦に突入するとなると日本の自衛隊が支援
活動を行うことは十分に予測できます。万が一、死亡者が出た場合、多くの反対があったにして
もこれまでの慣例から、靖国神社は勝手に本人の了解なしに合祀を行うに違いありません。その
時に、天皇がどのように振る舞うかと言うことは、日本の将来に大きく影響を与えることになる
に違いありません。日本会議の主張する日本社会のあり方に大きく傾倒することも十分に考えら
れます。私たち平和フォーラムは、日本がその中で軍事大国への道を歩むなら、いつか米国の手
を離れ、戦前の愚を犯さないとも限らないとの大きな危機感を抱いています。
私たちは、ノーベル賞作家の大江健三郎さんや著名な憲法学者の樋口陽一さんなど 100 人を超
える呼びかけ人の下、全国組織として立ち上がった「戦争をさせない 1000 人員会」を中心に、市
民やその他の労働団体・平和団体が共闘する「戦争させない・9 条壊すな総がかり行動」の運動
に取り組み、3 万人を超える国会包囲行動を何回も続けてきました。そのような中で、日本弁護
士会や、憲法学者の会(235 人)、学者の会(13,117 人)や自由と民主主義のための学生緊急行
動(シールズ)、安保関連法案に反対するママの会など、多様な組織が反対行動を展開していま
す。日本社会の健全性は、市民レベルでは保たれているのではないかと思います。
しかし、政治家の思想の低下は目を覆うものがあります。安倍晋三を取り巻く若手議員は、反
知性主義そのもの、自らの理解したいように理解し、公言してはばかりません。首相補佐官の礒
崎陽輔衆議院議員は「立憲主義という言葉は、学生時代の講義では聴いたことがない。昔からあ
る学説か?」との発言を行ったかと思うと「安全保障法制には『法の安定性』は必要ない」と発
言し物議を醸しています。また、若手議員の勉強会では「沖縄の 2 つの新聞は潰さないといけな
い」「そのためには、広告収入を減らすことだ」などと平気で発言されています。武藤貴也衆院
議員は、安保関連法案に反対する学生団体(シールズ)について、「彼ら彼女らの主張は『だっ
て戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義が
ここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」との発言を行っています。
日本の政治の劣化が、安倍晋三と共にここまで来たのかと、震撼とします。
私たちは、安倍政権をこのままにしては、日本の将来はないと考えています。日本韓国そして
アジアの市民社会を繋いで、アジアの正しい歴史認識とそれに基づく信頼と共存の関係をつくら
なくてはならないと考えています。
「日本国憲法は、アジア諸国への日本の戦後の約束」ではないのか、との声を聞きました。「日
本国憲法」の理念を守り、アジア諸国との、特に韓国の皆さんとの新しい関係を作り上げていけ
るよう努力していきたいと考えています。そのことを申し述べて、私の発言とさせていただきま
す。
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