結晶で光を操る

結晶で光を操る
―― 馬場 俊彦 教授
(工学研究院知的構造の創生部門,専門: 光エレクトロニクス)
聞き手: 井上尚子(工学府電気電子ネットワークコース 博士課程 3 年)
光を止める,閉じ込める,
光の不可能を可能にする
して利用しようと考えています。
―― 先生がこの分野に惹きつけら
を Nature Photonics 誌に書かれた
れるのはどんなところですか。
そうですが、これは何ですか。
馬場
馬場 その名の通り「遅い光」です。
やっぱりレーザですね。自分
―― 「スローライト」という論文
が学生の頃はなかなか目にするこ
光は 1 秒間に地球を 7.5 回まわるほ
とができませんでした。そもそも自
ど速いのですが、最近、私の研究室
然界にはない光ですから。レーザで
とスタンフォード大学が光(正確に
興奮させられるのは、「しきい値」
は情報を運ぶ光)を遅くする方法を
と呼ばれるパワーを与えると、弱い
見つけて、実験でもできるようにな
光が突然、何桁も強い光になるとこ
りました。もし光速を自由に変えら
ろです。就職した頃、面発光型とい
れれば、次世代の情報ネットワーク
うレーザを研究しましたが、これは
や計算機で必須といわれる光信号
動作が難しくて、世界中が競争して
のメモリーを作ることができます。
いました。そのしきい値を最初に超
それに SF 的な魅力もあります。だ
えることができたのですが、このと
って夜空の星を眺めると、あれは何
きは感動しました。強くなった光を
億年も昔の光を見ていると言いま
見ると、人生の大きな山を越えたよ
すよね。光を止めるというのは、過
うな気分になるんです。
去の時間を蓄め込むタイムカプセ
―― では、いまでもレーザを研究
ルを作るのと同じなんですよ。
されているのですか。
―― 先生の研究室はフォトニック
馬場
結晶で有名と伺っていましたが。
私の研究室では世界で最も
小さなレーザを研究して、最小記録
馬場
実はナノレーザやスローラ
をずっと保持しています。現在の最
イトは、フォトニック結晶のおかげ
小レーザは砂粒どころか、細胞や細
で可能になりました。フォトニック
菌よりも小さくなり、ナノレーザと
結晶は微細な周期をもつモザイク
呼ばれています。バイオセンサーと
構造です。15 年前に研究を始めた
ときはほとんど手探り状態だった
のですが、その後、多くの機関が取
り組んで理論も作り方も確立され、
いろいろ光を操れるようになりま
した。前に言った二つのほかに、負
の屈折現象も話題です。透明人間が
できるかもしれないんですよ。
―― どのように研究室を運営し、
学生を教育しているのですか。
馬場
最初は設備が全くなく、テー
マも含めて白紙のスタートでした。
それでフォトニック結晶を始めま
したが、この分野も生まれたばかり
で、研究室の歩みとうまくマッチし
たと思います。それに、いままでの
概念を変えるビックリすることが
できるところが魅力です。学生も鋭
くて、必要だけどつまらない研究に
はなかなか興味を示しません。自分
が本気で面白いと思っているもの
に、素直に共感してくれます。みん
なが共通の目標をもって、現場で協
力して取り組む瞬間が一番の教育
になると感じます。