2.8 行動の遅れの原因と対策

2.8 行動の遅れの原因と対策
図 2-3 の“脳の外部ループと内部ループ”から考えて、感覚入力の遅れをなくし、認知、思考、決定を速くし、行
動の遅れをなくせば動作は速くできることが分かります。
(1)感覚(意識)は遅れてやってくる/0.5 秒のタイムラグ
体性感覚野に直接信号を加えた時その信号が 0.5 秒以上続かないと感覚が意識にのぼらない(気づかない)
ことが実験で発見されました。
だから感覚は実際の刺激より 0.5 秒遅れて意識にのぼる(気づく)ことになるはずである。
ところが、実際に手に刺激を加えてみると意識にのぼる(気づく)のには 0.1 秒しかかからない。
このことは次のように説明されています。
実際に手に刺激を受けてから意識にのぼる(気づく)のは 0.5 秒後です。
しかし、刺激の直後に起こったように脳が時間を調整します。
時間の錯覚(0.4 秒速める)を作っていると考えられています。
(この項は目からウロコの脳科学
富永裕久参照)
感覚というのはこのように 0.5 秒も遅れます。
熱いものに触ったときなどは無意識に手を引っ込める(条件反射)で体を保護する機能が人間にはあります。
物を見たという意識もこのような時間遅れがあります。
この意識の遅れは 2.2 項の網様体賦活系を通る時に生じると考えられています。
網様体とは神経の複雑な大きな束で出来ています。いわゆる大きなネットワークのようなものです。
網様体賦活系を通る時、大きな興奮が通り、小さな興奮は閾値の下に隠れてしまいます。
このような識別や選択をするために時間がかかるものと考えられます。
体内の末梢神経からの信号が司令部に伝達されるのに時間がかかるのです。
このように情報を収集して、判断するまでに 0.5 秒という時間がかかるようになったのです。
人間の脳は、不確実な未来を生き抜くため、情報を収集して、記憶し、その情報を統合して、判断をして、
行動に移すという機能を発達させてきました。
情報の収集も関心の高いものを優先するように、前頭前連合野は網様体に働きかけます。
関心度の低い情報は網様体賦活系の閾値以下になるように抑制されます。
野球のバッティングの場合、ボールを「良く見よう」とすると「大脳新皮質」の新しい経路の視覚が働きます。
サッカーでも同様に、良く見て蹴ろうとすると新しい経路の視覚が働き、視覚の遅れが出てきます。
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(2)意識的行動の準備期間
ベンジャミン・リベットの研究によると意識的行動を
する場合、脳波を計測すると行動を開始する
前に準備脳波が発生するそうです。
ボールを拾うという行為を考えて見ます。
S でボールを拾うという行動開始です。
W でボールを拾おうとする意志を持ちます。
その前に、RPⅡですでに無自覚(無意識)の準
備脳波が発生します。予定された行動だった
ら 1000ms(1 秒)前に RPⅠの準備脳波が発
生します。ボールを拾う行為をやめられるのは
-200 から-50ms の間です。(この項はマインド・タイム/
脳と意識の時間 ベンジャミン・リベットによる)
ベンジャミン・リベットの考えで、サッカーの場面
図 2.8-1 行動するための準備期間
を説明してみます。
ドリブルシュートの場面です。シューターはどこにシュートしたらよいかキーパーの動きを見ながらドリブルして進んできます。
(同時と思い込んでいるがキーパーの動きから 0.5 秒遅れてキーパーの動きを認識しています)
キーパーはシューターのドリブルの動きを見ています。
(同時と思い込んでいるがシューターの動きから 0.5 秒遅れてシューターの
動きを認識しています)
どちらの動きも 0.5 秒遅れで認識しているので差が生じません。
起こったことを両者が同時に認識しているのと同じことになります。
シューターが秒速 20m でゴールから 12m の位置からシュートしたとします。
ボールはゴールまで 0.6 秒で達します。キーパーはやはり上丘で見て、小脳の予測機能を働かせて、
反応できなければ間に合いません。
そして、反応できれば、キーパーは蹴られた瞬間にボールを見て反応したと思い込めるのです。
というような説明になると思います。
しかし、私は何となく不自然で、納得がいかないように思います。
なぜかと考えてみました。その理由はスポーツがほとんど無意識で行っているからです。
無意識で行う、すなわち小脳で制御しているからです。車の運転と同じで、習熟してくれば、小脳で制御し、
ベンジャミン・リベットの考えのようにはなりません。
小脳で制御していれば、すなわち無意識で体を動かしていればこのような動作遅れは生じません。
運動を「大脳新皮質」で行っていると考えると「意識」の遅れが出てきます。
通常は「大脳新皮質」で考えていて、動作開始は「大脳新皮質」の指令によります。
動作開始後は小脳主体の「無意識」の動作が多くなるものと考えます。
その中で、別の行動をしようとすると「大脳新皮質」が行動の選択を「指示」してくるものと考えます。
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(3)感覚(視覚)の遅れをなくすことができるか?
小脳で見る場合は意識を伴いません。意識を伴わなければ 0.5 秒の視覚の遅れは生じません。
野球のバッティングの場合、ボールを「良く見よう」とすると「大脳新皮質」の新しい経路の視覚が働きます。
視覚の遅れが出てきます。次に「打て」という「大脳新皮質」の指令が出て、バットスウィングが始まります。
行動の準備が必要になり、動作が遅れます。
このような「大脳新皮質」の動作では 150km の速球は打てません。
野球の投手がボールを投げ、ベースに届くまでに約 0.4 秒かかります。バッターのスイングには 0.2 秒必要です。
バッターは見てから 0.2 秒以内にバットを振りはじめる必要があります。
上丘(小脳)で見て(0.2 秒)
、小脳で制御(0.2 秒)すればこのくらいのスピードで打つことが出来るらしい。
通常の視覚で見ていては見ることに 0.4~0.5 秒必要です。
見たと思ったらバットを振る前にボールは通り過ぎてしまいます。
素人が打てる速さは 100km(到達スピードは 0.65 秒)ぐらいなのが普通です。
通常の視覚では見ることに 0.4~0.5 秒必要なのが逆にこのことからもうなずけます。
(この項は進化しすぎた脳 池谷裕二
参照)
(投手マウンドとホームベースの距離は 18m、時速 150km(41.7m/秒)のボールは 0.43 秒でホームベースに届く、投手が投げて投球軌跡を判断するまでに 0.2
秒、スイングに 0.2 秒必要という計算、プロ野球の選手は1日に何百、何千という打ち込みでこれを達成できるよう訓練する
小脳の内部モデルの精度を上げるための練習を行なう。
)
とっさの行為(急ブレーキ)やとっさにボールをよける動作は誰でもやっています。
上丘で見る能力や小脳で見る潜在的視力は特殊な能力ではなく、誰でも持っている能力のようです。
ただ、この能力を意識的に使えるのは「武術の達人」のような人しか、いないだけのようです。
サッカーでもプロの「ストライカー」や「ゴールキーパー」にはこの「武術の達人」の能力を持った人が欲しいものです。
ゴール前のシュートなどは上丘で見る事や小脳で見る潜在的視力が必要だと思われます。
上丘(小脳)で見て、小脳の内部モデルを使って、コースを予測して、シュートすれば素早いシュートが出来るはずです。
私は毎日のように散歩していますが、その時、周囲の状況は見ていますが景色の記憶はほとんど残っていませ
ん。無意識に景色を見ています。この無意識に見ている状態がとっさの出来事に対応できる見方であろうと考
えています。小脳の視力です。意識を伴わないので速い動作ができるものと考えられます。
この状態が「ちらっと」動くものへの対応が素早くできる状態だと思います。
「サブミリナル効果」という現象があります。映画やテレビの映像に、人間の眼では知覚できない短い時間、0.03 秒
程度、メッセージを入れておくと、見た人の潜在意識に刺激を与えて、その後の行動に影響が出るというものです。
でっちあげだという説もありますが、アメリカの映画館で 5 分毎に 1 コマ「ポップコーンを食べろ」
「コーラを飲め」といれた映画を上映したところ、ポップコーンやコーラの売り上げが伸びたそうです。
字が読めるかどうかは確かではありませんが「何かが動いた」
「なにかある」程度の識別は 0.03 秒あれば間違
いなく出来るようです。
岡田武史監督と考えた「スポーツと感性」志岐幸子 のなかに真剣を持って向かい合った、生きるか死ぬかの究極
の状況のとき、意識で「こうきたから こうしよう」と考えていた(0.5 秒かかるのだから)のでは絶対、
間に合わない。
本当の気で感じたら(上丘で見る?)0.2 秒早い。その状態になれれば絶対に勝てると書かれています。
これをサッカーのゴール前のシーンに当てはめるとどうなるだろうか。
ボールの動き、キーパーの動きを上丘で見る(感じる)
、それを「小脳のキックのプロセス」でシュートする。
ここに意識を介在させなければ素早いシュートができるはずです。
小脳での動作は意識を伴いません。
小脳で動作させれば、意識の 0.5 秒の遅れは考えなくて良いことになります。
速読の訓練(4.3.2 項参照)をすると、スポーツに役立つという原理は、小脳の視力、小脳の行動のプロセスを使え
るようにしているためだと私は考えています。
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(4)意識的行動の準備期間はなくせるか
自覚(意識)を伴った行動は、認知までに 500ms、認知から行動までに 500ms とゆっくりした行動しか取れま
せん。
この時間をなくすためには「とっさ」の行動をとればよ
いのです。次のような行動です。
あなたは今、市街地を時速 50km で運転しています。そこへ突然、ボール
を追いかけてきた幼い少年が、あなたの車の前へ飛び出してきました。
あなたはブレーキをあわてて踏み込み、車を急停車させます。
あなたはブレーキを踏む前にこの出来事に自覚があったでしょうか?
それとも、これは無意識の行為であったため、ブレーキを踏んだ後に自覚し
たのでしょうか?
少年が現れてから 150ms 後にブレーキを踏むことができます。
少年が現れたということは無意識の視覚で感知します。
ブレーキを踏み込む行為も無自覚です。
そして少年に気がついたときは 500ms 後のはずなのに少年が現れた瞬
間に気がついていたと思い込めるのです。
(この項はマインド・タイム/脳と意識の時間 ベンジャミン・リベットによる)
図 2.7.2-2 とっさの行動
したがってスポーツをするには無意識、無自覚で「とっさ」に行動する部分が絶対的に必要です。
この無意識で行動することは小脳を働かせて行動することです。
これは進化の軌跡から考えれば人間でも自然に行われる機能のはずです。
ところが失敗したらどうしようとか、パスをしたほうがよいかしら?
キーパーがどっちに動くかしら?などと考えるのでうまくシュートができなくなるのです。
人間の脳は、情報を収集して、記憶し、その情報を統合して、判断をして、行動に移すという機能を発達さ
せてきました。
そのため、判断して、行動開始するまでに 0.5 秒という時間がかかるようになりました。
判断して、即座に行動に移るより、危険がないかなどもう一度、見直すなどの動作をしたほうが生存競争に
有利に作用したものと考えられます。
たとえば、信号が「青」に変わった瞬間に飛び出すより、一瞬でも、遅らせて、
信号を見なおした方が安全に生活できるようなものかと思います。
ところがサッカーのようなスポーツをするためには、素早く、瞬間的に動く、運動能力が必要です。
見て判断するまでの時間をいかに短縮するか、判断してから行動を開始するまでの時間をいかに縮めるかを
考える必要があります。
この例題はとっさの場合の行動は「素早い動作」ができることを示しています。
サッカーのようなスポーツを行う場合に「とっさの場合の行動」をできるだけコントロール下におけるように考察します。
鳥は素晴らしく小脳が発達していますが大脳はほとんどありません。したがって鳥には意識がありません。
鳥は空中で虫を捕えたり、鷲は空中で飛ぶ鳥を捕えることができます。
追いかけて捕えるというより、飛行経路を予測して捕えています。
人間も大脳新皮質の働きを遮断して、小脳だけを働かせることができれば、運動に関しての能力は格段にあが
ります。
ライオンとか虎の運動能力を考えればうなずけることだと思います。
昔から武道では無我の境地とよく言われました。
要するにできるだけ意識的な思考をしないようにするのです。
意識的な思考をしないで済むように訓練をします。
大相撲でも「思考が停止するような状態でも、体が自然に反応するようになれば本物だ」
そこまでできるように「けいこ」で追い込むと言っています。
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