術後感染予防抗菌薬の適正使用 兵庫医科大学病院 感染制御部 高橋 佳子 手術部位感染予防のためのガイドライン ―予防抗菌薬の投与― • 組織を無菌的にするためのものではなく, 手術中の微生物負荷を宿主の防御機能がコ ントロールできるレベルまで低下させる • 手術後の汚染による手術部位感染を防止す るためのものではない Mangram AJ, et al.: Guideline for prevention of surgical site infection. Infect Control Hosp Epidemiol 20:247-278,1999 抗菌薬の選択 • 手術対象臓器に常在する細菌,術中汚染菌を 対象に選択,清潔創では皮膚常在菌が対象 手術創分類 手術例 クラス1 清潔創 (clean) 手術創は一時的に閉鎖し,開放ドレナージを 行わない,無菌操作の破綻がない手術 クラス2 準清潔創 Antimicrobial 呼吸器,消化管,生殖器など常在菌が存在 prophylaxis (AMP) (cleanする臓器など切開を行うが,異常のない手 contaminated) 術 クラス3 汚染創 (contaminated) クラス4 不潔/感染創 手術部位から検出細菌がすでに判明 手術時すでに汚染、または感染が成立して (dirty/infected) いる部位の手術 予防抗菌薬 術中に不慮の汚染は生じるが,感染は成立 していない手術(術前に手術野汚染なし) 無菌操作の破綻があった手術 手術前から感染があり抗菌薬を使用 治療抗菌薬 初回投与のタイミング CDCガイドライン 皮切時に十分な血中・組織濃度になるよう, 手術開始直前の投与を推奨 セファゾリン:皮切前30分以内に投与 バンコマイシン:約1時間の点滴時間が必要 予防抗菌薬の投与タイミングによるSSIの比較 全股関節形成術 1,922例(多変量解析) 皮切 60分以上前 30-60分前 1-30分前 皮切後 感染率 4.3% 2.6% 2.2% 4.8% オッズ比 (95%信頼区間) 1.3 (0.4-4.4) 0.9 (0.4-2.1) 1.0 2.8 (0.9-8.6) van Kasteren MEE ,et al:CID 2007;44:921-927 バンコマイシンの投与タイミングによる SSIの比較 心臓手術 2,048例 皮切 0-15分前 16-60分前 61-120分前 121-180分前 180分以上前 感染率 26.7% 3.4% 7.7% 6.9% 7.8% オッズ比 (95%信頼区間) 11.6 (2.6-52.4) 1.0 2.3 (0.98-5.61) 2.6 (1.1-6.2) 2.1 (0.82-5.62) Garey KW, et al:J Antimicrob Chemother 2006;58:645-650 長時間手術における再投与 術中並びに閉腹後数時間は 適切な抗菌薬濃度を維持 セファゾリンで3~4時間毎に再投与 一般に,長時間手術においては, 使用する抗菌薬の半減期の2倍が再投与の指標 セファゾリン 1.7時間 セフォチアム 0.6時間 セフメタゾール 1時間 フロモキセフ 0.8時間 ピペラシリン 0.7時間 予防投与として使用される抗菌薬の半減期は セファゾリンを除き,1時間以内のものが多い 再々投与の間隔 100 80 60 40 20 MIC80 0 0 3 120 Plasma conc. (mcg/mL) 120 3時間→3時間毎 6 Time (hr) 9 12 Plasma conc. (mcg/mL) Plasma conc. (mcg/mL) 120 3時間→4時間毎 100 80 60 40 20 0 0 3 6 9 Time (hr) 12 15 3時間→6時間毎 100 80 11例の術中セファゾリン 血中濃度推移データ からのモデル解析 60 3h→3時間毎 40 20 0 0 3 6 9 12 Time (hr) 15 18 21 Antibiotic reminder series 再投与設定時間 セファゾリン ピペラシリン アンピシリン/スルバクタム バンコマイシン 240min 240min 240min 720min 麻酔デリバリー装置の 画面に表示 再投与の実施率 20% 57%にUP ST. Jacoques P, et al:Surg Infect 2005;6:215-221 麻酔記録用紙 その他に再投与が必要な場合 1,500mL以上の大量出血 異常肥満患者 投与期間について 日本:術当日を含め,3~4日間の投与を推奨 欧米:24時間以内の投与を推奨 予防抗菌薬の投与期間と感染率 投与期間 感染率 1日 13% 結腸・直腸 ①Törnqvist doxycycline 3日 19% Cefazolin 1回 3% 他の消化器 ②Strachan 5日 6% ③Hall moxalactam 1回 5.4% 2日 6.1% ④Goldmann cephalothin 2日 4% 6日 6% ⑤Geroulanos cefuroxime 2日 1.1% 開心術 +cefazoline 4日 2.5% 手術 報告者 抗菌薬 ①TÖrnqvist A, et al:Br J Surg 1981;68:565-8 ②Strachan CJL,et al:Br Med J 1977;14:1254-6 ③Hall JC,et al:Arch Surg 1989;124:244-7 ④Goldmann DA,et al:J Thorac Cardiovasc Surg 1977;73:470-9 ⑤Geroulanos S, et al:J Cardiovasc Surg 1986;27:300-6 投与期間と耐性菌発現の関係 冠動脈バイパス術(CABG)2,641例 耐性菌分離リスク因子(多変量解析) オッズ比 95%信頼区間 予防抗菌薬の投与延長(>48時間) 年齢(>65歳) CABG/弁 同時手術 CABG後の抗菌薬治療 1.6 1.3 2.7 1.8 1.1-2.6 1.0-1.6 1.4-5.1 1.0-3.3 P 0.027 0.022 0.002 0.054 Harbarth S.et al:Circulation 2000;27:2916-2921 当院の予防抗菌薬使用マニュアル ・ Pharmacokinetics-Pharmacodynamics (PK-PD) 理論に基づいた効果を上げるための投与法 *麻酔導入直後の初回投与 *3時間以上で再投与,その後4時間毎に追加 *手術後の投与間隔は1日3回 ・予防抗菌薬短縮化 *原則投与期間は通常2日間以内,清潔小手術は単回 投与 ・手術別に抗菌薬を指定 ・感染手術または手術前2週間以内に他の抗菌薬 が使用されている場合は,マニュアル使用対象外 予防抗菌薬使用マニュアル 下部消化器外科 • 感染手術、或いは手術前2週間以内に他の抗菌薬が使用されている場合 は、マニュアル使用対象外とする (治療抗菌薬を選択する) • 手術開始直前に、初回投与を行う • 長時間手術は、3時間後に追加投与を行い,さらに長時間となる場合は以 後4時間ごとに投与 • 術後において原則として、1日3回投与を行う セファメジンα、セフメタゾン、フルマリン;1回1g 1日3回 ユナシンS;1回3g投与 使用抗菌薬 術式・検査等 潰瘍性大腸炎、 クローン病、大腸癌 セフメタゾン,フルマリン 鼠径ヘルニア セファメジンα 人工肛門閉鎖術 セフメタゾン,ユナシンS 使用期間 1日+1回(第1病日朝まで) 術直前 1回 1日+1回(第1病日朝まで) 注射薬による予防抗菌薬を使用後、引き続き経口抗菌薬は予防的に使用しない 薬剤アレルギーがある場合には、この限りではない 腎機能低下症例、小児に対する投与は適宜増減する 使用状況の変化 実施件数/全対象件数 (%) マニュアル実施前 マニュアル実施後 麻酔導入直後投与 術中再投与 再投与 (3時間目) 再々投与 (9時間目) P-value 1,546/1,627 (95.0%) 1,627/1,627 (100%) <0.001 56/247 (22.7%) 149/198 (75.3%) <0.001 22/27 (81.5%) <0.001 1/3 (33.3%) ― 589/938* (62.8%) <0.001 2/35 (5.7%) 再再々投与 (15時間目) 2/3 (66.7%) 1日3回投与 70/1,143* *単回投与,2回投与を除く (6.1%) 診療科別投与期間の比較 投与日数(平均値±標準偏差) マニュアル実施前 マニュアル実施後 4.23±2.13 2.33±1.47 1.44±1.40 0.75±1.32 2.28±1.60 0.42±0.31 3.33±1.77 2.01±1.69 2.47±1.04 1.69±1.05 2.70±1.78 1.32±0.93 2.27±0.43 0.47±0.61 6.12±2.34 6.12±2.82 2.74±1.20 1.85±0.73 3.39±2.18 1.95±0.93 2.67±1.25 1.32±0.83 2.76±1.26 1.90±1.28 1.00±1.33 0.36±0.26 2.66±1.79 1.75±1.16 2.12±1.42 2.00±0.93 2.42±1.86 1.56±1.53 脳神経外科 泌尿器科 皮膚科 第一外科 第二外科 整形外科 腎透析科 心臓血管外科 耳鼻咽喉科 歯科口腔外科 産婦人科 呼吸器外科 眼科 救命救急センター 形成外科 全体 P-value <0.001 0.003 <0.001 <0.001 <0.001 <0.001 <0.001 0.994 <0.001 0.004 <0.001 <0.001 <0.001 0.115 0.893 <0.001 投与期間における累積百分率の比較 累積百分率(%) 100 90 81.2% 80 * * p=0.005 p=0.004 * 70 * 60 50 40 30 33.3% 46.9% p=0.046 * * 20 10 2006.2~4月 (マニュアル実施前) 2007.2~4月 (マニュアル実施後) * p<0.001 > 7日 1日 1日 < ,≦ 2日 2日 < ,≦ 3日 3日 < ,≦ 4日 4日 < ,≦ 5日 5日 < ,≦ 6日 6日 < ,≦ 7日 2回 1回 0 抗菌薬使用量・コストの比較 使用量 実施前 総使用量 セファゾリン セフメタゾール セフォチアム フロモキセフ ピペラシリン アンピシリン/スルバクタム 8,128 キット/V 2,400 キット 1,207 キット 455 キット 3,157 キット 49 キット 860 V 実施後 差 6,670 キット/V 3,269 キット 107 キット 598 キット 1,503 キット 54 キット 1,139 V -1,458 +869 -1,100 +143 -1654 +5 +279 2006.2~4月 12,765,445円 2007.2~4月 8,618,277円 総額/3ヶ月 4,147,168円減 年換算16,588,672円減 マニュアル実施前後6カ月間の SSI発症率の変化 マニュアル実施前 マニュアル実施後 P-value 肝胆膵外科 全体 切開部SSI 臓器・体腔SSI 22/170 7/170 15/170 (12.9%) (4.1%) (8.8%) 23/200 (11.5%) 6/200 (3.0%) 17/200 (8.5%) 0.673 0.561 0.912 下部消化器外科 全体 切開部SSI 臓器・体腔SSI 45/248 32/248 13/248 (18.1%) (12.9%) (5.2%) 18/220 (8.2%) 11/220 (5.0%) 7/220 (3.2%) 0.002 0.003 0.271 緑膿菌検出数の推移 検出数 35 p<0.001 実施前 25.7±3.7件 30 実施後 16.3±4.7件 25 外科系 20 15 10 内科系,その他 5 マニュアル実施 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 2007年 2006年 その後の遵守率調査 導入前と導入後を比較した SSIのデータをフィードバック 0 6ヶ月 12ヶ月 マニュアル導入前 マニュアル導入 ~半年後 導入半年~ 1年後 マニュアル導入直後の 遵守率調査実施を前通知 遵守率調査実施を通知せず, 抜き打ちで調査 長時間手術における追加投与 -下部消化器外科・肝胆膵外科- % P=0.112 % 87.8% 29/33 P=0.531 P=0.001 P≦0.001 97.4% 38/39 75% 6/8 85.7% 12/14 46.3% 19/41 0% 0/9 4時間以上8時間未満手術 再投与率 8時間以上手術 再々投与率 術後3回投与実施率と投与日数 -下部消化器外科・肝胆膵外科- 日 % P≦0.001 P=0.002 P=0.404 81.4% 127/156 P=0.36 2.01± 1.61日 1.58± 0.87日 29.9% 53/177 34.5% 57/165 1.42± 0.68日 3回/日投与実施率 投与日数 診療科別SSI発生率 % P=0.008 P=0.46 65/386 P=0.48 P=0.076 14/107 12/120 19/212 10/100 11/232 一木ら;第24回日本環境感染学会,第13回SSI研究会 予防抗菌薬使用のポイント • 一般,消化器手術では多くの手術で第1世代セファ ロスポリン系が第1選択薬となる。下部消化管手術 では嫌気性菌に活性を有する第2世代セファマイシ ンまたはオキサセフェム系を選択。 • 手術直前に投与し,長時間手術では再投与を行う。 • 投与期間は術後48時間以内(第1病日まで)とする。 • 投与量,投与間隔(3回/日)は治療抗菌薬と同様に 行う。 • ハイリスク患者,ハイリスク手術でも,原則特別とし ない。
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