ソーシャルゲームの時間管理戦略についての研究

ソーシャルゲームの時間管理戦略についての研究
岡 嶋
裕 史
要旨 ゲーム業界におけるパッケージゲームからソーシャルゲームへの移行が進行し,ヒット
タイトルの多くをソーシャルゲームが占める状況が出来している。このトレンドは PS4など
のコンシューマ機の設計とエコシステムの構造にまで影響を及ぼしており,今後も同一傾向が
続くことが予想される。一般的に,ソーシャルゲームへの移行は,ユーザがゲームを楽しむ際
の短時間志向や無償志向,基本的なインフラとなった SNS との親和性をひいて説明される
が,本当にソーシャルゲームは短時間かつ無償で楽しめるものなのだろうか。完全に無償であ
れば,ベンダは開発意欲や開発リソースを維持することはできず,短時間プレイに限局される
なら,広告費でそれをまかなうことすら困難になる。背反するベンダとユーザの要求は,何ら
かの要素によって調整や隠蔽がなされているはずである。本稿では課金によって短縮される時
間の性質に着目し,この背理した状況への説明を試みた。
キーワード ソーシャルゲーム,課金,隙間時間,スマートフォン,SNS
はじめに
1.ソーシャルゲームの需要と供給が拡大した背景
2.ソーシャルゲームにおける時間消費の構造
3.
「短時間で楽しめるゲーム」についての反論
おわりに
ても1プレイに限定された刹那的な関わりで,
はじめに
継続的なコミュニケーションを支援するツール
を持たないゲームのことである。
2
0
1
2年及び2
0
1
3年のコンシューマゲーム業界
は,ソーシャルゲームによって席巻された。こ
1.ソーシャルゲームの需要と供給が拡
こでいうソーシャルゲームとは,
「SNS 上で提
大した背景
供されるブラウザゲーム,もしくはオンライン
パッケージゲームからソーシャルゲームへの
ゲーム」のことで,この定義が現時点における
劇的な移行が生じた原因は,任天堂やソニーな
定説となっている。
この定義を採用した場合,直接の対義語は
どハードウェアを提供するベンダや,グリーや
パッケージゲームとなる。SNS のようなオー
モバゲーなどのソーシャルゲームを提供するベ
プンプラットフォームではなく,PC や コ ン
ンダがいくつか言及している。その主張は概ね
シューマゲーム機上のクローズドなプラット
次のようになる。
フォームで動作し,特に他のユーザとコミュニ
ケーションする機能を持たないか,持ったとし
― 131 ―
経 済 経 営 研 究 所 年 報 第3
6集
a) 短時間で楽しめるゲームの需要増大
るため,必ずしもゲームに興味のないユーザも
パッケージゲームは,
「お買い得感」を演出
するために,年々ゲーム終了までの時間が長く
会話のきっかけとして関わってくれるのであ
る。
なる傾向にあった。もちろん,支払った金額に
見合うだけ,ユーザに長く遊んでもらうためで
b) SNS 上での競争を煽る構造
ある。パッケージゲームの価格は長期安定傾向
ソーシャルゲームは SNS と親和しているた
にあるので,長く遊べれば単位時間あたりのプ
め,ユーザ同士の対話,会話が活発である。そ
レイ料金は減少することになる。
の中でゲームのスコアが共有されると,上位者
しかし一方で,こうしたゲームでエンディン
は羨望や尊敬を集め,ヘゲモニーを拡大するこ
グを見るためには,自分の可処分時間を長期に
とができる。SNS はもともと自己愛の表現場
渡ってそのゲームに投資する必要があるともい
と呼称されることもあり,注目を集めるために
える。
個性的な記事や発言が生み出される傾向が強
ゲームユーザを取り巻く状況は,1
0年前に比
べれば一変しており,SNS,携帯音楽,電子書
い。炎上インシデントが多発する背景にも,こ
うした SNS の雰囲気がある。
籍,O2O など,手元にある端末で時間をつぶ
このようなプラットフォーム上で,ソーシャ
すためのツールは増加の一途をたどっている。
ルゲームは「ユーザ全体の順位」
,
「都道府県別
どのツールを好むかは完全に個人の嗜好の問題
の順位」
,
「登録サーバ別の順位」
,
「友だちの順
となるが,1人のユーザが持つ可処分時間はか
位」などを表示する。なかには,プレイしてい
わらない。したがって,多くのツールが一定の
ない状況でも,プッシュ配信でトップユーザの
可処分時間を奪い合う激烈な争奪戦が展開され
得点や友だちの順位を表示する機能をもつゲー
つつあり,ゲームもこの影響を直接的に被って
ムも存在する。
いる。
こうした施策は先述した SNS の特性を背景
2
0
0
0年の前後には,解決までに1
0
0時間を要
にしたとき,ユーザの競争心を煽り,ゲームに
するようなゲーム群がミリオンセラーを多発し
没入し,多くの可処分時間を投入させる誘因と
ていたが,現在ではゲームにそれだけの時間を
なる。特に,稼働ハードウェアがスマートフォ
注ぎ込む利用者は一部のヘビーユーザだけに
ンなどの多用途端末(それが業務上利用できる
なった。他にも,楽しめるコンテンツはたくさ
ものならば,なおよい)である場合,あらゆる
ん存在していて,大多数のユーザはそれらを横
隙間時間をソーシャルゲームに投じさせること
断的に楽しんでいる。
も可能である。
そこで,SNS との連携をベースにしたブラ
電車の中,授業の間など,スマートフォンを
ウザゲーム(ブラウザゲームとは,Web ブラ
手放せないユーザは多い。そのすべてがソー
ウザクライアントをプラットフォームとした
シャルゲームをしているわけではないが,可処
ゲームのことだが,もともと Web ブラウザは
分時間の多くをスマートフォンの操作に投じて
アプリケーションプラットフォームではないの
いることは疑いのない事実である。その中でも
で,この語には簡易なゲームだろうという含意
Twitter,Facebook,LINE をはじめとする SNS
がある)が隙間時間の消費に向いているのだ,
は大半の時間を吸収しており,SNS と親和性
とする言説が生まれるわけである。
の高いソーシャルゲームにその時間が流入して
ソーシャルゲームは SNS と親和しているの
いくのは構造的に蓋然性が高い。
で,ゲームをきっかけに,他のユーザとの会話
結果として,1回1回のプレイ時間は短いも
など,別のコンテンツを楽しむことにもつなが
のの,ソーシャルゲームが施す仕掛けによって
― 132 ―
ソーシャルゲームの時間管理戦略についての研究
プレイ回数は増えざるを得ない方向に作り込ま
ルスペックゲームは相性の悪い商品である。
れている。これはサービス提供側からすれば,
ソーシャルゲームが SNS との疎通性,短時
広告機会や課金機会の増大であり,そのように
間,無償を売りにしてこの分野に参入したのは
ゲーム構造を設計すべきものであることは自明
正しい判断だと評価できる。しかし,2の場合
だ が,ソ ー シ ャ ル ゲ ー ム の 説 明 と し て「手
の「短時間」がそうであったように,この「無
軽」
,
「短時間」がよくひかれるため,イメージ
償」にも注意を払わなければならない。
と実態の乖離に注意が必要である。
ソーシャルゲームで採用されている無料,無
償とは,いわゆるフリーミアムモデルである。
c) 無料で提供される
間口の部分は無償で,簡単に始めることができ
ソーシャルゲームの大きく,かつ重要な特徴
るが,より高度な機能を使う,あるいは多くの
と言えるだろう。何らかのサービスを享受する
時間を投入しなければ成し遂げられないミッ
には一般的に対価が必要である。もちろん,支
ションを短時間で処理したい場合などには,有
払う対価は現金でなくてもよいが,これまでの
償のアイテムなどを購入することで,その代用
間,ゲームの世界においてはほぼ1
0
0%が通貨
とすることができる。
によって売買されてきた。
アリバイ工作的に各アプリケーションに「基
パッケージゲームはその名の通りパッケージ
され,流通し,店頭に陳列され,何らかの決済
本無料」
,
「一部有償」などと書かれているのは
このためである。
手段によって購入されるのである。
他のフリーミアムモデルの商品同様に,ソー
Web の登場と大衆化によって,情報の多く
シャルゲームを提供するベンダにとっては収入
が無料(に見える形)で提供されるようにな
の生命線と言える部分であるため,無償から有
り,ゲームの世界も無料化の影響とは無縁でい
償への移行段階は極めて精緻に作り込まれてい
られなかった。スマートフォンで展開される,
る。
あるいは専用のアプリを必要とせずブラウザ単
まず,決済の手順のシームレス化である。
体で駆動可能なソーシャルゲームは,特に無償
「ケータイ」の時代から言及され続けてきたこ
提供との親和性が高かった。
とではあるが,携帯電話及びスマートフォンは
そのアプリケーションに対してお金を払うの
か,払わないのかはアプリケーションを試して
決済手段を内包している点で,他端末に比べて
大きなアドバンテージを持っている。
みる際のハードルを極端に上下させる。ゲーム
つまり,一般的なオンラインショップのよう
内の多くの(場合よっては全部の)機能を無料
に新たに電子マネーの番号などを登録してもら
で利用することができるソーシャルゲームは,
わなくても,そもそも通話費用の決済のために
ゲームに触れる敷居を十分以上に低くしたと言
口座振替やクレジットカード登録の手続が完了
える。
している。ユーザはこれをそのまま使って,
また,その多くが実行環境とするスマート
ソーシャルゲームに課金することができる。
フォンは,ゲーム専用機ではない。ゲームのヘ
課金手段の登録は,その手間でも,課金時の
ビーユーザはむしろ稀で,ライトユーザを多数
精神的なハードルとなる点でも,アプリケー
抱える未開の地平である。任天堂が携帯型ゲー
ション提供ベンダが最も苦心するシステム要因
ム機で常に指向してきたユーザ分布であり,多
である。それをほぼワンストップ化できる点で
くの潜在ユーザがいる。
多くがスマートフォンで提供されるソーシャル
この市場を開拓するためには,長時間を要
ゲームは優位に立っている。
し,1万円程度の価格が設定されるいわゆるフ
― 133 ―
また,ゲーム構造も,ただユーザの課金を受
経 済 経 営 研 究 所 年 報 第3
6集
動的に待つようにはなっていない。ソーシャル
要な要素である。ゲームを始めた以上,上位に
ゲームの設計は,従来型の遊びに例えるとパチ
立って楽しみたい,自己顕示したいと欲するの
スロ的な構造を持っている。もともとはスマー
は自然な感情であり,ゲームをプレイする理由
トフォンの性能に起因するものだったが,とき
の多くを占める。
に「ポチポチゲーム」と揶揄されるように,た
誰しも,自分が保有するリソースで十分に
だ画面に触れるだけでゲームが進行するものが
ゲームを楽しみ尽くせる,上位に食い込むこと
主流である。
ができると−意識するにせよ,無意識にせよ−
単純作業を繰り返して注意力が散漫になり,
判断するからこそ,ゲームのプレイに踏み切る
判断力が鈍磨したところで,
「イベント終了ま
のであって,惨めな思いをすることが確定的で
で あ と3
0分」
,
「あ と5
0
0位 上 昇 で レ ア ア イ テ
あればわざわざゲームを始めることはない。
ム」
,
「現在,攻撃力アップボーナス付与中」と
ソーシャルゲームのベンダは,ここを踏み切
いった勧誘文がプッシュ配信され,あと少しの
らせるために,
「すべての要素を無料で楽しめ
努力で大きな利得が得られる可能性があること
ます」
,
「課金することで,ゲーム内の作業の一
を頭に刷り込まれる。
部をスキップできます」と情報を提供し,その
しかし,その「あと少しの努力」は通常の手
情報もとに学生であれば豊富な時間を投じて,
段では手中におさめるのが大変(もちろん,そ
社会人であれば豊富な資金を投じてゲームを始
の水準を設定してプッシュ配信がなされる)で
めるのである。だが,その判断根拠である「時
あるため,アイテム購入というドーピングを
間と課金は等価である」は正しいのだろうか。
行って,利得を得ようとするのである。このと
この前提が崩れれば,課金ユーザは無価値な,
き,得られると予想される利得は,アイテム購
少なくとも自分が信じたほどの価値のないアイ
入の課金額に見合わないものであるケースすら
テムに対価を支払っていることになるし,無課
あるが,時間に追い詰められ,b で示したよう
金ユーザは時間を搾取されていることになる。
なヘゲモニー拡大欲も惹起させられた状況下で
2章では,この点を明らかにする。
は,課金に至る者も多い。
具体的には,2つのソーシャルゲームを取り
上げ,本当に短時間かつ無償で楽しめるゲーム
2.ソーシャルゲームにおける時間消費
設計になっているのか,掲示板等で共有される
ような上位プレイヤになるためにはどの要素が
の構造
最も重要なのかを検証する。取り上げるゲーム
ここまでがソーシャルゲームを巡る一般的な
は「ガールフレンド(仮)
」
,
「艦隊これくしょ
認識である。また,a,b,c を混合した形で,
ん」
である。ともに2
0
1
3年を代表するソーシャ
「ヘビーゲームをプレイすることが時間的に叶
ルゲームであり,多数の利用者を抱えながら,
わなくなった社会人ユーザも,隙間時間を使っ
ゲームの設計はまったく異なるアプローチを
て容易に参入することができ,時間がない代わ
とっている。この2つを比較検証することで,
りに豊富な課金資源を背景に上位に食い込み,
現在のソーシャルゲームが持つインタフェース
自己顕示欲を満たすことも可能である」と説明
やエコシステムの構造が明らかになるだろう。
されることもある。
本稿ではまず「ガールフレンド(仮)
」を俎上
本稿では,これらの説明が採用する「課金す
にのせることとする。
ることで,短時間で上位ランカーになれる」の
「ガールフレンド(仮)
」は2
0
1
4年1月時点
真偽を確認したい。
1)
0
0万人を誇り,国内でも最大
で 公称ユーザ数4
この説明はゲームユーザにとっては存外に重
級の利用者を持つソーシャルゲームの一つであ
― 134 ―
ソーシャルゲームの時間管理戦略についての研究
る。多くの利用者を持っていること,いわゆる
できる。ボタンにどんな意味があるかは,イベ
ポチポチゲームであることの二点がこのゲーム
ントによって異なる。たとえば,期間限定でな
を選択した理由で,ソーシャルゲームの代表例
い(恒常と呼ばれる)イベントでは,ボタンに
として差し支えないだろう。
は「登校」という意味づけがなされている。
このゲームは色々な要素を持っているが,基
ユーザは学校の生徒で,ボタンを押すと登校し
本的にはカードゲームである。プレイヤはカー
たことになり,乱数によってその効果が現れ
ドを揃え,所持しているカードの中から選択し
る。効果には,経験値の取得,カードの取得,
たカードを使ってデッキを組む。デッキを使っ
一時的なカードの能力の上昇などが設定されて
て何と対戦するかは,イベントによって異な
いる。
る。同じくガールフレンド(仮)をプレイして
経験値を取得する方法は,この「登校」を行
いるユーザのデッキと対戦することもあるし,
い続けるしかない。ゲーム内のあらゆる操作を
ゲームを運営しているチームが用意する NPC
試行したが,他の手段はついに見つけられな
と対戦することもある。
かった。ひたすらボタンを押し続ける必要があ
各カードにはレア度と能力値が割り当てられ
るのだ。
ていて,能力値の高いカードを選択してデッキ
もちろん,無限に押し続けられるわけではな
を組むことで対戦で発揮されるポイント(ここ
い。ユーザには体力が設定されており,登校す
では発揮値と呼ぶ)が大きくなり,勝率を上げ
る度に体力が減っていく。1の経験値を得るた
ることができる。
めには1の体力を減じることになる。
カードの能力はレア度(入手難易度)が高い
重要なのは,体力の回復手段である。体力は
ほど,大きな値が設定されている。またユーザ
自然回復する。3分間に1の割合で,無償で体
のレベルを上昇させることにより,デッキの中
力は増えていく。1
0
0の経験値を得るためには
に組み込むことができるカードの数が上昇する
1
0
0の体力が必要であるから,準備時間として
ことになっている。
3
0
0分が求められることがわかる。
したがって,細かいテクニックはあるもの
ただ,この3
0
0分には抜け道が用意されてい
の,基 本 的 に こ の ゲ ー ム で 対 戦 に 勝 利 を 収
る。ゲーム内で用意されているアイテムを購入
め,2)ポイントを得るためにはプレイヤのレベ
すると,一瞬で体力が回復するのである。アイ
ルを上げ,レア度の高いカードを入手する必要
テムは1個1
0
0円で,この金額を支払えば体力
がある。
を上限いっぱいまで回復することができる。上
プレイヤのレベルを上げるためには,経験値
限値はプレイヤのレベルに密接に関連している
を得なければならない。このゲームではボタン
ため,低レベルプレイヤで体力上限が1
0
0の者
を押し続けることによって経験値を得ることが
は1の体力を1円で買うことになるし,高レベ
ルプレイヤで体力上限が1
0
0
0の者は1の体力を
1)公称ユーザ数が,実際にプレイしているユー
ザ数と一致することはない。ヘビーユーザは
ゲームを有利に進めるためにメインアカウン
トの他にサブアカウントを持つ。また,アカ
ウントを所持したままゲームを離れるユーザ
も多数にのぼるため,アクティブユーザ数は
1
0
0分の1∼5
0分の1ほどに見込んでおく必要
がある。
2)イベントの順位がこれによって決まる
0.
1円で購入できることになる。
この事実だけを見ると,一般的に言及される
「忙しい社会人でも,課金をすることによっ
て,時間のある学生等と同等にゲームをプレイ
することが可能になる」は正しいと判断したく
なる。
― 135 ―
経 済 経 営 研 究 所 年 報 第3
6集
が一定水準のレベルに達していることは前提条
3.
「短時間で楽しめるゲーム」につい
件になるからである。
たとえば,レベル1
6
0で体力が5
0
0のプレイヤ
ての反論
が1つレベルを上げることを考える。この水準
本稿はこの仮説に反論する。ここで短縮され
る時間はあくまで経験値を入手するための準備
のレベルで1つレベルを上げるには,概ね8
5
0
0
ほどの経験値が必要である。
作業としての体力の入手にかかる時間を短縮す
春9
0のステージで経験値収集をする場合,プ
るだけで,直接的な経験値の入手手段である
レイヤは体力を9消費して,経験値9を入手す
「登校」ボタンの押下は何ら短縮されていない
ることができる。プレイヤが手持ちにしている
ことを指摘する。
体力は5
0
0であるから,一度に入手可能な経験
「登校」ボタンの押下には時間がかかる。ス
マートフォンや携帯音楽端末といった比較的処
値は4
9
5で,5
5回の押下をすることでこの値を
得ることができる。
理能力の低い端末をプラットフォームとし,
一回の押下に2秒かかるとして,5
5回の押下
サーバとの間で多くのパケットがやり取りされ
では1
1
0秒の時間を消費することになる。概ね
るクライアント/サーバ型のアーキテクチャが
8
5
0
0の経験値を得るには9
4
4回の押下が必要な
採用されているため,遅延が不可避なのは自明
ので,消費時間は1
8
8
8秒すなわち3
1分である。
だが,よい環境を用意しても2秒に1回の割合
もちろん,この時間だけでレベルを上げられ
でしか押下できないだろう。ここで費やす時間
るわけではない。失った体力は回復させなけれ
を短縮する手法はある。ただ,3G 回線を LTE
ばならず,そのために必要な時間は体力1に対
回線や Wi−Fi に置き換えることであったり,
して3分である。8
5
0
0の体力を得るには2
5
5
0
0
携帯端末の中央処理装置を高速なものに置き換
分,すなわち1
8日ほどの実時間がかかる。
えるといった合法的な手法では劇的な改善を見
この1
8日という時間を短縮するのが課金アイ
込むことは難しい。PC で携帯電話やスマート
テムである。課金アイテムにはいくつかの種類
フォンをエミュレートできるような環境や,複
があり,アイテムごとに異なる使用目的が設定
数のエミュレータを起動して一般的な携帯端末
されているが,単純に体力を回復させるためで
では不可能な複数画面による同時作業を行うな
あればがんばるんバーというアイテムを使う。
どのやり方が必要である。
このアイテムはプレイヤの体力限界まで体力を
しかし,それはベンダによって禁止されてい
回復させることができる。がんばるんバーは
る行為であり,発覚すればアカウント停止をは
1
0
0円で1本購入することができるので,体力
じめとする大きなペナルティが科される行為で
が1
0
0のプレイヤは1
0
0円で1
0
0の体力を,5
0
0の
ある。倫理的にも,費用対効果を考慮しても採
プレイヤは1
0
0円で5
0
0の体力を買うことにな
用することは合理的ではない。したがって,レ
る。
ベル上げ作業は多くの時間を費やすことが不可
避な困難な作業である。
課金をするにしても,一定水準のレベルに達
していることが必要と先述したのは,この点に
だが,この作業を回避することはできない。
よるところが大きい。体力限界が2
0であれば
どのようなイベント(イベントごとに,主に必
1
0
0円を課金しても得られる体力は2
0にしかな
要とされる能力が分散するよう設計されてい
らず,課金の効率が著しく悪い。また,攻援力
て,体力が大きい者が得をするイベント,攻援
や守援力の場合は,最大数値が低いと課金して
力が大きい者が得をするイベントなどが用意さ
限界まで力を回復しても,敵を倒すに必要な値
れている)をこなしていくにしても,プレイヤ
に達しないため課金の意味がない。
― 136 ―
ソーシャルゲームの時間管理戦略についての研究
したがって,ある程度のレベル上げは作業と
の値は大雑把なものであることは先に指摘して
して必要なのである。ゲームを提供するベンダ
おきたい。1回の押下でどの程度のポイントが
もこの期間が苦しいことは十分以上に理解して
得られるかはプレイヤのステータス,組んだ
いるため,この期間(初心者期間)に限っては
デッキの発揮値によって大きく上下するし,イ
登校しても体力が減らないなどの特典を用意し
ベントにも主に体力を消費してポイントを獲得
ている。がんばるんバーの販売機会を逸してし
するもの,攻援力を消費してポイントを獲得す
まう措置にも思えるが,先述したように低レベ
るものなど,それぞれに特色があるからであ
ルのうちは課金効率が著しく悪いため,そもそ
る。
も課金に対するモチベーションが低いし,ユー
一回の押下がに2秒を要するとして,2万回
ザの離脱可能性が高い低レベル期間に餌をまい
の押下には1
1時間以上を費やすことになる。こ
て繰り返しゲームに触れてもらい,ゲームへの
の計算の中には,たとえば攻撃の時期を見計ら
依存性を高めていくことは営業上必要な措置で
うような待ち時間は含まれていない。先に述べ
もある。
たように,ソーシャルゲームにはユーザの滞留
そして,この必須の処理であるレベル上げに
時間を増大させるための仕掛けが各所に施され
必要な時間は,1レベルに対して経験値獲得作
ている。自分のランキングが表示されたり,あ
業3
1分+体力回復作業2
5
5
0
0分である。課金を
とどの程度ランクを上げればどのような賞品が
行う場合は,このうち体力回復作業2
5
5
0
0分を
得られるかがわかる仕組みなどはその典型であ
体力5
0
0と仮定して5
1本のがんばるんバーで0
るが,時間限定で得られるポイントや攻援力が
にまで縮めることができる。2
5
5
0
0分の時間を
5
0%増,1
0
0%増になる特別報酬タイムなども
5
1
0
0円で購入するわけだ。
設定されている。
それだけの短縮効果があれば,確かに多忙の
上位を狙うユーザは当然こうした特典を最大
社会人が比較的自由に時間を使える学生と同じ
限に利用しようとする。これらの特別報酬を引
土俵でゲームを戦えるようになると考えられる
き出すためには体力を消費して「ポチポチをす
かもしれない。
る」作業を継続し,当たりを引く必要があるの
しかし,経験値獲得作業,レベル上げ作業と
いうのは,あくまでイベントへ参加して上位を
で,このために費やされる時間も考慮しなけれ
ばならない。
争うための準備作業に過ぎない。ランキングを
そう考えると,
「短時間で楽しめる」という
決める戦いは,期限を切られたイベントで行わ
ソーシャルゲームの前提は非常に危ういもので
れるのである。
あることがわかる。1週間ほどのイベントに1
0
このゲームで周囲のユーザの尊敬を集められ
時間以上を費やす必要があるゲームを手軽であ
るラインは必ずしも一定しない。ユーザのレベ
るとは表現しにくいだろう。ここには言葉の綾
ルや性向で上下する主観的なものなので,そも
もあって,1日に1
0時間以上をプレイして過ご
そも一定させることは不可能であるが,得られ
すヘビーユーザから見れば,この数値は確かに
るアイテムが急によくなるラインである5
0
0
0位
ライトであるのだが,ちょっと仕事の隙間に手
ほどがその閾値であると仮定して,2
0
1
3年5月
軽に手を出せるものではない。
∼8月にかけて行われた5つのイベント(1つ
また,
「隙間時間で楽しむ」のもほぼ不可能
のイベントの開催期間は概ね1週間)をプレイ
だろう。1
1時間を押下に費やすようなプレイス
した。
タイルをとる場合,ポイントを獲得する対価と
その結果,5
0
0
0位ほどの結果を得るために
して支払う体力や攻援力の低下は自然回復では
は,概ね2万回ほどの押下が必要であった。こ
補うことができない。体力や攻援力を回復する
― 137 ―
経 済 経 営 研 究 所 年 報 第3
6集
アイテムを課金により購入して賄うことにな
れが健全な値かどうかはわからないが,逸脱し
る。つまり,時間のあるユーザに対して,時間
たプレイ時間とは言えないだろう。無論,この
のないユーザが課金でその分の不利を補填でき
プレイスタイルでは,イベントで上位ランクを
るのは事実であるが,そもそも時間だけがあっ
獲得することはできないが,ゲームに費やす可
て課金をしていないユーザはゲームを楽しむよ
処分時間としてコントロールが効いている状態
うな上位にはなかなか食い込めないことが確定
だといえる。
しているのである。
一方,課金をするユーザは空き時間である2
5
もちろん,それでは無課金ユーザの興味や参
時間が設定されることはない。課金して購入し
加意欲を削いでしまうし,ゲームとしての面白
たアイテムはまさしくこの2
5時間を0にするた
さも損なってしまう可能性があるため,運の要
めに使われるのである。したがって,何らの待
素が持たせられている。そのため,無課金ユー
機時間を経ることなく,ポチポチの作業を継続
ザが排除されているわけではないが,上位ラン
することができる。そして,課金した以上は上
クの多くを占めるのが課金したユーザであるこ
位に食い込み,ヘゲモニーの増大や稀少アイテ
とは疑いがない。つまり,ゲーム内で活躍する
ムの獲得を実現したいという焦燥感が励起され
ためには課金に加えて多くの時間を投資するこ
ることになる。
とが必須になっていて,
「課金すれば,作業時
ここでわかるのは,課金によって短縮される
間を短縮することができる」との説明は虚偽で
のはゲームのプレイ時間ではない点である。
はないにしても,もう一つの重要な要素である
ゲームにはポイント獲得に必要な時間とリソー
「膨大な時間も投資しなければ,ゲームを遊び
スの回復に必要な時間があり,課金アイテムは
尽くすことはできない」に言及していない中途
主にリソースの回復に使われるのである。
半端な表現である。
すると,無課金ユーザはリソース回復のため
このとき,短時間でゲームとつきあうことが
に,強制的に一定時間ゲームから排除される構
できるのは,むしろ無課金ユーザである。無課
造になっているところを,課金したことによっ
金でゲームを進める場合,登校や攻撃などの経
て長時間継続してプレイが可能になるのだ。こ
験値獲得,ポイント獲得に必要なアクションを
れは,むしろ待ち時間(ゲームを離れて,別の
すると,ゲーム内のプレイヤのリソースである
ことに費やす時間)がなくなることを意味して
体力や攻援力がなくなってしまう。
いる。
これを回復させるには時間の経過を待つしか
であるならば,ソーシャルゲームをして,
ない。課金してアイテムを購入すれば,すぐに
「短時間で遊べるゲーム」と解釈することはも
回復をさせることができるが,資金を投入しな
はや不可能である。表面に触れるだけなら短時
3)
い限りはこれを回復する手段は 基本的にはな
間で済むかもしれない。しかし,それでは済ま
いのだ。すると,必然的に一回のプレイ時間は
さないような仕掛けが各所に施されており,
手持ちのリソースを使い果たすまでとなる。体
ゲームの魅力に魅了されれば際限なく時間を費
力5
0
0のプレイヤが1回の登校で体力9を消費
やす必要が出てくる。
するクエストに取り組んでいる場合,一回のプ
また,
「課金によって時間を短縮でき る た
レイ時間は2分ほどで,次のプレイまでに体力
め,時間のない人でも,ある人と同じ土俵で楽
が自然回復する2
5時間を待たねばならない。そ
しめる」も誤りである。課金した上で,更に長
時間の時間資源を投入させる設計になっている
3)課金アイテムがルーレットや獲得ポイントで
得られることがある。
のがソーシャルゲームである。
― 138 ―
ソーシャルゲームの時間管理戦略についての研究
ます」
,
「課金しなければ真のカタルシスを得る
おわりに
ことは難しいです」などとは口が裂けても言え
ない。むしろ,商品への導線のいたる所に,
「短
筆者は「長時間かかるゲーム」を指弾したい
時間で」
,
「無料で」遊べるとの惹句が配置され
わけではない。一般的にゲームは対価を支払っ
る。利用者を新規獲得するためには,そう謳わ
て遊ぶものであり,長時間遊べる,楽しめるこ
ねばならないからだ。
とは費用対効果を向上させる要素であるから
しかし,独立行政法人の国立病院機構にネッ
だ。過去に登場した多くのゲームの系譜も,
ト依存治療部門(TIAR)が新設されるような
ユーザをより楽しませるためにプレイ時間の長
状況下では,それをいわゆる「白い嘘」
であると
大化をたどってきた。
して,見過ごすことはできなくなりつつある。
しかし,それは「長く楽しめる」というアナ
そのゲームは無償でどの程度のゲーム要素を楽
ウンスのもとに,ユーザが納得し選択した上で
しむことができるのか,想定される投下時間は
提供されるべきものであって,短時間ですむ,
どのくらいの長さになるのかについて表示の義
無償で楽しめるといった仮面のもとに提供され
務や標準化に着手しなければならないだろう。
るのは,ユーザに不利益をもたらす可能性が高
参考文献
い。
意図せざるうちに長時間拘束されてしまう
[1]
Ameba 利用規約
ゲーム構造が採用されているのが問題なのであ
る。ゲームを運用するベンダとしては,
「この
http://helps.ameba.jp/rules/post_104.html
[2]
Ameba ゲーム内禁止行為(RMT:リアル
ゲームは長時間を費やして,CGM などもして
マネートレード)について
いただき,広告にも触れていただく必要があり
http://helps.ameba.jp/rules/rmt.html
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