一重項酸素による環境浄化 呉地域オープンカレッジネットワーク会議 地域活性化研究 報告書 広島大学 大学院生物圏科学研究科・生物生産部 目瀬友一朗・年德優一・藤村彩子・小野 歩 鈴木喜隆・郷 秋雄・中口和光 事業実績及び効果 呉地域およびその周辺地域および海域は,瀬戸内地方特有の温暖な気候に恵 まれ,豊富な漁業資源ならびに農業,工業の盛んな地方として知られています が,その一方で,降雨量が少なく,大きな河川に乏しく,灌漑用の溜池が多く 流れが緩やかなこと,沿岸海域の富栄養化が進み易いこと(これには,海が浅 く,海水量がさほど多くないことが原因しています)などによる陸水のアオコ, 海水の赤潮による被害が起きやすいことでも知られています。 先年初夏の福山における養殖ヒラメやタイへの赤潮被害は甚大であり,この まま,赤潮被害が続発したらどうなることかと,大きな危機感が造成されまし た。幸いなことに,と言っては語弊がありますが,昨年は,まさに歴史的な数 の台風が続けざまに本地域に来襲し,そのため,海水が撹拌されて赤潮の増殖 は激減し,養殖場ならびにその他の海域における赤潮被害はほぼ鎮静し,例年 になく猛烈な勢いで,河川水に増殖しかかっていたアオコも退勢に向かい,農 業用水や飲料水,さらには,工業用水への被害も最少限に食い止められる幸運 な結果となりました。 このことは,幸運に基づいて危機を免れたというだけのことであり,将来に おいて,例年起きているような赤潮による漁業被害(カキ,アコヤガイ,タイ, ヒラメ,車エビなど,本地域の特産品への被害) ,アオコによる飲み水,農業用 水,工業用水への被害を,食い止めるべき方策を策定することが緊急の必要事 であることには,全く変わりはありません。 私ども広島大学生物圏科学研究科グループは,これまでに,ウイルス病によ って壊滅的な被害を被ってきたエビ養殖を建て直すべく,一重項酸素を用いて のエビ白斑病ウイルス(PRDVまたはWSSV)の除去方法を開発し,この10数年,世 界中の養殖エビ業を席巻しつつあった疫病の撃退方法を開発,実用化してきま した。 本研究費を頂くことによって,この方法を応用し, 「一重項酸素による環境浄 化」研究を行い,赤潮,アオコ,大腸菌に代表される,環境を汚染している微 生物の除去という課題を実験的に達成することができました。 ここに厚く感謝申上げます。得られた研究成果は,現段階としては非常に小規 模な,実験室段階のものではありますが,呉地域の「養殖場や漁場の環境浄化」, 「工業用水,飲料水の浄化」への実用化に向けて,さほど遠くない段階にある ものと確信しており,さらに,水道もしくは工業用水の汚染防止・除去に対し ては,準実用段階にあるものと考えております。今後の研究に期待して頂きた いと存じます。 i 本研究の成果の一部は,Preliminary な形で,昨年横浜で開催された第13回 生物発光・化学発光国際会議 (ISBC-2004) に発表し,さらに,本年4月にNew Zealandで開催される第12回近赤外国際会議2005 (NIR-2005) に発表する予定で す。これらはひとえに,貴会議のご支援の賜物と,深く感謝申上げております。 今後とも,より一層のご支援をお願い申上げます ii 第 1 章. 序 論 酸素は生きものにとって必要不可欠であると同時に有毒である。通常の酸素ガス(分子 状酸素,別名,三重項酸素)そのものは無毒であるが,それを体内に取り込み,栄養素の 酸化分解に用いると,毒に変わってしまう。 生物は分子状の酸素ガスを,空気から体内に取り込んで栄養物を炭酸ガスと水にまで酸 化し,その時発生する化学エネルギーを,アデノシン三リン酸(ATP)の結合エネルギー として保存し,必要な時に ATP を分解することにより,生きるためのエネルギーを獲得し ている。一方,これを酸化する側の酸素側からみると,酸素は電子を一個ずつ受け取って (還元されて),図 1 に示すように,順に O2−(スーパーオキシド),O22−(過酸化水素 H2O2 の脱プロトン型),O・−(ヒドロキシラジカル注1) HO・の脱プロトン型)を経て無 害な水(H2O)になる。また,酸素に光を当てると,電子的に励起された(エネルギー的に 高い状態である)不安定な1O2(一重項酸素)が生じる。これら還元型の酸素種および一 重項酸素をまとめて活性酸素と呼ぶ。過酸化脂質(ROOH)や,その脱水素した過酸化ラ ジカル(ROO・),次亜ハロゲン酸(HOX:X=塩素, 臭素, ヨウ素)などをも活性酸素に 含める場合もある(図 1 参照)。 なぜ赤潮が起こるのか,発生の鍵となる環境要因は何か,どのような生物が赤潮を起こ すのか,いかなる機構で漁業被害が起こるのか等,答の見えてきたもの,未知の部分を多 く残すものなど,研究の進捗状況は様々である。赤潮を起こさない工夫や,発生した赤潮 をできるだけ小規模に抑え短期間で消滅させる工夫は,水産業,とくに各種養殖業の安定 操業を図る上で,きわめて重要であると考えられる。漁業および水産業の現場からは,赤 潮に対する具体的な対策がより一層,強く求められている。 アオコが発生すると湖の美観が損なわれ,また特有の臭気を放つことが知られている。 アオコが発生した水を飲用水として利用する場合,浄水場での水処理がうまくいかなかっ たり,水道水に不快な臭いや味がついたりする。さらに,アオコの原因となるプランクト ンの中には毒性を持つものもいることが知られている。 1 1 植物 2 一重項酸素 Sin g le t Ox y g e n 活 性 酸 素 Act i v e Ox y g e n スーパーオキサイ ド Su p e r o x id e 33 植物 O O e- 2 分子状酸素 M o l . Ox y g e n 動物 O -• e- O 2 H+ e- 22 H+ HO • 2 O -• e- H+ HO 金 重 属 HO 2 イ 2 22 HO • 2 H+ HO 水 Wa t e r オ ン ヒ ド ロ キシ ラ ジ カ ル Hy d r o x y Ra d i ca l 過酸化水素 Hy d r o g e n Pe r o x i d e こ の外に ROOH, ROO・ , RO・ , HOX( X=Cl, Br, I) Bl, I) NOな ど 図 1−1.活性酸素種 注 1) ヒドロキシラジカル:OH ラジカル,ヒドロキシルラジカルとも呼ぶ。 これらの活性酸素は非常に反応性が強く,生体を無差別に攻撃して,酸化・破壊してし まう。核酸を攻撃すれば,発ガンや突然変異の原因となり,脂質を過酸化し,その他の生 体物質を酸化し,組織の破壊,種々の炎症,疾病の原因,ひいては死の原因となる。 生体やその延長としての食品中で,最も重要な活性酸素である一重項酸素は,通常の物 質の基底状態(一重項)と非常に素早く,無差別的に反応して過酸化物を作り(酸化する), 生体や食品を破壊,劣化させる。この際の反応は求電子的(電子が多いところを攻撃)に 起こり,どんなものとも反応し酸化してしまう。 一重項酸素の発生機構は,次のように考えられている。色素(増感色素)に光が当たる と,励起一重項状態の色素 1(色素)*を経て,励起三重項状態の 3(色素)*が生成する(式 1)。 これが分子状酸素(3O2)とエネルギーを交換して,基底状態の色素と励起された一重項酸 素(1O2)が生じる(式 2;増感酸素酸化)。この一重項酸素が周辺の組織を酸化し,破壊す るというものである1)。 1(色素)0 3(色素)* 光 → 1(色素)* + 3O2 → → 3(色素)* 1(色素)0 2 + 1O2 (1) (2) 一重項酸素を用いた殺菌法には,次のような利点がある。 1)可視光を使うので,紫外線を用いる酸化チタン TiO2 光触媒法と異なり,光照射による 生体への被害がないこと 2)太陽光をエネルギー源として活用でき,経済的であること 3)色素を放置しておいても,自然に分解消滅すること,つまり回収の必要性がないこと 4)生じた一重項酸素は,水中での寿命(半減期)が 10−6秒(空気中では 10−3秒)と非常 に短く,分解生成物が分子状酸素のみであるという特徴をもっている。 本研究では,一重項酸素の利点注2)を活かしながら,以下の課題について検討した。 1)赤潮の除去を検討した。赤潮は,毎年のように養殖を含む漁業に被害を与えているが, とくに昨年夏に広島県を中心とした瀬戸内海で大量発生し,海産物などに多大な損害を与 え問題となった(図 2‐1)。 2)琵琶湖などで大量発生し,水源池の水質を悪化させるアオコ(藍藻の仲間;植物プラン クトン)の除去を検討した。 注 2) 現在,食品やプールの水の消毒,ビニールハウスの消毒などに使われている塩素ガ ス,次亜塩素酸(塩),過酸化水素,オゾンなどは,いずれも寿命が長く,作業者 や消費者への残留毒性が問題となっていることを考えると,寿命の短いことは一つ のメリットとなる。さらに,使用に当って,特別の免許が不要であることも利点の 一つである。 3 第 2 章. 養殖の大敵「赤潮」の除去 2-1 試 2-1-1 実験に用いた藻類と培養条件 料 本実験において使用した赤潮藻類 Chattonella ovata 及び C. marina,C. antiqua は,福 山大学海洋生物工学科 満谷淳先生より頂いたものを,改変 SWM-Ⅲ培地を用いて,20℃, 明暗周期 12h-12hの培養条件にて継代培養し,単離したものを使用した。 2-1-2 藻類の説明 (1) シャトネラ アンティーカ(Chattonella antiqua) (図 2−2) ラフィド藻類の一種で,光合成能力を有する独立栄養型の単細胞植物プランクトンの一 種である。体は黄褐色,単細胞,後端が尖る紡錘形で,わずかに扁平である。大きさは長 さ 50∼130 µm,幅30∼50 µmである。咽喉部に亜等長な2本の鞭毛を持つ。細胞表層に柔 らかい粘液層(グリコカリックス)を有するのみで強固な細胞壁を持たないため,外部か らの物理的衝撃及び水温,塩濃度の変化等に弱い。春から秋に内海で本種を優占種とする 大規模な赤潮が発生する。生育は愛知県三河湾から山口県沖周防灘に至る西日本で知られ る 3)。 (2)シャトネラ オバータ(Chattonella ovata) (図 2−3) 緑色鞭毛藻(ラフィド藻)綱の一種で,体は黄褐色,単細胞,長卵型,扁平で,前端に凹 部を持ち,後端は鈍円である。細胞は長さ 50∼70 µm,幅30∼45 µm。細胞前端の凹部に2 本の鞭毛をもつ。葉緑体は多数あり,極端に細長い長楕円形で,直径が6∼8 µm,外部原形 質から内部原形質にわたって分布し,放射状に配列する。ピレノイドは葉緑体の内側の極 に存在する。瀬戸内海播磨灘および鹿児島湾で生育が知られる。本藻を優占種とする赤潮 の記録はない,4)とされてきたが,2004年の7月に,福山市や沼隈町の沿岸海域に大量発生 した。対岸の香川県と共に,本藻による赤潮被害は初めてである。 (3) シャトネラ マリナ(Chattonella marina) (図 2‐4) 体は黄褐色,単細胞,やや扁平な倒卵形または長倒卵形,後端はわずかに尖る。大きさ は長さ 30∼50 µm,幅 20∼30 µm,頭部に 2 本の鞭毛をもつ。葉緑体は楕円または長楕円 形で,外部原形質中に放射状に配列する。ピレノイドは葉緑体の内側の極に存在する。C. antiqua と同様に細胞表層に柔らかい粘液層(グリコカリックス)を有するのみで強固な細 胞壁を持たないため,外部からの物理的衝撃及び水温,塩濃度の変化等に弱い。瀬戸内海 を中心に,愛知県三河湾から鹿児島県鹿児島湾にいたる西日本で知られる。春から秋に内 海で大規模な赤潮を引き起こす 3)。 4 図 2‐1.赤潮で全滅 養殖カキ (瀬戸内海区水産研究所のホームページより抜粋) 図2‐2. シャトネラ ・アンティーカ 図2‐3. シャトネラ ・オバータ 図3‐4. シャトネラ ・マリナ 5 2-2 試 薬 ・ローズ・ベンガル(RB と略称):(C20H2Cl4I4Na2O5=1017.64);和光特級 ・マラカイト・グリーン(MG と略称)(しゅう酸塩):(C52H54Na4O12=927.00);東京化 成(95%) ・メチレン・ブルー三水和物(MB と略称):(C16H18N3SCl・3H2O=373.90);和光特級 ・酸化チタン:ST-01(光触媒用酸化チタン);石原産業 ・フタロシアニン溶液:(C32H18N8=514.55);オプテックから供与 ・フタロシアニン粉末:オプテックから供与 2-3 実験機器・器具 照度計(Mother Tool,Lux Meter LM-102),手製光検出器(シリコンフォトダイオード, BNC-43 TDC),増幅器(浜松ホトニクス,HAMAMATSU PHOTOSENSOR AMP. c2719), テスター(三和電気,CD-720C),デジタルカメラ(オリンパス,CAMEDIA C-5060),光 学顕微鏡(オリンパス,CH-2),試験管(PYREX,φ16 mm,長さ 13 cm),一つ穴スラ イドグラス(Toshinriko,26 mm x 76 mm 厚さ 1.3 mm),シャーレ (Falcon イージーグ リップ,細胞倍用 35×10 mm),スライドプロジェクター (Cabin,Automatic slide projector CS-30AF) 2-4 試薬の調製 蒸留水:ミリポア社製の Milli-Q 水(>17 MΩ)により,蒸留水をろ過したものを用いた (Q-pac フィルターにより有機物・無機物を除去)。 人口海水:マリンソルト(テトラ社製;30 g)を,蒸留水 1 L に溶かし,完全に溶けるまで 撹拌し,使用した。 【RB 海水溶液】1.0 mM RB 溶液:RB 101.7 mg を人口海水で溶かし,100 ml にした。 【MB 海水溶液】1.0 mM MB 溶液:MB 37.3 mg を人口海水で溶かし,100 ml にした。 【MG 海水溶液】1.0 mM MG 溶液:MG 92.7 mg を水で溶かし,100 ml にした。 【RB 固定化色素】J.R.Williams らの方法 5)により,イオン交換樹脂に RB を担持したも のを用いた(山木武志作成)。 2‐5 微生物の処理 色素溶液または固定化色素あるいは増感剤を用いて,以下のように微生物の処理を行っ た。 6 2-5-1 色素溶液による赤潮の処理 赤潮の処理 前述した RB,MB,MG の各色素溶液を,最終濃度が 1,10,100 µM に希釈し,光照射 あり,なし,の各二通りの実験を行った。フタロシアニン(濃度1%)は原液を使用した。 光照射あり:赤潮サンプルの入った培養液 90 µl を,一つ穴スライドグラスに載せて観察し た。この時点から,実験の終わりまで,時間を計測し,ビデオに録画した。サンプルの状 態を調べ,顕微鏡で観察しながら,色素溶液を,90 µl 加えた(合計 180 µl)。顕微鏡の絞 りを全開にして,色素溶液中の赤潮に照射した(照度:0.8 V)注 3。細胞が破壊された時点 で,細胞死と判定した。 光照射なし:色素溶液を加えるところまでは,上記と同様の手順を行った。色素溶液を加 え,サンプル液と十分に混合させ,直ちに光が当たらないようにした。30 分ごとに,赤潮 の様子を観察し,2 時間経過までの死亡率を測定した。30 分の時点で,死亡率が 100%に なる場合は,更に 1 分,5 分経過後の状態を観察した。 2-5-2 固定化色または素増感剤による赤潮の処理 固定化 RB,粉末フタロシアニン(オプテック製;1%),酸化チタンを使用した。サン プル溶液 180 µl に対して,0.5,1,2,4 mg で実験した。光照射あり,なし,の各二通り の実験を行った。 光照射あり:赤潮サンプルの入った培養液 180 µM を,一つ穴スライドグラスに載せて観 察した。この時点から,実験の終わりまで時間を計測し,ビデオに録画した。サンプルの 状態を顕微鏡で観察しながら,色素を加えた。赤潮と色素が視野により多く収まる位置で, 顕微鏡の絞りを全開にして,光を照射した(照度:0.8 V)注 3)。細胞が破壊された時点で, 細胞死と判定した。 光照射なし:色素を加えるまでの手順は,上記の光照射と同様に行った。赤潮と色素に光 が当たらないようにして,30 分おきに,合計 120 分間観察した。細胞が破壊された時点で, 細胞死と判定した。(注:顕微鏡観察時には光を照射)。 注 3) 照度計(Mother Tool 製 Lux Meter LM-102)と検出器(シリコン フォトダイオー ド,BNC-43 TDC)を併用して,照度を測定した。 7 図 2‐5.実験方法の概略 録画 接続 色素溶液または固定化色素 あるいは増感剤 4000 lux 赤潮 : Chattonella antiqua 8 3.結果および考察 3-1 赤潮の色素-光による処理 有機色素および増感剤で赤潮を殺滅できた。全滅するまでの時間と色素量との関係を 以下(図 2‐6;図 2‐7)に示す。 色素溶液:光毒性の比較 全滅ま での時間/秒 3500 3000 MB溶液 2500 2000 MG溶液 1500 1000 R B溶液 500 0 1 10 濃度/μ M 100 図 2‐6.RB,MB,MG 溶液 光照射処理による死滅までの時間 色素溶液:光毒性の比較 全滅ま での時間/秒 3500 酸化チタン(全滅していない) 3000 2500 2000 固定化R B 1500 1000 500 0 0 1 2 3 4 濃度( mg/1 8 0 μ M) 図 2‐7.固定化 RB,酸化チタン/光照射処理による死滅までの時間 これらの結果より,色素溶液および固定化 RB に光を照射することで,短時間で赤潮を殺 滅できることが分かった。図 2‐6 からは,RB が MG,MB と比較して低濃度(1 µM)で も非常に効果的であることが分かった。MG は 10 µM 以上では RB に匹敵するが,1 µM で 9 は効果が低くなっている。これは 1O2 の効果(光毒性)ではなく,暗黒下での化学毒性によ る殺傷だと考えている。MB も同様に化学毒性が赤潮に有効であることが分かった。フタロ シアニンは,データは記載していないが,1920 秒(32 分)で赤潮を破壊することができた。 図 2‐7 からは,固定化 RB も溶液同様,1O2 により赤潮を殺滅できることが分かった。固 定化 RB は量による効果の違いはなかった。酸化チタンでは,時間を要したが赤潮を殺すこ とはできたが,時間の経過により粉末状の酸化チタンに赤潮が吸い込まれてしまい,計測 できなくなった。実験に使用した酸化チタンは,紫外線領域に光吸収帯を持ち,可視光領 域の光を吸収できない。よって顕微鏡の光に,紫外領域が含まれ,OH ラジカルが生成し赤 潮を攻撃しているかもしれない。他の要因として,酸化チタンが,サンプル溶液を吸収し ている様子が観察されているので,酸化チタンが溶液を吸収することあるいは化学毒性を 持つことが考えられるが,光照射なし(後に記す)の実験で,2 時間後も赤潮が死ななかっ たことから,それらは否定され,光毒性によることが明らかになった。 赤潮/RB 光照射なし 死亡率/% 100 100 μM 10 μM 50 1 μM 0 0 30 60 90 120 時間/分 図 2‐8.RB 溶液による化学毒性(観察の際には光が当っている) 赤潮/MB 光照射なし 死亡率/% 100 50 100 μM 10 μM 1 μM 0 0 30 60 90 120 時間/分 図 2‐9.MB による化学毒性(観察の際には光が当っている) 10 フタロシアニン,固定化 RB,酸化チタンは,暗黒中では 2 時間経過しても赤潮が破壊され なかったことから,化学毒性は殆んどないと考えられる。 図 2‐8;図 2‐9 から,RB は MB と比較して,より高濃度(10,100 µM)における化 学毒性が高いことが判明した。RB,MB 共に 1 µM で,化学毒性による影響がないのに対 して,光照射処理をした実験では全滅までにかかる時間が,RB は 1/5 になった。これは, 観察時の光による 1O2 の影響とも考えられる。 図 2‐10 から MG の化学毒性が,赤潮に対して有効であり,光毒性(図 5)よりも化学 毒性の方が,赤潮に効果があることが分かった。フタロシアニンでは,光を遮断すると, 赤潮は破壊されず,RB 同様,1O2 により,赤潮を殺滅できることが明らかになった。酸化 チタンでは光を遮断することで,赤潮が生存していることから,光による作用で,赤潮が 死滅していることが分かった。これは,前述した顕微鏡の光に起因するものであるか,光 の持つエネルギーが他の効果を引き起こしているのかもしれない。 固定化 RB には,化学毒性がほとんどないことが明らかになった。 光照射あり,なしの実験で固定化 RB の退色は無かった。 赤潮/MG 光照射なし 死亡率/% 100 100 μM 50 1 μM 10 μM 0 0 30 60 90 120 時間/分 図 2‐10.MG 溶液による処理(光照射なし) 11 第 3 章. 水道水を汚す「アオコ」の除去 [Ⅰ]ローズベンガル溶液による試験管中でのアオコ(Microcystis aeruginosa)の除去 3-1 実験方法 3-1-1 サンプル,試薬,実験器具と実験装置および使用施設 サンプル,試薬および測定機器 【サンプル水の採集および保存方法】2004 年 11 月,広島県賀茂郡河内町白竜湖および呉 市の工業用水の水源池である東広島市三永水源池より採水した(図 3‐2;図 3‐3 参照)。 20∼25℃(常温),2000 lx,明暗周期を 12 時間明期,12 時間暗期の条件下で培養したア オコ Microcystis aeruginosa を含んだ水を使用して実験を行った(図 3‐6 参照)。 図 3−1 はアオコの有名な発生湖として,琵琶湖の状況を記載した。 【器具等】試験管(PYREX,φ16 mm,長さ 13 cm),15 W 蛍光灯(家庭用白色光;アサ ヒパーツ(株)),照度計(Mother Tool, Lux Meter LM-102),デジタルカメラ(FUJI FILM, FinePix F410),顕微鏡(OLYMPUS, CH-2). 3-2 測定方法 【サンプル液の調製】 採水して数日間培養したアオコを含む水をよく懸濁させて(図 3‐7 参照),8 本の試験管 にそれぞれ 14.25 ml ずつ分注した。 前記のように作成したそれぞれの濃度の RB 溶液を 2 本ずつの試験管に 0.75 ml ずつ入れ, 20 倍希釈し,RB の最終濃度をそれぞれ 0 µM,5 µM,20 µM,50 µM とした。 蛍光灯で光を照射したものは,2000 lx(約 20 cm),20∼25℃,明暗周期を 12 時間明期, 12 時間暗期とした。 光を遮断したものは,パラフィルムで蓋をして,試験管全体をアルミホイルで包み,室 温 20∼25℃の暗室内に静置した。 区分表を以下に示す。 表 3‐1. 区分表 No. RB 溶液濃度 ( µM) 光 ※ 1 2 3 4 5 6 7 8 0 5 20 50 0 10 20 50 ○ ○ ○ ○ × × × × (1)M= mol/l (2)光照射は 2000 lx,明暗周期は 12 時間明期,12 時間暗期とした 12 3-3 被験藻類 学名:Microcystis aeruginosa(アオコの一種) 分類:藍藻網 クロオコックス科(図 3−4;3−5 参照) 3-4 測定および観察 測定・観察はデジタルカメラで行った。撮影はそれぞれ 1,2,3,5,7,9,11 日目に行 い,アオコが沈降したり溶解した場合を「死滅」・「除去」できたと判断した。 図 3‐1.滋賀県守山市赤野井湾(琵琶湖岸)のアオコの状況(1994 年 9 月) 図 3−2.白竜湖のアオコ(2004 年 11 月) 13 拡大 縮尺:1/75000 縮尺:1/21000 採水地点 図 3‐3.採水地点:広島県東広島市西条町,三永水源池 図 3‐4. アオコの標本の顕微鏡写真図 図 3‐5. 採集したアオコの顕微鏡写真(×400) 分類 藍藻(らんそう)綱 クロオコックス科 和名 ミクロキスティス 学名 Microcystis aeruginosa エルギノーザ 14 図 3‐6. アオコ水(培養中) 図 3‐7. アオコ水(撹拌懸濁後) 15 3-5 結果および考察 以下の写真は,デジタルカメラによる影像 1 2 3 5 µM 20 µM 4 光あり RB 溶液濃度: 0 µM 5 6 7 50 µM アオコの層 8 光なし ※ 光ありは(光源:白色蛍光灯),2000 lx,明暗周期は 12 時間明期,12 時間暗期とした。 光なしは,暗室に静置いた。温度は 20∼25℃ 図 3‐8.RB 溶液によるアオコの除去(光照射開始前,1日目) 16 1 2 3 4 5 µM 20 µM 光あり RB 溶液濃度: 0 µM 5 6 50 µM 7 アオコの層 8 光なし 図 3‐9.RB 溶液によるアオコの除去(11日目) 1)光照射をし,RB 溶液濃度が高い場合(20 µM 以上),処理したアオコは 3 日目で白濁化 し始め,徐々に溶けて消失した。この濃度ではアオコは除去できたと考えられる。また, 20 µM より 50 µM の方が早く除去できた。これより低い濃度の場合(5 µM 以下),ほとん どアオコには変化なく,除去できなった。また RB 溶液は,日に日に退色した。これは, RB 溶液が発生した一重項酸素によって酸化されて退色したと考えられる。ここから,ある 一定以上の濃度の RB 溶液でアオコは除去でき,濃度が高いほうがより早く除去できると言 える。 2)次に,光を遮断し,RB溶液で処理したアオコは,ほとんどアオコには変化はできなっ た。しかし,0 µMでは,7日目から緑色(葉緑素)が薄くなり,自然に分解されて行った。 17 これは,光が当たらないため光合成ができなくて,アオコ自身が死んだものと考えられる。 また,この実験のサンプルは,自然から採集してきたもので,その中に,アオコを分解す る細菌が含まれていたのではないかとも考えられる。では,RB溶液で処理したアオコは, なぜ殆んどアオコには変化がなかったのか?前者の場合では,RB溶液自体にアオコの栄養 となるものが含まれているのではないだろうか。それにより,必要とする栄養を,光合成 により作らなくても生き延びたとも考えられる。後者の場合では,RB溶液には,アオコを 分解する細菌を失活させる働きがあったのではないだろうかと考えられる。 [Ⅱ] 色素溶液による顕微鏡下でのアオコの処理 赤潮の実験とほぼ同様に実験を行った。異る点を以下に示す。RB,MB,MG 水溶液を, 最終濃度:25,50,100 µM,1 mM で使用した。固定化 RB は 25,50,100 mg,酸化チ タン は 100 mg でシャーレ中(サンプル溶液 15 ml)で実験した。光照射あり(光源:ス ライドプロジェクター 約 8500 lx),なし,の各二通りの実験を行った。各処理後,光を遮 断して,RB 100 µM, 30 分後に染色されるか否かから死亡の判定を行った。 アオコの色素-光による処理 赤潮と同様の実験を,アオコに対して行った。RB 溶液,固定化 RB,MB 溶液の順に結 果を示す。 RB濃度による比較 (アオコ) 光あり(8500 lx) 100 染色率/% 80 RB 1 mM 60 40 100 µM 20 50 µM 0 0 20 40 60 80 100 時間/分 図 3‐10.アオコ/RB 溶液,光照射処理 18 120 RB濃度による比較 (アオコ) 100.0 光なし 染色率/% 80.0 60.0 RB 1 mM 40.0 20.0 RB 100 µM RB 50 µM 0.0 0 20 40 60 80 100 120 時間/分 図 3‐11.アオコ/RB 溶液,光なしでの処理 固定化RB; 100mg 光照射あり (8500 lx) 染色率/% 100 50 光なし 0 0 30 60 時間/分 90 120 図 3‐12. アオコ/固定化 RB による処理 図 3‐10 の結果から,RB(1,50,100 µM)溶液で,60 分間可視光を照射することで アオコを 1O2 で死滅させ得ることが分かった。RB 1 mM では色素を加えた時点からアオコ が染まる(即ち,死滅)という結果が得られた。光を遮断した場合も同様であったことか ら(図 3‐11),1 mM では化学毒性と RB が持つ染色性が原因となるとも考えられるが, 顕微鏡下では光が当っていることから,必ずしも化学毒性が原因だとは言い切れない。光 を遮断した実験で,アオコが死なないことから,赤潮に比べてアオコは RB の化学毒性に強 いことが判明した。赤潮と比較して,死ぬまでに時間がかかる。これには光源の違い(光 の質の違い) ,照度の違い,溶媒の違い,細胞の大きさ,これら微生物の細胞表面の相違等 19 の複雑な要因が考えられる。藍藻 Microcystis は細胞同士が群体を形成し,多糖質の粘液 。赤潮 Chattonella と大きく違うところであり,アオコの持 6) で環境から身を守っている つ防御機構が相違の原因であると考えられる。 MB(50 μM);光照射あり、なし 死亡率/% 100 50 光照射あり(0.8 V) (50 µM) 光照射なし(50 µM) 0 0 30 60 90 120 時間/分 図 3‐13.アオコ/MB(50 µM)による処理 MB(100 μM);光照射あり、なし 死亡率/% 100 光照射あ り (0.8 V) 100 μM 50 光なし 100 μM 0 0 30 60 90 120 時間/分 図 3‐14.アオコ/MB(100 µM)溶液による処理 90 分,120 分で死亡率が下がっているのは,サンプル(アオコ)が流れてしまったため に,(光が同等に当たっている)別のアオコを観察したからである。 MB によるアオコの処理 図 3‐13;図 3‐14 から MB(100 µM)溶液/光照射でアオコを殺せることがわかった。 MB 溶液 50 µM で光照射をした実験ではアオコを殺せなかった。このことから 1O2 の効果 は,同濃度の RB と比較して低い。MB はアオコに対して,ほとんど化学毒性がないことが, 実験から明らかになった。図 3‐14 から,MB/光照射ありは,90 分以降低下している。 これは観察したアオコが 60 分までと異なるためである。 20 第4章. 結 論 本実験では色素増感殺菌法により,有機色素および固定化色素で赤潮,アオコを殺滅す ることができた。この方法は,従来のものより,太陽光を利用することで省エネルギーか つ経済的,色素が自然に分解されることから,回収の必要がない,などの特徴を備えてい る。さらに固定化 RB(イオン交換樹脂に固定化した)で効果を有することが,世界で初め て明らかになり,実地での応用の幅が広がった。 今後の課題は,別種の赤潮・アオコで実験を行う,病原菌の殺菌,飲み水の浄化に試み ることなどが挙げられる。赤潮の原因種は,数百種に及ぶ多種多様なプランクトンであり, さらに疑問点を追求して行きたい。 第5章. 謝 辞 研究を行なうにあたり,呉地域オープンカレッジネットワーク会議から研究費を頂きま した。深く感謝申し上げます。 広島大学大学院 先端物質科学研究科 微生物遺伝資源保存室からご助力を頂きました。 感謝申し上げます。 実験を行なうにあたって,ご指導,ご協力頂いた,福山大学 高専 水本 巖先生; 広島大学 プテック株式会社 生物圏科学研究科 満谷 淳先生; 富山商船 佐久川 弘先生,赤根幸子博士; オ 佐藤英哉社長に慎んで感謝申し上げます。 文 献 1)鈴木喜隆,高橋幸則編著,食の科学‐水産食品を中心に‐,成山堂書店(2001). 2)中野 稔,浅田浩二,大柳義彦編,活性酸素-生物での生成・消去・作用の分子機構-, 蛋白質・核酸・酵素,臨時増刊,33(16),2654-3188(1988). 3)原 慶明,日本の赤潮生物,第一版,内田老鶴圃(1990). 4)原 慶明,千原光雄,ラフィド藻.赤潮生物研究指針,日本水産資源保護協会編,秀和 出版,東京(1990). 5)J.R.Williams,G.Orton,and L.R.Unger,Tetrahedron Lett.,4603‐4606(1973). 6)須藤隆一編,環境微生物実験法,講談社(2001). 7)G.A.Feters 編,金子光美監訳,飲料水の微生物学,技報堂出版(1992). 21 補 足 表 1. 改変 SWM-Ⅲ培地の組成 NaNO3 170 mg NaH2PO4・ 2H2O 16 mg Na2SiO3・ 9H2O 57 mg Na2EDTA・ 2H2O 11 mg Fe(Ⅲ) EDTA 840 μg Tris-H2NC(CH2OH)3 500 mg *1) P-1 metal mixture *2) S-3 10 ml Vitamins 2 ml Distilled water up to pH *1) 1000 ml 8 P-1 metal mixture H3BO3 6 g MnCl2・ 4H2O 693 mg ZnCl2 55 mg CoCl2・ 6H2O 2 mg CuCl2・ 2H2O 17 μg Distilled water *2) S-3 up to ####### ml Vitamins Vitamin B1 50 mg Calcium pantothen 10 mg Nicotinic acid 10 mg p-Aminobenzoic acid 1 mg Biotin 100 μg Inositol 500 mg Folic acid 200 μg Thymine 300 mg Vitamin B12 100 μg Distilled water up to 22 200 ml 表 2. M-11 培地の組成 NaNO3 100 mg K2HPO4 10 mg MgSO4・7H2O 75 mg CaCl2・2H2O 40 mg Na2CO3 20 mg Fe-citrate 6 mg Na2EDTA・2H2O 1 mg 1l 脱イオン水 pH 8.0 23
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