230 日本写真学会誌 2012 年 75 巻 3 号:230–261 特 集 2011 年の写真の進歩 技術委員会 進歩レビュー分科会主査 吉田 英明(オリンパスイメージング) 「写真の進歩」は,毎年一度時期を決めて前年一年間の写真技術の動きを振り返ることにより,日々進歩を続け る写真技術の全体像を時系列的に俯瞰することを狙いとして,継続的に取り組んでいる企画です. 執筆陣は,技術委員会傘下の各研究会の代表者を中心に,それ以外の識者も加えた各分野の専門家により構成 されています.各執筆者は担当の分野に応じた観点から,主として前年一年間に発表された技術(文献),製品, 作品,統計等について,可能な限りその特徴・傾向・分析などのコメントを加えつつ紹介します.なお具体的な 内容については各執筆者の意向を尊重しています. 例年の「写真の進歩」は,写真学会ホームページ(http://www.spstj.org/)の「学会誌からのトピックス」 (http:// www.spstj.org/book/pickups.html)にも掲載されていますのでご利用下さい. 231 7.画像評価・解析・・・・・・・・・・・ 画像評価研究会(藤野 真) 250 2.銀塩感光材料 ・・・・・・・・・・・・・ 光機能性材料研究会(久下謙一)240 8.分光画像・・・・・・・・・・・・・・・・・ 分光画像研究会(中口俊哉) 251 3.光機能性材料 ・・・・・・・・・・・・・ 光機能性材料研究会 9.医用画像・・・・・・・・・・・・・・・・・ 医用画像研究会(松本政雄) 252 1.写真産業界の展望 ・・・・・・・・・ 市川泰憲 241 4.画像入力(撮影機器)・・・・・・ カメラ技術研究会(井上義之) 242 10.科学写真 10-1 文化財 ・・・・・・・・・・・・・ 城野誠治 253 244 10-2 天体写真 ・・・・・・・・・・・ 山野泰照 254 5-2 印刷・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 小関健一 246 11.写真芸術・・・・・・・・・・・・・・・・ 西垣仁美 256 5-3 ディスプレイ・・・・・・・・・・ 山口省一 246 12.映画・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 表現と技術研究会(永井 悟) 259 5.画像出力 5-1 プリンタ・・・・・・・・・・・・・・ 藤田 徹 13.工業規格・・・・・・・・・・・・・・・・ 藤田宗久 6.画像保存 6-1 画像保存関連技術・・・・・・ 画像保存研究会(大関勝久) 247 6-2 展示・修復・保存関係 ・・・ 画像保存研究会(山口孝子) 248 260 *表 1 の学術雑誌と表 2 の学会等の催しについては,それぞれ表中に示したような略称を,また組織名,所属等について一般的 な略称があるものについてはその略称を用いています.年号が記載されていないものは 2011 年のものです. 表 1 「2011 年写真の進歩」で引用した主な学術雑誌およびその 略号 表 2 「2011 年写真の進歩」で引用した主な学会等の催しおよびその 略号 ●雑誌 ●講演会,シンポジウムなど(写真学会主催のもの) 日写誌 : 日本写真学会誌 日写年 : 日本写真学会年次大会(5/26–27) JIST : Journal of Imaging Science and Technology 光機能 : 光機能性材料セミナー(6/30) ISJ : Imaging Science Journal 画像保存 : 画像保存セミナー(11/1–2) 日画誌 : 日本画像学会誌 カメラ技術 : カメラ技術セミナー(11/18) 日印誌 : 日本印刷学会誌 日写秋 : 日本写真学会秋季研究発表会(12/5) 4 学研 : 画像 4 学会合同研究会(12/12) 2011 年の写真の進歩 1. 写真産業界の展望 市川泰憲(日本カメラ博物館) 1.1 概況 2011 年は,写真という画像システムにとって真価が再認識 された年であった.3 月 11 日東日本大震災の発生は,現代の 社会生活において写真画像の情報を抜きにして考えることは 不可能で,地震が発生し津波の襲来,さらに石油タンクの火 災や原発事故など時間が経つにつれ,あらゆる場所で撮影さ れた写真が,新聞やテレビに掲載された.被害の規模が過去 にないほどの大きさであり,事の重大さが,その場にいなかっ た人にも事実として共有することができるようになった. 正に報道としての写真の特性で,写真が持つ力を改めて認 識させられた.毎年 12 月になると,東京写真記者協会の報 道カメラマンによるニュース写真で 1 年間を振り返る「報道 写真展」が東京で開かれるが,2011 年はその 7 割ぐらいが 震災関係の写真であった.もちろん暗いニュースだけではな く,ナデシコジャパンのように明るい話題も人気だったが, これだけニュース写真の内容が集中したことは過去になかっ たという. その津波によって流された写真が,アルバム状態やプリン トの束の状態で,災害復旧にあたった自衛隊員らの手によって 自然発生的に回収され,地域の公民館や学校などの避難所に 集められた.汚染された写真を「写真は流されても思い出は 流されない」とばかりに,学協会を含めたさまざまなボラン ティア団体の手によって洗浄作業が全国規模で行われた.つ 231 表 3 総出荷の状況(経済産業省化学工業統計およびフォトマーケッ ト社推計による) 品 目 X 線用フィルム 印刷・業務用フィルム 白黒フィルム計 103,859 104 52,060 49,277 92 19,444 (百万円) 153,136 100 71,504 35,222 79 10,658 ロールフィルム 5,359 68 9,322 その他フィルム 2,425 91 8,792 カラーフィルム計 43,006 78 28,772 196,142 94 100,276 793 62 563 54,268 63 10,023 55,061 63 10,586 251,203 85 110,862 フィルム計 白黒印画紙計 カラー印画紙計 印画紙計 写真感光材料計 (注)ロールフィルムにはレンズ付フィルムを含む. 表 4 輸出の状況(財務省貿易統計に基づく推計) 品 目 平成 23 年数量 2 (千 m ) 前年比(%) X 線用フィルム 37,377 122 印刷・業務用フィルム 44,901 94 82,278 105 白黒フィルム計 映画用フィルム 33,972 81 ロールフィルム 4,704 81 レンズ付フィルム その他フィルム た家庭での写真が,家族のかけがえのない,大切な“思い出の カラーフィルム計 記録”ということで大変な重みをもって認識されたことだ. フィルム計 東日本大震災は,写真産業界にとっても大きな打撃を与え 平成23年金額 前年比(%) 映画用フィルム まり“報道”という面での写真に対し,津波によって流され た.東北地方から北関東に点在する,カメラ,光学機器メー 平成23年数量 (千 m2) 白黒印画紙計 カラー印画紙計 カーにおいては,少なからず地震の影響を複数の企業が直接 印画紙計 受けて,工場の破損や製造機器の損壊などにより,一定期間 写真感光材料計 0 0 624 92 39,300 81 121,578 96 238 39 19,292 39 19,530 39 141,108 80 出荷の停止や製造遅延などが発生した.さらに直接的な被害 はなくても一般家庭や企業において計画停電という形で間接 的な制約を受けた.またタイでモンスーン期に発生した洪水 は 7 月から 3ヵ月以上も続き,バンコク市内を含めた多くの 工業団地が浸水し,日本のカメラメーカーさらにはパーツ メーカーが進出していたこともあって,直接タイに生産拠点 をもたないカメラメーカーにとっても製造が滞るという事態 が発生した. いずれにしても,2011 年の写真産業は,国内外の自然災害 の影響をもろに受けて,完全な復旧には 2012 年の春ごろま でかかったわけで,カメラなど多くの生産実績にも影響を残 している.このようなことは,過去に例がないことであった. 以下,それぞれの分野について紹介・分析を試みたい. 1.2 工業生産 1.2.1 統計 ①銀塩感光材料 表 3 ~ 5 には,2011(平成 23)年の銀塩写真感光材料に関 表 5 輸入の状況(財務省貿易統計に基づく推計) 品 目 X 線用フィルム 印刷・業務用フィルム 白黒フィルム計 映画用カラーフィルム 平成 23 年数量 2 (千 m ) 前年比(%) 6,818 73 11,062 105 17,880 90 2,061 71 ロールフィルム 148 77 レンズ付フィルム 195 70 その他フィルム 505 98 2,909 75 20,789 88 カラーフィルム計 フィルム計 白黒印画紙計 120 44 15,729 115 印画紙計 15,849 114 写真感光材料計 36,638 97 カラー印画紙計 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 232 する総出荷,輸出,輸入の状況を示してある.いずれも例年 しているのが大きく影響している.これは,需要が低下した 通り写真感光材料工業会の提供によるものである. ために生産がダウンしたわけではなく,海外へ一部企業の生 表 3 は,総出荷の状況を示してある.この元となる経済産 業省の化学工業統計は,感材メーカーの減少により,2007 年 4 月発表分からの写真フィルム計,印刷・業務用フィルム, 産がシフトした結果であるという.総出荷金額は 1,109 億円 となり,前年より低下した. 表 4 は輸出の状況を示しているが,X 線用フィルムの前年 印画紙計以外の品目データの非開示に加え,2009 年 6 月から 比 122%という伸びが目につくが,逆に白黒印画紙,カラー は印画紙も非開示となっている.したがって,写真感光材料 印画紙ともに前年比 39%と下げている.これは総出荷でカ 工業会ではフォトマーケット社の推計資料に市場情報を加味 ラー印画紙の生産がダウンしたのに連動したと考えられ,各 して独自分析している. 品目全体は総出荷に準じていると考えられる. 表 3 の内訳を見ると,X 線用フィルムと印刷・業務用のフィ 表 5 は輸入の状況を示しているが,X 線用フィルムの前年 ルムの白黒フィルム計が昨年同様の 100%を維持しているの 比 73%が目につき,印刷・業務用フィルムでは前年比 105% が注目に値する.これは医療用の X 線フィルムが最終的な画 であるが,輸出と輸入で相殺し合うという感じが読みとれる. 像診断においてまだまだ主流をなすものと考えられ,個別で 特にカラー印画紙計は 15,729 千 m2 で前年比 115%は,輸出 は前年比 104%となっている.X 線を利用した撮影診断装置 の前年比 39%という数値と連動していることがわかる. は単純にレントゲンと呼ばれ,胸部,腹部,骨や関節,乳腺 総出荷・輸出・輸入を通してながめてみると,過去に減少 などの撮影が行われ,整形外科,内科,歯科など幅広い診療 の少なかった映画用フィルムの低下がここ数年来の流れで目 科で利用されているが,近年は必ずしも撮影はフィルムでは につくところだ.日本映画製作者連盟の統計によると,日本 なく,CR(Computed Radiography)や DR(Digital Radiography) 全国の映画館スクリーン数は 2010 年は 3,412 であったのに対 などの X 線プレートやダイレクト受像方式などが徐々に増え し,2011 年は 3,339 となって 73 のスクリーンが減少してい てきており,最終的な判断材料となるフィルム出力の部分も る.この内シネマコンプレックスのスクリーン数は 2010 年 一部にサーマルプリントが採用されつつある.また,印刷・ も 2011 年も 2,774 と変わらないために,一般上映館が閉鎖さ 業務用フィルムは前年度比 92%という減少を見せているが, れた結果だろうとも読みとれる.この閉鎖が,3.11 大震災の 製版フィルムを介せず直接刷版を製作するコンピュータダイ 影響によるものか,シネマコンプレックスとの関係において レクト製版(CTP: Computer to Plate)の導入,さらには刷版 減少したのかは不明だ.ただ,このあたりは,デジタルシネ を必要としない簡易なオンデマンド(On Demand)印刷など マ対応スクリーン館との関係も無視できなく,今後どのよう の普及が少なからず影響していると考えられる. な推移を示すか見ていく必要があるだろう. X 線フィルム同様に,例年高水準を誇ってきた映画用フィ 2011 年のカラープリントは,撮影ショット数とは別に減少 ルムは前年比 79%と低下している.これは 2010 年が 44,441 しており,カラー印画紙の供給量は 49,900 千 m2 で,前年比 千 m2 で前年比 144%であったのに対し,2011 年は 35,222 千 88%であった.これは L サイズ換算約 42 億枚で,国民 1 人 2 2 m で,2009 年の 30,857 千 m に比べればまだまだ高い水準 あたり年間約 33 枚の消費量となる.3.11 大震災の津波被害 を維持しているといえるだろう.しかし,2011 年の写真感光 では流されたうち浮上してきたのは位牌と写真プリントだと 2 材料出荷は,251,203 千 m で前年度比 85%と下げているが, いう.記録メディアで救済された例はあまり聞かないが,改 金額構成比の大きいカラー印画紙計が前年比 63%とダウン めてプリントへの認識が大切だと考える.図 1 には,2000 年 図 1 日本における写真感光材料総出荷の推移 2011 年の写真の進歩 233 表 6 デジタルスチルカメラ生産出荷実績表(カメラ映像機器工業会統計) 上段:数量(台) ,下段:金額(千円) 出 荷 生 産 区 分 デジタルスチルカメラ合計 レンズ一体型 タイプ区分 レンズ交換式 累 計 1 ~ 12 月 総出荷 前年同期比 (%) 累 計 1 ~ 12 月 日本向け 前年同期比 (%) 累 計 1 ~ 12 月 日本向け以外の出荷合計 前年同期比 (%) 累 計 1 ~ 12 月 前年同期比 (%) 114,624,757 94.1 115,524,250 95.1 9,508,967 89.9 106,015,283 95.6 1,165,538,012 84.9 1,452,242,466 88.4 162,143,248 81.8 1,290,099,218 89.3 98,882,718 90.9 99,830,469 91.9 8,039,565 88.6 91,790,904 92.2 766,886,400 78.5 917,673,875 80.5 105,200,670 78.7 812,473,205 80.8 15,742,039 121.3 15,693,781 121.8 1,469,402 97.9 14,224,379 124.9 398,651,612 100.9 534,568,591 106.2 56,942,578 88.4 477,626,013 108.8 図 2 カメラ総出荷数量の推移 表 7 カメラ用交換レンズ生産出荷実績表(カメラ映像機器工業会統計) 上段:数量(個) ,下段:金額(千円) 出 荷 生 産 区分 レンズ交換式カメラ用合計 35 mm 用 35 mm 未満のフォーマット用 総出荷 日本向け 累計 1 ~ 12 月 前年同期比 (%) 累計 1 ~ 12 月 前年同期比 (%) 累計 1 ~ 12 月 26,265,698 120.5 26,014,647 119.9 2,695,986 276,405,904 106.5 417,564,537 107.2 5,826,753 113.6 5,721,581 112.1 119,284,977 102.5 182,761,315 20,438,945 122.6 157,120,927 109.8 日本向け以外の出荷合計 前年同期比 (%) 累計 1 ~ 12 月 前年同期比 (%) 102.4 23,318,661 122.3 47,407,139 92.1 370,157,398 109.5 285,305 88.3 5,436,276 113.7 102.7 12,839,797 86.2 169,921,518 104.2 20,293,066 122.3 2,410,681 104.3 17,882,385 125.2 234,803,222 111.0 34,567,342 94.6 200,235,880 114.5 カメラ用交換レンズには交換式の標準レンズを含む. から 2011 年の総出荷量を品目別に積算してグラフ化してみ た.これをご覧になっておわかりのように,銀塩感光材料総 表 6 は,デジタルスチルカメラの生産出荷実績表である. 2011 年の総出荷は 1 億 1 千 550 万台であり,前年比 95.1%と 出荷のピークは 2002 年であって,ピーク時に対し 2011 年に 前年を割る結果となった.これは冒頭にも記したが,3.11 の おける総出荷は約 38%となる. 東日本大震災,10 月以降のタイ洪水の影響を受けたものと判 ②カメラ / 交換レンズ / フォトプリンター生産実績 断される.2010 年にデジタルカメラの総出荷は過去最高の 1 いずれの生産実績もカメラ映像機器工業会の統計実績から 億 2 千万台を超えたが,2011 年は被災の影響があっても,か の引用抜粋であることを最初にお断りしておく. なり早い時期から立ち直ったといえよう.さらにさかのぼる 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 234 図 3 交換レンズ総出荷数量推移 表 8 民生用 A4 未満フォトプリンター出荷実績表(カメラ映像機器工業会統計) 上段:数量(台) ,下段:金額(千円) 出 荷 区 分 A4 未満フォトプリンター計 総出荷 累計 1 ~ 12 月 日本向け 前年同期比 (%) 累計 1 ~ 12 月 日本向け以外の出荷合計 前年同期比 (%) 累計 1 ~ 12 月 前年同期比 (%) 947,904 92.5 300,318 95.6 647,586 91.0 9,580,391 90.0 5,657,628 98.6 3,922,763 79.9 ※ 2010 年 4 月より PictBridge 非搭載機種の統計を開始した. と,2009 年はリーマンショックに起因した景気後退により生 本向けの前年比 102.4%より,海外向けの前年比 122.3%と伸 産の停滞があったが,長期的に見ると着実に持ち直している びが大きいのが注目点だ.また,表には示していないが,さ のがわかる.図 2 には,2000 年から 2011 年までのカメラ総 らに出荷本数の前年度比を地域別に見ると,日本 102.2%,欧 出荷数量の推移を示す. 州 114.6%,米州 111.2%,アジア 145.2%となり,アジア地 表 7 は,カメラ用交換レンズ生産出荷実績表を示している. 域の購買力の伸びが大きい. この表において 2010 年までは,交換レンズの内訳を「35 mm 表 8 には,民生用 A4 未満フォトプリンターの出荷実績を 用レンズ」と「デジタル専用レンズ」という分類をしていた 示した.2010 年の 4 月からは PictBridge 非搭載の機種を加え が,2011 年は「35 mm 用」と「35 mm 未満のフォーマット たために,図 4 に示すように 2005 年から 2009 年まで毎年低 用」という分類に変更されている.これは交換レンズが,用 下していたのを停止させ,わずかながらの増加を見たが, 途目的を含めて基本的にはすべてデジタルカメラ用として生 2011 年では前年度比台数で 92.5%,金額で 90%とという数 産されている現状と,APS-C に加え,マイクロフォーサーズ 値を示し,PictBridge 非搭載機種を統計に加えても低下への (4/3),さらには 1 型,1/2.3 型などの撮像素子を対象とした 歯止めにはならなかったことになる.写真をプリントで楽し デジタル時代の新マウントも登場してきており,このような む時代から,デジタルフォトフレームやタブレット型コン 新分類になったのであろう.ただ,このほかに中判デジタル ピューターなどで鑑賞する時代に向かっているのだろうか. カメラ用の交換レンズも存在するわけだが,数の上からは統 1.2.2 新製品 計には載らないことになる.この統計から見ると,生産・総 ①銀塩写真関連 出荷ともに交換レンズ全体で前年比約 120%の数をだしてい 2011 年に発売されたフィルムカメラは極めてきわめて少 る.図 3 には 2004 年から 2011 年までの交換レンズ総出荷数 なく,一般的なものとしては 3 月 11 日に発売された「フジ 量推移を示した. フイルム GF670 Professional W」(約 275,000 円)の 1 機種だ この内訳を見ると,35 mm 用の総出荷が 5,826,753 本で前 けであった.これは 2009 年 4 月に発売されたフジフイルム 年比 113.6%,35 mm 未満のフォーマット用が 20,438,945 本 GF670 Professional の派生機種であり,今後は本格的フィルム で前年比 122.6%となっており,デジタルカメラの交換レン カメラの新製品はあるのだろうかということも危惧される時 ズとしては,フルサイズの 35 mm 用より,APS-C やマイクロ 代となった. 4/3 のほうが数の上でも主流であり,さらに伸び率も高いこ コダック並びに加賀ハイテックは,カラーネガフィルムの とがわかる.このほか交換レンズ全体で出荷別に見ると,日 新製品として「新コダックプロフェッショナルポートラ 160 2011 年の写真の進歩 235 図 4 フォトプリンター総出荷量と金額 フィルム」を 5 月に発売した.ラインナップとしては,従来 からのプロフェッショナルポートラ 160NC と同 160VC の後 継品であり,肌色適性の向上と,きわめて優れた粒状性が特 長である. ②デジタルイメージング関連 〈デジタルカメラ〉 この部分は,カメラ技術研究会の「4. 画像入力―撮影機器」 アナウンスされるほどだ.フィルムカメラ時代の最後発マウ ントは,2000 年に発売された,いまはなきコンタックス N 用 (fb48mm)であった. その後,デジタルの時代を迎えてオリンパスが 2003 年に デジタル専用の 4/3 システム(fb38mm)の E-1 を発売し,さ らにその発展系としてパナソニックはフランジバックを 1/2 としたマイクロ 4/3 規格(fb19mm)の「LUMIX DMC-G1」を の記述にくわしいので,重複を避けるため本項では,筆者の 2008 年に発売している.ところが 2010 年 6 月にソニーが発 目から見た技術動向とトピックスを記述してみたい.まず, 売した「NEX-3」の αE マウントは,撮像板は APS-C であり この 1 年間にどのくらいの数のカメラが発売されたかという ながら,18 mm と最もこのクラスでは短いフランジバック ことだが,日本カメラ財団の「歴史的カメラ審査委員会」が, (fb)をもって登場した.さらに 2011 年は,9 月にペンタッ 2011 年 1 月から 12 月末までの 1 年間に発売された日本のカ クスが 1/2.3 型用撮像素子用の「ペンタックス Q(fb9.2)」を, メラすべてを抽出している.それによると 121 機種であった. 11 月にニコンが 1 型撮像素子用のニコン 1 マウント(fb17mm) 昨年同時期の集計では 130 機種だったので,9 機種少ないと の「ニコン 1」を発売した.またミラーレスで新マウントで いうことになるが,この他には 3.11 東日本大震災やタイの洪 はないが,リコーが 9 月に発売した GXR 用カメラユニット 水の影響で発売が中止や延期になった機種もあるので,公表 の「A12 マウント」に APS-C 撮像板を用い,マウントはライ されていない部分を含めると,実質的には 2010 年並という カ M バヨネット(fb27.8mm)である.その後 APS-C 判のフ ことになるのだろう.この項では,あえて細かい技術は拾わ ジフイルム X–Pro1(fb17.7mm)へと続くが,さらにミラー ずに,昨今の技術で引っかかる部分を 2 カ所だけ記述してみ レスへの参入が複数の社から見込まれているので,レンズ交 た. 換式カメラのマウント数はさらに増えることが予想される. ○ミラーレス一眼で新マウントの誕生が相次ぐ ミラーレス一眼にとって重要なのは,一眼レフと異なりメ レンズ交換できるカメラシステムにとって,レンズマウン インミラーやペンタプリズムを不要としたことでボディをコ トの仕様はかなり重要となる.現在カメラメーカーから作ら ストダウンし,小型・軽量化できることだ.結果としてフラ れていて最も歴史があるレンズマウントは,1954 年発売の ンジバックも短くでき,マウントアダプターを介せば,他社 ラ イカ M3 で 採用 さ れ た ラ イ カ M バ ヨ ネ ッ ト マ ウント の交換レンズでも最短から∞遠まで焦点調節が可能となる. (fb27.8mm)である.次いでニコン F マウント(fb46.5)があ さらにピント合わせはライブビューであるために距離計機構 るが,こちらは 1959 年の登場である.いずれも 50 年以上の などを必要としないメリットが生じてくる.このフランジ 歴史があるわけだが,カメラ技術の進歩と無縁ではなく,開 バックの差を利用して,マウントアダプターを供給し旧レン 発当時の機構のままで最新ボディをフルに動かすことはいず ズを使えるように最初にしたのが 1954 年のライカ M3 で, れもできないが,一部制約があっても機械的に結合できる同 1930 年発売の C 型ライカのネジマウントはフランジバック じマウントで新型ボディが提供されることはユーザーにとっ 28.8 mm であり,M マウントでは fb27.8mm として,その差 てはメリットであり,製造メーカーにとってもセールスポイ 1 mm を利用してネジマウントからバヨネットへのアダプ ントとになる.その点において一眼レフカメラのレンズマウ ターを発売し現在に至っている.その結果 1930 年代のライ ントは,フィルム時代からの延長であり,ニコン,キヤノン カスクリューマウントレンズが最新の 80 年以上経った最新 では現有マウント誕生以来,累計何本生産したかというのが デジタルの M 型に使えるわけだ. 236 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) ミラーレス機を最初にだしたパナソニックは,フォーサー EF マウントを採用した「EOS C300」と,アリフレックス PL ズ規格レンズ用マウントアダプターに加え,ライカ M マウン マウントの「EOS C300 PL」のボディ 2 機種と,4K(4,096× トアダプター,ライカ R マウントアダプターを当初から自社 2,160 画素)に対応するスーパー 35 mm(24.6×13.8 mm)判 純正のアクセサリーとして販売していたが,サードパー の 14.5 ~ 300 mm をカバーする高倍率ズームレンズ 4 種と ティーレベルでは,さらに国内外各社一眼レフ交換レンズ用, 35 mm フルサイズ対応の単焦点レンズ 3 種の合計 7 本を用意 シネ用 16 mm 用の C マウント用アダプターまで用意されて している.これらのレンズは通常シネ用プライムレンズと呼 いる.ソニーが 2010 年 6 月に発売した「NEX-3」の αE マウ ばれるものだが,それぞれが高性能であると同時に高価で, ントは,その年の 9 月に開かれたフォトキナ時点で約 85 種 従来はカール・ツァイス,シュナイダー,ライカなど海外メー 以上のマウントアダプターが発売され,2012 年春では約 130 カーの分野だった.このほか 35 mm フルサイズの CMOS 撮 種近く存在するという.いずれもソニーからではなく,日本, 像板を搭載し 4 K 動画記録を可能とするデジタル一眼レフカ ドイツ,中国のサードパーティーがそれぞれ競い合っている. メラ「EOS C」も開発中という.キヤノンはシネマ EOS を本 現在では,その後のペンタックス Q,ニコン 1 の登場に合わ 場ハリウッドで使ってもらうということだが,ハリウッドの せて,ボディが発売されると追いかけでマウントアダプター 現場はまだまだフィルムでの撮影が多いという.いずれにし が即発売されるというホットな話題を提供している.いずれ ても,ムービーということではスチルの写真とは無関係のよ にしても,ミラーレス機の登場は手軽にレンズ遊びを可能に うだが,結果としてフィルム使用の撮影システムに大きく関 したわけで,評価されてもよいと考えている. 係するわけであるから無関係であるわけにはいかない. このほかミラーレス関連では,ニコン 1 で採用された AF は,像面位相差検出方式とコントラスト検出方式の併用型だ 〈プリンター / スキャナー〉 三菱電機は,昇華染料熱転写方式の業務用高速・大容量デ が,一眼レフの位相差検出 AF と実用上どのような差別化が ジタルプリンターの上下 2 段のダブルデッキ機構の「CP- なされているのか気になる.また,位相差検出 AF でミラー D707D」(386,400 円)とシングルデッキ方式の「CP-D70D」 レスではソニーが 2010 年に発売した α55 がある.こちらは (260,400 円)を 1 月 25 日に発売した.解像度は 300 dpi,ダ 従来の一眼レフのメインミラーの代わりにトランスルーセン ブルデッキの CP-D707D は,L 判を上下交互に約 5.4 秒で出 トミラーという半透過ミラーを置き,反射させた光束を従来 力し,最大 900 枚まで補給なしでプリント可能. のペンタ部のところへ配置した AF センサーにより位相差検 キヤノンは 2 月 5 日,高付加価値写真商材に対応した業務 出を行うのだが,AF 追随の連続撮影が高級一眼レフ並みに 用インクジェットフォトプリンターシステム「ドリームラボ 10 コマ / 秒と高速で,その後の α77 では 12 コマ / 秒と進化さ 5000」を発表した.インクは,シアン・マゼンタ・イエロー・ せている.このカメラのマウントはミノルタ α 以降のマウン ブラック・フォトシアン・フォトマゼンタ・グレーの染料の トで,従来からの一眼レフと同じである.ソニーでは,従来 7 色方式.最大幅 305 mm のプリントが可能で,L 判で 1 分間 からのペンタプリズムをもった α 一眼レフは国内では販売を に 44 枚,A4 サイズのフォトアルバムでは 1 冊 20 ページ分で 終えており,今後はミラーレス的な α77 を主軸にしていくの 72 秒,1 時間で 50 冊分の高速印刷を実現した.価格は 5,000 だろう. 万円.発売は 9 月から. ○スチルと動画をどうすみ分けるか 富士フイルムは,銀塩デジタルミニラボ「フロンティア 一眼レフカメラに HD 動画機能が入ったのは,2008 年に発 LP5700R/LP5500R」を 2 月 28 日に発売した.お店プリント 売されたニコン D90 が最初だが,同じ 2008 年発売のキヤノ の中核を担うシステムで L サイズを 2,210 枚 / 時の能力があ ン EOS 5D Mark II はフルサイズ撮像板でフル HD 仕様だっ る.価格は,LP5700R が 1,514 万円.LP5500R は 1,314 万円. た.2009 年に発売されたキヤノン EOS 7D は APS-C 撮像板 富士フイルムは,インクジェット方式のデジタルミニラボ でフル HD 対応であった.両 EOS とも動画撮影の現場で多用 「フロンティア DL600」を 4 月中旬に発売した.シアン・マ され,一眼レフカメラの新しい用途を生み出した.その後, ゼンタ・イエロー・ブラックに加え,新たにライトブルーを 各社ともフル HD 機能の搭載は日常となり,コンパクトカメ 加えた 5 色インクシステムを採用し,L 判で約 750 枚 / 時の ラでもフル HD となったのが現在で,昨今ではコンパクトカ 能力を持つ.解像度は 1440×1440 dpi,最大 305×1219 mm メラと一眼レフクラスと分けるために,大判 HD 動画とか大 のプリントサイズに対応. 判 HD カメラというように分類している. 大判 HD の存在は,ミラーレス機との関係においても無関 キヤノンは,一般家庭用に A3 ノビ対応の写真画質インク ジェットプリンター「PIXUS iX6530」を 4 月下旬に発売した. 係でなく業務用ビデオカメラの分野へも少なからず影響を与 インクは顔料タイプのブラックと,染料タイプ 4 色の 5 色構 えた.2010 年 12 月にパナソニックが発売した「AG-AF105」 成で,解像度は 9600×2400 dpi.価格は,直販だと 32,980 円. はマイクロ 4/3 マウントの業務用 HD 動画カメラであり,2011 DNP フォトルシオとフェーズジャパンは,フェーズワン社 年 5 月にソニーが発売した「NEX-FS100J」は αE マウントの の RAW 現像ソフト「Capture One Express 6」を 5 月 12 日に 業務用 HD 動画カメラである.また 2011 年 11 月 4 日には, 発売した.撮影された各社の RAW ファイルを,最適化させ キヤノンが本格的な映像制作用レンズとカメラで構成する るための色再現や緻密な高画質化への一連の作業性を大幅に “CINEMA EOS SYSTEM”システムを発表した.システムは, 向上させることができる.プロ価格は 14,440 円. 2011 年の写真の進歩 237 DNP フォトルシオは,両面プリントにホログラムプリント 速プリントが可能.さらにフォトブックやカレンダー印刷用 機能を搭載した熱昇華プリンター「DS-DX1」を 6 月 21 日か に 152×152 mm から最大 305×305 mm までのフチ無し両面プ ら開催された PHOTO NEXT 2011 にて展示した.出力解像度 リントにも自動で対応. は 300 dpi,8×12 インチの幅広ペーパーに対応. 浅沼商会は,フィルム,印刷物のデジタル化提案として, 1.3 企業 / 団体 / 人の動き カメラ映像機器工業会(CIPA)は,99 の企業・団体の参加 キヤビンブランドの 1,400 万画素 CMOS 使用の 35 mm フィル を得て,2 月 9 日から 12 日までパシフィコ横浜を会場にし ムスキャナー「Compact Film Scan14(CFS-14MHD)」17,800 て,カメラと写真映像の映像情報発信イベント「CP+2011」 円,印刷物などを直接マイクロ SD に保存できるポータブル を開催.会期中はビジネスミーツと称したビジネスユーザー ハンディースキャナー「CHS-1」13,000 円,Plustek ブランド に特化した商談の場も,初日から 2 日間限定で併催された. のプロ向け高解像度フィルムスキャナー「Optic Film 7600Ai」 , 来場者は昨年を上回る 49,368 人.会期中はさまざまな無料・ 「ハイエンドスキャナー 120(仮称)」,書籍を解体しなくても むりない読み取りを可能としたブックスキャナー 「Optic3800」39,800 円を 6 月 21 日から開催された PHOTO NEXT 2011 にて展示した. キヤノンは,家庭用インクジェットプリンター「ピクサス」 有料のセミナーが行われ,日本写真学会はブース展示を行っ た. ドイツ・ケルンメッセは,「CP+2011」の 2 月 9 日会期初 日に,パシフィコ横浜の会議棟にて,フォトキナとイメージ ング産業に貢献したとして,シグマの山木道広会長に“フォ シリーズの新製品 7 機種 9 モデルを 9 月 8 日から順次発売し トキナゴールドピン”をケルンメッセ副社長オリバー P クア た.ラインナップはスキャナー搭載の A4 複合機が 6 機種,ス ト氏から渡された.シグマは 1972 年からフォトキナに継続 キャナー非搭載の A4 単能機が 1 機種.最高級機種「MG8230」 出展している. は,35 mm フィルムマウントに対応した高性能 CCD スキャ ニコンは,静止画の 2D 画像を 3D 画像に変換する機能を付 ナーを搭載,3.5 型液晶モニター,各種カードスロットを装 加した「マイピクチャータウン 3D」のサービスを 2 月 23 日 備.顔料系ブラックを加えた 6 色 W インクを採用,最高 にスタートした.年会費 19,950 円を支払うと 3D デジタル 9600×2400 dpi の高解像度プリントが行える.価格は店頭予 フォトフレーム「NF-300i」が貸与される. 想で 4 万円.他機種はフィルムスキャナー機能をもたない 日本広告写真協会(APA)は,3 月 5 日から 20 日まで「APA MG6230(3 万円),5 色インクの「MG5330」(2.8 万円),新 アワード 2011」と「第 2 回全国学校図工・美術写真公募展」 4 色イ ン ク カ ー ト リ ッ ジ採 用 の エ ン ト リ ー機「MG4130/ を東京都写真美術館で開催.APA アワードは 1961 年から行 MG3130/MG2130」 (17,000 ~ 8,000 円),スキャナー非搭載の われている公募展.広告写真と写真作品部門とで構成されて プリンター単能機で 5 色 W インクを採用,9600×2400 dpi 出 いる. 力の「iP4930」(17,000 円). 3 月 11 日午後 2 時 46 分に東北地方をおそった大震災によ セイコーエプソンは,家庭用インクジェットプリンター「カ り,写真業界各社は地震 / 津波の影響を受けて操業を停止す ラリオ」の新モデル 11 機種 14 製品を 9 月 8 日から順次発売 るなどの処置を余儀なくされた.キヤノン:EF レンズを製 した.主なラインナップは,FAX 機能付きの A4 複合機「EP- 造する栃木県宇都宮事業所,茨城県取手事業所,同県阿見事 904F」 (4 万円台半ば)を頂点とし,複合機主力モデルの「EP- 業所が被災.グループ会社では,青森県のキヤノンプレシジョ 804」 (3 万円前後),写真愛好家向けの A3 ノビ対応プリンター ン,茨城県のキヤノンオプトロン,同県キヤノン化成・岩間 は 8 色(顔料インク)だが,新たに光沢顔料のブルーインク 工場,同県キヤノンモールド,福島県の福島キヤノンが被災. をマットブラックと切り替え使用する「PX-7V」(6 万円台後 特に宇都宮事業所と福島キヤノンの被害が大きかった.ニコ 半)がある. ン:プロ用デジタル一眼レフを製造する宮城県の仙台ニコン, 加賀ハイテックとコダックは,フォトブックなどの付加価 同県宮城ニコンプレシジョン,栃木県の栃木ニコン,同県栃 値プリントを簡単に店内処理できるワークフローソフトウエ 木ニコンプレシジョンなどが被災.オリンパス:医療用内視 アとして「コダック・クリエイティブ・プロダクション・ソ 鏡製品を製造する青森県の青森オリンパス,福島県の白河オ フトウエア(KCPS)V.5」とサーマル方式の「コダック D4000 リンパス,同県オリンパスメディカルシステムズが被災.富 両面プリンター」を 2011 年 10 月初旬に発売した.最大 8×12 士フイルム:宮城県の FinePix X100 の製造工場が被災,シグ インチのプリントサイズに対応しており,解像度は 300 dpi. マ:生産拠点の福島県の会津工場が被災,パナソニック:デ D4000 両面プリンターの価格は 150 万円(税別) ,KCPS V.5 は ジタルカメラを生産する福島県のAVCネットワークス社福島 有償年間ライセンス契約となる. 工場が被災した. DNP フォトルシオと日本ヒューレット・パッカードはフチ また写真業界各社は,義援金や物資の支援も行った.キヤ 無し片面 / 両面プリントに対応するインクジェットミニラボ ノン:グループで義援金 3 億円とポータブル X 線デジタル撮 プリンター「HP Photosmart ML2000D Minilab Printer」を 11 影システム 57 セット,ニコン:義援金 1 億円とデジタルカ 月中旬より発売した.プリントは,L サイズから最大 305× メラ 1,000 台と SD カード 1,000 枚,富士フイルム:富士ゼ 457 mm まで 20 種類のプリントサイズに 5 つの給紙トレイで ロックスと共同で義援金 3 億円と,医療用超音波画像診断装 用紙の差し替えなしに対応でき,1 時間に最高 1,500 枚の高 置とマスク 100 万枚の 4.7 億円相当,オリンパス:義援金 1 238 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 億円と工業用内視鏡と非破壊検査装置を提供,タムロン:義 OB,家族により,延べ 17 万枚の洗浄作業が行われた. 援金 1 千万円と青森 3 工場を通して 500 万円の支援, リコー: 日本写真映像用品工業会は,2011 年で創立 50 周年を迎え グループで義援金 3 億円,ソニー:グループで義援金 3 億円 「50 周年記念祝賀会」を 5 月の第 51 回定時総会終了後に行う とラジオ 3 万台,パナソニック:グループで義援金 3 億円と 予定であったが,東日本大震災の影響を考慮して祝賀会を中 ラジオ 1 万台,懐中電灯 1 万個,乾電池 50 万個,HOYA:義 止し,祝賀会費用 600 万円を義援金として寄付した. 援金 1 億円とビデオ硬性挿管用喉頭鏡などの医療機器や支援 写真流通商社連合会は,卸売業者団体としての使命を果た 物資,シグマ:義援金として 5 億円,シグマ従業員・世界各 したとして 5 月 17 日をもって解散した.同連合会は 1962 年 国のシグマグループ従業員及び取引先から集まった寄付金 に『写真特約店連合会』として当時の卸売業者 40 社によっ 37,396,514 円,米国イーストマン・コダック:被災者救援活 て発足,1972 年に現在までの『写真流通商社連合会』と改称 動に義援金 10 万ドル.ケンコー:ケンコーグループとして し,約 49 年間にわたり活動してきたが,デジタル化の進展 義援金 300 万円と支援物資. 富士フイルムでは,3 月から 10 ~ 20 本のパックフィルム により業種・業態を超えさまざまな店舗で販売されるのに対 し,流通構造は大きく変化していた. 品の一部を販売終了し,単品販売に移行した.また,4 月か ニコンは 5 月 22 日,シグマに対する特許侵害訴訟を東京 らはカラーネガの 35 mm パック品,リバーサルフィルムおよ 地方裁判所に提起したと発表した.訴訟内容は,手ブレ補正 び黒白フィルムのブローニー判,シートの全品種.インスタ 機構を搭載した交換レンズに関する特許で,特許侵害行為の ント用に関しても値上げした.値上げ幅は 5 ~ 15%. 停止と損害賠償約 126 億円を求めている. DNP フォトルシオは,4 月から,従来からの PhaseOne 製 カメラ映像機器工業会(CIPA)は,5 月 24 日の第 9 期定時 品,Leaf 製品に加えて, 「マミヤデジタル製品」も取り扱う 社員総会並びに理事会で,任期満了に伴う役員選挙で,新代 ことになった.これによりフェーズワン社,マミヤ,DNP 表理事会長にニコンの木村眞琴取締役社長兼社長執行役員, フォトルシオの提携業務をより効率化させ,マミヤ・デジタ 代表理事副会長にソニーの今村昌志業務執行役員SVPを選出 ル・イメージングは開発製造に資源を集中させることになる. した. なお,645AFDIII,RZ67ProIID,マミヤ 7 などのフィルムカ 日本写真映像用品工業会は,5 月 25 日の第 51 回定時総会 メラは従来通りマミヤ・デジタル・イメージングが販売,修 を開き,会長にケンコーの山中徹社長,副会長にベルボンの 理,サポートを行っていく. 中谷幸一郎社長,ハクバ写真産業の南英幸社長が選任された. コダックと加賀ハイテックは,コダックフォトギャラリー カメラ雑誌のメカニズム担当記者の集まりであるカメラ記 を 4 月 1 日より秋葉原から銀座の旧スポットフォトサロンに 者クラブが開催する「カメラグランプリ 2011」の大賞に「ペ 移転した.住所は中央区銀座 1-3 先 インズ 3,開館は平日 ンタックス 645D」,レンズ賞には「タムロン 18 ~ 270mmDi 9:00 ~ 19:00,土曜日 10:00 ~ 18:00,日曜祝日は休館. Ⅱ VC PZD」が,あなたが選ぶベストカメラ賞には「ニコン 富士フイルムは,同社の 3D デジタルカメラ「FinePix REAL D7000」カメラ記者クラブ賞は「フジフイルム FinePix X100」 3DW1」が国際宇宙ステーションの活動記録用に採用された と「エプソン PX-5V」を選定した.6 月 1 日には東京・明石 と,4 月に発表した.宇宙飛行士が記録を行った後,撮影デー 町の聖路加ガーデンに関係者を招き,贈呈式が行われた. タは地上に送信され,保管されるという. イーストマン・コダック社は,4 月 4 日に,世界初のデジ タル一眼レフである「コダック・プロフェッショナルデジタ ケンコーは,6 月 1 日付けでトキナーと合併し,新会社ケ ンコー・トキナーを設立し,新たにスタートした.今後とも, ケンコーとトキナーのブランドはそれぞれ継続される. ルカメラ DCS100」と初期のデジタル一眼カメラとして「同 日本写真協会は,6 月 1 日写真の日を記念して「東京写真 DCS200,1992 年」 , 「同 EOS-DCS,1995 年」の 3 台を歴史的 月間 2011」の企画展として“アジアの写真家たち インドネ なデジタルカメラとして日本カメラ博物館に寄贈した. シア”,“1000 人の写真展~私の 1 枚”,都内写真ギャラリー 日本カメラ博物館は,4 月 5 日から 7 月 3 日まで, 「コシナ 60 カ所での協賛写真展,写真展に関するシンポジウムなどを とフォクトレンダー展」を開催した.コシナは 1959 年にレ 行い,6 月 1 日には「2011 年 日本写真協会賞」表彰式を行っ ンズ加工のニコーとして設立されて以来,1973 年からはコシ た.協会賞は,国際賞 : クリス・ピヒラー,功労賞:木村惠 ナとなり,1999 年からはフォクトレンダー名のカメラやレン 一,笹本恒子,福原義春,作家賞:川田喜久治,森村泰昌, ズを製造し,現在は世界的で唯一のフィルムカメラメーカー ハービー・山口,学芸賞:倉石信乃,新人賞:大和田良,村 として存在している.一方フォクトレンダーは 1756 年にオー 越としやの各氏が選定された. ストリアのウイーンで創業し,全金属製ダゲレオタイプを発 売した世界最古の光学メーカーとして知られている. 6 月 21 日,22 日の両日フォトビジネスに関係する人々を 対象にしたプロメディア主催の「PHOTO NEXT 2011」が東 富士フイルムは,東日本大震災で流された写真を救済する 京ビックサイトで開催された.主催団体は,写真感光材料工 ために,現地で技術的と物的な支援を行うプロジェクトを立 業会,日本カラーラボ協会,日本写真用品工業会,特別協賛 ち上げスタートさせたと 4 月に発表し,現地に技術的な支援 として日本営業写真機材協会が名を連ねている.参加企業は にあたるメンバー 30 人と週末には 100 人以上の社員ボラン 123 社で,会期中日本写真学会も有料セミナーを行った.入 ティアが訪れた.さらに 6 月には足柄工場の体育館で社員, 場者数は 2 日間合計で 24,753 人. 2011 年の写真の進歩 富士フイルムは,8 月以降に,写真用印画紙を全世界規模 239 池袋(2010 年 12 月),水戸(2011 年 6 月)に続く 3 店舗目. で 値 上 げ し た.値 上 げ 幅 は ア マ チ ュ ア 用 が 1 m2 あ た り カメラ映像機器工業会(CIPA)は,写真・映像を通して東 2 日本大震災で被災した地域の復興を支援する目的で,NPO や あたり 0.25US$(約 20 円相当).値上げ理由は,銀を含む原 ボランティア団体を支援する助成団体である日本財団の協力 材料コストの値上がりが史上最高の水準になったためとされ を得て,東日本大震災基金「CIPA フォトエイド」を設立し, ている. 会員企業から寄付を募り,写真や映像記録の作成・保存・閲 0.20US$(16 円相当),スタジオ写真館向けのプロ用が 1 m リコーは,7 月 1 日に HOYA のペンタックス・イメージン グシステム事業を買収すると発表した.買収は HOYA が 10 覧などに関わる団体を支援していくと,8 月に発表した. タムロンは創業 60 周年記念プロジェクトとして,特別サ 月 1 日付で設立する子会社ペンタックスイメージング株式会 イトで作品展を行う「Eternity at a Moment―写真家 60 人の 社へ吸収分割させ,その新会社の発行株式 100%をリコーが 『瞬間と闇』を 8 月 30 日から開催した.このプロジェクトは 取得し事業譲渡.HOYA は,医療器の内視鏡事業などをペン 60 人の写真家がタイトルの『瞬間と闇』にしたがって同社の タックスブランドのまま残し,リコーはデジタルカメラの一 18 ~ 270mmF3.5-6.3Di Ⅱ VC PZD レンズで作品を撮り下ろ 眼レフカメラ部門を強化することになり,10 月 1 日付けで し,10 月 5 日からは東京・外神田の「3331 Arts Chiyoda」に 「ペンタックスリコーイメージング株式会社」を発足させた. 加賀ハイテックは,コダック製のカラーリバーサルフィル ム,カラーネガフィルム,黒白フィルムの一部を 7 月 1 日か て 60 周年記念写真展も行われた. コダックと加賀ハイテックは,コダックプロフェッショナ ルカラーペーパー,薬品,ディスプレーマテリアルの製品を, ら実施した.値上げは,パルプ,原油の大幅な上昇に加え銀 9 月 1 日から値上げを行った.値上げ幅は,カラーペーパー 価格の急激な高騰を受けての対応であるとしている. 10%,ディスプレーマテリアル 10%,E6 ケミカル・黒白用 富士フイルムは,7 月 6 日に,APS フィルムを在庫がなく なり次第販売を終了すると発表した.APS フィルムは,1996 ケミカル 15%,C-41 ケミカル 5%,E6・黒白処理用コント ロールストリップ 15%. 年 2 月 1 日,イーストマン・コダック,富士フイルム,ミノ 富士フイルムは,9 月 5 日に銀塩フィルムの一部製品の販 ルタ,キヤノン,ニコンの 5 社により新写真システム APS 売終了を発表した.終了品は,プロ用ネガフィルム:シート (Adovanced Photo System)として商品化されたもので,フィ 20 枚入りフジカラー Pro160NC 4×5,同クイックロード,リ ルム幅 24 mm,1 コマに 2 パーフォレーション,フィルムベー バーサルフィルム:35 mm センシア 100/24・36 枚撮り,タン スは従来より 30%薄いポリエチレンナフタレート,フィルム グステン光用 T64/36 枚撮り,120 サイズアスティア 100F/12 全域に透明磁気コートされていて各種情報がプリンターへ反 枚撮り 5 本パック,220 サイズアスティア 100F/24 枚撮り 5 映される,現像後も同じカートリッジに入れて戻されるなど 本パック,シートフィルム(20 枚撮り) :アスティア 100F が特徴だった.富士フイルムの出荷終了は 12 月が予定され 4×5,同クイックロードタイプ,同 8×10,ベルビア 100F ク ていた. イックロードタイプ,黒白フィルム:35 mm サイズ単品 / ネ 日本写真文化協会は,第 65 回定時総会を開き,大石直臣 オパン SS 36 枚撮り. 氏の留任を決めるとともに写真館誕生 150 周年とポートレイ 9 月 8 日からラスベガスで開催が予定されていた全米の トギャラリー 10 周年の記念事業として,営業写真館の開祖 写真業界団体の PMA2011(Photo Marketing Association)を である下岡蓮杖の名前を冠した, 「下岡蓮杖賞」肖像写真コン 2012 年の 1 月に開催を延期した.この 1 月の開催にあたって テストを 2012 年春に行うことを決定した. は,10 日 か ら 開 催 さ れ る CEA(全 米 家 電 協 会)主 催 の 日本カメラ博物館は,7 月 12 日から 10 月 23 日まで「技術 “CES2012”との共同開催となり, “PMA@CES”となる.PMA のルーツをたどる-カメラはじめて展」を行った.会場には はドイツでのフォトキナと並び長い間にわたり一大写真のト 世界初の市販カメラ“ジルーダゲレオタイプカメラ(1839 レンドショーとして開かれてきたが,2011 年は開催されな 年)”,世界初のロールフィルムカメラ“ザ・コダック(1888 かった. 年)”,世界初のカラー乾板ルミエールの“オートクローム 富士フイルムは,日本国内のイメージング事業を統括する (1907 年)”,世界最初の電子スチルカメラ試作機“マビカ 販売会社として「富士フイルムイメージングシステムズ株式 (1981 年)”などを始めとして,数々の写真に関係する初めて 会社」を 2012 年 2 月 1 日付けで発足させると 10 月に発表し モデルが展示された. た.新会社は,法人向けサービスを行ってきた富士フイルム ケンコー・トキナーは,フランスのプロ向けの角形フィル イメージテックを改編し,富士フイルムのイメージング事業 ターメーカーである「Cokin」社を買収したと 7 月 15 日に発 の国内営業機能を担当してきたコンシューマー営業本部を統 表.Cokin 社は今後独自性を維持しながら財政的な負担を軽 合するもの. 減し潤沢な原材料を購入でき,ケンコー・トキナーは,ヨー 日本カメラ博物館では「甦るペンタックスカメラ博物館展」 ロッパ製品製造拠点を構築でき,世界戦略に加速をつける. を 11 月 1 日から 2 月 26 日まで開催した.ペンタックスカメ ビックカメラは,カメラ女子向け「BIC PHOTO」コーナー ラ博物館は,1967 年の 12 月に東京西麻布に開設された「ペ を新宿西口店に 8 月 1 日から開設した.基本的にはカメラ本 ンタックスギャラリー」が最初で,その後 1981 年にペンタッ 体は扱わなく,プリントとプリント後の楽しみ方提案に特化. クスフォーラムが西新宿に開設されたことにより,1993 年に 240 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 栃木県益子事業所へ移転したが,2009 年 7 月をもって閉館さ ハロゲン化銀以外の他の系との比較・応用を含めた解析がな れた.長年にわたりコレクションされたカメラ,写真,文献 されている. などは貴重なものが多く,散逸を防ぐためにも日本カメラ博 谷は,銀塩感光材料の感光過程の要となる光電変換過程に 物館に移譲され,この時期カメラを中心とした展示を行っ ついて,その過程の効率とその向上の方法を光吸収率,光電 た. 変換効率,電荷の利用効率の観点から解析し,それらの知見 タイの洪水被害により,キヤノンはインクジェットプリン ターを生産する「キヤノンハイテクタイランド」,ニコンは一 眼レフと交換レンズを生産する「ニコンタイランド」 ,ソニー の各種有機デバイスへの展開について比較検討した(日写誌, 74,290). 谷は,色素増感における電子移動機構の解明で積み残され は α ボディを生産する「ソニーテクノロジータイランド」,日 た色素 / AgX と,ゼラチン / AgX 界面での電子構造を紫外光 本電産コパルは,デジタルカメラ用シャッターとレンズユ 電子分光法(UPS)などを用いて解析した.色素分子の双極 ニットなどを製造する「日本電産コパル・タイランド」,ケン 子のハロゲン化銀表面への配向と,ハロゲン化銀表面の銀イ コー・スリックは「スリック・タイ工場」などが 10 月末現 オンとハロゲン化物イオンの偏位の有機層による緩和が,ハ 在で影響を受け,操業停止などの影響を受けた. ロゲン化銀のイオン化エネルギーを減少させることを示した 2011 年ニコンサロン写真展年度賞である,第 36 回伊奈信 (日写誌,74,308;日写年,8). 男賞は,韓国の写真家・李尚一写真展「光州 望月洞」に,若 2.2 ホログラム記録 手写真家に贈る Juna 写真展年度賞の第 13 回三木淳賞は添田 ホログラムは光の干渉を記録しており,光の波長スケール 康平写真展「Not yet refugees」,同奨励賞には藤原拓也写真 を記録できる解像度が必要となる.そのためホログラム記録 展「スポーツ絵巻」並びに吉原かおり写真展「よびみず」に には超微粒子乳剤の感光材料が用いられており,ホログラム 決定し,11 月 29 日ニコンプラザ新宿で授賞式が行われた. 用写真感光材料の調製と,それに関する研究も引き続き報告 本稿を執筆するにあたり,工業生産の項は,写真感光材料 工業会とカメラ映像機器工業会の資料を基に,新製品の項は, されている. Kuge ら(千葉大)は,超微粒子のハロゲン化銀粒子を用い カメラタイムズを参照し,各社ニュースレリーズ等を参考に, ている光熱写真感光材料でのホログラム記録について調べ 企業 / 団体 / 人の動きの項は,カメラタイムズ,各社ニュー た.干渉縞を記録して熱現像すると現像銀からなる振幅型の スレリーズから抜粋,引用させていただいた. 回折格子が記録されるが,これを臭素ガスで処理すると現像 銀が臭化銀に変換されて,透明な位相型ホログラムが得られ, 2. 銀塩感光材料 回折効率が上昇することを見いだした(JIST,55,20510). 久下謙一(千葉大学) Vorzobova ら(サンクトペテルブルグ州立大)は,青色光 領域のホログラム記録感光材料を新たに調製し,そのホログ 銀塩写真感光材料の研究報告は引き続き縮小傾向にある. 一般の感光材料の研究は中国,ロシア,東欧などの旧共産圏 でわずかに続いているだけである.しかしながら,高解像度, ラム特性を調べた.市販感光材料より良好な結果が得られた (Molecular crystals and liquid crystals,535,167). Ivanov ら(ブルガリア科学アカデミー)は,10 nm 以下の 高保存性といった,銀塩感光材料の高い性能を発揮できる特 サイズのハロゲン化銀粒子からなり,RGB に感度を持つパン 殊用途の分野では進展があった.ホログラム記録,放射線飛 クロ型ホログラム用感光材料を開発し,そのホログラム特性 跡検出,画像保存などの分野では,引き続き新しい応用への を調べた.RGB 光それぞれに対して 80,75,50%の回折効率 展開が模索されている. を得た(Comptes Rendus de l’Academie Bulgare des Sciences, 2.1 感光材料調製・感光理論 64,345). 高解像度記録のためには,乳剤粒子の超微粒子化が必須で Smith ら(De Montfort 大,英国)は,HARMAN technol の ある.長縄ら(名大)は,微細な放射線飛跡を記録するため 新しい赤色光と緑色光に感度を持つホログラム用感光材料の の高感度・高解像度原子核乾板の開発を進めた(日写年,74; 特性を報告した.高い回折効率と,狭い再現波長域を持って 日写秋,26). いた(Proc. SPIE,7957,795701). 大関(富士フイルム)は,日本写真学会学術賞の受賞理由 Ganzherli ら(ロシア科学アカデミー)は,回折格子記録を となった,写真感光材料で重要な平板状ハロゲン化銀粒子の 重ね合わせることで,PFG-01 ホログラム用感光材料にマイ 粒子形成について,また物性と写真挙動について,これまで クロレンズの配列を作製した.現像後硬膜漂白や,紫外光照 の研究のまとめと今後の可能性を概観した(日写年,18). 射により,レリーフを作り,マイクロレンズを形成した(Proc. 本田は,医療用 X 線フィルムの技術の歴史的流れについて, SPIE,8074,80740T). 銀塩感光材料の技術の観点から概観した.特にその中での最 Bjelkhagen(Glyndwr University,英国)は,カラーホログ 終の技術的エポックである,内部に高濃度のヨウ化銀を持つ ラムの作製技術の解説の中で,そのための感光材料として銀 単分散ヨウ臭化銀粒子乳剤の設計について詳しく論じた(日 塩やフォトポリマーなどについて言及した(Imag. Sci. J.,59, 写誌,74,219). 83). ハロゲン化銀の光電変換過程や色素増感の機構について, 2011 年の写真の進歩 2.3 放射線飛跡検出 241 3. 光機能性材料 光機能性材料研究会 放射線飛跡検出には歴史的に原子核乾板と呼ばれる銀塩感 光材料が用いられている.現在もより微細な μm 以下の飛跡 の検出をめざして研究が進められている. 宇宙の質量のかなりの割合を占めるとされる暗黒物質の検 3.1 光電変換効率向上技術 日本写真学会光機能性材料研究会が主催した「第 8 回光機 出について,浅田ら(名大他)は,感光材料技術の開発を(日 能性材料セミナー:光電変換効率をいかに上げるか?」 (6 月 写年,76;日写秋,28) ,袴田ら(名大他)は,同じく現像処 30 日)では,色素増感型太陽電池ならびに有機薄膜太陽電池 理の開発を試みた(日写秋,30). に関連した「光電変換効率の向上」に関わる科学について 中性子検出について,石原ら(名大他)は,原子核乾板を 5 つの講演が行われ,基礎的な視点あるいは様々な応用分野 用いた高 γ 線雰囲気中での中性子検出を試み(日写年,72; からの視点を交えた活発な討論が行われた.宮坂(桐蔭横浜 日写秋,32) ,中ら(名大他)は,中性子反跳粒子の飛跡の検 大)は, 「色素増感太陽電池の現状と改良の課題」と題し,色素 出を検討し(日写年,78) ,森島(名大)は,中性子検出のた 増感太陽電池の現状と実用化へ向けた課題を報告した.色素 めの飛跡像の画像解析技術を検討した(日写年,42). 増感太陽電池は小規模設備で生産でき,寿命は短くとも破損 多量の飛跡の中から目的とするものを高速に読み出して解 したときに容易,安価にリニューアルできる特徴を有し,フ 析する必要があり,飛跡読み出しの高速化・自動化が進めら レキシブルな太陽電池としての用途が広がると予想され,そ れている.福田ら(東邦大他)は,大角度荷電粒子の飛跡の のコスト目標を具体的に提示した.また,多孔膜の TiO2 層を 読み取り装置について(日写秋,18),森島ら(名大)は,名 薄膜化しながら光吸収を高める方法,そして色素に変わる量 大で開発した読み取り装置について(日写秋,22),桂川(名 子ドット等の無機増感剤の研究を報告した.大北(京都大) 大他)は,光学顕微鏡での微細飛跡選別について(日写秋, は, 「PN 接合界面の色素修飾による光電変換効率の向上」と題 20) ,吉本ら(名大他)は,ステージ駆動とデータ取得のシス し,薄膜太陽電池における PN 界面制御,特に界面の色素修 テムについて(日写秋,48)報告した.中ら(名大他)は, 飾について報告した.近赤外域に吸収帯を有するフタロシア 光学顕微鏡より高倍率の X 線顕微鏡による飛跡観察について ニン系色素を第 3 成分としてブレンド膜に導入し,PN 接合 報告した(日写秋,50). 界面に偏在させることで光電変換効率が向上することを示し 原子核乾板の応用例として,気球を用いた宇宙 γ 線観察が た.薄膜太陽電池への色素増感機構の付与が可能であること 進められている.六條ら(神大他)は,観察装置の開発につ を示した点で有意義であると考える.桑原(大阪大)は, 「局 ,釜田ら(神大他)は,フィルム解析の現 いて(日写秋,24) 在表面プラズモン共鳴を利用した有機 LED の発光増強」と題 状について(日写秋,52) ,尾崎(神大他)は,直線偏光に対 し,局在表面プラズモン共鳴を利用した有機 LED の発光増 する感度について(日写秋,54)報告した. 強現象について報告した.金属微粒子を有機 LED 素子中に 放射線感度を上昇させる方策についても探求されている. 導入することで,著しい発光増強を実現した初めての例であ 宮里ら(千葉大)は,放射線露出後に低温で赤色光露光を与 り,その機構について詳細な検討結果を報告した.プラズモ える Herschell 効果を応用した補力処理により,潜像核の再 ン共鳴を利用した新しい機能性材料への発展が期待される. 配列が起こって感度が上昇することを報告した(日写秋, 加藤(日本大)は, 「酸化チタンナノ微粒子を用いた光エネル 46) . ギー変換反応」と題し,色素増感太陽電池における酸化チタ 2.4 金微粒子調製 ンナノ微粒子の光エネルギー変換反応に関して,全体像を俯 銀塩写真感光材料を用いた金微粒子調製は,得られる画像 瞰すると同時に時間分解レーザー分光による機構解明につい の高い安定性から,画像保存の分野へと展開している. Kuge ら(千葉大)は,金沈着現像系にアスコルビン酸を添 ての検討結果を報告した.初期に超高速緩和過程が存在する ことならびにその度合いが色素種により変化するという新た 加することで,現像速度の飛躍的な増加が得られることを報 な知見を報告した.谷(元富士フイルム)は, 「銀塩写真感光 告した.これは金原子の形成がアスコルビン酸のない系での 材料における光電変換過程の効率向上と有機デバイスへの展 不均化反応から,アスコルビン酸存在下での還元反応に移行す 開」と題し,銀塩感光材料の光電変換効率を向上させる技術 るためと考察した(Bul. Chem. Soc. Jpn.,84,947;日写年,80). 内容について報告した.そして,色素増感太陽電池ならびに 久下ら(千葉大他)は,写真印画紙に金沈着現像で形成し 薄膜太陽電池と銀塩感光材料との比較を定量的に分析して, た金微粒子からなる像を,タイル等の耐熱性基板に貼り付け 各デバイスの課題に対する今後の取り組み方を提案した.こ て焼成することで,基板上に像が転写され,金膜写真が形成 れらの内容は,特集として日写誌,72,328–359 に掲載された. されることを見いだした(日写誌,74,12). 3.2 光電変換材料 世の中の環境・エネルギー分野への関心の高まりを受けて, 引き続き高効率な有機薄膜太陽電池の研究が活発になされ た. Kaji ら(分子研)は,フタロシアニンとフラーレンの蒸着 に際して添加剤としてナフタレン誘導体もしくはポリジメ 242 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) チルシロキサンを共存させることで有機薄膜太陽電池の変 に関する以下の報告がなされた(紙上および web 上で開催). 換効率が向上することを報告した.この結果は,添加剤の存 石井ら(東京大)は, 「ポルフィリン J 会合体の不斉場による 在によりフタロシアニンとフラーレンがカラム状に結晶化 キラル誘起」(日化春,2E4-51)および「ポルフィリンキラ することで理想的な pn 界面が形成されたためと解釈された ル J 会合体の磁気キラル二色性・円偏光二色性研究」(日化 (Advanced Materials,23,3320–3325). 春,4E4-03)を報告した.君塚ら(九州大ほか)は,「イオ Fukuda ら(埼玉大)は,ポリチオフェン(P3HT)とフラー ン液体界面における動的分子組織化-シアニン色素から成る レン誘導体(PCBM)のオルトジクロロベンゼン・アセトン 発光性ナノテープの形成と超分子エッチング」 (日化春,2F5- 混合溶液をエレクトロスプレー法により薄膜化することで高 18)を報告した.米谷ら(大阪市大)は, 「シアニン色素 J 凝 効率な有機薄膜太陽電池が作成できることを報告した.混合 集体を被覆した Ag コア Au シェルナノ粒子の作成と分光特性 溶媒の混合比率を最適化することで,欠陥の少ない薄膜が形 の研究」 (日化春,2PC-102)を報告した.飯村ら(宇都宮大) 成できたためと解釈された(Physica Status Solidi RRL,5, は, 「有機色素会合体 / 金属ナノ粒子複合体の構造と光学的特 229–231).これらの報告は,薄膜太陽電池における有機半導 性」 (日化春,2PC-092)を報告した.松本ら(横浜国立大ほ 体の界面制御の重要性を示唆するものである. か)は,「4-ジエチルアミノ-2-ジアルコキシベンズアルデヒ Takimiya ら(広島 大)は,ジナ フ ト チ エ ノ チオ フェ ン ドから合成したビスアゾメチン色素の結晶構造における分子 (DNTT)とフラーレンから構成される有機薄膜太陽電池が高 間相互作用」(日化春,2G6-25)および「4-ジメチルアミノ- い変換効率を示すことを報告した.DNTT は大気中で安定な 2-アルコキシベンズアルデヒドから合成した新規なビスア 非常に高い移動度を示す有機半導体材料として開発された材 ゾメチン色素の結晶構造」 (日化春,2G6-26)を報告した.山 料であり,有機薄膜太陽電池にも適用できる可能性を示した 口ら(名古屋大ほか)は, 「ビ(チエノ[2,3-c]チオフェン)誘 点で有 意義 で あ る と 考 え る(Applied Physics Express,4, 061602). Yoshikawa ら(京都大)は,色素で表面が修飾された酸化 導体の固体光物性」(日化春,3E5-19)を報告した.由井ら (東京理科大)は,「金色光沢低分子有機結晶における金色光 沢起源の分光学的研究」(日化春,3PA-036)を報告した. 亜鉛ナノロッドとポリチオフェン(P3HT)から構成される 薄膜太陽電池が 1%前後の光電変換効率を示すことを報告 4. 画像入力―撮影機器 した.本報告は有機・無機ハイブリッド材料による高効率な 井上義之(カメラ技術研究会) 薄膜太陽電池への展開が期待される点で有意義と考える (J. Phys. Chem. C,115,23809–23816). Kusama ら(産総研)は,色素増感太陽電池における電解 4.1 技術報告 AF 技術においては,遠藤ら(富士フイルム)により 撮像 質,ルテニウム錯体色素とヨードイオンの 3 者間の相互作用 素子内蔵型位相差 AF の開発について報告された(日写誌, に関する理論的な考察を行った.電解質のアンモニウムカチ 74(2),69;日写年,66).今後,位相差 AF センサーをも包含 オンを介した色素とヨードイオンとの相互作用が大きいほ したセンサー開発が進むことが期待される.一方,澁野(パ ど,酸化チタンへの電子移動後に生じる色素カチオンの還元 ナソニック)は,GH2 に採用された高速コントラスト AF 制 的な再生過程が促進することを明らかにした.色素増感太陽 御が報告され(“CP+ 技術アカデミー”,以下“CP+ 技術 A” 電池の効率を高める技術への展開が期待される知見と考える と略記する,2) ,コントラスト AF での高速化・高精度につい (J. Phys. Chem. C,115,2544–2552). 3.3 J 会合体 Tani(元富士フイルム)は,J 会合体や色素増感の研究を含 ての優位性をアピールした. レンズ技術においては,コンパクトカメラでの特徴の際 立ったレンズ開発に関する報告が目立った.原田(ニコン) む写真科学の到達点をまとめたうえで,これらの詳細かつ膨 は,デジタル時代の最新レンズ技術についての考察と,ユー 大な蓄積が,色素増感太陽電池や有機デバイスなど最近急速 ザー目線での性能解説を行った(PHOTONEXT 日本写真学 に発展しつつある新しい分野に如何に適用できるか詳しく論 会セミナー,1).窪田ら(オリンパス)は,コンパクトカメ じた(Phographic Science: Advances in Nanoparticles, JAggregates, Dye sensitization, and Organic Devices, Oxford ラ上級機用のコンパクトな明るいレンズの開発の報告を行っ University Press). クス協会 光学系設計技術部会でも報告している.一方で, た(カメラ技術,9) .これらは, (社)日本オプトメカトロニ Segawa ら(東京大)は,プロトン化したポルフィリン誘導 高倍率レンズでは,伊藤(キヤノン)は,コンパクトカメラ 体を含む水溶液に塩化物イオンを共存させると,ポルフィリ 用の超高倍率ズームレンズの設計について報告した(日写 ン誘導体の会合体が形成されることを報告した.塩化物イオ 誌,74(2),72;日写年,62). ン濃度が比較的低いときには H 会合体が形成されるが,塩化 交換レンズに使用されるコーティングでは,サブ波長構造 物イオンが高濃度になると J 会合体の形成が優勢になること を用いた反射防止膜“SWC”の開発に関して,奥野ら(キヤ を明らかにし,それぞれの構造モデルを提案した(J. Phys. ノン)により報告された(日写誌,74(6),302;日写年,70). Chem. B,115,7773–7780). この報告は,日本液晶学会・液晶フォトニクス光デバイス研 日本化学会第 91 春季年会(2011)において,色素 J 会合体 究フォーラム(2011/10)や,ナノ構造光学素子の最前線(第 2011 年の写真の進歩 243 2 章 2 節,2011/7)でも報告された. 表9 新機軸の技術として,動画撮影との親和技術も報告されて いる.久間(キヤノン)は,デジタル一眼レフのフル HD 動 メーカー キヤノン 画機能搭載についての留意すべき技術について(CP+ 技術 機種名 発売月 EOS Kiss X5 2011 年 3 月 EOS KissX50 2011 年 3 月 A,4),また,小野田(カシオ計算機)は,ハイスピード(静 ニコン D5100 2011 年 4 月 止画・動画)をデジタルカメラに搭載するにあたって留意す ペンタックスリコー PENTAX K-5 Limited Silver 2011 年 3 月 べきポイントと今後の可能性について報告した(CP+ 技術 シグマ SD1 2011 年 6 月 A,1). 3D 技術においては,撮影する側の利便性技術として,加藤 (ソニー)が,スイングパノラマ機能を利用した 3D 生成技術 製造に大きく関わる大事件が発生し,少なからずカメラメー について報告した(CP+ 技術 A,8).また,畑田(東京眼鏡 カーの製造のみならず,開発計画にも影響が出たものと思わ 専門学校)は,視機能から見た 2D 画像から 3D 画像への展開 れる.以下では,2011 年の進歩を解説するが,2011 年に発 について考察した(カメラ技術,27). 売予定で,実質発売が 2011 年以降に延期になった機種は除 個々のカメラ技術としては,いわゆる「ミラーレス」カメ くこととした. ラに関する技術解説が主流となった.CIPA 統計では,2012 4.3 デジタル一眼レフ 年 CP+ において,いわゆる「ミラーレス」カメラを,レン デジタル一眼レフの分野では高感度化,ライブビュー,動 ジファインダー方式等のカメラと包含して「ノンレフレック 画記録などの高機能化が一層一段落し,新製品はそれまでの スカメラ」と呼称することとなったため,この項ではノンレ 機種のブラッシュアップ的な性格のもの,もしくは,プレミ フレックスカメラと呼称する. アモデルのような機種に留まっている. 岡本(パナソニック)は, “小型・高画質・高機能を実現す キヤノンは最安価格帯に,X50 を発売したが,徹底的なコ るミラーレス一眼カメラ”と題し,2008 年から続くパナソ ストダウンを図った機種として先幕電子シャッターを一眼レ ニックの G シリーズの発展に関して報告した(映写情報メ フの形態に投入してきたことは注目に値する. ディア学会誌,65,269).小岩井ら(オリンパス)は,マイ 一方で,2012 年はオリンピックイヤー,フォトキナイヤー クロフォーサーズ用小型レンズを如何にして開発していっ であることから,発表になった一眼レフカメラを含めて,一 たかを(日写誌,74(2),56),林(ペンタックスリコー)は, 眼レフ市場の再度の活気づきが期待される. PENTAX ブランドの初のノンレフレックスカメラとなる PENTAX Q の開発を,特に自由なレイアウトが可能な観点か 表 9 に 2011 年に発売されたデジタル一眼レフの一覧を示 す. らのデザインアプローチについて報告した(カメラ技術, 4.4 ノンレフレックスカメラ 21). レンズ交換可能でありながら光学的なファインダーを持た 牧ら(リコー)は,リコー独自のノンレフレックスカメラ ず,背面液晶モニターによるライブビューあるいは EVF で であるユニット交換式カメラシステムについて(日写年,64) , ファインダー機能を果たす形式のノンレフレックスカメラ また,阪口(リコー)は,そのユニットの一つである優れた は,新たにニコン,ペンタックスリコーがそれぞれ独自のマ 描写力の28 mm単焦点カメラユニットと今後の展開について ウント,センサーサイズで参入した.日本市場では,レンズ 解説した(CP+ 技術 A,10). 交換式カメラの内の半分以上を占めるまでに市場成長した. その他の個々の技術については,相川(ニコン)は,プロ 中でも,Nikon 1 シリーズは,撮像素子内に位相差 AF モ ジェクター内蔵というユニークなデジタルカメラの開発につ ジュールを組み込んだ“ハイブリッドアドバンスド AF 方式” いて(CP+ 技術 A,9),近藤(富士フイルム)は,『ハイブ を採用しており,カメラの趣とは異にした,大胆な技術の搭 リッドビューファインダー』という OVF と EVF を同時搭載 載であったと言えよう. した FUJIFILM X100 のファインダー開発について(カメラ また,PENTAX Q は,1/2.3 型のシステムというコンパクト 技術,15) ,前川ら(ペンタックスリコー)は,中判デジタル カメラ並みの小型センサーサイズのマウントシステムを開 一 眼 レ フ カ メ ラ PENTAX 645D の開 発 に つ い て(日 写誌, 発,システムとしての超小型を謳うことを選択した. 74(2),63;CP+ 技術 A,3),豊田(キヤノン)は,EOS Kiss 一方で,ノンレフレックスカメラ参入済のメーカーでは, X50 電子先幕専用シャッターについて解説した(カメラ技 オリンパスが E-P/E-PL シリーズが 3 世代目に入り,新たに 術,3).それぞれ,デジタルカメラの数々の可能性に賭けた E-PM シリーズをラインナップするなど,拡大基調となって 開発者の思いの伝わる解説であった. いる.パナソニックでは,GH/G/GF のラインに加えて GX シ カメラ以外ではあるが,市川(市川ソフトラボラトリー) リーズを上市するなど,こちらも拡大基調の中でラインナッ は, 「光源色検知」という市川ソフト独自のオートホワイトバ プを強化している.また,マイクロフォーサーズの賛同企業 ランスについて解説した(カメラ技術,34). も増加した. 4.2 カメラを取り巻く環境(2011 年) 2011 年は,東日本大震災や,タイの洪水等の,特に設計・ ソニーでは,NEX-5N,NEX-C3 と前年発売の後継機種を発 売,併せて α77 と,トランスルーセント方式の最上位機種を 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 244 化を期待させる製品も発売された.過去にはそのような機種 表 10 発売月 も発売されたことはあるが,限定的な範囲に留まっていた. Nikon 1 V1 2011 年 10 月 パナソニックの FX90 は,ネット上の SNS 等にダイレクトに Nikon 1 J1 2011 年 10 月 接続出来る,カメラ自体の機能として Wi-Fi 機能が搭載され Pen Lite E-PL2 2011 年 1 月 た.今後,このような Wi-Fi 連携した機種が増えてくること Pen E-P3 2011 年 7 月 が期待される. Pen Lite E-PL3 2011 年 9 月 Pen mini E-PM1 2011 年 10 月 ろう.カメラの周囲をぐるりと輪のように回って構成されて ペンタックスリコー PENTAX Q 2011 年 8 月 いるフレキシブルな構造物が特徴であり,“吊るす”“引っか パナソニック DMC-G3 2011 年 7 月 ける”等の従来にないカメラの“据え付け方”を考えさせる DMC-GF3 2011 年 7 月 2011 年 11 月 ものであり,ユニークな形態が注目を浴びた. DMC-GX1 NEX-C3 2011 年 6 月 α77 2011 年 10 月 NEX-5N 2011 年 9 月 リコー GXR MountA12 2011 年 9 月 ライカ M9-P 2011 年 6 月 メーカー ニコン オリンパス ソニー 機種名 外観面で注目を浴びたのは,カシオの EXLIM TR-100 であ また,いわゆる“防水性能”を搭載したカメラも一定の地 位を占めてきている.ニコンの COOLPIX AW100,オリンパ スの Tough シリーズ,パナソニックの FT シリーズ,ペンタッ クスリコーの Optio WG シリーズ等である.この中には,い わゆる最大深度を競う防水機能だけでなく,防水性能のラン クを落としてでも,通常用途に違和感なく使用出来る機種も, 新たに発売されてきている. 発売した.レンズの充実も図る計画も発表されており,今後, α マウントと E マウントの拡張戦略をどのように行っていく 表 11 に 2011 年に発売されたコンパクトデジタルカメラの 一覧を示す. のか注目される. 加えて,カメラではないが,リコーからは GXR に装着出 5. 画像出力 来るライカ M マウント用の,GXR MountA12 を,ライカから は,M9-P が新たに発売され,ライカ M マウントレンズが使 5.1 プリンタ 藤田 徹(セイコーエプソン) 用出来るデジタルカメラの選択肢が広がったことも付け加え ておきたい. この分野に属する 2011 年発売のカメラを表 10 に示す. 4.5 コンパクトデジタルカメラ 本項では,写真画質出力を主な目的とするハードコピーテ クノロジーに関し 2011 年の動向を述べる. ハードコピーテクノロジー全体としては,多用途化・環境 コンパクトデジタルカメラの分野では,コンパクトカメラ 負荷軽減という新しいトレンドが定着しているが,今年は従 分野内の競争というよりも,スマートフォンに代表される携 来よりのトレンドである高速高画質化での改善報告が目立っ 帯端末に付いているカメラの台頭による市場シュリンクとい た. う,過去に経験のない時代にさらされていると言えよう.そ 渡部(キヤノン)は,ミニラボ用のプリンタ DreamLabo5000 の中で,各社共,生き残りをかけた独自の「カメラとしての について報告している.2400 dpi で 305 mm 幅のラインヘッ 存在価値」を彷彿させる機種の発売が目立った. ドによりワンパスで画像形成を行い,L 版を毎分 44 枚出力す その代表格は,各社より,F 値の明るい,カメラマニアの る.ヘッドは 10 年来の技術の集積により,接着過程を持た 心をくすぐるレンズを搭載したいわゆる「プレミアム」カメ ずに中空ノズルを形成する独特な半導体プロセスにより製造 ラであろう.ニコンの COOLPIX P300,オリンパスの XZ-1, している.ワンパスでの画像形成のためには,着弾点の変動 シグマの DP2x 等がそれにあたる.更に,富士フイルムから をひたすら小さくすることが必要であった.その他,インク は,FUJIFILM X100 が発売された.このカメラは,明るい単 滴を円形にすることでオフセット印刷に匹敵する文字再現性 焦点レンズ搭載に加えて,OVF と EVF をワンタッチで切り を実現し,グレーインクを採用して色再現を安定化し,高発 替えが出来,センサーサイズも大型であることが特徴で,マ ニアの注目を浴びた.また,キヤノンの Power shot S100 は, 色のインクを採用して銀塩を超える色再現範囲を確保した (ICJ2011,143–146). 明るい 5 倍レンズでありながら,スタイリッシュな形態を維 中川(京セラ)らは,2400 dpi と 4800 dpi という高解像度 持している.これらは,新たな“プレミアム”カメラをけん のサーマルプリントヘッドを開発し,2400 dpi では転写リボ 引していく製品として注目される. ンを使い,4800 dpi では感熱紙を使って印字実証を行った結 このような,いわゆる“いい”レンズとともに,画質を良 果,3 つの課題を見出した.高解像度化することにより,ヘッ くする技術として旧来から HDR 技術があるが,2011 年はそ ドの狭い領域を効率良く暖めることが必要なこと,印刷速度 れを更に発展させた, “一枚撮りで HDR”技術搭載のカメラ を高めるために高周波数でヘッドを駆動する際の耐パルス性 も発売された. が必要なこと,ヘッドとの密着を確保しながら高精度でメ その他に,Wi-Fi 連携のいわゆる“繋がるカメラ”への変 ディアを送る技術が必要なことである.実験では 1 mm/S の 2011 年の写真の進歩 245 表 11 メーカー キヤノン 機種名 IXY 210F 2011 年 2 月 2011 年 2 月 DMC-FP7D DMC-FH7 2011 年 6 月 2011 年 6 月 2011 年 2 月 2011 年 3 月 DMC-FZ48 2011 年 8 月 IXY 31S DMC-FX90 2011 年 9 月 PowerShot SX230 HS 2011 年 3 月 DMC-FZ150 PowerShot A1200 2011 年 3 月 FUJIFILM X-S1 2011 年 9 月 2011 年 12 月 IXY 32S 2011 年 8 月 FinePix JX420 2011 年 11 月 PowerShot A3300 IS 2011 年 8 月 FUJIFILM X10 2011 年 10 月 IXY 51S 2011 年 9 月 FinePix Z950EXR 2011 年 9 月 IXY 600F 2011 年 9 月 FinePix F600EXR 2011 年 8 月 PowerShot SX40 HS 2011 年 9 月 FinePix S4000 2011 年 8 月 PowerShot SX150 IS 2011 年 9 月 FinePix Z900EXR IXY 600F シャンパンピンク PowerShot S100 2011 年 10 月 FinePix F550EXR 2011 年 4 月 2011 年 2 月 2011 年 12 月 FinePix HS20EXR 2011 年 3 月 COOLPIX L23 2011 年 2 月 FinePix JX300 2011 年 2 月 COOLPIX L120 2011 年 2 月 FinePix JX400 COOLPIX P500 2011 年 3 月 FUJIFILM X100 2011 年 3 月 2011 年 3 月 COOLPIX P300 2011 年 3 月 2011 年 3 月 FinePix XP30 2011 年 3 月 2011 年 3 月 FinePix S3200 COOLPIX S6100 COOLPIX S9100 COOLPIX AW100 COOLPIX S100 COOLPIX S6200 COOLPIX S8200 2011 年 9 月 2011 年 9 月 富士フイルム FinePix T300 FinePix AX300 FinePix Z90 コダック 2011 年 9 月 2011 年 9 月 M532 2011 年 9 月 Z5010 2011 年 10 月 CybershotDSC-HX7V 2011 年 2 月 2011 年 3 月 2011 年 2 月 OLYMPUS VG-140 2011 年 1 月 OLYMPUS XZ-1 2011 年 2 月 CybershotDSC-WX10 OLYMPUS Tough TG-310 2011 年 2 月 CybershotDSC-WX7 OLYMPUS SZ-20 2011 年 3 月 2011 年 3 月 CybershotDSC-TX10 2011 年 3 月 2011 年 3 月 CybershotDSC-W570D 2011 年 3 月 2011 年 4 月 CybershotDSC-T110 2011 年 6 月 2011 年 6 月 CybershotDSC-HX9V 2011 年 7 月 2011 年 7 月 CybershotDSC-TX55 OLYMPUS Tough TG-810 OLYMPUS VG-110 OLYMPUS VR-320 OLYMPUS SZ-30MR OLYMPUS SP-610UZ OLYMPUS SZ-10 OLYMPUS Tough TG-615 TG-810 工一郎 OLYMPUS SZ-11 OLYMPUS VG-145 2011 年 8 月 2011 年 8 月 2011 年 2 月 2011 年 4 月 Z990 2011 年 9 月 2011 年 9 月 OLYMPUS Tough TG-610 2011 年 2 月 2011 年 2 月 2011 年 4 月 2011 年 4 月 M200 ソニー 2011 年 3 月 2011 年 3 月 C123 COOLPIX S1200pj COOLPIX P7100 CybershotDSC-TX100V CybershotDSC-W570 CybershotDSC-W530 CybershotDSC-HX100V CybershotDSC-WX30 2011 年 3 月 2011 年 3 月 2011 年 2 月 2011 年 2 月 2011 年 2 月 2011 年 3 月 2011 年 4 月 2011 年 3 月 2011 年 8 月 2011 年 9 月 シグマ DP2x 2011 年 9 月 2011 年 5 月 カシオ EXLIM EX-TR100 2011 年 7 月 EXLIM EX-H30 2011 年 3 月 2011 年 3 月 CybershotDSC-W550 OLYMPUS SH-21 2011 年 9 月 2011 年 11 月 PENTAX Optio WG-1 2011 年 3 月 EXLIM EX-ZR100 PENTAX Optio WG-1 GPS PENTAX Optio S1 2011 年 3 月 2011 年 4 月 EXLIM EX-ZR15 2011 年 6 月 2011 年 9 月 PENTAX Optio RS1500 2011 年 4 月 EXLIM EX-FC200S 2011 年 10 月 PENTAX Optio RZ18 2011 年 10 月 EXLIM EX-ZR200 2011 年 11 月 DMC-FX77 2011 年 2 月 CX5 DMC-TZ20 2011 年 2 月 RICOH PX 2011 年 2 月 2011 年 6 月 DMC-FT3 2011 年 2 月 GR DIGITAL IV 2011 年 10 月 DMC-FH5 2011 年 2 月 CX6 2011 年 12 月 DMC-S1 2011 年 2 月 V-LUX 30 2011 年 6 月 DMC-TZ18 2011 年 5 月 OLYMPUS SP-810UZ パナソニック 発売月 2011 年 5 月 COOLPIX S3100 ペンタックスリコー 機種名 DMC-FP7 PowerShot A2200 オリンパス メーカー 2011 年 2 月 PowerShot A3200 IS ニコン 発売月 IXY 410F EXLIM EX-Z3000 リコー ライカ 246 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 印刷速度であった(日画誌,50(6),503–507). 長沼(日印機工)は,ジャパンカラー認証制度について(日 山野辺(富士フイルム)らは,水系インクを用いた IJ 装置 印誌,48,109) ,杉山(大日本印刷)ら,浅野(共同印刷)と で商業印刷に求められる用紙対応性と高速性を達成するた 細井(東洋インキ)は,印刷現場のカラーマネージメントと め,マーキングプロセスと呼ぶ前後処理を用紙に対して行っ 標準化について(日印誌,48,117,124,130),それぞれ報 ている.これはインクと反応する処理液の塗布と乾燥,水系 告している. インクの乾燥,画像全体をローラー定着する処理の総称であ インクジェット技術は,システムからインク材料やメディ り,これらにより小文字の先鋭性,画像密着性,用紙の変形 アまで,様々な検討が進められ,特に産業用途での技術開発 防止の効果が得られた(ICJ2011,147–148). には目覚ましいものがある.小関(千葉大)らは,カチオン S. Okano(Ricoh)らは,プロセスの高速化・装置の小型 重合型ジェットインク中の水分が光硬化挙動に及ぼす影響を 化・トナーの低融点化という流れの中で,現像機の放熱が従 明らかにした(日印誌,48,63).青島(東大)らは,卵殻 来の自然放熱や強制空冷では立ち行かなくなると見て,液冷 カルシウムパウダーを塗工用顔料に利用したインクジェット 方式を開発した.CMYK 四色の現像機それぞれに接触させた 紙の特性評価を行っている(日印誌,48,191).日本印刷学 液冷ジャケットをパイプで結び,水などからなる冷媒を循環 会誌 48 巻 3 号および 4 号の総説で,インクジェットの特集 させて冷却する.1320 mm 幅 75 ppm のプリンタで必要な冷 を組んでいる.武内(ミマキエンジニアリング)は,屋外用 却性能が得られることを確認した(NIP27,602–605) . プリンタの主流となってきたワイドフォーマットプリンタや 環境関連では,V. R. Sankaran(Sankaran Consulting)らは, 様々なメディアに対応できる UV インクジェットプリンタな バイオトナー全般を俯瞰し,その普及のために,製造元が少 どの最新技術動向について紹介している(日印誌,48,180). ないこと,使用できるプリンタモデルが限られること,食料 加藤(協和界面科学)は,インクジェットヘッドから吐出さ となるものを使うことへの抵抗感,遺伝子組み換え技術に対 れた微小液滴の接触角測定技術について紹介している(日印 する規制が課題であると報告した(NIP27,422–424).これ 誌,48,186).江前(東大)らは,微小水滴の紙への吸収速 に対応するものとして,有好(シャープ)らは,松脂をバイ 度解析を行っている(日印秋,14) .これらは印刷された画質 オマス原料として含む非穀物系バイオマストナーを開発し, に関係する,インクの濡れ性や浸透挙動の解析に役立つもの 商品に載せた(日画誌,50(1),57–61).また,Jaan Soon Tan と考えられる.藤井(富士ゼロックス)は,インクジェット技 (Jadi Imaging Technologies Malaysia)らは,マレーシア特産の 術の進化の方向性について述べ(日印誌,48,236),安井 ヤシ油由来のポリエステルを 0–25%含ませたトナーを製造 (DIC)は,インクジェットインクの機能化と限界について述 し,その性能について報告している(NIP27,374–377). 5.2 印刷 べている(日印誌,48,241).柴谷(セイコーエプソン)は, 捺染印刷などの産業用インクジェット技術について紹介して 小関健一(千葉大学) いる(日印誌,48,246).笠井(富士フイルム)は,再生医 柴田(新潟日報)らは,新聞カラー印刷における画質コン 療などへの展開が期待されるバイオプリンティングへの応用 トロールや調子再現について報告している(日印誌,48,44; について紹介している(日印誌,48,251) .大塚(千葉大)ら 51) .東(東京工芸大)らは,光散乱を考慮した網点モデルに は,光グラフト重合を利用した,プラスチック基板に強固に接 よる多色印刷物の色予測について(日印誌,48,315),また 着する UV 硬化型ジェットインクについて報告している(日 長谷川(凸版印刷)らは,金箔質感のプリント再現のための 印春,24). 要件解析について(日印誌,48,417),それぞれ報告してい プリンテッドエレクトロニクスに関連する発表も多い.星 る.木内(国立印刷局)らは,セキュリティ印刷に役立つ, 野(東京工芸大)らは,安価で耐環境性に優れる紙基板を用 位相変調模様を用いた可視画像領域の発見とその活用につい いたフルプリンタブル分散型 EL 素子の検討を行っている て報告している(日印誌,48,325). (日印春,94;日印秋,33).ディスプレイ関連でも,喜納 尾崎(大日本印刷)は,最新のオフセット印刷機の動向に (凸版印刷)らは,複数の印刷方式を利用し有機 TFT アレイ ついて紹介している(色材,84,393).吉田(大日本印刷) を作製し,フレキシブル電子ペーパーの駆動を試みている ら,高木(大日本印刷)らは,グラビア輪転印刷機の見当制 (日印春,76).小野原(凸版印刷)らは,レリーフ印刷法を 御や機械精度などについて報告している(日印春,1;日印 用いて 7.4 インチフルカラー有機 EL ディスプレイを試作し 秋,1).堀本(サカタインクス)は,従来型印刷技術のデジ た(日印春,111).今後の大面積化が期待される.野口(チュ タル印刷への進化や課題などについて紹介している(色材, ラロンコン大)らは,銀ナノインクのレオロジー特性とフレ 84,358).日本印刷学会誌 48 巻 5 号の総説で,期待されつ キソ印刷適性との関係を検討している(日印秋,37).このよ つも課題を抱えたオンデマンド・ビジネスに関する特集を組 うに印刷技術のエレクトロニクスを中心とした分野での検討 んでいる(日印誌,48,286–314). 日本印刷学会誌 48 巻 2 号の総説で,印刷の標準化に関す る特集を組んでいる.福田(長岡技術科学大)は,なぜ国際 標準化が重要なのかについて(日印誌,48,94) ,松尾(東洋 インキ)は,色標準規格の動向について(日印誌,48,102), が進んできており,印刷技術の特長を生かした具体的な製品 作りに結び付くことを期待したい. 5.3 ディスプレイ 山口省一(ナナオ) 2011 年は先行して市場に投入された NEC MultiSync LCD- 2011 年の写真の進歩 PA271W に続いて EIZO,Apple が 27 型 2560×1440 パネルを 搭載した製品を発売した.それまでデスックトップで使用す 247 2011 年写真の進歩としてはここまでだが,原稿執筆時点で の最新情報があるので例外的に以下を記載する. る大型モニターとして 30 型 2560×1600(16:10)製品が中心 5. Apple は 4 月 28 日 iPad 2 を日本で発売,2012 年 3 月 16 だったが,これに比べて比較的低価格でデュアルモニター構 日には New iPad を世界同時発売した.New iPad では初代 iPad/ 成を 1 台で置き換える製品として注目される.また,フルハ iPad 2 と同じ 9.7 インチ液晶画面に縦・横それぞれ 2 倍の画 イビジョンテレビ用パネルと同じでアスペクトが 16:9 であ 素数(2048×1536)を持つ液晶パネルを採用する事で電子書 り,普及型の 23 型 1920×1080(16:9)と並んでこれからグラ 籍閲覧時の細かい文字の視認性を向上している.写真データ フィックアーツ業界でも普及が予想される.Apple は iPad/ の閲覧ではその色再現域が拡張され sRGB 色空間にほぼ匹敵 iPad2 の後継として New iPad を発売したが,液晶パネルの色 する事が大きな進歩と言える. 再現域がほぼ sRGB と同等にまで拡大され,同社デスクトッ プ液晶ディスプレイ / ノート型 PC / タブレット端末 / スマー 6. 画像保存 トフォンで sRGB を基準とする異なる機器間のカラーマネジ メントが一層明確になった. 6.1 画像保存関連技術 1. Apple は 7 月,Apple Thunderbolt Display を発表・発売 大関勝久(富士フイルム) した.27 型 2560×1440(16:9)IPS パネルを搭載した大型ディ 依然として画像保存分野の近年の大きな課題は,デジタル スプレイだが,注目すべき点は Thunderbolt コネクターを介 技術を用いた画像 / 映像の長期保存手段の確立であり,多く して映像信号の伝送と同社製ノート型 PC の電源を供給する の報告や発表がなされている.その多くは保存システムに関 ことが出来る点だ.ディスプレイ側に装備された入出力ポー するものであり,メディア自体の保存性に関するものは少な トもノート型 PC で使用することが可能で,Thunderbolt コネ い. クターを搭載したノート型 PC の外部大型モニターとして簡 B. Lunt(Brigham Young 大)は各種のデジタルデータ保存 便な接続性と拡張性は評価される.LED バックライトを採用 メディアについての保存期間の調査結果から,磁気テープで しているが色再現域は sRGB 相当となる. 10–50 年,磁気ハードディスクで 1–7 年,フラッシュデバイ 2. EIZOはPAGE2011で27型液晶ディスプレイ,ColorEdge ス(半導体)で 10–12 年,光ディスクで 1–25 年と報告した CG275W を発表した.グラフィックアーツ業界向け商品で (Final Program and Proceedings of Archiving 2011(以下 Arch キャリブレーション用センサー(測色器)を内蔵した 2 機種 2011 と略記する),pp. 29–33).P. Caplan と C. Chou(Florida 目の製品となる.ディスプレイ本体のメモリーに調整数値情 Center for Library Automation)は,2000 年初期に実行された 報とスケジュール情報を保存することで,定期的なキャリブ OAIS に沿ったシステムで保存されたデジタルデータについ レーション作業を完全自動化することが可能だ.センサーは てのマイグレーション例を報告した(Arch 2011,pp. 101–104). 画面左下ベゼル内に格納されており,キャリブレーション実 また,G. Wright(LDS Church)は,磁気テープで保存された 行時にスイングアウトする機構である.27 インチ 2560×1440 教会資料のマイグレーションについて詳細な報告をおこ (16:9)IPS パネルを搭載し,色再現域は Adobe RGB の 97% なった(Arch 2011,pp. 8–11) .M. Selway(Quantum Corporation) をカバーするため,RAW データのサムネール閲覧,セレク はいつマイグレーションが行われるかについて報告した ト,現像のプロセスを 1 台でこなすことが出来る.画素数が (Arch 2011,pp. 14–19).マイグレーションはメディアの劣化 2560×1440 のため従来のシングルリンク DVI 接続では 60 Hz 対策としてのみ行われるのではなく,急速に膨れ上がるデー 表示が出来ず,デュアルリンク DVI 或いは DisplayPort 接続 タ量に対し,その取り扱いスピードのアップやコスト削減の が推奨される. ために行われる.したがって,システムの変更が同時に行わ 3. EIZO は IGAS2011 で ColorEdge シリーズ液晶ディスプ れることになる.J. LaBarca(Pixel Preservation International) レイ専用キャリブレーションソフトウェア ColorNavigator 6 は現在のデータ保存の危機的状況に対し,一般の人にこの問 の試作版を展示した.試作版では Apple の iPad を代表とする 題を意識させること,ハードコピーの重要性を知ってもらう タブレット端末やスマートフォンが電子書籍閲覧や写真画像 ことの 必要 性を 種々の 資料 をもとに 訴 えた(Arch 2011, 閲覧用に使用される事を想定して,これらの携帯端末の発色 pp. 136–143).日本写真学会画像保存部会でも,今年度は一般 を直接測定し,ICC プロファイルを生成して ColorEdge 上で ユーザーのデジタルデータ保存の現状と課題を明確にするこ その色合をエミュレーションする機能を紹介した.今後益々 とを方針におき,2012 年度年次大会でも画像保存セッショ 普及するこれらの携帯端末での電子カタログ閲覧から商品購 ンを企画した.欧州ではフィルムにデジタルデータを記録 入時に問題となる色管理の実践手法として注目される. す る研究が続けられており,C. Voges(IfN)と J. Frohlich 4. NEC は 11 月,24 型液晶ディスプレイ,MultiSync LCD- (CinePostoproduction GmbH)はマイクロフィルムに記録した P241W を発売した.同社カラーマネジメント対応ディスプレ 場合の記録密度が 193.8 Mbit/m であると報告した.この方式 イのラインナップに追加され,LCD-PA241W 等と同様の画質 であれば,将来の読み取り装置で復元でき,システムの変更 と機能を搭載しながら 24 型 1920×1200(16:10)で色再現域 により 読み出 し不能になる 危惧 がな くなる(Arch 2011, を sRGB とした点が新しいと言える. pp. 158–161).その他,Archiving 2011(May 16–19, 2011 Salt 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 248 Lake City, UT)ではアナログサンプルを正しくデジタル記録 奥行や際立ちを感じたと報告した(日本建築学会九州支部研 するための画質や変換方法,またシステムに関する報告が多 究報告,50,41). 保存環境では,収蔵庫内で採用される棚が,木製から発生 くなされた. NIP27/Digital Fabrication 2011 (October 2–6, 2011 Minneapolis, する揮発性有機化合物を嫌い,スチール製となってきている Minnesota)では,材料としての研究が比較的多く報告され 現状を踏まえ,犬塚(東京文化財研究所)らは,金属の熱伝 た.A. Fricker と P. Green(UK 大)および A. Hodson(3M)は, 導率が木材よりも高いことから,空調機の吹出口付近におけ ISO18946 の方法によりインクジェットプリントの保存性に るスチール棚や資料表面での結露,またそれに伴うカビ等の 及ぼす湿度の影響を調べ,バラツキは大きいものの,素材間 発生が危惧されるとして調査を行った.スチール棚の表面温 の差が評価できると報告した(NIP27 and digital Fabrication 度は周辺空気の露点よりも充分に高かったため,スチール棚 2011 Technical Program and Proceedings(以下 NIP27 と略記す 表面での結露発生の危険性は見られなかったと報告した(保 る),pp. 267–270) .D. Burge, N. Gordeladze および J. Bigourdan 存科学,50,3). (IPI)は独自の手法で種々のデジタルプリントに与える NO2 板倉(東京国立近代美術館フィルムセンター)らは,35 ミ C,50%RH,4W 経時) の影響を調べ(5 ppm,25° ,①多孔膜 リ可燃性染色プリントである伊藤大輔監督の『忠次旅日記』 紙と Dye IJ プリントおよび銀塩写真カラーペーパーが影響を (1927 年)のデジタル復元にあたり,元素材から複製物を作 受けやすい,②デジタルプレス,銀塩写真カラーペーパー, 製する際の濃度変化のデータを記録し,複製前後の映像の階 リソグラフペーパーが下地(Dmin)黄色化の傾向がある,③ 調を数値的に管理する方法を提示した(日写秋,16). 黒色着色剤は影響を受けにくいこと等が報告された(NIP27, さらに板倉らは,松本俊夫監督の『銀輪』(1955 年)のデ pp. 205–208).P. Mason および A. Bush(Torrey Pines Research) ジタル復元においては,デジタル・レコーディング用の白黒 は寿命予測の困難さを訴え,カテゴリー(スナップショット, ネガフィルムへの三色分解を行い,映像の長期保存性の可能 ブック,ホームディスプレイ,プロ用途)に分けて議論す 性を検討した.3 種類の異なる方法で上映用プリントを作製 べきと提案した(NIP27,pp. 278–281).M. Comstock および し,その画質面については,現在考えられる復元方法のいず A. McCarthy(Lexmark)はキセノン試験の再現性について空 気(Airflow)が大きく影響することを報告した.従来から彼 ら は 空 気 と サ ン プ ル を 遮 断 す る こ と を 検 討 し て お り, ® れであっても,同じ画質の復元フィルムが得られたとした (日写誌,74(1),4). 久下(千葉大学)らは,従来の耐熱性基板の感光材料を用 Melinex でカバーすることで測定器差が少なく,再現性のあ いずに,市販の印画紙から転写することによって,耐久性に る結果が得られた(NIP27,pp. 251–254).彼らはまた,暗熱 優れた金膜写真を作製する方法を報告した(日写誌,74(1), 試験で黄化したインクジェット紙濃度が光ブリーチにより減 12). 少すると報告した.アレニウス試験を行う場合に,典型的な 朝日新聞 2011 年(平成 23 年)1 月 20 日夕刊「マイクロ 実験室の照明に 1 時間さらされると,寿命見積もりの誤差が フィルム 劣化で読めず」と報道されたことを受け,5 月に –35%から +70%に及ぶとされた(NIP27,pp. 255–258). ニチマイと劣化マイクロフィルムを救う会が「劣化マイクロ 2011 年度のアカデミー科学技術賞を富士フイルムの白井, フィルム対策セミナー」を啓発活動の一環として開催した. 平野,大関が受賞した.映画制作ではデジタル編集がほとん その中で,吉岡(吉岡映像)は,映画フィルムで培ってきた どとなっているが,ハリウッドではデジタル化された映画を 経験を劣化フィルムに応用することによって,ビネガーシン 白黒フィルムに 3 色分解して保存しており,今回の受賞はデ ドロームでワカメ状になったフィルムであっても熱を使用し ジタル映像の保存に優れた白黒フィルムの開発によるもので て引き伸ばすことで平面化が実現でき,さらに結晶痕の除去 ある.3 色分解技術については板倉(国立近代美術館フィル をすることによって,判読可能な複製フィルムが作成できる ムセンター)および三浦(IMAGICA)が,彼らが行った「銀 とした.このセミナーレポートは月刊 IM に掲載された(月 輪」(1957 年,日本)の修復,3 色分解,復元の結果をもと 刊 IM,5,34). に,日本写真学会誌,74,4(2011)に解説している. 6.2 展示・修復・保存関係 5 月に開催された日本写真学会年次大会において,豊嶋ら (富士フイルム)は,映画アーカイブ用白黒セパレーション 山口孝子(東京都写真美術館) フィルムを用いた密着の長期保存性試験から,密着安定性の ここ数年間にデジタルあるいはアナログ保存に関し,様々 期待寿命は 500 年以上との結果を得た.また,白黒フィルム な事例を通して,最適な材料の模索が現在も続いているが, の経時による剥離は,ベースと塗布面の密着力の低下に起因 正確な情報は,様々なセミナーによって普及してきているよ するものではなく,塗布膜の硬化により剥離する力が分散さ うに思われる.ここでは,文化財保存修復,画像保存に関す れず,ベースと塗布面の界面にそのまま働くことであると考 るセミナーなどを取り上げ,紹介する. 察した(日写春,90) .写真保存用包材の安全性の試験として 展示に関しては 1 件の報告があった.清原ら(九州大学) Photographic Activity Test はよく知られている.竹内(デジタ は,展示壁の色彩が鑑賞する際の「みえ」に与える影響につ ルヘリテージデザイン)らは,材料単体での PAT の結果が不 いて,ゼラチン・シルバー・プリントの場合で検討し,白は, 合格であっても,複合した状態では合格となった組み合わせ 黄・青・赤と比較して明視性が高くなり,赤は白と比べて, があったことから,その逆も懸念されるとし,単体材料であ 2011 年の写真の進歩 る包材と接着剤,そして包材と接着剤を複合した場合の 3 パ ターンの PAT を実施することが望ましいと報告した(日写 春,92). 249 環境の比較」として保存科学 50(91)に記載されている. 11 月に開催された画像保存セミナーでは,デジタルデータ の代表的な記録メディアの実用性と材料から見た長期保存の 年次大会が東日本大震災後であったことから,急遽,被災 現状や,東日本大震災によって被害を受けたアルバムや写真 写真の救済について,ポスターと口頭発表で各一件ずつの報 プリントの救済活動の報告と専門家による修復事例報告など 告が行われ,日本写真学会誌ではその特集が組まれた.白岩 がなされた.文化財の克明な記録方法の一つである写真が, (紙本・写真修復家)は,4 月下旬に現地入りした際の写真の 銀塩写真記録の白黒やカラーフィルムから撮影手段やメディ 被災状況やその応急処置方法,また救済における課題につい アを含み,デジタルに移行せざるを得ない状況になってきて て述べた(日写誌,74,176).早い段階から,ボランティア いる.中村(奈良文化財研究所)は,デジタルで撮影された 団体や避難所の方々による写真の救済活動が始まっていた. 文化財写真の長期保存への検討と取り組みについて紹介し, 鎌田(富士フイルム)は,より良い被災写真の洗浄方法の確 1000 年オーダーで「遺す」ための国家的プロジェクトや制度 立と,その対処方法の WEB 掲載や現地指導による周知など, の整備を訴えた(画像保存,9).井上(JEITA テープストレー 所属会社が行った被災写真の救済活動についての詳細を記述 ジ専門委員会)は,大容量デジタルデータの長期保存のメディ した(日写誌,4,181). アとして活用されているコンピュータ用テープの信頼性,大 6 月に開催された文化財修復学会第 33 回大会研究発表は, 容量・コンパクト,高速な転送速度,低コスト,将来性の利 セッション 26 件,ポスターにおいては 120 件にのぼり,例 点を挙げ,遠い将来においてもデータ再利用が可能となるた 年多くの参加者の情報交換の場となっている.無線 LAN 温湿 めのデジタルデータの解釈と長期保存のためのマイグレー 度モニタリングシステムと調湿機能付き高気密ケースの成 ションについて解説した(画像保存,13).清野(IMAGICA) 果,電子顕微鏡観察による展示ケースの密閉度の評価,文化 は,デジタルデータを画像としてフィルムに保存するハイブ 財梱包,総合的有害虫管理(IPM),紙質文化財に現れる foxing リッドアーカイブの特徴として,可視,データの 2 値画像化, (褐色斑点)部位から分離されたカビとそのカビを供試した メディアマイグレーションの不要,完全に復元,退色の影響 foxing の再現性実験,経年劣化紙資料の加速劣化試験による なし,関連データも同時記録,トータルコストの削減を挙げ, 重合度と有機酸量の変化,モノクローム写真をもとにした絵 スイスのバーゼル大 P. Fonaro 氏が 2010 年の JTS (Joint Technical 画の色材推定,文化財分野におけるデジタルエックス線撮影 Symposium)にて発表した,銀塩フィルムにデジタルデータ の現状と課題,ミリ波・テラヘルツ波・近赤外イメージング を長期保存するマイグレーション不要システム“Monolith” を用いた内陣彩色部調査,新設収蔵庫の空気質の解析,大気 についての技術検証を報告した(画像保存,17) .フレスコ画 中の有機酸・アンモニアの除去法,空気汚染ガス吸着性を持 は,壁に漆喰を塗り,漆喰が生乾きの間に水または石灰水で つアーカイバル容器,セルロイド製品から発生する酸性ガス 溶いた顔料で描画する.漆喰が乾くと顔料の表面が炭酸カル による劣化被害,修復用フィルム状接着材,加温二酸化炭素 シウムの皮膜で覆われるため,画像の保存性が高い.谷地 による殺虫処理,古写真に用いられた彩色材料の解析法,文 (トクヤマ)は,このフラスコ画の原理とインクジェット・プ 化財防火など,各方面からの発表があった.ここではセッショ リントの技術を融合して開発した「フレスコジグレー」を紹 ン報告のみを取り上げ,括弧内に大会要旨のページを記した. 介し,耐光性,耐擦過性,防かび性についての検証結果を報 谷口(奈良国立博物館)らは,温湿度モニタリングシステ 告した(画像保存,25).川鍋,村上(国立国会図書館)は, ムから,問題が生じた場合の迅速な対応や温湿度変化が起き 東日本大震災後の図書館連携協力による資料救済への国立国 やすい展示ケースの把握ができ,調湿機能付き高気密ケース 会図書館の取組みについて報告した(画像保存,31) .白岩(紙 の導入によって,安定した温湿度の維持ができたと報告した 本・写真修復)は,東日本大震災で津波被害を受けた写真の (30).さらに中村(宮内庁正倉院事務所)らは,前述のケー 救出活動,被害状況や処置に関して,事例を交えながら報告 ス内外の塵埃を走査顕微鏡および X 線分析を行い,侵入した を行った(画像保存,40) .今回の被災写真の多くは,ゼラチ 塵埃の由来を明らかにすると同時に,ケースの高い密閉性も ン・シルバー・プリント,発色現像方式印画やインクジェッ 示した(32) .神庭(東京国立博物館)らは,衝撃だけでなく ト・プリントであったが,古典技法の写真が災害を受けた場 共振から文化財を保護するために,文化財輸送環境における 合の処置に関する知見は乏しい.小関(ヒューストン美術館) 緩衝材の特性を解明した(34) .本田ら(九州国立博物館)は, は,写真の災害からの救済処置は,有害要素の除去を第一の 九博でのボランティアや NPO 法人による展示環境保全等へ 目的に,処置者の安全の確保,写真技法の識別,優先順位の の支援活動を報告し,自己実現や奉仕活動,社会貢献の 1 つ 設定,リスク判断,迅速な処置方法,効率の追求,保存環境 になり得るとし(36) ,下川(タクト)らは,IPM メンテナン の充実が修復作業の良い結果を導くとし,実際にハリケーン ス法の構築および実施例を報告した(38) .加藤(九州歴史資 等により被災した歴史的写真のクリーニングや修復について 料館)らは,所属館における新設収蔵庫および展示室の内装 解説した(画像保存,46). 材の選定,空気浄化など環境整備に関する報告を行った (40).さらに,この報告の詳細は,共同研究者である呂(東 京文化財研究所)らによる「内装材料の異なる収蔵庫の空気 250 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 7. 画像評価・解析 (日画誌,50(3),208) .東(東京工芸大)らは,紙中での光散 藤野 真(セイコーエプソン) 乱の効果を網点構造に組み込んだコア・フリンジモデルにつ いて,その色予測性能を評価した.同モデルは,ドットフリ 7.1 像構造 ンジ(周縁)部はコア(中央)よりインク層を薄く扱うもの 金松(千葉大)は,網点画像を設定された変換ブロックを である.CMY それぞれの組み合わせからなる 1331 色の色票 基にドットを分解し,再配置することにより網点と FM スク を用いた実測・予測の色差評価では,平均色差 1.4 ~ 2.0 の リーニング双方の長所を備えるハイブリッドスクリーニング 高い精度を得た(日印誌,48(5),315).秋田(千葉大)は, 画像に変換する手法を提案し,それを実証した(日写年, 人物写真において,服の色,背景の色を赤・緑・青に変化さ 112).上野(千葉大)は,土門拳の同一ネガを基にしたプリ せ,肌色の好ましさに与える影響を評価した.背景色が赤色 ント並びに写真集のオリジナル版と全集版に対して,その物 の場合,好ましい肌色の色相が,その他の場合に比較して赤 理的特長である RMS 粒状度・パワーワースペクトル・調子・ 側にシフトする対比効果を確認した(日写年,128).柴田 表面粗さを取得し,写真への印象に与える影響を調査した. (新潟日報)らは,新聞カラー写真における好ましい調子再現 粒状,鮮明さが写真への印象を変えていることを確認した(日 を求めることを目的として,各種評価画像を作成し,主観評 写年,120).谷口(千葉大)は,画像に付与するノイズとこ 価実験を行った.絵柄の背景明度,被写体明度,被写体質感 れより得られる記憶質感と最終的な画像の好ましさの関係を が,好ましい調子再現に影響を与えることを確認した(日印 評価した.結果,適正なノイズを付与して記憶質感を形成す 誌,48(1),51).小谷(東芝ライテック)は,LED 照明の一 ることで,画像の好ましさが向上することを明らかにした 般的な特徴・構造について既存光源との違いを比較し,現行 (日写年,130).窪田(千葉大)は,シャープネスの知覚を向 の CIE 及び JIS の演色性評価方法の紹介と LED の照明の演色 上させるために付与するノイズ条件を求めた.シャープネス 性について述べ,さらに Ra を新しい演色性評価指標に置き 向上は,元々のシャープネスが低い画像に対して,低周波ノ 換えようとする CIE の動向について紹介した(日画誌,50(3), イズを付与する場合に認められることを見出した(日写年, 229;日写誌,74(5),210).甲田(日本大)は,撮影者の立 132).藤井(ソニー)らは,縞模様を感じる周波数の視感度 場から LED 照明の特徴を概説した.利点として可視光域外 特 性 を 被 験 者 実 験 か ら 求 め た.得 ら れ た 視 感 度 特 性 は, の発光が無いこと.今後の改良点として配光性を挙げた(日 ISO15739 で規格化されたものと異なり,入力コントラストに 写誌,74(5),206).矢口(日本大)は,種々の LED 照明の 依存し,低コントラスト時にはバンドパス型,高コントラス 下,種々のデジタルカメラを用いてカラーチェッカーを撮影 ト時にはローパス型となることを認めた.デジタルカメラの し,その色再現の現状を測色的に調査した.自然光,D65 蛍 ノイズ品質を算出時の視覚特性を,得られた視覚特性とする 光灯照明に比較して,LED 照明の場合は,利用するカメラに ことで,算出ノイズと主観との対応が向上することを確認し よって再現色の差が大きくなることを把握した(日写誌, た(日写秋,12) .渡部(木更津高専)らは,背景色に対する 74(5),215).村井(千葉大)は,種々の血行状態を明瞭に再 ガウス性ノイズの知覚感度であるノイズ弁別閾値モデルの構 現できるように LED 光源の最適化シミュレーションを試み 築を行った(日写秋,12). た.白色性を維持するように光源設計することで,通常光源 7.2 階調・色再現 よりも大きな色差が算出可能となり,結果血行状態が明瞭な 川端(北海道大)らは,高次視覚における色情報の寄与に 再現となることを示した(日写年,136).矢部(光藝工房) ついて最近の研究を概説した.寄与が明確なものからそうで は,ICC プロファイルを用いたカラーマネジメントシステム ないものさまざまな傾向を認めた(日画誌,50(6),522).津 における運用上の問題点について説明を行った.OS, ハード 村(千葉大)は,カラー医療画像の色彩表現として注目を浴 ウエア,ソフトウエアにかかわる制限事項,これらの機器と びているマルチスペクトルイメージングに関して,その基礎 しくみを運用するユーザーの誤解に基づくものとがある.誤 から応用まで,生体の反射率計測を対象とし,特に肌画像の 運用とならないためのルール作りの模索を提起している(日 解析と内視鏡画像における応用について紹介した(日画誌, 写年,34).松尾(東洋インキ)は,印刷の色標準に関わる 50(6),529).矢口(千葉大)は,人間の視覚情報処理の流れ ISO 規格に関して,その動向を紹介した.印刷インキの色相 と対応させながら,CIE 色の見えモデル(CIECAM02)の概 を二次式で規定する規格,印刷の仕上がり品質を印刷用紙を 要,ならびにその応用として均等色空間および色差式の発展 含めて規定する規格のいずれもが,数年内に規格化,発行が について解説した(日画誌,50(6),539).木下(大阪大)は, 見込まれている(日印誌,48(2),103).長沼(日本印刷産業 構造色に関連した様々な光学現象である薄膜干渉,多層膜干 機械工業会)は,日本のオフセット印刷における印刷色の標 渉,フォトニック結晶,回折格子,光散乱について概説し, 準である JapanColor の認証制度について説明をした.同認証 特に発色機能との関連について解説をした(日画誌,50(6), 制度は,標準印刷認証,マッチング認証,プルーフ機器認証, 543).関(東京工業大)らは,高分解能で広帯域な分光スペ プルーフ運用認証からなっている.これらの認証制度が定着 クトル取得が可能なハイパースペクトルセンサを用い,印刷 することで,デザイナー・カメラマンと印刷会社間での基準 画像の分光反射率を取得し,この情報が忠実色再現性向上と, が明確になり,デザインから本刷りまでの一気通貫が期待さ 画質劣化防止の定量解析に有効に活用できることを示した れる(日印誌,48(2),109).杉山(大日本印刷)らは,印刷 2011 年の写真の進歩 251 の作業効率を向上させることを目的とした印刷現場における 8.1 分光画像の記録 カラーマネジメント技術を活用した標準化について述べた. Kogan ら(イスラエル)は,演題“Scanner Based Spectrum 様々な色標準に合わせて印刷できる手法,ICC プロファイル Estimation of Inkjet Printed Colors”にてイメージスキャナを の作成手法,色調を安定化する技術,照明依存性等の重要性 使ったインクジェット印刷色の分光反射率推定手法を提案し を示した(日印誌,48(2),117) .浅野(共同出版)は,カラー た.この研究ではスキャナの出力データと分光反射率の対応 マネジメントを行うために必要となる印刷機の標準化につい 関係を得るため印刷過程を考慮したモデルを構築した.デバ て紹介をおこなった.CTP 刷版品質の影響要因,安定的なメ イスプロファイル特性に加えて,非線形の光電子変換関数を インテナンスを維持するための具体的な確認項目を詳説した 導入し,多数の校正用パッチを使うことでデバイスプロファ (日印誌,48(2),124).細井(共同出版)は,印刷現場におい イルと変換関数を同時に推定する手法を提案した.実験では て,カラーマネジメントを上手に運用していくための取り組 通常のインクジェット印刷と liquid electro-photography(LEP) みを紹介した.日常的な管理に過度な負担をかけることなく, 印刷を対象に 1000 個の校正用カラーパッチを使用し 3 種の 定期メインテナンスを徹底することの重要性を述べた(日印 光源を想定して評価した結果,平均色差 1.1 以下の分光推定 誌,48(2),130). 精度を実現した(Proc. of CIC18(MCS13),322–325). 7.3 質感 Tsuchida ら(日本)は,演題“Evaluating Color Reproduction 小島(花王)は,化粧顔の質感解析・画像合成技術の活用 Accuracy of Stereo One-shot Six-band Camera System”にて 6 バ 例を紹介した.同技術は,素肌色である肌色テクスチャ画像 ンド同時撮影ができるステレオカメラシステムの色再現性評 の算出と着色干渉パール顔料塗膜の光学物性に基づく表面光 価を述べた.このシステムは 2 台のカメラを並置しカラー テクスチャ画像の計算技術の組み合わせから構成されている フィルタを用いることでステレオカメラによる被写体の奥行 (日写年,36) .面谷(東海大)は,反射物と発光物の識別,色 き推定と分光反射率推定を同時に行う.光軸の異なる画像間 の恒常性,金色・銀色の認識メカニズムといった素朴なトピッ の対応関係を得るため,Phase-Only Correlation(POC)によ クに対して,実験結果の紹介を織り交ぜながら見解を述べた り画像間の位置合わせを行い,6 バンド画像を得る.画像間 (日画誌,50(6),534).大良(東海大)らは,金メッキスプー の位置合わせ精度と分光推定精度の関係を評価するため,カ ンを用いて,周辺環境の映りこみが金色認識と形状認識に与 メラ間のベースライン距離を 0 ~ 15 cm と設定して実験した える影響について主観評価を行った.評価結果から,周辺環 結果,色差は最大で 1.21 であることが示された(Proc. of 境の映りこみがない場合には,金メッキスプーンの金色認識 CIC18(MCS13),326–331). と形状認識困難となることを確認した(日画誌,50(3),498). 長谷川〔凸版印刷)らは,文化財のデジタルアーカイブにお Lin ら(米国)は演題,“Efficient Spectral Imaging based on Imaging Systems with Scene Adaptation Using Tunable Color いて金箔のプリント再現を取り上げ,質感の再現性を評価す Pixels”にて撮影素子の領域毎にカラーフィルタを動的に設 る実験を行い,金属質感の適切な再現のための要件を解析し 定できるイメージングデバイスのための適切なフィルタ設計 た.ライティングや輝度圧縮の条件を適切に設定することで 法を提案した.近年,撮像素子の領域毎(あるいはピクセル レンダリング画像上で金箔質感が得られることを確認した 毎)に独立してフィルタ設定できる可変フィルタデバイスの (日印誌,48(6),417). 開発が報告されている.そこで本研究では,このようなデバ イスに向けた新しいフィルタ設計手法として 7 種類の代表的 8. 分光画像 2011 年度 中口俊哉(千葉大学大学院工学研究科) なフィルタモードから最適なモードを自動選択するアルゴリ ズムを提案した.選択にはサポートベクトルマシンを用いて いる.複数の光源と評価用の被写体を用いて,提案手法の有 2011 年も分光画像に関する研究発表が活発に行われた.発 効性を示した(Proc. of CIC18(MCS13),332–338). 表の傾向はこれまで同様,国内より海外の国際集会に集中し Murakami ら(日本)は,演題“Hybrid Resolution Spectral ていた.特に第 13 回分光色彩科学に関する国際シンポジウ Imaging by Class-based Regression”にて高解像度 RGB 画像と ム13th International Symposium on Multispectral Colour Science 低解像度分光画像を使ったハイブリッド分光撮影法を提案し (以下,MCS と略記)が 2011 年 11 月 11 日にサンノゼ市(米 た.これまでも同様のアプローチはあったが,低解像度分光 国)で 18th Color Imaging Conference(以下,CIC と略記)と 画像を生成する際に,分光特性の領域平均をとると分光情報 同時開催され,分光画像研究に関する 14 件の演題が発表さ の精度が低下することが知られていた.そこで領域クラス分 れた.そのうち 6 件が日本人による演題であったことから国 割に基づいた手法を提案した.この手法は分光推定行列をク 内研究者の活発さが顕著であった.また米国画像科学会 IS&T ラス毎に回帰分析によって算出する.実験では 3 種類の分光 の論文 誌 で あ る Journal of Imaging Science and Technology 画像を用いて 2 種類の従来手法と比較評価を行った.その結 vol. 55, no. 1 ~ 6(以下,JIST と略記)では 2011 年に出版さ 果,提案手法がより正確に分光特性を推定できることが示さ れた中で分光画像に関する論文が 4 件含まれていた. れた(Proc. of CIC18(MCS13),310–315). 以下に 2011 年度の分光画像に関する研究動向をトピック 別にまとめる. 8.2 分光撮影の光源と可視化 Darling ら(米国)は,演題“Real-Time Multispectral Rendering 252 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) with Complex Illumination”にて実環境で計測した照明分布を 9. 医用画像 松本政雄(大阪大学大学院医学系研究科) 考慮したレンダリング手法を提案した.この研究では実環境 の分光的照明分布の計測手法を示し,リアルタイムレンダリ ングパイプラインで処理するフレームワークを実現した.こ 9.1 医用画像の基礎 こで分光データとして色情報を 6 バンドに圧縮し,6 チャネ i)X 線イメージング技術 ルでレンダリング計算を行う.この研究では撮影から表示ま 本田は, 「内部に高濃度のヨウ化銀をもつ単分散沃臭化銀乳 で全般的なパイプラインを実装しており,リアルタイムレン 剤粒子の設計―医用直接撮影用 X 線フィルムへの適用―」と ダリングを実現するための GPU 処理構造についても述べて 題した解説で,1980 年頃の X 線フィルムの技術を歴史的にレ いる(Proc. of CIC18(MCS13),345–351). ビューし,特に,ハロゲン化銀粒子内部にヨウ化銀を 40 モ Tominaga ら(日本)は,演題“Spectral Estimation of Fluo- ル%局在化させた単分散沃臭化銀乳剤技術が開発され,X 線 rescent Objects Using Visible Lights and an Imaging Device”に フィルムに適用されて,銀量低減と高画質化が進み,更に, て蛍光物質の分光特性を推定する手法を提案した.この研究 現像処理時間が 45 秒から 30 秒のオルソフィルムの超迅速現 では紫外線やモノクロメータを使わず,マルチバンドカメラ 像処理システムの開発へと展開したこと,また,銀量の少な と 2 種類の可視光源のみを用いる.この手法はカメラ出力を い X 線フィルムが自動現像機処理で過剰水洗されたとき,高 モデル化することで,反射輝度と発光輝度をカメラの画素単 温高湿の画像保存条件下では酸化変色が生じたことを解説し 位で推定する.提案手法の評価実験として蛍光塗料を用いて ている(日写誌,74(5),219). 詳細に考察した結果,2 種類の光源には白熱電球と人工太陽 百生(東大院)は,年次大会の医用画像セッションで「X 線 照明を用いることが最適で,実験から高い推定精度を確認で 位相イメージング装置の開発」と題して,X 線 Talbot(-Lau) きた(Proc. of CIC18(MCS13),352–356). 干渉計により,実用性の高い位相イメージングが可能である MacDonald ら(英国)は,演題“Choosing Optimal Wavelength ことを示し,医用画像診断を目的としたプロトタイプを開発 for Colour Laser Scanners”にてレーザースキャナに用いる最 し,病院施設でテストを開始し,医師により試用の結果,リ 適波長を決定した.D65 光源に近くなる 3 つの最適波長の組 ウマチや乳がん早期診断への応用の可能性が見えてきたの 合せを決定するために複数の反射率計測データを解析した. で,今後,臨床テストを経て実用化を目指すと報告している その結果,最適波長は青 450–460 nm,緑 530–540 nm,赤 595– (日写年,52). 605 nm となった.この結果を測色的に評価するため 473, 532, 桑原ら(富士フイルム)は,年次大会の医用画像セッショ 635 nm のレーザーを使った商用のレーザースキャナ装置と ンで「ステレオマンモグラフィシステムの開発」と題して, 比較した.実験の結果から提案した最適波長の有効性が示さ 乳がんを立体視できる新しいステレオマンモグラフィシステ れ,分光画像を使ったそれぞれのレンダリング結果も示した ムを開発し,奥行き情報を加えることで診断し易さの向上に (Proc. of CIC18(MCS13),357–362). つながると期待していることを報告し,左右の画像に多少の Band 画質差があっても立体視できることから(0° ,–4° )で撮影 Selection For Spectral Image Visualization”にて分光画像の可 し,さらに –4° の画像については X 線量を少なくできる可能 視化のためのバンド選択手法を紹介した. 従来の手法と違い, 性が示唆され,今後,臨床研究により撮影条件,表示条件を 各分光チャネルから注視領域を推定しそれらを比較してバン より良く改良していき,乳がん診断に貢献していきたいと報 ドを決定する.シャノンの情報理論に基づいた比較尺度を示 告している(日写年,56). Moan ら(ノ ル ウェー)は,演 題“Saliency-Based し,3 種類のデータセットを可視化した結果を主観的および 船木(GE ヘルスケア)は,画像通信の技術紹介で, 「デジ 客観的に評価した.その結果,提案手法の有効性が示された タルトモシンセシスとその画像再構成法」と題して,デジタ (Proc. of CIC18(MCS13) ,363–368). 8.3 分光画像処理の応用研究 ルトモシンセシスの概要として,その歴史,画像再構成アル ゴリズム,臨床アプリケーションを紹介し,デジタルトモシ Nishino ら(日 本)は,演 題“A New Approach for the Assessment of Allergic Dermatitis Using Long Wavelength Near- ンセシスは,①画像再構成アルゴリズムや収集パラメータな Infrared Spectral Imaging”にて近赤外の分光処理によるアレ 性(データサイズ,コスト,スピードなど),③信頼性の観点 ルギー性皮膚炎の評価手法を提案した.アレルギー性皮膚炎 で適切な選択がなされるならば,優れた医療効果が期待でき の I 型と IV 型は共に黄斑と組織膨張がみられ目視での鑑別が る技術であると報告している(画像通信,34(1),43). どで決まる画質・被ばく線量,②検査時間や運用面での生産 難しい.そこで皮内の特定型アレルギーを検出できる近赤外 松尾ら(千葉大院)は,年次大会の医用画像セッションで 分光処理を実現した.この手法は I 型と IV 型それぞれの分光 「FPDを用いたポータブル2方向X線撮影装置のキャリブレー 識別器を作成し,判別分析法によって鑑別した.その結果正常 ション」と題して,ステレオ X 線源と 1 枚の FPD(flat panel 皮膚 87.2%,I 型アレルギー性皮膚炎 71.0%,IV 型アレルギー detector)から構成されるポータブルな撮影装置システムの開 性皮膚炎 95.8%の識別精度を得た(Proc. of CIC18(MCS13), 発を検討し,開発装置におけるリアルタイムキャリブレー 339–344). ションが行える手法を提案し,その有効性と精度を検証する 実験を行った結果,線源 - 検出器間の位置関係を高精度に算 2011 年の写真の進歩 253 出できることを確認した.今後は,求めたジオメトリから対 疲労は 2 次元画像読影とほぼ同じと考えられ,今後は,長時 象物体の 3 次元位置推定を行い,その精度検証を行う必要が 間の読影における疲労の検討が必要であると報告している あると報告している(日写年,60). (日写年,58). 宮谷(コニカミノルタエムジ―)は,画像通信の技術紹介 金岡ら(阪大院)は,秋季研究発表会の医用画像セッショ で,「ワイヤレスカセッテタイプ FPD の搭載技術について」 ンで「頭頸部 2 phase IMRT における線量積算法」と題して, と題して,今回開発したワイヤレスカセッテタイプ FPD 頭頸部のがんの2 phase IMRT放射線治療における放射線治療 「AeroDR」を紹介し,低被ばく / 高画質と X 線撮影における での phase 間の変形を考慮した患部における治療線量の線量 高い作業性を両立し,ワイヤレスタイプにとって重要な要素 積算法を開発し,この線量積算法を用いて,正確な線量分布 である軽量性 / 堅牢性 / バッテリー運用を新技術により格段 計算が可能となった結果,耳下腺に対して計画時以上の線量 に向上させ,使い勝手と経済性に優れた完成度の高いカセッ が照射されていることがわかったと報告している(日写秋,2) . テタイプの DR システムを実現したと報告している(画像通 信,34(2),31). 小野ら(阪大院)は,秋季研究発表会の医用画像セッショ ンで「呼吸コーチングによる呼吸再現性の改善効果」と題し 成行(富士フイルム)は,秋季研究発表会の医用画像セッ て,呼吸モニタリング装置を開発し,この装置を用いて呼吸 ションで「照射線量低減に向けた新方式 CsI 間接変換 FPD の コーチングによる呼吸再現性の改善効果を検討した結果,呼 開発」と題して,CsI シンチレータを採用した間接変換 FPD 吸コーチングにより日々の呼吸の再現性が改善することを示 「CALNEO C1417 Wireless SQ」を開発し,高画質化を実現す し,呼吸コーチングを複数回行うことで,呼吸波形がさらに る ISS 方式を用いて,従来型では利用できなかった CsI シン 改善することがわかったと報告している(日写秋,4). チレータの画質性能を最大限に活用し,従来型比約 1.3 倍の 高画質化または撮影線量の低減を可能した.今後も新たな技 10. 科学写真 術開発に挑戦し,コストパフォーマンスの高い製品を提供し, 医療の質の向上に貢献していくと報告している(日写秋,6). 10.1 文化財 また,網本(富士フイルムメディカル)は,画像通信の技術 城野誠治(東京文化財研究所) 紹介で, 「新しい FPD(CsI)と新規画像処理」と題して,ISS 2011 年,3 月 11 日に東日本を襲った東北地方太平洋沖地 方式を用いた同じ間接変換 FPD「CALNEO C1417 Wireless 震によって,東北から関東地方にかけて,東日本一帯を中心 SQ」のシステム構成と新規の画像処理(Dynamic Visualization に甚大な被害をもたらした.文化財も被災したが,今回の震 処理)について紹介し,これまで,X 線吸収差が大きく描出 災によって科学的な視点から画像記録を行う重要性を再認識 が困難であった頚胸椎移行部などの領域の描出性能が大きく させられた. 向上する効果が得られ,これらの撮像デバイスと画像処理を 融合することにより被ばく低減と高画質化に貢献できればと 報告している(画像通信,34(2),36). 本年は,震災に寄与できる情報として GIS の報告例も加え, 学会での発表や科学写真の利用,活用について紹介する. 文化財保存修復学会第 33 回では,ポスターセッション 3 9.2 医用画像の応用 例,セッション 1 例を取り上げる.ポスターセッションでは, i)画像の医療応用 二神(東京文化財研究所)が,イタリアに於ける文化財危険 山内ら(千葉大院)は,年次大会の医用画像セッションで 地図の活用―地域での防災への応用を中心に―で文化財の位 「分光反射率からの皮膚酸素飽和度推定法の比較」と題して, 置と地震,洪水,大気汚染など様々な自然災害や人災の危険 皮膚酸素飽和度推定法として,藤原ら(千葉大院)が提案し 度を示すハザードマップと重ね合わせることで,災害に関す た光路長マトリクス推定法と Steven L. Jacques が提案した る危険度を一目で知ることができると記述している.地図情 Jacques による推定法の比較を行った結果,皮膚酸素飽和度推 報(衛星画像)に様々な情報を積層すれば,津波による文化 定は光路長マトリクス推定法の方が高精度であり,また,計 財の被害に限らず震災復興にも利用できる重要な情報として 算速度は Jacques による推定法が 255 倍高速であることがわ 有用に活用できる.国内の GIS データベースの充実を期待し かった.今後は両手法の利点を組み合わせた新たな手法を構 たい. 築する予定であると報告している(日写年,48). 石川ら(東京工芸大)は,年次大会の医用画像セッション 福永(情報通信研究機構)らは,建造物彩色部のミリ波・ テラヘルツ波・近赤外イメージングについて記述している. で「ステレオマンモグラフィの読影における疲労の検討」と 同一対象を異なる周波数帯域の電磁波で観測することによっ 題して,ステレオマンモグラフィの立体視の読影における疲 て,彩色材料の識別精度を向上させるとともに,下層の状態 労において,2 次元画像読影と立体画像読影が生体に与える を探る試みが行われており,非破壊での文化財調査の応用が 影響を視覚疲労と脳内疲労から解析した結果,視力,斜位, 期待される. 臨界融合周波数の測定結果と唾液中のアミラーゼ濃度,心拍 荒木(東京国立博物館)らは,文化財分野における,デジ 変動,前頭部の血流量の測定結果に対して,2 次元画像読影 タルエックス線撮影の現状と課題について指摘している. と立体画像読影とでは明確な差はなく,主観評価でも疲労の フィルムの生産が減少し,エックス線撮影もデジタル化が進 上昇度は同等であり,立体画像読影における視覚疲労と脳内 む傾向が見られる.しかし,フィルムを用いたエックス線撮 254 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 影で蓄積した撮影データや問題点は,デジタルエックス線撮 阿弥陀三尊像台座の板絵に描かれた四天王像について,劣化 影に反映することが出来ず,デジタルエックス線撮影の最適 などの要因で目視観察による図像解明が困難な現状を指摘し 条件を構築する必要がある.フラットパネルディテクターと ている.図像の解明は美術史,彫刻史,歴史学の研究に重要 撮影対象との距離によって画像コントラストが変化すること な要因となる.そこで,図像の解明を目的として,可視域励 を問題点として指摘している.この事例のように,画像デー 起光照射による蛍光撮影を行い,蛍光画像を取得したことが タを精査しながら撮影データを蓄積しなければ,最良の条件 紹介されている.また,結果として取得した蛍光画像を参照 でデジタルエックス線撮影を実施することは難しい状況にあ して,四天王像の図像について新知見を加えた記述をおこ る.継続したデータの蓄積と報告を期待したい. なっている(MUSEUM,632). セッションでは,高妻(奈良文化財研究所)らが,テラヘ 早川(東京文化財研究所)らは,泰西王侯騎馬図屏風の彩 ルツ分光イメージングによる高松塚古墳壁画の漆喰の状態調 色材料調査において,エックス線透過画像,赤外線画像,蛍 査を報告している.テラヘルツ分光イメージングでは,非破 光画像,カラー画像,蛍光エックス線による材料分析の調査 壊で断層映像が得られる. (以下,断層映像をトモグラフィー 報告を記述している.蛍光エックス線による材料分析の結果 画像とする)本報告では A,B,C,D とした 4 層を,トモグ では,白色材料に胡粉,鉛白の両方が検出されている.早川 ラフィー画像として示し,壁面の浮きやポーラス,炭酸カル らの報告はエックス線透過画像,赤外線画像,蛍光画像,カ シウムの再結晶箇所の確認や漆喰層の欠損部を可視化してい ラー画像,蛍光エックス線のデータを総合的に検証し,絵画 る.非破壊で下層の情報が得られるテラヘルツ分光イメージ 技法の解明に結びつける評価を行っている. (保存科学,51) ングの調査は,今後,様々な文化財への応用が期待できる. 本報告に関連することとして,南蛮美術の光と影―泰西王侯 日本文化財科学会第 28 回,ポスターセッションでは,鳥 騎馬図屏風の謎―の展覧会場で科学写真を中心とした情報の 越(九州国立博物館)らは,X 線 CT 法による象嵌太刀の調 活用が行われていた.彩色材料や描き方の認識が容易にでき 査について報告している.平成 8 年に中尾 6 号地下式穴墓で る絵画の部分画像を,縦 3 メートルに拡大展示した壁面や, 発見された太刀は,保存処理に伴い X 線透過撮影が行われて 透過光の前に配置された屏風仕立ての透過赤外線写真(屏風 いたが,象嵌に関する十分な情報が得られなかった為,X 線 と同寸)などを展示していた.調査対象となった文化財の近 CT を用いて柄部の構造と象嵌の文様や技法について調査を 傍に,科学調査の結果を試みとしての情報活用の例として紹 行ったと記述されている.結果として,鍔およびにハート型 介しておく(サントリー美術館 2011.10.26–12.4). の文様などが発見され,象嵌技法が施されていることが判明 10.2 天体写真 した.X 線 CT は,X 線透過画像とはことなり,断面方向の 情報が得られる為,象嵌文様が施された場所の彫の深さ(溝 山野泰照(天体写真家) 2011 年は,天文の世界で特に大きなイベントはなかったも の凹み)がわかり技法の解明につながる情報が取得できる. のの,一般の人にとって天体写真がより身近になってきた年 金属の考古遺物は表面が錆で覆われているものが多く制作技 と言えよう.12 月 10 日には皆既月食があり,週末の夜,し 法の解明が難しい.このような文化財の非破壊調査には,X かも天頂近くで見ることができるという極めて良い条件の天 線 CT による情報化が望まれる. 体現象だった.それを手軽な機材,撮影法で撮影し,直後に 大良(東海大学)らは,金色の認識メカニズムの解明―照 ネット上の共有サイトなどに多数アップされたのは,機材の 明条件に依存した金色認識の変化による考察―について記述 進化の後押しもあるが,時代を反映している現象と見ること している.人が金として認識している色は測色結果によると ができる. 黄色に属する.金色の認識メカニズムの解明には,対象物表 この月食に関して言えば,コンパクトデジタルカメラ,こ 面に周囲の環境が鏡像として映る「映り込み」が重要である れまで俗にミラーレスデジタルカメラと呼ばれ今後 CIPA の ことに着目し,映り込みの程度を変化させた状態を被験者に 統計上の区分としてはノンレフレックスと呼ばれるデジタル 主観評価させた結果を示している.被験者が金色として認識 カメラ,デジタル一眼レフカメラなどの高感度化が大きく貢 した割合は,映り込みあり 100%に対して,映り込みなしの 献した.コンパクトデジタルカメラでは,35 mm 判に換算す 場合 20 パーセントに低下する結果が示されている(日画誌, ると 500 mm 以上,中には 1000 mm の焦点距離に相当する画 50,6). 角までズームすることができる機種もあり,手振れ補正機能 この考察の結果は,文化財の撮影で金地屏風の金を認識さ と相まって,皆既に到るまでの部分食では手持ち撮影でも綺 せるための手段と似通っているが,文化財の場合は金色とし 麗な画像が得られた.さすがに皆既中は三脚などでカメラを て認識させることによって,素材感が失われることが懸念さ 固定しなければならなかったが,カメラの高感度性能によっ れるため,金を認識させるための割合を見出すことが難しい. て比較的短時間の露出で撮影できるようになり,天体望遠鏡 しかし,自然な見えを視野に入れたイメージングを行う場合 用の赤道儀を用いるのではなく普通のカメラ用三脚に固定す は,大良らの考察の結果が示すように,文化財が本来の用途 るだけで,追尾しないで撮影された方が多かったのも特徴で として使用された環境を想定し,映り込みなどの要因を加味 ある.これだけ多くの方が「撮影」を楽しんだ月食は,過去 することが必要であろう. になかったのではないかと思われる. 岩田(奈良国立博物館)は,法隆寺金堂に所在する釈迦・ また,2012 年 5 月 21 日に日本で見られる金環日食が次第 2011 年の写真の進歩 255 に話題になってくる中,太陽にまつわる話題が多く,天体写 さて,新しい製品というわけではないが撮影機材で着実に 真ファンが増えている.ひとつは太陽活動が活発化してきた 進化を続けている機能や性能に,繰り返し述べてきた高感度 ことで,太陽そのものを撮影したいというニーズが増えてい 化だけでなく,動画機能の充実や高画素化がある.動画機能 ること,もうひとつは太陽活動の影響を受けて発生するオー は 1920×1080 の画素数でフレームレートが 30 fps が当たり前 ロラに注目が集まっているからである.太陽表面の黒点の成 になってきており,特に撮像素子サイズが小さいデジタルカ 長,フィラメントの噴出,フレア爆発などを観測,記録する メラでは,拡大率を大きくしなくても被写体を画面一杯に撮 ためには,可視域だけではなく 656.28 nm の Hα 線など特定 影できるという理由から月面や惑星の撮影で良い結果が得ら 波長のバンドパスフィルターでの観測が必要になるが,2012 れ始めている.また高画素については,デジタル一眼レフカ 年 5 月 21 日の金環日食もあって,Hα 線で観測するための太 メラが 2000 万~ 3000 万画素を超えただけでなく,本格的な 陽観測専用の望遠鏡が話題になっている. 天体撮影や計測機器として活躍している冷却 CCD カメラも またオーロラは,太陽の活動と深く関係しており,フレア 1000 万画素を超える時代に突入した.そういう,より高精細 爆発の結果,見事なオーロラを見ることができるなどの魅力 な天体画像が撮影できる時代になった一方で,光学系との相 もある一方で,人工衛星だけでなく地上で太陽からの磁気嵐 性がこれまで以上に問われるようになってきた.天体撮影, の影響を受ける地域では電子機器の故障や通信障害に繋がる 特に星の撮影では,星が点像に写らなければならない究極の こともあり,オーロラなどの自然現象を記録するための撮影 チャートとも言える.天体望遠鏡メーカーでは,冷却 CCD カ と,太陽活動と地球表面の現象を精密に観測するための撮影 メラが普及しはじめた頃から,色収差やコマ収差などの補正 の双方に期待が高まっている.短時間に変化するオーロラの に取り組んできた機種もあり,カメラメーカーも優秀なレン 活動を美しくかつ精密に記録するためには,できれば動画の ズの製品化に躍起である.ボディの高画素化,画素サイズの 撮影が期待されているほどで,静止画であってもできるだけ 縮小化は,さらに高いレンズ性能を要求する訳で,光学設計 短時間露出で撮影することが求められることから,ここでも 面で収差補正を頑張るのは当然のこととしても,物理的に限 ISO10000 以上が実用になるようなカメラの高感度化が大き 界があるのも事実なので,キヤノン株式会社が最新の RAW く貢献している. 現像ソフトウェアDigital Photo Professionalに搭載したデジタ 話題を変えて,最近天体撮影に関して注目された製品をい くつかピックアップしてみたい. まず最初はベンタックスリコーイメージング株式会社の GPS ユニット,O-GPS1 である.O-GPS1 はペンタックスの ルレンズオプティマイザーのような,レンズ特性を考慮しな がらカメラボディやアプリケーションソフトウェアによって レンズの収差を改善し高画質に仕上げていくというスタイル が今後加速するものと思われる. デジタル一眼レフカメラ K-5,K-r と組み合わせて使用するア 研究の分野に目を向けてみよう.天体写真という分類には クセサリーで,アストロトレーサーという機能を利用すれば 直接的には当たらないかもしれないが,赤外天文衛星「あか GPS 情報から緯度を特定し,内蔵している磁気センサーおよ り」が 2011 年 11 月 24 日に観測運用を終了した.2006 年 2 び加速度センサーから得られたカメラの状態(左右および上 月 22 日に, 「銀河がいつどのようにして生まれ,現在の姿に 下の傾きと方位)によって,イメージセンサーを天体の動き 進化してきたか」 「星の誕生とその周りで惑星がどのように形 に同調して移動させることで,長時間露光しても星が流れる 成されたのか」などのプロセスを解明するために打ち上げら ことなく点像のままで撮影できるようにしたという製品であ れた口径 67cm の赤外線天文観測専門衛星である.これまで る.これまで赤道儀を用いてしか日周運動でみかけ上移動す に約 130 万に及ぶ赤外線天体カタログが作成され,世界の研 る星を追尾する方法はなかったが,カメラ本体に内蔵されて 究者に提供されている.これが世界の標準のデータベースと いるセンサー方式のブレ補正機構を利用して星の追尾を実現 しての地位を確立しつつあるのは,喜ばしいことだ.電波な した.原理的に長時間露出には向かないが,赤道儀を用いな ども含むさまざまな波長での観測が必要な天体観測の領域で くても 1 ~ 2 分の露出で気軽に星空の追尾撮影ができるのは は,こういう地道な観測,データベース化,世界の研究者と 楽しい. の情報共有による研究の支援が不可欠なので, 「あかり」の成 ふたつ目は,ポータブル赤道儀のさらなる小型化にも注目 果は高く評価されていることは言うまでもない. しておきたい.株式会社ビクセンが発売した星空雲台と称し 2012 年は,5 月 21 日に日本の広い地域で見ることのでき ているポラリエである.超小型のポータブル赤道儀という分 る金環日食や,6 月 6 日には金星の日面経過,8 月 14 日には 類が適当と思われるが,重量が 740 g,単三電池 2 本で星の 月が金星を隠す金星食などの天文現象が目白押しである.こ 動きを追尾する機能を持つ.同じポータブル赤道儀でも,高 ういう天文現象の観察や撮影を通じて,自然や科学に興味を い精度を追求する製品だけでなく,ポラリエのような小型軽 持つ方,写真撮影を楽しむ方が増えることを期待して止まな 量で手軽な星空撮影できる製品の登場は,極軸合わせには注 い. 意を払う必要があるものの,空が暗い環境であれば数分露出 で素晴らしい星空ができるのは楽しい.風景写真,夜景写真 の延長で星空の撮影に興味を持ち始めた方のための製品であ り,天体写真の入り口を広げるものとして期待される. 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 256 11. 写真芸術 ・「モホイ=ナジ イン・モーション」 西垣仁美(日本大学芸術学部) (神奈川県立近代美術観 葉山,4 月 16 日~ 7 月 10 日) ハンガリー時代の絵画,キネティック彫刻,フォトグラム, 11.1 概況 アメリカ時代のカラー写真など,多数の未公開作品を含む国 2011 年は,3 月 11 日に起きた東日本大震災を軸として多 内外から集められた約 300 点の作品・資料によりモホイ=ナ くのことが展開した年であり,写真界も同様であった. 特に写真の記録性や伝達性ということが改めて見直された 年になった. 東日本大震災を記録しなければと報道関係者はもちろん, それ以外の多くの写真家も心かき立てられたようである.し ジの全貌を紹介した日本初の回顧展であった.立体の『ライ ト・スペース・モデュレータ』や初公開の写真など印象的で あった. ・「富士幻景 富士にみる日本人の肖像」 (IZU PHOTO MUSEUM,6 月 9 日~ 9 月 4 日) かしながら,そのあまりに悲惨な現実に,何をどう撮ればよ 幕末・明治の富士,外国人から見た富士,万博の富士,戦 いのか,撮ってもよいものなのか等,様々な葛藤を感じた写 中の富士,現代美術の富士と時代とともに変化した富士の姿 真家が多くいたようだ.そして写された多くの写真が,「3・ を写真や様々な資料で見せてくれた.幕末・明治の時代の富 11 ユニセフ東日本大震災報告写真展」 (9 月 5 日~ 9 月 11 日, 士は本当に美しい姿で存在していたのだと印象深かった.こ 東京国際フォーラム)などの写真展で伝えられた.また「報 の企画は「富士から見る近代日本」シリーズとして継続する 道写真全記録 2011.3.11–4.11 東日本大震災」(朝日新聞社) という. や「東日本大震災―読売新聞報道写真」 (読売新聞社)など新 ・「スタジオ アルクール パリとフレンチシネマ 77年の神話 聞社からの写真集として出版された.その他に「THE DAYS AFTER 東日本大震災の記録」 (石川梵,飛鳥新社)など写真 家が独自に出版した写真集も多く見ることができた. と軌跡」 (シャネル・ネクサス・ホール,6 月 28 日~ 7 月 18 日) 1934 年にパリで誕生したスタジオ アルクール パリで撮影 別の角度から「東日本大震災 被災者支援 チャリティー された往年の名優から現代のスター,著名人の 77 年間にわ 写真展」(日本写真家協会主催,4 月 29 日~ 5 月 5 日,富士 たるポートレイト作品で構成された写真展であった.白黒映 フイルムフォトサロン),「東日本大震災復興支援プロジェク 画に使われた照明技術を応用し,内面までもドラマティック ト写真家のチャリティー写真販売」 (AXIS Gallery,GELATIN- に捉えた白黒写真が美しく興味深かった. SILVER SESSION 等,実行委員会,5 月 14 日~ 15 日,アク ・「鬼海弘雄写真展 東京ポートレイト」 シスギャラリー)などチャリティー写真展などがあり,その 売り上げが寄付金として送られる企画も多くみられた. また一瞬に多くのものを失った人々が写真を探し求める姿 (東京都写真美術館,8 月 13 日~ 10 月 2 日) 40 年以上にわたり浅草の人々を撮影してきた『PERSONA』 と人の存在の気配を写し出す町のポートレイト『東京迷路』 も忘れられない.写真の価値を見直される切っ掛にもなった 『東京夢譚』から選ばれた約 180 点の白黒写真で構成された のです.そして大津波により泥まみれの写真,傷ついた写真 鬼海氏初の大規模な展覧会であった.オリジナルプリントは を復活させるプロジェクトも注目された.企業や大学生など 写真集で見る印象と異なる雰囲気を醸し出していることが印 のボランティアがその活動に取り組んだ. 象深かった. この未曾有の大震災とともに 7 月から始まった大雨による タイでの大洪水が日本のカメラ工業に影響を与えた.サプラ ・「ON THE ROAD 森山大道写真展」 (国立国際美術館,6 月 28 日~ 9 月 19 日) イチェーンが寸断された為に,部品の調達などが出来なくな 1955 年のデビューから今日に至までの森山氏の軌跡を り製品生産や修理などに支障をきたすことになった.自然災 「にっぽん劇場写真帖」から新作「東京」まで主たる 15 冊の 害が写真界に様々な影響を与えた年であった. また年明け早々 1 月 10 日の朝日新聞,The GLOBE に 5 面 写真集から 400 点以上の作品を展示していた.珍しいカラー 写真から名作のオリジナルプリントまで見る事ができ,森山 に渡って「写真は死んでいくのか」という見出しで特集され 氏の個性と写真観を感じることができた. た記事は,写真界に一石を投じた. ・「グレイト・スピリット カーティス,サリダール=アフ ・デジタル写真の普及で撮影する事自体は失敗も少なく楽 になり,プロフェッショナルとアマチュアの差が少なく なったこと ・真実を写すと考えられていた写真が様々な点で人工的に 手を加えられる現実 カミ,八木清の写真」 (清里フォトアートミュージアム,7 月 6 日~ 10 月 10 日) 100 年前に 80 以上のアメリカ先住民を調査,記録したエド ワード・S・カーティスと現代においてモンゴルで野生動物 と生きる遊牧民を記録したハミド・サリダール=アフカミ, ・発表媒体の変化 そしてエスキモーなど極北の民族を被写体とする八木清の 3 などが指摘されており,今後の写真のあり方がどうなるのか 人で約 120 点の作品で構成されていた.美しいプラチナ・プ と投げかけられていた.まさに現代のフィルムからデジタル リント等による自然と共に生きている人々の姿が印象深かっ への移行期における問題提議であった. た. 11.2 写真展 ・「東松照明と沖縄 太陽へのラブレター」 2011 年の写真の進歩 (沖縄県立博物館・美術館,9 月 23 日~ 11 月 20 日) 257 崖や岸壁の美しい自然の中で捉えた写真であった.また自然 1959 年の『チューインガムとチョコレート』から 2011 年 の中にテリトリーを得られないハヤブサが都市に来ざるを得 に撮影された新作を含む『琉球ちゃんぷるぅ』まで 42 年に ない状況や,東日本大震災で壊滅したかのような海岸線でも わたり沖縄の作品 240 点で構成された写真展である.日本の 力強く棲息している関根氏の解説が写真と相俟って印象深 戦後史を米国化と捉え,またそれを拒む強靭な文化を育む沖 かった. 縄の歴史を写し出した各時代の作品,そして大きくプリント 宮崎学「となりのツキノワグマ」 (銀座ニコンサロン,5 月 された最新作のカラー作品が写真集とは違う写真展の魅力を 25 日~ 6 月 7 日)は,ツキノワグマが本当に希少種なのかと 伝えていた. いう疑問から,センサーとカメラとストロボによる無人撮影 ・「Chic and Luxury―モードの時代―写真展」 システムを中央アルプス山中に数カ所,数年にわたり設置し (ポーラ ミュージアムアネックス,10 月 22 日~ 12 月 4 日) て捉えた生態写真であった.日本の代表的な最大最強の生物 1950 年から 60 年代に活躍したヘンリー・クラーク,アー であるツキノワグマが身近な場所で環境に適応しながら多く ヴィング・ペン,リチャード・アヴェドン等のファッション 存在していることが明確に示されており印象深かった. 写真がヴィンテージ・プリントを含めた約 50 点で構成され 今本淳「うみうし」 (オリンパスギャラリー東京,6 月 2 日 ていた.ファッションの変遷や当時の文化や町の雰囲気まで ~ 6 月 8 日)は,5 mm ~ 15 cm と大きさや,姿,模様も様々 を写し出した美しい白黒写真であった. なうみうしを 2000 年頃から撮影した写真で構成されていた. ・「ヨーロッパを見つめた 7 人の写真家たち ストリート・ラ 水中撮影の為に,カメラ,レンズ,ストロボの改良等が重ね イフ」(東京都写真美術館,12 月 10 日~ 1 月 29 日) られたという.通常簡単に目にする事のできないうみうしの 19 世紀後半から 20 世紀前半にトーマス・アンナン,ジョ 色彩に溢れ,ユニークな姿が印象的であった. ン・トムソン,ビル・ブラント,ウジェーヌ・アジェ,ブラッ 「アジアの写真家たち 2011」はインドネシアの写真家によ サイ,ハインリッヒ・ツィレ,アウグスト・ザンダーによっ る作品が取り上げられた.18,000 の島々から構成されるイン て記録されたイギリス,フランス,ドイツの人々の生活を写 ドネシアは面積が日本の約 5 倍で人口は世界第 4 位という. し出した約 180 点の作品による写真展であった.写真の記録 ここ数年 5%強の経済成長も続けているというが,古くから 性の重要さと,その魅力が強く感じられた. 東アジアと中東諸国を結ぶ通商の要衝であった.そのため, 11.3 「東京写真月間 2011」 イスラム教やヒンズー教の影響を受けながら独自の文化を築 第 16 回を迎えた「東京写真月間 2011」が「東京写真月間 いている.大都市を中心に消費娯楽文化がある反面,現在で 2011」実行委員会と日本写真協会,東京都写真美術館の主催, も山間僻地には未開の先住民が伝統的な文化,習慣を守って さらに外務省,環境省,文化庁,東京都,インドネシア大使 いる.そのようなインドネシアから 16 名の写真家による作 館の後援,その他写真関係を中心とした企業等 24 社の協賛, 品が紹介された. ガルーダ・インドネシア航空会社をはじめとして他に 3 社の 「Indonesia Nowadays-Section I」(リコーフォトギャラリー 特別協賛,カメラ記者クラブ他 1 社の特別協力を得て,6 月 RING CUBE,5 月 25 日~ 6 月 5 日)ではデジタル写真を駆 1 日の「写真の日」を中心に開催された. 使し,アートの手法や感覚を意識的に取り込んで作品制作を 今回の国内展の企画は「いきものランド―生物多様性と共 している若手写真家が紹介された.写真表現の新たな可能性 に―」であり,昨年の「森はふるさと―生物多様性の恵み―」 を感じさせるものであった.出品者はジム・アレン・アベル, を一歩押し進めた企画であった.都会から森林まで,目につ アンキ・プルバンドノ,アガン・ハラハップ,ユニアドヒ・ く大きな場所から意識することもない小さな場所まで,地球 アグングの 4 名である. 上のあらゆる場所に多種多様な生物すなわち人間を含む動物 「Indonesia Nowadays-Section II」(キヤノン S タワー 2F・ から植物までが共生している.以前のものからテーマを一変 オープンギャラリー,5 月 31 日~ 6 月 20 日)では,大学な させ,自然界に目を向け地球そのものに注目し,自然の営み どで写真を学び,視覚芸術風の写真表現を追求する写真家が の豊かさを森をとおして紹介した昨年に引き続き,今年は森 紹介された.出品者はアキク・AW,アグング・ヌグロホ・ をも含む地球上の様々な場所で生きている生物の姿を主眼と ウィドヒ,アグス・レオナーダスの 3 名である. した展覧会となっていた. 「Indonesia Nowadays-Section III」 (Place M,5 月 30 日~ 6 月 内山りゅう「水辺の時間」 (コニカ・ミノルタプラザ・ギャ 5 日,M2 Gallery,5 月 31 日~ 6 月 9 日)では,両スペース ラリー B & C,5 月 19 日~ 5 月 30 日)は,水に棲む生き物 で 5 名の写真家を紹介していた.Place M のミー・コーノエ を中心にしながらも「水」そのものの清らかな美しさ,自ら ドゥス,ソエプラプト・ソエジョーノ,オスカー・モトゥルー の豊富な恵みなどを感じさせる写真で構成されていた.日本 は,先住民の原始的な風習や文化,町の人々のスナップ,ス 全国で撮影された写真から日本の水環境の素晴らしさを感じ マトラ沖地震の津波による被害などドキュメンタリー的な作 られる展覧会であった. 品であった.M2 Gallery のウィモ・アンバラ・バヤン,シャム 関根学「ハヤブサ~空に生きる猛禽~」(ペンタックス スル・ハーディは,仮面を被らせ逆に個性を引き出そうとし フォーラム,5 月 25 日~ 6 月 6 日)は,交尾,雛の姿,狩り た作品や,一人のポートレートとその人のファミリーポート の様子,雌雄の協力する姿などハヤブサの生態を海岸線の断 レートを対比させるなどのコンセプチュアルな作品であった. 258 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) 「Indonesia Nowadays-Section IV」 (日本アセアンセンター・ と制作し新しい写真表現を問うてきた.2010 年の個展「ワー アセアンホール,5 月 31 日~ 6 月 16 日)では,インドネシ ルズ・エンド World’s End 2008-2010」は,現実の都市のドキュ アの美しい風景や宗教的行事などを見せてくれた.出品写真 メントを通し作家の思想を表現し続ける最新作であり,長年 家はアラディ・ヌル・リザル,S・セティアワン,パウル・ザ の功績と共に評価された. チャリア,スンゴクーノの 4 名であった. ・作家賞:森村泰昌 「日本写真協会賞」は,写真文化の国際交流や日本写真界へ 2010 年から全国を巡回した 20 世紀の歴史をテーマとした の貢献に対し「国際賞」,功労のあった個人や団体に対し「功 「なにものかへのレクイエム / 戦場の頂上の芸術」展,森村氏 労賞」,写真作家活動や写真研究活動において顕著な業績を残 の初期からの作品と海外作家作品を比較した形式の回顧展 した写真家や研究者に対し「作家賞」「学芸賞」,将来を嘱望 「森村泰昌 モリエンナーレ・まねぶ美術史」展,その他の多 される新人写真家に対して「新人賞」を贈り表彰するもので 数の展覧会,作品集『全女優』等や著書に対し,現代日本の ある.その「日本写真協会賞受賞作品展」 (富士フイルムフォ 芸術を代表するスケールであると評価された. トサロン,5 月 27 日~ 6 月 2 日)が開催され,表彰式が 6 月 ・作家賞:ハービー・山口 1 日に笹川記念会館で行われた. ・国際賞:クリス・ピヒラー ハービー・山口氏は柔らかい眼差しで優しさを表現する写 真家として,その瑞々しい感性と豊かな感情を失うことなく 出版社ナツラエリ・プレスを 1889 年に立ち上げ,現在ま ヒューマンな眼差しで作品を制作する.そして氏の作品は見 で 400 冊以上の写真に関連した著作,ファイン・アートや応 る者の心を幸せに,穏やかな気持にさせるのである.2010 年 用美術の著作を出版している.そのうち 59 冊が日本人写真 の写真展「1970 年,二十歳の憧憬」やその作品集をはじめと 家の写真集であるが,これは海外の出版社では異例の多さで し長年の作品が評価された. ある.日本の写真家の存在を海外に知らしめ,日本の写真を ・学芸賞:倉石信乃 世界に紹介してきた仕事が評価された. ・功労賞:木村恵一 横浜美術館の学芸員として,多くの写真展を企画,開催し, カタログ等に執筆されていた.現在は,明治大学准教授とし 1960 年代からフリー写真家として活躍.その後,1977 年 1 て,日本の現代写真家たちの仕事に対し,積極的な発言を続 月号から『日本カメラ』誌で毎月,新製品カメラをテストし けている.今回受賞対象となった『スナップショット―写真 てその長所短所を指摘するレポートを 33 年 10ヶ月続けられ の輝き』は,2001 年以降,雑誌に掲載や写真集の解説として た.また母校の日本大学芸述学部写真学科の講師を 39 年間 執筆された 12 の文章をおさめられたものである.倉石氏の 続け,多くの写真家を世に送りだした.一方エディトリアル 関心の広さや,思考力が評価され,今後の活躍を期待し授賞 写真家として『江戸職人』『京の山』『北朝鮮』など幅広い取 となった. 材範囲の多くの作品を発表し,長期に渡る質の高い仕事が評 ・新人賞:大和田良 価された. ・功労賞:笹本恒子 日々のスナップショット,コンピュータで加工した造形的 な作品,コンセプチュアルな作品と様々な領域にわたる作品 96 歳にして現役の写真家である笹本氏は,日本初の女性報 を制作し,また自らの写真観を綴ったエッセイ集も刊行して 道写真家として知られてきた.社会の中で女性の役割が高ま いる.多様な作品を高い技術で裏付けし,強靭な美意識でま る現代に先駆けて女性として,戦後史をヒューマニズムあふ とめあげていることに対し,今後の成長や可能性を期待して れる真摯な立場で記録してきた仕事が評価された.また 2010 授賞となった. 年に開催された写真展「『恒子の昭和』女性報道写真家第一号 ・新人賞:村越としや の足跡」や,同年ニューヨークで日本人女性を取材するとい う現在の活動も合わせて評価された. ・功労賞:福原義春 資生堂を創業,経営する家系に生まれ,現在,資生堂名誉 『あめふり』(2006 年)『浮雲』(2009 年)『雪を見ていた』 (2010 年)などの写真集や自主運営ギャラリー「TAP」での 写真展をとおし,モノクロームの特性を生かした表現に作者 の深い湿度,高い感性,村越氏独自の世界観が感じられる. 会長である福原氏は,企業メセナ協議会会長をはじめとする 写真集の圧倒的な構成力も新人ばなれしており,将来が楽し 多くの公職を務める.2000 年からは東京都写真美術館館長と みな作家の登場と評価された. なり,芸術と経営を両立させ,現在の姿を確立した功績を評 〈「写真の日」記念写真展・2011〉(新宿パークタワー ギャ 価された.また自ら蘭を栽培し撮影するという作品制作を続 ラリー 3,6 月 16 日~ 6 月 19 日)は全国から 924 名,2,366 け作品集『100 の蘭』 『101 の蘭』を上梓し,2010 年には写真 点の応募があった.作品は自由作品部門とネイチャーフォト 展「私と蘭 138」を開催し好評をえた.これらの活動を合わ 部門に分けられ,その両方から外務大臣賞 1 名(「自転車」安 せて評価された. ・作家賞:川田喜久治 藤広樹)が選ばれた.その他は両部門から最優秀賞が各 1 名 (自由作品部門「視線」嶋田洋,ネイチャーフォト部門「春 50 年以上現役で有り続ける希有な写真家川田氏は,独自の 彩」丸山淑恵),優秀賞(各 5 名),レディース賞(各 3 名), 歴史観・世界観を表現する作家性の強い作品を発表し続け, ヤングフォト賞(各 3 名),協賛会社賞(各 68 名) ,入選(自 デジタル写真にもいち早く取り組み,斬新なイメージを次々 由作品部門 80 名,ネイチャーフォト部門 81 名)が選ばれ, 2011 年の写真の進歩 259 合計 322 点の作品が展示された.これらの作品は 12 月まで をしみじみと感じさせてくれた作品である. 全国 5 カ所で巡回展示された. ・写真集「千年桜」大沼英樹,窓社 恒例の〈1000 人の写真展「わたしのこの一枚」〉 (新宿パー 長年,全国の桜を撮り続けてきた大沼氏が,東日本大震災 クタワー ギャラリー 3,6 月 11 日~ 6 月 15 日)は 16 回目を 後の春に撮影した被災地に咲く桜の花 57 枚のカラー写真で 迎え,写真の愛好家からプロまで多くの参加者があった.個 ある.悲惨な現実の中でも,黙々と花を咲かせた桜の樹々に 人出品に加え,グループによる展示も増えている.今回は, 胸を打たれ,そして桜は本当に美しいと思えた.多くの震災 東日本大震災で被災した子供達へ日本写真協会会員が中心と 後の後にでた写真集の中で最も希望を感じさせてくれた写真 なり「写ルンです」をプレゼントして撮影してもらった作品 であった. も展示された. ・写真集「水彩紀―Water Color―」早見紀章,日本写真企画 「見つけた!撮った!ワンダーランド」(みどりの i プラザ 日本各地を春夏秋冬,大小様々な視点で写し出した壮大な ギャラリー 1〈緑と水の市民カレッジ 3F〉,5 月 28 日~ 6 月 風景写真である.水にまつわる景色を中心に 56 枚のカラー 28 日)で「こどもの目線」展,「こどもと読書」フォトコン 写真で構成されている.誰もが目にすることの可能性のある テスト作品展が開催された. 風景であるが,だからこそ己を表現するのは難しい分野だと 11.4 出版 ・写真集「IN’」高梨豊,新宿書房 2008 年から 2011 年にかけて〈老人用パス〉で乗った路線 バスから撮影した都内の写真 36 枚による「SILVER PASSIN’」, 2001 年から 2002 年に〈青春 18 きっぷ〉で乗った電車から撮 思う.しかし早見氏は若い感性と経験から独自の作風を作り 上げていると感じた.美しい日本の姿が嬉しい. ・写真集「OVERLOOK」Tomio Seike, HAMILTONS イギリスで出版されたものであるが,日本人写真家,清家 富夫の作品である.2010 年から 2011 年にかけて,イギリス・ 影された 30 枚の写真による「WIND SCAPE」,日本各地の都 ブライトンの自宅の窓から撮影された 30 枚のカラー作品で 市を捉えた 29 枚の写真「LAST SEEIN’」の 3 作が一冊にまと ある.海が空かのような平面的な画面の中で刻々と表情を変 められた白黒の写真集.50 年近く都市と向き合い,捉えてき える海と海岸線を行く人や犬などを捉えており,不思議な魅 た作者の最新作であり,今なお健在な作者の鋭敏な感性が素 力を感じさせられる. 晴らしい. ・「MAGNUM CONTACT SHEETS 写真家の眼―フィルムに ・写真集「運河」熊切圭介,平凡社 残された生の痕跡」クリステン・リュッベン編集,青幻舍 2003 年から 2011 年にかけて,東京の 51 の運河が正方形の 1933 年から 2010 年までに発表されたマグナム所属の 69 名 画面に記録された端正な白黒写真である.昔の面影を残すも の写真家による代表作と,そのコンタクトシート 139 点が初 のからスカイツリーや高層ビル,高速道路のある現代の姿ま 公開されたものである.選び抜かれた一枚の作品の後ろに潜 で,桜の花から,花火,雪景色まで様々な運河の表情を通し む多くの写真から写真家が何を思い,考え,伝えたかったの 東京が今でも水の都であり,そこに私達が生活しているのだ かを感じられる貴重な資料ともなりうる写真集である. と,しみじみと感じることができた. ・写真集「東北」田附勝,リトルモア 12. 映画 2006 年から 2011 年にかけて,東北の自然,人間,生活, 永井 悟(富士フイルム) 風習,儀式,文化など様々なものが撮影された中から選出さ れた 72 枚のカラー写真集である.そこには写真に写し出さ 12.1 概況 れた被写体を超えた東北の生々しい雰囲気,目にする事は出 〈国内概況〉 来ないが確かにそこに存在する何ものかを捉えていると感じ させられた. ・写真集「東京 天空樹」佐藤信太郎,青幻舍 2011 年の日本国内における映画興行収入は,洋画・邦画合 わせて 1,812 億円(前年比 82.1%)と,過去最高を記録した 昨年の伸びから大幅に減少し,入場者数も 1 億 4,473 万人(前 2008 年から 2011 年にかけて,スカイツリーを様々な角度 年比 83.0%)にとどまった.減収の要因は,震災による上映 から撮影した 52 枚のカラー作品である.フレームにスカイ 館の減少に加え,昨年は 3 本あった 100 億円超の大作がな ツリーを収めたものから,イメージを膨らませて複数枚の写 かったことも影響している. 真を繋いで作り上げた作品までフォーマットが多様であり印 その中で公開作品数は 799 本(前年比 83 本増)となり,6 象深い.スカイツリーという共通項で,そこに生きる人々や 年ぶりに増加した.邦画・洋画の割合は,邦画 441 本(前年 都市の姿を生き生きと記録している. 比 33 本増) ・洋画 358 本(前年比 50 本増),興行収入は邦画 ・写真集「再起」宮嶋茂樹,KK ベストセラーズ 995 億円・洋画 817 億円で,邦画が洋画を 4 年連続上回った. 世界各地を取材し続けている宮嶋氏が東日本大震災後 2ヶ 邦画 TOP3 は,「コクリコ坂から」,「すてきな金縛り」, 月間で記録したものである.言葉にできない壊滅的な状況の 「劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ ビクティニと 中で,それでも生きる人々.その人々を助けるために集結し 黒き英雄 ゼクロム / 白き英雄 レシラム」の 3 作品,洋画 TOP3 た警察,消防,米軍,海上保安庁,東北の各自治体,民間ボ は, 「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」と「パイレー ランティアの人々.人間に焦点をあて,人間の強さ,優しさ ツ・オブ・カリビアン 生命の泉」, 「ミッション:インポッ 260 日本写真学会誌 75 巻 3 号(2012 年,平 24) シブル / ゴースト・プロトコル」の 3 作品だが,前述のよう 比 79%増加),世界で約 124,000 と言われている映画スクリー に各作品共に興収 100 億円超の大作はなかった. ンのうち,62,684 スクリーン(北米:27,469,北米以外:35,215) スクリーン数は,デジタル上映化や震災の影響で昨年から 73 減って 3,339 となり,18 年ぶりの減少となった.その内, 以上がデジタル上映に対応し,全世界スクリーンの半分を超 えた. シネコンのスクリーンシェアは 83%(前年比 102%)で増え デジタル上映対応スクリーンの比率は,国内で約 60%(全 る一方,デジタル設備を導入できない映画館の廃業が増えて 3,339 スクリーンのうち,1,987 スクリーンがデジタル上映対 いる. 応),北米では約 65%(全 42,390 スクリーンのうち,27,469 文化庁は,日本映画の振興に向けた映画製作支援と若手映 画作家の人材育成を目的とした平成 23 年度の事業予算を約 11.1 億円(前年比 292%)と 4 年ぶりに増額した. 〈米国概況〉 米国の映画興行収入は,102 億ドル(前年比 96.2%)と減 スクリーンがデジタル上映対応)となっている. また,3D 上映に対応した全世界のデジタルスクリーン数 は,2010 年の 22,411 スクリーンに対し,2011 年は 35,479 ス クリーン(前年比 58%増加)へ大きく増加し,全デジタルス クリーンの 57%を占める. 少したが 3 年連続で 100 億ドルを突破した.TOP3 作品は 今後もフィルム上映からデジタル上映への移行は,急速な 「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」,「トランスフォー ペースを保って進んで行くと考えられるが,作品の保存に関 マー ダークサイド・ムーン」 , 「トワイライト・サーガ ブレイ しては,保存形式含め, 「何に保存するか」が世界的に大きな キング・ドーン Part 1」で,興収 1 億ドル以上の作品は,合 問題であり,探っていく形になると思われる. 計 30 作品あり,前年 25 作品から増加した. 12.2 フィルム 13. 工業規格 富士フイルムは,微粒子・高鮮鋭度・高コントラストの乳 藤田宗久(写真感光材料工業会) 剤を薄層化し,さらにグレイベース使用によるハレーション 防止により,にじみの少ないシャープな音像を得ることがで 13.1 概要 きる映画用サウンドレコーディング専用の「ETERNA-RSN 2011 年の ISO(国際標準化機構)/ TC42(Photography)国 Type 4415」を発売し,ETERNA シリーズラインアップを拡 際標準化活動は,WG5(イメージング材料の物理性と保存 充した. 性),WG18(デジタルスチル画像)等の Working Group を中 コダックは,ダイレイヤリングテクノロジー(DLT)や『サ 心として活発な規格制定・改正活動が展開された. ブミクロン・イメージング・センサー:Sub Micron Imaging 発行されている写真関係国際規格[TS(技術仕様書)及び Sensor(SMIS) 』などの VISION3 技術を継承した微粒子・デー TR(技術報告書)を含む]は,ISO/TC42(写真)で 176 件 ライトタイプの映画撮影用カラーネガフィルム「VISION3 となった.国家規格の JIS(日本工業規格)は,B 分野(光学 50D(タイプ 5203/7203)」を発売した. 機械)9 件,K 分野(写真材料・測定方法)4 件,Z 分野(放 デジタル全盛の中,両メーカーとも最新の技術を導入した 新製品を発売し,銀塩フィルムの高品質化,デジタル技術と の融合を図り,存在感を示した. 射線関係)1 件である.国際規格(ISO)は,ISO の Website (http://www.iso.org/iso/home.htm)の,Standards development〉 List of ISO technical committees〉TC42 から規格番号及び規格 12.3 撮影機材 名称の検索が可能である.また,国家規格(JIS)は日本工業 デジタルシネマカメラに関しては,ソニーからスーパー 標準調査会の Website(http://www.jisc.go.jp/)で検索・閲覧が 35 mm 2000 万画素 8KCMOS イメージセンサーを搭載した 「CINE ALTA F65RS」の発表があった. (発売は 2012 年 1 月) また,多くの作品で実績のある RED Digital Cinema 社からは, 可能である. 13.2 ISO 全体会議・専門委員会会議 ISO/TC42(写真)全体会議が 6 月にロチェスター(米国) 1400 万画素で 27.7 mm×14.6 mm の CMOS センサー搭載の で開催された.新たにデンマークが P-メンバー国に加わり, 「EPIC」が発表された.高解像度の「4K」撮影が可能な機材 次回全体会議は 2013 年にコペンハーゲンで開催されること が充実し, 「4K」上映までのワークフロー整備が本格化し始 めている. また,キャノンが「EOS C300/C300PL」を発表し,デジタ となった. 専門委員会会議は,WG5 会議が 6 月(ロチェスター)と 10 月(ミネアポリス)の 2 回開催され,WG18/JWG20/22/23 会 ルシネマカメラへの本格参入で注目を集めた.小型軽量で機 議が 2 月(横浜),6 月(ロチェスター),10 月(エジンバラ) 動力があり,新開発されたスーパー 35 mm 相当の約 829 万画 の 3 回開催された. 素の大型単板CMOSセンサーに動画専用の高速処理エンジン DIGIC DV III を搭載.今後もこのような小型軽量ハンディ型 CMOS カメラへの参入も増えると思われる(映テレ,713, 18–27). 12.4 デジタルシネマ 2011 年は,全世界でデジタル上映対応が更に急進し(前年 13.3 規格発行,改訂等の動き イメージング材料分野で 6 件の規格発行,3 件の規格廃止 があった. 国家規格の JIS については,JIS K7642 の追補改正があった. 2011 年に発行,廃止及び確認された ISO(TC42:Photography)規格及び技術仕様書(TS:Technical Specification)並 2011 年の写真の進歩 びに JIS(B:光学機械,K:写真材料・測定方法,Z:放射線 関係)を以下に示す. 13.3.1 ISO 規格 1)発行された ISO 規格及び技術仕様書(6 件) ・ISO 3665:2011 (Ed 3) Photography—Intra-oral dental radiographic film—Specification ・ISO 18920:2011 (Ed 2) Imaging materials—Reflection prints —Storage practices ・ISO 18930:2011 Imaging materials—Pictorial colour reflection prints—Methods for evaluating image stability under outdoor conditions ・ISO 18934:2011 Imaging materials—Multiple media archives —Storage environment ・ISO 18941:2011 Imaging materials—Colour reflection prints — Test method for ozone gas fading stability ・ISO 18946:2011 Imaging materials—Reflection colour photo- 261 graphic prints—Method for testing humidity fastness 2)廃止された ISO 規格(3 件) ・ISO 10996:1999 Photography—Still-picture projectors— Determination of noiseemissions ・ISO 9559:1989 Photography—35 mm filmstrip projectors— Specifications for framemasks ・ISO 2800:1973 Photography—Expendable photoflash lamps —Definition and evaluation of flashability 3)確認又は改正された ISO 規格(65 件) 2011 年は 1990 年代から 2008 年の間に発行された規格の定 期見直し時期にあたり,定期見直し件数が 65 件に上った.一 部の改正となった規格を除き,殆どは確認された. 13.3.2 JIS 規格 1)発行,確認,改正された JIS 規格 ・発行,確認案件はなく,JIS K7642 の追補改正があった. 2)廃止された JIS 規格 ・該当なし.
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