〔原 著〕 前立腺癌に対するアンドロゲン遮断療法(ADT)患者における 骨密度の臨床的検討 鈴 木 龍 弘 Keywords:前立腺癌,アンドロゲン遮断療法,骨密度 和 文 要 旨 緒 言 前立腺癌に対するアンドロゲン遮断療法 前立腺癌に対するアンドロゲン遮断療法 (ADT)患者の骨密度の測定を行い,骨粗鬆症患 (ADT)は,進行癌に対する一般的治療法であ 者 へ bisphosphonate に よ る 治 療 を 行った。 る。加えて局所限局癌に対する放射線照射での 2006年7月から 2010年7月に,前立腺癌に対 補助治療や,局所治療後の腫瘍マーカー上昇に し ADT が行われている,またはこれから行う おける救済治療として用いられる。一方 ADT 患者について,骨密度の測定を行った。骨密度 は骨密度を低下させ,骨折リスクを 23%上昇さ が若年成人平 値(YAM )の 70%以上であれば せる 。今回我々は前立腺癌に対する ADT 患者 1年毎に,70%未満であれば alendronate によ の骨密度測定を行い,骨密度低下症例に経口 る治療を行い,半年毎に再測定を行った。ステ bisphosphonate 剤 で あ る alendronate に よ る ロイド内服中または慢性血液透析症例は検討か 治療を行い検討を加えた。 ら除外した。検討対象 69例の年齢は 65∼87歳, 中央値 77歳であった。初回測定時に ADT が行 対 象 と 方 法 われていた者は 38例,このうち,骨塩減少また 2006年7月から 2010年7月に,前立腺癌に は骨粗鬆症の者は9例 (23.7%) であった。ADT 対し,既に ADT が行われている,またはこれか が行われていなかった者は 31例で, 骨塩減少ま ら行う患者について,骨密度の測定を行った。 たは骨粗鬆症は6例(19.4%)であった。ADT 骨密度測定は腰椎で,腰椎が不適切な者では大 継続中に複数回の測定がされた者は 42例, うち 骨頸部で行い,若年成人平 値(YAM )比 9例で alendronate が投与された。投与なし 33 80%未満を骨量減少,70%未満を骨粗鬆症とし 例中 25例で骨密度は低下, 投与あり9例で骨密 た 。骨密度が YAM 比 70%以上であれば1年 度が低下した症例は無かった。投与なし例にお 毎に,70%未満であれば alendronate による治 ける骨密度 YAM 比の減少量は,33例中 10例 療 を 行 い,半 年 毎 に 再 測 定 を 行った。alen- で年あたり5%以上であった。前立腺癌に対し dronate の内服用量は5mg/日または 35mg/ て ADT が行われると,多くの症例で骨密度は 週とした。ステロイド内服中の症例,すでに 低下し,これは alendronate の内服により短期 bisphosphonate が 的には回避された。 慢性血液透析症例は検討から除外した。2群間 用されている症例,または Clinical investigation of bone mineral deisity in prostate cancer patients treated with androgen deprivation therapy (ADT) Suzuki, T.:勤医協中央病院泌尿器科 Vol. 34 7 北勤医誌第 34巻 2012年 12月 表 1 初回骨密度測定結果 ADT なし(n=31) ADT あり(n=38) 年齢範囲(歳) 中央値(歳) 65∼86 77 68∼87 76.5 NS 骨密度 YAM 比(%) 範囲(%) 平 ±SD(%) 67∼171 102.06±24.37 64∼176 100.00±22.08 NS 骨密度の状態 正常 骨量減少 骨粗鬆症 25例(80%) 3例(10%) 3例(10%) 29例(76%) 5例(13%) 4例(11%) NS 表 2 alendronate 投与の有無と,年あたり骨密度 YAM 比変化量 投与なし(n=33) 投与あり(n=9) YAM 比変化量 範囲(%) 平 ±SD(%) −16.0∼+1.26 3.23±3.03 0∼+10.0 −3.30±4.10 上昇または不変 5%未満減少 5%以上減少 8例(24%) 15例(45%) 10例(30%) 9例 なし なし P<0.0001 P<0.0001 の割合の比較検定にはカイ二乗検定を,変数の れた。alendronate 投与の有無と,骨密度変化の 比較にはマンホイットニーU検定を用い,p< 関係を表2に示す。投与の有無により,1年あ 0.05を有意差ありとした。 たりの骨密度 YAM 比変化量には有意差がみ 結 果 られた。投与あり9例で骨密度が低下した症例 は無かった。一方投与なし 33例中 25例(76%) 検討対象は 69例,年齢は 65∼87歳,中央値 で骨密度が低下し,投与の有無により,骨密度 77歳であった。初回骨密度測定時すでに ADT 低下症例の割合には有意差がみられた。さらに が 行 わ れ て い た 者 は 38例,そ の 期 間 は 2∼ 投与なし例における骨密度 YAM 比の変化量 118ヶ月,平 は,骨密度低下症例 25例中 10例(40%)で年 26ヶ月であった。 初回骨密度測定時の ADT の有無と骨密度の 関係を表1に示す。ADT の有無により測定時 の対象の年令,骨密度 YAM 比,骨密度の状態, あたり5%以上であった。 案 いづれも有意差を認めなかった。ADT が行わ 前立腺癌患者の骨密度について Morote ら れていなくても 31例中6例(20%)では骨密度 は,ADT 前であっても 35.6%が骨粗鬆症であ が異常であった。骨密度測定前の ADT 期間が り,ADT 期間によりその割合は上昇し,10年で 24ヶ月未満の 27例中5例(19%)で,24ヶ月以 は 80%以 上 が 骨 粗 鬆 症 で あ る と 報 告 し て い 上では 11例中4例(36%)で骨密度が異常で る 。一方 Yuasa らは,日本人前立腺癌患者は, あった。ADT 期間による骨密度異常者の割合 ADT の有無に関わらず,骨量減少または骨粗 に有意差は認めなかった。 鬆症の割合が低いと報告している。彼らによる ADT 継続中に複数回の骨密度測定がなされ と,ADT 治療前での骨粗鬆症は 4.5%,骨量減 た者は 42例,うち9例で alendronate が投与さ 少は 31.8%で ,自験例でもほぼ同様な割合で Vol. 34 8 前立腺癌に対するアンドロゲン遮断療法(ADT)患者における骨密度の臨床的検討 あった。また ADT の有無と骨密度については Yuasa らが,骨密度の状態の構成は ADT の有 無により有意差が無いと報告しており ,この 結 語 前立腺癌患者では,ADT が行われていなく ても約2割が骨量減少または骨粗鬆症であり, 点についても自験例は同様であった。 ADT による腰椎の骨密度減少は,Smith ら ADT を行うと,7割以上の症例で骨密度が低 は 48週 で 3.3% , M aillefert ら は 年 間 下した。ADT による骨密度低下は,症例の3割 4.6% ,Berruti らは年間 2.3% と報告してい で年間5%以上であったが,alendronate の内 る。自験例の平 服により短期的には回避された。前立腺癌患者 値はこれらの報告とほぼ同様 に ADT を行う場合,施行前と開始後定期的に であった。 Israeli らによれば,ADT 患者での骨密度測 骨密度測定を行い,必要時薬剤による治療を行 定間隔は,初回測定値が正常であれば1∼2年, うべきである。そのタイミングと 骨量減少または骨粗鬆症では6∼12ヶ月が妥当 いては,今後の検討が必要である。 とされている 。自験例では,alendronate 投与 が行われない場合,ADT 症例の約3割が年間 5%以上の低下を示していた。そこで骨密度測 定間隔は1年が妥当と えられた。 本邦の骨粗鬆症診療ガイドラインでは,脆弱 用薬剤につ 本論文の主旨は,第 99回日本泌尿器科学会 会,名古屋,2011年で発表した。 参 文 献 1) Taylor LG, Canfield SE, Du XL: Review of 性既存骨折が無い場合,骨密度が YAM 比 70% major adverse effects of androgen-deprivation 未満,または 80%未満で 50歳以上の男性では therapy in men with prostate cancer. Cancer vol. 115, p 2388−2399, 2009 骨折危険因子がある場合が,薬物療法の開始時 期とされている 。米国では ADT を行う前立腺 癌患者では,その一部では,骨粗鬆症に至る前 での bisphosphonate による介入が望ましいと されている 。自験例では alendronate 投与に 2) 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2006年度版, P 12,第1版,ライフサイエンス出版株式会社,東 京,2006. 3) Morote J, Morin JP, Orsola A: Prevalence of osteoporosis during long-term androgen depri- より,ADT に伴う骨密度低下は短期的には回 vation therapy in patients with prostate cancer. Urology vol. 69, p 500−504, 2007 避された。そこで薬物療法の開始次期について 4) Yuasa T, Maita S, Tsuchiya N: Relationship は,ADT を危険因子とした上での本邦におけ る基準,すなわち YAM 比 80%未満の骨量減少 状態が妥当かもしれない。一方いつまで治療を 継続するか,については明らかではない。 治療に 用する薬剤は経口 bisphosphonate 剤が推奨されているが ,米国歯科医師会によ between bone mineral density and androgendeprivation therapy in Japanese prostate cancer patients.Urology vol.75,p 1131−1137,2010 5) Maillefert JF, Sibilia J, Michel F: Smith MR, McGovern FJ, Zietman AL: Pamidronate to prevent bone loss during androgen-deprivation therapy for prostate cancer.N Engl J Med.Vol. 345, p 948−955, 2001 り同剤による治療に関連する顎骨壊死の危険因 6) Maillefert JF,Sibilia J,Michel F:Bone mineral 子について,高齢と癌患者であることが挙げら density in men treated with synthetic れている gonadotropin-releasing hormone agonists for prostatic carcinoma.J.Urol.Vol.161,p 1219 − ので注意を要する。一方 ADT に伴 う estrogen 欠乏症状をもカバーするための, selective estrogen receptor modulator (SERM )の有用性が報告されている 。 1222, 1999 7) Berruti A, Dogliotti L, Terrone C:Changes in 用薬 bone mineral density, lean body mass and fat 剤と治療開始時期,期間についての本邦での検 content as measured by dual energy x-ray 討が待たれる。 absorptiometry in patients with prostate can- Vol. 34 9 北勤医誌第 34巻 2012年 12月 京,2006. cer without apparent bone metastases given androgen deprivation therapy.J.Urol.Vol.167, p 2361−2367, 2002 11) American Dental Association Council on Scientific Affairss.:Dental management of patients 8) 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2006年度版, receiving oral bisphosphonate therapy Expert P 15,第1版,ライフサイエンス出版株式会社,東 京,2006. panel recommendations.J Am Dent Assoc.vol. 137, p 1144−1150, 2006 9) Israeli RS,Ryan CW,Jung LL:M anaging bone 12) Smith MR, Malkowicz SB, Brawer MK: Tor- loss in men with locally advanced prostate emifene decreases vertebral fractures in men cancer receiving androgen deprivation therapy. J. Urol. Vol. 179, p 414−423, 2008 younger than 80 years receiving androgen dep- 10) 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2006年度版, rivation therapy for prostate cancer. J. Urol. vol. 186, p 2239 −2244, 2011 P 19,第1版,ライフサイエンス出版株式会社,東 Abstract Androgen deprivation therapy (ADT)for prostate cancer is known as a course of secondary osteoporosis. From July 2007 to July 2010, we evaluated bone mineral density (BMD) of prostate cancer patients before or during ADT. Patients whose BMD was less than seventy percent of young adult mean (YAM )were treated with oral bisphosphonate,alendronate,and BMD was measured biannually. BM D of patients without bisphosphonate treatment was measured annually. Patients taking oral steroid or on hemodialysis were excluded from this analysis. Number of eligible case was 69, mean age was seventy-seven years old (range 65-87). At first BM D measurement,38 cases were during ADT and BMD was abnormal in nine(23.7%). In 31 cases without ADT at first measurement, BMD was abnormal in six (19.4%). BMD was measured two times or more in 42 cases and nine of 42 were treated with alendronate. In 33 cases without alendronate treatment, BMD decreased in 25, and in 10 cases rate of decline was more than five percent per year. BMD didn t decrease in all nine cases with alendronate treatment. A large proportion of prostate cancer patients,BMD decreases during ADT and this decline was prevented with alendronate in short term. Vol. 34 10
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