日消外会議 25(4):1052∼ 1055,1992年 食道全摘 を要 した 甲状腺癌 の 1例 阿部 元 寺田 信 囲 滋賀医科大学第1外科, 近江 八幡市民病院外科 迫 裕 孝 石 橋 治 昭 沖 野 功 次 柴 田 純 祐 小玉 正 智 中 根 佳 宏 食道粘膜下組織 にまで浸潤 して いたため に, 食 道全摘 を行 い 胃管 にて再建 した再 発性 甲状腺癌 の 1 例を経験 した ので報告す る。症例 は3 3 歳男性であ った。 1 9 8 5 年に甲状 腺癌 にて左業部 分切除 を受 けて お り, 今 回頸部腫瘤 を主訴 として来院 した。頭部超音波検査 お よび c o m p u t e d t o m o g r a p h y , m a g n e t i c て食道浸潤 が疑 われ る再 発性 甲状腺癌 と診断 された。手術所 見 では, 頸 部食道 resonance imazingに に5 c m に わた って直接浸潤 してい る甲状腺 左葉発生 の乳頭癌 を認 め, 頸 部食道 を合併切除 した。遊離 空腸 で再建 しよ うと した が, 吻 合す べ き血 管 が得 られず, や む な く食道全摘 を施行 し, 有 茎 胃管 に よ る再建 を行 った. 分化型 甲状腺癌 は比 較的予後 良好 で あ るが, 周 囲組織 に浸潤 してい る場合 には, 積 極 的 に合併切 除 す べ き と考 え られた。 Key words: papillary carcinoma of thyroid, direct invasion to esophagusfrom thyroid carcinoma, pharyngoesophagealreconstruction は じめ に 一 甲状腺 分化癌 は 般 に発育 が緩徐 であ るが, 周 辺組 1)。 今回 織 に まで浸潤 した進 行例 を認 め る こ ともあ る われわれ は食道粘膜 下層 まで浸潤 し, 食 道全摘, 胃管 経験 した ので報 に よる再建 を行 った 甲状腺癌 の 1 4 7 1 を 告す る。 症 例 患者 : 3 3 歳, 男 性. 主訴 : 項 部腫瘤. 家族歴 : 特 記す べ き こ とな し. 既 往 歴 : 1 9 8 5 年某 院 に て 甲 状 腺 p a p l l a r y c a r ‐ c i n o m a の 診断下 に手術 が行 わ れたが, 気 管, 左 総頭動 脈 へ の癒着 を認め, 甲 状腺左業部 分切除 お よび内頭静 脈 合併切除術 を受 けた。 1 9 9 0 年非定型精神病 にて加療 状 の部 分 が混在 した腫瘤 を触知, 腫 瘤 は辺縁 ほぼ平滑 で可動 性 な く圧痛 を認 め なか った。頭部 リンパ節 は触 知 せ ず, 心 , 肺 , 腹 部 に異常所見 はなか った 。 入院時検査成績 :末 精 血 一 般検査 では,赤 血 球 数 576X104/mm3,自 血 球 数 11,000/mm3,血 小 板 数 521× 104/mmeと軽度 の多血症を認つた。生化学検査 では,GOT,GPTの 軽度上昇を認 めた。甲状腺機能 は 軽度 異常 な く,cartinoembryonic antigen(CEA)は Table l RBC HT HB WBC Labolatory data on the admission 576× 104/mm3 56 3% 18 8g/di l1000/mm3 PLTS 52 1× TP ALB 73g/dl 4 5g/dl CH0 GOT 104/mm3 164 mg/di 84 1U/1 GPT を受 けた。 IU/ml 現病歴 : 約 6 か 月前 よ り左頸部腫瘤 に気 付 いた。 そ の後, 徐 々に増大 して味下時 のつ っか え感 を認 め るよ TSH T4 2 90″ 48″ T3 1 19 ng/ml うにな り, 1 9 9 1 年 3 月 当科 を受診 した 。 入 院 時 現 症 : 身 長 1 6 7 c m , 体 重7 3 k g , 血 圧 1 2 6 / 7 4 F―T4 0 9ng/dl UN F―T3 4 2pg/ml Cre TBG 9 6μ 拍 7 2 / 分, 貧 血 , 黄 痘 を認 めず, 甲 状腺左葉 下 極 に5 . 0 ×2 . 8 c m の 硬 い 部 分 と2 . 7 ×2 7 c m の 嚢 胞 mmHg,脈 <1991年12月10日受理>別 刷請求先 :阿部 元 〒52021 大 津市瀬田月輪町 滋 賀医科大学第 1外 科 IU/dl T一 g/ml 50 1U/1 LDH 398 1U/1 ALP 8 mg/dl 06mg/dl Na K CEA 5 3ng/ml Thyroid test C1 (-) Microsome test (-) 101 1U/1 G一 GTP 3631U/1 Bil l.l mg/dl 136 mEq/1 48 mEq/1 98 mEq/1 Ca 9 8mg/dl 3 51ng/dl 1992年 4月 87(1053) Fig. 1 Neck X-ray film shows psammoma bodies in left lobe of thyroid Fig. 2 Ultrasonogram in the left lobe of thyroid shows a cystic pattern composedof a dorsal low echo area and a ventral high echo area 上昇 していた ( T a b l e l ) . 頸部軟線撮影 : 甲 状腺 左葉 に一 致 して砂 粒状石灰化 Fig. 3 Magnetic resonance imaging shows esophageal invasion and no trachal invasion 伴 った充実性 の,気管後面 か ら食道側面 にいた る6.5× 4.5cmの 腫瘍 が認 め られた。 しか し,気 管,食 道 へ の 像 が認 め られた ( F i g , 1 ) . 頸部超 音波検査 :甲 状腺 左葉 に acoustic shadow 浸潤 は特定 で きなか った , を伴 う, l o w e c h o a r e a とh i g h e c h o a r e a混在す が る は全周 が 明瞭 で あ ったが,食 道壁 は一 部不 明瞭 な部分 6 . 5 ×4 . 5 ×2 . 5 c m の 腫 瘍 を認 っ た, 特 に h i g h e c h o が認 め られ,要 部食道浸潤 が疑 われた (Fig。3). 血 管 造 影 :左 総 頭 動 脈 へ の 漫 潤 は 認 め ず,turnor a r e a は気 管側 に存在 して いた ( 酎g 。2 ) . 1231甲 状腺 シ ンチ グ ラ ム ! 左 葉 には1 2 3 1 の 集積 を認 め なか った。 C o m p u t e d t o m o g r a p h y ( C T ) 検 査 ! 甲 状腺 左葉 に 一 致 して前面 が l o w d e n s i t y a r e a で , 後 部 は石 灰化 を Magnetic resonance imazing(MRI)検査 :気 管壁 stainも明瞭 でなか った。 以上 よ り,食 道壁 に浸潤 してい る可能性 の あ る再 発 性 甲状腺 乳頭癌 と診断 した。 手術所 見 :腫 瘍 は 甲状腺 左葉全体 を 占めてお り,嚢 88(1054) 食道全摘を要 した甲状腺癌の 1例 ︲ a銃 w Fig.4 Histological fingings of esophageal shows papillary carcinoma invasion to mucosallayer of esophagus(H.E. x40) 日 消外会議 25巻 4号 切 除 病 理 所 見 :甲 状 腺 腫 瘍 は6.5×4.5×2.7cmの 大 きさで,6mlの 淡黄 色液 を含む襲胞部 分を認 めたが, 大部 分 は硬 い充実性 の組織 で あ り,甲 状腺 被膜 を穿破 した進 行癌 であ った.病 理組織診で は,硝 子体物質 が 豊富 で立 方体 の細胞 が 乳頭濾胞 状 に配列 した乳頭癌 で あ った。食道浸潤部 は,2.8× 2.3cmに わた って乳頭状 の癌細胞 が粘膜下層 まで浸潤 していた (F七.4). 転 帰 :術 後経過 は 良好 で,14日 目よ り経 口摂取 を開 始 した。狭窄,逆 流 の症状 も認 め ず,普 通食 の摂取 も 可能 であ った (ng.5).頃 声 がみ られたが,徐 々に改 善 の傾 向を認 め,術 後34日 目に軽快退院 した。 考 察 甲状腺癌 の予後 を左右す る因子 として,最 も重要 と され るのは組 織型 で あ る。未分化癌 の予後 は まった く Fig. 5 Postoperative barium contrast study shows an intact anastomosiswithout evidence of leakage or stricture 不 良で あ るの。それ に対 して,分 化癌 は発育速度 も緩除 で,予 後 は比 較的 良好 で あ る。しか し分化癌 の中 で も, 低 分化癌 は 甲状腺被膜 を破 って周囲臓器 へ 浸潤 発育す る傾 向 が強 い といわれてい る。. 本邦 では一 般 に 甲状腺 分化癌 の標準術式 として,甲 状腺亜全摘 とmOdined neck dissectionが行わ れてお り。,甲 状腺全摘術や両側の内外深頸 リンパ節郭清,さ らに上縦 隔 リンパ節郭清術 は特殊 な場合 のみ に行われ てい る。しか し,い か に緩徐 な経過 を とる分化癌 で あ っ て も悪性腫瘍 で あ ることに変 わ りない,根 治手術 が施 行 され なければ再 発 す ることが 多 く,ま た再 発 して く る場合 は,周 囲組織 に直接浸潤 してい る こ とが多 い。 そ こで最近 で は,手 術手技上 問題 とな る気管 ,食 道, 血 管 へ の漫潤 の あ る進行癌症例 に対 して も,積 極 的 に これ ら臓器 へ の浸潤部 を切除す る こ とが望 ま しい とい う考 え方 が出て きた516). 甲状腺癌 の食道 へ の 浸潤 は,通 常筋層 までの浸潤 で とどまる ものが大部分であ り,そ うした場合 には浸潤 して い る部 分 の食 道筋層 を合併切 除す るの。食道粘膜 胞部 分 と充実性部 分 か ら成 っていた 。所属 リンパ節 は は重層痛平上皮 か らな る強靭 な もので あ るため,粘 膜 軽度腫脹 していた。気管,総 顕動脈 へ の浸潤 はみ られ な らびに粘膜下層 が残 れば,そ れ以上 の処置 を行わ な くて も問題 は な い。食道 へ の浸潤 が粘膜下層 か ら粘膜 なか ったが,左 反 回神経 は腫瘍 内 に巻 き込 まれ ていた ため合併切除 した 。頭部食道下部 に5cmに あた り直接 浸潤 がみ られ,さ らにその上方2cmの 食道外膜下 に転 移 性 と思われ るlcmの 硬結 が認 め られた。頸部食道 を 合併切 除す る必要 が あ る と判 断 し,遊 離空腸 にて再建 しよ うと考 えたが,吻合 に用 い るべ き上下 甲状腺動脈, 頭横動脈 が細 く,血 管吻合 は 困難 と判 断 した。 このた め,blunt dissectionに よる食道全 摘 を行 い,後 縦 隔経 路 にて有茎 胃管 に よる再 建 を施行 した 。 へ達 して い る場合 ,そ の範 囲 が狭 い ときには食道壁 の 部 分切除,お よび切 除後 の縫合 閉鎖 ですむ。尾崎 らゆは 全月 の1 / 3 ( 外周で3 c m ) , 縦 経 では5 c m ま で切除 して も, 術 後 に通過障害を来す こ とはない と述べ ている。 広 い範囲に浸潤 がある場合 には, 頸部食道 を全摘 し, 再建が必要 とす る。再建 の方法 には, 皮 弁を用 いる方 法ゆり, 遊 離空腸を用 いる方法1 い , ま た食道全摘を行 い 有茎 胃管, 有 茎結腸で再建す る方法1 ' がある。 1992年4月 89(1055) 皮弁 を用 い る方法 は,手 術侵襲 が少 ないが,術 後 の 慶 孔や狭窄 を起 こしやす く,広 範 囲 の植皮 が 必要 とな るため に植皮部 の赦痕 が 日立 つ よ うにな る.このため, 高齢者 や食道欠損 の短 い症例 が適応 とな る。 遊離空腸 を用 い る方法 は,長 さが 自由に採取 で き, 口径 が頸部食道 の 日径 とほぼ一 致 してい るため,食 道 空腸吻合 が容易 で,狭 窄や痩孔 を作 りに くい。 また有 茎 胃 。結腸移行術 に比 べ 手術侵襲や不必要 な犠牲 がな い点で優 れて い る.し か し,徴 小血 管 の吻合 が必要 な ため,動 脈硬化症や糖尿病 な どの血 管性疾患 を伴 った 症例 には困難 で あ る。 有茎 胃 ・結腸 に よる再建 は,食 道全摘 を伴 う過大 な 手術侵襲 を認 め るため,皮 弁,遊 離空腸 に よる再建 が 困難 な症例 に対 して行 うべ き と考 える。今回 の症例 は, 遊離空腸 に よる再建 を考慮 したが,吻 合すべ き血 管 が 得 られず ,皮 弁 では食道欠損 が長す ぎ,ま た 吻合部 が 高位 とな るため に,挙 上距離 の短 い後縦 隔経 由 にて有 茎 胃管 に よる再建 を行 った。 この術式 は,第 2胸 椎 の 高 さまで の 食 道 を約7cmに わ た って 切 除 す る必 要 が あ ったため,直 接 吻合 は5cmま で とす る尾 崎 ら'の 報 告や,胃 管挙上法 は腫瘍 の浸潤 が胸部食道 に まで及 ぶ 場合 とす る河西 11)の 報告 を参考 に して も妥 当 で あ った と考 え られた。 以上 の ご とく,甲 状腺 分化癌 の進行 は比較的緩徐 で あ るが,初 発pll,再発4/1を 問わず,周 囲組織 に浸潤 し てい る場合 あ るいは浸潤 が疑 われ る場合 には,積 極 的 に周 囲組織 を も合併切除す べ き と考 え られた。 本論文 の要 旨は第405回京 都 (京滋)外 科集談会 (平成 3 年 6月 14日)に おいて発表 した。 文 献 1)野 口志郎 :甲 状腺癌 周 囲臓 器 の合 併 切 除,手 術 41 :347--350, 1987 2)的 場直矢 i甲 状腺 の未分化癌.草 間 悟 ,和 国達 雄,三 枝正裕 編,甲 状腺 ・上皮小体の外科.外 科 Mook,No 27,金 原 出版,東 京,1982,p250-259 3)津 森考生,中尾量保,宮 田正彦ほか :甲 状腺癌 の気 道 浸 潤 様 式 に つ い て の 検 討. 日 外 会 議 8 8 : 600--606, 1987 4)Noguchi S, Murakami N: The value of lymph‐node dissection in patients with direrentited thyroid cancer. Surg Clin North Am 67:251--261, 1987 5)尾 崎修武,糸数俊秀,中尾守次 ほか :高 齢者の進行 性 甲状腺癌 に対す る手術 ―特 に食道合併切除につ いて―.臨 外 34t1587-1590,1979 6)菅 谷 昭 ,牧内正夫,官川 信 ほか :甲 状腺進行痛 にお ける食道合併切除術の縫合不全 とその対策. 外科治療 46 t l13-117,1982 7)藤 本音秀 !甲 状腺 の腫瘍.木 本誠二 ,和 国達雄 監 修.新 外科学大系.15.甲 状腺 ・上皮小体 の外科. 中山書店,東 京,1989,p141-180 8)Bekamjian VY: A two‐ stage method for vith a pri‐ phattngo,esophageal reconstruction、 matt pectoral skin nap. Plast Reconstr Surg 36! 173--184, 1965 9)Harii K,Ebihara S,Ono l et al: Phattngoeso・ phageal reconstructin using a fabricated forar‐ m free flap.Plast Reconst Surg 75:463--474, 1985 1 0 ) 野 崎幹弘, 平山 唆 , 林 道 義 ほか : 遊 離腸管移植 に よる食道再建. 手 術 3 8 : 6 3 - 7 2 , 1 9 8 4 1 1 ) 河 西信勝 : 甲 状腺切除 の テク ニ ック と思者管理. 医学書院, 東 京, 1 9 8 7 , p 1 3 2 - 1 3 4 A Case Report of Thyroid Cancer with Total Esophagectomy HajimeAbe,Koji Okino,HirotakaSako,HaruakiIshibashi,NobukuniTerata,JunsukeShibata, MasashiKodamaand YoshihiroNakane* First Departmentof Surgery,ShigaUniversity of MedicalScience *Departmentof Surgery,OmihachimanMunicipalHospital A 33-year-old man hadrecurrentthyroid cancerthat was resectd by total esophagectomy and reconstructed by pharyngogastrostomy. Hereceiveda left partial lobectomybecauseof thyroid cancerin 1985,and was admitted to our departmentwith the chief complaint of a neck tumor. Neck ultrasonography,computedtomqgraphyand magneticresonance imagingshowedrecurrentthyroidalpapillarycarcinomawith esophageal invasion.Sincethe thyroid cancerdirectedly invadedthe cervical esophagusfor 5 cm, subtotal thyroidectomyand resectionof the cervicalesophagus wereperformed.Reconstruction with a segmentalfreejejunumwas impossible, because there wereno anastomosed vessels.Thereforewe performedtotal esoph4gectomy andpharyngogastrostomy. Thoughthe prognosisof differentiatedthyroid canceris relatively good,in the caseof invasionto the circumference,radical resectionshouldbe performed. Reprint requests: HajimeAbe First Departmentof Surgery,ShigaUniversityof MedicalScience Seta-Tsukinowa, Otsu,520-21 JAPAN
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