学位論文題名 P。stpartum thyr。id dysfuncti。n in w。

博 士 ( 医 学 ) 境 原 三 津 夫
学 位 論文 題 名
Postpartum thyroid dysfunction inwomen
with normal thyroid function during pregnancy
( 妊 娠 中に 甲状腺 機能が正 常であっ た女性に おける産 後の甲状腺 機能異常 )
学位論文内容の要旨
目的
産 後甲 状 腺 機能 異 常( PPTD) は 、産 後 の一 過 性の 甲状腺機 能亢進ま たは機能 低下と定
義 さ れ る 。 PPTDと 抗 マ イ ク口 ゾ ーム 抗 体 (AMC)と の 関係 に つ いて の 成績 は 散 見さ れ る
が、 抗 サイ 口 グ 口ブ リン抗 体(ATG)と の関係を 調べた研 究は未だ 報告され ていない。 ま
た、 妊 娠中 の 甲 状腺 機 能が 正 常 てか つ 甲状 腺 疾 患の既 往がない 女性のPPTDに ついての検
討も 稀 であ る 。 本研 究 では 、 PPTDの 発症 頻 度を 明 らかにす るととも に、抗甲 状腺抗体な
らび にそ の 後の 橋本 病 発症との関 係を明らかにする ことを目的とした 。
対象と 方法
1)1991年 4月 か ら1998年 3月 ま での間に 、北海道 大学医学 部附属病 院を受診し た4,022
人 の妊 婦 を対 象 と し、 妊 娠初 期 、 産後 1力 月 、産 後 3力 月 に乾 燥濾紙 血液法に より甲状 腺
機 能検 査 およ ぴ 抗 甲状 腺 抗体 価 の測 定を行っ た。fT4の濃 度はAmerlexfreeT4RIAkitを
用 い 、 TSHは Delfia TSH( 螢 光 抗 体 法) な いし Enzaplate TSH (ELISA)を 用 いて 測 定 し
た 。 AMCと ATGは そ れ そ れ Serodia AMCお よ び Serodia ATG( 間 接 凝 集 法 ) を 用 い て
測 定し 、 100倍 希 釈 以上 を 陽性 と し た。 2) 甲 状腺 機 能 が正 常 でかつ甲 状腺疾患 の既往が
ない妊 婦において 、抗甲状 腺抗体陽 性群(Gro
upI)および抗甲状腺抗体陰性群(Grou
pII
)
の PPTDの 発 症 頻 度 を 比 較 し た 。 3) GroupIの う ち PPTDを 発 症 し た 女 性 に お い て 、 そ
の 後 の 橋 本病 発 症 と抗 甲 状腺 抗 体 価と の 関係 を 調 ぺた 。 4) PPTD非発 症 群 、PPTD発 症 群
およぴ 橋本病発症 群の抗甲 状腺抗体 価を比較 した。
統計解 析には、Fi
she
r’Se
xacttes
t、Man
n-W
hitn
eyUt
est、Wilc
oxonsign
edr
anktest
(Pく0.05) を用いた。
結果
1) 4っ 022人 の う ち 、 AMC陽 性 か つ ATG陽 性 は 158人 ( 4.0% ) 、 AMC陽 性 か つ ATG
陰 性 は 243人 ( 6.0% ) 、 AMC陰 性 か つ ATG陽 性 は 48人 ( 1.2% ) で あ っ た 。 3, 573人
は い ず れの 抗 体と も に 陰性 で あ った 。 甲状 腺 疾 患の既往 は131人に認め た。妊娠 初期に甲
状 腺機能異 常を認め たのは、 いずれか の抗体が陽 性であっ た449人のう ち50人(11.1
%)、
抗 体陰性者 3,573人のう ち65人(1.8% )であっ た。
2) 甲状 腺 疾患 の 既 往が な い3,891人 の うち 、 妊娠 中 の 甲状 腺 機能が正常 かつ抗甲 状腺
抗 体 陽性 者 は388人 ( 10.0%) 、 陰性 者 は 3, 503人 で あっ た 。 妊娠中 の甲状腺機 能が正常
か つ 抗 体 陽 性 者 の う ち 、 産 後 1力 月 、3力月 と もに 甲 状 腺機 能 評価 が で きた の は131人 で
あっ た(GroupI)。 抗体陰t生者 で同様に評価ができたのは1
,030
人であった(Gr
oupII)。
GroupIの 産 後 3カ 月 に お け る 甲 状 腺 機 能 異 常 の 発 症 率 は 21.3% ( 28人 / 131人 ) で あ
り 、 GroupIの 産 後 1力 月 ( 6.9% 、 9人 / 131人 ) お よ び Group IIの 産 後3力月 ( 4.7%、
48人 /1, 030人 ) と 比 較 し 高 値 で あ っ た( pく 0.05) 。す な わ ち、 GroupIに お い て産 後 3
力月 に甲状腺 機能亢進の 発症頻度 が増加し ていた。
3) GroupIの な か で PPTDを 発 症 し た 35人 の う ち 22人 が そ の 後 、 甲 状 腺 専 門 医 の 診
察 を 受け 、 6人 (27.3% ) が甲 状 腺腫 をともな う橋本病 と診断さ れ、2人(9. 1%)が甲 状
腺 機 能 低 下 症 と 診 断 さ れ た 。 橋 本 病 の 診 断 は 産 後 4力 月 か ら 2年 の 間 に な さ れ た 。
4) GroupIの う ち PPTD発 症 群 35人 お よ ぴ PPTD非 発 症 群 96人 の 産 後 3力 月 に お け
る AMC抗体 価 は、 両 群 とも に 妊娠 中 お よび 産 後1力月 と 比 較し 高 値であっ た(pく0.05) 。
ま た 、 PPTD発 症 群 な い し 橋 本 病 発 症 群 6人 に お け る AMC抗 体 価 は PPTD非 発 症 群 と 比
較 し 、 妊 娠 中、 産 後 1力月 、 産 後3力月 と もに 高 値 であ っ た (pく 0.05) 。 産後 3力 月 にお
け る AMC抗 体 価 が 25, 600倍 以 上 の 女 性 ( n=6) は 、 100-12っ 800倍 の 女 性( n=16) に 比
ベ 橋 本病の発 症率(86.3% vs.6.3010)が高かっ た(pく0.01) 。同様に 産後3カ月 における
ATG抗 体 価 が 1, 600倍 以 上 の 女 性 ( n〓 3) は、 100-800倍 の 女性 ( n=19)に 比 ベ 橋本 病
の 発 症 率 ( 66.7% vs. 21.1Cr/0)が 高 か っ た が 、 有 意 差 は な か っ た 。
考察
4,022人 の妊 婦 を 対象 と した 妊 娠 初期 に おけ る 抗 甲状 腺 抗 体の 陽 性率 は 、 AMCお よ び
ATGと も に 陽 性 が 4.0% 、 AMCの み 陽 性 が 6.0% 、 ATGの み 陽 性 が 1.2% で あ っ た 。 本
研 究に よ って 初 め て多 数 の妊 婦 に おけ る ATGの 陽 性 率(5.2% ) が明 ら か とな っ た 。妊 娠
中 の 甲状 腺 機 能異 常 は 抗体 陽 性者で は11.1%に、 陰性者で は1.8%に発 症した。こ のよう
に 抗甲 状 腺抗 体陽 性者 は妊 娠 中に 甲状 腺機 能異常の 発症率が高い。
一 般的 に PPTDの発 症 率 は1.1-16.7% と 報 告さ れ てい る 。ま た近年、 PPTDの7.2-33%
は AMC抗 体 が 陰 性 で あ る こ と が 報 告 さ れ た 。 本 研 究 で は AMCだ け で は な く ATGを 含 め
た 抗甲状 腺抗体の評 価を行い 、妊娠中 に甲状腺 機能が正 常でかつ 甲状腺疾患 の既往が ない
女 性 の PPTD発 症 率 を 初 め て 明 ら か に し た 。 す な わ ち 、 PPTD発 症 率 は 、 GroupIで は 産
後 1力月 で 6.9%、 産 後 3力月 で 21.3% であ っ た。 い ず れの 抗 体 がと も に陰 性 の GroupII
で は 、 そ れ そ れ 5.3% 、 4.7% で あ っ た 。 GroupIの PPTD発 症 例 の う ち 27.3% ( 6人 722
人 ) が 産 後 4力 月 か ら 2年 の 間 に 橋 本 病 と 診 断 さ れ 、 9.1% ( 2人 722人) が 甲 状腺 腫 を
伴 わない 甲状腺機能 低下と診 断された 。本研究 によって これらの 発症率が初 めて明ら かに
さ れた。
妊 娠中 の 甲状 腺 機 能が 正 常な 抗体陽 性者では 、産後3力 月に抗甲 状腺抗体価 の著明な 上
昇 を 認め た 。 これ は 産 後3力 月 目に甲 状腺機能 亢進症例 が増加す るためであ る。サイ トカ
イ ン、エス ト口ゲンお よびプ口 ゲステ口ンなどによってひきおこされる血中のThl T-cell
か ら Th2T-cellへ の 変化 お よび B-cellの減少 が、妊娠 中におけ る自己抗 体価の低 下に関
与 し て い る 可 能 性 が 考 え ら れ る 。 本 研究 に よっ て 、 AMCお よ びATG抗 体 価が 高 値 の場 合
に PPTDを 発症 する危険性が高く、また、PPTD発症例のうち産後3力月における抗甲状
腺抗体価が高値の女性において、その後に橋本病を発症する率が高いことが明らかになっ
た 。AMC抗 体価25,600倍以上、またはATG抗体価1,600倍以上が橋本病発症の危険因
子と考えられる。
以上の結果から、妊娠中の甲状腺機能が正常であっても、抗甲状腺抗体陽性者は少な<
とも産後3力月に甲状腺機能を評価すべきであり、PPTD発症者あるいは抗甲状腺抗体価
が高値の場合には、その後の長期にわたる甲状腺機能の継続的な評価が必要であると考え
られる。
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 小 林 邦
彦
副 査 教 授 寺 沢 浩
一
副 査 教 授 藤 本 征 一 郎
学 位論 文題 名
Postpartum thyroid dysfunction in women
with normal thyroid function during pregnancy
( 妊娠 中に 甲状 腺機 能が 正常 であ った 女性 における産後の甲状腺機能異常)
産 後 甲 状 腺 機 能 異 常 ( PPTD) は、 産後 の一 過性 の甲 状腺機 能亢 進ま たは 機能 低下 と定
義 さ れ る 。 妊 娠 中 の 甲 状 腺 機 能 が 正 常 で か つ 甲 状 腺 疾 患の 既 往 が な い 女 性 の PPTDに つ
い て 検 討 し た 報 告 は 稀 で あ る。 PPTDの頻 度を 明ら かに すると とも に、 抗甲 状腺 抗体 なら
び にその 後の橋本病発症との関係を明らかにすることを目的とした。
4. 022例 の 妊 婦 を 対 象 に 、妊 娠初 期、 産後 1カ月 、産 後3力 月に 乾燥 濾紙 血液 法に より
甲 状 腺 機 能 検 査 (ff4, TSH) お よ ぴ 抗 甲 状 腺 抗 体 価 (AMC, ATG)の 測 定 を 行 っ た 。 .
AMC陽 性 か つ ATG陽 性 は 158例 (4.00/0) 、 AMC陽 性 か つ ATG陰 性 は 243例 ( 6.0% ) 、
AMC陰 性 か つ ATG陽 性 は 48例 ( 1.2u'/o) で あ っ た 。 3, 573例 はい ずれ の抗 体と もに 陰性
で あっ た。 甲状 腺疾 患の 既往を131例に認めた。妊娠初期に甲状腺機能異常を認めたのは、
い ずれ かの 抗体 が陽 性で あうた449例のうち50例(11.1%)、抗体陰性者3,573例のうち65
例(1.8u/o)であった。
甲状 腺疾 患の 既往 がな い3っ 891例 のう ち、 妊娠 中の 甲状腺機能が正常かつ抗甲状腺抗体
陽 者は 388例 、陰 性は 3, 503例であった。妊娠中の甲状腺機能が正常かつ抗体陽性のうち、
産 後 1力 月 、 3力 月 と も に 甲 状 腺 機 能 評 価 がで き た の は 131例 (GroupI)で あっ た。 抗体
陰 性 で 同 様 に 評 価 が で き た のは 1,030例 (Group II)で あっ た。 GroupIの 産後 3力月 にお
け る 機 能 異 常 の 発 症 率 は 2113% であ り、 Grouplの 産後 1力月 (6.9%) およ ぴGroup IIの
産 後 3力 月 ( 4.7% ) と 比 較 し 有 意 に 高 値 であ っ た 。 GroupIにお いて 産後 3力月 に機 能亢
進 の 発 症 頻 度 が 増 加 し て い た 。 GroupIの な か で PPTDを 発 症 し た 35例 の う ち 22例 が そ
の 後長 期に フオ 口一 され 、6例(2713%)が甲状腺腫をともなう橋本病と、2例(9.1%)が
甲 状 腺 機 能 低 下 症 と 診 断 さ れ た 。 Grouplの う ち PPTD発 症 群 35例 お よ び PPTD非 発 症
群 96例 の 産 後 3力 月 に お け る AMC抗 体 価 は 、 両 群 と も に 妊 娠 中 お よ び 産 後 1力 月 と 比 較
し 有 意 に 高 値 で あ っ た 。 ま た 、 PPTD発 症 群 な い し 橋 本 病 発 症 群 に お け る AMC抗 体 価 は
PPTD非 発 症 群 と 比 較 し 、 妊 娠 中 、 産 後 1力 月 、 産 後 3力 月と も に 有 意 に 高 値 で あ っ た 。
産 後 3力 月 に おけ る AMC抗 体 価が 25, 600倍 以上 の女 性は 、100-12,800倍の 女性 に比 ベ橋
本病の発症率(86.3% vs. 6.3c7c,)が有意に高かった。同様に産後3力月におけるATG抗体
価が1.600倍以上の女性は、100800倍の女性に比ベ橋本病の発症率(6
6.7c
/o v
s. 2
1.1%)が
高かい傾向を示した。
本研究によって初めて多数の妊婦におけるA
TG
の陽性率(
5
.2
%)が明らかとなった。
妊娠中の機能異常は抗体陽性では1
1.
1
%に、陰性では1
.8
%に発症した。A
M
C
だけではな
くA
T
Gを合めた抗体の評価を行い、妊娠中に甲状腺機能が正常でかつ甲状腺疾患の既往
が ない女性の P
PT
D
発 症率を初め て明らかにした。抗体価が高値の場合にP
P
TD
を発症す
る 危険性が高く、また、P
P
TD
発症例のうち産後3
力月における抗体価が高値の女性にお
い て、その後 に橋本病を 発症する率が高いことが、本研究によって明らかになった。
以上の結果から、妊娠中の甲状腺機能が正常であっても、抗体陽性者には少なくとも産
後3
力月にわたり甲状腺機能を評価すべきであり、P
PT
D
発症例あるいは抗体価が高値の
場 合 には 、 長期 に わた る 甲 状腺 機 能の 継 続的 な 評価 が 必要 で ある と 考え られ る。
公開発表にあたり、副査の寺沢教授から、研究対象から多胎妊娠を除外した理由、甲状
腺機能異常の産後発症と妊娠前の要因との関係について、主査の小林教授からは抗体陰性
者 が産後に機 能異常を呈 する機序、 産後3
ケ 月で機能異 常を呈した2
2
例のうち14
例が
そ の後の検討で正常化した機序、G
T
Hの発症と本研究成績との関係、妊娠経験のない一
般女性集団での機能異常の発症頻度などについて質問があった。また、副査の藤本教授か
ら は、抗体陽性者で産後機能亢進が増加する理由、A
T
G
のみの陽性と産後の機能異常と
くに橋本病発症との関係、産後1
ケ月での検査のコスト面からの意義、産後の機能低下の
発症機構などについて質問があった。
いずれの質問に対しても、申請者は、対象症例の統計学的解析結果、文献的情報などを
もとに概ね妥当な回答をなしえた。
審査員一同は、妊娠中に甲状腺機能が正常であった妊婦における産後甲状腺機能異常発
症の実態を明らかにし、甲状腺抗体の関与を解析しえた本研究の成果を高く評価し、申請
者 が 博士 ( 医学 )の 学 位を 受 ける の に充 分 な資格を 有するものと 判定した。