演奏会プログラムSymphony 2013年4月号より

音楽監督 ユベール・スダーン×舩木篤也
音楽評論家
〝ユベール・スダーン グランド・フィナーレ〟
年の音楽監督時代についてお話をうかがった。 (取材/文:舩木篤也)
音楽監督のラストシーズンを迎えるにあたり、今季演目の意図と、
過去
10
―新シーズンにスダーンさんが指揮される演
目を拝見しますと、一貫したテーマというものは
無いようですね。
スダーン:過去9年間、東京交響楽団とさまざま
な作品、
様式に取り組んできましたが、
今回のライ
ンナップは、
その結晶ということです。人気作品も
考慮しました。震災後、
サントリーホールを満席に
するということはとても困難なことですから。ただ
しハイドン・プログラムはオペラシティで。最初と最
後の交響曲で、
ピアノ協奏曲を挟みます。独奏
楽器にはフォルテピアノを用います。そしてシュー
ベルトの第2交響
曲には、人 気 作
のベートーヴェン
第 5を組み合わ
せる。シューベ
ルトの第2は、私
にとって最も美し
い交響曲の一つ
です。
▲ CD:シューベルト/交響曲 第2番&第3番
(2008年11月1日・2日ライヴ収録)
―実を申しますと、私はまさにあの曲でスダー
ン&東響に
「恋した」のでした。池袋の芸術劇場
で2005年に演奏なさった時です。ほんとうに生
き生きとした演奏で。
スダーン:この曲はね、演奏にかかっているので
すよ。それからブルックナーも。私のブルックナー
を支持してくれる人々が、東京にはいると感じて
いますので。ここではまだ指揮したことのない第
ふなき・あつや
1967年生まれ。音楽評論家。
「読売新聞」
で演
奏会評を、Music Birdほかでクラシック音楽番組
の解説を担当。
『レコード芸術』
『Stereo Sound』
などの音楽雑誌、
コンサート・プログラムにも多数
寄稿。東京芸術大学ほかでドイツ語講師をつとめ
る。共著に
『魅惑のオペラ・特別版:ニーベルング
の指輪』
(全4巻・小学館)
『 地球音楽ライブラリー:
ヘルベルト・フォン・カラヤン』
(TOKYO FM出版)
、
共訳書に
『アドルノ音楽・メディア論』
(平凡社)
4交響曲を。私にとって思い出の曲で、
ザルツブル
クでも大変うまくいきましたし、
リンツでは、
「ブルッ
クナー音楽祭」に初めて出演するフランスのオー
ケストラを相手に演奏しました。これと組み合わ
せるシベリウスのヴァイオリン協奏曲では、いま
私が若い世代で最も優れた一人とみるソリスト
(レイ・チェン)
を迎えます。それからベルリオーズ
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▼ CD:ブルックナー /交響曲 第7番
(2009年3月27・28日 ミューザ川崎シンフォーニーホールで収録)
20
《ロミオとジュリエッ
人々に納得してもらうには年月がかかる。そ
ト》の回。私はベル
れで最初はベートーヴェンやモーツァルトを
リオーズもずいぶん
演奏しました。ザルツブルク・モーツァルテウ
やってきましたから
ム管弦楽団の指揮者であったことが、
もちろ
ね。東京の方々にも
ん功を奏したでしょう。
聴いてもらいたくて。
―スダーンさんが、ベートーヴェン、ある
―《イタリアのハ
いはマーラーの交響曲チクルスをなさらな
ロルド》など、東響とも演奏された作品はあ
かったのは、
こう申してはおこがましいので
りますね。
すが、
とても賢い選択だったと思います。
スダーン:そしてもちろん、モーツァルトも。
スダーン:だって、他の皆が繰り返しやって
モーツァルトを演奏せずして音楽監督は終
いるでしょう!だから私は、マーラーからは
えられません。
《戴冠ミサ》
と
《レクイエム》
を
オーケストラ歌曲を選んだのです。これだっ
組み合わせます。
て、20分間リハーサルして一丁あがりという
―東響コーラスは、いま最高に練られて
ようなものではありませんよ。何時間もかか
いますからね。ところで、音楽監督に就任さ
るのです。緻密に仕上げ、
同時に演奏にお
れたのは2004年でしたね。
ける自由を獲得するにはね。こうしたことも、
スダーン:その前から客演では来ていまし
シューベルトの全交響曲をやったからこそ
たけどね。数人の誰かではなく、楽団員達
可能なのであって。そしてここまで来れば、
が私を選んでくれたのですよ。そして最初
交響曲チクルスをすることだってできるわけ
の5年が過ぎた時も、
あくまでオーケストラが
です。マーラーの交響曲を、新たな相貌を
再選してくれることを私は願いました。皆
もって聴かせることができるでしょう。
が私と一緒にやる気がなかったら、長期的
―当初からこの地の楽壇状況を念頭に
展望に立った計画をやり遂げられませんか
置かれたわけですね。
ら。そして延長が決まった時点で、
はっきりと
スダーン:すぐに気づいたのは、古典派を
楽団長に申し上げたのです。
「この任期が
徹底的にやりそうな指揮者がいないというこ
終ったら、私の仕事も終り。たとえ素晴らし
とでした。そこでハイドンの交響曲から始め、
い関係が続いたとしても」
と。ぜんぶで10年
まず最初期のものを、
そして後期のものを選
です。
んだ。そこに加えてシューベルトを。これらを
―まさに「スダーン時代」ですね。シュー
演奏する際に比較的小さな編成をとったの
ベルト・シリーズを設けた2008年から、本来
は、楽員たちにいちど裸になってもらう必要
の演目戦略を開始されたと見てよいですか?
があったからです。第1ヴァイオリンを16人で
スダーン:前任者である秋山さんからの移
はなく、12人でやると、70%の楽員ではなく、
行期というものは、
たしかにありましたね。新
全員が最高のレベルで弾けていないと駄目
参者がやってきて、以前のものをひょいと投
ですからね。
げ捨てるようではいけません。実績を示し、
―そこで聴ける響きがまた美しいものでし
た。クラシカル・ティンパニ
(小型で鼓面も
以後、
モーツァルト
・マチネのリハーサルに行く
樹脂製ではなく皮)
の導入も効果的で。
ために、
(被害に遭ったミューザ川崎は使え
スダーン:シューマンでも使いました。古典
ないので)一時間半も電車に乗り、
次の機会
派の早い時期の作品では、
ナチュラル・
トラン
には、
また別の練習場に向かわなければなら
ペットも導入しましたよ。
ない。にもかかわらず誰もがベストを尽くして
―最近ではHIP
(Historically Informed
いる。これは途轍もないことです。
Performance歴史的情報にもとづく演奏)
―シューマン・シリーズの後は、
プロジェク
と呼ばれています。
トを「アフター・シューマン」
と題され、最終
スダーン:そう演奏しなければならない、
とい
的にはシェーンベルクまでたどり着きました。
うものではありませんが、
熟考は必要です。
東響はこの間、変わりましたか?
―楽団の、聴衆の、
いわば教育者。以前、
スダーン:10年、
あるいは12年前ですか、客
ご自身をも
「教育」
しているのだと仰っていま
演で来ていた時代に演奏したブルックナー
したね。
の第6交響曲のことを思い出します。あのと
スダーン:たとえばシューマンの交響曲をマー
きの演奏と今回の
ラー編曲の版で演奏したのは、偉大な作曲
演奏(第606回定
家にして指揮者であったマーラーの目を通し
期演奏会)
を録音
て初めて、私自身、
シューマンへの通路を見
で比 べてみたら、
いだせたからです。偉大な指揮者たちでさえ
興味深い結果にな
手こずっているのをたくさん聴いてきましたか
ると思いますよ。そ
らね。マーラー版は誰もが一度はやるべきだ。
れが4、5人を除い
そこからオリジナル版に向かえばいい。
て、同じ人々の演
それからね、
いい音楽は、
いい楽団とやっ
奏なのですから!
▲ 本日発売の新CD:ブルックナー /交響曲 第6番
(2012年12月ライヴ収録)
てこそ実現できるのですよ。私たちは皆、心
―聴衆との関係はどうご覧になっていま
から楽しんで演奏しているでしょう?ウィーン・
すか?
フィルやベルリン・フィルを指揮できるのは、人
スダーン:じつに素晴らしい。たくさんのお客
生における贈り物でしょう。そして私は、
秋山
さんが、作品を知ったうえで来ておられるで
さんからこのオーケストラを引き継ぎ、
彼らとと
しょう。総譜にサインを求められ、見るとほか
もに私自身の音楽を形づくってゆくという幸
の指揮者たちのサインがあったりする。その
運に恵まれた。私はこの家族の一員であり、
作品を、
さまざまな機会に聴いているのです
そのことがとても嬉
ね。このような聴衆は、世界中ほかにありま
しい。ボスというよ
せん。他人がすることに注意を向ける。日本
うなものではありま
人はいつもそうです。飛行機の操縦士も、
ホ
せん。たしかに難
テルのボーイさんも、
皆ね。
しい時期も共にし
―ありがとうございました。
ました。あの3.11
(マ−ラー編曲)
/交響曲全集
(2009年ライヴ収録)
▼ CD:シューマン
2012年12月4日 品川にて
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