音楽監督 ユベール・スダーン×舩木篤也 音楽評論家 〝ユベール・スダーン グランド・フィナーレ〟 年の音楽監督時代についてお話をうかがった。 (取材/文:舩木篤也) 音楽監督のラストシーズンを迎えるにあたり、今季演目の意図と、 過去 10 ―新シーズンにスダーンさんが指揮される演 目を拝見しますと、一貫したテーマというものは 無いようですね。 スダーン:過去9年間、東京交響楽団とさまざま な作品、 様式に取り組んできましたが、 今回のライ ンナップは、 その結晶ということです。人気作品も 考慮しました。震災後、 サントリーホールを満席に するということはとても困難なことですから。ただ しハイドン・プログラムはオペラシティで。最初と最 後の交響曲で、 ピアノ協奏曲を挟みます。独奏 楽器にはフォルテピアノを用います。そしてシュー ベルトの第2交響 曲には、人 気 作 のベートーヴェン 第 5を組み合わ せる。シューベ ルトの第2は、私 にとって最も美し い交響曲の一つ です。 ▲ CD:シューベルト/交響曲 第2番&第3番 (2008年11月1日・2日ライヴ収録) ―実を申しますと、私はまさにあの曲でスダー ン&東響に 「恋した」のでした。池袋の芸術劇場 で2005年に演奏なさった時です。ほんとうに生 き生きとした演奏で。 スダーン:この曲はね、演奏にかかっているので すよ。それからブルックナーも。私のブルックナー を支持してくれる人々が、東京にはいると感じて いますので。ここではまだ指揮したことのない第 ふなき・あつや 1967年生まれ。音楽評論家。 「読売新聞」 で演 奏会評を、Music Birdほかでクラシック音楽番組 の解説を担当。 『レコード芸術』 『Stereo Sound』 などの音楽雑誌、 コンサート・プログラムにも多数 寄稿。東京芸術大学ほかでドイツ語講師をつとめ る。共著に 『魅惑のオペラ・特別版:ニーベルング の指輪』 (全4巻・小学館) 『 地球音楽ライブラリー: ヘルベルト・フォン・カラヤン』 (TOKYO FM出版) 、 共訳書に 『アドルノ音楽・メディア論』 (平凡社) 4交響曲を。私にとって思い出の曲で、 ザルツブル クでも大変うまくいきましたし、 リンツでは、 「ブルッ クナー音楽祭」に初めて出演するフランスのオー ケストラを相手に演奏しました。これと組み合わ せるシベリウスのヴァイオリン協奏曲では、いま 私が若い世代で最も優れた一人とみるソリスト (レイ・チェン) を迎えます。それからベルリオーズ 19 ▼ CD:ブルックナー /交響曲 第7番 (2009年3月27・28日 ミューザ川崎シンフォーニーホールで収録) 20 《ロミオとジュリエッ 人々に納得してもらうには年月がかかる。そ ト》の回。私はベル れで最初はベートーヴェンやモーツァルトを リオーズもずいぶん 演奏しました。ザルツブルク・モーツァルテウ やってきましたから ム管弦楽団の指揮者であったことが、 もちろ ね。東京の方々にも ん功を奏したでしょう。 聴いてもらいたくて。 ―スダーンさんが、ベートーヴェン、ある ―《イタリアのハ いはマーラーの交響曲チクルスをなさらな ロルド》など、東響とも演奏された作品はあ かったのは、 こう申してはおこがましいので りますね。 すが、 とても賢い選択だったと思います。 スダーン:そしてもちろん、モーツァルトも。 スダーン:だって、他の皆が繰り返しやって モーツァルトを演奏せずして音楽監督は終 いるでしょう!だから私は、マーラーからは えられません。 《戴冠ミサ》 と 《レクイエム》 を オーケストラ歌曲を選んだのです。これだっ 組み合わせます。 て、20分間リハーサルして一丁あがりという ―東響コーラスは、いま最高に練られて ようなものではありませんよ。何時間もかか いますからね。ところで、音楽監督に就任さ るのです。緻密に仕上げ、 同時に演奏にお れたのは2004年でしたね。 ける自由を獲得するにはね。こうしたことも、 スダーン:その前から客演では来ていまし シューベルトの全交響曲をやったからこそ たけどね。数人の誰かではなく、楽団員達 可能なのであって。そしてここまで来れば、 が私を選んでくれたのですよ。そして最初 交響曲チクルスをすることだってできるわけ の5年が過ぎた時も、 あくまでオーケストラが です。マーラーの交響曲を、新たな相貌を 再選してくれることを私は願いました。皆 もって聴かせることができるでしょう。 が私と一緒にやる気がなかったら、長期的 ―当初からこの地の楽壇状況を念頭に 展望に立った計画をやり遂げられませんか 置かれたわけですね。 ら。そして延長が決まった時点で、 はっきりと スダーン:すぐに気づいたのは、古典派を 楽団長に申し上げたのです。 「この任期が 徹底的にやりそうな指揮者がいないというこ 終ったら、私の仕事も終り。たとえ素晴らし とでした。そこでハイドンの交響曲から始め、 い関係が続いたとしても」 と。ぜんぶで10年 まず最初期のものを、 そして後期のものを選 です。 んだ。そこに加えてシューベルトを。これらを ―まさに「スダーン時代」ですね。シュー 演奏する際に比較的小さな編成をとったの ベルト・シリーズを設けた2008年から、本来 は、楽員たちにいちど裸になってもらう必要 の演目戦略を開始されたと見てよいですか? があったからです。第1ヴァイオリンを16人で スダーン:前任者である秋山さんからの移 はなく、12人でやると、70%の楽員ではなく、 行期というものは、 たしかにありましたね。新 全員が最高のレベルで弾けていないと駄目 参者がやってきて、以前のものをひょいと投 ですからね。 げ捨てるようではいけません。実績を示し、 ―そこで聴ける響きがまた美しいものでし た。クラシカル・ティンパニ (小型で鼓面も 以後、 モーツァルト ・マチネのリハーサルに行く 樹脂製ではなく皮) の導入も効果的で。 ために、 (被害に遭ったミューザ川崎は使え スダーン:シューマンでも使いました。古典 ないので)一時間半も電車に乗り、 次の機会 派の早い時期の作品では、 ナチュラル・ トラン には、 また別の練習場に向かわなければなら ペットも導入しましたよ。 ない。にもかかわらず誰もがベストを尽くして ―最近ではHIP (Historically Informed いる。これは途轍もないことです。 Performance歴史的情報にもとづく演奏) ―シューマン・シリーズの後は、 プロジェク と呼ばれています。 トを「アフター・シューマン」 と題され、最終 スダーン:そう演奏しなければならない、 とい 的にはシェーンベルクまでたどり着きました。 うものではありませんが、 熟考は必要です。 東響はこの間、変わりましたか? ―楽団の、聴衆の、 いわば教育者。以前、 スダーン:10年、 あるいは12年前ですか、客 ご自身をも 「教育」 しているのだと仰っていま 演で来ていた時代に演奏したブルックナー したね。 の第6交響曲のことを思い出します。あのと スダーン:たとえばシューマンの交響曲をマー きの演奏と今回の ラー編曲の版で演奏したのは、偉大な作曲 演奏(第606回定 家にして指揮者であったマーラーの目を通し 期演奏会) を録音 て初めて、私自身、 シューマンへの通路を見 で比 べてみたら、 いだせたからです。偉大な指揮者たちでさえ 興味深い結果にな 手こずっているのをたくさん聴いてきましたか ると思いますよ。そ らね。マーラー版は誰もが一度はやるべきだ。 れが4、5人を除い そこからオリジナル版に向かえばいい。 て、同じ人々の演 それからね、 いい音楽は、 いい楽団とやっ 奏なのですから! ▲ 本日発売の新CD:ブルックナー /交響曲 第6番 (2012年12月ライヴ収録) てこそ実現できるのですよ。私たちは皆、心 ―聴衆との関係はどうご覧になっていま から楽しんで演奏しているでしょう?ウィーン・ すか? フィルやベルリン・フィルを指揮できるのは、人 スダーン:じつに素晴らしい。たくさんのお客 生における贈り物でしょう。そして私は、 秋山 さんが、作品を知ったうえで来ておられるで さんからこのオーケストラを引き継ぎ、 彼らとと しょう。総譜にサインを求められ、見るとほか もに私自身の音楽を形づくってゆくという幸 の指揮者たちのサインがあったりする。その 運に恵まれた。私はこの家族の一員であり、 作品を、 さまざまな機会に聴いているのです そのことがとても嬉 ね。このような聴衆は、世界中ほかにありま しい。ボスというよ せん。他人がすることに注意を向ける。日本 うなものではありま 人はいつもそうです。飛行機の操縦士も、 ホ せん。たしかに難 テルのボーイさんも、 皆ね。 しい時期も共にし ―ありがとうございました。 ました。あの3.11 (マ−ラー編曲) /交響曲全集 (2009年ライヴ収録) ▼ CD:シューマン 2012年12月4日 品川にて 21
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