対戦型アクションゲームを対象にした プレイスキル向上と継承法確立に

対戦型アクションゲームを対象にした
プレイスキル向上と継承法確立に向けて
­ 梶並 知記 ­ 東京工科大学
はじめに
近年,諸外国では対戦型アクションゲームをスポー
力を活かし子供の社会性育成に応用する研究 など
がある.
ツの一種とみなして,優れたプレイスキルを評価する
ゲームプレイヤーの思考に関する研究は,主に伝統
傾向にあるものの,日本ではゲームの文化的 競技的な
的な盤上ゲームを対象に行われ,将棋のプロ棋士の思
価値が低く,プレイスキルについて軽視される傾向が
考の分析がある .また,プレイヤーのゲーム内行動
ある .
に基づき キャラクターの行動を拡張する研究 対戦型アクションゲームの文化的 競技的な価値が低
いままである原因の つは,対戦型アクションゲーム
や,カードゲームにおいて人間らしい の作成を
目指す研究がある .
がチェスや囲碁・将棋のような盤上ゲームに類似する
本稿で述べる構想は,ゲームプレイヤーの思考に関
知的なゲームであるとあまり認識されず,プレイスキ
する研究に当てはまるが,盤上ゲームやカードゲーム
ル向上のための方法論が確立されていないからである
ではなく,対戦型アクションゲームを対象にしている.
と考える.
著者の研究の目標の つを具体的に述べると,学術
的な研究成果をふまえた,対戦型アクションゲームの
教科書の編纂があげられる.そのための最初の 歩と
して,本稿では,対戦型アクションゲームのプレイヤー
また,
の学習アルゴリズムの提案ではなく,プレ
イヤーのゲーム内行動の奥にある思考を分析し,プレ
イヤー自身や他のプレイヤーといった「人間のための」
思考の可視化を試みる.
創造性に関する既存研究
が高度な知的創造・意思決定活動を伴いゲームをプレ
創造性と聞くと,今まで誰も思いつかなかったアイ
イしていると仮定し,プレイスキル向上やその継承支
ディアを思いつく能力とされることがある.しかしな
援のために,プレイヤーの思考をキーワードベースで
がら,創造性の捉え方の つとして,
「個人の観点から」
可視化する構想について述べる
新規アイディアを思いつく能力も,創造性と捉えるこ
関連研究
ゲームに関する既存研究
ゲームとゲームプレイヤーの両面に関する既存研究
とがある .ある人が今まで思いつかずにいて新た
に思いついたアイディアが,他人が既に思いついてい
たアイディアと重複していたとしても問題ない.
また,創造性を既知アイディアの組み合わせと考え,
は,ゲームが人間に与える影響に関する研究と,ゲー
より有益となる既知アイディアの組み合わせ支援 ムのプレイヤーの思考に関する研究に大別できる.
や,人間の創造活動を支援するシステムの提案も行わ
ゲームが人間に与える影響に関する研究としては, れている .
ゲーム内の暴力表現がプレイヤーの攻撃性に与える影
さらに,創造性は,完全に自由な環境よりも制約の
響を調査した研究 や,ゲームの人間に対する影響
ある環境において高まるほか,ある領域に関するアイ
ディアの具体化の際には,その領域について詳しい人
戦プレイ経験を通してのみプレイヤーに蓄えられる知
間の方が制約に対応し易いことが知られている .
識(暗黙知,形式知問わず)に基づくもの」とする.し
対戦型アクションゲームにおいて,ゲーム内でプレ
たがって,単なる数字データの知識(対戦型アクショ
イヤーの選択できる行動はゲームタイトルごとに有限
ンゲームにおいてプレイヤーが操作するキャラクター
個数であり,プレイヤーはゲームシステムを逸脱する
のパラメータそのものなど)や,対戦プレイ以外のプ
行動を選択することができない制約状態にある.そし
レイでも習得可能な技術(選択した代替案を実行する
て,その行動単体,または複数の組み合わせにより,代
操作技術など)は,本稿におけるプレイスキルとは異
替案が形成されることになる.どの程度の数の行動を
なる.本稿は,プレイヤーの暗記を支援したり,操作
組み合わせて つの代替案と見なすかにもよるが,同
精度向上の支援を目的としていない.
様の代替案が他のプレイヤーと同じとなる場合もあり
また,プレイスキルが向上するとは,対戦プレイに
える.これらのことから,プレイヤーは,ゲームプレ
おける勝率を上昇させるために上記のプレイスキルが
イ中に創造活動に類似した活動を行っているといえる. 精緻化していく(より良い代替案を選択できるように
意思決定に関する既存研究
意思決定とは,ある複数の代替案の中から, つあ
るいはいくつかの代替案を採択することであり,その
プロセスは,情報収集,情報分析,代替案選択,そして
実行結果のフィードバックの つの局面からなる .
なる)ことである.プレイスキルの継承とは,より良
い代替案の選択を行う方法論を,プレイヤー本人だけ
でなく他者も理解可能な形式知へ変換,提示し,他者
のプレイスキル向上に役立てることである.
情報収集とは,意思決定に必要な関連情報の収集であ
プレイスキル向上・継承支援の方法
プレイスキルには暗黙知が多分に含まれているため,
り,情報分析とは,可能な行為の代替案を発見し多角
何の支援もなくプレイスキルを他者へ伝達することは
的な視点から比較検討するなどの分析をすることであ
難しい.対戦プレイを連続した創造活動,意思決定活
る.代替案選択とは,利用可能な行為の代替案のうち
動と捉えると,既知の代替案の組み合わせをより良く
から,ある特定のものを選択することである.実行結
する支援,多角的な視点から情報を分析しより良い代
果のフィードバックとは,選択した代替案を実行し評
替案を選択する支援が,プレイスキルの向上につなが
価を行うことである.これらのプロセスは一方向に一
ると考えられる.また,プレイスキルを他者へ継承す
度だけではなく,情報分析の段階でさらなる情報収集
るためには,わかり易くプレイスキルを表現し,他者
が必要になった場合,再び情報収集の段階へ移行し,情
へ提示する必要がある.
報収集と情報分析が循環する.
多量の情報を人間にわかり易く提示する情報可視化
プレイヤーはゲームプレイ中に,ゲーム画面などか
技術 を応用した創造活動や意思決定の支援 を
ら情報収集を行い,情報分析し,そして代替案選択を
参考に,本稿では,プレイスキル向上・継承支援の方
繰り返し,その結果はプレイ状況の変化となってフィー
法の つとして,情報可視化インタフェースの応用を
ドバックされる.このことから,プレイヤーはゲーム
考える. 節で述べたように,プレイスキルは,対
プレイ中に,意思決定に類似したプロセスをたどって
戦プレイ中に,プレイヤーが自身の理想とする代替案
いるといえる.また,実行結果のフィードバックに応
選択を行うスキルである.より良い代替案を考えたり,
じて,代替案の形成について修正が必要になる場合が
他者に継承するためには,
「なぜその代替案を理想と考
ある(創造活動に類似).
えたのか?」といった代替案選択の意図,すなわちプ
プレイスキル向上・継承支援
レイヤーの思考を掘り下げ,思考を可視化する必要が
プレイスキルの定義
前提として,他プレイヤーと勝敗を競い合う形で対
戦型アクションゲームをプレイ(以下,対戦プレイと
あると考える.
プレイヤーの思考の可視化
可視化の長所
表記)中,プレイヤーには複数の戦術が代替案として
プレイヤーの思考を,インタラクティブな情報可視
存在しており,それらの代替案をプレイヤーが選択す
化インタフェースを用いて図的に俯瞰可能にすると,
る確率が均等でない状況を考える.本稿における,プ
プレイヤー自身の気づきを促す効果と,プレイヤー自
レイスキルの定義は,
「対戦プレイ中に,プレイヤーが
身の思考を他者に継承し易くなる効果が期待できると
自身の理想とする代替案選択を行うスキルであり,対
考える.前者は,プレイヤー自身が,それまでの自身
のプレイスキルについて振り返り学習を行い易くなる
ほか,インタラクティブな情報分析を通して,プレイ
スキル向上のためのヒントを新たに見つけ出すことに
つながる.後者は,可視化された思考に対して,他者
がインタラクティブな情報分析を行うことで,言語情
報のみでは理解し難いプレイヤーの思考が理解し易く
なることにつながる.
可視化の要件
プレイスキルの向上や,特に,継承の支援を考える
場合は,図的な解釈のみではなく,言語化して説明で
きることが望ましいと考える.言語化して説明するこ
とも考慮し,キーワードベースで可視化する.ここで
キーワードベースとは, 空間に配置する可視化
図 ある視点におけるプレイヤーの思考の可視化結
要素を,プレイヤーの思考を自然言語で表現した場合
果予想
に含まれる特徴的な単語・熟語や,実際にプレイヤーが
選択した代替案のラベルをキーワードとする意味であ
ワード と に関連があると考え,非熟練プレイヤー
る.特定のゲームタイトルのみに適用できる支援手法
はキーワード と に関連がないと考えている.す
ではなく,様々な対戦型アクションゲームに適用可能
なわち,熟練プレイヤーと非熟練プレイヤーでは,異
とするため,キーワードは,ゲームタイトルに依存し
なるキーワードクラスタが生成されることになる.ま
ないものであることが望ましい.盤上ゲームなどで代
た,同一プレイヤーはゲームタイトルが異なっても類
替案同士には関連があり,その関連の良し悪しが勝敗
似したキーワードクラスタを形成すると考える.図中
をわける原因になるほか,代替案の関連付け方に熟練
プレイヤーと非熟練プレイヤーや 間で差がある
では,同一のプレイヤーであれば,ゲーム に関して
もゲーム に関しても同様のキーワード間関連を考え
ことが知られている .そのため,キーワードは複雑
ている.
に絡み合ったネットワーク構造をもっていると仮定す
課題と現状
る.キーワード間の関連には,関連の度合いに応じた
特定のゲームタイトルに依存しないキーワードと視
関連度を設定し,その値に基づいて 空間にキー
点の洗い出しと,キーワード間の関連度をどのように
ワードを配置することを考える.さらに,ある視点か
定義するかが課題である.プレイヤーの思考の可視化
ら効果的と評価できる代替案同士の関連が,他の視点
を対象にしているため,ゲーム内状況の観察で得られ
から見るとそうではない場合が考えられるため,多角
るデータ(棋譜のようにプレイヤーの行動を時系列に
的な視点からキーワード間の関連を提示できる必要が
並べたもの,代替案の選択に関する規則性,プレイヤー
ある.
の視線追跡データ)をラベル化してキーワードとした
以上をまとめると,ユーザがプレイヤーの思考の分
だけでは,不十分である.盤上ゲームプレイヤーの思
析をインタラクティブに行う可視化インタフェースに
考の分析 を参考に,熟練プレイヤーへコメントを
求められる要件は,以下のようになる.
求め,キーワードと視点の洗い出しを行う必要がある
¯ キーワードベースでありキーワード間の関連度に
応じてキーワードを 空間に配置できること
¯ 多角的な視点からキーワード間の関連を俯瞰でき
ること
と考える.
上記に関連し,予備的な観察実験として,複数のプ
レイヤー間で行われるゲームプレイに関する会話から,
プレイヤーの思考と密接に絡むキーワードとしてどの
ようなものが現れるか調査した½ .複数タイトルの対戦
型アクションゲームをプレイし,尚且つ全国大会出場
¯ ネットワーク構造を可視化でき汎用的であること
図 に,実際にプレイヤーの思考をある視点から可
視化した際のイメージを示す.熟練プレイヤーはキー
½ 本稿は,完全な実験結果や考察が行われて「いない」ことを一
応の条件としたセッションへ投稿したものである.したがって,実
験の詳細については述べない.また,現状はあくまで予備のさらに
予備的なものであり,そもそも学術論文に掲載可能なレベルでの緻
密な考察を行っていない.
経験のあるプレイヤー(熟練者グループ ),特定の
ゲームのみ国際大会実績のあるプレイヤー(熟練者グ
ループ ),そうでなはないプレイヤー(非熟練者)合
計 名(互いに面識あり)を一室に集め,約 時間,
複数のゲームをプレイする様子(ゲーム内行動ではな
い)を観察した.ビデオカメラによる撮影を行ったが,
実験の趣旨はプレイヤーに伝えていない.実験実施者
からプレイヤーに対する教示はなく,自然な雑談に頻
出するキーワードを実験実施者が分析した.その結果,
単なる数字データの知識(具体的にはフレームデータ)
に関するキーワードや,ゲーム内のキャラクターに関
する一般的な特性に関するキーワードが多く含まれる
傾向にあった.このことから,あるプレイ状態(代替
案を選択するとき)における思考を分析するには,前
述したようにプレイヤーへコメントを求めない限り困
難であるといえる.
おわりに
本稿では,対戦型アクションゲームを対象にしたプレ
イスキル向上と継承法確立に向けて,主にプレイヤー
の思考を可視化する構想について述べた.対戦型アク
ションゲームのプレイが,従来の創造性研究や意思決
定研究と親和性があり,プレイスキルの向上と継承の
ためには,プレイヤーの思考の可視化が有効であると
論じた.また,可視化インタフェースに求められる要
件と,今後の課題についても検討した.
今後, 節で述べた課題をクリアしていく予定で
ある¾ .
参考文献
星野准一 田中秋人 濱名克季 模倣学習により成
長する格闘ゲームキャラクタ 情報処理学会論文
誌 伊藤毅志 コンピュータの思考とプロ棋士の思考−
コンピュータ将棋の現状と展望 情報処理学会論
文誌 梶並知記 槇原崇 小笠原敏之 高間康史 関連バ
ランス制御機能を組み込んだキーワードマップに
よる意思決定方略に応じたデータ分析の支援 日
本知能情報ファジィ学会誌「知能と情報」 松井悠 デジタルゲーム競技・ ,$#, −新たな
るゲームビジネス展開の可能性− 日本デジタル
ゲーム学研究 松尾由美 田島祥 野原聖子 坂元章 テレビゲー
ムを利用した社会性育成の可能性 −プレイヤー
の認識より− 日本デジタルゲーム学研究 三輪和久 石井成郎 創造的活動への認知的アプ
ローチ 人工知能学会誌 西原陽子 砂山渡 谷内田正彦 有効な組み合わせ
の発見による創造活動支援 電子情報通信学会論
文誌 2" 3$% ! 4(!5(!1 # "*,,(6 (! #
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8&# %1 網谷重紀 堀浩一 知識創造過程を支援するため
の方法とシステムの研究 情報処理学会論文誌
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! 11$ ,(! 3 #+!+.,(, /&*+! *
*&!('+#(! 8 , +$' 藤井叙人 片寄晴弘 戦略型トレーディングカー
ドゲームのための戦略獲得手法 情報処理学会論
文誌 連絡先
〒 ¾ 本稿で述べた構想の一部は,財団法人中山隼雄科学技術文化財
団助成研究 ()に採択されており, 年 月より助
成を受けて研究を進める予定である.また,研究に協力して頂ける
熟練プレイヤーを募集中である.
東京都八王子市片倉町 東京工科大学 コンピュータサイエンス学部
梶並知記
9*+(