欧州におけるLCCのハイブリッド化とビジネスモデルの維持

海外トピックス
離直行型の路線構造,混雑の少ないセカンダリー空港へ
の就航やターンアラウンドタイムの短縮による機材稼働
率の向上,単一機材利用による人件費,整備費の削減,
機内食や機内エンターテインメントを省いたノンフリル
(Non-frill)のサービスを展開している。しかしながら,大
風力発電の電気を一部使用して走行する電車(マルメ,スウェーデン)
欧州における LCC のハイブリッド
化とビジネスモデルの維持可能性
お
小
ぐま
熊
ひとし
仁
手航空会社やチャーター航空会社による LCC のビジネ
スモデルはサウスウェスト航空のビジネスモデルとは大
幅な乖離がみられ,その中には B 757,A 330,A 340と
いった大型機材を使用し,長距離 LCC を運航する航空
会社も含まれている。以下では,以上に示される LCC
のハイブリッド化とビジネスモデルの維持可能性につい
情報センター副主任研究員
て検討してみたい。
1,ハイブリッド化の要因とサウスウェスト
はじめに
モデルの変化
欧州では1988年の「パッケージⅠ」発効以降,加盟国
欧州における LCC のハイブリッド化の要因はパッケ
間の航空自由化を本格的に開始した。輸送力の弾力化,
ージⅢの発効による大手航空会社- LCC 間の価格競争
ダブルトラック・トリプルトラックの許可,フレキシブ
とチャーター航空会社の規制緩和を起因としている。パ
ルゾーン内での運賃自由化,第5の自由(以遠権)の一部
ッケージⅢの発効以後,大手航空会社は LCC との価格
承認などの経過を段階的に辿り,1993年の「パッケージ
競争を展開するにあたって,経営効率性の改善や労働生
Ⅲ」の発効によって単一航空市場を完成させるに至った。
産性の向上といった課題を解決しなければならなくなっ
パッケージⅢは外国の国内2地点を含む外国間輸送の自
た。その具体的な対策は,第1にリージョナル部門のリ
由化,国際線航空会社における国籍ルールの緩和,欧州
ストラクチャリングである。大手航空会社は,内部相互
共通免許と欧州国籍の導入,外資規制の撤廃,運賃の
補助によって維持されてきたリージョナル部門の子会社
完全自由化を主たる内容としている。パッケージⅢの発
化やリージョナル部門を棲み分けで担ってきた独立系リ
効後,欧州の航空市場は①航空会社の国境を跨いだ事
ージョナル航空会社へのウェットリース,フランチャイ
業展開,②大手航空会社によるハブ空港への路線集約化,
ズ付与を展開し,人件費の削減や運航コストの引き下げ
③大手航空会社間の戦略的提携の強化,④リージョナル
をはかっている。その中には独立系リージョナル航空会
航空会社と大手航空会社の M & A,⑤ LCC の躍進な
社を吸収し,完全子会社化を達成する事例もみうけられ
どの経過を辿っている。そのなかでも,Ryanair や Easy
る。第2に,ハブ&スポークの活用である。大手航空会
jet に代表される LCC は欧州航空市場シェアの41%まで
社は海外航空会社との戦略的提携によって,主要幹線を
到達し,大手航空会社と激しい価格競争を繰り広げてい
強化するほか,そのフィーダーとなる路線についてもコ
る。
ードシェアなどを通し,ネットワークを拡大している。
ブリュッセル自由大学の Dobruszkes 博士らの調査に
第3に,同一会社内における LCC 部門の創設である。
よれば,欧州の LCC は1フライトあたり平均634 km,
LCC 部門の創設は,LCC との価格競争に対する対応で
平均フライト時間1~4時間の短距離・中距離路線が中
あり,運航コストや外部委託コストの削減に大きく寄与
心である。併せて,航空ネットワークは東西に分散し,
するものである。例えば,2002 ~2005年までの EU,米国,
ロンドン,パリ,フランクフルトなどの主要都市間,も
日本の3カ国における大手航空各社と LCC 各社の平均
しくは,主要都市~地中海沿岸・カナリア諸島のリゾー
費用(座席キロあたり営業費用)を比較した分析結果では,
ト地に集約されている。これらの路線では既存の LCC
大手航空会社を100とした場合,大手航空会社傘下の
のほかに,LCC の競合相手である大手航空会社やチャ
LCC は大手航空会社と比べて約65%コストを低下させ
ーター航空会社が LCC を運航し,LCC との価格競争に
ている数値が示されている。
対抗している。通常,LCC は米国サウスウェスト航空の
次いで,チャーター航空会社の LCC への進出につい
ビジネスモデルを踏襲し,Point-to-Point に絞った短距
ては,航空自由化のプロセス下において先行的に実施さ
94 運輸と経済 第 72 巻 第 1 号 12 . 1
運輸調査局
れた規制緩和と包括的旅行商品販売に関する制限に撤
に分類し,両者の各項目についてオリジナルのビジネス
廃が影響している。欧州では伝統的に二国間協定におい
モデルと完全に同一である場合を2,類似する場合を1,
て制約されてきた航空輸送を補完する目的で,主にピー
異なる場合を0として百分率評価でスコアを付ければ,
ク時のレジャー需要を対象にチャーター航空会社による
Ryanair 85%,
Easy jet 74%といった数値が示されている。
チャーター輸送が運航されてきた。航空輸送の段階的自
由化が進展するなかで,チャーター航空輸送についても
規制緩和が実施され,定期便の開設が容易になった。さ
2.ハイブリッド化の問題点とビジネス
モデルの維持可能性
らに,チャーター航空輸送の緩和と歩調を合わせる形で,
これまで旅行会社やチャーター航空会社によって包括的
ところで,航空輸送の座席キロあたり費用はキャパシ
に販売されてきた航空券,ホテル,その他ツーリスト用
ティの最大化を所与とし,機材規模の拡大と運航距離の
サービス・施設等の商品の個別販売が可能になった。最
増加によって逓減する特性を持っている。この点からみ
終的にパッケージⅢでは,定期輸送,チャーター輸送,
れば,短距離・中距離路線が中心で,主に B 737あるい
貨物輸送に関わらず欧州共通免許が適用され,運賃につ
は A 320などの中型機材を使用する LCC はキャパシテ
いても全てのカテゴリーについて一本化する対策が講じ
ィを最大化したとしても,費用は逓減しないはずである。
られた。その結果,チャーター航空会社であっても容易
そのようななか,LCC は費用の超過分をターンアラウン
に定期輸送に参入し,自由な運賃設定のもとでサービス
ドタイムの短縮による機材稼働率の向上,単一機材利用
が供給できるようになった。
による人件費や整備費の削減,機内サービスの簡略化で
Dowling College の Wensveen and Leick は,欧州に
補ってきたのである。しかしながら,大手航空会社の
おける LCC のビジネスモデルを以下の4点に分類して
LCC については基本的にはハブ空港を利用し,機材繰
いる。
り上,複数の機材を使用せざるを得ないし,機内サービ
①オリジナルのビジネスモデル:二次的空港の利用,オ
スの簡略化や FFP の除外など運航費用削減において重
ールエコノミー,point-to-point ネットワーク,オンラ
要な要因を適用することもできない。さらに,大手航空
インチケットレスのチケット販売,ノンフリル,単一
会社の LCC は大手航空会社の企業文化が継承され,運
機材の使用,FFP の不在,
航乗務員や地上職員の待遇をめぐって労働組合の介入
②大手航空会社のビジネスモデル:ハブ空港の利用,複
も頻繁に行われるから,運営そのものに支障をきたすケ
数クラス制(一部オールエコノミー)
,ハブ&スポークネ
ースが少なくない。また,長距離 LCC に関しては,座
ットワーク,ペーパーチケットの販売,一部フリル付,
席キロあたり費用の逓減は期待できるものの,機内サー
複数機材の使用,FFP の適用
ビスや単一クラスの採用による費用削減は困難である。
③チャーター航空会社のビジネスモデル:二次的空港の
その一方で,チャーター航空会社の LCC は従来から
利用(一部ハブ空港利用)
,オールエコノミー,point-to-
二次的空港の利用,シートピッチの短縮,高ロードファ
point ネットワーク,ペーパーチケットの販売,一部
クターの達成,point-to-point ネットワークの適用という
フリル付,複数機材の使用,FFP の不在
点でオリジナルのビジネスモデルと類似した戦略をとっ
④長距離 LCC モデル:需要に応じたハブ空港,二次的
てきたため,LCC の開設は比較的容易であった。現在,
空港の使い分け,複数クラス制,point-to-point ネット
チャーター航空の多くは LCC に転換し,ロンドン,パリ,
ワーク,オンラインチケットレスのチケット販売,フ
フランクフルト,地中海沿岸,カナリア諸島路線などに
リル付,単一機材の使用,FFP の不在
参入し,大手航空会社と激しい価格競争を展開している。
以上のように,欧州の LCC はサウスウェスト航空の
以上をふまえれば,オリジナルのビジネスモデルと比較
ビジネスモデルをそのまま受け継いでいるとは限らず,
して,大手航空会社のビジネスモデルや長距離 LCC モ
エアベルリンのように B 757,A 330,A 340といった大
デルはコスト削減において優位性を持っているとは言い
(=
型機材を駆使し,
長距離国際線にまで手を広げる LCC
難い。従って,航空会社間の競争を行うにあたって経営
長距離 LCC)もある。Almadari and Fagan によれば,オ
効率性の改善,および労働生産性の向上の課題が解決
リジナルのビジネスモデルを製品上の特 性(Product
されない恐れがある。今後,これらのビジネスモデルを
features: point-to-point,運賃,ノンフリル,シートのアサ
継続するためには,ビジネスモデルそのものを見直しつ
イン,FFP,オンラインによるチケット販売など)と運営上
つ,オリジナルのビジネスモデルにどのように近接させ
の特性(Product features:機材,機材稼働率,運行距離など)
るかが重要であるように考えられる。
海外トピックス
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