バジェットホテルの戦略 賢者の盲点を突く戦略 ホテルメッツ新潟 齋藤 陽介 1. はじめに ホテルはラグジュアリー(最高級・豪華) 、ハイエンド(高級) 、ミドル(中級)、エコノ ミー(普通) 、バジェット(低料金)の5種類に分類されている。 ビジネスホテルは日本が高度経済成長を経て、首都圏を中心にビジネスマンの移動が増 えるなかで、出張者をターゲットに機能を絞った低価格なホテルとして発展してきた。そ の進化した形が現在主流となっているエコノミーホテルであり、バジェットホテルである。 特にバジェットホテルは宿泊に特化することでサービスを厳選し、設備や労務コストを抑 え 4 千円~8 千円の低価格な宿泊料金を実現させている。機能を極限まで削ぎ落としなが らも、独自性を打ち出し清潔で快適な空間を提供することで、リピーターを掴んでいる。 中には 50%近い GOP を出すホテルもあり、生産性の高い経営を行っている。 ホテルの顧客満足度には、客室、飲料、サービスの品質が強く影響すると一般的には考 えられているが、スーパマーケットやドラッグストアーの顧客満足度には、価格が大きく 影響しているという調査結果も発表されるなど、 「低価格であること」を基準とするビジネ スマンが増えており、バジェットホテルへのニーズも年々高まっている。 腕時計業界では数百万円する自動巻時計と、ファッショナブルで安い腕時計が売れ、中 位の価格の腕時計が苦戦している。 携帯電話が普及して以来、 携帯電話で時刻が分かる為、 腕時計が必需品でなくなったことにより「こだわり」重視の高価格、 「価格」重視の低価格 に分かれ、中くらいの価格の腕時計が売れないという現象が起きている。同じ現象がホテ ルでも起こり始めており、 「こだわり」のラグジュアリー、「価格」のバジェットの二極化 が進んでいる。 今回は、低価格を実現しながらも顧 客 満 足 度 が 高 い ス ー パ ー ホ テ ル と 格 安 航 空 会 社 ( LCC) が 運 営 す る チ ュ ー ン ホ テ ル ズ の 戦 略 を 参 考 に し な が ら 、 バ ジ ェ ッ ト ホ テルの戦略を考察してみたい。 2. 戦略 多くのエコノミーホテルのターゲットは、経費で宿泊するビジネスマンだが、バジェッ トホテルは同じビジネスマンでも、より価格に敏感な層をメインターゲットとしている。 バジェットホテルがフルサービスホテルに対抗していくには何かを削り、価格面での優位 性を打ち出さなければならない。 1 ビジネスマンがホテルを選択する際のポイントは価格、部屋のサイズ、立地、清潔感等 様々だが、バジェットホテルは部屋のサイズ、家具、アメニティーを必要最低限にする代 わりに、駅前等の好立地、清潔感、機能性、会員組織の充実を図ることで、低価格であり ながらも満足度を高め、ビジネスマンを取り込んでいる。 近年、宿泊者の6割が外国人というバジェットホテルも多く、競争のポイントは訪日外 国人の獲得とレジャー需要の取り込みに移ってきている。 バ ジ ェ ッ ト ホ テ ル も 立 地 や 価 格 だ け で は 差 別 化 が 難 し く 、競 合 ホ テ ル が 直 ぐ に は 真 似 が で き な い よ う な 仕 組 み を 構 築 し 、戦 略 の 違 い を 明 確 に し て い か な く て は ならない。 ( 1) コスト戦略 ①建設費 競争優位の源泉は低価格であるが、価格競争は企業体力の消耗戦となり、いずれ限界 が訪れる。低価格を実現させる方法として、建設費を抑える方法がある。建設費は開 業後も長期間にわたり、大きな負担となる為、新築にこだわらず既存ホテルを改築す る「居抜き」が多く採用されている。 「居抜き」であれば、開業までのコストもさほど、 かからず、開業後も競合ホテルと比べると、コスト構造上で優位にホテル運営を行う ことができる。 ②人件費 人件費を抑える方法としては、フ ロ ン ト 業 務 を 2 3 時 ま で と し 、 深 夜 帯 の フ ロ ン ト ス タ ッ フ の 数 を 減 ら し た り 、自動チェックイン機や自動精算機の導入、 オンライン予約の強化など、業務の効率化を図ることによる省人化の方法がある。ま た、業務を簡素化し、マニュアル化することで、未経験者を採用しや すくなり、採用に掛かるコストも抑えることが出来る ③チューンホテルズ 従来のバジェットホテルとは異なる格安航空会社(LCC)のコンセプトでホテル を運営しているのがチューンホテルズである。チューンホテルズはエアアジアの系 列のホテルで、8 ヶ国で 43 ホテルを運営している。その成功の最大の要因は、LCC の基本理念「バリュー・フォー・マネー」をホテル運営でも実現させた点であ る。チューンホテルズのコンセプトは、 ・五つ星クラスのベッド。 ・パワーシャワー。 ・便利な立地。 ・クリーンな環境。 ・24 時間のセキュリティー体制。 の 5 つである。 また、エアコン、テレビなど電力を消費するアメニティーは手ごろな価格の従量制と 2 し、利用客の出費抑制と地球環境の保全にも貢献している。 利用者がアメニティーとサービスを選択し、料金を加算していくセミオーダー方 式は、これに近いものが従来のバジェットホテルで既に採用されているが、それら は「省く」という発想から生まれ、フロントやロビーに置いてあるアメニティーなど 必要な物を選んで持っていく方式である。 それに対してチューンホテルズでは、お客 様がサービスを組み合わせられる加算方式 を採用している。部屋の設備は原則として、 ベッド、扇風機、温水シャワー、トイレの みである。部屋の広さは 10~15 ㎡程度で、 テレビやエアコンなどベッド以外の設備は 別料金を支払わなければ利用することがで Towel Rental & Toiletries きない。タオル、シャンプー、石鹸、ドラ RENTAL of a soft absorbent white towel packaged イヤーだけでなく連泊時の室内清掃、荷物 預かりまでもが、別料金となっている。 チューンホテルズでは宿泊以外の機能は基 with complimentary essentials toiletries kit Pricing 本的に足し算(課金)になっている。 チューンホテルズの特徴は「通常抱き合 わせになっているものを分解し販売してい Towel x 1: £2.00 る」という点にあり、そうすることで利益率を向上させている。 徐々に品質が下がっていく形のコストダウンではなく、初めに極限までそぎ落とし、 必要な物を加算していくチューンホテルズの販売方式は、今後、バジェットホテルだ けでなくエコノミーホテルにも広まる可能性がある。 (2) サービス戦略 ①備品、施設 非日常の空間を楽しむフルサービスホテルに対して、日常生活の延長であるバジェッ トホテルでは、自宅と同じ感覚での普段着の寛ぎを提供している。 バジェットホテルでは、客室に Wi-Fi や加湿器、ズボンプレッサーを完備するだけで なく、防音性も高く、清潔で、寝具も心地良いものを揃えている。また、大浴場を設 けたり、自分好みの枕が選べたり、照明へこだわる等して快眠においてのサービスも 追求している。 ②接客応対 バジェットホテルでは、スタッフがお客様と接する時間はチェックイン時の僅か3分 だけである。しかし、その3分をいかに集中できるかで、ホテルの評価が大きく分か れている。低価格でありながらも機能を集中させることで、接客面においてもフルサ ービスホテルに近い満足感を提供することが出来る。例えばオンライン予約の割合を 高め、連泊者を増やすことでオペレーションの効率化を図り、チェックイン後にフロ 3 ントスタッフがエレベーター前までお見送りに出るなど、ゆとりのある応対を行って いる。 心地良い接客応対は、利用者の期待値が低いだけに良い評価を得やすいこともあり、 ここ数年、多くのバジェットホテルがフロントスタッフの応対に重きを置いている。 ③スーパーホテル ホテルなのに鍵がない、 客室に電話機がないなど 当初、耳を疑ったスーパーホ テルの戦略は「戦略は捨てる ことなり」という言葉の通り、 接客に集中できる環境と清潔 な客室の提供に繋がり、さら に快眠というキーワードを合 わせたことにより他者を圧倒して JD パワーホ宿泊客満足度(1 泊 9000 円未 満部門)で1位を獲得している。これら の戦略は部分的には非合理的かもしれな いが、全体では合理性を持つまさに、 「賢者の盲点を衝く」戦略である。 スーパーホテルの勝ちパターンは、低価格と上質なサービスを両立させることであ る。そのためにターゲットをビジネスマンとそのリピーターに絞り込み、必要なサー ビスは足し算し、不要なサービスは引き算することを徹底している。スーパーホテル のコンセプトは「安全・清潔・ぐっすり眠れる」であり、ビジネスマンが要望する「快 適な睡眠」 「天然温泉」 「おいしい朝食」 「チェックアウトの時間削減」などのサービス を強化し、レストランや宴会場など本来ホテルの収益源となるサービスを廃止してい る。 ブルーオーシャン戦略では、従来のサービスから「取り除く」「減らす」「増やす」 「付け加える」ことで、競争のない状況を作り上げることができるとされている。こ れをスーパーホテルにあてはめると以下のようになる。 取 り 除 く レストランや宴会場、チェックアウトの時間(鍵そのものの廃止)、 電話機、部屋の冷蔵庫の中身、夜間のフロント業務 減 ら す 従業員数、掃除の時間、室内の音、照明 増 や す 快適な睡眠環境、おいしい無料朝食、 フロントでのコミュニケーション 付け加える 枕の種類、天然温泉、IT システムによる管理 IT について山本会長は「IT は人と人の心を結ぶ時間を作るための道具」であり、 「ス ーパーホテルは少数精鋭のスタッフで運営しているので、人間にしかできない仕事に 4 特化し、顧客満足度を高める接客応対にスタッフが集中できるようにするため、IT を 使って、大胆に合理化を進めてきた」と述べており、低価格と上質なサービスの両立 を実現している。 顧客満足度を上げるためには、サービスを付加することに注力しがちであるが、そ れではコストが上がる一方である。そのため「捨てる」経営を行い、低コスト化を実 現しながらも付加価値を高めている。 スーパーホテルの強みは、 「低価格と高品質の両立」 、 「IT の活用」 、 「現場の改善力」 であるが、これら 3 つを継続して発展させているのは人であるため、人材育成を優先 課題として取り組んでいる。スーパーホテルは合理的な組織に見えるが、人材育成が 強さの基となっている。 3. まとめ バジェットホテルを利用する多くのお客様の目的は、ホテルを拠点としたビジネスや観 光・レジャーであるため、ホテルで過ごす時間は限られている。その為、バジェットホテ ルでは館内施設の充実を図るより狭くても快適な空間の提供に特化することで、寝るだけ だの出張族や、観光・レジャーにお金をかけたい若い層から支持を集めている。リーマン ショック前のホテル業界では、カテゴリーごとに住み分けがされていたが、リーマンショ ックによりその垣根が取り払われ、エコノミーホテルだけでなくミドルホテルまでもが1 万円以下で販売するなど業界全体で安売り競争の体力勝負が行われ、多くのホテルが経費 削減、人件費削減等の構造改革を強いられた。しかし、バジェットホテルではミドルホテ ルやエコノミーホテルが削減してきたような経費は既に存在せず、景気動向に左右されな い強い経営構造が浮き彫りとなった。 バジェットホテルは宿泊機能に特化し、ローコスト運営と価格競争力を実現させている 一方で、サービス面では少ない人数での運営のため限界もある。しかし、オンライン予約 の強化やオペレーションの効率化により、低価格でもコスト戦略、サービス戦略を深化さ せ、スーパーホテルとチューンホテルズの戦略を掛け合わせることで、バジェットホテル でも高い満足度を得ることができる。 人口減少と少子高齢化、東京一極集中に悩む地方都市では、インバウンドは欠かすこと のできない施策である。バジェットホテルの客室は外国人利用客にとって狭いかもしれな いが、必要最低限の機能と、清潔で低価格であれば長期滞在に繋げることができ、その分 多くの消費を引き出すことが可能になる。小規模でインバウンドを受け入れることが出来 る地方都市ホテルへのニーズは年々高まってきている。 インバンド特化型ホテル、ビジネス特化型ホテル、病院近くの医療特化型ホテル等のよ うに様々なシーンに合わせて特化することで、利用者と経営者側の期待値のミスマッチを 減らすことができる。双方の満足度が高くなれば、更なる投資に繋がり、地方都市におい ては街の活性化に貢献することができる。ホテルの存在意義は地域の発展にいかに貢献で きるかであり、時代に合わせて進化していくことが必要不可欠である。 5 【参考講義】 ・ホテル産業の中期展望 春口 和彦 ・地域を観光で潤すマーケティング 高橋 敦司 【参考 WEB サイト】 ・スーパーホテルホームページ(http://www.superhotel.co.jp/) ・TuneHotels ホームページ(http://www.tunehotels.com/jp/jp) ・LCC の経営戦略(http://zemikyo19.web.fc2.com/ronbun/ROnakamotoB.pdf) ・第8回 ④”中国ホテル業界の UNIQLO”の「後発・差別化戦略」と「新境地」 (http://www.dreamincubator.co.jp/asia_china/20433.html) ・スーパーホテルのマーケティング戦略(http://synapse-diary.com/?p=2205) ・ビジネスホテルにみる「一人勝ち戦略」 他社との差別化、戦略のメリハリと は (http://www.forty-jp.com/report/2011inovationsi_2.html) ・ 勝ちパターンの研究(6) (http://www.bbt757.com/servlet/content/25202.html) ・利益の研究所 チューンホテルズの LCC 的ホテル運営戦略 (http://profit-labo.seesaa.net/article/361168576.html) ・ホテル業界戦略の裏側(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/462?page=3) 【参考文献】 ・月刊ホテル旅館 2014 年 3 月号 チューンホテルズが日本で積極展開 春口 和彦 ・稼働率 89%、リピート率 70% 顧客がキャンセル待ちするホテルで行われていること 峰 如之介 ダイヤモンド社 2010 年 ・スーパーホテルの仕組み経営 山本 梁介、 金井 6 壽宏 かんき出版 2014 年
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