社団法人 電子情報通信学会 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS 信学技報 IEICE Technical Report 顔反応性細胞の表情に対する選択性の潜時: 側頭葉視覚皮質と扁桃体の比較 稲垣 未来男† 藤田 一郎† †大阪大学大学院生命機能研究科 〒560-8531 大阪府豊中市待兼山町 1-3 E-mail: †{inagaki, fujita}@fbs.osaka-u.ac.jp あらまし 本研究では,異なる 3 つの表情から構成される顔画像セットを視覚刺激として用いて,顔反応性細胞 の表情に対する選択性の潜時を調べた.注視課題遂行中のサルから細胞外電位計測法により単一神経細胞の活動を 記録した.50 ミリ秒の時間窓を時間軸に沿って移動させながら各顔画像に対する視覚反応を解析して,表情に対す る選択性の時間経過を調べた.側頭葉皮質の顔反応性細胞の一部が 100 ミリ秒を下回る短い選択性の潜時を示した 一方で,扁桃体ではそのような短い選択性の潜時を示す顔反応性細胞はほとんど見られなかった. キーワード サル,細胞外電位計測法,上側頭溝,下側頭葉皮質 Latency of neuronal selectivity for facial expression: comparison between the temporal visual cortex and the amygdala Mikio INAGAKI† Ichiro FUJITA† †Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University, 1-3 Machikaneyama, Toyonaka, Osaka, 560-8531 E-mail: †{inagaki, fujita}@fbs.osaka-u.ac.jp Abstract We studied latency of neuronal selectivity for facial expression by using face images consisting of 3 different facial expressions. We recorded extracellular neuronal activity from awake, fixating monkeys and examined time course of selectivity for facial expression with a 50 ms sliding time window. A population of face-responsive neurons in the temporal cortex demonstrated selectivity latencies shorter than 100 ms, whereas only a few face-responsive neurons in the amygdala showed such short latencies. Keyword monkeys, extracellular recording, superior temporal sulcus, inferior temporal cortex 1. 序 論 を 含 む 広 範 な 視 覚 皮 質 へ 向 か っ て の 投 射 が あ る [9,11]. 1.1. 表 情 認 識 の脳 内 メカニズム こ れ ら の 双 方 向 性 の 投 射 関 係 ( 図 1) に も と づ く と , 顔から読み取ることのできる表情は相手の感情を 側頭葉皮質の神経細胞の活動は扁桃体の神経細胞の 活 推測する手がかりとなり,社会的な生活を営む上で大 動に影響を与えることができるのと同時に,扁桃体の きな役割を果たしている.ヒトだけでなくサルも,さ 神経細胞の活動も側頭葉皮質の神経細胞の活動に影響 まざまな表情をさまざまな異なる社会的状況で示すこ を与える可能性がある. とから,表情がコミュニケーションの手段として使わ れ て い る と 考 え ら れ て い る [1]. サルを対象とした過去の電気生理学実験 は,側頭葉 皮質高次視覚関連領野および扁桃体において,視覚呈 示された顔画像の表情に対して選択性をもつ神経細胞 の 存 在 を 明 ら か に し た [2-7].こ れ ら の 脳 領 域 に よ っ て 構成される脳内ネットワークが表情の認識に関与して いると考えられる. 1.2. 側 頭 葉 皮 質 と扁 桃 体 の解 剖 学 的 投 射 関 係 側頭葉皮質の前半部から扁桃体へは強い解剖学的 な 投 射 が あ る [8-10] . 一 方 , 扁 桃 体 か ら は 側 頭 葉 皮 質 図 1 大脳の左側面図 側頭葉皮質前半部(薄い灰 色)とその内側に位置する扁桃体(濃い灰色)には, 双方向性の解剖学的投射がある. Copyright ©20●● by IEICE 1.3. 本 研 究 の目 的 表情選択性細胞が存在する側頭葉皮質と扁桃体は, 双方向性の投射関係をもつ.したがって,どちらの脳 領域も他方の脳領域への表情選択性の入力源となりえ る.本研究は,側頭葉皮質と扁桃体のどちらの脳領域 で先に表情選択的反応があらわれてくるのかを調べる ことで,どちらの脳領域が表情選択性の起源である か を検討した.過去の研究では,異なる研究グループが 異なる方法を用いて実験をおこなっているために直接 的な比較ができず,この点は明らかになっていない. 図 2 電気生理実験 (左)注視課題の模式図.灰 本研究では領野間の違いを公平に比較するため,同じ 色 の 背 景 上 に 顔 画 像 を 呈 示 し た .モ ニ タ ー の 大 き さ は , 被験体,同じ視覚刺激,同じ解析方法を用いた. 35 cm×27 cm, 解 像 度 は 1600 px×1200 px, リ フ レ ッ シ ュ レ ー ト は 85 Hz で あ っ た . モ ニ タ ー と サ ル と の 距 2. 方 法 2 頭 の ニ ホ ン ザ ル( Macaca fuscata)を 実 験 に 用 い た . 離 は 64 cm で あ っ た . サ ル は モ ニ タ ー の 中 心 を 注 視 す るように訓練されていた. ( 右 )記 録 部 位 .A25 に お け 実験中,サルは暗室内でモニターの中心に呈示される る冠状断面の核磁気共鳴画像.白色の実線は記録用の 点を注視する行動課題を遂行した.赤外線カメラ シス チャンバー,濃い灰色の点線は側頭葉皮質における微 テ ム を 使 っ て サ ル の 視 線 方 向 を 計 測 し た [12]. 顔 画 像 小電極刺入の範囲,薄い灰色の点線は扁桃体における は ,そ の 中 心 が 注 視 点 と 重 な る よ う に し て 呈 示 し た( 図 微小電極刺入の範囲をあらわす. 顔画像呈示期間中の 2 左 ).各 顔 画 像 の 呈 示 時 間 は 500 ミ リ 秒 で あ っ た .記 神経細胞の活動を,脳に刺入した微小電極から細胞外 録実験開始前に撮像した核磁気共鳴画像にもとづいて, 電位信号として計測した.計測した電位信号を増幅器 側頭葉皮質と扁桃体にタングステン微小電極を刺入し で増幅し,ノイズを減少させるための帯域通過フィル た( 図 2 右 ).電 極 先 端 か ら 細 胞 外 電 位 を 計 測 し て 単 一 タを通してから記録した.その後,テンプレートマッ 神経細胞の活動を記録した.側頭葉皮質における記録 チング法を用いて単一神経細胞由来の活動電位を分離 領域は上側頭溝の上壁と下壁,および下側頭回 であっ した. た.扁桃体における記録領域は主に外側核と基底核で あった. 2.1. 視 覚 刺 激 3 頭のサルを被写体として 3 つの異なる表情(威嚇 するときの表情,平静時の表情,親和的な表情) を正 面 か ら 撮 影 し た( 図 3).写 真 か ら 顔 以 外 の 背 景 部 分 を 取り除いた後で,顔画像間での 基本的な画像特徴の違 いを小さくするために,平均輝度ならびに輝度コント ラストエネルギーの値を統一した.顔画像はすべてグ レースケールで表示した. 2.2. データ解 析 各顔画像に対する反応強度を刺激呈示中の平均発 火頻度で評価して表情選択性を調べた.視覚情報が到 達 す る ま で の 潜 時 を 考 慮 に 入 れ て ,刺 激 呈 示 開 始 の 80 ミ リ 秒 後 か ら 580 ミ リ 秒 後 ま で の 平 均 発 火 頻 度 を 計 算 した.顔画像の表情の違いによって反応強度が有意に 変化するのかを統計検定した(二元配置分散分析;要 因 , 表 情 お よ び 個 体 , P < 0.05). さ ら に 表 情 選 択 性 の 時 間 経 過 を 調 べ る た め に ,50 ミ リ秒の時間窓を解析に用いた.時間窓の中での発火頻 度にもとづいて表情選択性を調べる解析を,1 ミリ秒 図 3 顔画像セット 3 頭のサルが異なる 3 つの表 情を表出している.3 つの表情は,威嚇するときの表 情 ( open-mouth), 平 静 時 の 表 情 ( neutral), 親 和 的 な 表 情 ( pout-lips) で あ る . 各 顔 画 像 の 大 き さ は 視 野 角 に し て 7.7˚×7.7˚で あ っ た .被 写 体 と な っ た サ ル は ,記 録実験には用いられていない. ずつ時間窓を移動させながら繰り返した(二元配置分 散 分 析;要 因 ,表 情 お よ び 個 体 ).統 計 検 定 の 繰 り 返 し による誤りを避けるために,有意水準を検定の繰り返 し 回 数 で 割 る 補 正 を お こ な っ た( Bonferroni 補 正;P < 0.05/500).視 覚 刺 激 呈 示 後 ,有 意 に 表 情 選 択 性 を 示 し た最初の時間窓の中心時刻を,表情選択性の潜時と定 義した. 側頭葉皮質と扁桃体について,各脳領域全体として どの時刻から表情選択性を示しはじめるかを決定する ために,観測された表情選択性潜時の累積分布と偶然 に期待される累積分布をそれぞれの脳領域内で比較し た.後者の累積分布については,各脳領域で記録され た顔反応性細胞の総数と解析で用いた有意水準(P < 0.05/500)に も と づ い て 1000 回 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン を お こない,平均値と標準偏差を得た .実際に観測された 累積分布の中で,シミュレーションで得られた チャン スレベル(平均値と 2 倍した標準偏差を足した値)を はじめて超えた時間窓の中心時刻を,その脳領域全体 としての表情選択性潜時と定義した. 2.3. 組 織 学 的 解 析 による記 録 部 位 の再 構 成 図 5 記録部位の再構成図 実験に用いた2頭のサ 記録実験終了後,使用したサルのうちの 1 頭で組織 ルのうち1頭で組織学的解析をおこない, 右半球にお 学的手法を用いて記録部位の再構成をおこなった.ま ける記録部位を再構成した.濃い灰色の点が側頭葉皮 ず 脳 内 に 刺 入 し た 電 極 か ら 電 流 を 流 し て ( 10 μA, 10 質で記録された表情選択性細胞の位置,薄い灰色の点 秒 ま た は 20 秒 ), 微 細 な 傷 を 異 な る 位 置 に 複 数 作 成 し が扁桃体で記録された表情選択性細胞の位置 をあらわ た( 図 4).次 に 深 麻 酔 下 で サ ル を 潅 流 固 定 し て 脳 組 織 す .略 号;sts( 上 側 頭 溝 ),amts( 前 中 側 頭 溝 ),rs( 嗅 を 取 り 出 し た .段 階 的 に ス ク ロ ー ス 溶 液( 10-30%)に 脳 溝 ),H( 海 馬 ),L( 扁 桃 体 外 側 核 ),B( 扁 桃 体 基 底 浸 し た 後 で ,脳 組 織 を 凍 結 さ せ て 80 μm の 厚 さ の 切 片 核 ), AB( 扁 桃 体 副 基 底 核 ), C( 扁 桃 体 中 心 核 ). を作成した.クレシルバイオレットを用いてニッスル 染色をおこない,脳切片標本とした.標本上で の微細 な傷の位置を基準点として,電極マニピュレーターの 目盛りの記録をもとに各記録部位を再構成した. 3. 結 果 側 頭 葉 皮 質 で は 117 個 の 顔 反 応 性 細 胞 を 記 録 し , 扁 桃 体 で は 103 個 の 顔 反 応 性 細 胞 を 記 録 し た . 刺 激 呈 示 期 間 ( 500 ミ リ 秒 ) の 平 均 発 火 頻 度 に も と づ い て 解 析 す る と ,側 頭 葉 皮 質 で は 44 個 の 顔 反 応 性 細 胞( 38%), 扁 桃 体 で は 43 個 の 顔 反 応 性 細 胞( 42%)が 表 情 選 択 性 を 示 し た (二 元 配 置 分 散 分 析 ; P < 0.05). 50 ミ リ 秒 の 時 間 窓 を 用 い た 解 析 の 結 果 ,21 個 の 側 頭 葉 皮 質 表 情 選 択 性 細 胞 ( 18%), お よ び 24 個 の 扁 桃 体 表 情 選 択 性 細 胞 ( 23%) に つ い て , 表 情 選 択 性 の 潜 時 を 決 定 す る こ と が で き た ( 二 元 配 置 分 散 分 析 ; P < 0.05/500 ; Bonferroni 補 正 ). こ の 後 の 結 果 は , こ れ ら 21 個 の 側 頭 葉 皮 質 表 情 選 択 性 細 胞 と 24 個 の 扁 桃 体 表 情 選 択 性 細胞のデータにもとづいている.また,これら解析対 象となった表情選択性細胞は,側頭葉皮質では上側頭 溝内皮質および下側頭回に分布しており,扁桃体では 図 4 組織学的解析 ( A)A25 の お け る 冠 状 断 面 図 ( B-D) ニ ッ ス ル 染 色 し た 脳 切 片 . 矢 印 は 電 流 に よ っ て作られた微小な傷の位置をあらわす. 外側核や基底核など複数の核にまたがって分布してい た ( 図 5). 3.1. 側 頭 葉 皮 質 における表 情 選 択 的 な反 応 例 3.2. 扁 桃 体 における表 情 選 択 的 な反 応 例 側 頭 葉 皮 質 の 一 部 の 表 情 選 択 性 細 胞 は , 100 ミ リ 秒 側 頭 葉 皮 質 で 観 察 さ れ た 100 ミ リ 秒 を 下 回 る 短 い 表 を下回る短い表情選択性潜時を示した.代表例を図 6 情選択性潜時を示す表情選択性細胞は,扁桃体ではほ に示す.この側頭葉皮質神経細胞は,親和的な表情に とんど見られなかった.ほぼすべての 扁桃体表情選択 対して強く,威嚇の表情に対して中程度に,平静時の 性 細 胞 が , 100 ミ リ 秒 を 超 え る 表 情 選 択 性 潜 時 を 示 し 表情に対しては弱く視覚反応を示した. 反応の時間経 た.代表例を図 7 に示す.この扁桃体神経細胞は,平 過 に 注 目 す る と ,表 情 の 違 い に よ る 反 応 強 度 の 違 い は , 静時の表情に対して強く反応したが,威嚇の表情や親 顔画像呈示直後に見られた一過性の反応においてすで 和的な表情に対してはあまり強い反応を示さなかった. に あ ら わ れ て い た .50 ミ リ 秒 の 解 析 用 時 間 窓 を 用 い て 反応の時間経過に注目すると,顔画像呈示直後の一過 調 べ た 結 果 , 時 間 窓 の 中 心 時 刻 が 64 ミ リ 秒 の と き に , 性の反応では,表情の違いによる反応強度の違いは見 はじめて統計学的に有意な表情選 択性を示した(二元 られなかった.その後,定常的な反応への移行期にな 配 置 分 散 分 析 ; P < 0.05/500; Bonferroni 補 正 ). ってからようやく反応強度に違いが見られるようにな った.顔画像呈示後,視覚反応がはじまるまでの反応 潜 時 そ の も の は 100 ミ リ 秒 を 下 回 っ て い た が , 表 情 選 択 性 が 神 経 活 動 に あ ら わ れ は じ め る の は 100 ミ リ 秒 を 過ぎてからであった.この表情選択性細胞は,時間窓 の 中 心 時 刻 が 139 ミ リ 秒 の と き に は じ め て 統 計 学 的 に 有意な表情選択性を示した(二元配置分散分析;P < 0.05/500; Bonferroni 補 正 ). 図 6 側頭葉皮質神経細胞の反応例 (上)各顔画 像に対する発火頻度ヒストグラム とラスタープロット. 発火頻度ヒストグラムとラスタープロットの並び順は 図 3 の顔画像の並び順と対応する.点線は刺激呈示と 消失の時刻をあらわす. ( 下 )各 表 情 に 対 す る 反 応 の 時 間経過.同じ表情を表出している 3 つの顔画像に対す る反応を平均した.下部のバープロットは,表情の違 いによって反応強度に有意な変化があらわれ た時間窓 図 7 扁桃体神経細胞の反応例 各グラフの説明は, を 示 し て い る ( 二 元 配 置 分 散 分 析 ; P < 0.05/500 ; 図 6 と同様である.この扁桃体神経細胞の表情選択性 Bonferroni 補 正 ).こ の 側 頭 葉 皮 質 神 経 細 胞 の 表 情 選 択 潜 時 は 139 ミ リ 秒 で あ っ た . 性 潜 時 は 64 ミ リ 秒 で あ っ た . 3.3. 側 頭 葉 皮 質 と扁 桃 体 の比 較 4. 考 察 解 析 対 象 と し た 21 個 の 側 頭 葉 皮 質 表 情 選 択 性 細 胞 本研究では,側頭葉皮質と扁桃体の顔反応性細胞を と 24 個 の 扁 桃 体 表 情 選 択 性 細 胞 に つ い て ,表 情 選 択 性 対象として,表情に対する選択性が神経活動にあらわ 潜 時 の 累 積 分 布 を 調 べ た( 図 8).側 頭 葉 皮 質 で は ,一 れ は じ め る ま で の 潜 時 を 調 べ た .異 な る 3 つ の 表 情( 威 部 の 表 情 選 択 性 細 胞 が 100 ミ リ 秒 を 下 回 る 短 い 選 択 性 嚇の表情,平静時の表情,親和的な表情)から構成さ 潜 時 を 示 し た の で , 累 積 分 布 は 100 ミ リ 秒 の 手 前 か ら れ る 顔 画 像 セ ッ ト を 視 覚 刺 激 に 用 い て ,50 ミ リ 秒 の 時 増 加 を は じ め た . 一 方 扁 桃 体 で は , 100 ミ リ 秒 を 下 回 間窓を移動させながら表情選択性の時間経過を解析し る短い選択性潜時を示した表情選択性細胞はほとんど た . 側 頭 葉 皮 質 の 一 部 の 表 情 選 択 性 細 胞 が 100 ミ リ 秒 見 ら れ ず , 累 積 分 布 は 100 ミ リ 秒 を 過 ぎ て か ら 増 加 を を下回る短い表情選択性潜時を示した一方で,扁桃体 はじめた.偶然に期待される累積分布との比較にもと ではそのような短い表情選択性潜時を示す表情選択性 づいて各脳領域全体としての表情選択性潜時を決定す 細胞はほとんど見られなかった.これらの結果は,過 る と ,側 頭 葉 皮 質 で は 75 ミ リ 秒 ,扁 桃 体 で は 134 ミ リ 去の解剖学的研究で明らかになっている側頭葉皮質か 秒 で あ っ た .両 者 の 間 の 差 は 59 ミ リ 秒 で あ っ た .側 頭 ら扁桃体への投射を通じて,少なくとも一部の側頭葉 葉皮質の表情選択性潜時は扁桃体の表情選択性潜時よ 皮質神経細胞が扁桃体へ表情選択性を伝えている可能 り も 短 か っ た ( Bootstrap 検 定 ; P = 0.016). 表 情 選 択 性を示唆する. 的な神経活動は,顔画像呈示後にまず側頭葉皮質で観 察 さ れ ,そ の 後 で 扁 桃 体 で も 観 察 さ れ る よ う に な っ た . 4.1. 表 情 選 択 性 細 胞 の割 合 本 実 験 で 記 録 し た 117 個 の 側 頭 葉 皮 質 顔 反 応 性 細 胞 について,刺激呈示期間の平均発火頻度にもとづいて 解 析 す る と 44 個 の 細 胞( 38%)が 表 情 選 択 性 を 示 し た . 一 方 Hasselmo ら の 過 去 の 研 究 で は , 45 個 の 側 頭 葉 皮 質 顔 選 択 性 細 胞 の う ち 12 個 が 表 情 選 択 性 を 示 し た ( 27%)[2].本 研 究 と Hasselmo ら の 研 究 で は 異 な る 種 類の表情が使われていることや実験プロトコルが違う などの相違点があるが,表情選択性細胞の割合は同じ ように 3 割前後であった. 扁 桃 体 か ら は 103 個 の 顔 反 応 性 細 胞 を 記 録 し た が , 表 情 選 択 性 を 示 し た の は そ の う ち の 43 個 で あ っ た ( 42%). こ の 割 合 は , Gothard ら の 研 究 で 報 告 さ れ て い る 割 合 , 24%( 196 個 中 48 個 ) と 比 べ て や や 高 い 値 で あ っ た [7].こ の 違 い は 視 覚 刺 激 セ ッ ト が 異 な る こ と に原因があるのかもしれない.本実験では 9 枚の顔画 像 の み を 視 覚 刺 激 と し て 用 い た が , Gothard ら は 顔 画 像以外の物体画像も視覚刺激セットに組み入れている. したがって,本研究のデータと異なり顔反応性細胞だ けでなく物体反応性細胞も母集団に含まれている可能 性がある. 図 8 表情選択性潜時の累積分布 側頭葉皮質にお 4.2. 側 頭 葉 皮 質 と扁 桃 体 の直 接 的 な比 較 ける累積分布(上段)と扁桃体における累積分布(下 過去の研究は,側頭葉皮質と扁桃体において表情選 段 ).灰 色 の 領 域 は 記 録 し た 神 経 細 胞 の 総 数( 側 頭 葉 皮 択 性 細 胞 の 存 在 を 明 ら か に し た [2-7] . し か し な が ら , 質 顔 反 応 性 細 胞 117 個 , 扁 桃 体 顔 反 応 性 細 胞 103 個 ) 表 情 選 択 性 の 時 間 経 過 に 関 す る 解 析 は ,Sugase ら に よ と 潜 時 の 決 定 に 用 い た 有 意 水 準( P < 0.05/500)か ら シ って側頭葉皮質の顔反応性細胞についておこなわれて ミュレーションで求めた偶然にあり得る値をあらわす. い る だ け で あ っ た [3].そ の た め ,側 頭 葉 皮 質 と 扁 桃 体 点線は実際の累積分布がはじめて チャンスレベルを上 のどちらの脳領域で表情選択的な神経活動が先にあら 回 っ た 時 間 窓 の 中 心 時 刻 を あ ら わ す ( 側 頭 葉 皮 質 , 75 われはじめるのかは分かっていなかった.解剖学的な ミ リ 秒 ; 扁 桃 体 , 134 ミ リ 秒 ). 投射関係を考慮すると,どちらの脳領域も,もう片方 の 脳 領 域 へ と 入 力 を 送 る こ と が 可 能 な こ と か ら [8-11], この点は電気生理学的な研究で確認する必要があった. 本研究では,脳領域の違い以外の要因の影響を最小限 にするために,同じ被験体,視覚 刺激,実験プロトコ ル,解析方法を用いて直接的な比較をおこなった. 側 頭葉皮質全体としての表情選択性潜時は扁桃体全体と し て の 表 情 選 択 性 潜 時 よ り も 60 ミ リ 秒 程 度 短 か っ た . 表情選択的な神経活動は扁桃体ではなく側頭葉皮質で 先に見られた.これらの結果は,側頭葉皮質の表情選 択性細胞が入力源となって表情に関する情報を扁桃体 へと伝えている可能性を示唆する. 4.3. ヒトを対 象 とした研 究 との比 較 ヒトを対象とした電気生理学実験 によると,扁桃体 か ら 記 録 さ れ る 局 所 細 胞 外 電 位 ( LFP) は , 顔 画 像 呈 示 か ら 200 ミ リ 秒 程 度 経 過 し た 後 で は じ め て 表 情 に 依 存 し て そ の 反 応 強 度 を 変 化 さ せ る [13].一 方 ,上 側 頭 溝 内 皮 質 で は そ れ よ り も 遅 れ て 300 ミ リ 秒 程 度 経 過 し た 後 で LFP に 表 情 選 択 性 が 見 ら れ る よ う に な る [13]. これらの知見は本研究で得られた結果と矛盾するよう に 見 え る が , LFP が 記 録 し て い る 脳 領 域 へ の 入 力 を 反 映し,活動電位がその脳領域からの出力を反映してい る と す れ ば 統 一 的 に 解 釈 す る こ と が で き る . LFP が 入 力 を 反 映 し て い る な ら ば ,扁 桃 体 で 観 察 さ れ た LFP の 表情選択性は側頭葉皮質からの入力にもとづいている 可能性があり,その後に上側頭溝内皮質で見られた LFP の 表 情 選 択 性 は 扁 桃 体 か ら の フ ィ ー ド バ ッ ク に よ る も の か も し れ な い . LFP と 活 動 電 位 を 側 頭 葉 皮 質 と 扁桃体で同時に計測する実験をおこなうことで,この 点を詳細に明らかにできると思われる. 5. 謝 辞 本 研 究 は ,文 部 科 学 省 科 学 研 究 費 (17022025),お よ び 科 学 技 術 振 興 機 構 CREST か ら の 助 成 に よ っ て お こ なわれた. 文 献 [1] J. A. R. A. M. Van Hooff, The facial displays of the catarrhine monkeys and apes, in Primete Ethology, ed. D. Morris, pp.7-68, Aldine, Chicago, 1967. [2] M. E. Hasselmo, E. T. Rolls and G. C. Baylis, The role of expression and identity in the face -selective responses of neurons in the temporal visual cortex of the monkey, Behav. Brain Res., vol.32, pp.203-218, 1989. [3] Y. Sugase, S. Yamane, S. Ueno and K. Kawano, Global and fine information coded by single neurons in the temporal visual cortex, Nature, vol.400, pp.869-873, 1999. [4] C. M. Leonard, E. T. Rolls, F. A. W. Wilson and G. C. 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