(10月20日)「刑事弁護の実際」

2016 年 10 月 20 日
講師:弁護士
ロイヤリング
講義
大川治先生
議事録作成者:山下健人
刑事弁護の実際
1.刑事司法における衝撃
(1)検察官による証拠改ざんの衝撃
衝撃の一つ目は、検察官が証拠を改ざんした事件です。最近のニュースですので、記憶にある方もい
るかもしれません。この事件は、厚労省の村木さんという方を、大阪地方検察庁特捜部が起訴した事件
です。この事件は、特捜部からすれば、面目丸つぶれである事件でした。というのも、捜査の主任検察
官が証拠であるフロッピーディスクの中身を改ざんしたのです。弁護士からすれば、検察官がまさか改
ざんをするはずがないと思っていたましたが、本件が起こったことによって、捜査機関による証拠改ざ
んや、供述調書の作文があり得ることが白日のものになりました。供述証拠を検察官がいじるといった
ことはあり得ると思っていましたが、物的証拠を検察官がいじるといったことは、大きな衝撃でしたが、
私にとって意外だったのは、私自身「やっぱりか」と思ったことでした。私自身、驚きを通り越してあ
きれ、寂しさを感じました。また、証拠を改ざんした検察官が同期だったということで、より衝撃を感
じました。
(2)足利事件の衝撃
足利事件が発生したのは 1990 年で、私が弁護士になるより前のことです。栃木県で発生した女児殺害
事件で捜査線上に浮上した菅谷利和さんのDNA鑑定の結果、被害少女に付着していた精液DNA型が
一致したということで逮捕されました。菅谷さんは、自白とDNA鑑定を証拠として有罪となりました。
当時のDNA鑑定は今よりずっと精度が低いものであり、再鑑定の結果、DNA型鑑定結果が不一致に
なり、菅谷さんは無罪となりました。何より衝撃だったのは、無実であった人が自白するという実例に
なったことでした。この事件から考えられることとして、最も怖いのは、無実なのに死刑を執行された
人がいるのではないかという疑いです。死刑廃止論者がもっともおそれていること、つまり罪を犯して
いない人を殺してしまうという取り返しのつかないことが、現に起きているかもしれないのです。
(3)東電OL殺人事件の衝撃
この事件は、東電のOLが殺害された事件で不法滞在中のネパール人であるマイナリさんが逮捕された
事件です。この事件における一つ目の衝撃は、一審で無罪となったにもかかわらず、本来強制送還され
るはずのマイナリさんの拘留期間が延長され、二審において有罪となったことでした。物的証拠となっ
たのは、マイナリさんのものとDNAが一致した現場に残された精液と体毛でした。ところが、現場で
採取された物証のうち、DNA鑑定をしていないものについて、マイナリさんのDNA型と一致せず、
現場に残されていた第 3 者の体毛のDNA型と一致することが判明しました。マイナリさんは再審にお
いて無罪判決を獲得し、ネパールに強制送還されました。マイナリさんにとって、異国の地で服役させ
られるということは、大きな苦痛であったに違いありません。この事件の大きな問題点は、現場に残さ
れた物証を検察が隠していたということです。初めからすべての物証についてDNA鑑定をしておけば、
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このような結果にはならなかったでしょう。
(4)他の事案
現在、このような事案が他にもあるのではないかということが大きく疑われています。再審に入ってい
るのは、東住吉放火事件や袴田事件です。いずれにせよ、現代の日本でも、証拠のでっち上げで無実の
人が有罪になっているということを覚えておいてください。
2.刑事司法は変わりつつある
(1) 裁判員裁判の衝撃
私が学生だった頃は、日本には陪審員制度がそぐわないと説明されていました。しかし、2009 年に裁
判員裁判がスタートし、市民が裁判に参加できるようになりました。裁判員裁判では、捜査の過程も変
化し、日本の刑事裁判は大きく変わるだろうとされています。裁判官三人の他に裁判員が六人選定され
ます、無罪判決も出ており、裁判員裁判は憲法に反しないという判決も出たので、今後も続いていくで
しょう。一般の方を長時間拘束することは出来ないので、公判を始める前に争点を整理し、連日開廷に
よって長くても 1 週間で判決を出します。また、今まで供述調書によって判断されていたところを、証
人に法廷で直接話してもらうことになりました。このように裁判員裁判では、捜査の過程も変化し、日
本の刑事裁判は大きく変わるだろうとされています。
(2) 被疑者国選弁護制度のインパクト
今までは裁判にかけられた被疑者は、私選弁護人を雇うしかありませんでしたが、国が捜査段階で国
選弁護人をつけることになりました。国選弁護人制度が導入されたことにより、被疑者が起訴されずに
済むケースも出てきました。
(3) 司法取引のインパクト
司法取引とは捜査側と交渉したり、捜査に協力した被疑者を起訴しないといった刑事免責制度が導入
されています。ビジネスロイヤーの方々にも関係する話ですので、ビジネスロイヤーの方々も司法取引
の話題には興味を持っています。
3.刑事弁護はなぜ必要か
弁護士をやっていると、なぜ悪い人の弁護をするかということを言われることが多いです。そういった
人たちの主張は、被害者や遺族が気の毒だと思わないのですか、気の毒ではないのですかというもので
す。多くのこのような主張がある一方で、先ほどお伝えした通り、無罪事件は続出しています。では、
弁護士の役割っていったい何なのでしょう。
(1)弁護士が取り扱う業務分野
弁護士は、多くの業務分野を担当します。弁護士は民事裁判では代理人、刑事事件では弁護人と呼ば
れます。弁護士である以上、弁護人をやらなければいけないと思われますが、刑事事件を担当していな
い弁護士も多くいます。
(2)テレビドラマなどの弁護士と現実のギャップ
よくテレビドラマ等で描かれている弁護士と、実際の弁護士は大きく違います。刑事事件に充てられ
る時間もドラマのように多くありませんし、ドラマのようなドラマティックな法廷劇もありません。
(3)重大事件と弁護士 批判される弁護活動
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オウム真理教事件では、東京の弁護士が批判を恐れて弁護に尻込みして、大阪の弁護士が担当したと
いう話があります。このように重大事件では多くの批判が弁護士に向けられることが多いです。
(4)誰でも刑事事件の被疑者になる可能性は十分ある
弁護士を批判すること自体は良いことですが、批判する人たちは、自分が被疑者になるという発想が
抜けています。交通事故や飲み屋でのケンカなど、自分が犯罪者になる可能性は十分あります。
(4) 刑事弁護人は何のために必要なのか
憲法の要請としては、有罪という判決が確定するまでは、無罪推定が働きます。背景には歴史的に刑
事訴訟は弾圧の道具として用いられたということがあります。このような歴史の中で刑事弁護人は、世
界中の人が敵に回しても、誰か一人は見方がいなければならないという考えが基礎となっています。憲
法では、どのような被疑者にも弁護する人をつけなければいけないということを要請されているのです。
極悪人でさえ、弁護の余地は必ずあるということです。日本は軍隊がないので、逮捕・拘留・捜索・押
収は政府の実力行使そのものであります。日本ではこのようなことが出来るのは捜査機関のみであり、
これに対し弁護人は、頭で対抗することが出来るということです。そして時には無罪を勝ち取ることが
出来ます。社会が閉塞し、多様な価値観を認め合いにくい風潮になっている現代だからこそ、刑事弁護
の必要性は大きいと考えます。
4.捜査段階と弁護士の役割
(1) 刑事事件のスタート「逮捕」
弁護士をやっていても、日常的に殺人に出会うことは無いです。日常的に出会うのは、覚せい剤や麻薬、
交通事故、暴行・障害、万引きとった犯罪です。何かの犯罪の被疑者になった場合、逮捕されてから 48
時間で弁護士と連絡が出来た場合は、多くのことが出来る可能性があります。というのも、逮捕から 48
時間経過すれば、拘留されることになるからです。拘留されてしまうと、被疑者は多くの自由を奪われ
ます。48 時間以内に活動を始めた場合、弁護士は拘留されないことをまず初めの目標とします。
(2) 拘留 最大 20 日間の身体拘束
拘留期間中は、被疑者は密室で、連日、事情聴取を受けるため、弁護士よりも刑事と親しくなってし
まうことがよくあります。刑事はそのことをわかっているので、弁護士の言ったことを否定したりして、
被疑者を揺さぶることがあります。警察は拘留期間中に調書を作成します。刑事と親しくなった被疑者
は、作成された調書が本人にとってニュアンスが違うと感じていても言い出さないことが多いです。ま
た、法的知識が乏しい被疑者は、何が自分にとって不利益になるかわからないのです。拘留期間中には、
弁護士には圧倒的に情報量は少なく、想像で証拠を推測しなければならない。怖いのは、不利益になる
証拠が、身に覚えのないことであっても認めてしまうことです。調書は一度作成されてしまうと、極め
て重要な証拠となり、取り返しのつかないことになってしまうため、被疑者のために弁護士は、接見を
多くしていかなければなりませんが、制約があるため、弁護士には圧倒的に情報量は少なく、接見を通
じた想像で証拠を推測しなければならないのです。
(3) 捜索・押収手続き
捜査段階では、ガサ入れと呼ばれる行為があり、これは捜索・押収のことです。任意同行とともに、
捜索差押令状が示され、ガサ入れが行われることが多いです。ガサ入れは、早朝に行われることが多
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く、弁護士が立ち会ってコントロールすることは事実上不可能です。
(4) 起訴と刑事弁護 起訴と不起訴では雲泥の差
弁護士は、示談をしたり、司法取引をしたりして起訴されないための弁護活動をします。起訴をされ
てしまった場合には、保釈請求の準備をします。不起訴になってしまった場合には、弁護士にはやらな
ければいけない仕事があります。それは、報道等で傷つけられた被疑者の名誉挽回のための活動です。
5.公判段階と弁護士
公判では、大きく分けて否認事件と自白事件の二つがあります。法廷に行くとこの二つは大きく違い
ます。自白事件は、裁判所に少しホッとした雰囲気があります。ところが、起訴状を朗読した際に被疑
者が容疑を否認すると、緊張感が生まれます。裁判では、起訴され、保釈が通らない限りは身体拘束か
ら解放されません。
(1)起訴後、弁護士が入手できる資料は?
起訴後、弁護士が入手できる資料はどのようなものがあるかということですが、まずは、起訴状だけ
が入手できます。次に、検察官開示証拠が開示されますので、その証拠をコピーして入手します。しか
し、この証拠は、検察官が有罪立証するための証拠であり、無罪のための重要な証拠が隠されているこ
とがあります。裁判官制度では、一定の証拠を開示しなければなりませんので、新たな証拠が出てくる
ことが多いです。ここで出てきた証拠を覚えておいて、他の裁判でも同様の証拠を請求することが出来
るようになってきました。
(2)公判期日と弁護活動
こういったことから、第一回の裁判の日は、出来るだけ早く日を決めます。ですが中には、ゆっくり
進める場合もあります。なぜかというと、前科がある人は、執行猶予期間が与えられますが、執行猶予
期間が終わるまでに犯罪を犯して、実刑判決を受けてしまうと、前の執行猶予が無くなり、服役期間が
伸びてしまうので、裁判所と交渉して、執行猶予期間が終わってから判決言い渡しが行われるような期
日を指定してもらうようにします。
(3)公判期日の手続き
法廷の様子
昔は、書面を用意して、うつむきながら読み上げることが多かったが、これでは人を説得することは
難しいです。裁判官や裁判員の顔を見て説得していくような裁判になっていっています。証人尋問もメ
リハリの利いたものとなっていくでしょう。
6.終わりに
刑事弁護にやりがいはあるかと問われれば、私はあると答えます。この中に法曹になる人もいると思
いますが、裁判官になる人には、弁護士は苦労していると思って、温かい目で見守っていただきたいで
す。検察官になる人は、是非フェアプレーで私と戦いましょう。
以上
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