こどもと体育 No.168

168
No.
も くじ
■WAVE/今,ダンスがおもしろい!
村田 芳子… 3
■アクセス ナウ!/先生を演じる,子どもを演じる
平田オリザ… 4
■実践報告!/3年生・マット運動(東京都調布市)
・できそうな技にだれもが楽しくチャレンジ!
∼感覚づくり運動や練習のしかたを大切にして
小島 大樹… 6
実践報告"/3年生・リズムダンス(東京都葛飾区)
・日常的にダンスに取り組み,
心も体も解放して踊る楽しさを求めて
夏坂 和史/田中 志保…10
実践報告#/6年生・ベースボール型ゲーム(福島県郡山市)
・ティーボールでクラス全体の
チーム力アップを目指す!
横田 紀子…14
■連載/外野席から〈第3
7回〉
・あり余る才能の幸不幸
岡崎 満義…18
■羅針盤〈第6
4回〉
!これからの体育に求められること
「アクティブ・ラーニング」で
「何を・どのように学ぶか」の充実を
"高学年の水泳につなげる
楽しさを保障した中学年の
「浮く・泳ぐ運動」
の効果的な指導
高田 彬成…20
大越 正大…24
※本文中に表記の勤務校は,平成2
7年3月末日のものです。
◆◆◆ 著者紹介 ◆◆◆
小島先生◆今年度から,指導教諭
という立場になりました。今まで
以上に,研究授業を行う機会が増
えることになりそうです。多くの
先生方と体育の授業について語り
合えると思うと,とても楽しみで
す。
横田先生◆子どもとの年齢差は広
がるばかり……。その差を埋める
べく,子どもたちにしっかりと寄
り添い,思いを共有し合いながら,
「一生青春!!一生勉強!!」を
モットーに,日々授業改善に取り
組んでいるところです。
夏坂先生◆子どもたちとともに表
現運動に取り組みはじめて2年。
子どもたちはダンスが大好きにな
りました。休み時間に好きな音楽
をかけてLet’s dance! 自由で個
性豊かな子どもたちのダンスを見
るのが今の楽しみです。
高田先生◆教員時代,天候等で体
育の学習ができなくなると,子ど
もたちが「え∼っ」とがっかりす
るのが,実は好きでした。この声
が聞けなくなることのない世の中
に。
「体育 楽し く 逞 し く」は
永遠に不滅です。
田中先生◆2年間,表現運動を校
内研究として行ってきました。2
年目には研究発表も行い,リズム
ダンスの授業をさせていただきま
した。子どもが生き生きと踊る姿
は本当にすばらしいです。今後も,
研究に努めていきたいと思います。
大越先生◆最近の水泳の活動で特
におもしろかったのは,水泳をテ
ーマにした小学校向け教育番組の
実技監修。スタッフの方々の熱意
とユーモアがすごい! 水泳を通
じて全国の子どもたちや先生方を
笑顔にできたらうれしいです!
最
近,テレビや新聞,ネット
などでダンスシーンを目に
する機会が増え,ダンスは
子どものお稽古事の中でも上位にラン
クされるほど,キッズダンス隆盛の時
代といわれています。
このようなダンスブームは,現行学
習指導要領における中学1・2年のダ
ンス必修化が契機となっているといえ
るでしょう。学校においてもダンス指
導への関心が高まるとともに,様々な
取り組みが急速に進行しています。講
習会ではダンス指導の初心の教師や男
性教師の姿が目立ち,これまでとは明
らかに違う雰囲気と切実感,そして何
か新たな状況が生まれそうな可能性を
実感しています。これが,中学校はも
ちろん,小学校の表現運動の授業にど
んな変化をもたらすのでしょうか。
今
、
ダ
ン
おス
もが
し
ろ
い
!
こから創り出す問題解決学習」
といっ
た他の運動領域とは異なる学びをみん
なのものにしていく絶好のチャンスと
もいえます。
表現運動の指導の難しいけれどおも
しろいところ,それは,子どもの心と
体を揺さぶり,踊る楽しさや動きのお
もしろさを引き出し,いつの間にか楽
しく「なっていく」
,言いかえれば,
いつの間にか「その気にさせ,本気に
させていく」プロセスです。そこには,
「みんなが違うこと」を認めると同時
に,正解はひとつではないけれど,確
実によい動きがあり,それを引き出す
「共通の手がかり」
(指導の原則)があ
ります。それが,動きの誇張やメリハ
リのある動きの連続など,特性とかか
わる「動きのおもしろさ(妙味)
」です。
ただ,
“踊り心”は体の奥深くに眠っ
その一方で,ダンスがマスコミに度
ていて,本人さえも気づかないでいる
度登場していますが,今回のダンス必
ことが多いため,踊りへの羞恥心に恐
修化の意味や内容を正しく伝えていな
れることなく,扉を開いて眠っている
い偏った情報も多く,キッズダンス隆
“踊り心”を引っ張り出し,錆びつい
盛に伴って学校ダンスにかかわる外部
た感性や未開拓の身体を豊かに耕すの
団体の力やリズム系ダンスが,表現系
が教師の指導力だと思うのです。
ダンスやフォークダンスを凌駕する勢
心も体も弾む表現運動の授業……ま
いにも危機感を感じています。これら
ずは,教師自身が子どもと一緒に踊り,
の「振り付け習得型」の授業を何とか
楽しみながら指導の壁を跳び越え,授
食い止め,「学習としてのダンス」を
業にチャレンジしてほしい。その意味
で,本号に紹介されている水元小学校
取り戻さなければなりません。
今,すべての子どもたちに踊る楽し
さや身体表現のおもしろさを体験でき
る授業をどう実現していけばよいかが
問われています。その最大の課題は,
村
田
これを具現化する教師の指導力です。
表現運動の学習は,決まった技術や
形を身につけていくのではなく,活動
そのもののプロセスを大切にするゴー
ルフリーの学習を特徴としています。
したがって,今回のダンス必修化は,
授業の量的な拡大だけでなく,「心身
の解放」
,「身体による豊かなコミュニ
ケーション力や表現力の向上」,「今こ
芳
子
筑
波
大
学
大
学
院
教
授
の取り組みは大いに参考になるでしょ
う。全校で,全教員が表現運動の授業
づくりに挑戦した2年間,そのプロセ
スの中で,教師が変わり,子どもたち
が変わり,学校が変わっていく姿を見
ることができました。
弾んで踊る子どもの笑顔で溢れる学
校になる日が来ることを祈って……。
むらた・よしこ 平成1
0年度及び2
0年度学習指導
要領解説作成協力者。ダンス指導資料作成委員な
ど,文部科学省関係の委員を歴任。また,文部科
学省主催のダンス講習をはじめ,全国各地で講習
会や授業研究会の講師を務める。現在,(社)
日本
女子体育連盟理事長,舞踊学会理事ほか。
『体育
の学習』
(光文書院)編集委員。
WAVE ● 3
アクセス ナウ!
劇作家・演出家
平田オリザ
先生を演じる,
子どもを演じる
■環境の変化と子どもたち
■“演じる”ということ
昔と今で,私はそれほど子どもは変わっていな
演劇のいい部分は,そこにいない他者や自分以
いと思っています。あまりヒステリックにあるい
外の他者を演じることができること,
それにあたっ
は神経質に「今どきの子どもたちは!」と言うの
て役割を明確にしなくてはならないことです。
はナンセンスで,人間の本質はそれほど変わらな
日本では演じるということが,嘘をつく,偽る
いと思うんです。
ただ,
子どもはコミュニケーショ
といったニュアンスで捉えられることがあります
ンのしかたを,遊びなどを通じたかかわりの中で
が,
私たちは常に演じている生き物ですから,
学校
自然に身につけていくものですが,少子化や兄弟
の先生でも,教室での子どもに対する態度と,家
の数の減少,核家族化,地域社会の崩壊といった
に帰ってからの自分の子どもに対する態度が違っ
状況の中で,学校や学年を越えた交流がなくなっ
て当然だと思います。
「いや,俺はぶれない男だ
てしまった。そうすると,子どもたちが同学年の
から」というのは,ただ社会性がないだけでしょ
同級生くらいとしかかかわらなくなってしまいま
う。私たちは演じ分けて日常を過ごしているので,
す。学校でちょっといやなことがあっても原っぱ
本来の教育とは,しっかり役割を演じ分けさせる
に行けば優しいお兄さんやお姉さんが待っていて
ことだと考えています。休み時間と授業中で,ま
遊んでくれたり,あるいは家に帰ると弟や妹がい
た授業中でも教室と体育館で態度が違ってかまわ
て今度はしっかりしなければいけない自分があっ
ないはずで,それをきっちり使い分けられる子ど
たり,そういう立場,役割の多様性の中で人間は
もを育てるということが,教育だと思うんです。
成長していくはずですが,その多様性が少し薄く
このように,教育の最大の目的は「演じ分ける
なって,他者とコミュニケーションをとることが
こと」だと考えていますが,その演じ分けている
苦手な子どもが一部で出てきているのではないか
1つひとつの役割は,全部本当の自分です。いろ
と思っています。つまり,いろいろな自分の役割
いろな自分があって,それがすべて本当の自分で
を交代して演じ分ける,ということが大切なので
あり,絶対的な自分というものはありません。演
すが,その機会がどんどん少なくなっているので
じるということは,悪いことではない。その部分
はないか,と思います。
の価値観を変えないと,なかなか「役割を演じる」
そうした部分を補うことも,学校でしなければ
ならない時代になってきたと捉えるべきでしょう。
ということが理解しづらいのではないかと思いま
すし,子どももつらくなってしまうでしょう。
とすると,上記のように自然とコミュニケーショ
ンのしかたを身につけられる遊びのような要素を,
もっと学校の中に取り入れていく必要があると思
います。子どもの能力自体はそれほど変わるもの
■体育を変える触媒としての演劇
それでは,演劇的な機能を,体育にどう当ては
め,生かすことができるでしょうか?
ではないので,コミュニケーション能力の低下と
今の子どもたちは競争社会に生きていません。
いうと子どもの能力が低下しているように聞こえ
昔はゲーム性を高めたりすることで子どものやる
てしまいますが,そういう問題ではない。コミュ
気が出ましたが,今は単純にゲーム性を高めても,
ニケーションは,能力というより慣れであり,慣
逆に子どもがやりたがらなくなる場合もあります。
れるための環境が減っているということです。
ただ単に内面的な動機だけで競争させたりするこ
とは難しい,ということです。それでは,どうやっ
4
ひらた・おりざ/1
9
6
2年東京生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。大学在学中に劇団「青年団」を旗揚げ。1
9
9
5年『東京ノート』で岸田國士戯曲
賞受賞,ほか受賞多数。近年は,フランス,韓国など海外との合同プロジェクトやワークショップ,公演を行う。演劇教育活動にも取り組み,現在,
東京藝術大学特任教授,大阪大学客員教授等を務める。
「こまばアゴラ劇場」支配人。著書に,
『演劇入門』
『幕が上がる』
(講談社)ほか多数。
て動機をもたせるか,ということになりますが,
学校2年生くらいでできるんです。そうすると,
ポイントは,体育というものも表現なので,「誰
優劣がそれほどつきません。こうした要素をでき
かに見ていてもらう」ことが大事になってくるで
るだけ入れることは大切ですし,そうしたときに,
しょう。演劇のように,クラスの中でも「見る―
「演じる」という演劇的要素が有効になってきま
見られる」の関係をつくる,できたらみんなで拍
す。そうした意味でも,演劇的な要素,劇場的な
手をする,そういう関係をつくっていくことのほ
要素のようなものを入れていくことは,おそらく
うが私は大事だと思います。
1つの方法としてあると思います。
今までの体育だと,球技などではうまい子が中
勝ち負けといったことばかりを重視してしまう
心になってしまいます。
これからは,
うまい子でも
と,子どもの動機や,個人差のある子どもがおい
必ず応援の側にもまわらないといけない,といっ
ていかれることになります。「見る―見られる」
た工夫がより必要になると思います。そうすると,
の関係があると,そこが変わってくるのではない
応援される側も,「こういう応援はやる気になっ
か,と思います。
た」
「
,あそこであの声がかかったのでうまくシュー
トが打てた」といったことをちゃんと言語化して
伝え,コミュニケーションをとることができる。
■教師に求められる役割
特に初等教育では,単なるリーダーシップとい
そうした工夫で,学習が広がっていくと思います。
うよりも,弱者のコンテクストをちゃんと理解し
コミュニケーションは技術よりも「伝えたい」と
てあげることが大切です。特に言語的な弱者であ
いう気持ちが大切ですが,
「見る―見られる」の関
るしゃべれない子,おとなしい子の気持ちを理解
係が,体育においてもコミュニケーション,ひい
する能力が,教師にはいちばん大事だと思います。
ては学習を促進することはあるでしょう。
言葉にできないことを,徐々に言語化させていく。
また,体育では,運動を演劇的な物語に落とし
実際にあったケースですが,廊下でゴロゴロして
込むこともできるはずです。例えば,とび箱はお
いる子がいれば,
「わざわざ学校まできて廊下で
そらく体育以外で一生とぶことはないでしょう。
ゴロゴロするのは,それも子どもにとっては表現
そこで,「じゃあ,川をとび越えて次に障害物を
なんだ」ととらえられると思います。この表現を,
乗り越えてみよう」など,どういうコンテクスト
言語化できるようになると,子どもはゴロゴロし
(文脈)でとび箱を使うかを設定してみる。ベー
なくなります。体,心と言葉の結び付きをスッと
スボールの授業でも,今日は特別に甲子園球場で
通してあげると,子どもも落ち着いてきます。
の2アウト満塁からやってみよう,みんなも応援
また,
教師と子どもが相対してコミュニケーショ
をして,
「さあ,ピッチャーふりかぶりました」と
ンをするときには,可能なかぎり対等な立場でいる
先生がアナウンスする,といったことも,1つの
ことが大切です。かたや,対等な立場でのほめ言
手立てです。そうしたことは,体育という教科こ
葉がそもそも日本には少ない。そういう中で,先
そやりやすいはずです。
生が子どもにどう声かけをしていくべきか。もち
個人差についても,工夫はできると思います。
ろん完全に対等な関係にはなりませんが,優れた
応援にまわる,とび箱を3段とべる子と5段とべ
先生は,例えば褒めるのではなく,心からビック
る子と7段とべる子でシンクロしてとんでみるな
リしてあげる。「よくやった」
「うまくできたね」で
ど,「誰かに見せる」という行為が入ってくると,
はなく,「すげーな,どうやったの?」
。褒めるの
それは優劣ではなくなってきます。さらには,例
は上からですが,ビックリは対等です。
えば3人1組になって,大きなボールを投げてい
実際にそう声をかけている先生もいますが,そ
るふりをしてみます。すると,その中で車椅子の
れは,まさに役割を「演じて」いるということで
子どもがいても,エアーのボールであれば,その
す。その瞬間には,偽りではなく本当に驚いてい
子がいたらどう投げるかを自ずと考えます。長な
るのです。そのときに,「見る―見られる」の関
わとびでも,なわとびなしでやってみる。そうす
係が,子どもと先生の間にも立ち現われてきます。
ると,なわとびができない子どもでも,とんでい
誰かに見られるということは,子どもにとって非
るふりをしてみんなに合わせるということが,小
常に大事なことです。(談)
先生を演じる,子どもを演じる ● 5
3年生・マット運動
できそうな技にだれもが楽しくチャレンジ!
―感覚づくり運動や練習のしかたを大切にして―
東京都調布市立第三小学校指導教諭
はじめに
小島 大樹
ますし,
「できたらかっこいいけど,正直私には無理」
初めてマット運動の学習を行う3年生をイメー
と思わせてしまうようだと,諦めの気持ちが出て
ジしてください。
「側方倒立回転とはこういった技
きてしまいます。そこで,「練習すれば,できる
だよ」
と紹介されて何人がチャレンジすると思いま
ようになるかも」と思わせるような技の選択,授
すか?
業展開が重要なのではないかと考えています。
私の学級で単元前に行った調査では,30
人中,たったの6人だけでした。見ただけでは,
今回3年生のマット運動の単元では,どの児童
どのようにすればいいのかわからないでしょうか
にも「できるかも!」
「やってみよう!」と思え
ら,これだけ少ないのは当然の結果といえます。
るよう,「前転」
「後転」
「側方倒立回転」を主に
単元後にも同様の調査を行ったところ,全児童
して扱いました。「側方倒立回転」は,中学年の
が側方倒立回転にチャレンジしていました。また,
例示では発展技の位置づけですが,園児や低学年
技能の向上度合いについて検定を行ったところ,
の子どもたちを見ると,クルクルと回っている様
単元前と単元後では,有意な差を確認することが
子を見ることがあります。児童にとっては,魅力
できました。つまり,学級全体として技能が向上
的な技でもあり,技能的にも中学年で取り扱うこ
した,ということがいえます。この結果は,側方
とが有効だと考えて,課題技として設定しました。
倒立回転だけではなく,前転,後転についても有
意な差を確認できたため,今回行った学習は児童
の技能向上にとても有効だったということができ
ます。
特別な場の設定をしたわけではないですし,教
え込みをしたわけでもありません。しかし,児童
は運動にのめり込み,技能は向上していきました。
その学習の様子について報告していきます。
※今回の授業は文部科学省の「学校体育活動にお
■授業の実際
(1)
毎時間の学習過程
毎時間の流れを「やってみる」⇒「広げる」⇒
「もう一度やってみる」としました。
・「やってみる」……技のポイントを知り,平場
でどの程度できるかを試す。
・「広げる」……課題とその解決方法を知り,自
分に合った場で繰り返し練習する。
ける指導の在り方調査研究 器械運動領域(小学
・「もう一度やってみる」……練習してきたこと
校)
」
の検証授業として,
東京学芸大学水島宏一
を活かして,平場で上達ぐあいを確かめる。
先生のご指導をいただきながら実施しました。
(2)
毎時間の学習課題
■技の選定
「器械運動における楽しさとは,何だと思いま
すか?」と聞かれたら,どう答えますか?
「できない技ができるようになること」
。
こういっ
た答えがとても多いのではないでしょうか。私は
毎時間の学習課題を以下のように設定しました。
・1時間目…学習の進め方を知ろう!
・2時間目…前転にチャレンジ!
・3時間目…後転にチャレンジ!
・4時間目…側方倒立回転にチャレンジ!
「できるようになること」を大事にしながらも,
・5時間目…今までに学習した技を高めよう!
「できそうでできない技にチャレンジすること」
・6時間目…今までに学習した技を高めたり,技
が楽しさであるととらえています。
「簡単にできる技」だと,児童は飽きてしまい
6
を組み合わせたりして,発表会をし
よう!
(3)
場の設定
図1を基本の形として,その時間に主に取り組
にしてしまうと,準備や片づけに時間がかかり,
む技を考慮して,図2,図3のように変更できる
十分な運動時間を確保できなくなる恐れがありま
ようにしました。このときに重視したのが,
「特
す。また,この「実践報告」をお読みいただいた
別な場を用意しないこと」です。マット運動の技
より多くの先生方にご賛同いただき,より多くの
をできるようにするためのさまざまな場が多くの
児童に技ができるようになる喜びを味わわせたい
資料で紹介されています。しかし,そういった場
と考え,簡単に場を変更できるものにしました。
[図1]
「やってみる」の場
平
場
平
場
平
場
平
場
平
場
平
場
▲体育館に6つのマットゾーンを設け,すべて
平らな場。
「もう一度やってみる」
の場も同じ。
[図2]
「広げる」の場−1
平
場
平
場
坂
道
坂
道
坂
道
坂
道
・写真左…坂道マットを使ったり,踏みきり板を
マットの下に入れたりして坂道をつくります。
・写真右…苦手な児童が感覚をつかめるよう,教師は
坂道マットで補助をします。補助も感覚づくりを助
ける重要な役割です。
▲ここでの例は,前転と後転の練習の場。
いろいろな坂道の場を4つとした。
[図3]
「広げる」の場−2
平
場
ビニールテープ
平
場
とび箱
▲側方倒立回転の練習の場。ビニールテープを
貼った場と,とび箱を置いた場が各2。
・写真左…とび箱の1段目を置いた場では,川とびや
腕立て横とび越しを行います。
・写真右…ビニールテープに沿って,足→手→手→足
の順で着いていきます。
実践報告!/3年生・マット運動 ● 7
(4)
1時間の流れ―3/6時間目「後転にチャレンジ」を例に
〇学習課題の提示…後転にチャレンジしよう!
〇準備運動・感覚づくり運動
[図4]マットの周りを移動する方向
1
アキレス腱を伸ばす
1
4
四股(股関節を開く)
2
その場で手首足首を回す
1
5
伸脚
3
屈伸・ひざ回し
1
6
長座・開脚で前屈
4
歩きながら手首回し
1
7
長座でひざを伸ばして上下
5
歩きながら肩回し
1
8
V字バランス
6
軽く走る
1
9
首の柔軟
7
スキップ
2
0
背支持倒立
8
サイドステップ
2
1
ゆりかご
9
歩く
2
2
カエルの足打ち
1
0
クマ歩き
2
3
ゆりかご→カエルの足打ち
1
1
キリン歩き
2
4
壁で足の振り上げ
1
2
歩く
2
5
壁のぼり倒立
1
3
屈伸・ひざ回し
2
6
腹ばいでゆりかご
マット
▲感覚づくりの運動では,矢印の方向に
歩いたり走ったりしながら行います。
*1∼1
8までは,図4のように,グループごとにマットの周りを歩いた
り走ったりしながら,もしくはその場で行います。
*1
9∼2
6はマットの上で行います。ただし,2
2と2
3は前転・後転の学習
時に,2
4∼2
6は側方倒立回転の学習時に行います。
〇「やってみる」…技のポイントを確認後,平場で1人2回,後転にチャレンジします。
うまく回れない
正座の姿勢に
なぁ……。
なってるよ。
〇「広げる」…つまずきごとの練習方法を確認後,自分に合った場で練習に取り組みます。
手をグーに
してみよう。
〇「もう一度やってみる」…平場でもう一度チャレンジ。その様子をiPadで撮影し,振り返りをします。
8
■児童の変容
るには,「テープを貼ったマット」や「とび箱を
!前転
使っての川とびや腕立て横とび越し」での練習が
前転の課題は「前に転がって起き上がることが
有効です。写真5の児童は,単元後には写真6の
できるかどうか」です。単元前(写真1)には,
ようにマットに対して正面を向いた姿勢から始め
遠くに手を着くことができない児童が,単元後
ることができるようになりました。
(写真2)には遠くに手を着き,足でマットをけ
また,単元前の技能調査ではクラスの5分の4
ることができるようになっています。ポイントを
の児童が側方倒立回転にチャレンジしていなかっ
提示したことや感覚づくりで行った「ゆりかご⇒
たことを考えると,感覚づくりの運動で「腹ばい
カエルの足打ち」が有効だったと考えられます。
でのゆりかご」
「壁のぼり倒立」などで力の入れ
方などを養ったことが有効だったと考えられます。
"
[写真1]
[写真2]
!
"後転
後転の課題は「後ろに転がって起き上がること
ができるかどうか」です。単元前(写真3)には,
▲
[写真5]
▲
[写真6]
おわりに
頭越しができない児童が,単元後(写真4)には
今回は,技能面の向上のみについて報告しまし
まっすぐ頭越しすることができるようになってい
た。運動有能感に関する調査や診断・総括的授業
ます。上達した理由として,次の3点が有効だっ
評価,形成的授業評価等についても行いましたが,
たと考えられます。
どの評価も概ね良好な評価を得ることができまし
・1点目…後転は,必ず背支持倒立の状態を経過
た。つまり,今回の授業は技能向上だけでなく,
する。そのことからも感覚づくりで背支持倒立
どの児童も楽しく学ぶことができる授業であった
を繰り返し行ったことは有効だった。
ととらえることができます。
・2点目…練習の場での坂道マットは自然と回転
また,「指導と評価の一体化」という言葉があ
できるため,感覚を身につけやすくなった。
りますが,まさに指導する技についての情報を学
・3点目…うまく起き上がれない児童には,足を
習者に的確に与えることの大切さがわかった授業
開いて起き上がってもよいことを言葉がけした。
でした。
小学校卒業までに「前転や後転,側方倒立回転
ぐらいはできるようにさせたい」と考える先生は
多いと思います。しかし,教え込んでできるよう
"
[写真3]
[写真4]
!
にさせても,児童を「運動嫌い」にさせてしまう
ことになりかねません。
つたない実践ですが,
「楽しく学ぶなかでも技
能が向上する授業」を目指す多くの先生方のヒン
トになればとてもうれしく思います。
(こじま・だいき)
#側方倒立回転
側方倒立回転の課題は「倒立姿勢を経過しなが
ら側方へ回転して起き上がること」です。うまく
できない児童の多くが写真5のように横向きの姿
勢から始めようとしてしまいます。これを解決す
〔参考文献〕
・『器械運動(領域)における指導の課題
−児童生徒の学習意欲及び学習環境の実態調査−』高村文武
http://www.ypec.ed.jp/syoukai/taiiku/1
0taikenkiyo.pdf
・『水島宏一の器械運動アプリ』光文書院
・教師用指導資料『小学校中学年体育(運動領域)
デジタル教材
マット運動』文部科学省
実践報告!/3年生・マット運動 ● 9
3年生・リズムダンス
日常的にダンスに取り組み,
心も体も解放して踊る楽しさを求めて
東京都葛飾区立水元小学校教諭
はじめに
本校は,平成2
3年度より「自分に自信をもてる
夏坂 和史/田中 志保
「運動会の表現はやったことがあるけれど……」
「私は踊れないから無理」
「表現の教え方がわから
子を育てる」という研究主題のもと,児童の自己
ない」と,手探りの状態であった。そこで,全校,
肯定感を育むことを目指して研究・実践を重ねて
全教員でいくつかのことに共通して取り組み,成
きた。そして,平成2
5年度より葛飾区教育委員会
果と課題を蓄積し,悩みを解消しながら授業研究
教育研究指定校,同2
6年度には葛飾区体力向上推
に取り組んできた。
進校に指定され,
「表現リズム遊び・表現運動を
1)指導計画の工夫
通して」という副主題をつけ,体育科・表現運動
系の領域に絞って授業研究に取り組んできた。
児童が無理なく楽しく表現運動の特性に触れて
いけるよう,発達段階に応じた年間指導計画を立
て,その題材を吟味した。題材を選ぶ際には,表
1.なぜ,表現運動なのか
現では,多様な動きをイメージしやすく,児童が
本校の児童には,
「どうせできないから」
「間違っ
興味・関心をもって取り組むことができるテーマ
ていたら恥ずかしい」と,最初から失敗や恥ずか
であること,リズムダンスでは,発達段階に応じ
しさを避けて進んで課題に取り組めなかったり,
て心地よく踊ることができるリズムの特徴や速さ
自分の考えや感じたことを言葉や行動で表現する
で選曲することを心がけた。(具体例は後述)
ことが苦手だったりする実態があった。
表現運動は,自由に表現するなかで他者と交流
し合う喜びや楽しさを味わうことができ,また,
2)学習過程の工夫
児童が不安や恥ずかしさを感じることなく,楽
他の運動に比べて,技能的な「できる・できない」
しく表現運動に取り組み,その特性に十分に触れ
の差が見えにくい運動である。そこで,心と体を
ることができるよう,学習の進め方を以下のよう
解放して思い切り踊る活動を楽しみながら,様々
な流れで設定した。
なかかわり合いのなかで友達や教師から認められ
たり,共感し合ったりすることで,児童は自信を
もって物事に取り組むことができるようになるの
!【のりのりタイム】
1単位時間のはじめに,軽快なリズムの曲で,
ではないかと考えた。さらに,友達と共感的に交
友達と楽しくリズムにのって踊り,心と体をほ
流する活動を通して,言語表現も豊かになるので
ぐす時間である。そのあとの主運動(リズムダ
はないかと考えた。
ンス,表現)につながり,メリハリのある「よ
また,平成2
0年の学習指導要領改訂により,中
い動き」の習得にもなるよう,内容を意識して
学校1∼2学年で「ダンス」領域が必修となり,
取り組んだ。
社会的にもダンス指導への関心が高まっている。
"【やってみる】
(習得)
そこで,小学校でも表現運動を積極的に取り上げ,
児童にその楽しさを十分に体験させ,中学校の学
習へつないでいくことが重要であると考えた。
児童が新しいイメージやリズム,またそれに
応じた動きに自信をもって取り組めるよう,
「これだけは!」という動きを教師リードで体
験・習得する時間である。ただし,教え込みで
2.授業づくりの工夫
研究を始めた当初,表現運動と聞いて私たちも
10
はなく,教師と一緒にやってみて,それをヒン
トに自分たちで即興的に踊れるように留意した。
写真1:表現運動の授業から
写真2:リズムダンスの授業から
写真3:校庭で全校ダンス集会
[表1]各学年で取り扱った単元例(題材・テーマ)
学年
はじめの段階(前半)
やや進んだ段階(後半)
1年生
【表現リズム遊び】動物ランドで変身!
【表現リズム遊び】忍者に変身!
3年生
【リズムダンス】ロックやサンバのリズムにのって
【リズムダンス】いろいろなリズムにのって
4年生
【表現】みんなの変身ストーリー
【表現】ジャングル探検に行こう!
低
【表現リズム遊び】恐竜の国へ
学 2年生 【表現リズム遊び】変身ランドにようこそ!
年
★身近な動きのつかみやすい題材で,変身対象になりきって楽しむ。
中
学
年
★3年生はリズムダンスに重点をおいた。いろいろなリズムにのって,多様な動きや友達とのかかわりを楽しむ。
★4年生は表現に重点をおいた。身近で具体的な題材から始め,空想の世界の題材も扱い,ひと流れの動きを工夫
する。
5年生
【表現】対決!―激しい攻防,追いつ追われつ
【表現】対決!―いろいろな戦い(音楽を手がかりに)
高 6年生 【表現】大変だ!〇〇―群れが生きる題材
【表現】スポーツの決定的瞬間!
学
年 ★好みや関心が多様化してくるので,個の違いを認め合いながらグループのよさを活かせる題材で,群れの動きの
構成を工夫する。
特別
支援学級
【表現リズム遊び】体つくりのリズム/アイヌのリズム
★週に1時間「リズム」の時間をとり,通年で取り組んだ。ピアノや歌に合わせて動物になりきったり,
空想の世界に浸ったりして楽しむ。
#【ひろげる】
(活用)
「やってみる」で習得した動きや表現をヒン
トにして,
友達と交流を重ねながら好きなイメー
3.具体的な取り組み(写真1∼3参照)
1)研究授業
全学年,および特別支援学級による計7回の研
ジで再構築して踊ってみる時間である。
究授業を行った。また,事前授業等を含めて,す
$【ふかめる】
(探究)
べてのクラスで表現運動の授業に取り組んだ。
これまでの学習経験を生かして,グループで
各学年で取り扱った題材やテーマ(単元例)は,
「簡単な作品づくり」に取り組む時間である。
表1のとおりである。
3)指導法の工夫
2)ダンス集会
!教師は具体的な声かけを心がけた。「大きく動
年間を通して表現運動に親しみ,みんなで踊る
こう」
「大げさに表現しよう」と言っても,児
ことへの恥ずかしさや抵抗感を取り除き,その楽
童はそれがどんな動きなのかわからない。そこ
しさを実感できるように,日常的にダンスに取り
で,「後ろが見えるぐらい体をひねろう」
「いち
組んできた。具体的には,学級活動でのクラスダ
ばん遠くまで腕を伸ばそう」と,具体的な動き
ンス,学年ダンス集会,ダンスの異学年交流集会,
を示すようにした。
全校ダンス集会を計画的に実施してきた。
"オノマトペを積極的に活用した。オノマトペは
擬音語,擬態語のことで,音や様子,感情など
3)実技研修会等
を簡潔に表し,情景をより直観的に表現させる
すべての教師にとって,表現運動の指導につい
ことができる手段として適している。(例:雨
てはわからないことが多く,多くの疑問や戸惑い
が「ザーザー」
「ポツポツ」
「シトシト」など)
をもってスタートした。そこで,講師(村田芳子
実践報告!/3年生・リズムダンス ● 11
[表2]単元指導計画:3年生・リズムダンス「もっとロックやサンバのリズムにのって!」
時数
1
2
段階
3
ロックやサンバのリズムの特徴をとらえて踊る
テーマ
ロック
ビートの強いロック
サンバ
【のりのりタイム】…既習の曲で踊り,心と体をほぐす。
■学習課題を確認する。
・「〇〇のリズムにのって友達とかかわり合いながら,即興で楽しく踊ろう」
【やってみる】
●リズムの特徴をとらえて,みんなで即興的に踊る。
・数曲用意し,リズムの特徴をとらえながら踊る。
0
∼
4
5
分
●「ウンタ ウンタ」の後打ちのリズムで
・おへそを中心に全身ではずむ。
・左右にとんだりスキップで回ったりする。
・ねじる,回る,すばやく,ストップなど変化
をつける。
●「ウンタッタ」の変化があるリズムで
・おへそを前後にスイング
・手をウエーブや太陽のようにギラギラと
・スキップ,ツーステップ,サンバステップで
手をつなぐ,列になって移動する。
【ひろげる】
●リズムの特徴をとらえて,2∼4人組で即興的に踊る。
・2∼4人組の友達とリーダーを交代して,全身ではずんで,みんなとかかわり合って踊る。
■学習のまとめをする。
・筑波大学大学院教授)を招いて表現運動の多様
ロックでは「おへそではずもう」
「おへそをひね
な動きやよい動きを,実際に体を動かしながら体
ろう」
,サンバでは「おへそをスイングさせよう」
験し習得する研修会を数回行った。また,授業の
など,リードする教師もおへそを意識できるよう
題材決定に際して,どんな動きがあるか,どんな
な声かけをした。はじめは恥ずかしさも少し見ら
声かけができるかなど,全学年の教師が一堂に集
れたが,曲が流れると児童はリズムにのって止ま
まり,教師役・児童役を演じながら検討した。
ることなく踊り続けた。
4.3年生のリズムダンスの授業実践(表2・3)
ここでは,友達とかかわり合って踊る楽しさを味
具体的な例として,ここでは,3年生のリズム
わわせるようにした。リズムダンスをはじめた当
ダンスの授業実践をピックアップしてご紹介する。
初は,2人組をつくることにも時間がかかってい
表2は,6時間を配当した「単元指導計画例」,
たが,踊る回数を重ねていくごとに,男女関係な
表3は,授業を進めるにあたって「どんな題材を,
く誰とでも踊れるようになった。1人で即興的に
どんな動きで」行うか,教師用のメモである。
踊るときとは違う楽しさや,今まで気づかなかっ
2曲目からは,2人組での動きを取り上げた。
た友達のよさを発見できるようになった。
5.授業の様子(3年生・リズムダンス)
1)
「やってみる」の段階
2)
「ひろげる」の段階
はじめの3時間の「やってみる」では,教師が
「ひろげる」では,
「やってみる」で経験した動き
リードし即興的に踊らせた。見てすぐまねできる
に変化を加え,3∼4人組で友達とかかわり合っ
動きを取り上げ,おへそを中心にリズムにのるこ
て即興的に踊らせた。リーダーを交代しながら,
とを十分に体験させ,ロックのリズム「ウンタ
それまでに経験してきた動きを自由に組み合わせ
ウンタ」
,サンバのリズム「ウンタッタ」のリズ
ながら1曲踊り続けた。はじめのうちは,
リーダー
ムの特徴をとらえて,即興的に踊る楽しさを味わ
の交代の合図も教師がしていたが,慣れてくると
わせるようにした。おへそを意識してできるよう
自分たちでリーダーの交代もできるようになった。
12
[表3]どんな題材を,どんな動きで(メモ)
4
5
ロックやサンバから好きな
リズム(曲)を選んで踊る
■学習課題を確認する。
・
「リズム(曲)を選んで,数人組で1
曲通して踊ろう」
【やってみる】
●リズム(曲)を選んで,固定した4∼6
人組で即興的に踊る。
・全体で4曲選んだうちの1曲を踊る。
・気に入った動きや新しい動きを見つ
け,即興でいろいろな動きを試す。
・おもしろい動きを繰り返したり,つ
なぎ合わせたりして,続けて踊る。
6
ダンス交流会
■学習課題を確認する。
・人気のあった曲をメド
レーにして,リズムダ
ンス交流会をする。
●これまでの学習で見つ
けたお気に入りの動き
や変化のつけ方を組み
合わせて,1グループ
3
0秒程度の即興的な踊
りにまとめる。
●4曲をメドレーにして
流し,かかっている曲
【ひろげる】
を選んだグループから
●他のグループと交流し,お気に入りの動き
踊りだして,みんなで
を交換し合ったり教え合ったりして踊る。
ダンス交流会をする。
■単元のまとめをする。
踊るなかで,自分たちで新たな動きを生みだし,
楽しそうに踊る姿も見られた。
4,
5時間目では,これまで学習してきたとき
よりも人数を増やし,固定した4∼6人組で即興
●ロックのリズムの特徴……「ウンタ ウンタ」
の後打ち(アフタービート)のリズムが特徴。
●ロックのリズムと動きの例
・おへそを中心に全身ではずむ。
・すばやく回る,急に止まるなど,動きにアク
セントや変化をつける。
・サイドステップをする。
・2人で手をつないでスキップ,回る。
・2人で離れたり,近づいたりする。
●サンバのリズムの特徴……「ウンタッタ」の
2拍のリズムの中に変化(シンコペーション)
があるのが特徴。
●サンバのリズムと動きの例
・おへそを前後にスイング。
・ピボットターン。
・ボックスステップ。
・2人でサンバステップ。
・腕を波のように左右に揺らす。
・手のひらを太陽のようにギラギラ。
●「やってみる」……
・選んだリズム(曲)で1曲通して踊る。
・選んだリズムで1曲通して即興的に踊る。
●「ひろげる」……
・気に入った動きをつないだり,繰り返したり
する。
・体の向きを変えたり移動したりする。
「いろいろな人と一緒に踊ることができて楽しか
った」
「おへそをスイングして踊れていた」など,
友達のよさに気づいたり,リズムの特徴をとらえ
たりすることができるようになった。
的にダンスを行った。それまでの積み重ねがある
ため,人数が増えてもこれまでと変わらず自由に
まとめ
踊る児童の姿が見られた。また,グループどうし
今回の表現運動への取り組みは,教師にとって
で交流することで動きに幅が出てきて,同じ曲で
も児童にとっても初めての経験であり,戸惑うこ
踊っていても,これまでの動きを組み合わせたりし
とが多かった。しかし,研究や実践を重ねるごと
て,まったく違うダンスになっていたりしていた。
に,教師・児童ともに変容が見られた。
学校全体で表現運動に取り組んできたこの2年
3)学習を振り返って
間で,まず教師が表現運動に興味をもち,自らの
リズムダンスの指導は初めての経験であったた
体育や学級経営の中に積極的に表現運動を取り入
め,児童がどのような反応をするのか予想するこ
れるようになった。わからないながらもやってみ
ともできず,手探りの状態でのスタートだった。
て,それをみんなで検討し合うことができるよう
実際に授業をしてみると,はじめは踊ることに抵
になったことは,まずひとつ大きな成果である。
抗があった児童も数名いたが,音楽が流れるとほ
心も体も解放し,それぞれが思い思いに生き生
とんどの児童が照れながらも楽しそうに体を動か
きと踊ることができるようになると,表現運動の
す姿が見られた。学習を進めていくなかで,互い
中でも,いろいろな題材でいろいろな動きをする
のよさに気づき,認め合うことを繰り返すことで,
ことができるようになると考える。そのため,今
自信をもって踊ることができるようになった児童
後も実践を通して,心も体も解放して踊るために
が多くいる。毎時間の振り返りでは,
「○○さんの
どのような指導をしたらよいか研究していきたい。
こんなところが上手だった。私も見習いたい」
(なつざか・かずふみ/たなか・しほ)
実践報告!/3年生・リズムダンス ● 13
3
6年生・ボール運動(ベースボール型ゲーム)
ティーボールでクラス全体の
チーム力アップを目指す!
福島県郡山市立薫小学校教諭
はじめに
本校では,「
『生きる力』を育てる授業づくり」
横田 紀子
2.実践の重点
本単元では,子どもたちの実態や学習に対する
を研究テーマに掲げ,「学習力」と「人間関係力」
願いを考慮したうえで,運動に対して苦手意識を
の育成に焦点をあてた研究を進めている。一昨年
もっている子どもを中心に,ベースボール型に対
度は,「学習力」と「人間関係力」を相互に補完
するおもしろさや,共に学び高め合うよさをさら
する力として,!かかわり合いながら課題を見い
に味わわせていきたいと考えた。そのために,下
だす力,"思いを重ねながら追究する力,#つな
記のような手立てを講じながら,実践を積み重ね
げながらまとめ活用する力と定義し,これらの力
ていくことにした。
を育むための効果的な指導方法について研究を重
ねてきた。本実践は,その中の体育科の授業と学
級力向上を結び付けた取り組みである。
(1)
「かかわり合いながら課題を見いだす力」を
育むために
!提示資料や技能ポイントカードの工夫
自分やチームの課題に気づきやすくするために,
1.これまでの子どもたちの学びの姿について
「チーム力アップの3要素」
や,
「技能ポイントカー
本学級(男子1
6名,女子1
6名)
には,体育の学習
ド」
(パワーアップカード)を参考にさせる。ま
が好きな子どもが多い(9
4%)
。ボールゲームで
た,主体的に運動にかかわっていこうとする意識
は,勝ちにこだわって感情的になってしまう子ど
を高めるために,技能ポイントカードに,できた
もの姿もまれに見られるが,全体的に男女分け隔
かどうかをチェックする欄を設ける。
てなく,教え励まし合いながら運動に取り組む態
"チーム編成の工夫
度が育ってきている。昨年度のベースボール型の
どの活動場面でも,子どもどうしの学び合いを
学習は,ゲームに必要な個人技能(打つ,捕る,
大切にしていく。そのために,自他の課題を見つ
投げる,走る)や,「フィルダーベースボール」
けやすくし,追究に向けた教え励まし合いが有効
(走者よりも先回りし,塁に2人が集まるとアウ
にはたらくよう,技能面,態度面,思考・判断面,
トになる形式のミニゲーム)で,進塁を防ぐため
表現力などを考慮したバランスチームを編成する。
の動きを高める学習に取り組んできた。学習前に
#ルールの工夫
は,バットやボールが思うように操作できないな
ゲームのルールは,どの子も主体的に運動にか
どの理由から苦手意識をもつ子どもが多くいたが,
かわり,ねらいが達成できるよう,オフィシャル
学習後のアンケートではベースボール型の学習が
ルールにとらわれることなく,安全面に配慮した
好きになったと答えた子どもが増えた(97%)
。
ものと,ねらいを達成するために最低限必要なも
その理由として,バットでボールを遠くへ打って
のをはじめにいくつか提示し,学びの実態に応じ
得点へつなげたり,チームの仲間と協力して作戦
て,子どもたちと加除修正していくことにした。
を立てたりする楽しさや,技能ポイントがわかっ
(2)
「思いを重ねながら追究する力」
を育むために
た喜び,学び合いによる仲間意識や技能向上に対
!ドリルゲームやタスクゲームの工夫
する喜びをあげている。しかし,技能面や思考・
メインゲームを存分に楽しめるようにするため
判断面においては,運動能力や経験による個人差
には,子どもたちのゲームパフォーマンスを高め
が大きい。また,攻撃と守備では,守備側の動き
る必要があると考えた。
そのために,
発達段階に応
に課題を感じている子どもが多いことがわかった。
じた学習課題や技術的・戦術的課題が簡易化・焦
14
点化されたドリルゲームやタスクゲームを設定す
る。ドリルゲームでは,打つ,捕る,投げる,走
るなどのベースボール型に必要な基本技術をゲー
3.授業の実際
(1)
「かかわり合いながら課題を見いだす力」を
育むために
ム感覚で高めていきたいと考えた。タスクゲーム
毎時のはじめは,板書や掲示資料をもとに,態
では,ドリルゲームでの学びを活用し,課題と感
度面,技能面,思考・判断など3つの観点に分け
じている守備側の動きに重点を置き,「アウトに
て,前時のよりよい学びの姿を再度全体で共有す
できる塁」や「アウトをとるための役割行動」に
ることで,本時の学習に対するかかわりを深めた。
関する判断力を育みながら,チームとしての守備
を高め,メインゲームで活用できるようにした。
"作戦タイムの設定や作戦ボードの活用
メインゲーム1と2の間には,ゲーム1での状
況判断が適切であったかどうかをチームごとに
フィードバックする場を設定する。
また,
作戦タイ
ムでは,マグネットの作戦ボードを活用させなが
Aさんは仲間の動きをよく見て的
確なアドバイスをしていたね(態
度面)
。Bさんはボールを正面で
捕る基本を守り,フライボールの
落下地点を予測して動いていたね
(技能面)。Cチームは各塁のアウ
トゾーン近くに守りを配置する作
戦を発見したね(思考・判断)。
ら動きを再現させることで,仲間の思いや考えに
寄り添いやすくするとともに,視覚を通しての理
解が図れるようにした。そこでは,教師と子ども,
子どもどうしの言葉のやりとりの中で課題に気づ
(2)
「思いを重ねながら追究する力」
を育むために
掲示された「学習の進め方」と「メインゲーム
の行い方とルール」を確認し,ゲームを楽しむ。
かせ,チーム全員の協力で解決していくといった
過程を大切に扱っていく。その次のゲーム2では,
戦術的な気づきが技能に結び付いた場面を見取り,
共感的な態度と,具体的に称賛することで,個や
チームの肯定力を高めながら,よりよい守備の動
きを全体に広めていく。仲間とともに修正した作
戦が成功した場合は,運動に対する達成感や満足
感などがさらに増すと考える。
(3)
「つなげながらまとめ活用する力」を育むた
めに
!個人,チーム学習カードの工夫
▲学習の進め方
▲メインゲームの行い方とルール
「めあて」に対しての振り返りをさせることで,
自己やチームの伸び,今後の課題をつかませる。
!ドリルゲームとタスクゲーム……メインゲーム
教師は,子どもたちの自己評価や相互評価に対し
の前に,ゲームを想定したドリルゲーム(サーク
ての称賛や,新たな課題解決に向けた見通しがも
ルローテーションキャッチボール)やタスクゲー
てる言葉かけを積極的に行う。
ム(メジャーリーグゲーム:走塁なし)を行い,
"学び合いの成果を共有する場の設定
教師もコート内に入って助言をしたり,技能面や
学び合いによって得たものを全体で共有する活
動を充実させていくことで,個やチームの「わか
マナーなどの態度面のよい子を積極的に称賛した
りして,全体に広げた。
る」
「できる」を全体へ広げ,共に学び高め合う
よさの価値づけを図るとともに,次時への活用の
意欲を高めていきたいと考えた。そのために,早
くアウトにするためのよりよい守備の動き方を中
心に,作戦ボードを活用して発表する機会を設定
する。そこでは,めあてに対しての個やチームの
「わかった」
「できた」と,よりよい学び合いのし
かたとを全体で共有しながら,互いの考えのよさ
を認め合い,活用の意欲を高めるようにする。
▲キャッチボールは常にコミュ
ニケーション
(ドリルゲーム)
▲捕球した後のすばやい動きも
大切(タスクゲーム)
実践報告!/6年生・ボール運動
(ベースボール型ゲーム) ● 15
"メインゲーム−1……ティーボールをもとにし
た「走塁あり」
の簡易化したゲームを行った。守備
位置の工夫や技能の高まりもみられ,タスクゲー
ムでの学びを活用することができていた。
(3)
「つなげながらまとめ活用する力」を育むた
めに
チームカードにそれぞれ記入したあとに発表し
合って,学び合いの成果を共有。他のチームのよ
▲
いところなどは,次の時間に活用する。
よかったところや課題などを発表
各塁の近くに守備者をおく
作戦は,早くアウトにする
ために有効な作戦でした。
▲空いているスペースを
ねらって打つぞ!
打者のつま先をよく見てい
ると,打球方向が予測しや
すいことに気づきました。
▲強いゴロボールを体の
正面で捕球できた!
#作戦タイム……作戦ボードを活用して,前半の
ゲームでの状況判断が適切であったかを振り返っ
構えを低くして,ボールが
飛んだ瞬間に移動すると,
さらにアウトにできる可能
性が高まると思いました。
て後半の作戦を考える。作戦は,教師の発問と助
言によって,子どもたちの気づきを引き出し,子
どもたちの言葉や考えをつなげながら考えるよう
▲
にしていった。
チームカード
▲
教師「うまくいかなかったと
ころは? どう動けばよかっ
たのかな? ボールを持って
いるときと持っていないとき
とに分けて考えてみよう」
教師と子ども,子どもどうし
の双方向の言葉のやりとりの
なかで,課題を見つけ解決し
ていこうとする姿が見られた。
4.実践の成果と課題(☆成果:★課題)
(1)
「かかわり合いながら課題を見いだす力」を
育むことにかかわって
!提示資料や技能ポイントカードの工夫
☆「チーム力アップの3要素」の提示により,3
つの総合的な力(技能,態度,思考・判断)
がチー
ム力アップにつながることを意識づけることがで
きた。
$メインゲーム−2……メインゲームでは,みん
☆「技能ポイントカード」
(パワーアップカード)
なと励まし合ったりアドバイスをし合ったりする
の工夫により,ベースボール型に必要な基本技術
姿が見られた。仲間と立てた作戦が成功したとき
を,視覚を通して理解させることができた。また,
は,チームの仲間意識がさらに高まった。
ゲーム中に活用させたことで,自他の課題を見い
だし,互いの課題に寄り添った学び合いを成立さ
せることができた。
"チーム編成の工夫にかかわって
☆技能面,態度面,思考・判断面,表現力などを
考慮したバランスチームの編成により,どのチー
ムにおいても,個のよさを生かしながら,学び高
▲後半もみんなでがんばるぞ!
▲打者をよく見て送球!
め合う姿が見られた。どのチームにも平等に勝て
るチャンスを与えたことで,子どもたちの主体的
な学習意欲を最後まで持続させることができた。
また,ソフトボールの運動経験がある子どもを各
チームに配属したため,その子どもを中心とした
教え合いが有効にはたらき,個の思いや願いに寄
り添った学び合いを成立させることができた。
#ルールの工夫
▲2塁じゃなくて3塁に送球!
16
▲みんなで作戦成功の喜びを共有!
☆学びの実態に応じて,子どもたちと共にルール
をつくっていったことにより,運動が苦手な子ど
もでも,無理なく楽しく運動にかかわることがで
よい動きを実際にチームごとに練習できる場を確
保したりしていけるとよい。
(3)
「つなげながらまとめ活用する力」を育むこ
きた。
(2)
「思いを重ねながら追究する力」を育むこと
とにかかわって
!個人,チーム学習カードの工夫
にかかわって
!ドリルゲームやタスクゲームの工夫
☆個人カードでは,具体的なめあてを立てさせ,
☆主運動につながるヒントが含まれた準備運動や
それに対しての振り返りを記入させた。
また,
チー
記録達成型のドリルゲームを行わせたことにより,
ムカードでは,チームとしてのめあてだけでなく,
ベースボール型に必要な基本的な個人技能をどの
作戦タイムで話し合われた修正ポイントも記入さ
子どもにも習得させることができた。2年間にま
せ,
さらに,
それらに対する振り返りを文章やレー
たがった単元構成の工夫も効果的であった。
ダーチャートで表現させた。これらの手立てによ
☆タスクゲームでは,
「守備側の判断力や動きを高
り,次時の課題が明確になっただけでなく,活用
める」といった習得すべき課題が明確なゲームを
に対する意識を高めることができた。
行わせたことで,相手チームの打者の動きに応じ
"学び合いの成果を共有するための場の設定
た守備のしかたや,よりよい連携プレーのしかた
☆学びの成果を共有する場では,発表させて終わ
を理解させることができた。その後のメインゲー
る一方通行ではなく,教師のはたらきかけによっ
ムにおいても,タスクゲームの学びを活用する姿
て個の思いを引き出し,子どもたちの言葉を肯定
が多く見られた。
的な言葉でつなげながらまとめていった。これに
★どの子も,捕球後すぐに送球できるようになる
より,個の技能や態度,思考・判断に対する認識
とよい。そのためにも,捕る,投げる技能をさら
力を全員がわかる状態まで引き上げたり,互いの
に高めるとともに,状況に応じた動きができるよ
よさや共に学び高め合うよさを感得させたりする
う,思考・判断面の強化を図る指導やゲームの工
ことができた。
夫が必要である。
★話し合いの焦点を絞ると,めあてとまとめの整
"作戦タイムの設定や作戦ボードの活用
合性がさらに図れるので,技能や思考・判断力の
☆ゲーム→振り返り(作戦タイム)
→ゲームといっ
向上に結び付けることができる。
た学習の流れと,言語活動を結び付けたことによ
(4)その他
り,ゲームの質を高めることができた。作戦タイ
☆学習全体を通して,教えて学ばせることよりも,
ムでは,個やチームの課題解決に向けて,互いの
子どもたちの思考・判断,表現力を高めるため,
考えや思いを伝え合い,試行錯誤しながらも,主
気づきを促すことに重点をおいた言葉かけや発問
体的に考え知恵を出し合いながら,チームに応じ
を心がけた。これにより,主体的に考え,考えた
た作戦を考える姿がどのチームでも見られた。そ
ことをわかりやすく相手に伝える力が高まった。
の後のゲームでは,自分たちで修正した作戦をも
☆自分のチームだけでなく相手チームに対しても,
とにゲームに取り組んだり,仲間を応援したりす
肯定的な言葉かけが多く聞かれるなど,共に認め
る意欲的な学びの姿が見られた。また,自分たち
合いながら,学び高め合う姿が至るところで見ら
で修正した作戦が成功したときの充実感や達成感
れた。この姿は,体育科だけでなく,学校生活全
は大きく,運動に対する喜びや仲間との絆を強め
体でも多く見られるようになった。
ることにもつながった。
☆作戦ボードの活用により,サポートの動きを視
覚的にとらえさせることができた。可視化させた
おわりに
本実践を通して,体育科の授業を充実させるこ
ことで,互いの思いや考えに寄り添いやすくなり,
とが子どもたちの心と体を育て,学級力向上にも
学習に対する主体性をさらに高めることができた。
つながることを実証することができた。今後も,
さらに,効果的な作戦は,板書の一部として活用
子どもたち1人ひとりの思いや願いをしっかりと
したことで,よりよい学びを全体に広げ,活用へ
とらえたうえで,教師と子ども,そして子どもた
の意欲を高めることができた。
ちどうしの心の結び付きを強めながら,体力や運
★今後は,自分たちのチームの課題に応じた練習
動技能を確実に高めるための授業改善に力を注い
を考えさせたり,話し合いによってイメージした
でいきたい。
(よこた・のりこ)
実践報告!/6年生・ボール運動
(ベースボール型ゲーム) ● 17
連載!
外野席から
あり余る才能の幸不幸
田崎健太
『球童 伊良部秀輝伝』
を読んで
ジャーナリスト
岡崎 満義
第2
5回(2
0
1
4年度)
,
ミズノスポーツライター賞
ら,大成しないまま4
2歳という若さで自ら死を選
の受賞作品が決まった。最優秀賞は森田創『洲崎
んだ投手のことが,ずっと気になっていたからだ。
球場のポール際 プロ野球の「聖地」
に輝いた一瞬
伊良部投手はしばしば球団関係者や取材に来る新
の光』
(講談社)
,優秀賞に田崎健太『球童 伊良部
聞記者たちと衝突し,札付きのトラブルメーカー
秀輝伝』
(講談社)
,新聞連載企画物の中から毎日
だった。すったもんだのあげく,やっとロッテか
新聞・滝口隆司『五輪の哲人 大島鎌吉物語』の3
らヤンキース入りした年,記者に向かって「おま
作品である。
えたちはイナゴだ!」とののしったとニュースに
私は第1
0回から選考委員長として,この選考会
なり,私はいっそう伊良部という人間に興味を抱
に出席しているが,毎年,期待にたがわぬ力作に
いた。そのとき伊良部投手が記者団に投げつけた
出会えて本当にうれしい。今,出版界の景気はよ
言葉を,田崎健太さんの本の中から拾うと,
お
い
くない。1
9
9
6年をピークに売り上げは右肩下がり
「あんたらはイナゴと同じや。美味しい田んぼ
の下降線を描いており,どこで底を打つのかまっ
を見つけては集団で群がり,すぐにいなくなる
たく先が見えない。それなのに,と言うべきか,そ
イナゴや」
,「俺はストライキを続けて,野球を
れだから,
と言った方がいいか,
1年間の出版発行
失うかもしれない状況の中で,ずっと戦ってき
点数は年々増えて8万点をゆうに超している。つ
たんだ。そんな状況に追い込んだのは,あんた
まり,売れ行きが悪いから次から次へと出版しつ
らマスコミだ」
,「とにかく事実だけ伝えろ。主
づける自転車操業が続いているのだ。こんな状況
観を入れるな。
但し,
あんたらに事実を見極める
の中で最もシワ寄せをくうのがノンフィクション,
感性があるのか。俺のことを理解してくれれば
特にスポーツノンフィクションである。
ノンフィ ク
いいんだ」
,「俺にペンがあれば原稿は書けるが,
ションの作者は現場に赴き,たくさんの人と会っ
あんたらはボールを投げられるのか。あんたら
て取材する。いわゆる“アゴアシ”にお金がかか
にミケランジェロや作家の心境が分かるか」
る。売り上げの落ちている出版界は十分な取材費
日頃,
マスコミにあることないこと書かれ,
多く
が出せない。原稿が雑誌に載り,のちに単行本に
の人から誤解を受けていると思い込んでいる伊良
なり,さらに何年かして文庫本になるというサイ
部投手のホンネがよくあらわれている言葉である。
クルができてはじめて,ライターの生活はある程
「マスコミ,ブン屋はイナゴだ」と伊良部投手が
度安定する。今はそういうよきサイクルが成り立
言ったというニュースを知って,すぐに思い出し
ちにくくなっている。フリーのノンフィクション
たのは思想家・林達夫さんの言葉だ。
ライターにとっては誠に厳しい時代である。それ
「追っ払われる蝿,追われても又してもたかっ
でも毎年優れたスポーツノンフィクションが出て
てゆく蝿――それが編集者なのだ」
,「思えば文
くる。うれしくてありがたいことだ。
筆家と編集者との「協力」とは奇妙なものであ
今回の優秀3作品はそれぞれ個性的で読み応え
る。無理往生させるつらさと無理往生させられ
のあるものだったが,私は田崎健太さんの『球童』
る不愉快さ――現代ジャーナリズムは大半こう
に最も興味があった。タイトルを『悪童』ではな
した秘められた反目の協調によってその命脈と
く『球童』としたところに田崎さんの愛情を感じ
6』
(平凡社)所収
体面とを保っている」
(『林達夫著作集
)
「編集者の言葉」より
た。伊良部秀輝という並はずれた才能をもちなが
蝿ではあってもジャーナリズムという生態系の
18
!
!
!
!
!
中では必要な生物と林さんは認めてくれているが,
いることに気がついた。
プロスポーツという生態系の中にイナゴも必要な
「お金は必要ない。私はそんなつもりで来たん
生物と認める余裕は伊良部投手にはなかった。
じゃない」
タテ,ヨコともしっかり筋肉のついて分厚い冷
トンプソンは激しく首を振った。
蔵庫のような体をした伊良部投手が,西武・清原
「君を見捨てたことは悪かったと思っている。
和博選手との対決には闘志をみなぎらせ,15
8キ
すまない」
ロのスピードボールを投げたことも印象に残って
トンプソンは伊良部の母,和江とユザ(現・
いる。軽々と投げているようで,すばらしい速球
沖縄市)で知り合った。ベトナム戦争に参加し,
が投げられる天賦の大才能と思えた。おまけに千
一度日本に戻って生後約半月の伊良部を抱いた
葉ロッテマリーンズには“マサカリ投法”とうた
という。その後,すぐ日本に戻ると約束してア
われた速球の大先輩・村田兆治投手がいた。肘を
メリカに帰った。しかし――。
壊したあともトミー・ジョン手術(今年ダルビッ
「アメリカに戻ると,戦争の後遺症で精神的に
シュ投手が受けた)を受けて大復活を遂げた村田
おかしくなってしまった。それで……,しばら
投手はまさに全身全霊をあげてのピッチングだ。
く私は正常ではなかった。その間に君のお母さ
これ以上ないよいお手本が身近にあると思われた
んと連絡が取れなくなってしまったんだ」
が,ほとんど影響を受けた気配はない。念願のヤ
何とも切ない親子対面のシーンである。人一倍
ンキースに入団したあとも,最初はオーナーのス
繊細な心(優秀な投手はおおむね繊細な心の持ち
タインブレナーから「和製ノーラン・ライアン」
主だ)をもちながら,どんな場面でも強がって生
と大きな期待を寄せられながら,2年後の練習試
きてみせるしかなかった伊良部投手の心の秘密の
合で緩慢なプレーをして「彼は太ったヒキガエル
一断面を垣間見るようでもある。
だ」とこきおろされ,その年にモントリオール・
エクスポズに放出された。
●
伊良部投手は千葉ロッテマリーンズを振り出し
に,
ヤンキース,
エキスポズ,
テキサス・レンジャー
すぐれたアスリートは人一倍強い肉体をもって
いるのは当然だが,その魂は繊細きわまりないガ
ラスの精密機械のようなものだ。その2つのバラ
ンスをいかにとるか,才能あるアスリートの最も
苦労するところだろう。
ズと6年間大リーグでプレーし,そのあと阪神タ
いつだったか松竹新喜劇の藤山寛美の娘・直美
イガース,ロングビーチ・アーマダ,高知ファイ
が「舞台で演技しているとき,肩のあたりにもう
ティングドッグズと渡り歩き,2
0
0
9年で野球人生
1人の私がいて,演じている私を静かにジッと見
にピリオドを打ち,その後ロサンゼルスでうどん
ているような気がします」とテレビで語っていた
屋を開いたり,家族と別居したり,2
0
1
1年に4
2歳
のを見た。
「もう1人の私」
はときには父・寛美や
の若さで命を断った。
渋谷天外でもあったであろう。
圧倒的な才能をもっ
伊良部投手が大リーグを目指したひとつの理由
た人間にはそういう鎮静装置が必要なのだろう。
にアメリカ人の父親探しがあったといわれた。彼
あとで振り返って“不完全燃焼”で終わったと諦
は否定したようだが,事実父親のトンプソンが訪
められるのは,そこそこの才能のもち主だ。才能
ねてきた。『球童』の中でこう書かれている。
が十分に発揮できないとき,あり余った巨大な才
伊良部の顔は強ばり,目は泳いでいた。トン
プソンをまともに見ることができなかった。
「ここまで来るのにどれぐらいお金が掛かっ
たんですか?
飛行機代とかレンタカー代とか
掛かっていますよね」
能は激しい自家中毒を引き起すのではないか。自
分で自分を破壊してしまう,強烈な自己破滅現象
に見舞われるのではないか。そこがあり余った才
能の恐ろしいところである。親友,師,先輩,父
母兄弟,子ども,どんな形でも一期一会と思える
静かな調子で訊ねた。トンプソンは質問の意
存在に出会うことによって,「もう一人の私」を
図が分からず,大体の金額を言った。すると,
肩のあたりに置くことができ,発光発熱体と化し
伊良部は財布を取りだして,札を数え始めた。
てプレーする自分を冷静に見ることができるのか
トンプソンは伊良部が自分に金を渡そうとして
もしれない。
外野席から ● 19
にお
あか
たざ
りき
初・
代み
編つ
集よ
長し
と/
な一
る九
。三
そ六
の年
後鳥
各取
誌県
の生
編ま
集れ
長。
を京
歴都
任大
し学
、文
退学
社部
後卒
は業
ジ後
ャ、
ー!
ナ文
リ藝
ス春
ト秋
と入
し社
て。
活一
躍九
。八
近〇
著年
﹃、
人ス
とポ
出ー
会ツ
うグ
﹄ラ
がフ
岩ィ
波ッ
書ク
店誌
よ﹃
りナ
好ン
評バ
発ー
売﹄
中創
。刊
羅針盤
第
64
回
1
これからの体育に求められること
「アクティブ・ラーニング」
で
「何を・どのように学ぶか」
の充実を
文部科学省教育課程調査官
はじめに
高田 彬成
深まりを重視することが必要であるとしています。
読者の皆様は,例えば保護者に「体育は何を学
また,学びの成果として「どのような力が身につ
習する教科なのか」と問われたら,何と回答しま
いたか」という視点も重要であるとしています。
すか。「さか上がりができるようになっても,将
今後の審議事項の柱は,次の3点になります。
来何かの役に立つのか」
「スポーツ選手を目指し
!教育目標・内容と学習・指導方法,学習評価の
ているわけではないので,運動が上手にできなく
あり方を一体としてとらえた,新しい時代にふ
てもよいではないか」等の声に対して,「体育は
楽しいし,大事な教科です」という答えでは,説
得力に乏しいことはいうまでもありません。
運動・スポーツの意味や価値を理解している私
さわしい学習指導要領等の基本的な考え方
"育成すべき資質・能力をふまえた,
新たな教科・
科目等のあり方や,
既存の教科・科目等の目標・
内容の見直し
たちは,前述のような素朴な疑問をもつ方々に対
#学習指導要領等の理念を実現するための,各学
して,ていねいに答えていくことが大切ではない
校におけるカリキュラム・マネジメントや,学
でしょうか。
習・指導方法及び評価方法の改善支援の方策
本稿では,学習指導要領の次期改訂に向けて動
このうち,!については,これまで国では,教
き出している現在,体育科に何が求められている
育目標と内容は示すものの,方法については各学
のかについて整理し,読者の皆様と体育科の意味
校等の実情に委ねてきました。ところが,今回の
や価値等を確かめたいと思います。
諮問では,「どのように学ぶか」という方法論に
も及ぶ改訂を目指しており,その典型例として,
1.学習指導要領改訂の動向
ご承知のとおり,下村博文文部科学大臣は,昨
年1
1月,中央教育審議会に対して,学習指導要領
の全面改訂をふまえ,初等中等教育における教育
課程の基準等のあり方について諮問しました。
課題の発見・解決に向けて主体的・協働的に学ぶ
学習(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)の
充実を図ることとしています。
"については,小学校高学年における英語の教
科化や,日本史の必修化等を検討する高等学校教
諮問の趣旨としては,まず,子どもたちが成人
育の改善に関することにあわせ,各教科等の目標
して社会で活躍するころには,生産年齢人口の減
や内容,時間数の見直し等について審議されるこ
少,グローバル化の進展や絶え間ない技術革新等
とになります。
により,社会や職業のあり方そのものも大きく変
#については,各学校における教育課程の編成,
化する可能性があり,そうした厳しい挑戦の時代
実施,評価,改善の一連のカリキュラム・マネジ
を乗り越え,伝統や文化に立脚し,高い志や意欲
メントの普及や,新たな学習・指導方法,評価方
をもつ自立した人間として,他者と協働しながら
法等の開発・普及を想定しています。
価値の創造に挑み,未来を切り開いていく力が求
められているとしています。
また,諮問文では,新しい時代に必要となる資
質・能力として,!自立した人間として他者と協
そのためには,教育のあり方も一層進化させる
働しながら創造的に生きていくために必要な資質
必要があり,
特に,
学ぶことと社会とのつながりを
・能力,"何事にも主体的に取り組もうとする意
意識し,
「何を教えるか」
という知識の質・量の改善
欲や多様性を尊重する態度,他者と協働するため
に加え,
「どのように学ぶか」という,
学びの質や
のリーダーシップやチームワーク,コミュニケー
20
ションの能力,さらには,豊かな感性や優しさ,
教師主導の一斉指導,与えられた学習課題に向け
思いやり等,の2項目をあげています。
て黙々と行う反復練習,楽しそうにしているが学
さらに,
体育・健康については,
「子供の体力等
びの内容に乏しい活動,子どもどうしのかかわり
の現状を踏まえつつ,2
0
2
0年の東京オリンピック
合いが希薄な学習,課題の解決に向けての学習が
競技大会・東京パラリンピック競技大会開催を契
ほとんどない授業等が考えられます。ここで確認
機に,
子供たちの運動・スポーツに対する関心や意
しておきたいのは,アクティブラーニングとは学
欲の向上を図るとともに,体育・健康に関する指
習方法のひとつであり,アクティブラーニング自
導を充実させ,
運動する習慣を身に付け,
健康を増
体を指導の目的とはしないということです。
進し,豊かな生活を送るための基礎を培うために
アクティブラーニングは,課題の発見・解決に
は,どのような見直しが必要か」としています。
向けて主体的・協働的に学ぶ学習方法ととらえる
具体的な検討は,今後の審議によるところです
ことができます。そのため,まずは体育科におけ
が,諮問の意図としては,!子どもの体力等の現
る「課題を解決する学習過程」について整理して
状をふまえ,引き続き体力の向上を図ること,"
おきましょう。
東京オリンピック・パラリンピックの開催を契機
に,子どもの運動・スポーツに対する関心や意欲
3.体育科における「課題を解決する学習過程」
の向上を図り,運動する子としない子の二極化等
体育科において,子どもが自ら学習課題を解決
の課題を解決すること,#体育科・保健体育科を
しようとするとき,最も大切となるのは,子ども
はじめ,運動部活動や学校行事等の体育的活動を
が「楽しく運動を行う」ことです。その運動が楽
含めた体育・健康に関する指導のさらなる充実を
しくなければ,「もっと上手になりたい」や,「友
図ること,$子どもがさらに日常的に運動に親し
達に勝ちたい」等,課題に対する関心(こだわり)
むなど,運動する習慣を身につけるようにするこ
や,課題を解決しようという意欲等が高まらず,
と,%生活習慣や栄養摂取の改善等を含め,健康
結果として課題の解決に結び付かないことが予想
を増進し,豊かな生活を送るための基礎を培うこ
されるからです。各種の運動を楽しく行い,子ど
と,等と考えられます。
も自らが主体的に課題を解決してこそ,体育科の
そのためには,!∼%を着実に実現するのに必
要な体育科・保健体育科の授業時間数の確保が肝
要であると考えられます。
目標の達成につながるのです。
もっとも,器械運動や陸上運動など,個人の課
題が学習の中心となる領域と,ボール運動や表現
また,体育科・保健体育科における育成すべき
運動のように,集団の課題が学習と深くかかわっ
資質・能力をふまえた指導内容の明確化,部活動
てくる領域では,課題を解決する過程は一様では
の効果的な実施,体育的活動のさらなる充実等に
ないと考えられます。ここでは典型的な学習過程
ついても,熟議を重ねる必要があります。
の例を紹介します。
!運動の試行
2.体育の学習と「アクティブ・ラーニング」
まず,各種の運動を楽しく行い,自分や友達が
前述の諮問文では,
課題の発見・解決に向けて主
今,技能がどのくらい身についているのかを知る
体的・協働的に学ぶ学習の総称として「アクティ
とともに,もっとできるようになりたい等の思い
ブ・ラーニング」
(以下,
「 」
と・を略す)という
や願いをもつことから,能動的な課題の解決が始
用語が用いられました。
まるものと考えられます。
では,体育科におけるアクティブラーニングと
は,どのようなものでしょうか。
授業においては,導入の工夫や思わずやってみ
たくなるような場の工夫等を施し,子どもが繰り
読者の皆様は,「体育科の学習は以前からアク
返し運動に取り組む中で,目標設定への意識が芽
ティブラーニングをしている」という意見をおも
生えるように指導の工夫をすることが大切です。
ちではないでしょうか。私も同じ考えをもってい
"目標の設定
ます。逆に,アクティブラーニングではない体育
科の学習に違和感を覚えます。
アクティブラーニングと対極の姿とは,例えば,
次に,子どもが自己の能力等に応じた目標を立
てられるようにします。そのためには,!の活動
の中で,具体的な目標を示し,その中から子ども
羅針盤―1/
「アクティブ・ラーニング」で「何を・どのように学ぶか」の充実を ● 21
が選べるような指導の工夫が必要となることが考
うえで重要です。そのため,活動の振り返りがで
えられます。
きるように,記録の伸びや勝敗等,結果や成果だ
子どもたちの多くは,「○○ができるようにな
けでなく,教師や友達からの言葉がけ,ICT機
りたい」等の思いや願いをもつと思われます。し
器の活用等が有効であると考えられます。
かし,目標が漠然とし,何にどう取り組んだらよ
'新たな課題の設定
いか決められない子どももいます。その場合には,
1つの課題が解決されれば,学習が続くかぎり,
教師による学習目標の例を示し,子どもが自分に
新たな課題の選択→解決のための活動の決定→運
合った目標を具体的に選べるようにする指導法が
動の実施→振り返りという学習過程を繰り返して
考えられます。
いきます。一方,&により課題の修正や変更が必
!課題の認識
要となった場合には,#または$に戻り,もう一
次に,達成したい目標が定まったところで,そ
の目標を達成するためには,何を解決する必要が
度課題を解決するための方法の理解を促す必要が
あります。
あるのか,子ども1人ひとりが理解できるように
します。教師や友達からの助言や,自分の動きの
4.体育科における「主体的・協働的に学ぶ姿」
ビデオ映像等を活用し,はじめは漠然としたもの
こうした学習過程に即して,子どもが主体的・
から,徐々に課題を明確に認識できるようにする
協働的に学んでいくことが,アクティブラーニン
ことが重要です。
グの考え方です。では次に,体育科における「主
"課題を解決するための方法の理解
体的・協働的に学ぶ姿」とはどのようなことを指
さらに,課題の解決に向かうためには,子ども
すのかについて整理しておきましょう。
が,それぞれの課題に応じた解決のしかたを理解
「主体的に学ぶ姿」は,自ら進んで運動に取り
することも大切です。そのためには,教師が,そ
組むことや,自ら考えたり工夫したりしながら運
れぞれの課題の解決のしかたを,子どもたちに明
動の課題を解決すること等が考えられ,「生涯に
確に教示することが重要になります。
わたって運動に親しむ資質や能力の基礎を育てる」
#課題の選択
という体育科の目標の達成に必要不可欠な学びの
子ども1人ひとりが,課題を解決する方法を理
姿勢といえるのではないでしょうか。
解したうえで,自分が解決できそうな課題を選べ
また,
「協働的に学ぶ姿」は,子どもどうしの教
るようにします。自己の能力に適した課題を選ぶ
え合い,
認め合い,
励まし合い等が考えられ,仲間
ことが学習そのものに影響するため,うまく選べ
と仲よく学び合いながら運動する姿と重なります。
ない子どもには,課題の明確化や選択方法の提示
小学校学習指導要領解説体育編において,「生
等,教師による適切な指導が必要となります。
涯にわたって運動に親しむ資質や能力の基礎」と
$活動の決定
して,!運動への関心,"自ら運動をする意欲,
自分の課題が決まったらそれを解決するための
#仲間と仲よく運動をすること,$各種の運動の
活動を決定します。この場合,課題の選択=活動
楽しさや喜びを味わえるよう自ら考えたり工夫し
の決定というように,対応関係を明確にしておく
たりする力,%運動の技能,の5つを例として示
ことが重要です。教師が示した活動例を参考に子
しています。
どもが自己決定できるようにするとよいでしょう。
%運動の実施
このうち,「主体的・協働的に学ぶ姿」にかか
わるものは,",#,$であるととらえることが
課題の解決に向けた活動が決まれば,繰り返し
できます。しかし,主体的・協働的に学ぶために
行って技能の習得を目指したり,行い方を工夫し
は,運動への関心を高め,仲間と仲よく楽しく運
て活用したりしながら,課題の解決を目指すこと
動に取り組むことが重要です。また,運動の技能
になります。
の習得が運動の楽しさや喜びを味わい,主体的・
&活動の振り返り(評価)
協働的に学ぶ意欲や態度を育むことにつながると
課題の解決を目指した活動を振り返り,課題が
も考えることができます。
どの程度達成できたのかについて,子どもが自己
これらのことから,体育科における「主体的・
評価することが,課題を解決する学習を継続する
協働的に学ぶ姿」は,
「生涯にわたって運動に親
22
しむ資質や能力の基礎」である前述の!∼#と深
くかかわっていることが理解できます。以下,こ
$自ら考えたり工夫したりする力
自ら考えたり工夫したりすることは,主体的に
の観点に即して整理します。
学ぶ姿のあらわれであるととらえることができま
!運動への関心
す。例えば,表現運動系では,「自分やグループ
運動への関心を高めるためには,子どもがそれ
の課題の解決に向けて,練習や発表のしかたを工
ぞれの運動のもつ特性に触れ,仲間とともに運動
夫できるようにする」としています。指導において
の楽しさや喜びを味わうことができるようにする
は,子どもの今もっている力やその違いを生かせ
ことが重要です。例えば,器械運動は,いろいろ
るような題材や音楽を選ぶとともに,多様な活動
な技に挑戦し,その技ができるようになることが
や場を工夫し,自分やグループの課題の解決に向
楽しい運動です。そのため,すべての子どもが技
けた創意工夫ができるようにしていくことが求め
を身につける喜びを味わうことができるよう,自
られます。
己の技能の程度に応じた技を選んだり,課題がや
%運動の技能
さしくなるような場や補助具等を活用して取り組
技能の習得については,学習指導要領において
んだり,仲間と見合い,教え合いながら練習に取
「運動を楽しく行い,○○ができるようにする」
り組んだりすることにより,主体的・協働的に学
としています。これは,友達と仲よく楽しく,繰
ぶ姿を引き出していくことができると考えられま
り返し運動に取り組みながら,ねらいとする運動
す。
の技能を身につけることを目指すという趣旨であ
"自ら運動をする意欲
るととらえることができます。このことから,技
自ら運動をする意欲を高めるには,楽しい学習
能の習得は,前述の!∼"と深くかかわっている
活動を十分に保障し,子どもが「またやりたい」
ことが理解できます。つまり,楽しく運動に取り
「もっとやりたい」
「仲間と一緒にやりたい」と思
組み,運動への関心や意欲を高めるとともに,仲
えるようにすることが大切です。
例えば,
陸上運動
間と仲よく活動し,自ら考えたり工夫したりしな
では,走ったり跳んだりする動きのおもしろさ・
がら運動の課題を解決することにより,技能の習
心地よさを引き出す指導を基本にしながら,どの
得を図ろうとするものです。例えば,水泳系では,
ような力をもった子どもでも,競走(争)に勝つ
クロールや平泳ぎを続けて長く泳ぐことができる
ことができたり,意欲的に運動に取り組むことが
ようにするために,学習に進んで取り組むこと,
できたりするように,グループでの活動を取り入
約束を守り友達と助け合って活動すること,安全
れるなど,楽しい活動のしかたや場の工夫等をす
に気を配って活動すること,自己の能力に適した
ることにより,主体的・協働的に学ぶ姿を引き出
課題の解決のしかたを工夫すること等が求められ,
すことができると考えられます。
それらはすべて,技能の習得を目指した主体的・
#仲間と仲よく運動をすること
協働的な学びの姿であるということができます。
仲間と仲よく運動するためには,運動の楽しさ
を味わいながら,順番やきまりを守ったり,協力
まとめ
して勝敗を競ったりするなどの態度を身につける
冒頭の「体育は何を学習する教科なのか」とい
ことが大切です。例えば,ボール運動系では,仲
う問いに,
「運動・スポーツの楽しさや心地よさ
間と協力してゲームを楽しくする工夫や,安全で
を味わい,生涯にわたって豊かなスポーツライフ
楽しいゲームをつくりあげることが,子どもたち
を継続する力を身につける」と答える読者は多い
にとって重要な課題となってきます。子どもが主
のではないでしょうか。
体的・協働的に学ぶことができるようにするため
学習指導要領改訂では,
「何を教えるか」
「どのよ
には,楽しくゲームを行いながら,規則を工夫し
うに学ぶか」について,体育科をよいモデルとし
たり作戦を立てたりすること,簡単な動きを身に
て発信し,他教科等との学習方法の議論を進めて
つけ,ゲームを一層楽しくしていくこと等が求め
られます。また,公正に行動する態度,特に勝敗
の結果をめぐって正しい態度や行動がとれるよう
にすることも大切です。
いきたいと考えています。
(たかだ・あきしげ)
〈引用・参考文献〉
『初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について
(諮
問)
』 下村博文:文部科学省:平成26年1
1月
『小学校学習指導要領解説 体育編』文部科学省:平成20年8月
羅針盤―1/
「アクティブ・ラーニング」で「何を・どのように学ぶか」の充実を ● 23
羅針盤
第
64
回
2
高学年の水泳につなげる
楽しさを保障した中学年の「浮く・泳ぐ運動」の効果的な指導
東海大学体育学部准教授
はじめに
大越 正大
は5年生に位置づけられ,3・4年生には呼吸し
今回のテーマは中学年の「浮く・泳ぐ運動」で
ながらばた足で泳ぐなどの初歩的な泳ぎが位置づ
すが,はじめに水の活動そのものの魅力について
けられています。これは緩やかな系統と接続を意
少し触れておきたいと思います。
識した改訂といえるでしょう。こうした系統を活
公営・民営を問わず,地域のプールをのぞいて
かし,高学年で無理なく泳法学習につなげるため
みると,老若男女,思い思いに水の活動を楽しん
には,低学年で十分に水に慣れ,水中での楽しい
でいます。健康のためにゆったりと泳いだり歩い
活動に夢中になって取り組むなかで,抵抗や浮力
たりする人,競技会を目標にトレーニングに励む
などの特性を感覚的に理解することが大切です。
人,子連れで遊びを楽しむ人,レッスンを受けて
中学年ではこうした感覚をベースにして,高学年
いる人など様々です。もちろん活動の場はプール
で学ぶ泳法につながる基本的な体の動かし方を学
だけではなく,海や川などでも様々な活動を楽し
んでいきます。
んでいる人たちがいます。水の活動を通じて健康
また,もうひとつ触れておきたいのは卒業後の
的な心身を手に入れ,生き生きと生活している,
ことです。小学校の全体計画を立てるには,中学
また,活動そのものを生きがいとしている,こうし
校での学習を確認しておくことも大切です。中学
た姿が学校水泳の目指すところといえるでしょう。
校では,記録の向上や競争の楽しさを味わう学習
幼少のころの記憶です。暑い日に,プールに入
になります。中学校1・2年生で扱う泳法は,背
ると,その冷たさが何とも心地よく,宇宙空間の
泳ぎ,バタフライが加わって4泳法となり,さら
ように体が浮いて陸上では絶対にできない動きが
に3年生では複数の泳法で泳ぐことやリレーが加
可能になる,こうした感覚的な楽しさの経験が水
わります。小学校での学びそびれやつまずきは,
泳に熱中するきっかけとなりました。物理的な特
中学校での学習における劣等感や羞恥心につなが
性である浮力や抵抗は,水泳系の運動の大きな魅
ります。将来の豊かなスポーツライフにつながる
力です。泳ぎを身につける段階になると,こうし
ように,小学生でその基礎を培ってほしいと思っ
た特性を積極的に活用し,
「できなかったことが
ています。
できるようになる楽しさ」,「記録(距離・速さ)
を求める楽しさ」
「
,競い合う楽しさ」など,
スポー
2.中学年の「浮く・泳ぐ運動」の指導
ツとしての多様な楽しさを味わえるようになりま
中学年は,1・2年生の「水遊び」で身につけ
す。こうした特性や魅力を十分に味わえる基礎的
た水中での運動感覚を,浮いたり泳いだりするこ
な力を,水泳系の授業で児童に身につけてもらい
とに応用する段階です。水面に対して平行に浮く
たいと願っています。
ことができれば,
進むことは容易なのですが,
水に
対して恐怖心がある児童にとっては,足を床から
1.まず6年間のカリキュラムを見通す
離し,浮く体勢をとること自体が難しいことです。
以前の学習指導要領において1∼3年生の「基
水中での運動感覚が十分に身についていなかった
本の運動」領域の内容の1つであった「水遊び」
り,水に対する恐怖心が残っていたりする場合に
と「浮く・泳ぐ運動」は,現行では「水泳」につ
は,単元のはじめの段階や,授業の導入段階で,
ながる単独領域となっています。また,原則とし
運動感覚を養う楽しい水慣れ遊びを多く取り入れ
て4年生から指導することになっていた「水泳」
ましょう。
24
$写真1:壁伏し 浮 き
(補
助つき)…ひじを伸ばし
頭をしっかり水に入れて
腰を浮かす。補助は浮い
てきたら手を離す。
▲図1:姿勢と浮心・重心のバランス
恐怖心がなく運動感覚が身についていたとして
も,いきなり練習的な雰囲気にせず,遊び感覚を
大切にして楽しく取り組めるようにしましょう。
また,能力に合った課題を見極め,水中運動の心
地よさを味わいながらスモールステップで課題の
レベルを上げ,意欲を高めていきましょう。
(1)
浮く運動の指導ポイント
▲写真2:ラッコ浮き…視線は真上,
頭を水に浮かせるイメージで。浮い
ているビート板におへそをつける。
▲写真3:立ち方…足が
床に着いてから頭を上
げる。
「浮く運動」では,水中で体をどのようにすれ
ば浮けるのかを体験的に学びます。「ごっこ遊び」
対して並行に浮く「伏し浮き」は足が沈みやすく,
の雰囲気で楽しく行いましょう。最初は補助具や
競泳選手でも上手にできない人がいます。壁を使
プールの壁,
友達の補助を使うなどスモールステッ
うと安心感があり,容易に浮くことができるので
プを心がけます。水中で姿勢を安定させるために
導入で取り入れましょう。ある程度姿勢を保持で
は,浮心(浮力の作用点)と重心(重力の作用点)
きるようになったら,早めにばた足の練習をしま
のバランスをとる必要があります(図1)
。しか
しょう。
し,非日常の世界である水中では,自分の体の状
"背浮き系(写真2)
態を認識するのは容易ではありません。したがっ
背浮きは,高学年の学習に背泳ぎを位置づけて
て,様々な浮き方に挑戦するなかで,どうすれば
いなかったとしても学ばせたい技術です。様々な
浮きやすくなるのかを発問して気づきを促し,浮
体勢で浮く経験は,
後の泳法学習にボディーブロー
くための体の部位の位置関係や呼吸のしかたなど
のように効いてきます(クロールの息継ぎの学習
を学んでいきます。また,水に入らないと浮力が
では背面の浮きを活用する方法もある)
。また,
得られないため,すべての体の部位を水中にしっ
背浮きは顔を水面に出した状態でリラックスして
かり沈めることも大切です。恐怖心のある子は頭
浮き続けることができるので,サバイバル的な状
部(特に顔)
を沈めることを嫌がります。浮く学習
況での活用が期待できます。しかし,背浮きの状
と並行して,沈む学習もスモールステップで行い
態で顔に水がかかると鼻に水が入り苦しい思いを
ましょう。また,息を大きく吸い込むと浮き,息
することから,水に対して恐怖心のある児童は,
を吐くと沈むなどの経験を通して,肺には浮き袋
頭が上がってお腹に力が入り,腰が沈んでしまい
の機能があることに気づかせることも大切です。
ます。こうした児童には,指導者が1人ひとりに
浮く活動で留意しなければならないことは,運
対して補助や声かけを行い,ていねいに指導した
動量が少ないためすぐに寒くなってしまうことで
いところですが,人数によっては困難です。そこ
す。1単位時間に浮く運動と泳ぐ運動をうまく配
でまずはビート板を抱えて浮く,いわゆるラッコ
分しましょう。推進力が加わると浮きやすくなる
浮きを導入で行います。ポイントは体を浮かせ,
ので,浮くことが短時間でもできるようになった
浮いているビート板におへそをつけることです。
ら,補助具を使ったキックなどに早めに挑戦しま
息をいっぱい吸って胸を張り,頭を十分沈めて真
しょう。
上を見るようにしましょう。できるようになった
!伏し浮き系(写真1)
らばた足で進んでみましょう(プールサイドに頭
「だるま浮き」は足をしっかり抱え込んで浮き,
「クラゲ浮き」は手足を解放し,脱力して浮きま
をぶつけないように注意!)
。
#立ち方(写真3)
す。両方とも息をいっぱい吸って止め,安定して
浮き方とセットで立ち方も学習しましょう。浮
浮くまで姿勢をキープします。いろいろな体勢で
身やけ伸びから立ち上がる際,足が床に着いてい
浮くことで,水中での体の特性(沈みやすい部位
ないうちに頭を上げると,自らの浮力で不安定に
など)と使い方を学んでいきます。一方,水面に
なります。
「まず床に足を着けて(それを目で見
羅針盤―2/楽しさを保障した中学年の「浮く・泳ぐ運動」の効果的な指導 ● 25
$写真6:板キッ ク(ば た
足)…基本姿勢は頭を両
腕の間に入れ,手はビー
ト板の上に乗せる。
$写真4:け伸び
(ストリームライ
ン)…お腹をへこ
ませ,安定姿勢で,
指先からつま先ま
で一直線。手を重
ねてひじを絞る。
$写真5:壁キック
(ばた足)
…足のつ
け根からリズミカ
ルにキックする。
て)
,
それから落ち着いて頭を上げようね」といっ
▲写真7:陸上でのかえる足
の練習…つま先を外側に向
け,足首をしっかり曲げる。
▲写真8:水中でのかえる足
の練習…引きつけ時の体幹
と太ももの角度は約12
0度
また,よい動きの習得には反復練習が必要です。
た声かけをするとよいでしょう。
技術の習得過程は,試行錯誤の段階,考えてでき
#け伸び(写真4)
る段階,考えなくてもできる(自動化)段階と進
け伸びは「浮く運動」に位置づけられています
んでいきます。水泳のような同じ動きを繰り返す
が,泳ぎの導入段階でもあるので厳密には「浮く
運動では,正しい動きで何度も反復することが必
運動」と「泳ぐ運動」の間にあります。泳法では
要です。しかし単なる反復では意欲的に取り組め
スタート直後,必ずこの姿勢になります。また,
ません。ゲーム的な要素を取り入れるのもひとつ
効率的な泳ぎを実現するための原理原則を学ぶ大
の工夫ですが,まずは自分が伸びている,できる
切な機会です。すべての泳法の基本となる技術な
ようになっている実感をもたせることが大切です。
のでていねいに指導していただきたいと思います。
児童の変容を見逃さず,できたところを具体的に
け伸びは「浮く」という要素に「
(惰性で)進む」
ほめるようにしましょう。
という要素が加わります。推進力は壁けり(また
!ばた足(写真5・6)
は床けり)のみなので,学習課題は「!力強い壁
足を交互に動かすという点では歩行と同じなの
けり」と「"抵抗が少なく浮きやすい姿勢の保持」
でとっつきやすい技術ですが,魚の尾ヒレのよう
になります。"の姿勢はストリームライン(流線
にひざを柔らかく使い,ムチのようにしなる動き
型)と呼ばれ,写真のような要点があります。ま
が理想で,実は難しい技術です。腰かけキック,
た,!と"の間にある,「上半身のストリームラ
壁キック,板キックなど段階的に行いましょう。
インができてからける」ことも要点です。まずは
腰かけキックは自分の足の動きが見えるので,こ
陸上で姿勢を学んでから水中で練習するとよいで
の際にポイントを説明するとよいでしょう。キッ
しょう。け伸びは空を飛んでいるような感覚を楽
クは足のつけ根からリズミカルに動かすようにし
しんだり,浮いて進んだ距離を測ったり,フープ
ます。ひざを曲げないようにすればつけ根からけ
をくぐったり,友達に押してもらって勢いよく進
ることができますが,ひざがまったく曲がらない,
んだりと多様な楽しみ方ができます。ゲーム感覚
動きの硬いキックはよく進みません。繰り返し練
で楽しみましょう。
習し,距離を伸ばしていくなかで,徐々に余分な
力が抜けた柔らかい動きのキックができるように
(2)
泳ぐ運動の指導ポイント
しましょう。ビート板を使用すると,呼吸をする
「浮く」
,「呼吸する」に「(積極的に)進む」と
際の補助となり,比較的長い距離を練習すること
いう要素を加え,一定時間継続できるようにする
ができます。ビート板を抱えずに手は乗せるだけ
段階です。「積極的に進む」という要素が加わる
とし,基本姿勢は頭を水に入れ,呼吸の練習を兼
と,克服,達成,競争など,楽しみの幅が広がる
ねて行うと効率的です。
反面,結果が目に見えるため,友達との比較を意
"かえる足(写真7・8)
識するようになります。遅れている児童は意欲を
クロールの難関は横向き呼吸,平泳ぎの難関は
失う可能性があるため,遊び感覚を大切にしつつ,
かえる足です。前者は高学年で学ぶので,中学年
友達と教え合い,励まし合いながら学習する雰囲
では,かえる足の学習にじっくり取り組みましょ
気をつくることが大切です。
う。かえる足には,ひざをあまり開かないけり方
26
%写真9:呼吸をしながら
ばた足泳ぎやかえる足泳
ぎ…呼吸のときは顔の前
で円を描くようにかく。
写真1
0:背浮きばた足や$
背浮きかえる足…上を向
いてリラックス姿勢で。
%写真1
1:板つきクロール
…呼吸はまだしなくても
よい。
写真1
2:面かぶりのクロ$
ール
(キャッチアップ)…
前で一度手を重ねてから
かく。
(ウィップキック)
と,
ひざを横に開くけり方
(ウェッ
#初歩(補助具の利用や呼吸なし)のクロールや
ジキック)
,これらの中間的なけり方などがあり
平泳ぎ(写真1
1・1
2)
ます。抵抗を減らし速く進むためには,ひざをあ
け伸びが十分にできるようになっていれば,け
まり開かないほうがよいのですが,股関節が硬い
伸びばた足や面かぶりのクロールにすぐ移行でき
児童には難しいので,足首の返しを優先して適切
ますが,ばた足やかえる足など,習熟に時間がか
な動かし方を見極めましょう。
かる技術は繰り返し,ていねいに指導しましょう。
まずは陸上でのかえる足の練習,腰かけキック,
中学年で目標とするのは,正式な近代泳法の一歩
壁キック,板キックなど,スモールステップで段
手前の泳ぎです。泳法につながるよい動きがしっ
階的に学習しましょう。友達と補助をし合って学
かり身につくことを重視しましょう。また,よい
ぶのも効果的です。つまずいている児童には指導
動きをほめ,意欲を高めることに留意しましょう。
者が足の動きを直接誘導するような補助や,お腹
板つきクロールはビート板に両手を乗せ,キッ
を支えてポジションを安定させ,足の動きに集中
クをリズミカルに打ちながら,手を交互にかきま
する方法などを試みましょう。足を引きつけたと
す。ストロークは複雑な動きを意識せず,肩を大
きの体幹と太ももの角度は1
2
0度ぐらいにします。
きく回すことを心がけましょう。け伸びの姿勢が
!呼吸
上手でキックに推進力があれば,ビート板を使わ
初心者はパッという発声とともに練習しますが,
ずキャッチアップ(一度前で手を重ねる初歩のク
パッと息を吸うのではなくパッと吐いて,その反
ロール)に挑戦しましょう。キャッチアップは伸
動で息を吸うようにします。水中で鼻や口から息
びのあるクロールにつながりますし,呼吸のとき
を吐き,顔が上がった瞬間,しっかり吐いて口の
バランスを崩しにくくなります。技術的にも容易
周りの水を吹き飛ばし,吐いた反動で一気に口で
なのでおすすめです。
息を吸う練習をしましょう。こうした独特の呼吸
平泳ぎはかえる足と手のかきのタイミングが難
法の習得では連続ボビングが有効です。
しいので,まずはこれらを交互に行う分解の泳ぎ
"呼吸をしながらの初歩的な泳ぎ(写真9・1
0)
から入りましょう。
まずは近代泳法(正式なクロールや平泳ぎなど)
にこだわらず,ばた足やかえる足を使って進む体
おわりに
験をします。呼吸は手を下に向け,顔の前で円を
前段で述べたとおり,大切なのは低学年から高
描くようにかきながら顔を上げて呼吸をしましょ
学年までの系統です。
中学年の役割は,
野球のピッ
う。できるようになったら外にかくときは手を少
チャーでいえば中継ぎ(浮く・泳ぐ運動)です。
し外に向け,内側にかくときは手のひらを少し内
先発(低学年の水遊び)や抑え(高学年の水泳)
側に向けて推進力を得られるようにしていきます。
のような華やかなイメージはないかもしれません
かえる足の際の呼吸のタイミングは,けりとけり
が,前半のピンチを切り抜けるなど,臨機応変な
の間に行うようにしましょう。背浮きの状態で,
対応が求められる大切な段階です。中継ぎエース
手を腰の横でひらひらさせながらばた足をしたり,
を目指してご指導いただきたいと思います。報酬
かえる足をしたりする泳ぎも,背浮きの延長で取
は児童の最高の笑顔です!
り入れましょう。
(おおこし・まさひろ:体育科教育学)
羅針盤―2/楽しさを保障した中学年の「浮く・泳ぐ運動」の効果的な指導 ● 27