甲状腺癌の転移による甲状腺ホルモンの 上昇が疑われた犬の1例

症例検討会○-○
11月○日(○)
クリスタル○ 00:00~00:00
甲状腺癌の転移による甲状腺ホルモンの
上昇が疑われた犬の1例
○池田 晴喜1)、掛端 健士1)
要
約
T2N0M1ステージⅣと診断した甲状腺癌の犬に対して、甲状腺摘出術を実施した。ドキソルビシ
ン、カルボプラチンによる化学療法を実施したが、肺野腫瘤陰影は徐々に拡大し、発咳を呈する
ようになった。術後1年を経過した頃から削痩および頻脈などの症状が発現してきたため、第548
病日に甲状腺ホルモンを計測したところ、甲状腺ホルモンの上昇が認められた。QOLの向上を目
的としてチアマゾールの投与を開始したが、投与開始20日目に呼吸困難により死亡した。本症例
に対する化学療法および甲状腺ホルモンの上昇について考察したい。
はじめに
犬の甲状腺癌は遠隔転移性が高く、診断時には30~40%の症例で転移が認められると報告
されている。甲状腺癌の多くは非機能性であり、約半数の症例で甲状腺機能は正常、甲状
腺機能亢進症の症例は10%以下で、残りの30~40%の症例では甲状腺機能低下症を示す。ま
た、稀ではあるが異所性に甲状腺癌が発生することが知られており、舌から前縦隔、心臓
にかけての病変形成が報告されている。
今回、来院時に肺への遠隔転移が疑われた甲状腺癌に対し外科的切除を実施した犬にお
いて、抗癌剤治療を実施したが寛解には至らず肺野の腫瘤陰影は徐々に拡大し、その後の
経過観察中に甲状腺機能亢進症様の臨床症状および甲状腺ホルモンの上昇が認められたの
で検討したい。
症例
ケアンテリア、去勢雄、9歳、体重7.6kg
主訴:1週間前からの声の変化と頚部腹側の腫脹
予防歴:混合ワクチン、狂犬病ワクチン、フィラリア予防
既往歴:7年前に顎関節炎
第1病日
身体検査所見:体温38.7℃、心拍数144bpm、左頚部腹側に皮下腫瘤が認められた。
血液および血液化学検査所見:白血球数の軽度減少(5120/μl)、ALPの上昇が認められた
(245U/l)。T4は正常範囲内(2.3μg/dl)であった。
胸部X線検査所見:肺野に腫瘤様陰影が認められた。
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頚部腫瘤の超音波検査所見:血流が豊富な直径3.3cm×1.9cmの腫瘤が認められた。
第5病日
左頚部腹側腫瘤の外科的切除を実施した。腫瘤は肉眼上、周囲組織および静脈への浸潤
が認められた。
病理組織検査:甲状腺濾胞癌、周囲組織浸潤(+)、脈管浸潤(+)
術後経過および治療:
第12病日
血液化学検査:Ca 10.4mg/dl、P 4.1mg/dl
第16病日よりドキソルビシン 1mg/kg 静脈内投与 3週間毎に計5回実施した。
第120病日よりカルボプラチン 270mg/m2 静脈内投与 3週間毎に計5回を実施した。定期的
な胸部X線検査において、肺野腫瘤陰影の緩徐な拡大が認められた。以後、抗癌剤治療は
休止し経過観察をした。発咳がみられた際は対症療法としてテオフィリン 8mg/kg BIDの
経口投与により改善が認められた。
第447病日
健診時において、「体重減少、多尿、発咳はみられるが悪化していない。」との稟告。
身体検査所見:体重 5.78kg、BCS 2/5、体温38.9℃、心拍数156回/分
血液および血液化学検査所見:白血球数の軽度減少(4100/μl)、ALPの軽度上昇(164U/l)
が認められた。
第548病日
主訴:元気食欲あるが痩せていく、重度の脱毛、呼吸速迫。
身体検査所見:体重 4.45kg、BCS 1/5、体温39.3℃、心拍数180回/分
血液化学検査:T4 >7.0μg/dl
fT4 >77.2pmol/l (参考基準値:7.7~38.6)
cTSH 0.03ng/ml (参考基準値:0.02~0.32)
甲状腺機能亢進症を疑い、チアマゾール 2.5mg BIDを処方した。
第561病日
明らかな臨床症状の改善は認められなかったが一般状態の悪化はなかったため、チアマ
ゾール投薬を継続した。
第571病日
自宅にて呼吸困難により死亡した。
考察
本症例の甲状腺癌は周囲組織へ浸潤および固着し、静脈への脈管浸潤による肺転移が疑
われたため、根治が難しい病態であった。ステージⅢ以上の無治療症例では中央生存期間
は177日と短いが、遠隔転移が認められても甲状腺切除を行うことで1年以上生存する例が
多いとされている(Joncol Vol.4, 甲状腺腫瘍2007, ファームプレス, 2008, pp.14-17.)
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。本症例に対しても緩和的治療として外科的摘出および化学療法を実施したところ、約1年
半生存することができた。また、ドキソルビシンによる治療期間、カルボプラチンによる
治療期間、終了後の経過観察期間の肺野病変の拡大速度(胸部X線検査側面像における第5
~6肋間の腫瘤陰影をランドマークとした;表1)を比較すると、経過観察期間の拡大速度
の方が速かった。腫瘤陰影の縮小は認められなかったが、ドキソルビシン、カルボプラチ
ンともに増殖抑制効果があったと思われた。成書ではシスプラチンによる化学療法の有効
性が多く報告されている一方、カルボプラチンに対する症例報告はまだ少ない。本症例で
はシスプラチンと比較して嘔吐や腎毒性といった副作用が少ないことからカルボプラチン
を選択したところ一定の効果が得られたため、甲状腺癌に対するカルボプラチンの有効性
が示唆された。
食欲があるにもかかわらず徐々に削痩してきた(表2)ことは、腫瘍の悪液質によるもの
と考えていた。しかし、T4、fT4が著しい高値であったことから甲状腺機能が亢進していたと
考えられ、このことも削痩に起因していたかもしれない。本症例はチアマゾール投与開始
からまもなく死亡してしまったため、体重増加などの臨床症状の改善があったかどうか経
過を追うことができなかった。どの時点で上昇してきていたかは不明であるが、削痩して
きた時点あるいは定期的にT4検査を実施していれば、もっと早期に投薬を開始し少しでも症
例のQOLを向上、維持できていたかもしれない。本症例は残存する右甲状腺や付属リンパ節
について精査は実施しなかったが触診上は特に腫脹や硬結などの変化はなかったため、肺
転移病巣からの異所性の甲状腺ホルモンの過剰分泌が疑われた。今後は、甲状腺癌の症例
に遭遇した際には診断時だけでなく、臨床症状に応じて定期的にT4も含めてモニターしてい
く必要があると思われた。
表1. 第5~6肋間の腫瘤陰影の推移
表2.来院時の体重および心拍数の推移
mm
kg
回/分
カルボプラチン
ドキソルビシン
病日
1)かけはた動物病院:北斗市七重浜2-14-21
病日
Tel:0138-48-2225
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