(ラ ッ ト迷走神経刺激による気管血管の拡張)

博 士 (医 学) 菅 原英 世
学 位 論 文 題 名
Tracheal vascular dilatation elicited by vagal nerve stimulation in rats
( ラッ ト 迷走 神 経刺激 による気管 血管の拡張 )
学位論文内 容の要旨
I研究目的
多くの末梢神経は従来交感神経のノルアドレナリン機序によって調節されていると考えられて
きた。近年,B
loomやLund
berg(1980
,198
1年)によってネコの顎下月泉の血管が交感神経の
血管収縮の機序のみでなく副交感神経性のコリン性および非コリン性の血管拡張機序によって調
節されていることが見いだされた。その後これまてに,鼻粘膜,舌,大脳皮質の様な他のいくつ
かの器官で副交感神経のペプチド性血管拡張機序が示されている。これに加えて,鼻粘膜では三
又神経の求心性機序がともに血管拡張に協調的な働きをすることが示されてきた。ラットに関し
て は, AChやVIP, PHIを 含む遠心 性の副交感神経やP物質,カ ルシトニン遺伝子関連ペプ
タイドを含む求心性の神経が気管粘膜内の血管の近傍に存在することが免疫組織化学的な方法に
よって示されてきたが,迷走神経によって血管拡張がもたらされるか否かは不明のままである。
この論文の目的tま,ラットの気管血管が上記のような機序によって迷走神経に調節されているの
か否かを検討することである。もしこの血管拡張反応が存在すれば,これがコリン性の遠心性効
果か非コリン性の遠心性効果,あるいは求心性の成分によるものかをさらに検討することを目的
とした。
u対象及び方法
28匹のWistar―K
ingラッ卜(体重180−420g)を用いて,ウレタン麻酔下(1.lg/kg
,i.
p.)に各々のラットの吻側部気管にカニュレーションが行われ,レスピレーターによって呼吸
が維持された。体温は直接加温器と赤外線ランプによって37
.0
―3
8.
0℃に保たれた。全身血圧は
片側の大腿動脈内の動脈カテーテルを通して測定された。血圧は,必要に応じて大腿静脈内のカ
テーテルを通して4%Fic0
1170を注入して保たれた。気管は腹側部より露出され,喉頭から胸骨
のレベルまで周囲の組織から剥離された。気管のカニュレーションの後に,気管血流の相対的な
101
変 化がレ ーザー ドッ プラー 血流計 (直径 O
. 8m
mのpr
obe
を使 用) によっ て測定された。両側の頚
部 迷走神 経は, 頸部 交感神 経幹か ら剥離 され節 状神 経節に 近接し た遠位 部で切断された。頸部交
感 神経幹 も両側 切断 された 。切断 された 右側迷 走神 経の末 端部は ,白金 イリジウム双極電極上に
の せられ ,電気 刺激 装置に より刺 激され た。切 断し た右側 頸部交 感神経 幹の尾側部の刺激も同様
に 行われ た。露 出し た神経 は乾燥 から保 護する ため に流動 パラフ イン中 に浸された。刺激周波数
は 変 化 さ せ た ( 1, 2, 5, 10, 20, 50Hz)が , 刺 激 強 度 とパ ル ス 幅 は それ ぞ れ 10V
と O. 5m
s
で 一定に 保た れた。 刺激す る周波 数の 順序は 任意に 変化さ せ,二 っの 連続する刺激の時間間隔
は 3分 以 上に 保 た れ た 。血 流 計 の pr
obeは カ ニュ レ ー シ ョ ンの 下 端 か ら 3
分 節 以 上 尾 側で , 吻
側 部 よ り 第7か ら 第 11
気 管 軟 骨 の 間の 気 管 軟 膜腹 側表面 の上 に垂直 に密着 させ, マイ ク口マ ニ
ピ ュレ一 夕一に よっ て固定 された 。レー ザード ップ ラ―法 によっ て連続 的に記録された血流変化
は , 刺 激 前の コ ン ト 口 ー ルレ ベ ル に 対 して の 百 分 率 やレ ー ザ ― ド ップ ラ―血 流計の 出力信 号
(vol
t)の 最 大 変化 と し て 表 され た 。 結 果 は m
ean土 S
. E. で 表 され , 平均 値間の 有意性 を決定
す るため にはpai
re
dある いはun
pa
ire
dt
―t
es
tが用 いられ た。
m結果 及び考 察
迷 走神経 の刺 激は気 管血流 に周波 数依存 性の 増加反 応を引 き起こ した 。その効果は,使用した
6種類 の周波 数の 中で, 1
0H
zにお いて最 も大き かった 。薬 物によ る前処 置まえ の10
Hz
刺 激によ る
最 大 反 応 の平 均 は 刺 激 前の コ ン ト 口 ー ルレ ベ ルに 対して 2
43土2
8%で あった 。こ の増加 反応は
AC
hのム スカリ ン受容 体拮 抗薬の アトロ ピン( 1
.O
mg
/k
g,i.v.) 投与の 後や,神経節遮断薬の
へ キサメ トニウ 厶(2
0m
g/
kg,i.v
.)投与後にも見られ各々の平均は27
9
土2
8%,3
1
2
土46
%であっ
た 。5Hz
の 刺激に おいて アト口 ピン 投与前 に生じ た血流 増加反 応は アト口 ピン投与後に有意に減
少した(1
23土 12
% vs, 18
0土25
% ,P
くO
.0
5)
。 この ことは 迷走神 経の遠 心性活 動が 気管に お
い てコリ ン性の 血管拡 張機 序を持っていることを示している。また,ヘキサメトニウム投与前(ア
ト 口ピ ン投与 後)に 生じた 血流 増加反 応は, lH
zある いは2H
zの刺 激によ って へキサ メトニ ウム
投 与後に 有意に 減少し た。 (lHz
:1
8.
9土2.7%
vs
.3
5.
4土4.7%,PくO.0
1;2
H
z:40
.
5土8
.9
%v
s. 5
8.
8土6.7%,PくO.02
) 。この 事実 は,迷 走神経の気管血流調節の遠心性活動により非
コ リン性 の成分 が関与 して いるこ とを示 してい る。 ヘキサ メトニ ウム投 与後の血流増加反応は1
0
Hz
あ るいは 2
0H
zの刺 激によ って 著しく 増強し たが, おそ らくこ れは刺 激によって求心性線維の末
端 部に 存在す るP物質や カルシ トニン 遺伝 子関連 ペプタ イドの ような ニュ ーロペ プタイ ドの放 出
が 増加し たため と考え られ る。これらの知見は,ラットの気管において迷走神経線維の活動によっ
102
て調 節され る血管 拡張機 序が コリン 性と非 コリン 性の 遠心性 成分, そして 求心性の成分を持って
いる ことを 示唆す る。さ らに ,ラッ トにお いては 求心 性の成 分が他 の動物 に比べて重要な役割を
果た してい る可能 性があ る。 自律神 経の刺 激時に 全身 血圧の 変化が 気管血 流に与える影響を検討
する ために ,アト ロピン 投与 前の迷 走神経 刺激時 と交 感神経 刺激時 の血圧 の変化にっいても周波
数反 応曲線 を求め た。迷 走神 経刺激 の場合 には10H
z,20
Hz
, 及び50
Hzでの刺激時に血圧が有意に
低下 してお り,血 流の増 加反 応は見 かけ上 小さく なっ ている と考え られた 。交感神経の刺激にお
いて は,何 れの周 波数に おい ても血 圧は有 意に増 加し ていた が,刺 激周波 数が高 くな る程(5
0Hz
を 除 く) 血 圧 上 昇 が大 き く な る ため に み か け 上 の血 流 減 少 反 応は 小 さくな る傾向 にあっ た。
IV
結
語
ラ ット の気管 血流の 迷走神 経に よる調 節にtま,コリン性及び非コリン性の遠心性血管拡張機序
と 求心性 の血 管拡張 機序が 存在す る。こ れら 機序の 中で求 心性の 成分が重要な役割を果たしてい
る 可能性 が示 された 。
学位論文審査の要旨
主
副
副
査 教
査 教
査 ’
教
授 加
授 本
授 斉
藤
間
藤
正 道
研 一
和 雄
多 くの 末梢血 管は従 来交感 神経 のノル アドレ ナリン 機序に よっ て調節されていると考えられて
き た。し かし ,その 後,鼻 粘膜, 舌,大 脳皮 質等で 副交感 神経ペ プチ ド性血管拡張機序が報告さ
れ て い る 。 こ れ に 加 え て AChや VIP, PHIを 含 む 遠 心 性 の 副 交 感 神 経 や P物質 , カ ル シ ト ニ
ン 遺伝子 関連 ペプタ イドを 含む求 心性の 神経 が血管 粘膜内 の血管 の近 傍に存在することがラット
を 用い免 疫組 織化学 的な方 法によ って示 され てきた が,迷 走神経 によ って血管拡張がもたらされ
る か否か は不 明のま まであ る。本 研究で は, ラット の気管 血管が 迷走 神経に調節されているか否
か を検討 し, もし血 管拡張 反応が 存在す れば ,コリ ン性遠 心性効 果か 非コリン性遠心性効果か,
あ るいは 求心 性の成 分によ るもの かを検 討す ること を目的 とした 。
実 験 には ウ レ タ ン 麻 酔( 1. 1g/kg)
を 施 した28
匹 のWi
st
ar―K
ing
ラ ッ卜( 体重18
0−42
0g)
103
を 用い た。血 圧は片 側の大 腿動 脈内に カテー テルを挿入して測定した。気管は腹側部より露出し,
気 管血 流の相 対的な 変化を レー ザード ップラ ー血流 計によ り測 定した 。両側 の頸部 迷走神経,頚
部 交感 神経幹 を切断 し,切 断右 側迷走 神経の 末端部 及び切 断右 側頸部 交感神 経幹尾 側部にそれぞ
れ 電 気 刺 激 を 加え た 。 刺 激 周波 数 は 1
,2
,5
, 10
,20
,50H
zを用い たが ,強度 とパル ス幅は そ
れ ぞれ 1
0V
と0
.5
ms
と した。
迷走神 経の刺 激は気 管血 流に周 波数依 存性の 増加 反応を 引き起 こした 。5Hz
の 刺激に おいてア
ト ロ ピ ン 投 与 前に 生 じ た 血 流増 加 反 応はア ト口ピ ン投 与後に 有意に 減少し た( 1
23
土1
2%vs.
1
80土 25%, Pく 0
.0
5)
。 このこ とは迷 走神経 の遠 心性コ リン性 血管拡 張機序 の存 在を示 唆して い
る 。ま たヘキ サメト ニウ厶 投与 前(ア ト口ピ ン投与 後)に 生じ た血流 増加反 応は, lH
zあるいは
2H
zの刺激 によ ってへ キサメトニウム投与後に有意に減少した。(l
H
z: 1
8
.9
土2
.7%vs
.3
5
.4土
4.う%,P
くO.01
;2
Hz
: 4
0.
5
土8.9%v
s
.5
8.
8
土6
.7%,PくO
.0
2
)。この事実は,迷走神経気管
血 流調 節の遠 心性活 動に非 コリ ン性の 成分が 関して いるこ とを 示して いる。 ヘキサ メトニウム投
与 後の 血流増 加反応 は10
Hz
あ るいは 2
0H
zの刺 激によ って 著しく 増強し たが, これは 求心性線維の
末 端 部 に 存 在 するP物質 ,カル シトニ ン遺伝 子関連 ペプ タイド 等の放 出が増 加し たため と考え ら
れ る。 これら の知見 は,ラ ット の気管 におい て迷走 神経線 維の 活動に よって 調節さ れる血管拡張
機 序 が コ リ ン 性と 非 コ リ ン 性の 遠 心 性成分 ,及び 求心 性の成 分を持 ってい るこ とを示 唆する 。
以上の 発表に 対し, 斉藤 和雄教 授より 刺激周 波数 と血圧 及び血 流反応 の機序 にっ いて,また血
管 壁の 内腔の 状態に っいて ,本 間研一 教授か らはア ト口ピ ンの 効果が 特定の 刺激周 波数で見られ
た こと の機序 ,小山 富康教 授か らは気 管血管 の太い 部分と 細い 部分で 違いが なかっ たか?夕バコ
の 煙 を 吸 わ せ てそ の 効 果 を 見た か 等 の質問 がなさ れた が,学 位論文 提出者 は概 ね妥当 な返答 を
行 っ た 。 副 査 の 斉 藤 和 雄 教 授 , 本 聞 研 一 教 授 よ り 試 問 を 受 け 合格 と 判 定 され た 。
本研究 は,ラ ット気 管血 管に従 来言わ れてき た交 感神経 性収縮 機序の みなら ず副 交感性拡張機
序 及び 求心性 線維に よる調 節機 序の存 在する ことを 示唆し たも ので, 博士( 医学) の学位に値す
る 研究 と考え られる 。
104一