福岡県女性海外研修事業「女性研修の翼」に参加して

福岡県女性海外研修事業「女性研修の翼」に参加して
報告者 総務課:白石久美子
研修日程:平成 19 年 10 月 14 日~21 日
研修国:デンマーク・オランダ
私は福岡県の男女共同参画の取り組みの一環である「女性研修の翼」の団員として、平成19年10月14日~21
日の8日間、オランダ、デンマークを訪問して来ました。海外での研修を通じて国際的な視野を広げ、女性や労働、
教育、人権、環境問題などへの認識を深めることが目的です。
オランダでは、環境問題、福祉問題、女性の職場環境について学び、デンマークでは、進んでいる同権問題への取
り組みや、働きやすい職場環境や幼児教育の実情を視察しました。
1. 環境問題(訪問先:ニューランド)
オランダは国土の25%が海抜0m以下で、地球温暖化による海面水位
の上昇は国の死活問題となります。そのような状況にも関わらず、集約的な
園芸農業の影響と工業の発展が環境破壊問題を深刻化させていました。し
かし1970年代より、国の働きかけから積極的な環境政策を取り始め、その
内容はEUの環境対策の原型を作ったとまで言われています。
計画的に配置された水路と道路
今回訪問したニューランドは、地球に優しい太陽エネルギーに着目した世界最大級のソーラー・ニュータウンです 。
資材選びなど、建設プロセスのあらゆる段階で環境への影響に留意し、世界で初めて「持続的に環境を守る」という
テーマで計画的に作られました。
この町の特徴の1つは住宅です。住宅は地域によって4種に分けられ、この内一
地域の住宅がソーラーパネルを有しています。パネルは年々、材料、デザイン、コ
スト面、技術面と改良が重ねられ、パネルを一つのデザインとして取り入れた住宅
も見られます。このソーラーパネルはスポーツセンターを始め、様々な建物や道路
ソーラーハウス
の上などにも設置されていました。もう1つの特徴は水と交通(道路)です。周囲は
農業地帯で化学肥料により汚染されているため、水路は閉鎖水系にしています。
また交通は、どこからでも町の中心に行けるように、自転車と歩行者用道路を放射線状に配置しています。そのた
め、車は基本的に外周を走行する仕組みになっていて、スーパーや病院、
教会なども町の中心に建てられていました。
オランダはどこに行っても自転車専用道路がありました。自転車マスター
プランと呼ばれる国家計画の下、専用道路や駐輪場の整備が進められ、自
転車通勤者も非常に多い国です。自家用車通勤、営業車の利用などが多
い日本では、見習うべきものかもしれません。
街の中をめぐる水路
2.障がい者福祉(訪問先:アーネム市福祉課、ヘット・ドルプ)
オランダの社会福祉制度は、日本と同様、第二次世界大戦後の戦傷病者への対応から始まります。その後、徐々
に変革を遂げ、障がい者、高齢者、生活保護等幅を広げながら、内容を充実させてきました。
2006年に制定された社会支援法の「WMO」は、1968年に作られた特別法「AWBZ」に変わるもので、今まで国
の一律レベルで行き届かなかった内容に対し、各自治体が柔軟に対応できるようになっていることが特色です。また、
手続きも簡素化されて、より良い介護を提供できるようになっています。
日本の障害者自立支援法での対象となる障がい者は、身体、知的、精神障害の3種に分類され、それとは別に介
護保険制度があります。しかしオランダでは、身体、知的、精神障害、高齢者、アルコールや麻薬中毒、犯罪によっ
て障害を受けた人、部分的不都合がある人のすべてが一人の顧客として考えられ、この「WMO」の対象者となりま
す。
今回、新しい福祉制度のモデル都市となっているアーネム市を訪問しました。
まず、制度を利用する前に「マントルケア」の検討があります。この「マントルケ
ア」とは、家族や友人、隣近所の人々が行うボランティア・ケアのことで、今までと
同じ生活環境の中でマントルケアを受けながら、自立した生活習慣や生き方を継
続させることを優先して考えます。そして、次の段階が新制度の利用となります。
この制度のサービスは、各種ケアの提供、家の改装、交通手段の手配等に分類
ヘット・ドルプの全体図
され、市が基盤となりサービス内容が判断されます。このような流れに日本の介護保険との類似性を強く感じました。
相違点はオランダや後に訪問するデンマークにも「ホームドクター」という国や市が管理する日本の「かかりつけ医」
とは違う制度があり、この「ホームドクター」が全ての方向付けの基となっていることでした。それとは別に、介護に関
わる職種の賃金が低いことは日本とオランダは変わりないようでした。
また、市の予算の40%が福祉に充てられ、顧客の生活費は他の予算部分から支給されるということでした。「足り
ない場合は?」という質問に、「その場合は他の分野と話し合い、いかにしてもこの福祉分野に関しては皆が制度を
利用できるようにする。」と市の担当者は言い切りました。このことから市や国の機関の横のつながりが強いことが伺
えました。
続いて見学に行ったヘット・ドルプは重度の障害を持つ人々が有意義な生活を
送れるように整備された村です。スーパー、郵便局、図書館などが整備され、障
害をもった人はこの村の中で仕事をして給料を受け取り、看護師やソーシャルワ
ーカー、ボランティアの支援を受けながら生活をしています。
しかし、最近では若い障害者は町に住む傾向にあり、この施設利用者の高齢化
陳列方法の考慮された
敷地内のスーパー
が進んでいることが問題となっています。暮らしやすいとは言え、一地域に集まっ
て生活することが最も良い選択なのでしょう
か。今、日本が進めようとしている、住み慣れた地域で障害を持った人も共に
生活するという環境の方が良い選択なのではないかと私は感じました。
但し、オランダは全麻痺のある方が障害者福祉法の作成をしているそうです 。
そこから考えると、日本よりかなり実情に即した制度だと考えられるので、日本
も参考にすべき点はあると思われます。
作業のできる特別な車椅子
3.女性の職場環境(訪問先:オランダ経団連)
オランダはかつて、日本と並び女性の社会進出が遅れている国でした。ま
た、オイルショック以降の対応を間違え、失業者の増大、巨額の財政赤字、高
インフレ等の経済危機に陥り、オランダ病と呼ばれるような時代がありました。
しかし、1982年の政府、労働者、企業の三者の話し合いによるワッセナー合
意の協定をきっかけに、様々な取組みが企業競争力を回復させ、雇用を創出
オランダ経団連の訪問の様子
し、その結果として女性の社会進出が進みました。これらによる苦境からの脱却は「オランダの奇跡」と呼ばれていま
す。この女性の社会進出の流れ、各種制度について経団連で話を聞きました。 まず、現在のオランダのパートタイ
ムは、日本でいう非正規雇用に近いパートタイム労働とは違います。かつては、フルタイム勤務の正社員とパートタ
イム労働者の待遇は異なっていましたが、この差別を禁止しました。これは「オランダ・モデル」と呼ばれるもので、皆
で均等にやろうという考え方が基本となっています。この「オランダ・モデル」による労働時間の差別が無くなることで 、
フルタイム勤務にしがみついているメリットが無くなり、フルタイムからパートタイム、又はその逆を選択しながら、自
分の生活に応じた勤務時間を選び働くようになりました。その結果、オランダでは出産・育児終了後はパートタイマー
として復帰することが多く選択されるようになりました。これは保育園や託児のシステムが急速に整えられていったこ
とも関連しているようです。また、企業が「子育ては重要である」と捉え、保育費用の一部を負担するなどの取組みを
行っているという話もあり、感心しました。
「オランダ・モデル」と同様の改正が日本でも来年 4 月施行されることになっていますが、どのような進捗状況にな
るのでしょうか。
しかし、GEM(ジェンダー・エンパワーメント)の評価基準の一つである女性の管理職の割合増に関しては、まだ難
しく、受け入れがたい風潮は残っているという話でした。加えて、性別役割分担意識も残っており、男性が家事に関
わる時間はまだまだ少ないということですが、育児に関わる時間はかなり増えてきたということです。保育園のお迎
えや子供との散歩や買い物はお父さんがすることとして定着してきているようです。日本も少しずつ同様の道を辿っ
ていくのではないでしょうか。
4.女性の社会進出、男女平等の推進(訪問先:国立ロスキレ大学)
デンマークは高福祉国家として知られていて、その充実した社会福祉制度は消費税率25%、国民の税負担は5
0%を超えるという税制で支えられています。そのため、政治への関心はとても高く、政治への参加意識が強いため 、
税の高負担への不満は低く生活満足度が高い国でもあります。また、少子化を乗り越えた国としても注目されていま
す。このデンマークの国立ロスキレ大学で同権問題について話を聞いてきました。
デンマークは、日本より10年以上早い1970年代より同権問題に対する取組みを進めています。この労働力不足
の時代を、他国からの労働力で解決しようとした国もありましたが、ここでデンマークは自国の女性の労働力を選び
ました。その結果、女性の就業率が上がり、その環境を整えることで、子育てや介護に関する社会福祉制度が充実
したことから、今の日本は学ぶべき点が多くあると思われます。
特に興味を持ったのが育児休暇制度です。デンマークの産休・育児休暇は、母親が取得できる18週間(産前4週 、
産後14週)と、別に父親が取得できる期間が2週間あり、両親のどちらかが取得可能な育児休暇が32週間ありま
す。取得できる期間は日本よりも少し充実しているだけですが、その違いは取得しやすいものであるかという点にあ
ります。
その違いは充実した給付金にあるといえます。デンマークでは 1 ヶ月に13,340クローネ(約30万円)が支給され
ます。月の給与額を保証し、給付金から差引いた不足分を支給している企業も多くあるそうです。日本では休業中に
もらえる金額は、産休中は6割、育児休業中は3割(復帰半年後に2割)支給される制度がありますが、これでは生
活が殆ど成り立たないということが、男性が育児休暇を取れない理由の一つでもあります。デンマークでは5年以内
には、男性の産・育児休暇の取得が義務化されるのではないかという話もあるそうです。
同権をより進めるにはという質問に、教授から「家庭の中にも政治を持ち込むことだ」と返ってきました。お互いが助
けあい、話し合いをもち、家族に優しい職場作り、家庭作りが進むと、目指すべき社会像が見えるのかもしれません。
5.働きやすい職場環境(訪問先:ノボ・ノルディスク社)
ノボ・ノルディスク社(以下:ノボ社)は糖尿病のインシュリンや成長ホルモンを扱う世界的企業で、世界企業ランキ
ング3位に選ばれる優良企業でもあります。このノボ社は、自分と同僚、仕事、家庭、社会等、所謂、ワークライフバ
ランスを確立することを重要視しています。 ノボ社の基本労働時間は週37時間ですが、その他にパートタイム、フ
レックスタイム、在宅勤務制度もあり、待遇の差はありません。また、教育に力を入れていて、新人教育、職種別教
育、復職前の研修制度もあります。加えて、スポーツジムの割引やストレス管理支援等、健康的な生活促進のため
の支援制度も整えています。敷地内には保育園があり、デンマークの保育園はすべて公営のため、その一部の資
金をノボ社が援助しており、ノボ社の社員の子は優先して入れるようになっていました。
このような職場と家庭のバランスを重視した会社の姿勢を「国内・スカンジナビア内ではユニーク(unique)ではない
が、特別(special)である」と担当者は誇らしげに語っていました。
このノボ社のワークライフバランスの重要な取組みの一つとして、充実した産・育休制度が挙げられます。前述した
デンマークの充実した出産・育児休暇制度に、さらにノボ社は独自の内容をプラスしてより手厚くしています。
具体的には、出産・育児全期間にわたり給与100%を保障し、男性がとれる休暇は法律上では2週間のところ、ノ
ボ社では3週間を認めています。ほぼ全員の従業員が52週の産・育児休暇を取得しているそうです。また、このよう
な各種制度を利用するにあたり、申請期限が定められていました。これは企業の運営にあたり欠かせないものであ
りましょう。
【デンマークとノボ・ノルディスク社の産・育児休暇制度】
デンマーク
ノボ社
休暇期間
休業補償
休暇期間
休業補償
産前
4週間
4週間
13340
通常給与
父親休暇
2週間
2週間
DKK/月
100%
母親休暇
14 週間
14 週間
育児休暇
32 週間
32 週間
【ノボ社 2006 年 休暇制度取得状況】
種別
女性
男性
従業員数
6414 人
6134 人
父親休暇
―
277 人
産休
401 人
―
両親休暇
585 人
250 人
また、2003年にノボ社は、会社の価値観が従業員に浸透しているかの外部調査を行い、その結果は「浸透してい
る」という満足できるものであったそうです。その際「優秀な人は性別に関わり
なく判断してほしい」「優秀な女性に対しもっとチャンスを与えるべきだ」という
要望もあがったそうです。これにより、もっと女性の従業員に対する態度を重
要視して会社の運営を進めていかなければならない、という考えをより強くした
ようです。
現在、ノボ社の従業員の男女比率は50対50で、管理職では7対3です。優
秀な女性がいるという考えの下、性別、人種に関係なく、従業員に対してよりフ
昼食交流会
ェアな姿勢保ち、優秀な人材は的確な場所へ配置するという考えが、ツールとい
う言葉で紹介されました。大工道具は使うべき場所で使うことで、一番力が発揮さ
れるからという意味のようで、日本で言う、適材適所が当てはまるのではないかと
思いました。 「女性の活躍は可能にできると思うし、可能にしなければならない」
という言葉に、女性への活躍の期待の高さを伺え、とても嬉しく感じました。説明
役の男性の上司である女性は出産・育児休暇を取得後復帰して今では副社長に
ノボ社訪問の様子
なっているそうです。
6.幼児教育(訪問先:森の保育園)
デンマークの保育園はすべて公営で、そこで働くペタゴと呼ばれる保育士はもちろん公務員です。保育料は家計の
収入やその保育園の特性によって多少差はあるものの、約4万円程度です。また、日本でよく耳にする待機児童は
殆どなく、第一希望の園に入れないことはあっても、必ず他の受け入れ先はあるということから、数的に充実している
ことが伺えました。
私は、3~6歳の31人の子どもを6人のペタゴが預かっている「森の保育
園」を訪問しました。その名の通り、園は森の近くにあり、登園後9:30~1
4:00の間、森の中で過ごします。ナイフやのこぎり、糸など、子どもの想像
力を豊かに広げることが出来る道具のみを持っていき、一切おもちゃは持っ
ていきません。
完全装備の子ども達
日本で言えば12月・1月の真冬の気候の中、子ども達は元気に飛び出し
ていきました。スキーウェアのようなつなぎの服を着用し、フェイスガードに手袋、そして大きなリュックと防寒とアドベ
ンチャー対策に完璧な服装でした。
実際の森の中での保育は見守り中心です。活動ができるように仕向けること
はあっても、「何かをしなさい」という指示はしないそうです。木にぶらさがる子、
葉を散らして遊ぶ子、水溜りに入る子、ナイフで木を削る子等、自由奔放に遊
んでいました。昼になると集合して昼食をとります。そのお弁当は日本のような
色とりどりのキャラクター弁当ではなく、カンケースに入ったキューリとチーズを
ナイフを利用して遊ぶ子ども
黒パンで挟んだサンドイッチ等でとてもシンプルでした。これなら私も毎日苦に
ならず弁当を作れるかなと思えるものでした。
ここで感じたことは、こども達が自分のできる範囲をよく知っているということでした。4歳の子が当たり前のようにナ
イフ使用したり、木にぶらさがったり、岩に登ります。日本であれば、危ないから、汚れるから、怪我をするからと、ど
うしても避けてしまいがちになることを平然とやっていました。
「大きな怪我などで問題になったりしたことはないですか?」という質問に「1
0年の間に2回ぐらいしかありません。」という回答でした。また、親の理解もあ
るようで、「そんなにうちの子は元気だったのですね。」と言ってくれるそうです 。
どちらかというと、都会の遊具のある保育園の方が、怪我が多いということでし
た。
また、この園は、自然に触れさせることも大切しながら、文化も深くつきつめ、
岩の上で遊ぶ子ども達
子供に直接触れさせることが重要と考えているようで、週に一度は劇場、映画館、美術館に行っているそうです。す
ばらしいと感心しました。この保育園を訪問し、日本がまず取り組むべき課題は、保育・託児所数の改善と質の見直
しではないかと感じました。
7.所感
オランダもデンマークも夜は家の照明を明々と使用せず、キャンドルの光りを主に生活をするようで、どこのスーパ
ーに行っても、キャンドルが沢山売っていました。
また、エコバックは当たり前で、袋が必要な場合は有料です。飲み物はビン類が多く、製品価格に一定金額の「デ
ポジット(預託金)」を上乗せして販売し、使用後の容器返却時に預託金を返却するデポジット制が定着しているよう
でした。
さらに、自転車の利用がとても多く、バイク並みの速さで自転車道路を走っていました。特にデンマークでは子ども
を乗せるかご付きの自転車を多くみかけ、生活に身近なところで、日本は環境に対する取組みが遅れていると感じ
ました。
スーパーで売られる沢山のキャンドル
デポジット機
また、両国共に、ベビーカーを押したり、自転車のカゴに子供を乗せている父親をよく見かけ、働きながら子育てに
参加する男性の姿がありました。ある訪問先で「男性の子育ての参加が進んだ要因はなんですか?」という質問に、
「子育てに対してステータスが持てるようになったから」という答えをもらいました。若い夫婦、そして、退職した祖父世
代にもそういった考えが広がっているそうです。日本ではなかなか払拭出来ない伝統的な男女の考え方があります。
この点はとても参考にできるのではないかと感じました。
それに加えて、日本では教育費がかかります。訪問した両国とも、塾に通うという習慣はないようで、競争ばかりが
激化している日本での教育現場の在り方を見直すことで、子ども一人に対する教育費も変わってくると思います。
オランダ・デンマークを訪問して、日本は働き方に関して「オランダ・モデル」の取入れを目指していることが分かり
ました。日本はオランダの1家計に対して1.5馬力を目指しているようです。しかし、すでにデンマークは女性のパー
ト時代を乗り越えて、今は基本フルタイムで働く人ばかりなので、2馬力となっています。
日本も制度や施設の充実を速く進めて、フルタイムを希望する人は、迷うことなくフルタイムが実現できる社会にな
って欲しいと思います。
オランダ・デンマーク共に労働力不足から週40時間労働へ戻すことも検討されているようですが、現在、週37時
間労働が基本となっていることから、仕事の質の高さが伺えます。労働力の足りない部分は人を補充をすることで、
雇用を生みます。そして、働く人は賃金と充実した自分の時間を持てるようになります。これこそ、ワークライフバラン
スです。女性にとっても、男性にとっても、これは日本の目指すべき社会なのかもしれないと感じた研修となりました。