福島原発事故と放射線の健康影響(医療被曝を中心に) 放射線医学総合研究所名誉研究員 飯沼 武(医学物理士) はじめに 今回の福島原発の事故はわが国にとって初めての貴重な経験となりました。 講演では福島原発の事故と放射線の人体に対する影響について、私見をまじえてお話しさせて頂き ます。とくに、医療では多くの放射線を使っておりますので、その理由を患者さんに説明しなけれ ばなりませんが、そのための医療における利益と放射線被曝のリスクのバランスについて意見を述 べさせて頂きます。忌憚のないご意見をお願い申し上げます。 1)放射線の歴史 ・レントゲンによる X 線の発見 1895 年 放射線時代の幕開け ・ベクレルによる放射能の発見 1896 年 ・キュリー夫妻による Ra の発見 1898 年 ・ラザフォードによるアルファ線、ベータ線、ガンマ線 1900―1903 年 2)放射線の種類 ・アルファ線:ヘリウムの原子核 ・ベータ線:電子 ・X 線・ガンマ線:電磁波、両者同じもの ・中性子線:原子核の構成要素、陽子と違い電荷なし ・ほかにも沢山ありますが、省略 3)放射線の性質 ・見えない、痛くない、味もしない ☆ ・アルファ線:透過力小さい、電離能力大きい ・ベータ線:透過力中くらい、電離能力小さい ・X 線・ガンマ線:透過力大きい、電離能力小さい ・中性子線;透過力大きい、陽子と反応 4)放射線の単位 ・吸収線量:グレイ(Gy) 1J/kg 最も基本となる物理量 ・等価線量:シーベルト(Sv) 吸収線量*放射線加重係数 ・実効線量:シーベルト(Sv) 等価線量*組織加重係数 ☆ ・放射線加重係数:光子、電子 1.0、陽子 2.0、中性子 5−20、α粒子 20 ・組織加重係数:骨髄、結腸、肺、乳房など 0.12、生殖腺 0.08、膀胱など 0.04 ・放射能の単位:ベクレル(Bq) 1 崩壊/秒 以前はキュリ―(Ci):370 億 Bq 5)放射線の人体への影響 ・広島・長崎の被爆者の追跡データが基本 ・確定的影響:しきい線量あり、皮膚の紅斑、脱毛、奇形 ・確率的影響:しきい線量なし(LNT 仮説) 発がん>>遺伝的影響 ・低線量の被曝で問題になるのは主として発がん、実効線量で評価 ・外部被曝:人体の外部からの X 線、ガンマ線による被曝 ・内部被曝:放射性物質の体内摂取による被曝、α線、β線も対象となる 1 6)放射線防護 ・国際放射線防護委員会(ICRP) ・国連科学委員会(UNSCEAR) ・放射線防護の原則: 1)行為の正当化(justification) 2)防護の最適化(optimization) 3)線量限度(dose limits) ・ICRP 勧告:職業人 100mSv/5 年 50mSv/1 年 一般人:1mSv/年 ・医療の放射線:線量限度が適用されない。利益>リスクの担保 7)放射線被曝・事故の歴史 日本から見た歴史 ・広島・長崎の原子爆弾:一回の大線量照射 岡本太郎の絵☆ ・米ソの水爆の大気圏核実験、第 5 福竜丸の被ばく事故 ☆ 1963‐1965 年の死の灰の世界的な拡散 Sr90 Cs137 ☆ ・チェルノブイリ原発事故(1986):原発最悪の事故 70 人放射線により死亡 ・スリーマイル島原発事故(1979):炉心が溶融、死亡者はない。 ・JCO の臨界事故:3 人大線量被曝、2 人死亡 8)今回の福島原発事故 ・東日本大震災の被災状況:飯沼の私見 PDF ☆ ・福島原発事故 3 月 29 日 測定放射線量 3 月 29 日 ・測定放射線量 4 月 2 日 モニタリングのイメージ ・測定放射線量 4 月 8 日 I-131(8 日),Cs-137(30 年), Sr-90(29 年) ・原発収束の工程表:ステップ 1:3 か月 ステップ 2:3-6 カ月 ・飯沼の私見;チェルノブイリよりは小さいが、スリーマイルよりは大規模?☆ 9)福島原発事故の健康への影響−飯沼の私見 ・低線量の確率的影響、とくに発がんがあるかもしれない。 ・LNT 仮説によると、100mSv の被曝で 0.5%の発がん増加 ・ICRP の避難勧告:20―100mSv/年 日本の避難勧告:20mSv/年 20000μSv/365*24=2.28μSv/時 ・2011 年 4 月 21 日 日本政府の避難計画 警戒区域の設定 ・年間積算線量:2012 年 3 月 11 日までの汚染地図 ☆ ・現在の放射線のレベルでは住民に発がんの増加は観察されない ・原発の現場作業者に関しては健康管理が必要 ・土地や海洋の放射能汚染では Cs137 が問題になるが、今のレベルでは 数年で解決すると思われる ・山下俊一先生の見解 ☆ 10)医療被曝 ・医療では多くの放射線を利用している:放射線診断と放射線治療 ・CT と MRI の人口当たりの保有台数は世界一、医療被曝も世界一 ・日本人の被曝:自然放射線 1.5mSv 医療放射線 2.3mSv 合計 3.8mSv ☆ ・放射線診断:胸部 X 線 0.06mSv CT5-30mSv PET2-10mSv ・放射線治療:50―70Gy 大線量で癌を治療する ・医療における原則は利益>リスクを担保する。ICRP は正当化(Justification) 2 11)放射線医学総合研究所とは ・日本の放射線防護と放射線利用の拠点 ・医療における放射線利用:1)重粒子医科学センター 2)分子イメージング研究センター ・放射線防護と安全:1)放射線防護センター 2)緊急被ばく医療研究センター ・わが国の緊急被ばく医療の中心機関:REMAT ・今後の役割:放射線作業者のモニタリングと健康管理 住民の健康診断への勧告 12)将来の日本のエネルギーと原子力発電(私見) ・将来のエネルギー需要を考えると、原子力は必要である。 ・原発大国フランスは 80%の電力を原子力に依存している、安全対策を学ぶ。 ・地震や津波のリスクの多い日本としては万全の安全対策を考える必要がある。 ・事故の可能性はゼロにはなりえない。リスクの大きさを予測 ・リスクと利益のバランスを考え、どの程度のリスクを許容するか? ・国民的な議論と最終的なコンセンサスが必要! 14)参考書 ・舘野之男著:放射線と健康.岩波新書 745. 2001 年 8 月初版 2011 年再販 3
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