免震層に大きな変形能力を付与した 免震建物の構造設計

技術報告
免震層に大きな変形能力を付与した
免震建物の構造設計
Structural Design of Base Isolated Buildings with Large Deformation Capacity in Isolated Layer.
吉田 聡*1、軸丸 久司*2、西村京一郎*3、高達 暁子*4
1. はじめに
検討会において「あらゆる可能性を考慮した最大クラス
近年、南海トラフを震源とする巨大地震や、上町断層
の巨大な地震」について検討がなされており、国総研に
帯の地震に代表される内陸直下型地震など、建築基準法
おいても南海トラフを対象とした地震動について検討が
で定める地震荷重のレベルを大きく超える地震動が予測
すすめられている。現状の設計用地震動としては、公表
されている。
されているパラメータをもとに各設計者がそれぞれの手
ここでは、建築基準法で定める地震荷重のレベルを大
きく超える地震動に対応するため、免震層に大きな変形
能力を付与した免震建物の構造設計事例を2例紹介す
法により算出している状況である。
2. 2 基 準法のレベルを超える設計用地震動に
対する免震建物の免震層変位
図2-1に、大震研上町断層波(指針が推奨する3Bレベ
る。
ル)、および南海トラフを対象として作成した設計用地
2. 建築基準法のレベルを超える設計用地震動
震動に対する内部粘性減衰定数20%時における変位応
2. 1 設計用地震動の現状
答スペクトルを示す。いずれも大阪市北区周辺を想定し
大阪市周辺の免震建物に対し、建築基準法で定める地
震荷重のレベルを大きく超える地震としては、以下の2
た地震動波形であり、内部粘性減衰定数を20%としたの
は免震建物の免震層最大変位を推定するためである。
図2-1によると、通常の免震建物がターゲットとする
つの地震が代表的である。
・上町断層帯の地震
固有周期帯(3 ~ 6秒程度)では、免震層の最大応答変
・南海トラフを震源とする巨大地震
形は600 mmを超え、800mm超えにもなり得ることが
2つの地震のうち、上町断層帯の地震に関しては、大
分かる。
阪府域内陸直下型地震に対する建築設計用地震動および
大震研指針では、このような免震層の大きな変形に対
設計法に関する研究会(以下、大震研)より2011年7月
し、擁壁への衝突を考慮した設計や、積層ゴム破断時の
に発表された「大阪府域内陸直下型地震に対する建築設
フェイルセーフを考慮した設計が示されている。
計用地震動および耐震設計指針(その1 上町断層帯地
図2-1から、通常の免震建物の固有周期帯においては、
震に対する大阪市域編)
」
(以下、大震研指針)として設
南海トラフ地震、上町断層地震ともに免震層の応答変位
計用地震動および耐震設計法が示されている 。
は、概ね固有周期と応答変位が比例関係にある。しかし
1)
一方、南海トラフを震源とする巨大地震に対しては、
ながら、上町断層帯のパルスタイプ(長周期パルス波2)
内閣府に南海トラフの巨大地震に関する協議会、検討
が卓越する地震動によるもので、代表的な地震動波形を
会、ワーキンググループ等が設置され、巨大地震モデル
図2-2に示す)においては、パルス周期近傍より長周期
*1 YOSHIDA Satoshi:株式会社日建設計 構造設計部門 主管
*2 JIKUMARU Hisashi:株式会社日建設計 構造設計部門 主管
*3 NISHIMURA Kyoichirou:株式会社日建設計 構造設計部門
*4 TAKADACHI Akiko :株式会社日建設計 構造設計部門
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側において大きな変形が生じる場合があり、図2-1では
免震周期4 ~ 5秒で700 ~ 800mm程度の変形となる。
いずれにしても免震周期を4 ~ 6秒程度と設定した場
なお、いずれの建物も、上町断層帯の地震および南海
トラフの地震は、レベル2を超える地震動として余裕度
の確認を行うレベルとして扱っている。
合の免震層の最大変形は800mm程度と推定され、この
大変形にいかに対応するかが設計上の課題となる。
表3-1 免震建物事例2例の免震部分の概要
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400%ṍ)
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3. 2 堺市に建つ病院の構造設計事例
-超長周期で大きな変形能力をもつ免震建物-
3. 2. 1 建物概要
建物名称:(仮称)堺市総合医療センター・救命救急
センター
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(2)༡ᾏ
図2-1 h=20%時の変位応答スペクトル
主 用 途:病院・診療所
建 築 主:地方独立行政法人 堺市立病院機構
設計監理:日建・岸本建築設計共同体
施 工:大林組・堺土建・東陽電気商会
建設工事共同企業体
建設場所:大阪府堺市西区津久野町他
10
20
30
40
45 Time in Seec 50
B2EW2 Ἴ(ࣃࣝ
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図2-2 大震研上町断層波(A3ゾーンレベル3B)
階 数:地上9階、地下1階、塔屋1階
延床面積:約41000m2(免震建物部分のみ)
高 さ:約41m
構 造:鉄骨造、基礎免震
3. 構造設計事例
3. 1 計事例の概要
以下の表3-1に本稿で紹介する免震建物2例について、
本建物は堺市の基幹病院である市立堺病院の移転・新
築計画に基づき計画された建物である。救命救急セン
主として免震部分の概要をまとめて示す。2例ともに大
ターを整備することで、災害拠点病院として救急・災害
震研3B波に対して擁壁に衝突させない設計を行ったも
医療から地域医療まで広範囲の役割を担う医療施設であ
ので、800mm以上の変形能力を有する所に特徴がある。
る。
南海トラフの地震に対しては、伊予灘を含まない東海・
東南海・南海の3連動地震を対象としている。
図3-2-1に外観パースを、図3-2-2に建物の断面構成を、
図3-2-3に基準階平面図を示す。
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断面構成としては、B1 ~ 2階の低層部に外来や救急・
サービス部門を、3階に手術部門を、4階には管理部門、
5 ~ 9階には病棟を配置し、屋上には場外離発着場(ヘ
リポート)を配置している。
図3-2-4 架構断面図(南北断面)
図3-2-1 外観パース
図3-2-2 建物断面構成
図3-2-5 架構断面図(東西断面)
図3-2-3 基準階平面図(7~9階)
図3-2-6 基準階床梁伏図
3. 2. 2 構造計画概要
本建物は、災害拠点病院として高い耐震性を確保する
本建物の架構断面図を図3-2-4、図3-2-5に示す。
ために免震構造を採用している。基本設計の初期段階が
上部構造の構造計画は、大きな免震層の変形能力を確
大震研の指針の発表時期と重なったこと、耐震性に優れ
保することを優先した計画としている。具体的には、上
た病院としたい建築主の意向と合致したことから、大震
部構造を鉄骨造とし、柱スパンをできるだけ大きくとる
研3B波(指針が推奨するレベル)を検討用地震波とし
ことで免震支承数を減らし、各免震支承材に大きな軸力
て採用することとした。
を集める計画としている。
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上部構造は柱に冷間成形角形鋼管、梁にH形鋼を使用
を長周期化するため、変動軸力が小さい部分には弾性す
したラーメン架構を基本とし、建物中央のコア部および
べり支承を使用し、外周部で軸力の小さい部分には直動
外周部に設けた耐震ブレースまたは耐震間柱にて水平剛
転がり支承を使用している。これらの支承計画により、
性を補う計画としている。免震層直上のB1階床梁は鉄
積層ゴムのみによる固有周期はT f=7.4秒と、一般的な免
骨鉄筋コンクリート造とし、免震層下部の基礎梁は鉄筋
震建物の固有周期に対して大幅な長周期化を実現してい
コンクリート造としている。図3-2-6に基準階伏図を、
る。
表3-2-1に主要部材断面寸法を示す。
大幅な長周期化を指向する理由としては、一般的な固
有周期の場合には、上町断層帯地震に対応するために大
表3-2-1 主要部材断面寸法
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H-900×300×16×22 㹼
H-900×350×19×366N490%)
H-600×300×12×19 㹼
H-600×300×16×326N490%)
WH-300×250×16×19㸪
WH-350×300×22×226N490%)
きなダンパー耐力が必要となり、その結果、レベル2時
にダンパー過多となり、応答加速度や応答層せん断力が
悪化するためである。
超長周期化のターゲットは、地震基盤から表層までの
卓越周期が6秒前後であることから、共振を防ぐ意味で
地盤の卓越周期を上回る周期として設定している。これ
により、レベル2地震に対する応答を大幅に改善するこ
とができている。
ダンパーは、風荷重に対してトリガーの役割を果たす
基礎構造は杭基礎とし、杭は1柱1杭の場所打ちコン
クリート拡底杭としている。杭の支持層はGL-30 ~
鋼材ダンパーと、粘性体により地震時の揺れに対する大
きな減衰効果を発揮するオイルダンパーを併用している。
35m付近の洪積互層としている。
免震部材の配置図を図3-2-7に示す。免震部材は、支
承材としては天然ゴム系積層ゴムアイソレータ、直動転
がり支承、弾性すべり支承を使用し、ダンパーは鋼材ダ
ンパーとオイルダンパーを使用している。
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(b)ࣂ࢖ࣜࢽ࢔ᆺ
図3-2-8 オイルダンパーの速度-減衰力関係
オイルダンパーは、図3-2-8に示す速度-減衰力関係
がリニア型のものとバイリニア型のものを併用してい
る。通常の免震建物ではバイリニア型が用いられること
が多いが、本建物ではレベル2地震に対して100%の減
衰力を発揮しないリニア型を併用して配置することで、
レベル2地震時、レベル2を超える地震時のそれぞれに
図3-2-7 免震部材配置図
最適なダンパー量となるよう調整している。
鋼材ダンパー、弾性すべり支承の降伏耐力にオイルダ
予備応答解析の結果、免震層の最大変形は大震研上町
ンパーの最大減衰力を足したダンパー降伏耐力は、免震
断層波(3Bレベル)に対して800mmを超えることが想
層が支える重量に対して4.4%としている。
定されるため、免震層には850mm以上の変形能力を確
3. 2. 3 極大地震への対応方針の建築主との協議
保する計画としている。変形能力の確保のため、積層ゴ
大震研の上町断層帯地震に対応する方針については、
ムの径は全て1200φ(S2=5)とすることで破断変位
図3-2-9に示す説明資料により建築主と協議した。本敷
960mm(400%歪)以上を確保している。また固有周期
地は堺市内にあるため、大震研指針が対象とする大阪市
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表3-2-2 耐震設計クライテリア
域からは南側にやや外れるものの、敷地は大阪市域の
D6ゾーンに含まれており、大震研指針の地震波がその
まま使用できると判断している。
説明資料の内容としては、「大震研とは」に始まり、
上町断層帯地震の概略とこれまでの研究成果、大震研指
針の概要等を記述している。レベル3Aへの対応であれ
ばこれまでの設計手法が踏襲できるが、3Bへの対応を
行う場合は、免震層に通常よりも一段高い安全性の確保
(積層ゴムの径のアップ、ダンパー量の増)が必要であ
る旨を記述している。
懸念される様々な地震動に対する検討を多角的に行
い、高い耐震性能を確保した建物であることを市民にア
ピールしたい建築主の意向とも合致したため、レベル
3Bへの対応を行うことで合意した。
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なお、本合意内容に基づいて作成した基本設計書は、
堺市民病院のWEBページ上に公開され3)、法の想定規
各層最大層間変形角を示す。
模を上回る上町断層帯地震に対する対応を行うこと、上
免震層の最大変形は840mmとなり、クリアランス以
町断層帯地震としては、大震研のレベル3B波を採用す
下となっている。応答層せん断力は弾性限耐力以下、層
ることなどが情報公開されている。
間変形角は1/200以下となっている。
図3-2-9 大震研上町断層帯地震の説明資料(イメージ)
3. 2. 4 設計クライテリア
図3-2-10 大震研3B波に対する応答最大層せん断力
本建物の設計クライテリアを採用地震波とともに表
3-2-2に示す。
レベル1,2に対して上部・基礎構造の各部を短期許容
応力度以下とし、レベル2を超える地震動として設定す
る3地震波に対しては弾性限耐力以下と設定している。
免震層の変形は、レベル2に対して積層ゴムの安定変形
である500mm以下、レベル2を超える3地震波に対して
免震層のクリアランスである850mm以下としている。
3. 2. 5 レベル2を超える地震波に対する応答解析結果
レベル2を超える地震動のうち、大震研上町断層波に
対する応答解析結果の一例として、図3-2-10に応答層せ
ん断力を、図3-2-11に各層最大層間変形を、図3-2-12に
8
図3-2-11 大震研3B波に対する応答最大層間変形
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境配慮・省エネ」に重点を置いた計画としている。免震
構造の採用や非常用発電機の増強、大容量オイルタンク
や断水時にも利用可能なトイレを備えるなど、高い防災
機能を有するビルとして計画している。
3. 3. 2 構造計画概要
本建物は事業継続性(BCP)に優れたテナントオフィ
スというコンセプトで計画され、高い耐震性能を付与す
るために、免震構造を採用している。前項の事例と同様
に、免震化を検討する段階が、大震研指針の発表時期と
図3-2-12 大震研3B波に対する応答最大層間変形角
3. 3 大阪市に建つ事務所ビルの構造設計事例
-既存躯体の中で大きな変形能力を確保した免震建物-
3. 3. 1 建物概要
建物名称:淀屋橋ミッドキューブ
主 用 途:事務所
建 築 主:株式会社住友倉庫
設計監理:株式会社日建設計
施 工:鹿島建設株式会社
建設場所:大阪市中央区北浜
階 数:地上10階、地下1階、塔屋1階
延床面積:約12000m2
高 さ:約47m
構 造:鉄骨造・鉄筋コンクリート造、基礎免震
本建物は近代建築が点在し、大阪市役所や大手金融機
関なども立地する淀屋橋地区に建設される事務所ビルで
ある。外観は、重厚な建物が集積する地区にふさわしい
図3-3-1 外観パース
品格をそなえながら、集約した柱型とオフィスフロアの
特徴が現れたコーナー部の表情によって、街角の景観を
印象的なものとすることを意図して計画している。図
3-3-1に外観パースを示す。
基準階は、北・西・南に開口部を持つ一辺30mの正方
形状の無柱空間とし、開口部は床から天井までの2.9m
஦ົᐊ
高さのフルハイトサッシュ、外周部の柱も集約配置する
ことで開放感があり、明るいオフィススペースを実現し
ている。
主な建物構成としては地下1階に駐車場を、1階にオ
フィスエントランス・店舗を、2階~ 10階に基準階オ
フ ィ ス を 配 し て い る。図3-3-2に 基 準 階 平 面 図を、図
3-3-3に断面図を示す。
本建物は「ゆとりあるオフィス」「防災機能強化」「環
図3-3-2 基準階平面図
9
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を細径500φの円形鋼管柱とすることで、建築計画と合
致した明るく開放的なオフィス空間に寄与している。
基礎構造は直接基礎(べた基礎)とし、厚さ850およ
Ҹm
び1650mmのマットスラブにより建物を支持している。
஦ົᐊ
㈚ᐊ
㥔㌴ሙ
図3-3-3 建物断面図(東西断面)
重なったこと、将来に渡って高い耐震性を維持したい建
築主の意向から、大震研3B波(指針が推奨するレベル)
を検討用地震波として採用することとしている。
本建物の架構断面図を図3-3-4、図3-3-5に示す。主要
図3-3-4 架構断面図(1通り)
な部材断面寸法と鋼材種を表3-3-1に示す。
表3-3-1 主要部材断面寸法
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H-80™0×14×22 㹼
H-80™0×16×66N490B)
WH-950×450×16×2 㹼
WH-950×500×16×406N490B)
WH-50™00×19×19㸪
WH-00™00×25×256N490B)
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‫ڧ‬50™0×9BCR295)
免震層上部は、地下階を鉄筋コンクリート造および鉄
骨鉄筋コンクリート造で耐震壁付きラーメン架構とし、
1階より上部を鉄骨造の耐震ブレース付きラーメン架構
としている。図3-3-6に示す基準階伏図のように、コア
側を除く建物外周の3辺中央部に750×750mmの箱形断
面を有する2本の組柱を配し、950mmせいの2組の格子
梁によりオフィス内部を無柱空間としているところに特
徴がある。組柱は石貼りの外装に包まれ、外周4隅の柱
10
図3-3-5 架構断面図(B,C通り)
GBRC Vol.39 No.2 2014.4
ኵ௵
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㖄ධࡾ✚ᒙࢦ࣒(110ȭ™0 ᇶ)
図3-3-6 基準階伏図
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マットスラブとしたのは、既存建物の最下階床を残置
ᙎᛶࡍ࡭ࡾᨭᢎ㹼7‫™ڧ‬8 ᇶ
し、また既存建物外壁の中に免震層をおさめるために、
࢜࢖ࣝࢲࣥࣃ࣮6 ᇶ)
できるだけ薄い基礎スラブとするためである。
図3-3-7 免震部材配置図
上部構造を鉄骨造とする等の軽量化により、既存躯体
基礎スラブ下部に作用する接地圧は、解体前よりも小さ
くなることを確認している。
震構造に変更した。
敷地内には、ほぼ敷地一杯に拡がる既存建物の地下部
免震部材の配置図を図3-3-7に示す。免震部材は、支
分を残しており、免震化の検討においても既存躯体を残
承材として鉛入り積層ゴム、天然ゴム系積層ゴムおよび
置しつつ大きな変形能力を確保する計画としている。免
弾性すべり支承を、ダンパーは、オイルダンパーおよび
震化に伴う検討の経緯を以下に示す。
鉛入り積層ゴム内に封入された鉛を使用している。
耐震構造における地下部周辺の断面図を図3-3-8に示
予備応答解析の結果、免震層の最大変形は上町断層帯
す。耐震構造においては、既存建物の最下階床スラブと
地震に対して800mm弱となるため、免震層には800mm
地下外壁はすべて残置し、埋戻し土(コンクリートまた
以上の変形能力を確保する計画とした。変形能力の確保
は高規格流動化処理土)の重量により施工中の浮上りを
のために積層ゴムの径はすべて1100φ(S2=5)とする
防止する計画としていた。
ことで破断変位880mm(400%歪)以上を確保してい
る。また固有周期を長周期化するため、軸力が小さい部
分の支承は弾性すべり支承としている。
積層ゴムのみによる固有周期はTf=5.2秒としている。
オイルダンパーは、前項の図3-2-8に示す速度-減衰力
関係がリニア型のもののみを使用している。これはレベ
ル2地震時にオイルダンパーが最大減衰力に達しないこ
とでレベル2に対するダンパー量が過大になることを防
ぐためである。
図3-3-8 耐震構造建物としての東西断面図
大震研上町断層波に対する応答変形を800mm以下と
するため、弾性すべり支承や鉛の降伏耐力とオイルダン
既存建物の制約の中で免震化による影響が最も少ない
パーの最大減衰力を足したダンパー降伏耐力は、地震時
計画としては、地下1階の柱頭位置にて免震化すること
重量の4.8%と一般的な免震建物よりもやや多めとして
であった。地下1階柱頭免震とした場合の断面図を図
いる。
3-3-9に示す。
3. 3. 3 既存躯体の制約の中での免震化の検討
本建物は、当初耐震構造で計画を行い、設計途中に免
地下1階柱頭免震とした場合の問題点としては、近年、
年に一度程度の割合で頻発する内水氾濫への対処であ
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図3-3-9 地下1階柱頭免震とした場合の東西断面図
る。大きな変形に対応したエキスパンションジョイント
を使用し、内水氾濫時に地下階への水の侵入を防ぐこと
は現状の技術では難しく、結果として図3-3-10に示す基
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礎免震を採用することとなった。
図3-3-11 基礎免震の場合の既存躯体関係図
図3-3-10に示す通り、地下1階下部にある機械式駐車
を二段から一段に変更した上で範囲を拡げ、基礎スラブ
厚さをマットスラブの採用で極力薄くすることにより、
表3-3-2 耐震設計クライテリア
耐震構造とほぼ同様の断面構成でかつ既存躯体内での基
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礎免震構造を実現できた。
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図3-3-10 基礎免震とした場合の東西断面図
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基礎免震案における既存建物と新築建物との平面的な
位置関係を図3-3-11に示す。
南側では既存地下外壁を撤去する必要があるが、既存
躯体外部には、既存建物建設時の山留め壁として鉄筋コ
450mm以下、レベル2超える3地震波に対して免震層の
クリアランスである800mm以下としている。
3. 3. 5 地震応答解析結果概要
ンクリート地中連壁があることが当時の建設記録および
大震研上町断層波に対する応答解析結果の一例とし
地盤調査の結果分かっており、当該部分の既存建物地下
て、図3-3-12に応答層せん断力を、図3-3-13に各層最大
外壁を撤去することは可能と判断した。
層間変形を、図3-3-14に各層最大層間変形角の逆数を示
3. 3. 4 設計クライテリア
す。
本建物の設計クライテリアを採用地震波とともに表
免震層の最大変形は789mmとなり、クリアランス以
3-3-2に示す。レベル1,2に対して各部を短期許容応力度
下となっている。その他、応答層せん断力は弾性限耐力
以下に、レベル2を超える地震動として設定する3地震
以下、各層の最大層間変形角は1/180程度となっている。
波に対して弾性限耐力以下に設定している。免震層の変
形 は、 レ ベ ル2に 対 し て 積 層 ゴ ム の 安 定 変 形 で あ る
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きな変形能力を有する免震建物の事例が今後増えていく
と考えている。
【参考文献】
1)J SCA大震研:大阪府域内陸直下型地震に対する建築設計用
地震動および耐震設計指針(その1 上町断層帯地震に対
する大阪市域編),2011.7
2)日本建築学会近畿支部耐震構造部会:シンポジウム「上町
断層帯による想定地震動に対する耐震設計を考える」資料,
長周期パルス波が卓越する条件,PP.1 ~ 6,2009.1
図3-3-12 大震研3B波に対する応答最大層せん断力
3)堺市病院機構WEBページ:新病院基本設計図書(PDFファ
イル)
http://www.sakai-city-hospital.jp/sakaicho/construct/
kihonsekkeitosho120120.pdf,P016,2011.12
【執筆者】
*1 吉田 聡
(YOSHIDA Satoshi)
*2 軸丸 久司
*3 西村 京一郎
(JIKUMARU Hisashi) (NISHIMURA Kyoichirou)
図3-3-13 大震研3B波に対する応答最大層間変形
*4 高達 暁子
(TAKADACHI Akiko)
図3-3-14 大震研3B波に対する応答最大層間変形角の逆数
4. おわりに
建築基準法で定める地震荷重のレベルを大きく超える
地震、特に大震研上町断層波に対応するため、免震層に
大きな変形能力を付与した免震建物事例2件を紹介し
た。
社会の防災意識の高まりとともに、本事例のような大
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