「TPPと日本の国益」 PDF

TPP と日本の国益
東京大学教授
鈴木宣弘
はじめに
日本が議長国を務める APEC(環太平洋協力会議)会合の開催に合わせて、米国が提唱する
APEC21 ヵ国全体での自由貿易協定(FTAAP)に向けての一里塚と位置づけられつつある TPP(環太
平洋連携協定)への日本の参加問題が大きな争点としてにわかに浮上した。 2010 年 11 月に開催された APEC 横浜会合では、近い将来(来年の 11 月の次回会合)の正式参
加表明を目指して、国内の関税・非関税措置を全廃するための国内対策を早急に詰める方向性
が示唆されたといえる。 TPP 参加は、関税及び非関税措置をすべて撤廃するという点で、我が国が進めてきたアジア
に重点を置いた、従来型の柔軟性ある FTA/EPA の方向性を一気に覆すものである。国内の関税・
非関税措置を全廃するというような極端な状況を前提に、短期間で国内措置を準備することは
常識的には困難である。これまでの長い歴史的積み重ねを考えれば、唐突にそのようなことが
可能なわけがないように思われるが、議論は進められようとしている。ゼロ関税にすれば農業
の競争力強化や輸出産業化につながるという見解は現実離れしている。その前に産業が崩壊し、
地域も荒れ果て、国民への食料供給を確保するという国家の責務も大きく揺らぐ危険がある。 金融、医療等、労働者の移動も含むサービス分野を開放困難な分野として位置づけてきた我
が国が、これらを一気に開放することは、我が国の産業、雇用、国民生活全体に劇的な変化を
もたらすことを意味する。 つまり、
「農業のせいで国益が失われる」かのような「農業保護 vs 国益」で問題を捉えるべ
きではない。国益といわれているのは主として輸出産業の利益であり、むしろ、
「輸出産業の利
益のために失う国益の大きさ」から、長期的な日本の国家戦略に基づき、国家全体としての得
失を総合的に評価すべき問題であり、十分時間をかけた冷静な国民的な議論が必要である。 錯綜する FTA
我が国とアジア及び環太平洋地域との自由貿易協定(FTA)締結をめぐっては、すでに締結され
ているシンガポール、メキシコ、マレーシア、チリ、タイ、インドネシア、ブルネイ、フィリ
ピン、ベトナム、インド(大筋合意)、ASEAN 全体に加え、政府間交渉中の、日韓(中断中)、日豪、
事前協議中の日中韓、日モンゴルがある。 それに加えて、より広域の構想として、ASEAN+3(日韓中)、ASEAN+3(日韓中)+3(オーストラリ
ア・NZ・インド)、APEC21 ヵ国全体での FTAAP、将来的には FTAAP につながる位置づけとされ、
かつ関税や非関税措置の撤廃の例外を原則として認めないという TPP(環太平洋連携)協定と、い
くつもの構想が出てきている。 図 1 に示したように、このような様々な自由貿易協定が、併存、または、並行的に交渉され
ることは、貿易ルール(様々な関税水準・原産地規則等)の錯綜による様々な弊害、交渉費用を
含む膨大な行政コストにもつながる。 アジアの先頭を走ってきた先進国としての日本が、我が国やアジア諸国、ひいては世界全体
の持続的な繁栄を視野に入れて、こうした錯綜した状況を整理し、我が国の長期的な国益に合
致する方向性を提示する必要がある。一部の産業の短期的な目先の利益や損失から、やみくも
に飛びついていくような判断を、国益と称するのは適当ではない。 FTA の本質 FTA の本質は「差別性」にある。そもそも、FTA は WTO(世界貿易機関)の「無差別原則」(例
えば、日本がモンゴルにカシミヤの関税をゼロにしたら、世界のその他のすべての国に対して
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もカシミヤの関税をゼロにしなくてはならない)の例外として、特定の相手だけに差別的に関税
撤廃等の優遇措置を提供するわけだから、それに参加していない国は必ず不利益を被る宿命を
背負っている。このため、競合国は、「仲間はずれ」の不利益を回避しようと、自らもその国と
FTA を結ぼうと躍起にならざるを得ない。 例えば、韓米 FTA の政府間合意が成立した(ただし、アメリカの求めで自動車と牛肉の再交渉
中)のを受けて、韓国車や韓国の家電製品はゼロ関税で対米輸出できることによる日本の自動車
や家電の損失を逃れたい輸出産業の要請から日米 FTA の推進機運へとつながる。確かに、輸出
産業の損失回避は、非常に重要な国益の一部である。 しかし、その視点のみで、やみくもに相手国を増やしていくことが、長期的な日本全体の国
益に合致するとはかぎらないのも当然である。 得るものと失うものの大きさの総合評価 「農業のせいで国益が失われる」かのような「農業保護 vs 国益」という図式は間違いであ
る。むしろ、「輸出産業の利益のために失う国益の大きさ」を考えなくてはならない。実は、海
外展開のある企業は 2000 社に 1 社程度であるから、大多数を占める中小企業にとっては輸入
品との競争激化が懸念される。 そもそも、我が国は、これまでの自由貿易協定交渉で繊維、皮革・履物、銅板、コメ等のセ
ンシティブ品目、金融、医療等、労働者の移動も含むサービス分野を開放困難な分野として位
置づけてきた。 とりわけ、農産物の中でわずかに高関税が維持されている 1 割の品目(コメ、乳製品等)が関
税撤廃されると、食料自給率は「基本計画」目標の 40→50%でなく、14%に向けて低下すると
農水省は試算する。これは、国民の命の根幹をなし、世界的にも武器と同じ「戦略物資」とさ
れる食料をほとんど海外に依存することを意味する。コメすらほとんど自国で供給できず、国
土と地域の荒廃が加速する。2008 年のようなコメ輸出規制が起これば、ハイチやフィリピンの
コメ暴動による社会不安の発生はまったくの他人事とは言えなくなる。これは農家保護の問題
でなく、国民生活と国家存立の問題である。 つまり、問題の構図は、 国益 vs 農業保護 ではなく、 輸出産業の利益 vs
中小企業 金融、医療等、労働者の移動も含むサービス分野、 繊維、皮革・履物、銅板、コメ、乳製品等のセンシティブ品目、 食料生産崩壊による国家安全保障のリスク、水田のダム機能や生物多
様性、国土・地域の荒廃等 の損失 のイメージになる。 これらを総合すると、例外を認めない全面開放の TPP に無理に急いで参加することの意味は
どこにあるのであろうか。日本が乗り遅れるのでなく、輸出産業が乗り遅れるという問題であ
るが、輸出産業の長期的、持続的な発展にとっても、TPP でなくてはならないであろうか。 欧州圏や米州圏の統合の拡大・深化へのアジアとしての対応 長期的、持続的な日本の繁栄の観点からのひとつの重要な視点は、欧州圏や米州圏の統合の
拡大・深化に対する政治経済的カウンタベイリング・パワー(拮抗力)としてのアジア圏の構築
の必要性である。日本が国際社会におけるプレゼンスを今後とも高めていくには、急成長する近隣諸
国と共存共栄の関係を築くことが重要である。 もちろん、これは、アメリカや EU、カナダ、オーストラリア等との緊密な経済連携、友好関係が必要な
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いという意味では全くない。対等な立場で、本当の意味での友好関係を築くためにも、その前提として
のアジアのまとまりが、まず重要だと思われる。したがって、日本の経済連携戦略は、基本的に、アジア
圏の強化を優先課題にすべきと思われる。 その観点からみると、最近のアジア地域における経済連携の議論には疑問がある。「東アジア
共同体」の議論も、参加国の範囲も確定できないでいる。主導権争いに腐心して、参加国の範
囲特定の理念が欠けてしまっては意味がない。日中両国は、困難を克服して、ともに東アジア
の将来のために協力する覚悟が不可欠であろう。 アメリカは、自身は NAFTA(北米自由貿易協定)等で米州圏の足場を固めておいてアジアに進
出を図っていながら、アジアが、まずアジア圏を形成しようとすることには強く反対している。
これは身勝手であろう。APEC21 カ国での FTA(FTAAP)というアメリカ提案は、APEC21 カ国での
FTA の実現そのものをアメリカが真剣に考えているわけではなく、東アジア共同体の具体的議
論を遅らせるのが目的だと認識したほうがよかろう。参加国を広げすぎれば、具体的議論は進
まない。 EU の歴史的展開をみても、第一段階における参加国の範囲は、「日中韓+ASEAN」を軸にすること
が自然である。韓米 FTA が合意されたからといって日本が浮き足立ち、日本もアメリカとの交渉を拙速に
進めようとしては、アジアは欧米の「草刈り場」になりかねない。日本とアジアの将来を見据えた冷静な
判断が求められる。 FTAAP への一里塚のようにして TPP への参加(当初のシンガポール、NZ、ブルネイ、チリに加
え、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナムが参加表明)が重視されつつあるが、これも
アジア圏形成の攪乱要因としての位置づけで考える必要がある。しかも、関税撤廃の例外は認
めないのが大原則となっているから、実は、参加表明しているアメリカですら、厳密には参加
は無理である。アメリカは米豪 FTA では砂糖と主要乳製品を実質的に例外にしているからであ
る。とりあえず、アメリカは、例外を申し出ずに TPP への参加表明をし、米豪 FTA で実質例外
にした砂糖と主要乳製品を豪州に対してのみ例外として認めるよう、あとで主張する作戦をと
った。カナダは最初から乳製品の例外を主張したため、参加交渉から閉め出された。日本が早
めにルールづくりに参加したほうが得策との見方があるが、日本が参加表明すれば、アメリカ
は自らのことは棚に上げて日本の例外は認めないと迫る可能性を考えたほうがよかろう。 すでにアメリカは、既存の FTA での合意は活かすルールを提案していると言われ、日本も、
例外を確保するために、まず、例外を確保する形で日豪、日米 FTA 等の締結を急ぎ、既成事実
をつくれば何とかなるとの見解もあるが、本当にそうであろうか。また、既存の合意を活かし
た上での TPP というのは、どういう実体があるのであろうか。 「例外なし」が優れた FTA というのは間違い そもそも FTA は、
「仲間はずれ」をつくるものだから、FTA を進める判断基準として、①世界
全体(域外国)の経済厚生に対する弊害を最小化しつつ、②自国及び域内国の「国益」を追求す
る、ということになる。 この観点からすると、例外なき FTA よりも高関税品目を除外するほうが①を満たすのである。
高関税品目ほど、それを含めると域外国への差別性は大きくなるからである。しかも、少なく
とも、日本の観点からすると、②も満たす。 例えば、日タイ FTA、日韓 FTA からセンシティブ品目(高関税の農畜産物の何品目か)を除外す
ると、域外国の不利益が総じて緩和されること、加えて、日本との相手国であるタイ、韓国の
利益は減少するが、日本の「国益」は高関税の農畜産物を除外することによって低まるのでは
なく、高まることが我々の試算で示されている。例えば、日タイ FTA の試算では、高関税の農
産物を関税撤廃から除外すると、日本の利益は 373 百万ドルから 1,034 百万ドルに増加する。 日米、日 EU についての試算は、農産物全体の除外ケースとの比較であるが、同様の結果が
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得られている。我々の試算では、日米 FTA によって、日本は 824 百万ドル、米国は 3,625 百万
ドルの経済的利益を得られる一方で、世界のその他の国々の損失額は、日米の利益の合計を上
回る 4,645 百万ドルと推定されている。この試算結果は、日米のように、経済規模の大きい 2
国が FTA を結ぶと、世界のその他の国々が被る損失額が巨額になり、その弊害が深刻であるこ
とを如実に物語っている。ただし、農産物・食品を関税撤廃の対象から除外すると、域外国の
損失は、1505 百万ドルまで、大幅に軽減される。 さらに、試算結果では、日米、日 EU のいずれにおいても、農産物・食品を関税撤廃の対象
から除外する方が、例外なしの場合よりも日本の経済利益は大きい。日米では、全面撤廃での
日本の利益は 824 百万ドルだが、農・食を除くと、1,966 百万ドルに増加する。これは、高関
税の農産物をゼロ関税にすると、貿易転換効果(効率的な域外国からの輸入が非効率な域内国か
らの輸入に取って代わる)ないし日本の輸入増による輸入価格(関税賦課前)の上昇により、日本
の消費者利益よりも、失う関税収入と生産者の損失の合計のほうが大きくなる可能性を示して
いる。つまり、高関税の農産物を除外ないし最低限の開放(相手国向けの低関税枠の設定等)に
とどめることは、消費者も含めた日本全体の国益になること、かつ域外国の国益にもなる可能
性に注意が必要である。 各国にセンシティブ品目がある-繊維、皮革・履物、銅板、サービス分野、コメ・・・ そもそも、どの国にもセンシティブ品目がある。日本では、相手国によって異なる場合もあ
るが、共通的なものとしては、製造業では、繊維、皮革・履物、銅板、農業関係では、コメ、
乳製品等、金融、医療等のサービス分野である。アメリカが絶対譲れないのは、砂糖と主要乳
製品である。カナダが絶対に譲れないのは乳製品である。 ただし、アメリカは、NAFTA では乳製品を例外にしなかった。カナダとメキシコ相手なら負
けないからである。アメリカは意図的に競争相手を排除できる FTA の特質を活かして、したた
かに自国の利益を確保している。こうして、FTA は、世界的にみた競争力の関係からは起こり
得ないような歪曲された貿易の流れを生じさせる。アメリカはメキシコに対して乳製品をゼロ
関税にしてメキシコへの輸出を伸ばし、米豪 FTA では自国より競争力のあるオーストラリアか
らの乳製品の流入を阻止した。米豪 FTA では、アメリカがずいぶん譲歩したように言われがち
だが、それは間違いなのである。 日本の場合も、相手国によって、様々なケースがある。例えば、チリとの FTA では、鉱工業
品では、銅が最大の課題であった。我が国の銅の実効関税は 1.8%だが、日本側は、銅関連産業
の付加価値率、利潤率は極めて低いため、わずかな価格低下でも産業の存続に甚大な影響があ
るため、関税撤廃は困難と説明した。 つまり、TPP のような「例外なし」原則では、本来は、アメリカやカナダや日本の参加は極
めて困難である。 過去の FTA で障害になったものは何か 例えば、日韓 FTA が中断したのは何か。表面的には農業が原因と言われているが、最も深刻
な問題は別にある。韓国が、素材・部品の輸入が増えて同産業に被害が出るとともに、対日貿
易赤字が拡大することを懸念し、日韓 FTA に消極的な韓国国内世論に配慮して、韓国側は、日
本に韓国中小企業への技術協力やそのための基金の出資について少しでも表明してほしいと求
めているが、日本側は「もはや途上国でない、そこまでして韓国と FTA を結ぶつもりはない」
として拒否している。確かに、日本政府がお金を出して対応すべき問題ではないというのは正
論かもしれないが、問題の政治性を考えると、かたくなな対応は FTA 推進の障害となり、結局
日本も利益を失う可能性を考慮する必要がある。 その他にも、事前協議の場である産官学共同研究会の様子から指摘できる点がある。日韓 FTA
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の場合、農産物にかぎらず韓国の関税率は一般に日本より高いので、韓国にとっては、関税よ
りむしろ、検疫、規格、原産国表示、不明瞭な商慣行等の非関税障壁や、関税が適用されない
ため様々な制限が設けられているサービス分野等を含む、できるかぎり包括的な両国間の規制
緩和を実現することが、日韓 FTA 成立の不可欠の条件となっていた。 では、サービス分野に関する日本の対応はどうか。金融、教育、法律、運輸、建設、電気通
信、医療等に関連するサービスの自由化については、文字どおり、一度も研究会のテーブルに
もつかなかった省庁さえあれば、韓国側からの要望に対して、「まったく論外」という印象を与
える回答がみられ、韓国側から再三失望感が表明された。早期本交渉開始を望んでいたのは日
本であったのに奇妙なことである。交渉も、結局は、相手を罵倒したり、やりこめることで何
かを得るのではなく、こうした誠意を示しつつ理解し合うことが問題解決の近道であることを
実感した。ほんの少しの前向きの姿勢と措置が、相手国にとっても日本から引き出した成果と
して報告でき、実は日本もほとんど困らないことなのに、それがなかなか言えないという実態
がある。 日マレーシア、日タイ FTA についても、農業分野が先行的に合意し、難航したのは、鉄鋼や
自動車であった。総じて、相手国から指摘されるのは、日本はアジアをリードする先進国とし
ての自覚がないということである。自らの利益になる部分は強硬に迫り、産業協力は拒否し、
都合の悪い部分は絶対に譲らない。まだまだ貧しい諸国に対して、露骨に自らの利益のみを追
求する日本では、アジアで「大人げない」といわれ、尊敬されない。自己の目先の利益のみを
追求しているものは長期的には滅びる。 農産物ではわずか 1 割の高関税品目の取扱いが焦点 このように、これまでの FTA 交渉で、農産物は先行合意したケースも多い。これは、一つに
は、先進国で最低の 40%という食料自給率の数字からもわかるように、極めて市場開放度が高
いからである。農産物の平均関税率は 11.7%と低水準で、かつ高関税品目の数は農産物全体の
約 10%に限られるため、大半の野菜の 3%に象徴される低関税品目を FTA に含めるならば(影響
は慎重に検討すべきだが)、多くの農産物を含んだ FTA が可能だからである。9 割の品目の関税
は世界的にも極めて低水準であるが、1 割の品目は、国家安全保障(national security)、地域社会
存続等からの最重要(センシティブ)品目であるため、わずかに残された、これらの品目の扱い
が焦点なのである。 関税撤廃の困難な品目に理解を得るためのキーワードは、
「協力と自由化のバランス」である。
タイを筆頭にアジア諸国が求めていた「協力と自由化のバランス」(協力を拡充すればセンシテ
ィブ品目の自由化の度合いが低くてもよい)を重視し、農業分野での様々な協力(援助)拡充を打
ち出したことも農産物のスムーズな決着に貢献した。さらには、零細農民の所得向上に配慮し
た優先的措置も表明した。例えば、フィリピンとの FTA において、小規模農家の生産する品目
の関税を優先的に撤廃することを約束した。具体的には、小さい種類のバナナ(モンキー・バナ
ナ等)である。また、重量の小さいパイナップルについても優先的に無税枠の設定を行うことを
約束した。こうした措置は、我が国が自身のセンシティブ農産物では十分に各国の要請に応え
られない面があるけれども、FTA の利益から取り残されがちな零細農に対する優先的配慮を可
能なかぎり行い、アジア農村の貧困解消と所得向上に貢献することで、バランスを確保しよう
としていることの表明である。 だから、農業が障害で従来の FTA が進まなかったから、もう一気に TPP を進めるしかないと
いうような議論もおかしいのである。 TPP は食料自給率 40→14%の道筋 しかし、オーストラリア、アメリカには、これまでの手法が通用しない。そもそも協力や援
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助の対象ではないし、農産物貿易に占める重要品目(コメ、乳製品、牛肉、砂糖、小麦等)の割
合が5割を超えているオーストラリアについては、農産物貿易額の5割以上を例外とする FTA
は考えられないことから、従来のように重要品目にほとんど手をつけないで協定を結ぶことが
不可能に近い。日豪間で、かりに例外なしの関税撤廃が行われた場合には、すでに 40%しかな
い我が国のカロリーベースの食料自給率が 30%まで下がるとの試算が農水省等から出されてい
る。 さらに、アメリカの最大の関心品目はコメであり、「コメを含めて全農産物を含めない限り、
日本との FTA はありえない」とアメリカの多くの関係者が明言している。TPP は、日豪、日米
を一気に進めるようなものである。 こうした農業大国と、品目数でわずかに1割程度の残された重要品目さえ全て含む FTA を締
結するということは、ほぼ全世界に対する農産物貿易自由化に近づくことになる。世界に対す
る全面的な国境措置の撤廃により自給率は 14%になるとの試算が農水省から出されている。 食料の位置づけ-国民の命を守る戦略物資 食料自給率 14%で国民の命を守ることはできるだろうか。かりに輸出産業がさらに発展でき
たとしても、地域社会が崩壊し、国土が荒れ果てる中、安全な食料を安く大量に買い続けられ
ることを前提にして突き進むのが、日本の将来のあるべき姿なのかどうかが問われている。こ
れは、農業関係者が決めることでも、経済界が決めることでもなく、消費者を含む国民全体で
決定すべき、我が国の国家のあり方に対する重大な選択である。 食料の確保は、軍事、エネルギーと並んで国家存立の重要な三本柱の一つであり、食料は「戦
略物資」というのが、世界の常識である。 新しい基本計画では、「食料・農業・農村政策は国家戦略であり、食料の安定供給を将来
にわたって確保することが国家の最も基本的な責務」であり、「国民全体で農業・農村を支
える社会を目指す」と宣言したが、これは世界的には常識であり、見方を変えると、その
ことを基本計画の最初でわざわざ宣言しなくてはならないことが、我が国における問題と
いえる。 食料は人々の命に直結する最も基本的な必需財であり、国民に安全な食料を安定的に確保す
ることは国家としての責務であるが、諸外国に比較して、日本ではこの認識が薄いように思わ
れる。農業政策は単なる農家保護政策なのではなく、国民一人一人が、自らの食料をどう確保
するか、そのための政策だという認識が必要である。 先進国の中で最低レベルの 40%という我が国の食料自給率は、我々の体のエネルギーの
60%もを海外の食料に依存していることを意味しており、極端な言い方をすると、原産国
表示ルールに基づけば、日本人は「日本産」ではなく「アメリカ産」ないし「中国産」と
言うべきだという議論にさえなってくる。 食料危機はアメリカが創り出した「人災」か? 我々はアメリカの食料戦略を知る必要がある。2008 年の食料危機は、アメリカが創り出した
「人災」の側面がある。高騰した穀物価格のうち、需給要因で説明できるのは半分程度で、残
りの半分は投機マネーや輸出規制によるバブルの高騰だった。アメリカは、いわば、「安く売っ
てあげるから非効率な農業はやめたほうがよい」といって世界の農産物貿易自由化を進めてき
た。それによって、基礎食料の生産国が減り、アメリカ等の少数国に依存する市場構造になっ
たため、需給にショックが生じると、価格が上がりやすく、それを見て、高値期待から投機マ
ネーが入りやすく、不安心理から輸出規制が起きやすくなり、価格高騰が増幅される。そして、
バイオ燃料で需給ショックの一因を創り出したのもアメリカである。 アメリカは、農家への差額補填(生産コストと販売価格との差)で安い食料輸出を実現してい
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るため、財政負担が苦しくなると、今回のように、バイオ燃料の推進等を理由にして市場価格
をつり上げてしまう。北米自由貿易協定で主食のトウモロコシ生産農家が潰れ、アメリカから
安く買えばいいと思っていたら、こんどは価格暴騰で手に入らなくなる事態に追い込まれたメ
キシコは、アメリカの都合に振り回された典型例とも言われる。 コメについても、世界全体としては在庫水準は前年よりも改善していたのに、高騰した他の
穀物への代替でコメ需要が増えるとの不安心理が増幅されて、まず自国優先で、輸出規制とい
う食料の囲い込みが起こり、「高くて買えないどころか、お金を出しても買えない」事態が起こ
り、関税削減を進めたためにコメ生産が縮小してしまっていた途上国では、主食が手に入らな
くなり、死者を出すような暴動が起きた。 「輸出規制を規制すればよいだけだ」との見解もあるが、国際ルールに、かりに何らかの条
項ができたとしても、いざというときに自国民の食料をさておいて海外に供給してくれる国が
あるとは思えない。 日本が「標的」? 日本もアメリカの「標的」と言われてきた。ウイスコンシン大学のある教授は「食料は軍事
的武器と同じ武器であり、直接食べる食料だけでなく、畜産物のエサが重要である。まず、日
本に対して、日本で畜産が行われているように見えても、エサをすべてアメリカから供給すれ
ば、完全にコントロールできる。これを世界に広げていくのがアメリカの食料戦略だ。そのた
めに農家の子弟には頑張ってほしい」と授業で教えていたと言われる。原文では、
「君たちはア
メリカの威信を担っている。アメリカの農産物は政治上の武器だ。だから安くて品質のよいも
のをたくさんつくりなさい。それが世界をコントロールする道具になる。たとえば東の海の上
に浮かんだ小さな国はよく動く。でも、勝手に動かれては不都合だから、その行き先をフィー
ド(feed)で引っ張れ」と紹介されている(大江正章『農業という仕事』岩波ジュニア新書、2001
年)。そのおかげで日本の畜産が発展できた面もあるので一概に否定はできないが、これがアメ
リカの戦略である。食料は戦略物資であり、世界戦略、国家戦略として、食料政策が位置づけ
られていることを日本も学ぶ必要がある。 ブッシュ前大統領の日本を皮肉るかのような演説も象徴的である。「食料自給は国家安全保
障の問題であり、それが常に保証されているアメリカは有り難い」(It's a national security interest to be self‐sufficient in food. It's a luxury that you've always taken for granted here in this country.)、
「食料自給できない国を想像できるか、それは国際的圧力と危険にさらされている国だ」(Can you imagine a country that was unable to grow enough food to feed the people? It would be a nation that would be subject to international pressure. It would be a nation at risk)といった具合である。 アメリカの食料戦略に学ぶ かたや、我が国は、世界的にも過剰なほどの「優等生」としてWTOによる農業保護削減に対
応してきた。政府の価格支持政策をほとんど廃止したのは日本だけであり、農産物関税も平均
で11.7%と低く、農業所得に占める財政負担の割合も15.6%で、欧州諸国が軒並み90%を超えて
いるのに対してはるかに低い。それにもかかわらず、消費者の国産への評価を反映した内外価
格差(国産プレミアム)が「非関税障壁」と見なされるような誤りもあって、いまだに最も過保護
な農業保護国、しかも、価格支持政策に依存した遅れた農業保護国と内外で批判されており、
こうした誤解が消費者・国民の「冷たい目」に影響し、食料生産の関連予算も減り続けている。 一方で、世界の食料輸出国は、なぜ輸出国になりえているのかを、よく見極める必要がある。
例えば、実は、アメリカのコメ生産費は、労賃の安いタイやベトナムよりもかなり高く、競争
力からすれば、アメリカはコメの輸入国になるはずなのに、コメ生産の半分以上を輸出してい
る。なぜ、このようなことが可能なのか。それは、コメの販売価格は輸出可能なほど低いが、
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再生産が可能な生産費を保証する目標価格と、輸出可能な価格水準との差が 3 段階の手段で全
額政府から補填される仕組みがあるからである。安く売っても増産していけるだけの所得補填
があるから、どんどん増産可能で、いくら増産しても、販売価格は安いから、海外に向けて安
く販売していく「はけ口」が確保されている。まさに、「攻撃的な保護」で、この仕組みは、コ
メだけでなく、小麦、とうもろこし、大豆、綿花等にも使われ、これがアメリカの食料戦略を
支えている。 しかも、このアメリカの穀物等への不足払い制度は、輸出向けについては、明らかに実質的
な輸出補助金と考えられるが、WTO の規則上は、「お咎めなし」なのである。実は、世界の農
産物輸出は「隠れた」輸出補助金に満ち満ちており、WTO において 2013 年までにすべての輸
出補助金を廃止することが決定されたのだから、日本も、さらに関税削減をすべきというのは
おかしい。2013 年までに全廃される予定の輸出補助金は「氷山の一角」というべきである。こ
のように WTO ルールは、輸出国に有利な不平等性を持ち、しかも、アメリカ等の輸出国自身も、
それを金科玉条のように守るべきものとは考えていない。TPP 等の FTA では、関税はゼロなの
に、輸出補助金は実質野放しとなるため、輸出国と輸入国との不公平の度合いは、WTO 以上に
高まる。 つまり、アメリカ等は農業の国際競争力があるから、輸出国になり、100%を超える自給率が
達成されていると説明されるが、これは間違いである。換言すれば、我が国の自給率の低さは
過保護のせいではなく、保護水準の低さの証であり、欧米諸国の自給率・輸出力の高さは、競
争力のおかげではなく、手厚い戦略的支援の証ともいえる。食料というのは、国家戦略によっ
て増産し、自給率 100%は当然で、いかにそれ以上に生産して、世界に貢献、あるいは世界をコ
ントロールしていこうか、というくらいの戦略物資なのである。 関税でなく直接支払いで補填すればよいという議論 次に出てくるのは、かりに FTA においてコメを完全なゼロ関税にしても所得補償があるから
大丈夫という議論であるが、現在の国内生産(約 900 万トン)が維持できるように 1 俵 14,000 円(全
国平均のコメ生産費)と約 3,000 円(輸入米価格)との差額を補填するには、概算でも 1.7 兆円程度
の財政負担が毎年コメだけで生じる可能性があり、およそ現実的ではない。その他の農産物も
含めると、必要補填額は少なくともこの 2 倍近くになる可能性もある。これを国民が許容し、
財源も確保できるというなら、その根拠を明確にし、国民に約束をしてからにしないと、空手
形になる可能性が極めて高い。 ゼロ関税を大前提とせずに、柔軟な対応が可能ならば、例えば、関税率を 250%に引き下げた
場合は、必要な補填額は 5,000 億円程度までは減少する。つまり、関税水準と必要な財政負担
額はセットであり、柔軟な対応が可能ならば、このことを踏まえた現実的な議論の余地が生ま
れる。 ----------------------------------------------------------------------------<ゼロ関税の場合>
コメ供給確保に必要な補填額=(14,000 円/俵-3,000 円/俵)×900 万トン=1.65 兆円
<関税 250%の場合>
コメ供給確保に必要な補填額=(14,000 円/俵-10,500 円/俵)×900 万トン=5,000 億円
----------------------------------------------------------------------------また、外部効果(多面的機能)を考慮した総合評価を行うことが経済学の常識になっている現
在において、WTO や FTA の貿易ルールでは、それを考慮しない何十年も前のオールド・ファッ
ションな経済学が、いまだに使われているというのは、奇妙なことである。例えば、コメにつ
いては、国家安全保障に加え、生物多様性(オタマジャクシ、カブトエビの数など)、水田の洪
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水防止機能・水質浄化機能、バーチャル・ウォーター(日本のコメ輸入により海外の水不足がど
れだけ深刻化するか)、カーボン・フットプリント(原料調達・生産・流通・消費・再利用まで
の全行程での CO2 排出量の表示)、窒素負荷の軽減、農村景観の維持などに生じる損失が、貿易
の利益と対比されるべきであるが、まったく考慮されていない。2010 年 10 月に名古屋で開催
された COP10 でも、生物多様性の経済評価が行われたが、現段階では、それは貿易ルールとは
別問題のように位置づけられており、その成果を貿易ルールに反映するという連動がない。 TPP への参加効果が GDP で 2.4~3.2 兆円増という内閣府の試算も、外部効果の損失は考慮さ
れていない。農水省の試算によれば、TPP 参加に伴う農業の多面的機能の喪失額は 3.7 兆円と
見込まれているので、これを差し引いただけでも、TPP 参加は損失のほうが大きいという総合
評価になることに留意すべきである。 要約と結論 我が国とアジア及び環太平洋地域との自由貿易協定(FTA/EPA)締結をめぐっては、様々な協定
が、併存、または、並行的に提案・交渉されており、貿易ルールの錯綜による様々な弊害も深
刻化しつつある。こうした中、米国が提唱する APEC(環太平洋協力会議)21 ヵ国全体での自由貿
易協定(FTAAP)に向けての一里塚と位置づけられつつある TPP(環太平洋連携協定)への日本の参
加の是非が争点となり、今回の APEC 横浜会合では、近い将来(来年の 11 月の次回会合)の正式
参加表明を目指して、国内の関税・非関税措置を全廃するための国内対策を早急に詰める方向
性が示唆されたといえる。 TPP 参加は、関税及び非関税措置をすべて撤廃するという点で、我が国が進めてきたアジア
に重点を置いた、従来型の柔軟性ある FTA/EPA の方向性を一気に覆すものである。国内の関税・
非関税措置を全廃するというような極端な状況を前提に、短期間で国内措置を準備することは
常識的には困難である。これまでの長い歴史的積み重ねを考えれば、唐突にそのようなことが
可能なわけがないと思われるが、事態は進行している。ゼロ関税にすれば農業の競争力強化や
輸出産業化につながるという見解は現実離れしている。その前に産業が崩壊してしまう。 FTA の本質は「差別性」にある。FTA は WTO(世界貿易機関)の「無差別原則」の例外として、
特定の相手だけに差別的に関税撤廃等の優遇措置を提供するから、それに参加しない国は必ず
不利益を被る宿命を持つ。このため、「仲間はずれ」の不利益を回避しようと、自動車や家電等
の輸出産業があせる気持ちもわかる。しかし、一部の産業の目先の利益や損失から、やみくも
に飛びつくのを国益と称するのは適当ではない。 「農業のせいで国益が失われる」かのような「農業保護 vs 国益」の構図は間違いであり、
むしろ、「輸出産業の利益のために失う国益の大きさ」も考えなくてはならない。実は、海外展
開のある企業は 2000 社に 1 社程度であるから、大多数を占める中小企業にとっては輸入品と
の競争激化が懸念される。そもそも、我が国は、これまでの FTA 交渉で繊維、皮革・履物、銅
板、コメ、乳製品等のセンシティブ品目、金融、医療等、労働者の移動も含むサービス分野を
開放困難な分野として位置づけてきた。これらを一気に開放することは、我が国の産業、雇用、
国民生活全体に劇的な変化をもたらすことを意味する。 とりわけ、農産物の中でわずかに高関税が維持されているコメ、乳製品等、1 割の品目が関
税撤廃されると、食料自給率は 14%に向けて低下すると農水省は試算している。これは、国民
生活の根幹をなし、世界的にも武器と同じ「戦略物資」とされる食料をほとんど海外に依存す
ることを意味する。国土と地域の荒廃が加速する。これは農家保護の問題でなく、国民生活と
国家存立の問題である。 食料の確保は、軍事、エネルギーと並んで国家存立の重要な三本柱の一つであるというのが
世界の常識である。米国は日本を「標的」と見なしてきたとも言われている。ウイスコンシン
大学の教授は「食料は武器であり、直接食べる食料だけでなく、畜産物のエサが重要である。
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まず、日本に対して、日本で畜産が行われているように見えても、エサをすべて米国から供給
すれば、完全にコントロールできる。これを世界に広げていくのが米国の食料戦略だ。そのた
めに農家の子弟には頑張ってほしい」と授業で教えていたと言われる。
「東の海の上に浮かんだ
小さな国はよく動く。でも、勝手に動かれては不都合だから、その行き先を feed(エサ)で引っ
張れ」と言う言葉が象徴している。これが米国における食料の位置づけである。 これらを総合すると、例外を認めない全面開放の TPP に無理に急いで参加することの意味は
どこにあるのか。日本が乗り遅れるというより、輸出産業が乗り遅れるという問題であるが、
輸出産業の長期的、持続的な発展にとっても、TPP でなくてはならないのであろうか。 長期的、持続的な日本の繁栄の観点からのひとつの重要な視点は、欧州圏や米州圏の統合の
拡大・深化に対する政治経済的拮抗力としてのアジア圏の構築の必要性である。日本とアジア
と、ひいては世界全体の均衡ある発展のためには、まず、アジア諸国が、お互いに配慮し合っ
た柔軟な FTA 締結によってアジア圏を構築する形で、成長のエネルギーを共有する足場を固め
ることが重要である。もちろん、これは、米国等との緊密な経済連携、友好関係が必要ないという意
味では全くない。対等な立場で、本当の意味での友好関係を築くためにも、その前提としてのアジアの
まとまりが、まず重要だと思われる。日本は、中国に対する次元の低い対抗ではなく、困難を克服し
つつ、今後もさらに成長する中国と協力して、それを推進する必要がある。経済学的に見ても、
柔軟な FTA こそが、域外国の損失も緩和し、日本の国益も向上する。 米国は、自身は NAFTA(北米自由貿易協定)等で米州圏の足場を固めておいてアジアに進出を
図っていながら、アジアが、まずアジア圏を形成しようとすることには強く反対している。こ
れは身勝手であろう。FTAAP や TPP への米国の動きは、アジア圏構築の具体的議論を遅らせる
意図もあることを認識すべきである。それに乗ることは、アジアが「草刈り場」になりかねな
いことを意味する。 農産物については、これまでの FTA 交渉では、高関税で自由化困難な品目については、相手
国の農業発展のための協力強化で理解を得、他の分野に先行して合意できたケースが多く、農
業が障害になって締結が遅れたというのも間違いである。例えば、交渉中断中の韓国も、最大
の理由は、素材・部品産業の打撃と対日赤字の増加を懸念する韓国が要請している産業協力に
対して、日本側は、そこまでして韓国と FTA を結ぶ気はないと回答しているからである。だか
ら、農業が障害で従来の FTA が進まなかったから、もう一気に TPP だというのもおかしい。 実は、アメリカは、例外を申し出ずに TPP への参加表明をし、米豪 FTA で実質例外にした砂
糖と主要乳製品を豪州に対してのみ例外として認めるよう、あとで主張する作戦をとった。カ
ナダは最初から乳製品の例外を主張したため、参加交渉から閉め出された。日本が早めにルー
ルづくりに参加したほうが得策との見方があるが、日本が参加表明すれば、アメリカは自らの
ことは棚に上げて日本の例外は認めないと迫る可能性を考えたほうがよかろう。 関税撤廃しても所得補償を必ず増額できるというのであれば、コメだけで毎年 1.7 兆円、乳
製品等も含めれば 3 兆円を超すであろう財源について、例えば、環境税の導入、消費税の税率
の引上げ等による試算から具体的な財源確保の裏付けを提示して、国民に約束する必要がある。
それが空手形になったら、我が国は、身近で調達できる食料がさらに激減し、国民に大きなリ
スクをもたらし、世界から冷笑される戦略なき国家となりかねない。 以上のように、TPP は、「とりあえず参加を表明しておこう、例外は後で何とかすればよいし、
ダメでも、所得補償すればよい」というような安易な対応が許される問題ではなく、まさに我
が国の長期的な国家戦略が問われていることを認識すべきである。 冷静に国民的な議論をすれば、拙速な対応は回避されるはずである。ここで、農家や関係者
の皆さんがやる気をなくすようなことがあってはならない。落ち着いて、皆で協力して、事態
の正常化に努めることが重要である。 10
図1 APEC21カ国・地域の中で錯綜する経済連携関係
ロシア
アメリカ
インド
日本
中国 韓国
ASEAN+
オーストラリア
ニュージーランド
ASEAN+
TP
FTAA
(APEC21
11
中南米