東海大学福岡短期大学 観光文化研究所 所報 第 17 号(2013) 着地型観光の課題と日本型 DMC の可能性 宮内 1.はじめに 順* 機関を中心にツアーが組まれたのは必然であった。 旅行会社は販売予算を達成するために必要な規模で、 地域再生の切り札として、地域で観光を運営する着地 航空座席など運輸機関の仕入れを行い、これに宿泊及び 型観光が注目され、全国各地でその取り組みが見られる 観光をセットして、ツアーとして販売したのである。言 ようになった。着地型観光は、旅行会社の主力商品であ い換えれば、発地型観光は、消費者に近く、販売に便利 るパッケージツアーと異なり、地元の観光協会や NPO だからという理由だけでなく、急増する運輸機関の座席 が主体となって展開する新しい観光形態であり、従来の 販売という側面があったことは否定できない。 観光産業が構築してきた旅行商品の造成や流通の仕組み 1970 年代から 1980 年代にかけての旅行マーケットの とは別個に位置づけられるものだけに、マーケティング 拡大は、発地型観光というビジネスモデルに負うところ や流通システムの欠如、さらに限定的な需要など多くの が大きい。大量仕入れによる廉価販売は、市場の裾野を 課題を抱えており、継続的な事業として成立している事 拡大し、マスツーリズム時代を演出する最大の要因にな 例は少ない。地域への経済効果への期待から、注目を集 った。海外旅行を例にとると、1980 年初頭の 400 万人か めるようになった着地型観光の課題と日本型 DMC の可 ら、1990 年には 1000 万人へと旅行者が急増したが、こ 能性を考察する。 れは、新聞や雑誌によるメディア販売が広がり、旅行の 低価格化に拍車がかかったことと関係しており、発地型 2.発地型観光の発展 観光がそれだけ、マーケットに広く受け入れられたこと がうかがわれる。 観光産業で着地型という言葉が最初に使われたのは、 3.発地型観光の限界 1970 年代にさかのぼる。1970 年前後にパッケージツアー が成立し、旅行マーケットが急成長する原動力となった が、旅行商品のほとんどは、出発地の旅行会社によって 1990 年代に入り、旅行需要の成熟とともに、発地型観 開発された。これに対し、ごく一部ではあったが、目的 光の限界が指摘されるようになる。世界的にも、1980 年 地側で旅行商品を企画し、出発地の旅行会社が航空会社 代は大量の旅行者がデスティネーション(目的地)に集 など運輸機関と組み合わせて販売する形態も、1970 年代 中するマスツーリズムが確立した時期であり、観光の経 半ばに登場し、こうした商品は着地型と呼ばれた。 済効果が高く評価される一方で、旅行者の集中が環境へ 着地型商品は主に店舗(カウンター)で、一般消費者 の悪影響など様々な問題を引き起こし、マスツーリズム 向けに販売されたが、旅行マーケットで大きなシェアを 批判が一気に広がった。マスツーリズムに代わる新しい 獲得することはなかった。旅行会社による着地型商品は、 観光として、米国を中心にオルタナティブツーリズムが 現在もパッケージツアーの一部で催行されているもの 提唱されるようになった背景に、このマスツーリズムに の、21 世紀になって全国的に注目を集めるようになった 対する反省がある。 着地型観光と異なり、地域との結びつきは薄く、むしろ、 エコツーリズムやアグリツーリズム、ヘリテージツー ツアーそのものは発地型観光と同様、有名観光地を周遊 リズムなど 1980 年代に広がったオルタナティブツーリ するタイプがほとんどであった。 ズムの動きを加速させたのが、旅行需要の成熟である。 発地型観光が旅行ビジネスの中核に位置づけられたの 発地型観光をベースとした大量廉価販売、そして新聞や は、旅行会社が運輸機関の代理店として出発したという 雑誌などによるメディア販売の普及は旅行市場を急成長 歴史によるところが大きい。1960~70 年代に航空機の大 させたが、このことは同時に、需要の成熟を促し、大量 型化が進み、余剰の座席を販売する必要から、パッケー 廉価販売を実現した効率を最優先した商品開発では対応 ジツアーが企画されたことを考えれば、航空機など運輸 できない新しい旅行者を作り出した。 * 東海大学経営学部観光ビジネス学科 教授 -29- 1980 年代から、旅行業界で FTT(注1)という言葉が きい。現状では、旅行商品の収益の相当部分を運輸機関 使われ始める。観光産業では個人あるいは少人数の旅行 に依存しており、運輸機関からの収入が期待できないか、 者を、FTT と称しているが、需要の成熟により、旅行市 あるいは非常に少ない着地型観光では、企業の維持その 場の主役が団体旅行から、FIT に移行するとともに、旅 ものが難しく、旅行会社による着地型観光の取り組みは、 行に付加価値を求める旅行者が増加し、1990 年代には、 21 世紀に入った現在でも、一部の旅行会社にとどまって FIT がマーケットの一大潮流となる。 いる。 この新しい旅行者は、名所旧跡を周遊する旅行では満 着地型観光をめぐる動きが、遅々として進まないなか 足せず、デスティネーションに滞在する体験交流型のツ で、特筆されるのは一般社団法人全国旅行業協会 アーや、特別なテーマをもった SIT(注2)、さらには、 (ANTA)である。中小の旅行会社で組織する全旅協で 自然環境の保全を目的としたエコツーリズムなど、有名 は、1990 年代の後半から、会員会社をネットワークで結 観光地を巡る従来型のツアーとは明らかに異なった旅行 ぶ ANTA ネットの開発に着手しており、その一環として、 形態を特色としていた。 着地型観光に取り組む姿勢を鮮明にしている。 発地型観光では、目的地における観光は多くの場合、 この ANTA の着地型観光プロジェクトは、同協会の下 名所旧跡が中心となるが、これは、出発地で企画・運営 部機関である株式会社全旅が中心となり、全国各地にロ するという制約上、地域との関係が希薄になり、たとえ ケーションを有する 5700 社の会員をネットワークで結 ば地元住民との交流や、伝統文化の体験など地域をベー び、地域の旅行会社が開発した着地型観光を、全国に展 スとした高度なプログラムを組むことが難しかったから 開する会員会社で販売しようというものである。地域で である。その結果、地域に対する効果も限定的になり、 開発した着地型観光による旅行商品を「地旅」というブ 観光に期待されている地域活性化の役割を十分に果たす ランドで統一し、地旅の博覧会を開催するなど、積極的 ことはできなかった。 に着地型観光事業を推進している。 4.着地型観光の登場 5.地域側の着地型観光 こうした観光を取り巻く環境の変化のなかで、1990 年 21 世紀に入り、旅行会社による着地型観光が、一部の 代の終わり頃から、注目されるようになったのが、着地 動きにとどまっていることと対照的に、地域側の着地型 型観光である。発地型観光に限界が見える一方で、イン 観光への取り組みは、きわめて活発である。その理由は、 ターネットの普及により、旅行会社の運輸機関の代理と 観光が地域活性化に及ぼす効果が大きいことが認識され いう機能は著しく低下し、従来型のビジネスモデルが立 たことと、2006 年の観光立国推進基本法の制定とそれに ちゆかない状況が生じたのである。 ともなう緩和措置により、制度的に地域で旅行商品を開 着地型観光は、出発地でツアーを造成・販売する発地 発することが容易になったことがあげられる。 型観光と異なり、目的地であるデスティネーションで旅 パッケージツアーのようにあらかじめ旅行を組み立て 行を企画・運営する新しい観光の考え方である。地域と ておき、参加者を募集する形態を旅行業法では募集型企 の緊密な関係を前提とした観光形態であり、体験交流型 画旅行と称しており、着地型観光もこの分類に入る。従 のプログラムなど地域のさまざまなコンテンツを生かし 来、旅行業者のうち、財産的な基盤が小さい第3種旅行 た旅行企画が可能である。言い換えれば、それだけ地域 業では、募集型企画旅行を扱うことができなかった。し への経済効果が大きく、地域の衰退が危機的な状況を迎 かし、旅行業法の改正で隣接市町村までの範囲に限り、 えている今日の日本では、地域活性化の主役として、地 その扱いを認め、さらに、昨年4月の改正では、地域限 域から大きな期待を持って迎えられたのは当然であっ 定旅行業という新たな旅行業者の種別をもうけ、実質的 た。 に隣接市町村に限るものの、非常に低いハードルで着地 成熟した旅行需要に対応する新しいビジネスモデルの 型観光を扱うことができるようにした。その結果、地域 構築が緊急課題となった旅行会社にとって、着地型観光 の観光協会や NPO などで旅行業登録を行い、着地型観光 は魅力的であったが、発地型観光に特化した業態から、 に取り組むケースが急増している。 着地型観光への転換は容易には進まなかった。大量廉価 政府及び全国の地方公共団体では、着地型観光を促進 販売によって巨額の販売高を可能にする発地型観光に比 するために、資金面を含め、さまざまな支援を行ってお べ、マーケット規模が小さく、収入の確保が難しい着地 り、着地型観光の成功事例も徐々にではあるが見られる 型観光への移行は、理屈では分かっても実際には対応困 ようになった。観光庁が平成 23 年度にまとめた「着地型 難な課題であった。 旅行市場現状調査報告」 (注3)では、着地型成功事例と 前述したように、発地型観光では運輸機関の比重が大 して信州いいやま観光局、エコリンクアソシエーション -30- などのケースを紹介しているが、たとえば後者のエコリ 化している」が 14.1%となっており、50%近くの団体が、 ンクアソシエーションの場合、グリーンツーリズムを主 収支の悪化を報告していることになる。 体に、教育旅行の受け入れを図っており、2007 年からの 7.着地型観光の課題 5 年間に売上高は 5 倍、参加学校数も 5 校から 47 校に増 加している。 また、南信州観光公社は長野県南部の下伊那 15 市町村 前述したように、旅行会社の着地型観光への取り組み と民間企業・団体からの出資による第 3 セクターであり、 は、一部では進んでいるものの、継続性のある事業とい 平成 13 年に株式会社に移行、飯田市を中心とした体験観 うレベルには達していない。また、地域の観光協会や 光を展開している。観光庁のまとめた「地域いきいき観 NPO における着地型観光は、取り扱う団体は旧ピッチで 光まちづくり 2010」(注4)によると主要事業は、総収 拡大しているものの、経営規模が小さく、収支も安定し 入の 95%が旅行業であり、行政からの補助金はなく、業 ない状況である。着地型観光そのものの販売高も、 「地域 務委託も収入の 5%にとどまっている点を見ても、着地 いきいき観光まちづくり 2010」からは、1 億円を超える 型観光が事業として成立していることが分かる。 団体はほとんどないことがうかがわれる。 着地型観光への期待が高まり、また、旅行市場でも体 6.伸び悩む着地型観光 験交流型の旅行へのニーズが広がっているにもかかわら ず、現実には、地域で取り組んでいる観光がなかなかビ 地域が観光に着目する理由は、農林水産業や伝統工業 ジネスレベルに到達できない理由としては、マーケット など、地域経済への波及効果が大きいことから、地域の 規模がまだ小さいこと、着地型観光の主体である観光協 衰退に歯止めをかける切り札として期待が寄せられてい 会や NPO の力不足、不安定な商品供給、付加価値のある るからである。すでに存在している資源を活用するとい 商品の欠如、流通・販売体制の不備など、さまざまな課 う発想であり、新たな投資を必要としないことや、とく 題があり、こうした課題をどのようにクリアーするかが、 に地域経済を下支えしている中小企業や自営業者への支 着地型観光のビジネスモデル構築の鍵となる。 援としての役割など、観光の地域横断的な性格が、危機 旅行会社が、着地型観光を不得手にしていることはす に立つ地域の救世主として一躍脚光をあびることになっ でに述べた通りである。発地型観光に特化し、大量廉価 た。 販売で売り上げを確保する従来型のビジネスモデルで 「地域いきいき観光まちづくり 2010」では、旅行業を は、マーケット規模が小さく、また、地域との密接な関 有する観光協会やまちづくり系の事業者 94 団体に調査 係が必要な着地型観光は、取り組みたくても取り組みに 票を送付し、そのうち 83 団体から回答が寄せられたが、 くい観光形態である。JTBをはじめとする大手旅行会 それを見ると、旅行業取得状況は第1種旅行業が 1.2%、 社や全国旅行業協会など、積極的に着地型観光を推進す 第2種が 40.7%、第3種が 49.5%であり、ほとんどが第 る動きはあるものの、全体としては、従来型の旅行会社 2種あるいは第3種登録を行っていることが示されてい は、この分野への進出に慎重な姿勢を崩していない。 る。 旅行業の一般的な特性は、販売高に比して、収益性が 経営規模は、年間総収入額「1~5 億円未満」が約半数 低いことである。中堅の営業スタッフになれば、人件費 の 49.3%であり、「2,000~5,000 万円未満」が 17.7%、 や管理費を捻出するために、年間1億円近くの売上げが 「5,000 万円~1 億円未満」が 16.5%となる。総収入額が 必要と言われているが、着地型観光で、これだけの額を 2000 万円未満も 10%以上存在している。しかしながら、 稼ぐのは至難の業といわざるをえない。収益率が高けれ その内訳では、「行政からの補助金」が 28.3%、「業務委 ば、それだけの販売高は必要ないが、着地型観光の収益 託受任」が 21.1%、「旅行業」が 14.4%であり、全体の 性は必ずしも高いとは言えず、むしろ、ボランティアな 総収入額が少ない上に、肝心の着地型観光による収入は、 どに支えられ、かろうじて維持しているのが現状である。 ごくわずかであることがうかがわれる。ちなみに、 「旅行 ここにも従来型の旅行会社が、着地型観光に本格的に取 業」の売上構成比では、「募集型企画旅行(着地型)」が り組めない理由がある。 36.2%、 「手配旅行(着地型)」が 28.4%、 「受注型企画旅 8.着地型観光の事業主体 行(着地型)」が 17.4%である。 このことは、地域における着地型観光の主体である観 光協会や NPO 等の経営規模が、まだ、自立レベルに達し このことは、着地型観光の中心的な役割を果たしてい ていないことが示されており、そのために、収支バラン る観光協会や地域団体と、既存の旅行会社の関係が疎遠 スでは、3年前と比べ、「やや悪化している」が 33.8%、 であることを意味している。着地型観光の課題に、流通・ 「変わらない」が 29.6%、「悪化している」と「やや良 販売体制の不備があるが、旅行会社の流通・販売網を利 -31- 用できないことも一因である。日本では、旅行会社が市 デスティネーションの競争力を高めるデスティネーショ 場のシェアのほとんどを握っており、それ以外で、着地 ン・マネジメントという発想が広がっている。その事業 型観光を販売するのは非常に苦しい。マーケット規模の 主体がデスティネーション・マネジメント・カンパニー 拡大についても、旅行会社の支援がなく、積極的なセー (DMC)、あるいはデスティネーション・マネジメント・ ルスプロモーションが展開できないという悩みがある。 オーガニゼーション(DMO)であり、観光をビジネスの また、商品の安定した供給という点でも、現在の着地 主要な柱としているだけに、観光産業の今後の方向とし 型観光には課題が多い。コンテンツの種類、実施主体、 て注目されている。 収容人員、提供可能時期、費用、流通経費、リスク管理 DMC の代表的な企業が、クオニィ・グループ(注5) などがデータベース化され、適切にメンテナンスされて である。クオニイ・グループはスイスの代表的なツアー いるかとなると、ほとんど行われていないのが実情であ オペレーターで、同社のデスティネーション・マネジメ る。世界的に見れば、観光先進地と言われている国では、 ント部門であるクオニィ・デステイネーション・マネジ 地域コンテンツのデータベース化が進んでいるが、日本 メント(KDM)は 2010 年からに 2013 年まで連続して では着地型観光の基本となる基礎的なデータ整備がなさ World’s Leading Destination Management Company(World れないままに体験交流型の商品開発を行わなければなら Travel Award)に選ばれるなど、この分野で世界をリード ないという無理が生じている。 する企業である。さらに 2011 年には、コンテンツ部門の こうした課題に共通しているのは、着地型観光の事業 拡大のため、世界的なツアーオペレーターであるガリバ 主体が確立していないために、生じているということで ーズ・トラベル・エージェンシー(GTA)をトラベルポ ある。ここで言う事業主体とは、コンテンツ管理、継続 ート社(注6)から買収し、手配能力をさらに強化して 的な商品提供、決済業務、マーケティング機能、販売活 いる。 動を実践する組織である。本来、旅行会社が備えている ツアーオペレーターは、旅行会社(トラベルエージェ ものであり、その意味では事業主体には、ある程度の規 ント)の依頼を受けて現地手配を行うことを主要業務と 模をもった旅行会社がふさわしいが、前述したように従 しており、旅行を手配し、商品として提供するという視 来型の旅行会社は発地型に特化しており、事業主体には 点からは、ツアーオペレーター自体も旅行会社である。 なりにくい。実際に着地型観光を推進している観光協会 これまでは、旅行会社と言えば、一般的に消費者と接す や NPO は規模が小さく、一部の事例を除けば、補助金や るトラベルエージェントを指すことが多かったが。マー 受託事業がなければ事業の継続が難しいところが多く、 ケットの成熟とともに、商品販売より商品企画が重視さ 事業主体としては力不足を否めない。 れるようになり、観光産業の流通の主導権は、次第にト 継続的なビジネスが成立できるほど、マーケットが成 ラベルエージェントからツアーオペレーターに移りつつ 長していないため、着地型観光の基本的な仕組みが整備 ある。中でも有力なツアーオペレーターであるクオニ されず、その結果、訴求力のある商品開発や、販売促進 イ・グループは、デスティネーション・マネジメント戦 活動が十分に行われないため、マーケットの規模が拡大 略を鮮明に打ち出しており、旅行会社の新しい形として しないという悪循環が生じている。言い換えれば継続的 注目されている。 なビジネスを展開できる事業主体をあれば、これらの課 10.資源を活用した統合型の商品開発 題を克服する道もあると思われる。 9.デスティネーション・マネジメント デスティネーション・マネジメントは、トラベルエー ジェントの依頼によって、旅行を手配するのではなく、 欧米で着地型観光の概念に近いのは、Community Based 専門家による高度なスキル、ノウハウ、知識によって地 Tourism(CBT)であるが、CBT は主に地域の中小ツアー 域資源を最大限に活用して、 「デスティネーション」を商 オペレーターが主役になって運営されており、地域に対 品化し、企業や団体などのクライアントに提供するとい する利益還元、環境の保全、地域と一体化した観光開発 うもので、観光的な要素も大きいだけに、観光産業に新 といった点で、新しい観光の代表格となっている。CBT たなイノベーションをもたらすものとして熱い視線が注 がビジネスとして成立しているかについては、言及した がれている。 ものがまだ少なく、計量的に把握することは難しいが、 この「デスィティネーション」の商品化とは、それぞ 成功例はごくわずかといったところであり、このあたり れの地域特性を生かしたデスティネーションの競争力を は、日本の着地型観光と似たような状況にある。 高める商品の開発であり、具体的にはイベントやアクテ CBT の担い手が、地域の中小ツアーオペレーターであ ィビティ、ツアー、各種会議、インセンティブ、医療、 るのに対し、よりダイナミックに地域をマネジメントし、 健康増進、見本市、研修、教育、レジャーなど、さまざ -32- まな分野で、地域力を高める統合的な商品を造成し、こ くいが、地域特有の資源を生かした競争力のある複合型 れらを必要とするクライアントに積極的に売り込んでい の商品開発と考えれば、分かりやすい。 こうという考え方である。 つまり、それぞれの地域にあった総合型の商品となる デスティネーション・マネジメントの代表的なプログ が、地域の特性を生かすのであるから、地域によって、 ラムに国際会議がある。国際会議は地域への経済効果が その方向性が異なってくるのは当然である。国際会議で 非常に優れているために、世界各国、各都市で誘致に躍 地域力を高めるところもあれば、スポーツの合宿に特化 起となっていることは周知の通りだが、国際会議を開催 することも考えられるし、医療あるいは健康増進のため するには、会議施設だけでなく、会議を支える様々な要 の統合型のプログラムや、グリーンツーリズム・エコツ 件を満たさなければならない。参加者が満足できるだけ ーリズムを取り入れることも想定される。ハード、ソフ の開催地としての魅力、また会議を成功裏に導くための トを含めた地域資源を徹底的に精査し、地域に適合した ハード及びソフトが、クライアントのニーズを満たして 統合型商品を開発できるかが、デスティネーションの競 いなければ、開催地として選定されることは難しい。 争力を高めるポイントとなる。 そこでデスティネーション・マネジメントが必要にな DMC の役割は、ひとつにはデスティネーションの商 る。十分な会議施設、料飲を提供するケータリング、ト 品化であり、いまひとつは商品と密接にリンクしたマー ランスポーテーション・マネジメント、事務局機能を提 ケティング及び販売活動である。たとえば、ハードとソ 供するセクレタリーサービス、会議場設営のノウハウ、 フトを統合した国際会議というパッケージを、クライア 参加者のレベルに対応したアコモデーション、通訳・案 ントに売り込むには、他のデスティネーションとの競合 内ガイド、プレツアー・ポストツアーのアレンジ、会議 に勝てるだけの強力な競争力が求められるが、こうした に付随するアクティビティ、さらにはコスト管理など、 販売促進活動を担える力をもった事業主体がなければ、 多くの課題をクリアーし、国際会議というひとつのイベ 成功はおぼつかない。世界的に見れば、規模の大小はあ ントを仕上げ、ワンストップ型でサービスを提供するの っても、従来の流通の中で、地域にもっとも近いところ が DMC の役割である。 にいたツアーオペレーターが事業主体として、デスティ このように、デスティネーションの資源を活用し、ハ ネーション・マネジメントを展開することが最近の潮流 ード及びソフトを複合した統合型の商品が開発できれ になりつつある。 ば、地域への経済効果はきわめて大きい。ポイントとな 12.ツアーオペレーター機能の欠如 るのは、競争力のある商品開発及び販売であり、ここに DMC の存在理由がある。 旅行会社は、トラベルエージェント、ツアーオペレー 11.ツアーオペレーターの DMC 化 ターと大別される。商品を販売するトラベルエージェン ト、造成するツアーオペレーターが相互に補完して、旅 ツアーオペレーターは、トラベルエージェントの依頼 行商品の流通を形作っているが、日本の場合、強大なト で、デスティネーションの各種手配を行うことを主要業 ラベルエージェントが旅行商品の開発まで携わっている 務としているが、トラベルエージェントの依頼という部 ため、ツアーオペレーターが育たなかったという特殊事 分を除くと、その機能はデスティネーション・マネジメ 情がある。 ントと類似性が多い。クオニィ・グループという世界有 海外旅行の現地手配ではツアーオペレーターに依存す 数のツアーオペレーターが、デスティネーション・マネ るケースはよく見られるが、国内旅行の場合、直接手配 ジメントにシフトしている背景に、デスティネーション がほとんどであり、専門の業者経由で旅館の仕入れを行 をベースとした統合型商品の開発ニーズが高まっている うことはあっても、いわゆるツアーオペレーターという だけでなく、その事業主体としての役割を果たすために 業態は存在しない。このことはデスティネーション・マ 必要な機能として、ツアーオペレーターとして培った地 ネジメントの機能をツアーオペレーターが担うという構 域をマネジメントする能力を有していることがあげられ 図が、日本では成立しにくいことを意味する。 る。 着地型観光を実効性のあるものにするには、デスティ 地域にとって、デスティネーション・マネジメントと ネーション・マネジメントというビジネスモデルを導入 いう考え方は、非常に重要である。地域の衰退に歯止め が必要である。体験交流型のプログラムというレベルで をかけるには、旅行者の誘致が必要であり、そのために は、旅行の商品群のひとつとしてとらえられ、地域全体 は、デスティネーションとしての地域の魅力を高めるこ への経済効果という点で、不十分であり、事業の継続性 とが不可欠である。デスティネーションとしての魅力と にも難がある。着地型観光という新しい観光形態をデス 言えば、漠然としており、具体的なイメージがつかみに ティネーション・マネジメントに生かすことで初めて、 -33- 地域再生を可能にするビジネスモデルが構築できる。 めの DMC が可能になる。地域の衰退は、地域を活性化 そこで問題となるのが、ツアーオペレーターの不在で する責任を担う組織が欠如していることが、最大の原因 ある。デスティネーション・マネジメントを導入するに となっている。地域にはさまざまな資源があり、産業が は、事業主体としての DMC が成立しなければならない。 ある。地域のコンテンツを束ねることにより、横断型の 着地型観光を展開している観光協会や NPO がそのまま 地域商品を開発し、積極的に販売活動を行うのが、この の形で DMC に移行するのは、現実には相当の無理があ 地域密着型の DMC の役割であり、マーケティング機能 る。それよりも、発地型に特化した旅行会社が、強い決 や商社機能を兼ね備えた地域会社と言うことができる。 意をもって、ツアーオペレーターの役割を担い、DMC 14.終わりに に移行するほうがまだ可能性が大きいようにも思われ る。 旅行会社の最大手である JTB が、DMC への転換を強 現状では、残念ながら地域を「売る」広告代理店もな く意識していることや、同様に大手旅行会社である近畿 ければ、総合商社もない。日本の産業構造の中から、地 日本ツーリストが、MICE への取り組みを強化している 域という視点が抜け落ちたとき、地域の衰退は始まった。 ことは、その方向性を示すものと言える。大手旅行会社 観光への関心は、地域資源を横断的に扱うことによる経 の DMC 化は、発地型という現状との整合性を図らなけ 済効果が高く評価された結果であるが、このことは、地 ればならないという究極の課題はあるものの、旅行業の 域という括りで経済活動を行う機能が他に期待できない 経営環境が激変するなかで、ひとつの選択肢であること という現実を示している。着地型観光というレベルでは、 は間違いない。 実効性のある地域活性化は難しいかもしれないが、その 発想をデスティネーション・マネジメントに生かすこと 13.観光産業の明日を示唆する DMC で、地域を再生することが、日本型 DMC への期待であ る。 従来型の旅行会社の場合、DMC はひとつの地域を対 発地型観光から着地型観光への業態転換は、観光産業 象とするのではなく、多数のデスティネーションでデス というレベルにおけるイノベーションであるが、デステ ティネーション・マネジメントを展開する業態が予想さ ィネーション・マネジメントが着地型観光と異なるのは、 れる。全国各地に展開する支店が、それぞれの地域にお 観光産業の枠組みを超えて、地域社会そのものを対象と ける DMC として機能するのであるが、発地型との棲み した経済活動に深く関与していることである。言い換え 分け、デスティネーション間の競合の調整、地域との協 れば、観光産業が旅行を対象とした余暇産業から、地域 力関係の構築など、解決しなければならない課題は多い。 社会を下支えする基幹産業へと脱皮することであり、 多数のデスティネーションではなく、単一地域を対象 DMC という方向に、激変する経営環境のなかで業態転 とする DMC も当然、想定されるが、地域に事業主体と 換を迫られる観光産業の明日が示唆されている。 なるべきツアーオペレーターが存在しないことがやはり 難点である。着地型観光を扱っている観光協会や団体が、 DMC に移行するには、脆弱な経営基盤、人材不足、マ ーケティング能力の欠如などを克服しなければならず、 地域密着型の DMC を実現するための新たな枠組みが求 められている。 着地型観光が注目されているのは、旅行の新しい形態 【注】 というだけでなく、地域再生への期待が大きいからであ 注1)Foreign Independent Travel の略。元々は航空運賃の用語で、添乗員 る。そのためには着地型観光をデスティネーション・マ の付かない外国旅行を意味したが、ここから転じて、個人あるいは少人 ネジメントのレベルに引き上げなければならず、地域が 数の旅行を意味するようになった。 一丸となって新しい枠組みを作ることが必要となる。地 注2)Special Interest Tour の略。特別なテーマや目的をもった旅行。 元の金融機関や行政の支援により、宿泊や運輸などの関 注3)http://www.mlit.go.jp/common/000211086.pdf 係機関、着地型観光を実践している観光協会や地域の旅 注4)http://www.mlit.go.jp/common/000146911.pdf 行会社、農協や漁協、商工会など地域関係の諸団体が協 注5)http://www.kuoni.com/ 力して、統合型の組織を構築するぐらいの覚悟がなけれ 注6)http://www.travelport.com/。トラベルポート社は、観光関連のコン ば、地域をベースとした DMC の成立は難しい。 グロマリットであるセンダントの旅行部門であったが、2006 年に分離し 言い換えれば、地域が大同団結して、デスティネーシ た。eコマース及び GDS(global distribution system)を中心に事業活動 ョン・マネジメントに取り組んで初めて、地域再生のた を行っている。 -34-
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