「奇跡の木」モリンガを用いた水の浄化 循環環境工学科助教 鈴木 祐麻 はじめに 際には、現地で入手できるものを用いること、 私の専門分野は物理 そして各家庭で簡単な操作で行えることが必 化学的手法を用いた環 要となります。最も優先的に除去すべき汚染 境 媒 体( 水 お よ び 土 物質は、下痢性疾患を引き起こしている濁質 壌)の浄化です。2010 成分(粒子状物質や病原性の微生物/ウイル 年に山口大学に赴任し ス)です。もちろん、バングラディッシュな てから、その一環とし ど地下水に高濃度の重金属(ヒ素など)が含 て Moringa oleifera (モリンガ)を用いた水 まれている地域ではこれらの重金属の除去も の浄化に関する研究に取り組み始め、2012年 重要となります。 に研究成果を「天然凝集剤 Moringa oleifera によるカオリナイト粒子の凝集沈殿に水質が 「奇跡の木」モリンガ 与える影響」と題して「環境資源工学」に発 モリンガはアフリカ、中近東、東南アジア 表しました。そして、2013年6月20∼21日に などの熱帯・亜熱帯地域に広く繁殖する植物 開催された同学会130回例会にて「平成25年 です。葉に種々の栄養素が豊富に含まれてい 度 環境資源工学会論文賞」を受賞しました。 ること、種から圧搾したオイルは化粧品の原 この賞は、前年度に「環境資源工学」に発表 料として重宝されることなどモリンガが有す された論文の中で最も卓越した研究論文に対 る価値は高く、WHO(世界保健機関)も途 して与えられる賞であります。本稿では、当 上国における栄養状態の改善および収入機会 研究テーマの重要性および受賞論文の研究内 を拡大する手段としてモリンガの植樹を推奨 容について簡単にではありますが紹介したい しています。また、モリンガの特筆すべき特 と思います。 徴として、成木になるまでの期間が非常に短 いことが挙げられます。一般の植物の場合は 途上国における浄水処理 成木するのに10年以上要しますが、モリンガ 現在、途上国では毎年200万人以上の子供 の場合は1∼2年で成木になります。このよ たちが下痢性疾患により命を落としていると うに、モリンガは途上国における人々の生活 いわれており、その主な原因は安全性の低い 向上に様々な観点から貢献できる可能性を秘 水です。途上国の中でも特に開発が遅れてい めており、「奇跡の木」とも呼ばれています。 る後発開発途上国では、化学薬品はもちろん のこと、エネルギー(電気)すら浄水処理に 受賞論文の内容 用いることができません。また、インフラが 本研究ではモリンガの種(図1)から抽出 整備されていないため、日本のように浄水場 した成分を凝集剤として使用しました。図2 で大量に浄化した水をパイプラインで各家庭 に示すように、モリンガの種から得た凝集剤 に送るシステムも機能しません。つまり、後 を少量添加することにより、溶液中の濁質成 発開発途上国における浄水処理技術を考える 分がフロックとなりビーカーの底に沈殿しま - 15 図1 モリンガの種の写真。種の大きさは8㎜ 程度です。外側の皮を除去してすり潰してか ら凝集成分を抽出します。 図2 処理前 (左)、凝集沈殿処理後 (中) 、そ して上澄みを布でろ過した後の処理水(右) 。 モリンガで処理することで濁度が減少してい ることがわかります。 す。また、その上澄みを布で濾すことでさら わず全ての地域に存在します。日本において に濁度は減少し、最終的には非常に澄んだ処 は「水に流す」という表現があるように、一 理水が得られます。しかし、図2に示したよ 昔前は良質の水が豊富に存在するのが当たり うな優れた効果は、どのような処理条件でも 前でした。しかし、近年では各地で淡水資源 得られるわけではありません。凝集剤の添加 の水質悪化が顕著化しており、さらに異常気 量が不適切な場合には濁度が増加してしまう 象により水の「量」を十分に確保することさ ことさえあります。つまり、添加量さえ最適 え難しくなりつつあります。そしてその結 化すれば非常に高い効果が得られるものの、 果、浄水場においてはより多様な汚染物質を 凝集成分の特定、凝集機構、そして凝集阻害 より効率的に除去することが求められていま 因子など未解明な点が多く存在することが妨 す。今回の受賞を励みに、途上国への適用を げとなり、モリンガが有する優れた凝集能力 念頭においた水処理技術の開発はもちろんの を十分に引き出せていないのが現状です。本 こと、先進国向けの水処理技術の開発にも積 研究では、処理原水の水質(pH、初期濁度、 極的に取り組んで社会に貢献できればいいな 共存イオン、そしてフミン質)がモリンガ凝 と考えております。最後にはなりましたが、 集剤の凝集能力に与える影響を評価し、得ら 今回の受賞論文の共著者である新苗教授と真 れた実験結果に基づいてこれらの水質パラ 田靖瑛君(当時学部4年生)、そして日頃か メーターがモリンガ凝集剤の凝集能力に影響 らお世話になっている循環環境工学科の教職 を与える機構について明らかにしました。 員の皆様に心より感謝いたします。 おわりに 今回受賞した論文は発展途上国における水 処理を念頭においた研究内容でした。しかし、 そのレベルや程度に違いはあるものの、水処 理技術に対するニーズは先進国・途上国を問 - 16
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