梅田阪急ビル建替計画における防災計画

技術報告
梅田阪急ビル建替計画における防災計画
Disaster Prevention Plan in Reconstruction Project of Umeda Hankyu Building
一階 聡之*1、浦井 雅昭*2、水野 雅之*3
1. 計画の背景
梅田のまさに玄関口に位置していた旧「阪急ビルディ
ング」は、日本初のターミナルデパートである阪急百貨
2. 段階施工計画
建替計画にあたっては、百貨店の営業を継続するため
に南北2工区に分けて解体・新築工事を行う計画とした。
店のフラッグシップショップとして、1929年の第1期完
成時から現在に至るまで、常に社会的な要請に応えるべ
く増改築が重ねられた建物であった(図-1、2)。この建
物は、伊東忠太設計によるコンコースをはじめ、水平庇
や田の字窓、基壇部のアーチに丸窓・塔と、それぞれの
時代を反映したデザイン要素が絶妙なバランスで織り込
まれたモザイクのような建物であり、人々の心に残る「阪
急らしさ」を醸し出していた(写真-13)。
しかし、建物の老朽化及び狭隘化と同時に、梅田界隈
の開発計画が進むこともあり、2004年、都市再生特別措
置法を適用しつつ、全面的に建替える事業計画を進める
こととなったものである。本計画は、この地で、この「阪
急百貨店」の旗艦店である本店の営業を継続しつつ、
「阪
急ビルディング(現:梅田阪急ビル)」を建替える計画
であり、2012年9月末に竣工したものである。
図-1 昭和初期の梅田阪急ビル(南西側より望む)
図-2 既存ビルの増改築履歴概要
*1 IKKAI Toshiyuki :株式会社日建設計 設計部門 設計部長
*2 URAI Masaaki
:株式会社日建設計 監理部門 主管
*3 MIZUNO Masayuki:株式会社日本防災研究所(東京理科大学 講師 博士(工学))
2
GBRC Vol.38 No.1 2013.1
図-2は、既存建物の増改築の履歴である。ローマ数字
既存部である阪急グランドビル(【部分】①)は、解
で示す順に増改築が繰り返された。構造的な検討及び既
体及び新築工事期間中も通常通り使用している建築物の
存主電気室がⅧ-Ⅱ期の地下1階に存在する等の設備的な
部分である。それぞれの部分(【部分】②~④)は順次
検討の結果、図-2に示す赤一点鎖線部分にて南側と北側
工事を行い、完成させ、仮使用という法手続きを用いる
に分けて既存解体撤去工事後の新築工事を行うことがで
ことで、部分的に竣工引き渡し及び使用開始を行ってい
きることが検討から導き出された。
くこともまた、本プロジェクトにおける重要課題であっ
新築の梅田阪急ビルは、Ⅸ期の阪急グランドビルを残
た。参考までに、それぞれの部分の開業日を以下に示す。
しつつ、この段階施工計画に即した施設配置計画を行う
② 新築部 南側1工区低層部百貨店
2009. 09. 03
ことを求められたものである。
③ 新築部 南側1工区高層部オフィス
2010. 05. 06
④ 新築部 北側2工区低層部百貨店
2012. 10. 25
3. 施設配置計画と接続部の設定
仮使用の承認を受ける各段階において、完全な形で
既存の阪急グランドビルを含む梅田阪急ビルは、建築
の構造的な安全性及び避難安全性能を有するように施設
基準法上は1棟である。この1棟を以下の視点を踏まえつ
計画全般における配慮を行っているが、構造技術的な記
つ、5つの部分から全体を構成することとした(図-3)。
述に関しては他によることとする。防災計画及び避難安
【視点】 Ⅰ.既存と新築
Ⅱ.南北2工区
Ⅲ.低層部百貨店と高層部オフィス(新築)
【部分】 ① 既存部 阪急グランドビル
全性能に関しては基本的には以下に示す2点の工夫によ
りこの重要課題の解決を図っている。
1点目は、既存部分と新築部分との境界部分に、
【部分】
⑤の接続部を新築部分側に設定することで明確に区分し
② 新築部 南側1工区低層部百貨店
ている点である。2点目は、新築部の低層部百貨店と高層
③ 新築部 南側1工区高層部オフィス
部オフィスは積層された構成となっているが、それぞれに
④ 新築部 北側2工区低層部百貨店
おいて避難動線は完全に分離独立させていることである。
⑤ 新築部 接続部(既存他との接続空間)
百貨店とオフィスは、機能的には2か所だけで接続さ
れる計画である。1か所は、2台の非常用エレベーター及
び乗降ロビーであり、この点が工事期間中であるか否か
に拘らず常に接続されることは法的には不可避である。
他の1か所は、北側2工区低層部百貨店の完成時、すなわ
ち全体完成時に、接続される計画であり、工事中の仮使
用時には接続されない部分としている。
それぞれの部分における規模等を表-1及び図-4に示す。
表-1 計画部分と規模(床面積)
計画部分
①
②
③
④
⑤
阪急グランドビル
南側 1 工区低層部
百貨店
南側 1 工区高層部
オフィス
北側 2 工区
低層部百貨店
接続部(コンコース)他
計
図-3 全体俯瞰図(南西側上空より望む)
合計
梅田阪急ビル
新築部
既存部
-
約 78,000 ㎡
約 60,000 ㎡
-
約 100,000 ㎡
-
約 82,000 ㎡
-
約 10,000 ㎡
-
約 252,000 ㎡
約 78,000 ㎡
約 330,000 ㎡
3
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4. 防災計画概要
4. 1 基本方針
建築基準法上1棟である梅田阪急ビル(写真-1)は、
建築基準法施行令第129条2の2の適用を受けるため、ル
ートCによる全館避難安全検証を行っている。その際、
接続部(コンコース他)によって有効に区分された梅田
阪急ビル(新築部)と既存部である阪急グランドビルは
個別に検証を行っている。それぞれの部分における適用
除外項目は以下(表-2)である。
表-2 適用除外項目一覧(○印:適用除外項目)
条 文
令第 112 条
(防火区画)
令第 120 条
令第 123 条第 3 項
(特別避難階段の構造)
令第 124 条第 1 項
(物販店舗の避難階段
等の幅)
令第 125 条
(屋外への出口)
令第 126 条の 2
令第 126 条の 3 第 1 項
(排煙設備の構造)
第 5 項 :高層区画
第 9 項 :竪穴区画
第 13 項:異種用途区画
直通階段までの歩行距離
新
築
部
○
○
○
○
既
存
部
○
-
第 11 号:付室などの面積
○
-
第 1 号:避難階段等の幅
○
-
第 2 号:階段への出口幅
○
-
適用除外項目
第 3 項:物品販売業を営む店舗
における屋外への出口幅
排煙設備の設置
第 1 号:防煙区画面積
第 3 号:排煙口の距離
第 6 号:排煙口の閉鎖状態
第 9 号:排煙設備の風量
○
-
○
○
○
○
○
○
○
-
図-4 断面計画図
4
写真-1 梅田阪急ビル新築部西側全景
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4. 2 全体計画方針
○避難上有効に区分する方法としては、以下の3点とした。
梅田阪急ビルを構成する新築部と既存部はそれぞれ防
火上、避難上の独立性を持たせることで、一方からの他
方への影響を最小限に抑え、接続する部分には接続部(緩
1.新築部と既存部の避難経路は独立させる。
2.接続部は新築部に設定するが、新築部の一の部分
からの避難経路上には設定しない。
衝帯)を設定し、大規模複合施設における安全・確実な
3.百貨店部分とオフィス部分の避難経路も明確に区
防災計画とすることとしている(図-5参照)。
分し、兼用しない。
○防火上有効に区分する方法としては、以下のとおりと
した。
屋外境界部分の原則:
1.屋外境界部分の範囲は、建築物の部分相互の中心
線を設定し、中心線から5mの部分とする。
2.屋外境界部分における一方の外壁(新築部分)を
防火区画する。
3.避難経路が設定されている屋外境界部分は、床か
ら高さ2mまでの両方の外壁を防火区画する。
屋内境界部分の原則:
1.耐火構造の壁で区画する。
2.接続部・開口部は必要最小限に抑える。
3.接 続 部 は 火 災 の 発 生 の 恐 れ の 少 な い 室( 建 告
1440)とし、開口部で接続される部分も火災の発
生の恐れの少ない室とする。開口部には特定防火
設備(二号)を設ける。
4.接続部は単独で防火区画を行い、防排煙を行う。
なお、後述する上記の屋内境界部分の原則に沿わない
接続部(グランドコンコース)は、避難安全性に関する
検証を行い、その有効性を確認している(7章参照)。
図-5 断面概念図
4. 3 接続部の構造
新築部と既存部は、地下2階から5階まで12か所で接続
されている。参考までに、接続部の構造を下表に示す。
表-3 接続部構造一覧表
5
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5. 新築部百貨店の防災計画
標準的な1フロアの売場の床面積は約6,500㎡、階高
5. 1 売場の計画
4.95m、天井高3.50mである。この売場を中央に、外周部
には回遊式のサービス廊下
(第1次安全区画)
を設けている。
このサービス廊下は、日常的にはバックサービス動線
となり、迅速的確なサービスを百貨店利用者に提供する
要となっている。防災上は、売場と最外縁部の避難階段
へ至る第1次安全区画の機能をも有するものである。サ
ービス廊下は、売場の外周部全てに巡らせているため、
このフロアの避難者の全てが一時的に滞留することので
きる容量も確保できている(図-6)。
売場は平面的に3つの面積区画を行い、延焼防止及び
煙拡散防止を行い、当該部分ごとに避難できる計画とし
ている。そのため、各階ごとの売場相互間の移動(日常
写真-2 百貨店基準階売場
動線)は、原則エスカレーターまたはエレベーターによ
1フロアの延床面積約10,000㎡の物販店舗を計画する
ることとしており、客用のオープン階段は原則一切無い
にあたり、避難防災上は次に示す基本方針に則り計画を
計画となっている。売場内に階段が無いので外側への避
行った。
難誘導が確実に行われるよう配慮した計画としている。
図-6 百貨店基準階安全区画図
6
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表-4 個別店舗の計画と検証方針
梅田阪急ビルの防災計画では、避難安全検証法ルート
Cを活用し、さらに、消防排煙等に関しては特殊消防用設
個別店舗
の分類
場との一体性を確保
個別店舗①
防火区画された屋内通路を経由して屋外に通ずるも
のを除く)
避難経路の計画内容
遅れを
・オープン開口の幅は、店内通 考慮しない
備考
個別店舗の
店内通路を経由して避難する 奥 行 き は
路に面する壁巾の半分以上 (平場と同様 計画
・オープン開口の高さは、床面 に評価)
配置する。また、建物最外縁部に配置された避難階
段より直接屋外へと通じる計画としている。(一部、
避難経路の
遅れの有無
オープン開口を大きく設け、平
備等認定を受けることで、以下のような計画としている。
・避難階段は、百貨店部分の専用とし、バランス良く
店舗ファサード
13m 以 下で
ある
から 2.7m 以上
個別店舗
②−1
店内の外周にある廊下に個別
店舗からの避難出口を設け、 ─
出入り口はオープン開口
※個 別 店 舗①よりもオープン
個別店舗
②−2
開口が小さく、平場との一体
性の確保が難しい
・防煙区画は、1面積区画と一致させている。
直接避難する計画
遅れを考慮
店内の外周にある廊下に通ず
る避難通路に個別店舗からの
避難出口を設け、一時的に店 ─
内を経由して廊下に避難する
計画
来店者が上下階の移動に利用するエスカレーターに関
しては、竪穴区画を形成する防火防煙シャッターの降下
障害対策として、ガラススクリーンに百貨店のデザイン
モチーフを施すことで、意匠と機能の融合を図っている
(写真-3参照)。
写真-3 エスカレーター竪穴廻りの意匠
以上より、写真-2に示す通り、広々とし、見通しが良
く、そして安全で使いやすい売場空間を実現している。
売場の一部を壁などで仕切って店舗を計画する場合、
店舗ファサードの自由度を最大限確保しつつも、円滑な
避難が行われるような計画としている。こうした売場と
図-7 個別店舗概念図
仕切られた店舗を個別店舗と称し、店舗ファサードの開
口部の仕様と避難動線計画の観点から表-4のとおりに分
屋上避難広場は適用除外項目とはなりえないので、一
類整理した。1つ目(図-7 ①)は、売場に対して比較的
般の来店者も日常的に利用できる避難広場を13階低層部
開かれたタイプで、ファサードの開口部を大きく取るこ
屋上(一部14階屋上)に仕様規定に基づいて設けている
とと、売場から見た個別店舗の奥行きを一定以下とする
(写真-4)。
条件を課したものである。これは火災発生時に売場の状
況を個別店舗から即座に覚知できるように配慮すること
で、避難開始の遅れ防止を狙った計画である。2つ目(図
-7 ②-1)は、店舗ファサードに大きな開口部を設けるこ
とが難しく、出火を覚知しにくいもの対しては、売場を
経由せずに避難できる動線を計画することで対処した。
これは個別店舗から第1次安全区画の廊下に直接出られ
る出入口を設けるか、あるいは売場からの避難口に隣接
する個別店舗(図-7 ②-2)ならばその近傍に出入口を設
け、火災による影響を極力受けずに個別店舗から第1次
安全区画に避難できる計画としたものである。
写真-4 屋上避難広場
7
GBRC Vol.38 No.1 2013.1
5. 2 祝祭広場(大吹抜け)の計画
上の竪穴区画を形成するために、9 ~ 11階では主に防火
「劇場型百貨店」の中心ともなる祝祭広場は、9階のフ
防煙シャッター(特定防火設備:図-9のSS-A表記部分)
ロアの中央に配された約1,800㎡の4層分の大吹抜け空間
を設置し、12、13階では吹抜けに面して防火ガラス(は
である(図-8、9)。吹抜け周囲は、いわゆる建築基準法
め殺しの特定防火設備:図-9のGS-T表記部分)を用い、
図-8 祝祭広場完成予想図
給気口
給気口
9階大吹抜け底部
(祝祭広場)
10階大吹抜け周り
11階大吹抜け周り
排煙口
12階大吹抜け周り
13階エスカレーター部分
(大吹抜けの上部)
14階排煙塔
(大吹抜けの上部)
図-9 祝祭広場(大吹抜け底部)と大吹抜け周りの区画状態(9~11階は主にシャッターで区画、12・13階は主に防火ガラスで区画)
8
GBRC Vol.38 No.1 2013.1
エスカレーターの出入口など限られた範囲のみ防火防煙
対する検証結果の概略を以下に記す。図-11より、大吹
シャッターを設置し、吹抜け外への煙伝播の可能性を極
抜け内の煙層下端高さが11階天井レベルよりも高い位置
力無くした。大吹抜けは、12階から13階にかかるエスカ
で安定していることが読み取れる。よって、吹抜け内の
レーターの上部に自然排煙窓を設け(写真-5 ~ 7)、排
避難者は安全に避難することができることと、吹抜け外
煙に必要な空気の取り込みを9階西側において連動開放
への煙伝播の恐れが無いことが確認できた。
する窓などから行い(写真-8)、自然排煙の際の煙溜ま
りスペースとして12階(厳密には11階天井レベル)以上
:嵌め殺し防火ガラス
排煙窓
の空間を見込んでいる(図-10)。排煙口は、14階床レベ
排煙窓
14F
飲食店舗・厨房・廊下
飲食店舗・厨房
吹抜け内での火災や、吹抜け周囲の店舗火災において万
飲食店舗・厨房
大吹抜
が一シャッターが閉鎖失敗しても大吹抜けを介して他の
店内
部分に高温の煙が伝播することがない計画としている。
店内
SS
給気窓
飲食店舗・厨房SS
また、先に記したように吹抜け周囲のシャッターの枚数
30
に対してシャッターが1枚開放されたままの条件で大吹
25
性を確認した。
一例として、大吹抜け底部での火災(イベント実施時
店内
11F
SS
店内
10F
カフェ・売場等
SS
店内
9F
S-排煙塔13-14F
煙層下端最低高さ13.2m>12m
煙層下端高さS [m]
能することを、二層ゾーン煙流動解析を用いてその有効
SS
11 階天井レベル以上に大吹抜の
煙層下端高さを保つことで売場
等に煙を伝播させない
S-大吹抜け9-12F
が多いことから、9、10階の吹抜け周囲の店舗での火災
備と11階天井レベル以上の煙溜まりスペースが適切に機
12F
飲食店舗・厨房
図-10 検証方針
配置された時と同程度の火災が起こりうると想定した。
火災性状を入力条件として与え、大吹抜けの自然排煙設
13F
SS
ベント会場や売場としても機能するため、通常の店舗が
抜けに噴出熱気流が流入することも考慮した。こうした
:防火防煙シャッター
ESC 上部
ル以上に配置し、排煙効率を高めている。これにより、
吹抜けの底部は、カフェが西側に常設され、大部分はイ
SS
15FL=25.85m
14FL=22.5 m
20
13FL=18.0 m
15
12FL=13.5 m
11階天井レベル(12m)
10
11FL= 9.0 m
10FL= 4.5 m
5
9FL= 0.00m
0
0
10
20
時間t [min]
30
40
や売場として使用時を想定した最大発熱速度50MW)に
図-11 9階祝祭広場での火災
(最大発熱速度50MW)
に対する検証結果
写真-5 13階屋上広場から排煙塔を見る(背後はオフィス棟北面)
写真-7 排煙塔内部の様子(ガラス窓全てが自然排煙口)
窓やスライドドアの開放範囲
写真-6 9階大吹抜け底部から排煙塔・エスカレーター下部を見上げる
写真-8 大吹抜けの自然排煙に伴う外気取込み口(9階西側テラスに面す)
9
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6. 新築部オフィスの防災計画
使用段階では、維持管理上の可燃物管理や各種設備の
点検、非常時の防火戸の閉鎖等のソフト面の充実も図っ
て、火災時の避難安全を実現する必要があることは当然
である。
写真-9 オフィス基準階
新築部オフィスは、142,000㎡の百貨店の上部に積層
された100,000㎡のオフィスとして計画されている。オ
フィスエントランスは、15階に設けられており、ここに
は、御堂筋を一望できるスカイロビー(写真-11)と各
種サービス施設が配置されている。テナントオフィスが
入居する17 ~ 41階は図-12に示すような縦横比が約2:1
の平面の2隅を切り落としたような形状であり、センタ
ーコアタイプを採用している(写真-9)。17 ~ 26階は学
校や貸会議室などの収容人口密度の高い用途に対応でき
るように特別避難階段を3つ配置し、27 ~ 41階はそのう
図-12 オフィス基準階安全区画図
ちの2つが直通している。階段は細長いコアの両側に極
オフィスワーカーは、1階オフィスロビーから日本最
力離して配置している。これらオフィスフロアに通ずる
大級80人乗りの展望タイプシャトルエレベーターで一気
特別避難階段は、低層部の百貨店フロアからの避難とは
に15階のスカイロビーまで至る計画としている。(写真
独立している。各階は約3,700㎡の規模があり、階避難
-10、11)また、一部の避難階段は14階部分で水平移動し、
にも一定以上の時間を要することから、コア周囲に配置
百貨店内にオフィス関係の竪シャフトが配置されないよ
された第1次安全区画の廊下とテナントエリアとは耐火
うな計画としている。
構造の壁と特定防火設備により防火区画を形成し、避難
施設としての性能を高めている。また、第1次安全区画
の廊下には階毎に全在館者を避難施設に収容できる面積
としている。
テナントフロアにおける主な適用除外項目は、高層面
積区画(内装下地・仕上げを準不燃材料とし、スプリン
クラーを設置した場合の基準値400㎡以内に対して最大
で約7倍の約2800㎡で計画)、特別避難階段の付室等の床
面積(基準値の約7割強で計画)、排煙設備の風量(基準
写真-10 1階オフィスロビー
値の3割で計画)である。このように仕様規定の基準値
を満たさない計画としているが、前述の通り、コア周囲
の第1次安全区画の廊下に、避難者の全てを収容できる
広さを確保すると共に、テナントエリアと防火区画する
ことで避難上も消防活動上も火災の影響を極力受けずに
待機できるスペースを提供し、さらにテナントエリアと
廊下とのアクセスが比較的短距離で行えるように出入口
配置に配慮することで、安全性を高めている。
10
写真-11 15階オフィススカイロビー
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7. 接続部グランドコンコースの計画
写真-12 グランドコンコース(北広場より南方向を見る)
敷地を南北に貫く2層吹き抜けのグランドコンコース
この空間のデザインコンセプトは、「クラシック」「モ
は、1階において阪急電車、地下1階へと至って地下鉄御
ダン」「エレガンス」であり、宮殿をイメージさせる象
堂筋線及び谷町線と連絡し、また西はJR大阪駅、東は
徴的な空間となるようにデザインしている。相対する2
阪急東通り商店街へとつながる「都市回廊」とも呼ぶべ
つのファサードは、大理石やショーウインドー、アイア
き壮大な空間である(写真-12)。
ンワーク(金属装飾)など、同一の素材を用いつつ、百
旧梅田阪急ビルにも同様の空間は存在し、最大幅員
16.5m天井高さ6.5m延長約150mであった(写真-13)。
貨店側にはアールヌーボー調の柔和で優美なデザインを
施し、グランドビル側にはアールデコ調の実直で力強い
全く新しくなったグランドコンコースは、最大幅員
デザインを施すことにより、全体として調和のとれた華
16.5m天井高さ9.0m延長約100mであり、建築防災上は、
やかな空間となるように意図している。天井には、旧コ
新築部と既存部を有効に区分する接続部(緩衝帯)の機
ンコースの格子天井をモチーフとした金属パネルを採用
能も有している。
すると同時に、明るい照明を仕込んだ光天井をアクセン
トとして設けることにより、白を基調とした明るいイメ
ージの空間の中で、懐かしさと共に輝かしい未来を感じ
られるようデザインした。
写真-12
図-13 1階平面図
写真-13 旧グランドドームとコンコース
11
GBRC Vol.38 No.1 2013.1
本計画では、4-2及び4-3節に記した通り、新築部と既
また、噴出熱気流から近い範囲においては、煙層への
存部を防火上および避難安全上独立とする方針を掲げて
噴出熱気流の供給に対して、煙層の形成に基づく自然排
いる。そのためコンコースは両者の接続部として、火災
煙やコンコースでの水平方向の煙伝播のバランスによっ
の影響が相互に及ばない緩衝空間として機能するように
て煙層下端が定まることになるが、この場合も煙層下端
図-14に示す断面計画とした。コンコースの東西両面の
や煙層温度に関するクライテリアは前述と同様である。
ファサードには、多くの開口部があるが、全てに防火シ
ャッターを設け、コンコースを介して延焼拡大上は防火
区画が二重になっている。さらに、万が一の場合のシャ
ッター閉鎖不良を想定し、1枚閉鎖しなかった場合でも
コンコースを介しての煙伝播や延焼拡大が起こらないよ
うに、コンコースを自然排煙とすると共に、煙溜まりと
階
14F
・
・
・
・
2F
1F
(排煙口)
排煙
ボイド
62.55 m
1 m
コンコース南側
天井折上げ部 (排煙口)
コンコース北側
9 m
図-15 二層ゾーン煙流動解析に用いた空間モデルイメージ
なるコンコース上部に面する2階の開口部に防火ガラス
をシャッターに併設することで、その確実性を高めた対
策を施している。その有効性を二層ゾーン煙流動解析を
用いた工学的な予測計算によって確認した。自然排煙は、
コンコース北側の天井折上げ部を介したものと、中央よ
り南寄りの天井裏に接続している、15階に排煙口を有す
る排煙ボイドを介したものを設計した。これに伴う空気
の取り入れ場所は、シャッターによる防火区画を二段降
下式とした部分などである。
図-16.1 2階コンコース平面計画図
図-14 コンコース断面計画図
検証に用いた空間モデルは、図-15に示すようにコン
コースを南北に分けている。これは図-16に示すように
南北に長いコンコースにおいて、隣接店舗での火災時に
図-16.2 1階コンコース平面計画図
防火シャッターの閉鎖不良が起きた部分から噴出熱気流
が流入して煙層が形成されるが、その部分から近い範囲
一例として、コンコース北側に隣接する1階の店舗で
では煙層の温度が比較的高く、遠くなるにつれて煙層温
火災が発生し、その部分の防火シャッターが1枚閉鎖し
度が低下するためである。これにより、その遠い範囲に
なかった場合の検証結果を概説する(図-17)。火災の発
は、噴出熱気流の供給による煙層ボリュームの増大と水
生したコンコース北側の煙層下端が降下し、それに伴っ
平方向の温度差が駆動力となって煙が供給され、煙層は
て南側の煙層下端も降下する。その後、自然排煙によっ
温度が比較的低いために自然排煙の排煙効率が低いため
て、煙層下端高さはその温度上昇に伴って降下から上昇
煙層下端が降下する可能性が予見できる。図-14に示す
に転じ、火源が最大発熱速度(25.6MWを想定)に達し
ように百貨店の1階の天井高さ4.3mを上回る高さ以上に
た辺りで煙層温度や煙層下端高さがほぼ安定する。この
煙層下端を維持するか、あるいはこれよりも低い位置に
ケースでは、コンコースの北側および南側も煙層下端高
煙層が降下している間は煙層温度がガラスを破損する温
さを床面から4.3m以上に保つことができていることが
度以下に保たれていれば問題ない。
分かる。
12
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T:コンコース北側
500
450
400
350
300
250
200
150
100
50
0
1Fコンコース天井高さ9.0m
1Fコンコース南側
最低煙層高さ4.31m>4.3m
新梅田阪急ビル(仮称)
1階売場天井高さ4.3m
1Fコンコース北側
最低煙層高さ5.09m>4.3m
0
5
10
15
20
時間[分]
1Fコンコース北側出火
S:排煙ボイド
25
50
40
30
20
10
0
15
時間[分]
1Fコンコース北側出火
20
人が行き交う都市の大動脈であり、南北2工区の段階施
工とは、とりもなおさずこの大動脈を完全に分断するこ
であった。さらに、仮使用の承認においては、施工上の
詳細な検討も必要とされ、高度な検討に基づく正確な施
60
10
ンドコンコースと呼ばれる最重要な場所は、1日約20万
のシミュレーション等を精緻に行い予測することが必要
T:排煙ボイド
70
5
題も非常に大きなものがあった。特に、(例えば)グラ
とに他ならない。そのため、広域にわたる歩行者流動量
30
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
0
本プロジェクトを実行するにあたっては、その他の課
Max.HRR=25.6MW(店舗火災SS閉鎖失敗)
80
煙層下端高さS[m]
8. おわりに
T:コンコース南側
煙層温度T[℃]
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
S:コンコース南側
25
工も要求されたのである(仮使用中の代替避難広場とし
煙層温度T[℃]
煙層下端高さS[m]
S:コンコース北側
てメモリアルダイニングを利用した(写真-14))。
ここでは、非常に特殊な立地等条件における特定の大
規模プロジェクトの防災計画という特殊解に関して概要
を述べたが、設計者や技術者をはじめとする読者の方々
にとって、少しでも今後の参考になれれば幸いである。
30
Max.HRR=25.6MW(店舗火災SS閉鎖失敗)
図-17 コンコース北側に隣接する1階店舗火災時にシャッターが1枚
開放した条件での煙性状予測結果(上:コンコース、下:排煙ボイド)
また、他のケース(1階店舗火災時の南側シャッター
閉鎖失敗、コンコース内のショーケース火災)では、コ
ンコースの南北2つのエリアのうち非火災側エリアの煙
層下端高さが初期において一時的に限界高さを下回る
が、ガラス破損温度(150℃を想定)以下に保たれている。
そして、煙層温度の上昇により排煙効率が高まり、煙層
下端が4.3m以上となることを確認した(図-18)。
写真-14 復元された13階メモリアルダイニング
火災初期を含めて火源の規模が小さい場合の煙性状
火源から離れた部分では、火源近傍と比較して煙層高さが低くなり、限界煙層高さ 4.3m を下回る場合
がある。しかしながら、その煙層温度は 150℃を十分下回る温度であるため、煙伝播を及ぼす恐れはない。
【執筆者】
自然排煙
排煙ボイド
※防火ガラス
SS
自然排煙
煙層高さ≦4.3m
煙層高さ>4.3m
煙層温度<150℃
SS
地下
広場
※フロートガラス
破損温度 150℃
コンコース
※限界高さ 4.3m
SS
「ショーケース火災」や「シャッターの閉鎖不良が生じた店舗火災の初期段階」のコンコースの煙性状のイメージ
*1 一階 聡之
(IKKAI Toshiyuki)
火源規模が大きく成長した場合の煙性状
*2 浦井 雅昭
(URAI Masaaki)
*3 水野 雅之
(MIZUNO Masayuki)
火災規模が拡大すると、煙層温度の上昇が自然排煙による排煙効率を高め、煙層下端高さを限界煙層高
さ以上に保つことが可能となる。コンコース-1 と隣接する部分の 2 階との境界は、防火防煙シャッターに
加えて、嵌め殺しの防火設備ガラスを設けているため、コンコース-1 を介して煙が伝播する恐れはない。
自然排煙
排煙ボイド
※防火ガラス
煙層高さ>4.3m
SS
SS
地下
広場
SS
自然排煙
※フロートガラス
破損温度 150℃
煙層高さ>4.3m
コンコース
※限界高さ 4.3m
ESC
「シャッターの閉鎖不良が生じた店舗火災の火災規模が拡大した段階」のコンコースの煙性状のイメージ
図-18 店舗等の火災に対するコンコースの煙性状予測結果
13