REVENTION No.260 平成26年5月15日開催 CRAFT による家族の介入方法 藍里病院 吉田 精次 CRAFT;Community Reinforcement And Family Training(コミュニティ強化法と家族ト レーニング)は患者が治療を拒否している物質依存症患者の家族向けのトレーニング法と して Meyers らによって開発され、カナダではギャンブル依存症患者の家族にも応用されて いる。CRAFT には次の3つの目標がある。 1、 患者が治療につながること 2、 患者の物質使用の程度が減ずること(患者が治療につながらなくとも) 3、 感情・身体・対人関係面で家族が楽になること CRAFT で治療の焦点となるのは患者本人ではなく重要な関係者達(以下、家族と表記)で ある。家族がイネーブリング行為を減らし、コミュニケーション方法を改善することで、 患者との関係性を変えるためのトレーニング・プログラムであり、1回1時間のセッショ ンを個人あるいはグループで12回行うのが基本的なやり方である。家族が考え方と方法 を学び、実践を繰り返しながらマスターしていく。これまで家族がやってきたがうまくい かなかった問題への対応法に代わる方法を提示していくことも CRAFT の特徴のひとつであ る。 エビデンスも蓄積されており、患者の治療導入率比較研究では、家族に自助グループへの 参加を勧めるやり方の成功率が約 10%、古典的な直面化介入技法である Johnson モデルの 成功率が約 30%であるのに比べ、CRAFT の成功率は 64%を越えている。そして、たとえ患者 が治療に結びつかなくても、家族自身がこれまでの行き詰まった考え方や生き方を再検討 する機会となり、家族自身のメンタルケアにも有効である。これまでアルコール依存症の 回復には通院、自助グループ、抗酒剤の3本柱が必要だと言われてきた。そのことに異論 はないが、家族と患者の関係のあり方は患者の回復のために最も重要な要素のひとつであ り、家族介入が患者の回復にとって不可欠の要素である。「家族が変われば患者が変わる」 という言い方があるように、家族への介入を欠いた治療は十分ではない。CRAFT では、家 族は膨大な情報を持っており、家族と患者の継続的接触が本人の治療参加のための本質的 要因であり、問題を抱える依存症者に対して最も影響を与えられるのは依存症者にとって 大切な家族であると考える。 アルコール問題を例にとって、家族に必要な援助とは何かを考えてみたい。 【アルコール問題は家族を巻き込む】 アルコール問題は依存症という深刻な状態に向かって進行していきながら、家族を深く巻 き込んでいく。いつの間にか家族は患者の飲酒を止めさせようと相手をコントロールする 行動(しかし、それはうまくいかない)と飲酒によって引き起こされる事態の収拾で疲弊 していく。その関係と構図をおおまかに把握しておく必要がある。依存症はコントロール 障害の病気である。アルコール依存症の場合、飲酒をコントロールできなくなり、逆にア ルコールに行動が支配されていく。自分では「まだうまくやれている」と勘違いする。病 1 気が進行していくにつれて、自己中心的で現実に合わない思考状態に陥っていき、それに よってさらに様々な問題行動が生じる。家族はなんとか酒を止めさせようとするが、その ために考え付く方法は小言、泣き言、懇願、怒りをぶつける、 (実行しない)脅しなどであ るが、効果はなく逆効果になることが多い。患者に飲酒をさせないための行動(酒を隠す、 捨てる)が始まると、患者と家族のコントロール合戦が強まり(患者は隠れて飲酒する)、 家族は絶望感と諦めに傾いていく。 「依存行動のコントロール不能に陥っている患者」と「そ の患者の依存行動を止めさせようとしてコントロール不能に陥っている家族」という 2 重 のコントロール不能の構造がアルコール問題のもたらす患者・家族関係の本質である。家 族も《感情に流される、有効かどうかを考えずに感情を相手にぶつける、うまくいかない ので絶望する~ちょっとのことで期待してしまう、相手の行動を変えるために取引をする ~脅す、現実にまだ起きていないことにおびえる、ひとりにこもっていく、頭の中のほと んどをこのことが占めるようになる》などの思考回路に陥っていく。この構造から家族が 抜け出すための支援が家族介入の大きな目的である。 【患者は自分から受診しようとしないことが多い】 患者は飲酒行動を続けたいので問題を否認、あるいは過小評価する傾向がある。周囲の 治療への働きかけに反発しやすい。そのために治療介入には工夫が必要である。 【家族は孤立している】 ほとんどの家族はこの問題を「家庭の恥」だと思い込み、自分のせいだと自分を責めて しまう。なにをやってもうまくいかず、途方に暮れた状態で家族は相談に来ていることを まず治療者は知らなければならない。これまで家族が効果のない対応に終始してきたこと を指摘するだけではさらに家族の罪悪感を強めるだけの結果になりかねない。これまでの 苦労をねぎらうところから家族介入は始まる。 【アルコール問題の解決は家族介入から始まる】 家族が相談を始め、取るべき行動と止めるべき行動を知って、家族自身が行動を修正し 始めることでこの問題は大きく解決に向かって動き始める。問題を抱えた患者本人が治療 現場に登場することを焦らないことがポイントである。 【安直な助言は禁物である】 依存症のレベルになると病的欲求が行動を支配するようになっており、治療を受けるよ うに説教や罰などで圧力をかけてもうまくはいかない。家族への助言のポイントを挙げる。 《問題をこじらせる9の要因:①先に言い過ぎる②言葉が多すぎる③正しいことを言い過 ぎる④答えを出し過ぎる⑤相手の荒が見え過ぎる⑥先回りして考えすぎる⑦感情的になり 過ぎる⑧起きていないことを恐れ過ぎる⑨事実をきちんと見せていなさ過ぎる》 《家族に勧 める9の行動:①先々口出ししないで何事も後だしにする②相手より言葉数を減らす③人 は正しいことを言われても変わらないと悟る④答えを出すのはいつも相手にする⑤相手の 荒が見えてもいいが、指摘は慎重に⑥先回りして考えすぎないように⑦「相手は感情、こ ちらは理性」で⑧事が起きてから動く⑨事実をきちんと見せる》 【患者が治療を拒否している場合はどうすればいいのか?】 「患者が診察に来なければどうしようもない」ではなく「どうやったら患者が診察に来 るか、一緒に考えましょう。成功率の高い方法があります」と言える支援こそ求められて いる。それが CRAFT プログラムである。 2
© Copyright 2024 Paperzz