ロシア金融事情 ―― 謎の国か、ドル箱か

2006年8月24日
ロシア金融事情 ―― 謎の国か、ドル箱か
ロシアのGDPは7,600億ドル(2005年)と世界14位、中国の1/3程
度の規模ですが、世界2位の石油生産量、同1位のガス埋蔵量を有し、エネルギー資
源輸出の増加で消費が旺盛で金融機関の動きも活発化しています。
個人の預金・貸出の急拡大、株価の急上昇、欧米金融機関のロシア展開活発化と、
ホットなマーケットになっています。しかし、一方では、預金レートに比べて著しく
高い貸出金利、国内の1,000以上の脆弱な中小金融機関、企業開示の遅れなど多
くの問題もあります。
1.ロシアの銀行セクター
(1)個人部門の拡大
・
ロシアの経済成長は、エネルギー資源の輸出と旺盛な個人消費によって支え
られている。ソ連崩壊後の90年代はマイナス成長となるなど低迷したが、
2003年以降は6-7%台の高い成長を続け、06年も6%台の成長率が見
込まれている。
個人消費の伸びを反映して、ロシアの銀行貸出、預金ともに個人部門が大き
く拡大している。住宅ローン、クレジットカードローン、オートローンなどの
欧米型の消費者ローンが増加し、個人向け貸出残高は01年末から06年3月
末にかけて、約14倍に増加した。個人貸出の銀行貸出に占めるウェイトも同
期間に6.7%から20.7%に上昇。
・
企業向け貸出は、同期間に1.19兆ルーブルから4.38兆ルーブルと
3.7倍に増加した。一方、銀行間の資金貸出も、1,300億ルーブルから
5,460億ルーブルに増えているが、銀行貸出全体の8.8%に留まってい
-1-
る。
[表1]金融機関の貸出金推移
10億ルーブル
7,000
個人向け
6,000
企業向け
銀行向け
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
01年末
・
02年末
03年末
04年末
05年末
06年3月末
銀行の預金残高も、同期間に9,700億ルーブルから約4兆ルーブルと
4.1倍に増加している。ロシアでは預金残高が貸出金残高を下回る状態が続
いており、金融機関の課題は、個人のタンス預金を取り込み、企業の国外逃避
資金を国内に再投資させることにある。この点、個人預金、企業預金ともに貸
出と同様なペースで増加しており、人々の銀行システムへの信頼回復が進んで
いると見られる。
[表 2]
4,000
3,500
金融機関の預金残高推移
10億ルーブル
個人
企業
銀行
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
01年末
02年末
03年末
04年末
05年末
06年3月末
(2)ロシアの金利体系および銀行の収益状況
・
ロシアのルーブル建て金利体系の中では、預金金利と貸出金利に大きな差が
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ある。個人向け貸出金利は平均17.4%で、個人預金金利平均の4.7%と
は12.7%の差がある。法人向け貸出レートも、1 ヶ月以内が8.3%、半
年から1年以内が12.9%と高い。
ロシアの金融機関は預金全体の7割を個人から調達し、貸出金の7割を企業
向けに貸し出している。ALMの状況にもよるが、預貸利鞘は平均して10%
程度あるかと思われる。これほど預貸レートにギャップのある国は珍しく、金
利規制が行われている中国ですら3%程度である。
[表3]
ルーブル建て預金・貸出平均レート:2006 年 4 月末時点、%
預金
貸出
全預金平均
30 日以内、 181 日から 1 年 全貸出平均
30 日以内
181 日から 1 年
要求払預金除く
個人
法人
・
4.7
3.5
3.6
3.0
9.7
5.6
17.4
11.1
15.2
8.3
19.1
12.9
銀行間の資金取引は、出し手と取り手レートの差はユーロドル市場などの場
合、0.125%であるが、ルーブル資金取引では、1.5%程度の差がある。
より高い流動性コストと信用リスクプレミアムのためである。銀行間市場では
オーバーナイト取引が中心で、1ヶ月物など長めの資金は取引が非常に薄いと
いわれる。
・
こうした金利体系の下で、個人預金を獲得でき、貸出先をもつ大手金融機関
が有利である。預金の調達手段をもたない金融機関は、割高で不安定な銀行間
取引に依存せざるを得ない。ロシアの金融機関全般としては、厚い預貸利鞘に
守られて、2005年には約99%の金融機関が利益を計上しており、利益の
額も年々増加している。
[表 4]
ロシアの金融機関の収益状況
01 年
全金融機関収益額合計
67.6
黒字金融機関比率
95.7
10 億ルーブル、%
02 年
03 年
93.0
128.4
96.6
97.1
-3-
04 年
177.9
98.3
05 年
262
98.9
06 年 1Q
96.0
95.8
(3)ロシアの金融機関
・
ロシアの金融機関の数は、1,200行以上あり、乱立状態にあるが、その
過半数は休眠状態にあるとみられる。その中では政府系のズベルバンク(政府
系、旧ソ連の貯蓄銀行)が資産シェア27%、リテール預金54%を有し、支
配的地位にある。そのほか、ヴネシュトルクバンク(政府系、旧ソ連外貿銀行)、
ガスプロムバンク(ガスプロムの銀行部門)、アルファバンク(民間)、MDM
バンク(民間)の上位5行で総資産の44%、10行で51%を占める。
1,200行のうち、資本金が10百万ドル以上の銀行は130行余りに過
ぎない。ロシア中銀は脆弱な銀行の整理、統合を進める方針であるが、隠れ債
務・粉飾の懸念から、こうした金融機関を買収しようとする動きは少ない。
(4)ロシアでの外資系金融機関
・
ロシアでは、06年5月末時点で、外資系金融機関は140行あり、うち
45行が外資100%である。2005年1年間で、外資100%の金融機関
は34行から45行に増えた。
ロシアでの金融機関設立は、ロシア中銀の認可事項であり、認可までに約1
年以上の審査手続き期間を要する、参入困難なマーケットである。にもかかわ
らず、外資系金融機関が増加している事実は、欧米の金融機関がロシアを魅力
あるマーケットとして捉えている証左であろう。
ロシアで展開する外資系金融機関の代表格としては、Raiffeisenbank (本
社オーストリア)、Citi が挙げられ、リテール、コーポレートの両方を取り扱
っている。そのほか、有力金融機関では、Deutsche, BNP Paribas, ABN Amro
などがコーポレート分野で活躍している。邦銀は、ロシア展開で出遅れており、
みちのく銀行だけが、現地個人業務を対象にした現地法人を有する。
・
欧州企業、特にドイツ企業はロシア展開に積極的である。シーメンス、BASF
(バイエルン)は本格的な現地生産に着手しており、ドイツのエネルギー最大
手のエーオンは、ガスプロムと共同事業をいくつも立ち上げている。
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・
日本企業のロシア展開は、まだ一部の大手企業に限られている。駐在員事務
所も含めたモスクワ日本商工会は昨年来倍増しているが、現在130社で上海
日本商工クラブの1,269社とは比較にならない。日本企業で、ロシアで本
格的な設備投資、現地生産に着手するのはトヨタ、日産が初めてであり、関連
企業も一緒に展開するものとみられる。そのなかで、邦銀も本格的なロシア展
開を進めることになるだろう。
2.ロシアの将来性と金融の課題
・
ロシアのマーケット規模(人口1.4億人、GDP世界14位、中国の
1/3の規模)とエネルギー供給での位置付け(石油生産量世界2位、ガス埋
蔵量1位)からすると、今後、世界経済のなかでその重要性は更に高まるだろ
う。今日に至るまで、金融ビジネスの対象は、国有企業、特にエネルギー産業
への資金供給が中心であったが、消費生活の向上、快適な住居や自動車購入ニ
ーズの高まり等を背景に消費者金融や、消費財メーカー、サービス産業向け貸
出のウェイトが高まることが予想される。
・
ロシアで金融取引発展のために克服すべき課題は、次の通り。
① 企業会計の整備、開示の充実 :
例えば資産の減価償却が不統一で
ある。
② 金融取引の法整備
:
担保権設定の手続きの確立が必
要。
③ 貸出金利の引下げ
:
景気が減速すると、現在のような
高金利を払うことは困難になるだろ
う。企業開示、金融取引法整備のほ
か、個人信用情報の蓄積や金融機関
の与信判断ノウハウの向上を図り、
貸出金利低下のための環境を整える
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ことが必要。
④ 長期資金調達手段の整備
:
現状では社債市場が小さく、企業
の長期調達手段は銀行借入、株式発
行に限られる。
⑤ インターバンク市場の拡大
:
外銀の増加により、銀行間取引が
増える可能性があり、インターバン
ク市場の拡大と調達コスト引き下げ
が必要。
・
ロシアの背負っている課題は重いが、欧米企業、金融機関のロシア展開は速
く、急速に欧米型の金融市場に発展する可能性がある。
(以上)
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