第8号 - 新潟大学教育学部

新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要
教育実践総合研究
第
8
号
地域学習のグローバル化 -近世新潟湊と川村修就の場合-
児玉 康弘 ·····························································1
一人前レベルの国語科学習指導知識・技術 Ⅲ
常木 正則 ··························································· 23
国際児童文学という視点からの読書指導
足立 幸子 ··························································· 35
新潟市内公立小中学校教員のモチベーション要因、
ストレス要因とワーク・ライフ・コンフリクト
高橋桂子, 濱岡真未, 勝沼真恵 ········································ 49
アルコール飲料の蒸留:密度を利用するエタノールの濃度決定と
化学実験教材としての活用
鎌田 正喜,早川 潤 ·················································· 61
大学におけるキャリア教育の効果
松井 賢二 ·························································· 81
授業事例「平面図形」の活動理論を用いた検討 -数学的リテラシーの諸様相 (3)-
神林 信之 ··························································· 95
試した表し方を整理した「評価事例」を用いて,
つくりたい作品をつくる子どもの育成に関する研究
磯部 征尊 ·························································· 101
教育実践総合センター活動報告
············································· 111
2009年
新潟大学教育学部
附属教育実践総合センター
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
地域学習のグローバル化
-近世新潟湊と川村修就の場合-
児玉
康弘
A Study of reform to regional problem learning from a global point of view
- on the case of niigata port in early modern times and Nagataka Kawamura -
Yasuhiro KODAMA
教育学部人間社会ネットワーク講座
1.はじめに
本研究の目的は,近世新潟を事例として,地域学習をグローバルな観点から指導するための教材開発
の試みを報告することである。
今日,地域学習の一般的な意義は,教育基本法の改定に伴って次のように語られることが多い 1)。
地域学習は,自分の地域への愛着を抱き,郷土への愛情を感ずるようにすることが大切です。
このことが,やがては我が国の歴史や文化を大切にし,国を愛する心情を育てることにつながり
ます。
しかし,このような趣旨の地域学習は,これまでにも数多く実践されてきのではないか。例えば,新
かわむらながたか
潟の小中学校の地域学習では,初代新潟奉行である川村修就という人物がよく取り上げられる。
<小学校で取り上げられる観点>
小学校の地域学習や歴史学習で取り上げられる観点は,新潟を代表する景観の一つである海岸の「松
林」である。それは次のような論旨の学習である 2)。
近世に入って北前船の中継地として急速に港町として発展した新潟は,人口と家屋が急増した。
彼らにとって,新潟で生活する上での最大の悩みの一つは,海岸砂丘からの「飛砂」であった。
それは,今日の中国からの「黄砂」の比ではなく,道路や畑や家屋に襲いかかっていた。これに
対する人びとの取り組みが,「砂防林」としての松の植樹と「松林」の建設であった。その取り組
みの最大の理解者,支援者こそが川村修就であり,彼のおかげで,関屋浜を中心とした青々とし
た立派な「松林」がつくられ,新潟の人びとの暮らしは守られた。そこで,彼の功績を顕彰する
銅像が西海岸公園内に立てられた。私たちは,「松林」と幾多の苦難を克服してそれを作った「江
戸自体の人びと+川村修就」を,郷土の財産として誇りに思い,受け継いでゆくべきである。
学習方法としては,植樹された「松林」とそれによって守られた新潟の地図の作成,「松林」や川村
修就の像の見学などが単元に組み込まれる。また,開発や道路建設などによる「松林」の減少と荒廃が
社会的問題としても取り上げられる。子どもたちは,「松林」をこれ以上の破壊から守るために何がで
きるか,例えば新しい海岸道路は税金が高くなってもトンネルにすべきか否かを考えたり,「松林」の
保全のために自分たちにできることを専門家やゲストティーチャーに聞くなどの学習を行うことにな
る。地域の財産である「松林」の学習を通して,自分の地域への関心と理解を高め,それによって地域
1
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
への愛情を育む学習となっている。こうした態度形成を目標とする学習は,これまでにも十分すぎるほ
ど実施されていたのではないか。
<中学校で取り上げられる観点>
中学校歴史的分野で取り上げられる観点は,「天保の改革」との関連性である。たとえば,次のよう
な論旨の学習である 3)。
近世新潟は長岡藩領であったが「天保の改革」で上知されて幕府の直轄領となった。いわゆる,
上知令は水野忠邦が江戸・大阪周辺の大名・旗本領を財政再建のために直轄領としようとして,
反発をかい「天保の改革」の失敗の大きな原因となった政策である。しかし,新潟では初代新潟
奉行川村修就の統治が成功している。ではなぜ,幕府は新潟を上知したのか。第一に,ロシアの
接近やアヘン戦争を起こしたイギリスの侵略に対応する海防のためである。川村修就は砲術の大
家でもあり,台場を築くことも新設遠国奉行の役割であった。第二は,財政再建のためである。
当時の新潟は,北前船の中継地として商業の発達した日本海側有数の港町であった。商業活動へ
の課税は,長岡藩の大きな収入源であった。それに目をつけた幕府は,長岡藩が親藩であるので
上知令を拒めないことをみこして金を生む町を取り上げたのである。その際に口実としたのが,
商業の妨げとなっている抜け荷の取り締まりに長岡藩が失敗していたことである。川村修就は,
就任前から抜け荷の実態をよく調べていた。奉行として着任すると,よく抜け荷を取り締まると
ともに,新潟町の商業がより発展するように様々な善政を行って町民の支持を得た。
このような論旨の学習は,小学校の授業ほどには態度形成を第一義的には目指していないように思わ
れる。しかし,間接的に新潟への理解と愛情を育てる授業となっている。第一に,「幕府」という当時
の国政の中心によって,選ばれて天領となり,他は失敗しているのに新潟だけが成功して繁栄を継続さ
せているという特殊性が強調されるからである。第二は,選ばれた理由として,国防上の要地であった
こと,北前船を媒介とする商業活動の要地であったことという,繁栄した港町としての重要性が強調さ
れるからである。幕府と日本にとって,他の地域よりもとりわけ大切な地域だったのだというイメージ
が,生徒の中に色濃く形成され,結果的に,郷土新潟の個性と特質に対する意識を高め,誇りと愛情を
育むことにつながっていくと考えられる。
ここでは,新潟を事例として取り上げたけれども,全国各地で事例や内容は違えども,ほぼ同じよう
な論理で地域学習は行われてきたのではなかろうか。自分の地域がとりわけ日本にとって大切だったと
いう意識形成は,郷土愛とナショナリズムを結合させたいとする,先の新指導要領の目標はすでに目指
されていたのではないか。
このように考えてくると,なぜ,今,改めて地域や国家への愛情を育む社会科授業が,これほど強く
要請されているのか,という疑問が生ずる。この背景,つまり今日のナショナリズムや共同体主義の要
請の裏側には,グローバリゼーションと新自由主義があると考えられる。すなわち,国境を越えて,ヒ
ト・モノ・カネ・情報が解放されればされるほど,競争は激化され,我々は否応なく存亡の岐路に立た
される。この状況に勝ち抜くためには,利益を共にする集団の団結と凝集性の高まりが必要だと想定さ
れる。そのような想定と危機意識の累積が,教育的要請の背景にあると思われる。
しかし,団結と凝集性の高まりだけでは,事態を乗り越えることはできない。オリンピックである競
技種目の選手団がいかに団結しようとも,それだけで金メダルを獲得することはできない。他国の優れ
た選手の技術,練習方法,ルールへの対応や試合運びと自国のそれを客観的に比較し,不断の努力で取
り組みを改善していかなければ勝利は望めない。
それと同様に,これまで地域や国家に対する理解と愛情のための授業が,すでに相当な程度実施され
てきているとすると,足りないのは,態度育成ではなく,郷土や国家のあり方を他と比較したり,関連
づけたりすることによって客観的に見つめさせることではないだろうか。そこで,本研究では,態度目
2
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
標としての地域や国家への「愛情」育成は,いったん括弧にくくり,むしろそれを相対化するために,
地域をグローバルな世界の中に位置づけることを目指した教材開発の事例を報告する。事例として取り
上げるのは,「松林」の学習と同じく,川村修就である。
Ⅱ.地域学習のグローバル化
(1)地域学習のグローバル化のモデル-岸本美緒氏の説明の論理の再構成と教授計画書-
地域学習のグローバル化のために,参考となる説明モデルを,現代歴史学の研究動向の中から抽出し
てみよう。現代歴史学の一つの傾向として,グローバルな観点からの地域間関係史研究が盛んに行われ
ている。研究の代表例としては,桃木至朗氏の提唱する「海域アジア史」研究 4)や,秋田茂氏の提唱
する「グローバルヒストリ論」(ケイン/ホプキンスのイギリス帝国主義論と杉原薫氏らのアジア間貿
易論を接合させる歴史理論)などがあるが 5),ここでは授業のレベルですぐに使える岸本美緒氏の説
明の論理を借りることにしよう。まず,岸本氏が,いくつかの歴史書で説明している,16 世紀のグロ
ーバルな地域間関係史を抽出・再構成し,略式の教授計画書で提示しよう 6)。
小単元「なぜ,石見銀山は世界遺産に登録されたのか?」
-高校地理歴史科の主題学習,もしくは中学校歴史的分野の発展的学習として-
1.小単元の目標
16 世紀のアジア経済の活況を,日本銀の動態を通して理解させる。
2.小単元の知識構造
◎ 16 世紀に石見銀山など日本で産出された銀が,戦国時代だけではなく,16 世紀から 17 世紀に
かけての「長い 16 世紀」と呼ばれるアジアを中心とした世界経済の活況の時代に大きな影響を
与えた。
○日本の銀は,中国社会の変化(税制,海禁政策など)に伴う価格高騰によって,「後期倭寇」が
大量に密輸するようになった。
○「北虜」への対応によって,銀が北方に集中すればするほど,南部での銀価は高騰し,「南倭」
の活動も活発になった。
○中国に流入した銀は,中国経済を活況にするだけでなく,周辺や隣接地帯を巻き込みながら,
アジア経済と世界経済を活性化させた。
3.小単元の構成
導 入 なぜ,石見銀山は世界遺産に選定されたのだろうか?
第一次 岩見銀山の銀はどのような歴史的役割を担ったのだろうか?
第二次 なぜ,銀は中国南部に運ばれたのだろうか?
第三次 銀が中国に流入した結果,どうなったのだろうか?
終 結 なぜ,石見銀山は世界遺産に選定されたのだろうか?
4.小単元の展開
展開
導
入
問
い
◎なぜ,島根県の石見銀山は 2007 年に
ユネスコの世界遺産に登録されたのだ
ろうか?
資料
生徒につかませたい知識
1
◎決め手となったのは環境保護(銀の精錬に
木材資源が必要だが,周囲の森林を保全し
てきたこと)だと言われるが,銀山として
3
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
の価値は調べてみないとわからない。
○石見銀山で産出された銀は,歴史的に
どのような役割を担っていたのか?
2
展
開
・なぜ,16 世紀に銀の生産量が増えた
のか?
1
・中国では銀は産出されていなかったの
だろうか?
・銀を日本から中国へ運んだのは,どの
ような人びとか?
・「後期倭寇」とは何か?
展
・本当に中国人の「倭寇」がいたのか?
3
開
・なぜ,王直らは密貿易をするのだろう
か?
1
4
○ 16 世紀後半に中国の明朝に海外から流入し
た銀は約 2300 トンであるが,そのうち 1300
トンが日本からの流入であった。17 世紀前
半には約 5000 トンが流入し,そのうちの約
2400 トンが日本銀であった。当時の日本の
銀山で最大のものが石見銀山であった。岩
見銀山の1年間の銀産出量は約 38 トンに達
し,当時の世界の銀産出量の3分の1を占
めていて,中国でも有名であった。
・(技術面)朝鮮半島から灰吹法と呼ばれる銀
の精錬方法が日本に伝播したので。まず,
銀鉱石と鉛を焼いて,銀と鉛の化合物を作
ることにより,鉱石に含まれる不純物を除
去する。次に,灰の上に化合物を置いて,
炭を焼いて熱すると,先に融けた鉛が灰に
吸収されて銀が取り出せるという方法であ
った。
(社会面)尼子氏や毛利氏など戦国武将が
経済的基盤を拡大するために,鉱山の開発
や支配に力を注いでいた。
・中国でも銀は産出されたが,その量は浙江
省と福建省を中心として年間 37 トン程度し
か生産されなかった。
・歴史上「後期倭寇」と呼ばれている人びと
が主に運んだ。
・「倭寇」とは「日本人の海賊」の意味である
が,16 世紀の明の中期以降の「後期倭寇」
は,日本人ばかりではなく,日本・中国な
ど東シナ海周辺の様々な地域の人々が入り
まじる密貿易集団であった。
・浙江省の双嶼や,福建省南部の漳州月港など
を拠点とした李光頭や許棟兄弟などの頭目
が,日本の博多商人やマラッカのポルトガル人
とともに密貿易を行っていた。最も有名なのは
徽州出身の王直(五峯)で,日本の松浦半島
や五島列島,平戸などにも拠点をおいて活躍
した。1543年に種子島に鉄砲が伝来した際に
ポルトガル人が乗っていた船は彼のものだとす
る説もある。
・明は,朝貢貿易以外の民間貿易を厳禁する
「海禁政策」をとっていたが,銀や生糸・薬
類などを扱う貿易は巨利を生むので,禁を
破る中国人が多かった。
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
・なぜ,勘合貿易の形態をとる朝貢貿易
では,銀の輸出入は不十分なのか?
4
・なぜ,明は「海禁政策」をとったのか?
5
・密貿易の銀は,どこに運ばれたのか?
○石見銀山で産出された銀は,歴史的に
どのような役割を担っていたのか?
○なぜ,石見銀山などの日本の銀は,中
国の南部に運ばれたのか?
6
・なぜ,中国社会では銀がそんなに必要
になったのか?
・なぜ,銀で徴収するようになったの
か?
・なぜ,中国南部で銀が不足するように
なったのか?
7
・兵士たちは,誰と戦っていたのか?
8
展
開
5
・日本との朝貢貿易は,寧波で行われていた
が,1523 年に大内氏・博多商人と細川氏・
堺商人が争う寧波の乱が起きると,貿易は
中断され,復活しても回数制限がされるな
ど厳しくなったので。
・前王朝の元との相違を明確にする支配秩序
を形成するためとする解釈がある。元はユ
ーラシア大陸と海域アジア世界に開かれた
通商システムを構成し,貨幣経済を統治に
組み込もうとした。これに対して,明は,
里甲制などで,領土内の人身支配を基盤に
しようとした。対外関係は国家の公的役割
ではなく,皇帝の私的な役割なので「朝貢
貿易」のみが実施された。鄭和遠征の記録
が少ないのも,皇帝の私的事項とされたか
ら宦官が担当し,官僚は関与しなかった。
・福建省など中国南部の地域に運ばれた。
○日本国内だけでなく,「後期倭寇」などを媒
介として中国や東アジア貿易で扱われる商
品としての役割を担っていた。
○中国南方で,銀が品不足になり,需要が高
まっていたので,そこに持ち込むと大きな
利益となったので。
・明は成立当初は,里甲制に基づいて,農民
から米や麦などの穀物を徴収する税制だっ
たが,次第にかさばる穀物など現物ではな
く,銀で徴収するようになったので。
・都が南京から北京に移ると,南部から北部
へ税を輸送するのに,かさばる現物ではな
く銀を用いた方が実際的になったので。
・北部で戦う多数の兵士の給与として多額の
銀を中国北部に送る必要性が生じたので。
国庫(太倉銀庫)から支出されていた北方
防備のための軍事費を「京運年例銀」と言
うが,その額は 16 世紀初頭には 50 万両程
度であったものが世紀末には 400 万両に達
するようになり,南部での銀不足が深刻に
なった。
・16 世紀には,モンゴル高原でアルタン=ハ
ンの下でタタール部が強大化した。チンギ
ス=ハンの子孫を称するアルタン=ハンは
毎年のように長城を越えて中国に侵入した。
1550 年には北京に至り,8日間にわたって
城を包囲した(庚戌の変)。このような北方
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
2
からの脅威を「北虜」といい,これと戦う
ために多数の兵士と軍事費が必要になった。
○「北虜」と呼ばれた北方での軍事的緊張が
高まれば高まるほど,軍事費としての銀の
北方集中は強まり,南部など国内の銀不足
は深刻になる。国内の銀不足が深刻になれ
ばなるほど,それを運べば巨利となるので,
危険を冒して貿易に乗り出す倭寇(南倭)
の活動も活発になったと考えられる。
○なぜ,石見銀山など日本の銀は,中国
の南部に運ばれたのか?
○兵士の給与として北方に運ばれた大量
の銀はどうなったのか?
・酒や塩,魚や薬類などを扱って,銀を
吸収したのは,どのような人びとか。
9
・その冨はどのように使われたのか?
10
展
開
3
・大商人や官僚の贅沢や散財・奢侈は,
社会にどのような影響を与えたか?
・毛皮や人参はどのようにして,もたら
されたのか?
11
・中国文化が発展すると,どうなった
か?
12
展
開
3
6
○兵士たちが必要な生活必需品,食糧,酒,
塩,衣類,薬類,雑具などの購入に充てら
れた。
・全国に運輸と販売網をもっていた徽州(新
安)商人や山西(山右)商人などの大商人
たち。官僚たちも,こうした大商人と結ん
で軍隊などへの商取引に関与して巨万の冨
を貯えていた。
・徽州商人たちは,江南地方の商業都市で「無
徽不成鎮」(徽州商人がいないと町は成り立
たない)といわれるほど贅沢な金の使い方
をしたり,遊郭などでで豪遊したりしたと
いわれる。また,官僚たちは引退後に,や
はり郷里の地方都市などに広壮な邸宅を構
えて贅沢な生活をした。
・彼らが欲しがるような高級品,陶磁器,書
画,家具調度品,絹織物,毛皮,高級漢方
薬(人参)などの生産や技術の進歩を促進
して,中国文化を発展させた。
・最高級の毛皮であるクロテンや人参は,中
国東北部からもたらされた。それらの獲得
と対中国貿易によって経済的基盤を築いて
急成長したのがヌルハチの率いた建州ジュ
ルチン族であった。この貿易を仲介・保護
していた明の高級軍人李成梁が失脚すると,
貿易が停滞して困ったヌルハチは明と 1616
年にサルフで戦った。
・17,18 世紀になると,ヨーロッパ人が,中
国文化に強い興味関心を持つようになり,
シノワズリと呼ばれる中国ブームが起きた。
スペインは南米のポトシ銀山などから産出
される銀をアカプルコ,マニラ経由で中国
に持ち込んで,陶磁器や茶などの中国物産
をヨーロッパにもたらした。この貿易にポ
ルトガルやオランダ商人も参画しようとし
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
た。
・中国,日本,東南アジアなど広くアジアの
物産を交易する出会い貿易を活性化させた。
東シナ海では,王直に代わって鄭芝龍,鄭
成功親子が日本や台湾を拠点にして,貿易
活動の主体の一つとなり大量の銀を扱った。
このように経済活動や貿易の活性化が持続
する時代像を,歴史家たちは「長い 16 世紀」
と呼んでいる。
○中国の国内経済を様々な面で活性化させた
だけでなく,東北部などの辺境世界や,ヨ
ーロッパやラテンアメリカ,東南アジアな
どにも影響を与えた。
・マニラ(スペインの拠点)やマカオ(ポ
ルトガルの拠点),台湾(オランダの
拠点)での貿易発展はアジア経済にど
のような影響をもたらしたのか?
○兵士の給与として北方に運ばれた大量
の銀はどうなったのか?
終
結
◎ なぜ,島根県の石見銀山は 2007 年に
ユネスコの世界遺産に登録されたのだ
ろうか?
◎産出された銀が,日本の戦国時代だけでは
なく,16 世紀から 17 世紀にかけての世界
史上「長い 16 世紀」と呼ばれるアジア経済
を中心とした活況の時代に大きな影響を与
えているからではないか。
5.教授=学習資料(資料名のみ)
1 石見銀山の景観と位置,ユネスコ世界遺産登録関係の記事
2 中国に流入した日本銀の量
3 王直(五峯)の生涯とその活躍
4 寧波の乱とその影響
5 明の「海禁政策」と朝貢システム
6 中国南部での銀の不足
7 明代後期の太倉銀庫歳入歳出額
8 タタール部の強大化
9 新安商人と山西商人の活躍
10 大商人・官僚の蓄財と散財
11 ジュルチン族の台頭
12 ヨーロッパでの中国ブーム
(2)グローバル・ヒストリ的授業構成の方法-岸本氏の説明の論理の一般化-
岸本氏の近世東アジア史の説明は,岩見という日本の一地域や世界の諸地域を,具体的な銀などの商
品の動きを通して,グローバルな関係性の中に位置づける,きわめて興味深い歴史説明構造を有してい
ると考えられる。歴史の授業構成のための一般化ということを考えて,今あえて大胆に目標原理・内容
構成原理・方法原理の構造としてそれを仮説として示すと次のようなものとなろう。
7
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
<岸本氏の説明の論理に基づくグローバルな歴史授業構成の一般原理(仮説)>
<目標原理>
取り上げた時代と諸地域社会のグローバルな関連性の持つ世界史的意義(この場合「長い 16 世
紀」の持つ意義)を明らかにしていく。
(さらに,17世紀から現代にかけての解釈を積み重ねたり,比較したりすることにより,現
代世界のグローバルな特質の起源と来歴を理解させる。)
<内容構成原理>
①世界史的視野で,多くの地域社会の歴史を個人や人物集団の営みを踏まえて動的に関連づけ
て説明する。
②それぞれの地域社会の特質(制度や経済動向など)を,関連性を生み出す原因や影響の文脈
に位置づけながら説明する。
<方法原理>
具体的なヒト,モノ,カネ,情報の動きを通して,歴史を考えさせていく。
この一般原理の仮説に基づいて,「近世新潟湊」と初代新潟奉行川村修就を教材として,同様に19
世紀の東アジアの経済構造について考察させる授業計画を開発した。ポイントは清,琉球王国,薩摩,
新潟・北陸商人,蝦夷地を結ぶ「抜け荷」(国際的密貿易)のシステムの発見である。「抜け荷」に関し
ては,先行実践でも川村派遣の理由の一つとして取り扱われているが,それ自体に着目させたグローバ
ルな観点からの学習は行われていない。また,新潟市歴史資料館(みなとぴあ)の展示物の中に,「抜
け荷」について触れたものがあるが,来館者の注目を集めるものとはなっていない。そこで,本授業計
画では新潟湊と川村修就を一つの切り口として,国際経済システムと歴史のダイナミズムの関係につい
て考察できるような教育内容開発を行った。以下,それを略式の教授計画書の形式で提示する。
(3)「近世新潟」学習のグローバル化
小単元「なぜ,近世新潟湊は繁栄したのか?」
-高等学校地歴科の主題学習,中学校歴史的分野の発展的学習として-
1.小単元の目標
近世新潟湊の繁栄を,東アジアの経済的動向から理解させる。
2.小単元の知識構造
◎近世新潟湊は,基本的には,国内商業の中継基地(日本海側の年貢米を大阪に運び,畿内の商品
を北陸に運ぶ北前船の寄港地)として繁栄したと言われている。しかし,18 世紀後半から 19 世
紀前半になると,東アジア経済の活性化の影響を受けた「抜け荷」が盛んに行われ,中国,琉球,
蝦夷地などを結ぶ国際貿易の隠れた舞台であったことが豪商を育て,町の繁栄に関与していたら
し
い。また,貿易に関与する商人や漁民が多く蝦夷地に渡ると,様々な品物が必要となり,新潟
湊か
らは米やナシ,酒,焼酎などの飲食,建具,畳,下駄,漆器などの手工業品が移出されて活
気づい
た。
○初代新潟奉行川村修就は,新潟湊での長岡藩公認の抜け荷について調査し,取り締まろうとした。
○新潟湊での抜け荷の背後には,中国,琉球,薩摩藩,加賀藩,蝦夷地などに関連した国際的規模
8
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
の貿易構造が存在していた。
○幕府の抜け荷取り締まりは不徹底なものであり,それは「鎖国」が必ずしも貿易を厳禁している
ものではなかったという事情があった。
3.小単元の構成
導入 なぜ,近世新潟湊は繁栄したのか?
一次 初代新潟奉行川村修就が残した「北越秘説」とは何か?
二次 なぜ,長岡藩は抜け荷を取り締まらなかったのか?
三次 江戸幕府は抜け荷に対して,どのように対応したのか?
終結 なぜ,近世新潟湊は繁栄したのか?
4.小単元の展開
展開
導
入
問
い
○ 1840 年に書かれた「北越秘説」とい
う文書から読み取れる新潟湊の特色は
何か?
◎なぜ,江戸時代(近世)の新潟湊は繁
栄していたのだろうか?
資料
生徒につかませたい知識
1
○資料から,豪商が軒を連ねていて,経済的
にとても繁栄していた様子が伺える。
(本単元の学習テーマであることを確認する)
○「北越秘説」とは何だろうか?
・川村修就とはどのような人物か?
2
展
・遠国奉行とはどのような存在か?
開
・川村修就が幕府の初代新潟奉行である
ということは,それまでは誰が支配し
ていたのか?
・長岡藩にとって,新潟湊はどのような
領地だったのか?
3
・「北越秘説」は,何のために書かれて
水野忠邦に提出されたのか?
・なぜ,幕府は長岡藩から新潟湊を上知
しようとしたのか?
9
○老中水野忠邦に対して,川村修就が 1840 年
(天保 11 年)に提出した報告書。
・御庭番(徳川吉宗が設置した将軍の側近で
高級官僚)の家柄出身で,天保期から幕末
にかけて,遠国奉行を歴任した人物。初代
新潟奉行,堺奉行,大阪奉行,長崎奉行な
どの重要な遠国奉行を歴任した。初代新潟
奉行時代(1843 年から 1852 年の 10 年間)
の事績として,飛砂対策として砂防林(関
屋浜の松林など)を植樹したことなどで新
潟市民に敬愛され,親しまれている。
・交通,経済,軍事上の重要な直轄地に対し
て,行政,司法,治安維持などの大権を一
手に握る幕府の重要な役職であった。
・内陸部の長岡藩(三河以来の譜代大名牧野
家 7 万 4000 石)が支配していた。
・北前船など海運が盛んであったので,商人
たちから運上金を年間1万両以上徴収する
ことのできる「金の成る木」であった。
・新潟湊を,長岡藩(牧野備前守忠雅)から
上知(領有地の返上)させるための根拠(口
実)が書かれていた。
・水野忠邦は「天保の改革」において幕府の
財政再建を目指して大名の領地を上知しよ
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
1
・なぜ,「北越秘説」は,幕府にとって
新潟上知の成功の鍵を握っていたの
か?
○「北越秘説」に書かれていた長岡藩の
新潟統治の問題点とは何だろうか?
4
○なぜ,長岡藩は新潟での「抜け荷」を
取り締まらなかったのか?
・新潟で行われていた「抜け荷」とはど
のようなものだったのだろうか?
・誰が主体となって行っていたのか?
5
・交易品として,何が扱われていたの
か?
6
・薩摩藩は中国の品物をどのようにして
手に入れていたのか?
7
展
開
10
うとした。そのために江戸・大坂周辺ので
も上知が試みられたが,強い反対で失敗し
た。新潟は成功した例であり,「北越秘説」
はその成功の鍵を握っていた。
・長岡藩の新潟統治の問題点が書かれていた。
その点を幕府に追求されると,長岡藩は譜
代という立場上,拒むことはできなかった。
○新潟とその周辺で行われていた「抜け荷」
(密
貿易・私貿易)を取り締まっていなかった
こと。すでに 1835 年に村松浜から大がかり
な「抜け荷」事件が発覚して処分者が出て
いたのに,その後も噂は絶えず,1843 年に
再び事件が発覚した。「北越秘説」には,そ
のような「抜け荷」の実態が川村修就の部
下たちによって調査されて書かれていた。
長岡藩は,二度にわたる「抜け荷」の発覚
に,監督不行届を言い逃れることができず
「上知」を呑まされた。代替地として高梨
村(小千谷市)を与えられたが,石高 630
石では,失うものが多すぎた。
○「抜け荷」に目こぼしをすることで,そこ
からも運上金を得ていたのではないか,と
考えられる。
・本来,長崎だけで許されていた中国(清)
との貿易を,幕府の許可無く新潟近辺で行
う国際的私貿易。
・薩摩藩。島津藩主島津重豪の娘茂子が 11 代
将軍家斉の正室(1789 年婚儀)であること
から,薩摩藩は1年間に銀 1720 貫(金3万
両)までの異国貿易を特許されていた。そ
れを隠れ蓑にして薩摩藩は半ば公然と,制
限を超えた交易(「抜け荷」)を行っていた
と言われる。特に財政改革主任となった調
所広郷が力を入れた。
・中国からの輸入品として,薬類(人参など)
や光明朱(漆器や朱墨などに使用)が日本
国内で珍重され,高額で取引された。薩摩
藩は,それらの商品を長崎を通さずに,新
潟などで密かに転売して巨利を得ていた。
・琉球貿易によって手に入れていた。琉球は,
1609 年に薩摩藩に征服されてから,日本と
中国に両属の形を取っていた。清朝は,福
建省の福州を琉球との朝貢貿易の場として
認めていた。薩摩藩は,琉球の朝貢貿易に
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
2
・中国への輸出品として,何が扱われて
いたのだろうか?
8
・なぜ,中国では銅や食材などがたくさ
ん求められていたのだろうか?
9
・薩摩藩は俵物や昆布をどのようにして
手に入れていたのだろうか?
・新潟や加賀の豪商は,俵物や昆布をど
のようにして手に入れていたのだろう
か?
・場所請負制とはどのような制度なのだ
ろうか?
10
・北陸の商人たちは,場所請負制度にど
のように介入したのだろうか?
11
展
開
・北陸の商人たちの手に入った俵物はど
うなったのか?
11
実質的に出資して,中国の品物を手に入れ
ていた。また,琉球は東南アジアとの貿易
も行っており,それらと中国貿易を中継す
ることで琉球王府も利益を得ていた。琉球
使節団は,福州からさらに 3000 ㎞離れた北
京まで皇帝に朝貢するために大運河等を利
用した内陸の旅をした。
・最初は銅が好まれていたが,品薄となり,
代わりに俵物(煎海鼠,干し鮑,フカヒレ)
や昆布など食材としての海産物が好まれた。
・清朝の康煕・雍正・乾隆帝の3代 130 年間
(1661 ~ 1795)は,政治的な安定期で,人
口が増加し,経済が発展した。地方での商
取引には銅銭が用いられ,都市では食文化
が多様化したので。
・本来は,長崎で幕府の指定する商人から買
わなければならなかったが,新潟の豪商(高
橋屋や当銀屋),加賀の豪商(銭屋五兵衛)
などから長崎で買うよりも安価に手に入れ
ていた。
・蝦夷地(北海道)における場所請負制と呼
ばれるアイヌ交易に介入することによって
手に入れていた。
・蝦夷地を支配していた松前藩は,当初は石
高知行制ではなく,アイヌとの商場を家臣
団に与える商場知行制を採っていた。しか
し,享保期頃より,商場の交易と生産を近
江商人などに請け負わせて運上金を出させ
る場所請負制度に替えていった。1740 年に,
長崎での輸出俵物の産地として幕府の集荷
体制に組み込まれると,商人たちは収益を
上げるためにアイヌを交易の相手から,雇
いの労働者に変質させて収奪を強化した。
これに対する反発が 1789 年のクナシリ・メ
ナシの蜂起につながったが鎮圧された。
・商場を請け負った商人たちは,さらに下請
人を雇って,アイヌや東北から着た労働者
を使役して俵物を生産させていた。この下
請人と交渉して集荷量をごまかさせ,抜買
いをしていた。松前藩と幕府を経由して長
崎に行くはずの俵物を最初の段階で安くピ
ンハネしていたわけである。
・北陸の豪商たちは,こうして手に入れた俵
物を,日本海側の港の倉庫に密かに保管し,
薩摩藩の船と交易して,中国商品を手に入
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
2
・19 世紀になると長崎貿易はどうなっ
たのか?
・新潟を中心とした「抜け荷」の構造を
まとめてみよう。
12
○なぜ,長岡藩は「抜け荷」を取り締ま
らなかったのか?
○幕府は「抜け荷」に対してどうしたの
か?
・薩摩藩や加賀藩に対しては,どうした
のか?
13
・幕府の「抜け荷」取り締まりは十分だ
ったのだろうか?
・そもそも「鎖国」政策なのに,なぜ取
り締まりは甘かったのか?
14
展
12
れていた。それら中国商品は,国内販売ル
ートを通じて,江戸や関東甲信越で広く転
売された。1835 年と 1840 年の新潟抜け荷
事件の発覚は,そのことをよく示している。
・対中国輸出品である俵物の扱いが少なくな
って衰退した。中国側は,長崎口での対日
輸出品をもてあまし,それも薩摩を介した
「抜け荷」に回されたと考えられる。
・本来は長崎を介さなくてはならない日中の
貿易を,薩摩藩,長岡藩,加賀藩などの大
名の認可や黙認の下で,北陸の商人たちが
行っていた。蝦夷地の俵物や昆布が非合法
に入手され,中国の薬類や光明朱と交易さ
れていた。琉球を介した中国貿易と「抜け
荷」が盛んになればなるほど,関係した大
名と商人は儲かり,輪島塗や会津塗りには
見事な朱が用いられる一方で,アイヌは搾
取されるという関係が形成された。
○薩摩藩を通じた国際的な「抜け荷」の構造
を知っていて,むしろ黙認して関係する商
人たちから運上金を手に入れようとしたの
ではないか。
○新潟を上知し,川村修就を初代奉行として
取り締まろうとした。
・藩の責任を問うと,戦争になる恐れがある
ので,個人に責任を転嫁させて暗に自粛を
求めた。後に,老中阿部正弘は薩摩の調所
広郷を自殺させた。また,加賀藩は,別の
理由をつくって銭屋五兵衛を処罰した。
・薩摩藩は,すでに調所広郷の時に,財政改
革に成功して50万両もの蓄えをもつよう
になっていた。その背景には「抜け荷」を
含む琉球貿易と,奄美地方での黒糖生産な
どがあったと言われる。やがて薩摩藩は貯
えた財力で軍備を近代化し倒幕の中心にな
るので,取り締まりは甘かったのではない
か。
・多くの歴史家たちは,17,18 世紀の日本は
貿易面については「鎖国」をしていなかっ
たと考えている。むしろ,4つの貿易(薩
摩口・琉球貿易,対馬口・朝鮮貿易,長崎
口・中国/オランダ貿易,松前口・アイヌ
/山丹貿易)に制限する「海禁」政策と呼
んだ方が適切だとしている。
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
・なぜ,歴史家たちはそのように考える
ようになったのか?
15
開
3
・幕府が薩摩藩に対抗するには,厳しい
取り締まりの他に,どのような方法が
考えられただろうか?
・川村修就はどのように考えていたのだ
ろうか?
16
○幕府の「抜け荷」への対応は,どうだ
ったのだろうか?
17
◎なぜ,江戸時代(近世)の新潟湊は繁
・「鎖国」という言葉自体が 1801 年に作られ
た言葉であること,寛永 12,13 年令などい
わゆる「鎖国令」は,日本人の海外渡航や
宣教師の布教活動の禁止を目的としたもの
であり,外国人商人の到来を禁止したもの
ではなかったことからである。より,積極
的には,17,18 世紀の東アジア世界全体の
中で「日本型華夷秩序」を形成しようとし
たのではないかと考えているから。つまり,
清朝が皇帝を中心として外藩国,朝貢国,
対等国などの華夷秩序を形成し,秩序に応
じて貿易を行う緩やかな「海禁」政策(保
護管理貿易)を行ったのに対抗して,日本
を中心として,琉球,朝鮮,蝦夷地(アイ
ヌ)などを華夷秩序に組み込み,同様に保
護管理貿易を行ったのではないか,と考え
ている。
・19 世紀になる前に(つまり「鎖国」概念が
武士たちに広まる以前に,言い換えると外
国との貿易に抵抗感が生まれる以前に),
「抜
け荷」を逆に公的貿易に切りかえさせて管
理する方法。新潟や函館などを対中国,朝
鮮貿易に開港して,貿易の自由化を進めて,
幕府自身が運上金の獲得を増やし,薩摩に
対抗する。
・後に長崎奉行となった川村修就は,1856 年
にオランダの進言を受け入れて,開国貿易
を行うように幕府に意見具申をしている。
それは,西欧の要求を拒みがたいという理
由の他に,貿易が巨利を生むことを現場の
高級官僚として彼がよく知っていたからで
はないか。この意見具申の後,1858 年に日
米修好通商条約が結ばれるが,すでに貿易
の禁止の意味を含む「鎖国」概念が武士た
ちに広まった後だったので,幕藩体制は大
きく揺らいでいくことになった。
○「鎖国」は全面的な外国貿易禁止ではなか
ったので,各大名の逸脱を「華夷秩序」の
対面を保ったまま保護管理の範囲内に戻さ
せる難しい対応に追われた。1835 年には老
中自らが手を染めた「抜け荷」が発覚しそ
うになって辞職している。(松平康任(岩見
浜田城主)による対朝鮮密貿易事件)
◎基本的には国内商業の中継基地(日本海側
13
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
栄していたのだろうか?
の年貢米を大阪に運び,畿内の商品を北陸
に運ぶ北前船の寄港地)として繁栄したと
言われている。しかし,18 世紀後半から 19
世紀前半になると,東アジア経済の活性化
の影響を受けた「抜け荷」が盛んに行われ,
中国,琉球,蝦夷地などを結ぶ国際貿易の
隠れた舞台であったことが豪商を育て,町
の繁栄に関与していたらしい。また,貿易
に関与する商人や漁民が多く蝦夷地に渡る
と,様々な品物が必要となり,新潟湊から
は米やナシ,酒,焼酎などの飲食,建具,
畳,下駄,漆器などの手工業品が移出され
て活気づいた。
・日米修好通商条約によって開港した。しか
し,横浜や神戸など太平洋側のライバル港
との国内競争に敗れて,衰退した。
終
結
・その後,新潟はどうなったのか?
5.教授=学習資料
1 『北越秘説』の伝える 19 世紀前半の新潟湊の繁栄(小松重男『幕末遠国奉行の日記-御庭番川村
修就の生涯-』中公新書,1989,p.11 より)
すべての家屋は立派で一万軒あまりあります。古町通,本町通というところは旅籠屋,遊女屋。
新町通りはすべて町人町で,それに続く青物町,瀬戸物町,肴町・・・多聞町というところは信
濃川から新潟町へ掘り割られた川である御菜堀に面しており,なにごとも便利がよいため,荷物
問屋たちがここに居住しております。
川並土蔵が続き,江戸の小網町河岸のような景観で,高橋屋健蔵の住居は間口十間余(約 18 メ
ートル),奥行き1町(約 108 メートル)ほどもあり,海岸通りには間口五間,長さ十五間ほどの
土蔵が5棟あります。健蔵一人で1年間に融通いたしておる金銀は十万両ほどにものぼり,貯え
ている金は二万両ほどあるといいます。その上,七百石積みから千石積みの廻船を6艘所有して
おります。・・・137軒の問屋のうち,高島屋のような豪商は2軒で,当銀屋は劣りますが,所
有金は五千両くらいといいます。
(近世新潟湊古地図,俯瞰図
2
省略)
新潟市西海岸公園の松林に立つ川村修就の銅像(新潟市『新潟歴史双書Ⅰ新潟湊の繁栄』p.124)
晩年の川村修就の写真(新潟日報事業社『新潟県人物群像6』p.41)
(省略)
(川村修就略年譜)
寛政 7 年(1795)
江戸に生まれる。
14
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
天保 8 年(1837) 家督を継ぐ。
天保 12 年(1841) 御勘定吟味役を命じられる。
天保 14 年(1843) 下田奉行所の普請目論見御用を命じられる。
初代新潟奉行に任じられる。
嘉永 5 年(1852) 堺奉行に任じられる。
安政元年(1854) 大阪町奉行に任じられる。
安政 2 年(1855) 長崎奉行に任じられる。
安政 4 年(1857) 西丸御留守居に任じられる。
文久元年(1861) 大阪町奉行に再任される。
元治元年(1864) 御役御免。隠居する。
明治 11 年(1878) 没。満 82 歳。
3
『北越秘説』の伝える「抜け荷」(小松重男,前掲書 pp.9-10 より)
さて,高橋屋と当銀屋の両問屋が,抜け荷交易を<もっぱらいたし>ており,長岡藩へ莫大な
運上金(税金)を差し出しております。そればかりか,長岡藩主牧野備前守の勝手方(財政)の
やりくりまで引き受けているようすでしたので,念入りに調査しましたところ,長岡藩は,新潟
湊へ荷揚げする品物と,同港から諸国へ向けて積み出される米以外の品物には価格百文あたり四
文ずつ,米については価格百両あたり一両二分ずつ,薩摩船が運んでくる品物に対してはもっと
高率の運上金をかけて,それぞれ厳しく取り立て,一カ年におおよそ一万八千両から二万両にお
よぶ収入を得たそうであります。
このごろは,抜け荷取り締まりや信濃川の洪水などの影響で,運上金は減ったらしいですが,
それでも4月から7月にかけて700艘から800艘の船が入港しまして,運上金は一万両以上
あるらしいと聞きました。この金はすべて牧野備前守の勝手方に入ったそうです。
ことに重大なことは,薩摩船だけ運上金を高率に賦課していたことでございましょう。これこ
そ,薩摩船や新潟の商人たちが抜け荷交易の常習犯であることを,領主もよく承知している証拠
でございましょう。去る天保 6 年(1835 年)の村松浜での抜け荷取引発覚以後は,表向きは取り
締まりを厳しくしているふりをしていますが,いまも極秘に取引が行われていることは確実でご
ざいます。なにせ船人どもは,海岸より数百里沖を通行いたしますので,その先々で何をしてお
るかは計り難きものでございます。高橋屋と当銀屋は,粟島という小さな島で抜け荷交易をして
おるという噂もございます。
4
「抜け荷」事件の発覚(新潟市,前掲書 pp.109-110 より)
天保 6(1835)年 11 月,一隻の薩摩船が,現在の新潟県中条町村松浜で難破しました。この薩
摩船の船長にあたる船頭は八太郎といいましたが,同乗していた仲買人の久太郎といっしょに,
すぐに新潟に逃げ隠れました。代わって新潟から,難破の知らせを聞いた廻船問屋たち(北国屋,
若狭屋,山田屋,室屋)の使用人たちが,すぐに村松浜に出かけ,積み荷を村の組頭に頼んで網
小屋に運び入れました。そして,「品物の一部は,網小屋では傷む恐れがあるから」と言って,別
の蔵を借りてそこへ運びました。難破をすると積み荷は,種類や数量を土地の代官が調べること
になっていました。村松浜の代官は青山九八郎といいました。彼はすぐに配下の者を送って調べ
させましたが,廻船問屋の人びとは,網小屋の品物しか見せませんでした。そして,蔵の品物は
こっそり新潟へ送りました。新潟へ送られた品物は,薬種類,毛織物類,鼈甲類などでした。こ
15
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
れらの品物は,その場に駆けつけた新潟湊の商人たちによって売りさばかれましたが,翌年にな
って,このことは発覚しました。これらの品々は「抜け荷」だったのです。
5
薩摩藩の「抜け荷」(山脇悌二郎『抜け荷-鎖国時代の密貿易-』日経新書,1965,pp.74-107)
幕府は,薩摩藩と琉球との貿易を許していたので,この藩は中国から琉球を経て入ってくる中国
産の薬や反物を公然,大量に持っていた。そこで,当時財政難だった薩摩藩が考えたのは,この
薬や反物と,俵物三品(煎海鼠,干し鮑,フカヒレ)を,長崎会所を出し抜いて,交換すること
であった。俵物三品を手に入れるならば,薩摩藩は,直接,唐船と密貿易ができる。琉球との貿
易ばかりでなく,中国との貿易が経営できたのである。
唐薬(人参,大黄など)は,長崎貿易の主要な取引品であり,日本での需要はすこぶる多かっ
た。それは長崎会所を通して輸入され,おもに大坂の問屋,仲買人などの手を経て新潟あたりへ
は出回っていた。幾人もの手を経るので,小売りでは,より高価になる。それをいきなり薩摩船
から買うとすれば,安く買うことができて,新潟の商人にとっても多くの利ざやを稼ぐことがで
きる。
薩摩藩の唐物方という役職は,琉球国産物の輸入,売りさばきを専門にする貿易局であって,
藩の密貿易経営の主体であった。茶坊主出身の調所広郷は,文政年間(1817 年以降)に唐物方に
勤務し,後に藩財政改革の主任となり,その成功によって家老にまで進んだ。薩摩藩には,文政
末間に借金が五百万両あったという。しかし,十年後の天保 11(1840)年ころには,年間二百万
両の歳出が可能な上に,五十万両の積立金があったとされる。この大成功の理由として,江戸・
大坂・京都の銀主(薩摩藩が金を借りていた商人たち)に250年賦の分割払いを認めさせたこ
とや,国産品(黒糖など)の藩外販売成功があげられる。しかし,わずか10年で成功した理由
の説明としては説得力を持たない。当時,砂糖は讃岐,阿波などでも特産品として出荷されてい
て,市場では値崩れを起こしていた。調所の財政改革の成功は,密貿易によることが多かったと
みなさなければならない。調所の昇進は,密貿易の隆盛と軌を一にしており,後に,調所と対立
した島津斉彬は,調所を密貿易の首魁だったと話している。
6
人参とその現在の価格(省略)
7
琉球の対中国貿易の実際(高良倉吉『琉球王国』岩波新書,1993,pp.92-96 より)
東シナ海を横断した琉球王国の進貢(朝貢)船は閩江に入り,岩礁「五虎門」の前を通過してさらに
西にさかのぼり,福州に到着する。数百人にのぼる琉球人渡航団は,柔遠駅(福州琉球館)に滞在する
が,そのうちの約20名は中国側に引率されてさらに陸路・大運河を3000㎞北上し,首都北京に向かう。北
京では外国人の賓客用の宿泊施設である会同館に滞在して,所定の日に紫禁城で皇帝に謁見し,琉球
国王からの文書・朝貢品を献納する。これに対して皇帝は,琉球国王などに対して文書や相応の賜品を
プレゼントする。おみやげをもらった使節一行は,再び陸路を南下して,福州にもどり,柔遠館で待つ他の
面々ともどもに帰国する,というのが通常のパターンであった。
では,この待っている人びとは何をしたのだろうか。福州琉球館では福州商人たちとの間で,二種類の
貿易が行われていた。一つは,琉球王府を主体とする公的な貿易である。もう一つは,船旅に協力した人
びとの私的な貿易である。この人たちには今で言う出張手当は与えられていなかった。その代わりに,自
分たちで琉球や日本,東南アジアなどの商品を持参し,中国側と私的に貿易することが役得として認めら
れていたのである。もし,琉球側の希望する商品が福州商人の手元にない場合は,彼らのネットワークを
16
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
通じて,他の地域から取り寄せることも行われた。琉球王国からの朝貢使節派遣に対応して,中国皇帝は
総勢500名もの冊封使を琉球に派遣したが,同様の貿易が琉球でも行われた。こうした貿易は,1609年
に,琉球王国を征服した薩摩藩の出資や統制の下で行われるようになるのである。
8
ナマコ,フカヒレ,アワビ(俵物三品)(省略)
9
盛世と呼ばれた時代(上田信『海と帝国
10
貿易構造に組み込まれる蝦夷地(荒野泰典『近世日本と東アジア』東大出版会,1988,p.51 より)
明清時代』講談社,2005,p.325)(省略)
松前藩の蝦夷地・アイヌに対する収奪の強化は商業知行制度から場所請負制度への転換を通じ
て行われた。商業知行制度とは,アイヌとの交易の独占権を持っていた松前藩主が,家臣たちそ
れぞれに,交易場(商場)を与えて,アイヌとの交易によって収入を得させる制度である。場所
請負制度とは,家臣たちが,交易場での取引を商人たちに任せる代わりに賃貸料(運上金)を収
めさせる制度である。前者から後者への転換は 18 世紀の前半に行われた。前者は,家臣である武
士たちが生活できるだけの収入を交易から得ればよいけれども,後者では,商人たちができるだ
け多くの利益を獲得しようとする。そのために,交易だけでなく,漁や生産にも関与した。アイ
ヌの人たちや,東北から移住してくる人たちをひどい条件で奴隷のように酷使して,蝦夷地産物
(俵物,昆布,干鮭,にしん,串貝)をできるだけ多く手に入れようとした。それらの産物は,
日本海運(西回り航路)によって,大坂市場へ大量輸送された。当時,近畿地方では綿作などの
商業的農業が進展していたから,肥料がとても必要となり,にしんの粕は肥料としてよく売れた。
また,俵物は幕府によって管理され,1740 年には長崎で中国人商人と取引される量の30~40
%を蝦夷地産のものが占めた。1789 年にクナシリ・メナシ騒動というアイヌの蜂起が起きている
が,それはこうした場所請負制度のやり方に対する反乱であると考えられている。
11
銭屋五兵衛の抜け荷(山脇悌二郎,前掲書,pp.76-78)
加賀の豪商,銭屋五兵衛は一代で巨万の冨を築いたが,その大半は,加賀藩の後ろ盾で薩摩と
行った抜け荷であったと言われる。彼は多数の船を持ち,新潟,函館などには大支店を置き,津
軽の鯵ケ沢,越後の柏崎,越前の三国,その他の各地には,多くの小支店,出張所を設けていた。
彼と薩摩との密貿易は,どんな方法でおこなわれたか。
まず,銭屋五兵衛側が,函館,津軽などの俵物請負人の下請人から,俵物を抜買いする。下請
人とは,商人たち請負人に雇われて,実際に漁村に入り込んで現物を集める者である。彼らは,
わりとたやすく集荷量をごまかすことができたらしく,天保2(1831)年以降の密貿易禁令には,
「不埒な下請人が,請負人どもには差し出さず,他の者へ自由に密売している」ことが,しばし
ば書かれている。銭屋五兵衛も,下請人たちから俵物を手に入れたことは,まず疑いない。手に
入れた俵物は,銭屋の船で,新潟近辺に運ばれて適当な場所へ隠しておく。それは薩摩船へ積み
込むのにも適当な場所である。銭屋側と薩摩側の見本の交換,品物の種類と量が決まると,薩摩
船は銭屋側が指定した場所へ行って唐薬や反物など中国商品をわたす。それから指定された別の
場所へ行って,そこに隠されていた俵物を積み込む。そして,銭屋は,中国商品を新潟や北陸,
関東甲信越,畿内の商人たちに密かに転売する・・・こうした抜け荷の方法が推測される。
17
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
唐者抜け荷の構造(新潟市,前掲書,p.110 より)(破線が抜け荷のルート)
12
俵物
俵物
俵物
俵物
新
唐物
琉
唐物
薩
潟
唐物
米など
中
毛皮
蝦
球
摩
長
唐物
唐物
全
国
夷
唐物
国
地
唐物
俵物
13
米
崎
唐物
江
大
京
戸
坂
都
俵物
俵物
幕府の対応(山脇悌二郎,前掲書,pp.79-80 より)
調所広郷や銭屋五兵衛などの行う抜け荷が激しくなると,長崎への俵物集荷が減って長崎貿易
が停滞した。困った長崎の中国商人は,嘆願書を老中水野忠成に送ったが,忠成はそれを握りつ
ぶした。薩摩藩や加賀藩との全面的対決を回避したのである。しかし,長崎会所の会計がひどく
逼迫してきたので,幕府も尻込みするわけにいかなくなり,思い腰を上げた。まず,薩摩に対し
ては,島津成彬の藩主後継を認める代わりに,調所広郷を自殺させるように老中阿部正弘が働き
かけた。調所は嘉永元年(1848 年)に江戸薩摩藩邸で服毒自殺した。同じ年に幕府は,銭屋五兵
衛と加賀藩の関係を確認した。加賀藩は,手の込んだやり方で銭屋五兵衛を処分した。翌嘉永 2
年に,河北潟の埋め立て工事を請け負わせ,工事の失敗(伝染病の流行など)の責任を追わせて
獄死させた。銭屋五兵衛は,請け負いに際して遺言状を書いたとされており,調所の自殺も知っ
ていただろうから,幕府や加賀藩の意向がわかっていたのかもしれない。いずれにしても,藩の
責任を個人に転嫁させながら,婉曲に威嚇しつつ抜け荷を止めさせようとしたのである。
14
17 世紀後半~ 19 世紀半ばの東アジア貿易と日本(荒野泰典,前掲書,p.6)(省略)
15
揺れる「鎖国」概念(永積洋子編『「鎖国」を見直す』山川出版,1999,pp.9-10 より)
「鎖国」によって,日本が世界から全く孤立していたという今までの見方は,大きく揺らいで
いる。日本の近世外交史に関して,多くの歴史家たちが最近言っているのは,これまでの見方を,
「海禁」という概念に置き換えてはどうか,ということである。これは,物品の輸出入や人びと
の出入りを政府が管理・制限するシステムのことで,中国の明や清が実施した政策である。中国
では,このシステムは政治的秩序である「華夷秩序」と結びついていた。皇帝が世界の中心であ
り(中華思想),周辺諸国と君主は中国皇帝の徳を慕う一段低い存在である。だから貢ぎ物を持っ
て挨拶に来るのであり,代わりに賜品を与えてねぎらうことが行われる。この関係を管理する方
法が「海禁」政策であった。周辺諸国は中国との上下関係を確認させられるために,決められた
場所と方法での接触しか許されなかったのである。
江戸幕府も,これをまねて,朝鮮国王や琉球国王などに対して同じ関係をつくろうとした。こ
18
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
れを「日本型華夷秩序」と呼ぶ歴史家もいる。しかし中国の「華夷秩序」が周辺諸国に認められ
ていたのに対して,日本のそれは,日本だけがつくったと思っていたという歴史家もいる。いず
れにしても,「鎖国」は完全な孤立ではなく,一つの外交の姿であり,外部との関係を幕府が統制
する「海禁」・「日本型華夷秩序」という考え方に置き換えた方がよいと,歴史家たちは考え始め
ている。
16
川村修就の意見具申(三谷博『ペリー来航』吉川弘文館,2003,pp.244-245 より)
1856 年に,江戸幕府首脳は,鎖国政策の大転換(通商条約の締結)を考え始めた。これは,オ
ランダ政府が日本との本格的な通商条約の締結を望んだからである。その背景には,イギリスが
香港総督バウリングを長崎に送って断固として通商を求めるらしいという情報をオランダがつか
んだことがある。オランダはこの情報と通商要求を,時の長崎奉行川村修就に伝えた。
川村修就は,長崎勤務の目付永井尚志・岡部長常と話し合い,この情報を江戸に伝達し,オラ
ンダの意見も参考にして,通商に積極的な意味を認め,これをはじめてはどうかと上申した。そ
の結果,老中阿部正弘は 8 月 4 日に「通商によって利益を得ることで富国強兵をはかっていくこ
とが時勢にかなっているのではないか」との見通しを示し,関係官僚たちに通商の方法の検討を
指示した。
17
止まない抜け荷(山脇悌二郎,前掲書,pp.53-66 および p.108 より)
幕府が,抜け荷についての責任を表立って薩摩藩や加賀藩などに問えないのには,別の事情も
あった。老中など幕閣の中にも抜け荷に関与する者がいたからである。たとえば,1835 年に病気
を理由に免官を願い出た老中松平康任などである。彼は島根の浜田城主であるが,竹島あたりで
朝鮮との密貿易を行っていたことが,間宮林蔵らの調査でわかってきたので内々に処分されたら
しい。
薩摩藩に対して調所を自殺させて威嚇した手段も,結局,無効であった。薩摩は,1858 年に開
国条約が締結されるまで,密貿易を継続させた。やがて薩摩は討幕運動の中心となる。時代を動
かす中心的歯車となったこの藩の活動力の源泉は,密貿易による冨の蓄積であったとしても,あ
ながちこじつけではあるまい。調所の貯めた 50 万両が,やがてオランダやグラバーから買い付け
た武器弾薬や軍艦の基になっていったと考えられるからである。
Ⅲ.おわりに
開発した授業計画は,2009 年 2 月 26 日(木)4・5限に,新潟大学教育学部附属中学校3年3組に
おいて,学部学生たちによって研究教育実習の一環として実験的に試行した 7)。ただし,導入と終結
について,具体性を持たせるために,全体を貫く問いを「なぜ川村修就は(1856 年に老中阿部正弘に
対して)開国貿易を進言したのか?」に修正して実施した。展開部は同じ内容であるが,パワーポイン
トを使って視覚的に訴えるようにした。以下に授業を受けた生徒たちの感想を記載する。
・江戸時代の背景にいろいろあって面白いと思った。新潟にもいろんなエピソードがあって,今がある
んだと,身近なようで遠いような感じがして不思議だった。昔に新潟が栄えていてよかったと思った。
・開国ということと新潟が深く関わっていたことが意外でした。ちょっと難しかったけど,開国にまつ
わるいろんな話を知れてよかったと思います。これからは開国の話だけではなく,ほかの出来事につい
ても深く追求してみたいと思いました。
19
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
・学校の授業では深くまで勉強しなかったけど,調べてみると奥が深くて,色んな人たちが関わって,それ
がつながっているんだなと感じました。歴史の出来事で疑問があった場合,それに仮説を立てて調べて
みることが,歴史を勉強することのおもしろさなんだと思いました。
・いままで知らなかった開国までの道のりを知ることができ,さらに知識を深めることができた。この
学習を生かして,これからの出来事をいろんな視点から見るようにしたい。
・歴史の授業で江戸時代の出来事とかはけっこう学習したけど,あまりこうやって湊とかに視点を向け
てみたことがなかったので,たくさん新しいことが分かって面白かった。また,新潟のことだったので,け
っこうそこに興味がもてた。地元のことからいろいろ調べるのも,地元だから分かることもあるし,そう
いうのも含め考えやすくていいかなと思った。
・知らない事がたくさんありました。新潟が裏ルートで栄えていたのは,とてもショックでした。でも,
おもしろかったです!!
・鎖国のくわしいところや,新潟との関係性や裏でおこなわれていたことなど,教科書や学校で勉強でき
ないことを勉強できてよかった。「鎖国から開国へ」なぜ開国したのか,どのような経過で開国したかに
ついて,学校では「鎖国をして条約を結び開国した」という簡単なことしかわからなかったが,新潟奉行
を務めた川村修就が開国を進言したことで開国したなど,知らないことがよく分かった。歴史の大きな
出来事を,身近な新潟を使って勉強することによって身近に感じた。開国してからの新潟についても触
れていて歴史の流れがつかみやすかった。
・川村修就から始まって,新潟から世界に広がる貿易や,わいろなど闇の部分を知りました。幕末から明
治にかけて,日本の外交の深いところを知れてよかったです。
・貿易をすることで互いに利潤をもたらし,考え方の異なった薩摩藩と長州藩が協力して討幕運動をす
るようにまでなったのはすごいと思いました。貿易の持つ力に一番早く気づいた坂本龍馬のおかげで,
明治維新が起こったのだと思いました。
・幕末の,教科書からは見えない部分を見れた気がします。途中,よくわからない単語が出てきていまし
たが,大体,内容はわかりました。おもしろい話を聞かせていただきました。ありがとうございました。
・教科書にはない新しい歴史を学んだことで,歴史というのは本当に奥が深いと思った。
・とても興味深い内容でした。新潟の上知だけが成功していたのは驚きでした。川村修就はとても優秀
な人だったんですね。そんな人が新潟の初代奉行であったことを誇りに思います。日米修好通商条約は,
不平等な点はありましたが,五港を開港したという点においては,よかったのではないかと思います。新
潟といえば湊町。湊町というと,にぎやかな感じがするので,私は新潟が湊町と呼ばれていたことが嬉し
いです。教科書に載っていない歴史の細部にはおもしろいことがたくさんありますね。もっと歴史を詳
しく学習したくなりました。
・細かい歴史は複雑で分かりにくいと思っていたけど,少しずつ複雑になっていくことで(抜け荷の説
明など),分かりやすかったです。
・今日は,普段,教科書で学習しないような鎖国から開国のときの歴史を知ることができて,よかったで
す。「抜け荷」のことは今まで知りませんでした。
・なかなか内容的にはよかったが,入試直前にやることではないと思う。だからまわりから附属は受験
に弱いと言われる。授業の内容は,これまで教科書の知識しかなかったが,実際の背景がわかって勉強に
なった。
・開国に,長崎奉行,抜け荷,薩摩,唐物など様々な事が関わっていて,面白いと思った。
・開国の背景には,新潟もからんでいたと知って驚いた。これからもたくさんの歴史を知って,自分の考
えを深めていきたい。
・歴史教科書では分からない部分が,すごくよく分かった。そして,新潟が開港したことで,新潟が激変し
たのだと知った。
・今まで知らなかったことを知れて,とても楽しかったです。これからもがんばって,いい先生になって
ください。
20
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
【註】
1)特集「新指導要領の地域学習」,『社会科教育』明治図書,2008 年 8 月号,p.14
2)新潟大学教育学部附属小学校に実践事例が見られる。
3)島垣武「地域の方とのかかわりを通して,歴史的事象を多面的・多角的に考察する能力や態度を育て
る授業-天保の改革における新潟上知の追究を通して-」新潟県社会科教育学会『社会科の研究』第 15
号,2009,pp.15-23
4)桃木至朗編『海域アジア史研究入門』岩波書店,2008 年
5)社会経済史学会編『社会経済史学の課題と展望』有斐閣,2002 年,秋田茂編『パクス・ブリタニカ
とイギリス帝国』ミネルヴァ書房,2004 年など
6)岸本美緒/宮嶋博史『明清と李朝の時代』中央公論社,1998,岸本美緒『東アジアの「近世」』岩波
ブックレット 13,岩波書店,1998
7)児玉康弘「中学校歴史授業での説明能力を高めるための研究教育実習-「近世海域ネットワーク論」
を事例として-」新潟大学教育学部附属教育実践総合センター教育実習研究委員会研究教育実習班『研
究教育実習の多様な展開(Ⅴ)』所収,2009.3
(なお本研究は,平成 20 年度(2008 年度)科学研究費補助金基盤研究(C)「地方の課題を歴史的に
考察させるための郷土人物教育内容開発研究」(代表者児玉康弘)および同基盤研究(B)分担金「最
新の歴史学の研究成果を教育につなぐ教材・教具の開発研究」(代表者大阪大学文学部堤一昭)に基づ
いて行ったものである)
(平成 21 年 3 月 11 日受理)
21
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
一人前レベルの国語科学習指導知識・技術
常木
Ⅲ
正則
Knowledge and Art of Competent in Japanese Language Teaching Practice Ⅲ
Masanori Tsuneki
新潟大学教育学部国語科教育学研究室
はじめに
本稿は、
「一人前レベルの国語科学習指導知識・
技術
Ⅰ」
( 新潟大学教育学部附属教育実践総合セ
16
聞くことの姿勢・態度・応答
17
学友に向けて話すときの位置
18
五十音図を用いた口形・発音指導
19
五十音図を用いたひらがな・語句・文を読
ンター研究紀要『教育実践総合研究』第7号、2008)、
「一人前レベルの国語科学習指導知識・技術
(新潟大 学 教育学部 研 究紀要
Ⅱ」
第 1巻第2 号 、
むことの指導
20
指示棒を使っての読むことの指導
21
1分当たりの読み字数
2009)の続稿である。
(1)音読・朗読の場合
本稿は表題が示すとおり、一人前レベルを想定
(2)黙読の場合
した国語科学習指導知識・技術を明らかにしてい
22
1 分当たりの書き字数
る。
23
文字の大きさとノート・ワークシート
一人前のレベルとは、筆者の問題意識、研究の
24
ノートの取り方
目標と方法、知識・技術項目の記載要領、は前々
25
教材研究の目標と方法
稿に記している。本稿では省略する。
26
学習課題のあり方
27
学習課題の解決過程と学習形態
28
ワークシート
前々稿、前稿で取り上げた知識・技術は以下の
30 項目である。
1
校門から児童・生徒玄関までの環境整備
29
自学のさせ方 -読むことの学習指導の場合-
2
教室の環境整備
30
板書の文字の大きさ・板書計画
3
机・椅子の適合
本稿で取り上げる知識・技術は以下の 10 項目で
4
適正な座位・立位
ある(番号は前稿の項目番号からの通し番号であ
5
座席の配置
る)。
6
板書の仕方
31
学級内コミュニケーションのあり方
7
机上の整備
32
机間指導
8
鉛筆の持ち方
33
学習課題設定解決型学習
9
書く時の姿勢と紙面の位置
34
格の正しい文での話し方
10
学習課題の創り方( 読むことの学習指導の場
35
一時に一事
36
目的にあった読ませ方
述語(部)から遡って読ませる指導
合)
11
学習課題の解決過程
37
12
少人数での共学の仕方
38
13
全体での共学の仕方
(1)班学習の成果の共有のさせ方
(2)2単元目以降の場合
(2)自学の成果の共有のさせ方
14
学習指導案の書き方
15
時間の管理
単元の冒頭のあり方
(1)初めての単元の場合
1
23
39
学び方の反復学習
40
授業観察の目標と方法
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
知識・技術の具体
の対角線の交わる当たりに着席している発言者に
は、上記のような指示は出されない。仮に出され
31
学級内コミュニケーションのあり方
たとしたら、その学習者は回転しながら話さざる
を得ないであろう。
〈目的・相手・場面〉
どうあるとよいのかわかっていながら実行しな
いのである 2)。では、それはなぜか。因習・慣例
目的:ある学習課題の解を紹介し合うこと
解を検討し合うことで最適解を明らかにす
に囚われているからだ、といわざるを得ない 3)。
ること
その因習・慣例とは、師問弟答の一斉学習指導法
である。
相手:学級の成員全員
場面:教室
【改善の方法】
【どうあるべきか、その根拠は】
・少人数学級であれば、円形の着席形態を取れば
・話し手聞き手が視線を交わすことのできる着席
よい。40 人に近い学級であれば、例えば次善の策
形態を取らせる。話し手には学友全員に向けて話
として以下のようにする。
を届けるのだという姿勢・態度を取らせる。聞き
ア
発言者を前に出させる。
手には相手の話を姿勢・態度・話しぶり・表情を
イ
コの字型に着席させて、できるだけ多くの
学友に向けて話させる。
も観察しながら聞き入らせる。物理的な制約があ
ウ
る場合でもできるだけ自然な形でのコミュニケー
成員を2分して向かい合わせて着席させる。
ションをさせる。
学友の半分とは本来の体勢でコミュニケーシ
・コミュニケーションの本来の姿であるからであ
ョンが取れるようにする。
る。教室は社会である。社会における自然な言語
・指導者が出す問いは、学習の対象についてどの
活動を教室でもさせるとよいから。
ように問えばよいのかの範例として出しているの
だ、と考えるようにする(この知見に関しては、
【実態はどうか。なぜそのような事態が生じてい
項目「33
学習課題設定解決型学習」を参照して
るか】
ください)。指導者からの問いは学習者の問いであ
・指導者に向けて話していることが多い。学友に
ると考え、その解は学友同士で求めさせてゆく、
向けて話す、という場面は、筆者の観察事例では
というようにする。学友に解を届け検討し合って
ほとんど見られない。
最適解を求めさせる。
指導者が発言者の発言に一番耳を傾けうなづい
・少人数の学習者を前に出し、その学習者を相手
たりしている。そして発言を指導者が復唱したり、
に対話的に学習指導を進める 4)。他の学習者はそ
1)
。そ
のやり取りを見聞きし学習を進める。シンポジウ
のため学習者は、学友の話を一心に聞こうとしな
ムやパネル・ディスカッションのような形態での
い。やり取りを側聞したり、指導者の反応を観察
学習指導・学習活動になる。学習者の組み合わせ、
したり、板書をノートに取ったりしている。
人数、活動をどう収束するかなどは、学習課題等
・指導者が学習者に問うているからである。指導
で異なってくるであろう。
発言内容を補たり、要点を板書したりする
者にすれば、自分が問うたのであるから答えは自
分に届けられるのが当然であると思っているので
【注】
あろう。学習者は、問うたのは指導者であるから、
1)このような学習指導のあり方が他教科でも行
答えは指導者に届けるのが当然だと思っているの
われている。その典型例に接した。
『日本美術の授
だろう。
業』
(日本文教出版、2006)に収載されている授業
しかし、指導者が必ずしも当然とは考えていな
構想である。紹介する。美術の鑑賞の授業である。
いと思われる事象がある。それは、最前列の児童・
授業のポイントが3点上げられている。その内の
生徒が発言する際、指導者から「みんなに向けて
一つが、「基本の発問「何が見える?」「何が描い
話しなさい」との指示を出し体勢への注意を促す
てある?」
「この絵の中で何がおこっている?」に
ことがあるからである。しかし、教室(四角形)
よって、作品そのものをしっかり見せる。また、
2
24
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
生徒の発表は必ず復唱し、板書する。」
(12 頁)と
32
机間指導
ある。また、
「生徒が何か意見を言ったら、まずよ
く聞き、あいづちや笑顔でしっかり受け止めまし
【どうあるべきか、その根拠は】
ょう。」「次に、正しく受け止めた証として、発言
・学習活動の進捗状況を把握し、個別指導、補足
を復唱しましょう。多少言葉足らずの時は、
「それ
説明・指示、活動時間の調整を行う。
は、つまりこういうことかな?」と補説するのも
・目的を持って机間を回り、学習活動の様子を把
大切です。」(15 頁)とある。
握し、必要に応じて指導を行うことは当然のこと
である 1)。
ここで指導者が行うとよいとしていることは、
学友同士が行うことである。補説をするのではな
く、よくわからないことがあれば、質問をさせれ
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
ばよいのである。
るか】
・机間を回りながら何を観察するのか決めてあり、
国語科のみならず他教科でも上記のような学習
指導が広く行われていることが推測される。
また、観察したことを記録する座席表などを持っ
2)ここでは「わかっているのである」と述べた。
て机間を回っている指導者は、学習活動の実際を
しかし、認識していない場合もあるようである。
把握し必要に応じて指導を行っている。
齋藤孝は「私の経験では、場の組み替えを積極的
一方、机間を回っているのであるが、学習活動
に行う人は非常にまれである。」
(『コミュニケーシ
をよく把握していない場合もある。その証拠とし
ョン力』岩波新書、2004、100 頁)と指摘してい
て、よく聞かれる指導者のことばに「約束の時間
る。確かにそのとおりである。
になりましたが、もう少し時間の欲しい人(班)
3)倉沢栄吉が、
「みんなよくわかっているのであ
はありますか。それではもう5分伸ばします」と
る。頭の外側ではわかっているのである。けれど
いうのがある。机間を回っている間何をされてい
も、伝統的な教育の遺伝病が、巣くっていて、わ
たのだろうか。また、このような場合、指導者は、
かったことが、教室では実践されていないのであ
座席表のような記録紙を持たないで机間を回って
る。」との指摘を、戦後の間もない時期にしている。
いることが多い。また、何を観察するかが明確で
(『国語の教師―指導法のてびき』牧書店、1954、
あっても、観察力がなくて把握できないというこ
2頁)。戦後 60 年以上になっても改善されない事
ともある。
態があるのは、
「伝統的な教育の遺伝病が、巣くっ
【改善の方法】
て」いるからであろうか。
なお、本項目「学級内コミュニケーションのあ
・机間を回って何を観察するのかを明確にしてお
り方」での問題点を指摘している方に、これまで
くこと。観察記録用紙、例えば座席表を用意して
接していない。また、
「改善点」で示したことに賛
観察事項をメモする。1人の学習者、1つの班へ
同してくださる実践者にも接していない。
の個別指導を行う場合、そこにかかりきりしない
ことが留意点である。
この改善点を実践者にお話しすると、返ってく
る 反 応 は 、「 確 か に そ う な ん だ ろ う け ど 、 し か
し、
・・・・・」である。指導者が統率する一斉学
【技術習熟の方法】
習指導のあり方から脱却できないからであろう。
・改善の方法で述べたように、何を観察するかを
4)このアイデアは、市川伸一の「対話的に教え
明確にし、座席表等の記録紙を持って観察をし続
る」から得た。
「対話的に教える」とは、子どもと
けることである。
対話しながら教えることである。3人の学習者を
前に出しての実践を紹介している。他の学習者は
【注】
それを見聞きして学習をしている。どんな風に活
1)机間指導に関する具体的かつ明確な知見を3
動を展開すればよいのかの範例になる。
(『「教えて
点紹介する。
一つ、『国語教育辞典』(西尾実他編集、朝倉書
考えさせる授業」を創る』図書文化、2008、55-56
店、1957)所収の項目「机間巡視」である。一部
頁、76-78 頁、91-92 頁。)
引用する。方法は、
「(1)観点を決めて巡視するこ
3
25
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
と。(2)巡視の規準となる児童を決めておくと便
を指導者が出す。学習者は、自らが立てた問いと
利であること。(3)学習の傾向や共通の欠陥を早
みなして課題解決に向かう。課題の設定・課題の
く見つけることによって学習のつぎの手を打つ。」
解決の学習過程を踏むことで、どのように問えば
なお、本辞典の現代版である『国語教育辞典』
(日
よいのか、課題設定の方法を学ばせる。
本国語教育学会編、朝倉書店、2001)には、机間
課題解決過程では、指導者は学習者を支援する。
巡視・机間指導の項目はない。
また、課題解決過程は学習者同士の学び合い、共
二つ、『現代教育方法事典』(日本教育方法学会
学を原則とする。このようにすることで、指導者
編、図書文化、2004)所収の「机間指導」である。
に解を報告し他の学習者はそれを側聞するという
一部引用する。「かつては「机間巡視」と称して、
学習形態は改善される。
試験などの際、不正行為を見張るために行うこと
がおもであったが,今日「個に応じた学習」が叫
【注】
ばれる時代状況の中で、個別指導のための有効な
1)
「弟問弟答」
「自問自答」ということは、以前か
方法として注視されている。」学生が今でも「机間
ら提言されてきたことである。例えば、倉沢栄吉
巡視」ということばを使っている例を見る。教育
は「発問は弟問が本質であるべきだが、教師の発
実習先の指導によるのであろうか。
問助言がよくないと、弟問の境地までいかない。」
三つ、佐藤佐敏の知見である。氏によれば、授
(『国語の教師―指導法のてびき―』(牧書店、
業場面で特に意識していることが3つ有って、そ
1954)と述べていた。
のうちの2つが机間指導に関するものである。一
つは「発問に対して、全員の生徒が取り組んでい
【参考文献】
るかどうか、机間指導の一巡目で必ず見取ること」、
1)畑村洋太郎『畑村式「わかる」技術』講談社
もう一つは「取り組んでいない生徒を見逃さず、
現代新書、2005。
支援すること」である。また、
「一巡目の机間指導
氏の以下の提言に共鳴する。
「 現代社会で本当に
で、立ち止まっている生徒が五人以上いた場合は、
必要とされていることは、与えられた課題を解決
(中略)追加の支援を行う」とのことである(『授
する「課題解決」ではなく、事象を観察して何が
業力は、生徒と授業参会者から学んで伸びる」
『教
問題なのかを決める「課題設定」です。
(中略)そ
育科学国語教育』No.687、2007、明治図書)。
していまの教育に決定的に欠けているのが、この
課題設定の能力を養うことなのです。」
33
学習課題設定解決型学習
2)佐伯胖『「学び」を問いつづけて』小学館、2003。
氏は言う。
「教育界での通念(日本での授業は小
【どうあるべきか、その根拠は】
学校から大学まで、質問するのは教師であり、答
・学習者に課題を設定させ課題解決をさせる。
えるのは児童、生徒、学生たちである。そういう
・課題設定・課題解決力を育成することが教育の
ものだという社会通念―引用者注)がどうであれ、
課題であるから。
やはり本来は、問いを発するのは学ぶ側であり、
学ぶということが即ち問い方を学び、問いつづけ
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
ることだと言っておきたい。したがって、わが国
るか】
の授業では、もっと積極的に、子どもたち自身の
・大方の学習課題は、指導者が与えている。与え
側からの発問を促す教師の働きかけがどのような
られた学習課題を解く学習になっている。そのた
ものかを 研 究しなけ れ ばならな い と思うの で あ
めその解は指導者に報告している(報告させてい
る。」(54 頁)「教師が子どもたちに対して発問す
る)。
ることに何らかの教育的な意味があるとしたなら
、、、、、、、、、、、、
ば、それは子どもたち自身が自らのうちに問いを
、、
もつ ようにしむける点にあろう。しかし、このこ
・指導者が問い、学習者が答える。この型を当た
り前のように実践してきたからであろう 1)。
とはなかなかむつかしいことである。」
(55 頁)こ
【改善の方法】
の提言・見解に共鳴する。弟問の実現をめざして、
・初めは、どのように問えばよいのか、その範例
実践研究を進めたい。
4
26
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
とおり。提示した学習課題の言葉があいまいなた
34
格の正しい文での話し方
め、学習者が何を思考すればよいのか戸惑う場面
に何度か出会ったからである。整った文の形で提
【どうあるとよいか、その根拠は】
・格の正しい文
ある
1)
示しないため,課題が明瞭に伝わらないのである。
の形をとっていることが原則で
例えば、次のようなことである。指導者が班学習
2)
。
の課題を口頭で提示した。活動時間は 15 分。始め。
・意味のまとまりは文であるからである。
学習者「何をすればいいの。こういうことじゃな
いの。そうするか。じゃあ、Aさんから発表して」。
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
この班の活動は、指導者の提示した学習課題とは
るか】
異なったものであった。
・文の形をとっていないことがある。例えば、指
4)項目「14
導者が学習者に向けて「印象」と発言する。これ
導の展開過程を「児童・生徒に実際に語りかける
は一語文である。一方、学習者のこの指示に対す
言葉で書いてみるとよい」と改善策を提案してい
る応答も、
「暗い感じ」というような語句であるこ
るのは、学習指導の言葉ができるだけ格の正しい
とがある。格の正しい文での発言では、それぞれ、
文の形になることを願っているからである。
学習指導案の書き方」で、学習指
例えば「この作品を読んでみての印象を述べてく
ださい」。「暗い感じがしました」となる 3)。
【参考文献】
・話しことばは場面に依存するので、文の形をと
1)倉沢栄吉『国語の教師―指導法のてびき―』
らなくても意味が伝わる場合が多いからである。
牧書店、1954。
『倉澤栄吉国語教育全集第3巻』所
そのため、意味が通じれば、文の形にこだわらな
収、角川書店、1985。
いからであろう。
氏はこの問題について言及している。いくつか
引用しておく。
【改善の方法】
「考えさせる」ためのくふうとして、
「教師の説
・教室内でのコミュニケーションでは、原則とし
て格の正しい文の形を取るようにしたい
明や問いのことばは、文型ですべきで、語形式で、
3)
。
省略形ですべきではない。親しみをこめて語りか
・特に、単元の主要な課題については、文の形で
けるときも、原則として地の文はセンテンスであ
示し、解は文の形で書かせ、発表の際には、書い
るべし。」(26 頁)。中学・高等学校の学習指導の
た文を基に話させるようにする
4)
。
「講義と問答」に関して、
「教師は先を急ぐために
不完全な答をもそのまま認め、それを教師が補っ
【技術習熟の方法】
て完全な形にして次に移る。ために長文や完全文
・指導者あっては、格の正しい文の形で話すこと
で答えないで不完全文・短句などでいいかげんに
を意識的に行う。
答えるくせをつけてしまう。」(186 頁)
2)阪倉篤義・樺島忠夫『指向と研究
日本文法』
三省堂、1968。
【注】
高等学校の学習参考書としての文法書である。
1)
「格の正しい文」という言い方は、木下是雄が
言っていることである(『「理科系の作文技術』中
「文にみられるきまりを中心に-構文論を中心に
公新書、1981)。そういう文とは、「ことば同士の
すえて、そこから語について考える立場をとった」
関係がきちんと保たれた文、あるべきことばが脱
...
落したり、ことばのつながり方がねじれ ていたり
とある。文とは何か、正しい日本文とは、文の成
することのない文のことである」
(122 頁)と説明
味的にはおかしい文とは、等が述べられている。
している。
2)ここで想定している場面は、改まった場面で
「文とは何か」については、
「一つのまとまりを持
ある。場面によっては、一語文のようなことばの
めに必要な形を持ったもの」
(298 頁)と説明して
やり取りがふさわしいことがある。
いる。格の正しい文とは何かの理解を進める上で
3)このことに問題意識を持ったきっかけは次の
役に立つ書である。
分の標準的な順序は、文法的には正しい文でも意
つ、文節の集まりで、最後の文節が文を終わるた
5
27
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
3)宇佐美寛『大学授業入門』東信堂、2007。
ることばで書いておく。
大学生の話し方で直したい症状を挙げている。
項目だけを引き説明は省略する。
【注】
1.口頭で答えさせると、文の切れ目が無く、
1)この言葉を知ったのは、1985 年前後の頃、向
どこまでもつなげる話しかたの学生が多い。/2.
山洋一の学習指導論による。著書『授業の腕をあ
一語文あるいはそれと同様に中途はんぱで不完全
げる法則』(明示図書
な発言。/3.「かな」弁、「とか」弁。
「授業の原則」十カ条のうちの第二条に「一時一
教育新書1、1985)には、
このような症状は児童生徒にも見られることで
事の原則」が挙げられている。その説明の要点を
ある。文の形を取った話し方をしているかを観察
記す。
「同じときに、二つも三つもの指示を与えて
の観点に据えて、附属新潟小学校、中学校の授業
はいけない。」「それを(初めに出した指示の行動
を5事例ほど観た。重い症状は観られなかった。
ができたかどうかを、ということ-引用者注)確
附属学校の学習者は、外部の人間の観察を受ける
かめてから次の指示をだすべきだったのだ。たく
ことが多く指導者はそのことに留意して指導して
さん指示するのならせめて、黒板に指示内容を順
いるからである。
番に書いてやることぐらいは必要である。」(19-
21 頁)
35
一時に一事
この提言に納得し自他の学習指導で留意してき
た。学年を問わず、新しい学習活動に取り組ませ
〈一時に一事〉
る場合、この学習指導法は有効である。
一時に一事とは、1度に1つの指示を出すこと、
「一時一事」という言葉を、『改正教授術』(明
という意味である 1)。
治 16 年)に見ることができる。「諸教科ハ其元基
ヨリ教フベシ
一時一事」とある。基礎基本の学
【どうあるべきか、その根拠は】
習指導を一つずつ確実に行へ、という意味のよう
・1度に1つの指示を出すこと。指示したことが
である。
なされたことを確かめた後、次の指示を出すこと
宇佐美寛の『大学教授法入門』(東信堂、2007)
を原則とする。
に「一年生という(大学 1 年生のことである-引
・着実な学習活動が展開されるからである。
用者注)、作文の初心者に対し、学期の初期に、様
1度に多くの指示を出しても、完全に理解され
ざまな指示を一度にするべきではない。彼らは、
ないことが多く、指示した学習活動が滑らかに展
何が重要なのかを把握できなくなる。いわば根幹
開しないから。
の部分と枝の部分という構造がわからないままに
なる。/教育思想史の伝統的な言い方を借りれば、
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
「一時に一事を」である。力を集中する点を限定
るか】
しなければならない。」
(128-129 頁)とある。作
・1度に多くの指示を出している。
文力の無い大学生にすら「一時に一事を」の原則
・何をやらせるか、指導者は知っている。そのた
が適用されている。
め、活動の目的や手順を1度に説明、指示してし
まうのであろう。
36
目的にあった読ませ方
〈読ませ方の種類〉
【改善の方法】
読み進めを揃えて音読させる。各人のペースで
・低学年では1度に1つの指示を出すことを原則
とする。
音読させる。黙読させる。座って読ませる。立っ
・それまでにしたことのない学習活動でも、1度
て読ませる。速く読む。ゆっくり読む。目的を持
に1つの指示を出すことを原則とする。
たせて読ませる。1人に音読させる。全体・班・
・学習者の学習活動力の実態に合わせて、指示の
ペアで1文交替読み・段落交替読み。その他まだ
数を調整する。
まだいろいろな読ませ方がある。
・学習指導案に指示の計画を児童生徒に語りかけ
6
28
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
【どうあるべきか、その根拠は】
うにしたい、ということです。言ってしまえば、
・目的にあった読ませ方をさせる。
全くばかばかしいほどわかりきっていることなの
・目的にふさわしい読ませ方があるからである。
ですが、長い間の習慣とでもいうのでしょうか、
教室にはいると、なにはともあれ、一応なんとは
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
なしに読ませることを無意識のうちにやってしま
るか】
いがちです。」(46 頁)。
・目的に合わない読ませ方をしている実態が多い。
例えば、学習課題「作中人物の考えが大きく変わ
37
述語(部)から遡って読ませる指導
ったのはいつか。その原因は何か。」であれば、読
ませ方は黙読である。しかし、
「それでは、その解
【どうあるべきか、その根拠は】
を求めて、第6場面を読んで見ましょう。サン、
・文が長くて文意がよく理解できないときに、述
ハイ。」というように一斉音読をさせている。これ
語(部)から遡って読ませる 1)。
書いた文章の文が格の正しい文になっているか
では声を揃えて読むことに意識が向いて、解を求
推敲するために、述語(部)から遡って読ませる。
めての読みにはならない。
・文意を的確に理解することができるから。
また、目的を持たせないで読ませていることも
書いた文章の文を格の正しい文にすることがで
多い。読んだ後で、学習課題を提示するから、学
1)
習者は、また改めて解を求めて読むことになる 。
きるから。
・目的と読ませ方の関連への留意が十分でないた
めである。
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
るか】
【改善の方法】
・述(語)部から遡って読ませる指導に出会った
・目的を持たせて読ませる。
ことはない。
・読みの目的に最もふさわしい読ませ方をさせる。
書いた文章の文を遡って読ませ推敲させる指導
例を1つ挙げてみる。
に出会ったことはない。
「素顔同盟」(すやまたけし、中三教科書教材、
・この知見が知られていないからであろう。
すでに2回以上通読している)で、学習課題「ア
「仮面」ということばが使われている文をすべてノ
【改善の方法】
ートに抜き出しなさい。」「イ
「仮面」というこ
・文章で長い文があったとき、述語(部)から遡
とばの文の中での使われ方による分類を行いなさ
って読ませてみる。例えば、「ありの行列」(大滝
い。」
「ウ
作中人物が、「仮面」に対してどのよう
哲也、小学校3年生の教科書に収載の文章)での、
な思いを抱いているか、今あげた文を基にまとめ
最も長い文は、
「これらのかんさつから、ウイルソ
なさい。」が出された後の最もふさわしい読みはど
ンは、はたらきありが、地面に何か道しるべにな
のような読みか。
るものをつけておいたのではないか、と考えまし
この場合では、読みの目的は調べ読みとなる。
た。」である。これを、「と考えました」、なんと、
読みの形態は、学習者各人の黙読である。
「地面に何か道しるべになるものをおいたのでは
・何のために読ませるのかを明確にすれば、どの
ないか」と、誰がつけておいたのか、
「はたらきあ
ような読ませ方をすればよいか、簡単に判断でき
りが」、何を、
「何か道しるべになるものを」、どこ
ることである。
に「地面に」、誰が考えたのか、
「ウイルソン」が、
何から、「これらのかんさつから」、というように
【注】
読ませる。このように読ませることで、この長文
1)この問題把握について、すでに、田中久直が指
の骨格を、
「○○から、ウイルソンは、××と考え
摘していることを最近知った(田中久直『国語教
ました。」と捉えさせることができる。
育の課題』(くろしお出版、1958)「2
・文章を書かせたら、推敲の観点として、述語(部)
目的のあ
ら遡って読ませてみる。そうすることで、文のね
る読みをさせるには」)。氏は言う。
「はっきりした
、、、、、、、、、、、、、、
目あてのない、なんとはなしの読みはさせない よ
じれや、文の成分のつながりのおかしさに気づか
7
29
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
せ、格の正しい文に直させることができる。また、
1時に、
「学習の見通しを持たせる」というような
長い文は2文に分割することで、文意がより明瞭
概括的な学習指導計画が書かれていることがある。
になることに気づかせることができる。
・単元の第 1 時を公開授業の対象にすることはほ
とんど無く、そのため、第 1 時が詳細に計画され
ることがないからであろう 2)。
【注】
1)この方法は藤原与一の著書で知った。参考文献
【改善の方法】
で紹介する。
・あるべきあり方を実践することである。
【参考文献】
(2)2単元目以降の場合
1)藤原与一『国語教育の技術と精神』(新光閣書
店、1965)、
『ことばの生活のために』
(講談社現代
新書、1967)、
『私たちと日本語』
(岩波ジュニア新
〈2単元目以降とは、領域においてである。その
書、1981)。
学年で、例えば、説明的な文章を読むことの学習
の2回目以降の単元である、ということである。〉
例えば、『私たちと日本語』では、「下から読み
上げていきます」(150 頁)「読みさかのぼってい
きます」
( 151 頁)と言っている。こうすることで、
【どうあるべきか、その根拠は】
文の内部構造が把握でき文意を正確に理解できる
・前の単元では、どのような学習目標で、どのよ
のである。
うな学習を進めたのか、学習記録(ノート)を観
2)倉沢栄吉『文法指導―ことばの基礎能力』朝
させ振り返させる。前単元での学び方を使って自
倉書店、1959、
『倉沢栄吉国語教育全集第6巻』所
学(予習)をさせる 3)。
収、角川書店、1985)。
・国語学習は学習目標や学習の進め方が、その学
年ではほぼ同一である。したがって、前単元を踏
氏は、次のように言う。
「(2)
〈話線と文〉」では、
まえることは当然である。
「主語から述語へと読み進めていくときには、文
学び方を習熟させるためには学び方を使った自
法的自覚は起きない。かえって、
「述語から主語へ
と逆行する」場合に文の意識が生まれる。」
(67 頁)、
学をさせること必要である。
「(3)〈文脈と文法〉」では(この場合は文の中で
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
はなく、ある文からその前の文に逆行するのであ
る―引用者注)、「そういう逆行的な思考が文法的
るか】
思考である。」(69 頁)。卓見である。この知見は
・
【どうあるべきか】で述べた「前の単元では、ど
普及しなければならない。
のような学習目標で、どのような学習を進めたの
か、学習記録(ノート)を観させ振り返させる。」
38
の実態は把握していない。理由は、
「(1)初めての
単元の冒頭のあり方
単元の場合」で言及したことと同様、単元計画の
(1)初めての単元の場合
第1時が詳細に書かれていないからである。
以下は推測である。指導者が「学び方」力の育
【どうあるべきか、その根拠は】
成を指導目標に掲げているとする。その場合は、
・どのような力をつけるための学習なのか、学習
学習記録をきちんととらせているであろう。その
目標を明確に伝えること 1)。学習目標を達成する
記録を観させることで、前単元の学習を振り返さ
ため、どのような学習を進めるのかを明確に伝え
せるであろう。その上で、今度の単元での学習目
ること。
標と学習方法を示すであろう。
・当然のことである。
反復学習で力を育成すること、学び方を学ばせ
ることを指導目標に掲げていないとする。その場
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
合は、前単元とのつながりを重視しないであろう。
るか】
また学習記録のとらせ方もきちんとしていないで
・実態は把握していない。単元計画を見ると、第
あろう。
8
30
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
もう一つの「前単元での学び方を使って自学(予
・あるべきあり方を実践することである。2ヶ月
習)をさせる」については、自学を位置づけた実
の間を置くのは長すぎはしないかとの懸念がある
践事例はほとんどない。学習指導案の単元の全体
であろう。それに対しては、現行学習指導要領の
計画にこれを位置づけたものは見たことがない
4)
。
内容、3領域1事項を関連的に学習指導すること
で対応する。例えば、読むことの学習指導では、
【改善の方法】
文章に、説明的な文章、文学的な文章の2種類が
・あるべきあり方を実践することである。
ある。それぞれ学び方は類似しているので、各5
単元計画すれば、1ヶ月に1ぺんの反復学習とな
【注】
る。
1)場合によっては学習の目標(国語の力)が示
されなく、活動の目標が示されることがある。活
【注】
動を通して国語の力の育成を目指しているので、
1)こうした考え方での学習指導計画を筆者は作
児童生徒には活動の目標だけを示すことがあって
成している。常木正則『説明的文章の学習指導法
もよいのである。
―学び方を教え学び方に習熟させる―』
( 国語科教
2)このような問題を解消するためにも、単元の
育実践研究会、1998、総 123 頁)である。小学校
計画は、第 1 時から「本時」と同等の詳しさで計
低・中・高学年、中学校のそれぞれに3単元の学
画することを、筆者は提案している。前々稿項目
習指導計画を提示した。
「14
2)反復学習の対象によって、どれくらいの期間
学習指導案の書き方」参照。
3)この自学(予習)については、前稿項目「29
をおくのがよいのか異なるであろう。藤沢晃治は、
自学のさせ方―読むことの学習指導の場合―」で
記憶に関する知見を基に、
「 1ヵ月以内に復習させ
言及した。
よ。」と主張している(『「分かりやすい教え方」の
4)この問題については、前稿項目「29
自学の
技術』講談社ブルーバックス、2008、156-164 頁)。
させ方」で言及した。
3)大学等の附属学校では、公開研究会で授業を
公開している。その単元は、1回限りのものが多
39
学び方の反復学習
く、非日常的な準備がなされている。そのため、
それを参観する公立校等の教師にはほとんど役に
【どうあるべきか、その根拠は】
立っていないと思われる。もっと簡便な学び方を
・学び方を教え繰り返し学習させ習熟させる
1)
。
開発実践し、知見を公開していきたい。
学び方の種類によるが、目安は、2ヶ月に1ぺ
んくらい 2)。年間で5回は繰り返すことができる。
40
授業観察の目標と方法
4回目以降は自学ができることを目指す。
【どうあるべきか、その根拠は】
・学び方は教えなければならない。学び方は繰り
返し学習させなければ身につかない
3)
。反復は前
・目標は学習指導の知見を得ること。
方法の一つは以下のとおり 1)。
の学習が記憶に残っている間に行う。
ア
A4版の用紙に8列7行の座席表を作成し
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
観察記録用紙とする。その用紙には、指導者名、
るか】
年月日曜限時間、学校学級名、児童生徒数、単元・
・実態は把握していない。単元計画でも、公開授
題材名の欄を設けておく。
イ
業後の協議会でも、これまでどのような学習を積
具体的な観察事項を1つ2つに絞って設定
2)
。具体的なとは、例えば、足裏を床にぴた
み重ねてきたのかの説明がない。あってもあまり
する
に簡単なものである。
り着けているか、目と鉛筆の先との距離は 30 セン
・それまでの学習との関連を意識した単元計画を
チ程度か、学習者の 1 人が発言しているとき、指
立てていないからである。
導者、他の学習者はどのように聞いているか、な
どである。
ウ
【改善の方法】
9
31
学習者の発言順を番号で記入していく。こ
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
れで、発言が何回あったか、発言者は何人いたか
観察事項を絞って観察に臨むと、
「 何を見てこよ
を把握できる。
う」と観察の焦点が定まるばかりではなく、観察
エ
座席表と欄外に観察事項を適宜書いていく。
に対する期待感も醸成される。
オ
観察を基に観察事項のまとめを行う。
【参考文献】
【実態はどうか、なぜそのような事態が生じてい
小山清『教育実習の手引き
るか】
究』三省堂、1988。
・一心に観察している。また、記録も一心にとら
「6
国語教育の実践的研
授業観察のありかた―『枕草子』第一八
れている方も多い。しかし、何をどのように記録
二段を中心にして」に、1 単位時間の指導過程を
をとっているのかその実際はわからない。
16 の段階で示し、52 個の「授業観察のポイント」
を付している。どのような観察ポイントがあるか
1つの授業を観察して、それによりどのような
知見を得ているのか、その実態もわからない。
を学習指導に即して具体的に示したものである。
・どのように観察し記録をとればよいのか、授業
このすべてを1時間の授業で観察せよといってい
研究の一環として話題にされ研究課題にされるこ
るのではない。
「・本時の学習の範囲と目標をはっ
とがほとんどないことによる。
きり示していること。」「・板書は、半身の姿勢で
知見の獲得については、ある学習指導事項につ
行っていること。」「・通読に際して、教材に切り
いて、
「どうである、どうするのがよい」というよ
込む観点を指示していること。」など、筆者と共通
うに、授業で検証、立証することは何なのかを明
する観察事項が見られる。
確にしていないからである。
おわりに
【改善の方法】
・何を観察するのか、焦点を絞って観察に臨む 3)。
1つの授業を参観させていただいたら1つの知
授業観察の機会は求めればかなり得られる。1つ
識・技術の明確化(言語化)を、そのような方針
の授業観察で1つの知見の獲得を目指すとよい。
を立てて研究に取り組んできた。一方同時進行的
観察の焦点が定まらず、知見のまとめもできない
にできる だ け多くの 文 献に目を 通 すことで 、 知
ということは避けたい。
識・技術の集積を図っている。
観察事実を基に理論的にどうするとよいのか知
表題で、
「国語科学習指導の知識・技術」と謳っ
見のまとめを行う。その際には、文献を参考にし
ていながら、これまでのその項目は、国語科学習
たり、識者に教えを乞うたりする。
指導固有の知識・技術というより、国語科学習指
導を支える知識・技術が多いように思う。他教科
【注】
でも通用する有用な知識・技術である。
1)どのように観察すればよいのか、観察の仕方
次稿以降では、国語科学習指導により踏み込ん
についての知見を紹介し合うということはこれま
だ知識・技術の提供を目指したい。
で筆者には経験がない。また、具体的な観察記録
本研究は、2007 年の中秋、ある学生の授業を観
が公開されたのを見たことがない(授業記録はあ
察したときから始まった。その学習指導は、専門
る)。そこで、筆者の事例を紹介することにしたの
的な知識・技術の適用・駆使ということが少しも
である。
感じられなかった。その時、その学生の責任では
今後は、観察の方法、観察記録のとり方につい
なく、学習指導の基礎的な知識・技術の習得を目
ての情報交換の機会を持ちたい。
指した指導を行っていなかった筆者自身に責任が
2)
「授業参観の視点」
「授業分析表」
「授業評価票」
あるとの自覚を持った。そこで、基礎的な学習指
などがある。それらを見ると、視点、観点が 10
導の知識・技術の集積の仕事に取り組み、かつ指
項目以上ある。総花的で観察事項も具体的ではな
導に取り組んできたのである。
い。
ところが、新たな問題に 2009 年の初春に直面し
3)観察事項の候補は、本稿及び前稿までに提示
た。どういう問題か、以下に述べる。
している知識・技術の項目を参考にして欲しい。
基礎的な知識・技術の伝達を模擬授業を介して
10
32
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
行った。模擬授業を行わせ、そこでの学習指導上
られていたことである。伝えたと思っても伝わっ
の問題点を即時的に指導した。しかし、実施にお
ていないことがあるのだということである。
いて、その知識・技術がまったく適用されなかっ
知識・技術を伝えるからには、伝わり理解され
たのである。伝達から実施の間は1週間ほどであ
たかをしっかり確かめることを怠らないようにし
った。模擬授業での事実に基づいて、何が問題で
たい。特に養成段階にある学生に対しては十分留
ありどうすればよいのか説明したにもかかわらず
意しなければならない。また、技術については実
である。
際にやらせてみて、頭ではわかっても技術につい
指導者は伝え伝わったとばかり思っていた。し
ては練習をしなければできないこともわからせた
かし、伝わり理解されていなかったのである。こ
い。
のような問題は、学習指導上の問題としてよく知
(平成 21 年 3 月 20 日受理)
11
33
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
国際児童文学という視点からの読書指導
足立 幸子
Teaching of Reading from the Viewpoint of International Children’s Literature
Sachiko ADACHI
教育学部言語文化コミュニケーション講座
1.はじめに
OECD が行った国際学習到達度調査 PISA 以来、フィンランドをはじめとして、外国の読むことの教育が
耳に入るようになってきた。しかし、日本の国語科教育が「国際的になる」ということがどういうことを意
味しているのか、十分に論じられたものは見当たらない。筆者も、これまでスペインの「読書へのアニマシ
オン」やアメリカの「リテラチャー・サークル」など、比較研究的手法を用いて読書指導の研究を行ってき
たりした。しかし、このようなことがどのような意味を持っているのか、本格的に論じたことはなかった。
そこで本稿では、
「国際児童文学」という視点から、外国に関連した読書指導について考えてみることを目
的とする。それは、単純に、自国の国語教育を改善するという枠を超え、グローバル・シチズンを育てると
いった意味合いを帯びてくるものになるかもしれない。
本稿は筆者の読書指導研究において「国際児童文学」を提示する最初の論文になるので、その定義や意味
付けを論じ、翻訳の問題を取り上げたのち、戦争児童文学という 1 つのジャンルを例として、この視点に基
づいた読書指導の実際を考察する。
2.国際児童文学とは何か
(1)国際児童文学の定義
国際児童文学(international children’s literature)とは、Tomlinson(1998)によれば、自国以外の国の子供
のために、その国の言葉で書かれ、その国で出版され、のちに自国で出版された本のことであり、散文、韻
文、フィクション、ノンフィクションなど、すべてのタイプのものが含まれる。アメリカの研究者 Tomlinson
は、アメリカの子供達にとっての国際児童文学には、次の 3 つがあるという。
①もとは英語以外の言語で書かれ、英語に翻訳されたもの(例えばヨハンナ・スピリの「ハイジ」は、ド
イツ語で書かれスイスで出版された)
②もとの言語は英語で書かれているが、アメリカ以外の国のもの(例えばジェームス・バリの「ピーター・
パン」は、もとはイングランドで出版された)
③アメリカ以外の国で英語以外の言語で書かれて出版されたもので、アメリカでそのもとの言語で出版さ
れたもの(例えば、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの「星の王子さま」は、フランス語で書か
れフランスで出版された)
現在の日本においては②に属すものはほとんどないかもしれないが、同じ言語を複数の国で用いている場
合は、このようなことが起こる。当然のことながら、絵本なども、これに含めて考えることができよう。諸
外国で紹介されている日本について書かれた(彼らにとっての)国際児童文学として、マンガ(manga, graphic
novel, comic などいろいろと呼び方がある)が挙げられる。特に最近では、アニメーションなども視野に入
れていく必要があるのかもしれない。
35
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
(2)国際児童文学の読書指導上の意義
国際児童文学が子供にとってもつ意義としては、
①それが他国(あるいは世界)の有り様を知る「窓」となること
②それが自国(あるいは自分)の有り様を見直す「鏡」となること
の 2 点が考えられる。外国で生まれた子供の本は何でも国際児童文学になりうるわけだが、特にこの 2 点を
考慮すると、何かしらその国の文化的な要素を持っていることが重要であろう。このことは、何もステレオ
タイプ的な文化を含むことが望ましいと言っているわけではない。1 つ例をあげながら、そのことを説明し
てみたい。
スペインの人気作家ジョルディ・シエラ・イ・ファブラによる『ビクトルの新聞記者大作戦』
(宇野和美訳、
ヒロナガシンイチ絵、1998 年、国土社刊、以下「ビクトル」とする)には、ガウディの建築が出てくるわけ
でもなく、フラメンコのダンサーが出てくるわけでもない。ビクトルという小学校 6 年生の少年が、仲間を
募って、町の情報を集め、新聞を発行するという話である。ところが、これを、日本の那須正幹によるズッ
コケ三人組シリーズの 1 冊『とびだせズッコケ事件記者』
(前川かずお画、1986 年、ポプラ社刊、以下「ズ
ッコケ」とする)と比べて読んでみると、私達はスペインと日本の子供達が置かれている状況の違いに驚か
されるのである。
「ビクトル」の方は、新聞をつくろうと決心するのは、ビクトル自身である。ビクトルは作家志望で、あ
る日学校を訪問したある作家のアドバイスで、新聞を作ろうときめる。ビクトル自身が親友を誘い、新聞記
者を応募し、これまであまり親しくなかった小学生が、新聞づくりに参加してくるという形だ。支援してく
れる大人はいない。ワインを水増ししているバル(bar、スペインの居酒屋・喫茶店)とか、飼い犬に道路で
用足しをさせている人の話とか、妊娠検査薬を買いにきた女の子たちのこととか、新しいスーパーマーケッ
トにおされている古い商店街の店のことだとか、子供っぽいが確実に社会の現実をとらえた記事を載せて、
新聞は発行される。結果として、新聞は大人に飛ぶように売れる。
一方「ズッコケ」の方は、学校で壁新聞を作るという学習活動が行われる。その活動は班ごとということ
で、登場人物のハチベエ、ハカセ、モーちゃんはそれぞれの班が発行する新聞の事件記者になるという設定
だ。学校の活動であるから、町の人も警察も親切に協力的に応じる。取材する事件と言えば、あるおばさん
が見間違ってニセ札だと思った商店街のチラシのことや、担任の宅和先生のお嬢さんと隣のクラス担任の長
井先生の恋愛のスクープや、2 つの菓子屋のケーキはどちらがおいしいかといったことである。
どちらの話がよいと言っているわけではない。ただ、
「ビクトル」を読んでみることで、私達は「ビクトル」
を鏡として、日本の子供達の活動が学校で与えられたものになっていること、学校での活動であるからコミ
ュニティの皆が子供に対して親切にし、その活動の結果は、やはり社会の問題に深く切り込んだようなもの
にはなりにくいと見ることに気付かされる。また、
「ビクトル」を窓として、スペインの子供達の状況やスペ
インの社会の状況を知ることができるのである。今、
「ズッコケ」と比べてみることで、このような「ビクト
ル」の鏡としての意味、窓としての意味を述べてみたわけであるが、
「ズッコケ」のような比較する対象を持
たなくとも、やはり子供達は「ビクトル」を読むことで、このようなことを漠然と感じるはずである。この
ような経験を積むことが、他人(外国)を知り、自分(自国)を知り、グローバル・シチズンになることに
つながるのである。
これは、筆者の個人的で主観的な感覚であるが、外国人研究者と話していて、相手が同じ本を子供時代に
読んだことがあると分かると、まるで共通の言葉を得たような気がするし、その人が古い友人であるに思え
てくる。国際児童文学は、世界の共通教養であるというよりも、さらに根本的な共通感覚を、私達に与えて
くれるのである。
(3)国際児童文学の読書の周辺
もう少し踏み込んで、子供に国際児童文学を読ませることには、どのような利点があるのかをとらえてみ
たい。Tomlinson(2002)は、次の 11 点を利点としている。要約して示す(4~6 頁)。
・国際児童文学は、地理的・文化的ギャップに橋をかける。
36
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
・すでに児童文学は、国際的なものである。
・国際児童文学は、子供に他の土地(land)に住む仲間のことを教え、その国の人々、文化、伝統を知らせ、ス
テレオタイプを打ち消してくれる。
・他の土地の仲間について知ることは、幼い読者にとって、感情的にも認知的にも、多くの得ることがある。
・長い時間をかけて描写されてきた登場人物たちの毎日の生活における出来事(event)を解釈することは、セ
ンセーショナルに狭い範囲で取り上げられるテレビや新聞の出来事に比べより真実で(truer)あり、理解可
能である。
・人の気持ちを動かさずにはおかない物語は、生徒の人々や読んだ場所に対する興味をかきたて、また、地
理的歴史的内容をより深く理解し真価を認める道を舗装してくれるようなものである。
・原住民によって、あるいはそこに生きる人々によって書かれ研究されてきた国・地域の文学は、教室の教
材に、正確さや確実性や国際的な見地を与えてくれる。
・国際的な著者はしばしば、アメリカ合衆国が議論したがらないが本当は子供や若者が知る必要がある問題
に、しばしば向き合う。
・国際的な絵本芸術は新鮮できわだって優れている。
・国際文学は、私達の教室で見つけられる文化や言語の多様性を反映する。
・国際的な本とアメリカの本は、一緒に用いると、うまく扱える。単元学習や、読み聞かせや、独り読みな
どの日常的な活動で使えば、文化の違いよりも似ているところを生徒に気付かせることができる。
様々な利点があるものである。下線から思い出されるのは、皇后陛下の美智子『橋をかける―子供時代の
読書の思い出―』である。これは、皇后陛下が、子供時代の読書が子供にとってどのような意味を持つかに
ついて、自分の経験をふまえて論じたものである。いろいろな本から人生の悲しみや喜びを知ったことを述
べた後、子供時代の読書は「ある時には私に根っこを与え、ある時には翼をくれました。この根っこと翼は、
私が外に、内に、橋をかけ、自分の世界を少しずつ広げて育っていくときに、大きな助けとなってくれまし
た。」としている。
「橋をかける」ということについて、もう 1 点思い出すのが、イェラ・レップマンの自伝『子どもの本は
世界の架け橋』である。レップマンは、第二次世界大戦後のアメリカ占領下のドイツにおいて、米軍の顧問
として、女性・子供の文化的・教育的問題の改善に取り組んだ。彼女が行った具体的な方策は、子供達の精
神の栄養として、世界の本を集めて、展示会を開催することであった。彼女は、ドイツの敵国であったとこ
ろも含めて様々な国々に手紙を書き、子供の本の寄付を依頼した。そうして、国際児童図書展が、ドイツ各
地で開催された。レップマンのこの活動は、1949 年の、ミュンヘン国際児童図書館の開催と、1951 年の国
際児童図書評議会(IBBY: International Board on Books for Young People)に結びつく。実は美智子皇后陛下
の本は、IBBY の第 26 回世界大会においての基調講演を収録したものである。この IBBY の活動は、これま
で述べてきたような国際児童文学という視点を強く持って行われている。その活動内容は、IBBY のホーム
ページによると、
・子どもの本をとおして国際理解をすすめること
・世界中の子どもたちが、文学的、美術的に質の高い本にめぐりあえるようにすること
・世界中、ことに発展途上国において、すぐれた子どもの本の出版や普及を奨励すること
・子どもと子どもの本に関わる人々を支援し、その能力を高める機会を提供すること
・児童文学関連の学術研究、調査活動をすること
である。このように、子供の本が国境を越えていくことは、先に取り上げた「国際児童文学」と同じ発想で
ある。IBBY のホームページでは、
「IBBY は、1990 年に国連で批准された、子どもの権利条約(Convention
on the Rights of the Child)の基本に則って活動しています。この条約の主要な宣言のひとつは、子どもが
一般教育を受ける権利、また直接に情報に接しうる権利です。この条約は、すべての国に、子どもの本の出版
37
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
と普及に努力するよう呼びかけています。」ともしており、世界中に様々な国の子供の本が行きわたることは、
人権という見地からも重要であることが分かる。
以上、国際児童文学の定義から始めて、国際児童文学という視点を得た時に、子供が本を読むということ
の意味をとらえてきた。このように、国際児童文学という視点からの読書指導は、子供の人権を守り、子供
に世界をとらえる窓、自分をとらえる鏡を与えるものである。
3.国際児童文学における翻訳の問題
(1)児童文学の翻訳の難しさ
国際児童文学が子供に手渡されることを考える時、そこには、翻訳という避けては通れない問題が横たわ
っている。国際児童文学においては、どのような翻訳がよい翻訳なのか考察してみたい。イギリスの児童文
学者の三宅興子は、
「国というボーダーを越えることがそれほど困難ではない絵本の翻訳は、人生における文
化交流の第一歩といえます。絵本の翻訳を成功させたいものです。」
(三宅、2004、37 頁)と述べている。
しかし、一方で三宅は、
「絵本を翻訳する場合には、文章が短く平明であるために、翻訳は非常にやさしい
と考えられがちですが、翻訳者は、絵本の形で表現された一つの世界の全体を、くまなく理解されることが
要求されます。
」という渡辺の文章を引用している(渡辺、
『心に緑の種をまく』121 頁、新潮社、1997)
。な
ぜなら、「やさしい言葉ほど、文化により深く根をおろしているのではないか?」「やさしい言葉ほど、ひと
つの文化で使われてきた歴史が、より長いのではないか?」
(同書、127 頁)と考えられ、別の文化圏の言葉
に翻訳して表現することに困難がつきまとうからである。絵という助けがあったにせよ、幼い読者を想定し
ている児童文学の翻訳には、独特の難しさがある。先に触れたように、国際児童文学には「窓」の役割があ
る。自分とは異なる国の文化を伝える役割である。その時に、できるだけその国の文化を反映したものを伝
えたいが、直訳をつきつけても幼い読者に分かりやすく伝えることはできない。三宅は、
「絵本に対する翻訳
の態度は、できる限り、原本に近いものを(それは、印刷や判型も含めて考えるべきものですが)
、読者に届
けようとするのか、読者の属する文化に近いように翻案(または再話)して、受け入れやすく訳者が配慮す
るのか、の二極をゆれるでしょう。
」
(三宅、2004、42 頁)と述べている。
(2)
『エルマーのぼうけん』の訳をめぐって
もう 1 つの問題は、上記のことと関連して、読者の年齢である。一般的に、翻訳された本の読者対象年齢
は、オリジナルのものよりも上がってしまうことが多い。なぜなら、その文化の言葉を丸づかみに理解する
のではなく、説明として翻訳されたものを、知識として理解していくという側面が強くなるからである。日
本語に翻訳されたものでは、小学校6年生ぐらいが適切であると思われる本が、現地では、4年生ぐらいに
最も読まれているということがよくあるのである。ところが、オリジナルと同じか、もっと低い年齢の子供
にも読めるようにと工夫された翻訳書もないわけではない。ここで、国際児童文学の翻訳としてすぐれてい
る 1 つの例を取り上げてみたい。ルース・スタイルス・ガネット『エルマーのぼうけん』
(ルース・クリスマ
ン・ガネット絵、渡辺茂男訳、1963 年、福音館書店刊)である。
岩澤(2006)の分析では、この本は、以下のような工夫によって、読者対象年齢を下げている可能性があ
るという。なお、本文にはふりがながついているが、ここでは省略する。
ア 書名『エルマーのぼうけん』 (原題は My father’s dragon で「ぼくのおとうさんのりゅう」
、エルマ
ーは語り手の父にあたるが、主人公の名前にしたことで作品に感情移入がしやすいようなる。また、
「ぼ
うけん」とつけることで続編との混乱を避け、わくわくした感じを与えている。
)
イ 裏表紙の地図上「ぴょんぴょこいわ」 (原語は ocean’s rock で「海の岩」
、より親しみの持てる愛称
となっている。
)
ウ 8 頁 9 行目「なきたくなるほど、かなしいものをみたんでございますよ。
」 (原語は、…the made me
」だが、weep は嬉しい時も悲しい時も用いる。訳
want to weep.「(that は)私を泣きたい気持ちにした。
では、それが悲しいものであることを明示して、読みやすくなっている。
)
エ 32 頁 6~7 行目「エルマーは、まえのいわの上をいきおいよくはしっていって、えーいっ と、ばか
りつぎのいわにとびうつらなければなりませんでした。」
38
(原語にはない、「えーいっ
と、ばかり」
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
が付け加えられている。
)
オ 33 頁 10 行目「どうぶつ島の上に、ぴょん と、とびうつることができました。
」 (原語にはない、
「ぴょん と」が付け加えられている。
)
カ エルマーがくしゃみをするところで、原語にはない、
「はっくしょい」という言葉が付け加えられてい
る。
キ 105 頁 3 行目「ジャングルの中のさるのなきごえが、ぱたっと、とまって、はてなっとおもうまに、
」
となっている。原語にはない、「ぱたっと」「はてな」という言葉がつけたされている。
ク 原作では 140 の形式段落を、日本語訳では 272 と 2 倍に増やしている。段落を多くすることでページ
に空白が多くなり、読みやすくなる。
さらに、岩澤は、次の点で原典と訳が異なっていると指摘している。岩澤身は原典の表現がおもしろいとし
て取り上げているのであるが、これらも、より簡潔に分かりやすく伝えるために行った訳の工夫だと考えら
れるであろう。
ケ 33 頁 8 行目「エルマーは、七じかんも、いわからいわへ、すべったり、とんだりしましたが、まだあ
かるくならないうちに、いちばんしまいのいわから、どうぶつ島の上に、ぴょん と、とびうつること
ができました。
」 (原語では、“…he finally reached the very last lock… ”(彼は、ついに、やっとの
思いで最後の岩に到着した。)とある。“finally”と“very”から、ついに、やっとの思いで、本当に苦労し
て到着したことが分かるが、これを「ぴょん と」という擬音を用いたり、
「とびうつる」という表現に
したりしたことから、エルマーがかるがると冒険してきた感じが出てくる。岩澤はこのことを「日本語
版のエルマーの方が、より『超人的エルマー』となっている印象を受けた。
」としている。
)
コ 88 頁 13 行目「なまえは、エルマー・エレベーターで、しょうばいは、たんけんか…」 (これは、
ゴリラがエルマーに対して、10 数えるまでに名前と商売(仕事)を言うように要求する場面である。原
語が“Elmer Elevator, Explorer.”(エルマーエレベーター、探検家)となっているのに対して、日本語で
は分かりやすく「なまえは」
「しょうばいは」と付け加えている。
)
つまり、訳者である渡辺は、できるだけ幼い子供達に分かりやすくするように、簡潔に、しかし時には擬
音や説明を加えているのである。
『エルマーのぼうけん』は日本でも大人気の子供の本である。渡辺は、アメ
リカのウェスタン・リザーヴ大学大学院を出た後、ニューヨーク公共図書館に司書として勤務した経験を持
つ。その時に、
『エルマーのぼうけん』に出会っているのだが、この本の訳について、次のように語っている。
私は、ニューヨークやクリーヴランドの図書館の児童室や小学校で、ブックトークの時間に、いつで
もこの本を読んでいたので細部を暗唱できるほど、物語になじんでいました。
ところが、いざ翻訳にとりかかってみると、りゅうの子どもをはじめ、かめや、ねずみや、いのしし
や、とらや、さいや、ライオンや、ゴリラや、わにのおしゃべりが、うまく日本語に訳せないのです。
英語で、アメリカの子どもたちにすらすら読んでやることのできた物語が、日本語ですらすら語ること
ができないのです。英語で読むときは、ねずみとゴリラの違いは、ねずみとゴリラをイメージしながら
音声を使い分ければいいのですが、日本語ではそうはいきません。男と女でしゃべり方が違うし、七十
歳の老人と二十歳の青年と五歳の子どもは、同じしゃべり方はしませんし、文章に書いてみれば、歴然
と違います。子どもの文学、とくに空想物語では、擬人化された動物の妖精や野菜や玩具などがしゃべ
ります。原作が外国語で書かれていれば、多くの場合、これら登場人物の性別や年齢はわかりません。
こうなれば、訳者は経験と勘で勝負するしかありません。私は、英語で子どもたちに読み聞かせをし
ていた経験や、ストーリーテリングの勉強や実演をしていたおかげでとても助かりました。もっとさか
のぼれば、小学校時代の国語教科書の朗読が役立ったのかもしれません。物語を読むと動物たちの声音
が聞こえました。アメリカの図書館で仲良くなった子どもたちの顔が目に浮かびました。くりかえしく
りかえし読むうちにりゅうの子どもは、気のやさしい四、五歳の男の子とイメージがだぶりはじめ、声
が聞こえてきました。それから先は、まるで自分が物語を書き下ろしているような感じで翻訳はすすみ
ました。題名は、『エルマーのぼうけん』と訳しました。
39
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
……日本語に翻訳することによって、原作のたのしい味が、少しでも損なわれてはいけないと「ぼく
のとうさん」の物語を語るように書きました。日本の子どもたちが読むんだから、翻訳くさい日本語に
なってはいけないと、原文の英語が頭のなかから、すっかり消えるまで翻訳原稿を寝かせておいて、く
りかえし音読しては文章を直しました。
(渡辺、2007、269~271 頁)
このエピソードは、国際児童文学における翻訳に重要な点を指摘している。
・言語の構造の違いから、日本語に訳すときは、年齢などの想定をしなければならないこと
・子供達に読まれるためには、翻訳くさい翻訳ではいけないこと
・そのためには「音読する」作業が不可欠であること
などである。
(3)
『ひろしまのピカ』をめぐって
今度は、反対に、日本の児童文学が外国語に翻訳され、外国の子供達にとって、国際児童文学となってい
る例を挙げてみよう。
丸木俊による『ひろしまのピカ』(1980 年、小峰書店刊)は、もとは日本語で書かれた絵本であるが、現
在少なくとも 16 か国語に訳されているものである。ここでは、日本語の原文と、アメリカで出版された英語
の翻訳文(翻訳者の氏名は不明)と、イギリスで出版された英語の翻訳文(Judith Elkin 再話)を比較して
みたい。
同じ英語と言っても、アメリカ版とイギリス版では、大変異なっている。初めに冒頭の 3 頁の文章を比較
してみる。
原本(日本語)3 頁
その朝、ひろしまの空は、からりとはれて真夏の太陽は、ぎらぎらとてりはじめていました。ひろしま
の7つの川は、しずかにながれ、ちんちん電車が、ゆっくりはしっていました。
アメリカ版(英語)3 頁
That morning in Hiroshima the sky was blue and cloudless. The sun was shining. Streetcars
had begun making rounds, picking up people who were on their way to work. Hirosnima's seven
rivers flowed quietly through the city. The rays of the midsummer sun glittered on the surface of
the rivers.
イギリス版(英語)3 頁
Monday 6 August 1945 Hiroshima, Japan
It was almost 8.15.
The People of Hiroshima woke up to a beautiful bright morning. The sky was clear and the shallow
rays of early sunlight glittered through the morning air.
On this summer day in wartime, work had already begun for many. The trams crossed and passed
in an ordered, leisurely way. The seven rivers flowed quietly, gently southwards towards the sea.
アメリカのものは直訳に近い形であり、イギリスのものは、一種のルポルタージュのような形に再編されて
いる。まず、
「その朝」というのが、イギリス版では「1945 年 8 月 6 日の朝、日本の広島で」という風に、
説明が加えられている。また、それがほぼ 8 時 15 分であったと客観的な情報に変更されている。日本の読者
は、原爆について既有知識を持っている。それが 1945 年 8 月 6 日であったこともである。しかし、イギリ
スの読者はそのことをあまり知らないであろうと訳者は考え、この情報を加える形で編集したのである。
次に 4 頁の文章について、検討してみたい。
40
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
原本(日本語)4頁
東京や大阪、名古屋など、たくさんの都会がつぎつぎに空襲をうけ、やけてしまいました。
ひろしまだけがいちどもやられずにいましたので、
「どうしたんじゃろう」と、はなしていました。
「いまにやられるで」といって、火がもえひろがるのをふせぐために、建物をこわして道をひろくした
り、水を用意したり、にげていく場所をきめたりしていました。
みんな、どこへいくときも、防空ずきんをかぶり、すこしばかりのくすりのはいったふくろをもってい
ました。
アメリカ版(英語)4 頁
In Tokyo, Osaka, Nagoya, and many other Japanese cities there had been air raids. The people
of Hiroshima wondered why their city had been spared.
They had done what they could to
prepare for an air raid. To keep fire from spreading, they had torn down old buildings and
widened streets. They had stored water and decided where people should go to avoid the bombs.
Everyone carried small bags of medicine and, when they were out of doors, wore air-raid hats or
hoods to protect heads.
イギリス版(英語)4 頁
In the busy seaport of Hiroshima, the warning sirens had sounded but the city remained
untouched. No bomb had fallen, no building had been burned.
The people were becoming
increasingly uneasy. Why had they been spared? For, in Tokyo, Osaka, Nagoya and many other
large cities, the massed air raids of the American bombers had brought fire and destruction.
The people of Hiroshima prepared for the expected attack. In a city where houses were built
largely of wood, fire was the greatest fear. Many houses had been pulled down to make firebreaks,
and water had been stored for fire-fighting.
Wherever they went, the people wore their
bokuzukin – padded cotton air raid helmets – and kept their medicine bags ready.
It was early morning. The day was already hot in Hiroshima.
原本は、「どうしたんじゃろう」「いまにやられるで」が広島の方言を用いた鍵カッコの会話文になってお
り、そこに生きる素朴な人々の疑問や恐れを象徴する。アメリカ版もイギリス版も、このような会話は意味
的には取りこまれているが、間接話法になっており、方言や会話文になっていない。そのため、なぜ空襲に
対する準備をするのかという説明や論理が強調されている。防空ずきんについては、アメリカ版もイギリス
版もどちらも説明的である。
「建物」の訳については、アメリカ版は old buildings (古い建築物)になっているのに対し、イギリス
版は many houses (たくさんの家)になっている。これでは、受け取る印象が異なってくるであろう。この
ように、国際児童文学における翻訳は、特に注意して説明や情報を提供しなければならないとともに、解釈
を必要に応じて加えていかなければならない。
(4)国際児童文学における望ましい翻訳とは
以上、英語を原語として日本語に翻訳される場合と、日本語を原語として英語に翻訳される場合の 2 つを
見てきた。これらをふまえて、国際児童文学における望ましい翻訳とは、次のようにまとめることができる。
・言語の構造の違いを超えて、翻訳語の叙情的な流れを大事にし、その文化に合ったものにすること
・翻訳くさくない翻訳にするために、音読などを繰り返し、その言語に自然な調子に整えること
・外国のことを知らない読者に、必要な説明を行うこと
・扱いやすさ・読みやすさに気を配りながら、外国の情報量のバランスを考えること
・十分に検討したうえで、必要であれば、翻訳者自身の解釈を反映させること
41
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
翻訳前の原本の所属する国や文化についてよく知っていることはもちろんのこと、翻訳する原語の構造、さ
らには、翻訳語を読む子供達のこともよく考えられる人でなければ、国際児童文学のよい翻訳はできないの
である。
4.国際児童文学という視点での読書指導の例―戦争児童文学―
(1)日本における戦争児童文学の受容
このように国際児童文学という視点を得ると、読書指導はどのように変わってくるのか。1 つの例として、
戦争児童文学に関する読書指導を取り上げてみたい。
おそらく、日本における戦争児童文学の受容過程は、次の図式で説明される。
①日本の戦争児童文学では、戦争の起きた状況や背景よりも、主人公の感情に焦点
があてられる。
②その主人公は、戦争の被害者である。
③その主人公は、戦争が理由で大変悲しい思いをする。
↓
④読者は、
「悲しい思いの原因となった戦争はいけない。平和が大切だ。
」と考える。
どうしてこのような単純な図式で、戦争児童文学の受容が行われるのか、第 18 回国際児童文学学会研究大
会で行われたシンポジウム「戦後日本の児童文学:アジアの中の日本」を手掛かりに、考察していく。
戦争児童文学についての読書指導を行う時に、まず考えなければならないのは、国語教科書における戦争
児童文学教材である。目黒(2007)の研究では、1970 年代半ばから増加した戦争児童文学教材が、子供達の戦
争観に影響を及ぼしているという。これらは、戦争の記憶を持つ作家が、戦争体験のない子供に、
「戦争の記
憶」を伝達する媒介となっていることを意味している。さらに、目黒によると、戦争児童文学教材の特徴は、
「被害者としての立場」が強調され、
「加害者としての立場」がほとんど描かれないことにあるという。目黒
の書いたシンポジウム報告を引用する。
「被害者としての立場」が典型的に描かれているのは、空襲、とりわけ原爆投下による被害が描かれ
た作品である。
「川とノリオ」では、主人公の母親が原爆によって亡くなっている。
戦争児童文学教材では、銃後の担い手である母親が焦点化されることがある。
「お母さんの木」では、
七人の息子を徴兵された母親の母性愛が描かれている。これらの作品では、徴兵された息子や夫が戦場
で人を殺している可能性について言及されることはほとんどない。
戦争児童文学教材には、戦争と自然とを対比させる作品が少なくない。
「一つの花」
・
「川とノリオ」
・
「お
母さんの木」の題名に自然を象徴した語が含まれていることからもうかがえよう。これらの作品では、
自然が強調された結果、戦争の人為的側面の印象が相対的に弱くなっていると思われる。
「母性」と「自
然」が組み合わさることで、
「被害者としての立場」が一層強調されることが懸念される。
それでは、
「加害者としての立場」はどのように描かれているのであろうか。結論を先に述べるならば
ほとんど描かれていない。
たとえば、兵士に代表される戦闘的な男性はほとんど登場しない。
「一つの花」に登場する父親は、徴
兵されているにもかかわらず、虚弱な男性として設定されている。日本兵の加害行為は描かれず、コロ
ニアリズムというテーマが周到に回避されているといえる。
(目黒、2007、37 頁)
しかし、児童文学者の目黒が恐れるのは、戦争児童文学に「加害者としての立場」が書かれていないこと
ではない。むしろ、
「被害者としての立場」の強調が、ナショナリスティックな共感を喚起することや、戦争
児童文学教材を反戦平和思想の伝達手段として用い、イデオロギー装置として位置づける点で教条主義的で
42
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
あり、子どもたちの主体性を軽視しているということである。そのため、目黒は次の 3 点を提案している。
一つ目は、戦争児童文学教材の多様性の保証である。現代児童文学の新たな成果が教科書に反映され
ることが期待される。
二つ目は、戦争児童文学教材の解釈の多様性の保証である。戦争児童文学教材が「戦争の記憶」を与
える手段ではなく、
「戦争の記憶」の解釈を促す多義的なテクストとして位置づけられる必要がある。
三つ目は、次世代による戦争児童文学作品の創出である。多様な戦争児童文学教材を通して「戦争の
記憶」について批判的に思考する機会が保証されたならば、次世代を担う子どもたちによる新しい戦争
児童文学作品の創出が期待できるからだ。
(目黒、2007、38 頁)
この提案は逆に言うと、①戦争児童文学教材には多様性がないこと、②戦争児童文学が「戦争の記憶」を
与える手段として一義的に解釈されていること、③戦争児童文学の作家が「戦争の記憶」を持った世代に限
定されていることを示している。つまり、作家が戦争の記憶を被害者として持った世代で限定されているが
ゆえに、その作品は、被害者の立場からの戦争の記憶を伝え、それがいかに悲惨であるかを強調し、平和を
希求する解釈しか許さないような構造を持ってしまっているのである。
奥山(2007)は、戦争児童文学を書く作者は、子ども・青年時代に戦争を体験しているが、読者である子ど
もの方は戦争は未体験であることを指摘している。
「戦争の悲惨さやむごさばかりを強調すれば、子ども読者
を『こわい』
『読みたくない』という気持ちにさせてしまう。そのため、戦争というシリアスなテーマであっ
ても、子ども読者がおもしろく、わかりやすく読めるように表現方法の多様な試みがなされてきた」という。
基本的には、シリアスすぎるテーマであるがゆえにフィクションの形がとられ、探偵小説風の展開、パラレ
ルワールドの手法、挿し絵がマンガ風、SF 小説・冒険小説的、意外な結末といった実験的な手法が用いられ
てきた。しかし、その手法の多様性と相反して、書かれる内容は偏ったものになっているのではないかと考
えられる。奥山自身も、
「本来ならアジア地域の関係性こそ戦争の重要な要因であったにもかかわらず、残念
ながら「アジアの中の日本」という視点をもった、しかも魅力的な「戦争児童文学」はなかなか見あたらな
い」と述べている。その原因として、①日本の戦争児童文学は、原爆・大空襲・食糧難・軍隊・学童疎開な
どの被害体験をテーマにすえた作品が多数であること、②加害の問題に迫った作品が少数であり、読まれて
いないこと、③加害の作品は「たたかい」の物語になってしまうこと、を挙げている。
奥山は、日本の戦争児童文学の発展を考えているので、日本における近年の試みを二つ紹介しているので
あるが、筆者の課題意識は違うところにある。
「国際児童文学」という視点に立てば、解決すると考える。つ
まり、外国における児童文学を日本語に翻訳して読ませれば、
「アジアの中の日本」という発想を読者に持た
せることができるはずである。
(2)外国における戦争児童文学の受容
先のシンポジウムにおけるもう 1 人の発表者の成實(2007) の発表を紹介してみたい。成實は、日中比較児
童文学という視座からの提案を行っている。それによると、日本の戦争児童文学と中国のそれとはずいぶん
異なるようである。
中華人民共和国の児童文学の中で、アジア・太平洋戦争を素材とした「戦争児童文学」は、日本のも
のとはまったく違う様相を見せる。一言でいえば、それは侵略に立ち向かう「抗戦児童文学」のことで
あり、つまりは「抗日児童文学」と同義となる。それはもちろん中国におけるアジア・太平洋戦争の記
憶とは、一九三一年の満州事変以降、連綿とつながる日本の侵略の歴史のことを指すからであり、その
ため、これを素材として紡がれる物語は、自然と侵略の非道さを糾弾し、日本に抗った民族の英雄をた
たえる物語となっていくからである。
(成實、2007、39 頁)
43
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
そして、成實が分析したのは、中国の建国直後から文化大革命までの 17 年間に執筆され、中国共産党の闘争
を描きだした小説・児童文学・映画(これを「紅色経典」と呼ぶ)である。紅色経典の多くは、主人公の中
国人少年が、苦労を重ねながらも、知恵と勇気を絶やさず、立派に成長していく姿を書いたものである。そ
して、紅色経典の原型になった作品についても言及しているのだが、そのうち、徐光耀『わんぱく兵チャン
カ』という作品について、取り上げてみよう。
『わんぱく兵チャンカ』は、主人公チャンカという少年が、日
本兵亀田に祖母を殺害され、復讐を誓い、中国共産党に身を投じ、スパイとして見事な活躍をする。機知に
富み、勇敢で、党に忠実なチャンカは、
「紅色経典」における登場人物の典型となった抗日小英雄である。そ
こで、この亀田という日本兵の書かれ方が特徴的である。奇妙な日本語混じりの中国語を話し、醜い外見を
しており、粗暴な振る舞いをし、愚か者で、チャンカに簡単にだまされて死んでしまう。いかにも「悪役」
と分かる書かれ方である。
亀田は、多くの「紅色経典」に登場する日本兵と共通する特徴を持っており、ステレオタイプな描かれ方
をしている。このような日本兵の描かれ方は、当然のことながら、侵略時の日本兵の姿をもとに書かれてい
ることは間違いない。日本の戦争児童文学が、
「被害者としての立場」を描きながらも、具体的な敵を描けて
いないことと対照的である。太平洋戦時下の日本において、沖縄を除けば、子供や青年であった日本の戦争
児童文学の作者が敵に遭遇する場面がなかったのであるが、紅色経典の作者達は、具体的なはっきりとした、
あるいはステレオタイプ化した敵を描くだけの情報を、自らの経験として持っているのである。
成實はこのことについて、以下のように述べている。
しかしどのように愚かしい道化役であったとしても、これらの作品において、
「敵」である日本人に具
体的な「顔」が与えられているということは注目に値する。これは日本の多くの「戦争児童文学」にお
いて、
「敵」が何であるかということが総じて曖昧にしか描かれていないことと極めて対照的であると言
えるだろう。
むろんそれは互いの国における戦争の記憶の差異によるものである。中国の「紅色経典」における日
本兵の形象が、実際に現地で侵略者としての日本兵と対峙した経験を基に作り上げられたものであるの
は言うまでもなく、いきおい中国における「戦争児童文学」は、
「侵略者」の姿や行為のものを記憶する
ことが目的となり、それゆえ「敵」たる日本人は「顔」を持つ存在として描かれることとなったのであ
る。
(成實、2007、41 頁)
このように、中国における戦争児童文学と、日本における戦争児童文学は、その内容も受容の仕方も、大
きな違いがある。多くの日本人は、中国の児童文学におけるこのような日本人像の描かれ方を知らないまま
であろう。
筆者がこのシンポジウムを大学で紹介した時、ある大学院生は次のように述べた。
たしかに日本の戦争被害者としての側面ばかり見てきた。このことに気付いていなかったことが恥ずか
しい。歴史認識を深めるためにも、加害者としての日本について知りたい。
この大学院生は元来読書家であり、非常に優秀な成績を収めており、他人からは国語教師に向いていると
言われていた。その大学院生でさえ、
「被害者としての立場」に偏っていることに気づいていなかったという
ところが、日本の戦争児童文学受容の実態を示している。教師の多くも同じような状態で、前述のような図
式の戦争児童文学の受容が増幅されていると想像できる。しかし、この大学院生が言うように、多くの子供
達は、偏っていると気づけば、
「加害者としての立場」についても知りたいと考えるであろう。そのためには、
国際児童文学という視点を取り入れた読書指導が有効である。外国における戦争児童文学を翻訳するという
形で読むことで、読者は「被害者としての立場」と「加害者としての立場」のバランスをとることができる。
さらには、戦争の原因や背景について認識を深めることができる。このことについて、次に具体例をあげて
44
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
検討する。
(3)国際児童文学を取り入れた読書指導の実際
戦争児童文学というジャンルで国際児童文学という視点を取り入れるにはどうすればよいであろうか。1
つ手がかりになるのは、京都家庭文庫連絡会編の『きみには関係ないことか―戦争と平和を考えるブックリス
ト’97~’03』というブックリストである。ここには、約 300 の本が紹介されているのだが、約 4 割以上が「国
際児童文学」に該当する。また、それ以外の日本人が日本の子どもに書いたものであっても、外国に取材し
たものが多く、国際児童文学的な発想がある。それぞれ表紙の写真と書誌情報(著者・訳者・絵や写真の提
供者・出版社・出版年・価格)と 6 行の要約がついており、様々な側面からグルーピングされている。目次
を引用する。
はじめに
リストを利用する方へ
第1章 今、世界で何が起こっているのか
イラク戦争・アフガン侵攻
湾岸戦争・コソボ侵攻・ベトナム戦争・カンボジア侵攻
宗教・民族を巡って
戦争後も続く地雷の被害
核がもたらすもの
今なお存在する米軍基地
韓国・北朝鮮との関わり
貧しさと差別の中で
■コラム
映画「アレクセイと泉」
劣化ウラン弾の恐怖
沖縄への視線を問う
沖縄を取材して作品を生み出す
韓国の徴兵制度
インドの少女たちとともに
映画に見る子どもと戦争
◆アメリカの移民に関する年表
特集・
「戦争するアメリカ」ってどんな国?
■コラム
現代アメリカの子どもたちの生活
第2章 過去を忘れない
日本の戦争
被爆国からの伝言
ヨーロッパの戦争
■コラム
『ハテルマシキナ』を読んで
黒田征太郎とのコラボで生まれ変わった 野坂昭如「戦争童話集」
『少年 H』に憤る山中恒氏
世界にはばたくサダコの物語を知っていますか?
アイルランドが近くなる
第3章 戦争を起こさせないために
戦争はなぜ起きる
45
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
いろんな国 いろんな生きかた
平和な暮らし
平和をつくる人々
平和のためのしくみ 国連と日本国憲法
資料編―調べたいときに
■コラム
カンボジアとの国際交流
平和を学ぶためにすすめたい本 2 冊
国が配らないなら、ぼくが配る
関連年表
索引
参加者一覧・編集委員
おわりに
様々な角度から「戦争と平和を考える」本を紹介していることが、この目次から推察できる。さらに詳し
く各章を見ていく。
第 1 章は、過去の戦争(特に第二次世界大戦)のことではなく、現在各地に起こっている戦争に焦点を当
てている。目次にあるように、イラク戦争・アフガン侵攻・湾岸戦争・コソボ侵攻・ベトナム戦争・カンボ
ジア侵攻だけではなく、現在も続く戦争後の状況や戦争の原因となる状況をレポートする様々な本を取り上
げている。たとえば、
「宗教・民族を巡って」という節には、イスラエル、クロアチア、ブルガリア、ポーラ
ンドなどを舞台にして、長い歴史の中で繰り返し起こってきた宗教・民族の違いからくる紛争について書か
れた本が紹介されている。
「韓国・北朝鮮との関わり」の節には、朝鮮から日本へ強制連行された人々のこと
や、北朝鮮から脱出した人々のことを書いた本がある。また、
「貧しさと差別の中で」という節には、タイ・
インド・メキシコ・アフガニスタン・アフリカなどの国々の子供の生活実態を取り上げた本が並んでいる。
戦争児童文学といっても、フィクション仕立てのものばかりではない。写真集のようなものもあれば、社会
科的・知識的な本や絵本もある。
特集「
『戦争するアメリカ』ってどんな国?」には、戦争を理解させる本ではなく、戦争のもととなる国の
成り立ちから現状までを様々な側面からとらえた本が並べられている。このような本を読ませることが、国
際児童文学という視点からの読書指導では可能である。お互いの外国について知った子供が成人すれば、こ
れまでとは違った平和や国際協調が、開拓されるのではないだろうか。
第 2 章では、過去におこった戦争について書かれた本を取り上げている。
「日本の戦争」は、日本の戦争児
童文学が取り上げてきたテーマであるが、この節の冒頭には「かつて日本が仕掛けた戦争は、侵略戦争でし
た。
(中略)
」となっており、満州のことや、ビルマのインパール作戦、慰安婦問題のことなど、
「加害者とし
ての立場」のものも取り入れられている。その中で紹介されている『父の過去を探して―坂東ドイツ俘虜収容
所物語―』
(安宅温、1997 年、ポプラ社刊)は、第一次世界大戦中、徳島県鳴門に実在した、ドイツ兵俘虜の
収容所の話である。
「ヨーロッパの戦争」の節には多くの国際児童文学があり、第二次世界大戦だけではなく、
古い宗教迫害や政治的迫害を描いた作品が多数含められている。
第 3 章では、様々な角度から、様々な本が取り上げられている。なぜ人間は戦争を起こしてしまうのかと
いう根本的な問に答えようとする絵本も見られる。また、レナード・バーンスタイン、ネルソン・マンデラ、
マザー・テレサ、マーティン・ルーサー・キングといった、一見戦争と関係のない人物の伝記などが挙げら
れているのも目をひく。政治や人権に関する本も取り上げられている。この章も国際児童文学の割合は高い。
各種のコラムは、このリストに厚みを増す情報を掲載している。例えば、本という媒体だけでなく映画に
ついて言及していたり、日本ではあまり知られていないが外国では有名な原爆症で死んだ少女サダコについ
て書いてあったりしている。
以上のように、このリストは多角的に戦争と平和を考えるための本を紹介するものとなっている。もう 1
46
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
度、目黒の提案を振り返ってみたい。このリストを全体として見ると、目黒の提案について、次のことが言
える。
①このリストでは、戦争児童文学の多様性が保証されている。扱われている戦争の種類も、その扱われ方・
論じ方も多様である。
②このリストに取り上げられた本には、戦争児童文学の解釈の多様性が保証されている。これらの本は、
「戦
争の記憶」を与える手段としてだけではなく、
「戦争の記憶」の解釈を促す多義的なテクストとして位置づけ
られる。たとえば、「宗教・民族を巡って」に取り上げられた本を読めば、読者は「戦争の記憶」を「宗教」
「民族」という異なる視点からの解釈でとらえることになる。
③このリストに取り上げられた本を書いている作家達は、第二次世界大戦を体験して「戦争の記憶」を持
った世代に限定されていない。したがって、読者は、戦争体験世代の「戦争の記憶」を批判的に思考する機
会を得ることができる。
また、奥山の論も振り返ってみたい。
「韓国・北朝鮮との関わり」や「今なお存在する米軍基地」の節で取
り上げられている本からは、アジアの中の日本という視点が浮かび上がってくる。朝鮮から強制連行された
人々の世代交代を扱っているなど、加害の問題に踏み込みながらも、
「たたかい」の物語にならずに済んでい
るものも散見される。
目黒・奥山は日本児童文学研究者であるから日本の児童文学を改革していくことに関心があるが、筆者は
読書指導研究者であるから、日本の子供達がどのような本を読み、どのように考えていくことができるかに
関心がある。国際児童文学という視点からの読書指導として、このリストに掲げられている本を読ませてい
けば、日本の児童文学の改善を待つまでもなく、彼らが望むようなこと―すなわち多様に読ませ多様に考え
させ、広い視点を得る―が行えるのである。
国際児童文学という視点からの読書指導は、必ずしも戦争や平和だけを考えるものではない。国際児童文
学は、どのようなものであっても、外国に起きていることや起きていたことを知らせてくれる。そして、読
者は、その読みを通して、自分の立場の偏りを是正したり、自分の立場を相対化したり、多様な解釈を行っ
たりする。これが、他国の有り様を知る「窓」
・自国の有り様を見直す「鏡」としての国際児童文学の機能で
ある。このような読書経験を経た読者は、単純に自分が被害者であると思いこむような人間ではなく、他人
にも思いをはせながら自分の有り方を探るグローバルシチズンになっていくのではないだろうか。よりよい
児童文学を日本の作家から出版させることも重要であり、そのことを望むが、優れた日本の児童文学を子供
に受容させていくことだけが国語教育の任務ではない。国際児童文学という視点を取り入れた国語教育の展
開も考えられる。その 1 つの方法として、本稿では、国際児童文学が取り上げられているリストを用いた読
書指導を論じた。
5.おわりに
本稿では、国際児童文学の定義、国際児童文学に関する翻訳の問題を検討したのち、国際児童文学という
視点から読書指導を考えなおしてみると、読書指導が変化するということを、戦争児童文学を事例として取
り上げた。今回は、国際児童文学という視点に焦点をしぼったために、読書指導の中でも素材論に話が限定
された。
「国際児童文学を取り入れた読書指導の実際」という見出しをつけながらも、どのような読ませ方が
国際的であるかとか、外国に取材したどのような読書指導方法がありうるかといった指導方法論には踏み込
めなかった。しかし、諸外国の読書指導と日本の読書指導を比べてみる前提として、
「国際児童文学」という
視点を提示することが重要あり、その目的を達することはできたと考えている。
今後は、視点の提示にとどまらず、具体的な作品に基づく原作と翻訳の比較検討や、指導方法論に踏み込
んだ国際児童文学という視点からの読書指導を考えていきたい。
付記
本稿は、国際読書学会第 22 回世界読書会議におけるシンポジウムと、五大学国語科教育学合同研究会によ
47
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
る発表をもとにまとめたものである。
文献
足立幸子(2000)「『読書へのアニマシオン』導入の意義」山形大学教育学部附属教育実践総合センター『山形
大学教育実践研究』第 9 号 5~13 頁
足立幸子(2004)「リテラチャー・サークル―アメリカの公立学校のディスカッション・グループによる読書
指導法」山形大学教育学部附属教育実践総合センター『山形大学教育実践研究』第 13 号 9~18 頁
岩澤愛(2006)「『エルマーのぼうけん』原作との比較」新潟大学教育人間科学部国語教育専修読書指導ゼミ夏
合宿発表資料
京都家庭文庫地域文庫連絡会編(2004)『きみには関係ないことか―戦争と平和を考えるブックリスト’97~’03』
かもがわ出版
レップマン,J、森本真実訳(2002)
『子どもの本は世界の架け橋』こぐま社
Meguro, T. (2007) An ideological consideration with reference to children’s war literature used as
teaching materials in Japanese studies textbooks of elementary schools. Paper presented at the 18th
Biennial Congress of International Research Society for Children’s Literature in Kyoto, August 25-29,
2007.
目黒強(2007)「小学校国語教科書における戦争児童文学教材をめぐるイデオロギーの検討」日本児童文学会
『児童文学研究』第 40 号 36~38 頁
美智子(1998)
『橋をかける―子供時代の読書の思い出』すえもりブックス
三宅興子(2004)「講演:絵本の翻訳と文化の根っこ」
『絵本学』第 4 号 37~47 頁
Narumi, T. (2007) The dilemma of children’s literature in Asia: from the viewpoint of children’s literature,
a Sino-Japan comparison. Paper presented at the 18th Biennial Congress of International Research
Society for Children’s Literature in Kyoto, August 25-29, 2007.
成實朋子(2007)「アジア児童文学としてのジレンマ―日中比較児童文学の視座から―」日本児童文学会『児童
文学研究』第 40 号 39~42 頁
Okuyama, M. (2007) Reassessing methodologies of depicting war: Directing children toward an
understanding of country and locality. Paper presented at the 18th Biennial Congress of International
Research Society for Children’s Literature in Kyoto, August 25-29, 2007.
奥山恵(2007)「戦争を描く方法を見直す―子どもに向けて国と地域を物語る意味―」日本児童文学会『児童文
学研究』第 40 号 32~35 頁
Tomlinson, C. M. (1998) Children’s books from other countries. The Scarecrow Press, Inc.
Tomlinson, C. M. (2002). An overview of international children’s literature. In S. Stan (Ed.), The World
through Children’s Books. Scarecrow Press, Inc.
渡辺茂男(2007)『心に緑の種をまく』新潮社
Yokota, J., Jorenby, M., Adachi, S., and Teale, W. (2007) One Japanese original text, multiple English
versions: Critical discourse analysis of Hiroshima no Pika and differences in impact on reader
response. Paper presented at the 18th Biennial Congress of International Research Society for
Children’s Literature in Kyoto, August 25-29, 2007.
Yokota, J., Teale, W., and Adachi, S. (2008) International children's books: Bridges across cultures and
countries. Paper presented at the International Reading Association 22nd World Congress on Reading
in San José, Costa Rica, July 28 - 31, 2008.
(平成 21 年 3 月 23 日受理)
48
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
新潟市内公立小中学校教員のモチベーション要因、
ストレス要因とワーク・ライフ・コンフリクト
高橋桂子, 濱岡真未, 勝沼真恵
The relationship between motivation, stress and work-family conflict among teachers
in Niigata City
Keiko TAKAHASHI, Masami HAMAOKA, Mae KATSUNUMA
はじめに
少子化・高齢化の同時進行により、労働力人口は減少局面にある。既婚女性や高齢者の労働力率が上昇し
ても、全体でみた労働力人口の減少は避けられない。このような中、1 人 1 人の就業者が高いモチベーショ
ンをもって自らの職務を果たす姿勢が求められる。中でも、教員という職業は、日本の未来を担う児童・生
徒に対して教育を行うという、きわめて重要な責務・使命をもちあわせている。教員が自らの職務に誇りを
もって主体的・積極的に従事することで、働くことの価値や意義、重層的な社会空間の中で人間は互いに関
係しながら生きていることなど、文字では伝えきれない多様な局面を日常生活を通して児童・生徒たちに示
すことができる。しかしながら、教員自身が本務や本来業務以外で消耗していたり、仕事に対する誇り・や
り甲斐を削ぐような過度なストレスを抱えていれば、それは児童・生徒に対する学問的教育効果のみならず、
彼らが描く将来の仕事像という社会的教育効果にもマイナス影響を与えるであろうことは論を待たない。
現場からは、いじめ・不登校といった児童生徒に関するトラブル、教員評価制度や免許更新制の導入など
教員をとりまく早急な教育改革の展開、モンスター・ペアレントなど保護者による教育現場への過度な干渉
等により教員が対処しなくてはならない性質の異なる職務範囲や量が急激な増加により、教員がストレスを
抱えているという報告もある。文部科学省(2007)によると、全国で精神性疾患により病気休職した公立の
教員数は 2006 年度で 4,675 人。この数は 1994 年(1,188 人)の約 4 倍であり、連続して 14 年間、増加傾
向を示している。新潟県に注目すると、2007 年度の病気休職者に占める精神性疾患による病気休職者の割合
が最も高い。この点に関しても現実を直視した取組みが求められる。
こうした中、教員のストレス、バーンアウトに注目した実証研究も積み重ねられてきている(高木・北神
(2003)、高木・北神(2007a)、高木・北神(2007b)、高木・田中・淵上 (2006)、山田(2007)など)。
しかしながらこれら研究の多くは、教員の仕事生活面にのみ焦点を当てたものであり、家庭生活面も視野に
入れたものはほとんどない。仕事生活と家庭生活が分離不可能な関係にあることが明らかになっている今日、
仕事領域のみならず家庭領域をも分析対象として、教員という 1 つの職業のモチベーションやストレスに焦
点を絞った実証研究を積み重ねていく必要がある。
49
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
このような問題意識のもと、新潟市内公立小中学校教員を対象に実施したアンケート調査を行った。本稿
は、その結果を報告するものである。具体的には、研究 1 でモチベーション要因とストレス要因について因
子を抽出する。研究 2 では、研究 1 で抽出された因子を用いて新潟市内公立小中学校教員の仕事領域と家庭
領域のストレッサーとワーク・ライフ・コンフリクトの相互の関係について解明する。そして最後に教員の
ストレスを低減させるための提案を行う。
研究 1
モチベーション要因・ストレス要因の解明
1.
方法・変数
方法
新潟市内教員を対象にアンケート調査を実施するのは今回が初めての試みであるため、個人的な伝手によ
るアンケート調査実施となった。2008 年 7 月、教育実習校や母校を中心に事前に調査の依頼をし、協力いた
だける小中学校に調査票、返信用封筒、調査依頼文と概要を書いた文章を同封し、質問調査票を配布した。
その結果、小学校 6 校、中学校 1 校(配布枚数 194 部)から協力が得られ、89 名から回答が得られた(回収
率 45.9%)。うち、有効回答数は 86 名(男性 36 名、女性 50 名)、平均年齢は 43.3 歳である。新潟県公立
小学校の平均年齢が 43.9 歳、公立中学校の平均年齢が 41.9 歳であり、今回の調査対象者はほぼ、県内の平
均的な教員像を示しているといえる。なお、返送は個別封筒に厳封の上、個人単位で回収を求めた。これに
より、回答の匿名性は確保されたと考える。
変数
仕事意識・満足度尺度:山田(2007)の作成した質問調査票 40 項目のうち、JTB モチベーション研究開発
チーム(1998)で開発したモチベーションの強さ・傾向を明らかにするための MSQ(Motivation of Status Quo)
ダイジェスト版の測定項目 41 項目の中から、公立小中学校教員という職性にあった 21 項目を抽出した。そ
の中から適職:1 項目、職務管理:2 項目、環境適応:1 項目、期待・評価:2 項目、人間関係:1 項目、環
境整備:1 項目の合計 8 項目、山田(2007)の独自の質問項目から適職:1 項目、環境適応:1 項目、研究・研
修:4 項目、保護者・地域:2 項目、奉仕:3 項目の 11 項目、さらに独自に 8 項目を加えて計 27 項目とし
た。それぞれについて「とても該当する」から「全く該当しない」の 4 件法で尋ねた。
モチベーション尺度:仕事への意識、教師の仕事満足度は独自の質問項目を用い、前者を「とても該当す
る」から「全く該当しない」の 4 件法、後者を「とても満足している」から「全く満足していない」の 4 件
法で尋ねた。また、家庭生活、仕事生活、生活全般の 3 つについて満足度を 0-100 点で回答してもらった。
さらに、導入が予定されている免許更新制や能力主義について、それぞれモチベーションが「とても上がる」
から「全く上がらない」の 4 件法で尋ねた。
ストレッサー尺度:高木・北神(2003)が作成した「職務自体のストレッサー尺度」から、教師にとって動
機付けが曖昧であると感じる職務に従事することの負担について尋ねた質問群 9 項目から 8 項目を、教師自
身が現実に実施困難におかれていると感じる職務の実施困難性について尋ねた 7 項目から 3 項目を、「職務
環境のストレッサー尺度」の仕事上の人間関係(児童・生徒、保護者、同僚・上司)について尋ねた 11 項目
50
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
から 4 項目を、「個人・家庭のストレッサー尺度」から 5 項目の計 20 項目について、「とても該当する」か
ら「全く該当しない」の 4 件法で尋ねた。
ワーク・ファミリー・コンフリクト尺度:渡井・錦戸・村鴫(2006)が作成した日本語版ワーク・ファミリ
ー・コンフリクト尺度 18 項目について、「とても該当する」から「全く該当しない」の 4 件法で尋ねた。
結果
2.
モチベーション要因
因子分析による下位尺度の構成
モチベーション促進尺度 27 項目のうち、フロア効果の見られた 1 項目を分析から除外し、残り 26 項目に
ついて重み付け最小 2 乗法による因子分析を行った。固有値の変化は 8.75、2.94、2.16、1.75、1.37…であ
り、3 因子構造が妥当と考えた。再度、3 因子を仮定して重み付け最小 2 乗法・Promax 回転により因子分析
を行った結果、十分な因子負荷量を示さなかった 5 項目を分析から除外し、再び重み付け最小 2 乗法・Promax
回転による因子分析を行った。回転前の 3 因子で 21 項目の全分散の 59%を説明した。
表 1
モチベーション促進尺度の因子分析(重み付け最小 2 乗法、Promax 回転後の因子パターン)
Ⅰ
α = .9 0
Ⅱ
α = .9 0
Ⅲ
α = .6 8
Q 1 1 0 4
自 分 に 期 待 さ れ た 成 果 は 、 達 成 で き て い る
.80
- .3 0
.0 0
Q 1 1 0 5
授 業 を 展 開 す る こ と が 得 意 で あ る
.75
- .0 5
.0 2
Q 1 1 2 6
私 は 、 児 童 生 徒 の 保 護 者 か ら 、 信 頼 さ れ て い る
.73
.0 9
- .0 1
Q 1 1 1 8
保 護 者 と 、 円 滑 な 人 間 関 係 を 築 い て い る
.72
.0 8
.0 1
Q 1 1 1 4
自 分 の 仕 事 は 、 周 り か ら 評 価 さ れ て い る
.71
.0 4
- .1 3
Q 1 1 0 6
工 夫 と 改 善 を 図 り な が ら 、 授 業 を 展 開 し て い る
.71
- .1 1
.1 6
Q 1 1 2 5
私 は 、 児 童 生 徒 か ら 、 信 頼 さ れ て い る
.66
.1 0
- .0 1
Q 1 1 0 7
仕 事 を 進 め る 上 で 、 主 導 権 を 持 っ て い る
.64
.0 0
- .1 1
Q 1 1 1 7
生 徒 と 、 円 滑 な 人 間 関 係 を 築 い て い る
.62
.0 8
- .0 7
Q 1 1 1 3
説 明 責 任 を 果 た す こ と を 心 が け 、 様 々 な 工 夫 を し て い る
.58
- .1 0
.1 8
Q 1 1 0 8
校 内 研 究 (研 修 ) に 、 積 極 的 に 取 り 組 ん で い る
.55
.1 9
- .1 7
Q 1 1 0 3
率 先 し て 、 仕 事 上 の 障 害 を 解 決 し て い る
.51
- .0 4
.1 3
Q 1 1 1 6
上 司 と の 人 間 関 係 が 良 い 職 場 で あ る
.41
.2 6
.0 0
Q 1 1 2 0
教 員 と い う 仕 事 は 、 楽 し い
-.14
1 .0 0
.0 5
Q 1 1 2 1
教 員 と い う 仕 事 に 、 や り が い を 感 じ る
-.04
.9 2
- .0 4
Q 1 1 1 9
教 員 と い う 仕 事 が 、 好 き で あ る
-.07
.8 5
.1 2
Q 1 1 2 2
自 分 に 適 し た 仕 事 を し て い る
.18
.7 0
- .1 2
Q 1 1 2 7
私 は 、 教 師 と い う 仕 事 に 、 プ ラ イ ド を 持 っ て い る
.39
.4 3
.2 1
Q 1 1 2 4
休 日 で あ っ て も 、 地 域 の 活 動 (祭 り の 警 備 当 を 含 む ) に 参 加 し て い る
-.02
- .0 8
.9 6
Q 1 1 2 3
勤 務 時 間 外 で あ っ て も 、 保 護 者 ・ 地 域 と の 交 流 に は 参 加 し て い る
-.10
.1 8
.6 7
Q 1 1 1 0
仕 事 を 進 め る 上 で 、 主 導 権 を 持 っ て い る
.26
.0 0
.4 0
Ⅰ
‐
.42
.22
Ⅱ
.4 2
‐
.1 7
Ⅲ
.2 2
.1 7
‐
因 子 間 相 関
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
第 1 因子は 13 項目から構成されており、「自分に期待された成果は、達成できている」「授業を展開する
ことが得意である」「私は、児童生徒の保護者から、信頼されている」など、山田(2006)が明らかにした 5
要因のうち、自己有能感要因・自己啓発要因・職場人間関係要因の 3 要因が含まれ、自己に関する項目に高
い負荷量を示す。そこで「自己有能感」因子と命名した。第 2 因子は 5 項目で構成されており、「教員とい
う仕事は、楽しい」「教員という仕事に、やりがいを感じる」など、教員という職務への適性に関する項目
に高い負荷量を示す。そこで「職務適性」因子と命名した。第 3 因子は 3 項目で構成されており、「休日で
あっても、地域の活動(祭りの警備等を含む)に参加している」など、地域との交流に関する項目に高い負荷
量を示すので「向社会性」因子と命名した。
51
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
モチベーション尺度の 3 つの下位尺度に相当する項目の平均値(評定値)は、「自己有能感」が平均 2.86、
SD.43、「職務適性」が平均 3.03、SD.60、「向社会性」が平均 2.45、SD.69 である。内的整合性を示すα
係数は「自己有能感」でα=.90、「職務適性」でα=.90、「向社会性」でα=.68 と十分な値が得られた。
また、モチベーションの各下位尺度得点について因子ごとに対応のあるt検定を行ったところ、自己有能感
要因―職務適性要因(t(79)=2.84,P<.01)、自己有能感要因―向社会性要因(t(79)=4.53,P<.001)、職務適性要因
―向社会性要因(t(84)=5.99,P<.001)と、全ての組み合わせで有意であった。
重回帰分析
モチベーションの促進要因に与える諸要因の影響を検討するために、21 項目の各評定値を独立変数とした
強制投入法による階層的重回帰分析を行った。ステップ 1 では属性要因、ステップ 2 では仕事満足度要因、
ステップ 3 では意識要因を追加投入した。「自己有能感」の分析結果(表 2)から、男性であるほど、配偶
者の職業が教員であれば、管理職であれば、延べ勤続年数が長ければ、教員としての意識が高いほど、「自
己有能感」に有意な影響を与えていることが示された。
表2
強制投入法による階差的重回帰分析(自己有能感要因)
属性
仕事満足度
意識
年齢
性別
学 歴 (大 卒 ダ ミ ー )
配偶関係
末子年齢
配偶者の職業
校 務 分 掌 (管 理 職 ダ ミ ー )
週の労働時間
片道通勤時間
出勤時刻
帰宅時刻
延べ勤続年数
仕事内容
給与
昇進状況
同 僚 との 人 間 関 係
上 司 との 人 間 関 係
労働条件
社会的評価
自分
家族
サンプル数
R 2乗 値
R 2乗 変 化 量
F値
S te p 1
β
- .0 5 2
.2 3 9
.0 4 8
.0 8 4
- .2 5 3
.4 9 3
.2 4 1
.0 8 8
- .1 0 1
- .0 2 1
.0 9 4
.5 1 8
+
***
*
**
49
.4 9 8
.6 2 4 * * *
4 .9 7 2 * * *
S te p 2
β
- .2 0 7
.2 6 6
.0 2 7
.0 9 6
- .2 0 1
.5 0 0
.2 1 8
.1 5 5
- .1 8 8
- .0 1 7
.1 1 9
.6 8 5
.2 5 7
.0 8 7
.0 3 0
.0 9 3
- .2 2 9
- .0 3 3
- .1 3 6
+
***
+
*
49
.4 4 3
.0 4 0
3 .0 0 9 * *
S te p 3
β
- .2 5 8
.3 7 6
- .1 1 2
- .0 1 0
- .2 7 4
.4 8 4
.2 9 5
.2 1 5
- .1 6 7
- .0 3 4
.1 8 3
.7 9 1
- .0 9 0
.0 9 6
.1 0 1
.0 3 2
- .1 8 6
.0 4 4
- .1 3 1
.4 1 4
.0 6 8
49
.5 7 2
.0 9 6
4 .0 5 3
**
***
**
**
**
単相関
.1 9 0
.2 8 5
.0 9 7
.4 0 0
- .0 9 1
.5 0 5
.3 4 0
- .0 5 1
- .1 0 1
- .0 5 9
.1 1 8
.2 9 9
.3 5 6
- .0 1 9
.1 2 4
.3 1 1
.3 6 1
.1 4 8
.1 8 4
.4 2 3
.0 2 5
**
***
ストレス要因
因子分析による尺度の形成
最尤法・Varimax 回転による因子分析を施し、充分な負荷量を持たなかった 6 因子は除外して、再度、分
析を行った。
第 1 因子は 7 項目で構成されており、「役割葛藤」に関する 3 項目と、「役割の曖昧な職務の負担」に関
する 3 項目、「同僚関係」に関する 1 項目が高い負荷量を示している。これらはそれぞれに役割に葛藤を示
しているものであり、「役割葛藤」因子と命名する。第 2 因子は児童生徒の躾・学級運営に関する 4 項目で
構成されており、「児童生徒の躾・学級運営」(以降「躾・学級運営」)因子とする。第 3 因子は「個人・
家庭の問題」に関する因子が 2 項目から構成され、「個人・家庭の問題」(以降「家庭の問題」)因子とする。
第 4 因子も 2 項目で構成されており、「職務の実施困難」(以降「実施困難」)と命名する。
52
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表3
ストレスの因子分析結果(最尤法・Varimax 回転後の因子パターン)
ストレッサー尺度の 4 つの下位尺度の平均値は、「役割葛藤」が平均 2.44,SD0.52、「躾・学級運営」が
平均 2.66,SD0.64、「家庭の問題」が平均 2.54,SD0.70、「実施困難」が平均 2.24,SD0.59 である。内
的製合性のα係数は「役割葛藤」がα=.79、「躾・学級運営」がα=.80、「家庭の問題」がα=.74、「実
施困難」がα=.77 と十分な値が得られた。
「躾・学級運営」因子の重回帰分析
教員のストレッサーの下位尺度得点が最も高
い値を示した「躾・学級運営」因子に与える影
響を検討するために、基本属性と教員の意識・
教員の勤務実態を独立変数とした強制投入法に
よる重回帰分析を行った((F(49)=4.381,
p<.001))。
その結果、同居子の数が多いほど、週労働時
間が長いほど、延べ勤続年数が長いほど、期待
された成果の達成がなされていると思うほど、
部活動の積極的な運営を行っているほど、周り
から評価されていると感じているほど、勤務時
間外に保護者や地域との交流を行っているほど、
労働条件に不満があるほど、児童生徒の「躾・
学級運営」にプラスの影響を与えていることが
表4
「躾・学級運営」因子の重回帰分析結果
基本属性 性別
同居している子
末子年齢
実労働時間(週)
帰宅時刻
延勤続年数
校務分掌
世帯構成
意識・勤務 率先して仕事上の障害を取り除いてる
期待された成果の達成
授業展開の工夫・改善
仕事上の主導権
部活動の積極的な運営
周りからの評価
上司との人間関係
自分に適した仕事をしている
児童生徒からの信頼
仕事へのプライド
労働条件に不満
サンプル数
R2 乗
R2 乗変化量
F値
β
単相関
-.170
-.308
.005
.389 *
-.378
.269
.124
.445 **
-.078
-.295
.314
.531 **
.104
.235
.004
.144
-.208
-.610 **
.050
.545 **
-.141
-.420 *
-.168
-.610 **
.217
.661 ***
.024
.560 **
-.915 *** -.202
-.181
-.541 **
-.322 +
-.173
-.253
-.193
.351
.536 **
49
.838
.727 ***
4.381 ***
示された。
逆に、率先して仕事上の障害を取り除いているほど、授業展開の工夫・改善を行っているほど、仕事上の
主導権を持っているほど、上司との人間関係がよいほど、自分に適した仕事をしているほど、「躾・学級運
営」因子にマイナスの影響を与えていることが示された。
53
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
研究 2
ワーク・ファミリ-・コンフリクトとストレスの関連分析
3.
分析結果
因子分析
仕事領域から家庭領域へのコンフリクト(WFC、9 項目)と、その逆である家庭領域から仕事領域へのコ
ンフリクト(FWC、9 項目)を同時に因子分析したところ 4 因子が抽出され、かつ行動に基づく WFC と行
動に基づく FWC が分離されず 1 因子構造を示した。本研究では、家庭領域と仕事領域を分けて検証するこ
とが目的であるので、WFC と FWC を分けて、改めて検討した。
表5
FWC の因子分析結果(最尤法・Varimax 回転後の因子パターン)
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
α=.83 α=.93 α=.93
-.08
.00
.94
時間に基 ・家族としての責任に時間を多く費やすために、自分の職務が妨げられることがある
・家族と時間を過ごすために、自分のキャリアアップに役立つ職場での活動に時間をかけられないことが
.02
-.06
.85
づくFWC
・家族としての責任を果たすために多くの時間を使うので、仕事の活動が犠牲になっている
.15
.20
.52
-.13
.85
.10
ストレス ・家庭でのストレスのために、職場でも家族のことが頭から離れないことが良くある
.06
.95
-.05
に基づく ・家庭での責任からくるストレスがよくあるので、仕事に集中するのが難しい時がある
・家庭生活の緊張と不安のため、往々にして仕事をする能力が低下してしまう
.04
.94
-.04
FWC
・家庭ではうまく行く行動が、職場では効果的でないように思う
.80
-.01
-.03
行動に基
1.00
-.03
.02
づくFWC ・家庭では有効かつ必要な態度や行動は、職場ではむしろ逆効果だろう
・家庭で問題をうまく解決する行動は、職場では有用でないように思う
.93
.02
.02
因子間相関
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅰ
‐
.41
.34
Ⅱ
‐
.56
因子名
質問項目
FWC の第 1 因子は 3 項目で構成されており、時間に基づく FWC に関する項目が高い負荷量を示している。
この因子を「時間に基づく FWC」の因子とする。第 2 因子も 3 項目で構成されており、ストレス反応に基
づく FWC に関する項目の負荷量が高い。この因子を「ストレス反応に基づく FWC」の因子とする。第 3 因
子も 3 項目で構成されており、行動に基づく FWC に関する項目が高い負荷量を示しているので「行動に基
づく FWC」の因子とする。他方、WFC は「時間・ストレスによる WFC」と「行動に基づく WFC」の 2 因
子構造となった。
これら 5 つの下位尺度の平均値ならびに内的製合性α係数は、FWC は「時間に基づく FWC」が平均 5.47,
SD1.62,α=.83、「ストレス反応に基づく FWC」が平均 3.80,SD1.47,α=.93、「行動に基づく FWC」
が平均 4.53,SD1.46,α=. 93、他方、WFC では「時間・ストレス反応に基づく WFC」が平均 15.74,SD3.61,
α=.91、「行動に基づく WFC」が平均 5.21,SD1.60,α=.83 である。
「時間・ストレス反応に基づく WFC」因子の重回帰分析
WFC で最も高い値を示した「時間・ストレス反応に基づく WFC」因子に与える影響を検討するために、
基本属性、教員の意識・教員の勤務実態などの尺度得点を独立変数とした強制投入法による重回帰分析を行
った(F(63)=5.933,p<.001)。その結果、配偶者が働いているほど、帰宅時間が遅いほど、保護者会や
面談を情報収集の場として活用しているほど、説明責任を果たすことを心がけ、様々な工夫をしているほど、
給与に不満を持っているほど、時間・ストレスに基づく WFC にプラスの影響を与えていることが示された。
逆に、女性より男性ほど、目標を持って仕事をしているほど、授業展開が得意なほど、自分の仕事が回りか
ら評価されていると感じているほど、同僚との人間関係に満足していないほど、時間・ストレスに基づく
WFC にマイナスの影響を与えていることが示された。
54
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表6
「時間・ストレス反応に基づく WFC」因子の重回帰分析結果
性別
配偶者が働いている
校務分掌
実労働時間(週)
帰宅時刻
世帯構成
目標を持って仕事をしている
授業を展開が得意
保護者会や面談を、情報収集の場として活用している
説明責任を果たすことを心がけ、様々な工夫をしている
自分の仕事は、周りから評価されている
同僚との人間関係に満足していない
サンプル数
R2 乗
R2 乗変化量
F値
β
-.267
.204
.145
.161
.368
-.099
-.242
-.586
.373
.269
-.495
-.213
63
.691
.691
5.933
*
*
**
*
**
**
*
**
*
単相関
-.356
.126
.272
.228
.128
-.054
-.064
-.159
.387
.206
-.026
-.390
なお、男性より女性の方が W→F の
コンフリクトが高くなることは、女性
が家事分担を多く担っているためと
考える。また、授業展開が得意である
と意識していることや、自分の仕事が
周りから評価されていると意識する
など仕事に対する自信が W→F のコ
ンフリクトを有意に低下させる傾向
***
***
があることが確認された。
共分散構造分析による仮説の検証
次に、教員の仕事に関するストレッサーとワーク・ライフ・コンフリクトの関連について検討する。ここ
では、共分散構造分析を用いて 4 つの仮説を検証する。
仮説 1:仕事領域のストレッサーが高いほど、仕事領域から家庭領域へのコンフリクト(WFC)が高い。
今回の分析で、仕事領域のストレッサーは 3 因子(「役割葛藤」、「躾・学級運営」と「実施困難」)が
抽出された。これら 3 因子を観測変数、仕事領域のストレッサーを潜在変数として仕事領域のストレッサー
を形成した。他方、仕事領域から家庭領域へのコンフリクト(WFC)の 2 因子(「時間・ストレス反応に基
づく WFC」、「行動に基づく WFC」)を観測変数、WFC を潜在変数として WFC を形成して、仕事領域
のストレッサーが WFC に影響を及ぼすと仮定した分析を行った。仕事領域のストレッサーが WFC に正の
有意なパスを示した。
仮説 2:家庭領域のストレッサーが高いほど、家庭領域から仕事領域へのコンフリクト(FWC)が高い。
今回の分析では、家庭領域のストレッサーは「家庭の問題」の 1 因子のみ特定された。この因子を観測変
数とし、家庭領域のストレッサーを形成した。家庭領域から仕事領域へのコンフリクト(FWC)は、今回の
分析で、3 因子(「時間に基づく FWC」、「ストレス反応に基づく FWC」、「行動に基づく FWC」)が抽
出された。この 3 因子を観測変数、FWC を潜在変数として FWC を形成し、家庭領域のストレッサーが FWC
に影響を及ぼすことを仮定した分析を行った。その結果、家庭事領域のストレッサーが FWC に正の有意な
パスを示した(適合度指標:RMSEA=.000,CFI=1.000)。
55
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
RMSEA= .171
CFI= .854
RMSEA=.000
P値 =.004
CFI=1.000
カイ二 乗=15.550
P値 =.988
.39+
カイ二 乗=.000
.75***
.76**
W-FC
.57*
行動に基づく
WFC
仕事領域の
行動に基づく
役割葛藤
ストレッサー
躾・学級運営
.35 *
時間・ストレスに基づく
.39*
家庭の問題
.69 ***
FWC
.65*
.51 *
FWC
.45*
F-WC
実施困難
WFC
+P<.1, *P<.05, **P<.01, ***P<.001
図1
ストレスに基づく 時間に基づく
FWC
.70***
+P<.1, *P<.05, **P<.01, ***P<.001
共分散構造分析の結果(左:仕事→家庭へのコンフリクト、右;家庭→仕事へのコンフリクト)
仮説 3 家庭から仕事へのコンフリクト(FWC)が高いほど、仕事領域のストレッサーが高い。逆に、
仕事から家庭へのコンフリクト(WFC)が高いほど、家庭領域のストレッサーが高い。
仮説 1、仮説 2 をもとに共分散構造分析による解析を行った。仮説 1 で検討した仕事領域モデルの
WFC が家庭領域のストレッサーの観測変数に影響を及ぼすことを仮定し、同様に、仮説 2 で検討した
家庭領域モデルの FWC が仕事領域のストレッサーの観測変数それぞれに影響を及ぼうことを仮定し、
分析を行った。FWC から「躾・学級運営」へ有意でなかったパスを削除し、再び分析を行ったところ、
FWC が仕事領域のストレッサーに、WFC が家庭領域のストレッサーに正の有意なパスを示し(適合
度指標:RMSEA=.160,CFI=.655)、スピルオーバー効果が検証された。
.42*
RMSEA= .160
行動に基づく
CFI= .655
P値 =.000
ストレスに基づく 時間に基づく
FWC
FWC
カイ二乗= 88.576
.41*
家庭の問題
FWC
.48*
.58*
.50*
F-WC
.23*
.48**
.24+
.64 ***
役割葛藤
1.00 ** 仕事領域の
W-FC
.41 *
行動に基づく
WFC
ストレッサー
.72***
躾・学級運営
.31 *
.69***
時間・ストレスに基づく
実施困難
WFC
+P<.1, *P<.05, **P<.01, ***P<.001
図2
共分散構造分析(仕事領域と家庭領域)
仮説 4:男性より女性の方が、家庭領域から仕事領域へのコンフリクト(FWC)が高い。
仮説 4 を検討するために、FWC と WFC のそれぞれの質問項目 9 項目の合計点を出し、平均値を男
女で比較した。その結果、WFC は男性より女性のほうが高く、女性のほうが仕事領域から家庭領域へ
56
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
のコンフリクトが高いことが示された。他方、FWC は女性より男性の方が高く、男性のほうが家庭領
域から仕事領域へのコンフリクトが高いことが示された。よって、仮説 4 は支持されなかった。
4.
考察と提案
以上、新潟市内の小中学校教員を対象としたモチベーション、ストレス要因や、それらがワーク・
ファミリー・コンフリクトとどのような関係にあるか、分析してきた。
仕事のストレッサーの質問で高い平均点を示した項目は「しつけや常識、生活習慣など元来家庭で
なされるべきものを細かく指導することの負担が大きい(3.01)」、
「最近自分の健康が気になる(2.80)」、
「授業を妨害する教室にじっとしていられないといった学習意欲がひどくかける児童・生徒に授業な
どで対応することの負担が大きい(2.70)」、「教師や学校側からすれば一方的と感じるような保護
者からの要求、苦情に対応することの負担が大きい(2.70)」、「不登校や問題の多い児童生徒やそ
の保護者との関係維持に努力することの負担が大きい(2.66)」、「保護者から過剰に期待や要求を
されることが多い。(2.60)」、「必要性を感じにくい研修や研究指定を受けることなどで忙しさが
増すことの負担が大きい(2.58)」、「教育委員会など行政上の都合に細かく応じることの負担が大
きい(2.57)」などである(括弧内は平均点)。他方、WFC の質問で高い平均点を示した項目は「自
分が家族と過したい時間を思っている以上に仕事にとられる(3.35)」、「仕事に時間がとられるた
め、仕事と同様に家庭での責任や家事をする時間がとりにくい(3.18)」、「職務を果たすのに多く
の時間を使うため、家族との活動ができないときがある(3.13)」、「仕事から帰ったとき、くたく
たに疲れていて家族と色々なことをしたり家族としての責任を果たせないことがよくある(2.93)」、
「仕事から帰ったとき,精神的に疲れきっていて、家族のために何もすることが出来ないことが良く
ある(2.69)」などである(同)。
また、自由記述からは「子どものために時間をたくさんとりたいと思っているが、校務やその他の
仕事に時間をとられる」、「幼少の子どもがいるため、早く帰宅するが家に仕事を持ちかえるため 4
~5 時間の睡眠しかとれていない」など、授業のための教材研究ではなく、校務やその他の仕事のため
に時間をとられ、授業や家庭にしわ寄せが来ている現状であることが分かる。
これらの結果を総合的に考えると、教員という仕事の守備範囲の広さによる仕事内容の曖昧さ、そ
れによってもたらされる勤務時間の曖昧さがストレスに大きな影響を与えていると考える。これらの
仕事による時間の拘束、そして教員という仕事内容の曖昧な部分を減らすことが出来れば、ストレス
の低減につながり、精神性疾患などストレスが原因でおこりうる病気をも減らすことが出来るのでは
ないだろうか。そこで 2 つ提案を行う。1 つは、少人数学級の導入である。2 つめは、授業する教員と
生活態度を指導する教員に分けることである(すでに北欧で採用されている)。今回のアンケートか
らも教員の仕事範囲の曖昧さがストレッサーとなっていることが明らかとなったが、教員の仕事範囲
を「教育の教授」と「生活態度」などに分けて指導することにより、教員 1 人 1 人の職務が明確にな
り、明確になれば仕事にかける時間も調整でき、仕事・家庭領域双方において「ゆとりのある時間」
を創造することができるようになる。「ゆとり」ができることにより教員個々の本来業務に時間を費
57
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
やすことができ、自信をもって児童生徒と関わることができるようになり、それがストレス低減にも
プラスの影響を与えるであろうし、さらには同僚・児童生徒とのよりよいコミュニケーションをはか
り、望ましい関係を構築していくこともできるのではないだろうか。
仕事負担
の低減
■教材研究を 行う な
ど、授業の準備がで
きる
■子ども 自体に 目を
配ることが出来る
■家への仕
事の持ち 帰
りが減る
■休日出勤
が減る
■学力向上
■教育の質の向上
図3
心にゆとりが
生ま れる
時間が
できる
■家庭・個人
の時間の充実
WFCの
緩和
・
・
・
・・
・
・
・・
ワークX
・g
ライ
ラン ス
Xフ
フ・バク
提 案1 .少 人数 学 級
提 案2 .授 業を す る教 員と 生活 態度 を指 導す る教 員に わけ る
提案
DECO モ デ ル
モチベーション再生の組織戦略として NRI
D
E
Dedication ,Delight ,Dare ,
Approach
Education, Em powerm ent ,Eye ,
Approach
(楽 しみ ・挑 戦 ・献 身 )
(能 力 付 与 ・目 ・教 育 )
Teacher
C
Tim e
(野村総合研究所)がオリジナルに作成した
”VOICE モデル”をもとに、教員を対象とした
”DECO モデル”を提案する。
O
Com m unication Approach
O pportunity Approach
(コ ミュ ニ ケ ー シ ョン )
(成 長 機 会 )
5.
今後の課題
高木らの先行研究をもとに、新潟市内の小中学校教員を対象として、試行的アンケート調査を行っ
た。ストレッサーの結果は高木らの先行研究結果と異なる部分もあったが、それは先行研究と選択肢
が全く同一ではなかったためと考える。ワーク・ファミリー・コンフリクト尺度については 18 項目で
因子分析をいった際に、行動に基づく WFC と FWC の 6 項目が 1 因子として抽出されたが、これは
渡井ら(2006)の結果と一致した。2 因子として分離されず 1 因子となるのは、この行動に基づく葛
藤の 2 因子間には中程度の内部相関が認められ、「仕事で求められる行動」や「家庭で求められる行
動」がもう一方の役割遂行を妨げているという方向性は本研究のサンプルでは明瞭に区別されていな
いためと考えられる。仕事領域、家庭領域を総合的に考えると、教員という仕事の守備範囲の広さに
よる仕事内容の曖昧さや、それによってもたらされる勤務時間の曖昧さがストレスに大きな影響を与
えていると考える。
今回は、有効回収数が 100 に至らなかったこともあり、頑健な結果をもたらすには、さらなる検証
を重ねていく必要がある。回収数が十分にあれば学校種別、階職別、子どもの数、配偶者の職業、勤
58
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
務時間など、多様な観点から分析を行い、比較検討することが出来る。また、ワーク・ライフ・コン
フリクトとの関連はストレス要因についてのみの分析にとどまっているが、モチベーション要因がこ
れら関係にどのような緩衝要因となっているか検討することも今後の課題である。さらに、バーンア
ウトについての質問を含めることで、ワーク・ファミリー・コンフリクトと抗うつ度との検討を行う
ことも可能となる。さらに他の職業、例えば民間企業雇用者や自営業者らのそれと比較することも、
教員という職業特性を抽出するうえで有意義な作業であろう。
資源の乏しい日本は人口減少社会に突入して、ますます質の高い人材を育成することが求められ、
科学技術立国を国策として掲げた。日本の未来を担う児童・生徒たちに公教育によって分厚い、確実
な教育を提供していくことが重要である。Hakanen, et al. (2006)や、Jacobsson, et al. (2001)同様、
教育という社会的に極めて重要な責務を担う教員のストレスが高いことが今回の調査から明らかとな
ったが、この点について早急に検討を加えない限り、ストレス発生、それに伴う精神疾患による病気
休職者の増加、公教育の質の低下、さらには教職という職業に対する社会的威信の低下という「負の
スパイラル」からの脱却を阻止することは難しい。公教育に従事する教員ひとりひとりが、自分たち
の仕事は次世代を育成するという極めて重要な責務を担ったものだということに対して、誇りや自信
を感じることができる就業環境であることが必要である。そのような就業環境を実現するには、教員
たちが発している内なる声も真摯に耳を傾け、受けとめ、そして彼らが障害と認識している障害物は
すぐさま撤去する、といった迅速な対処が求められる。そのような就業環境の中で、教員が自らの知
性と個性を存分に発揮し、のびのびと教育活動に従事できるような仕組みを構築し、支援していくこ
とが課題と考える。
謝辞
ご多忙の中、本アンケート調査にご協力いただきました教員の皆様には、この場をお借りして、厚く御礼を申
し上げます。ありがとうございました。
引用文献
池田光・栗原春生・滝本泰士・永屋義行(2008)『きほんからわかる「モチベーション」理論』イースト・プレス
JTB モチベーションズ
研究・開発チーム(1998)『やる気を科学する:意欲を引き出す「MSQ 法」の理論と実践』
JTB モチベーシ
高木亮・北神正行(2003)「教師の職業ストレッサーに関する研究-教師の職業ストレッサーとバーンアウトの
関係を中心に-」『教育心理学研究』51,165-174
高木亮・北神正行(2007a)「教師の多忙と多忙感を規定する諸要因の考察Ⅰ―戦後の教師の立場と役割に関する
検討を中心に―」『岡山大学教育学部研究集録』第 134 号,1-10
高木亮・北神正行(2007b)「教師の多忙と多忙感を規定する諸要因の考察Ⅱ―教師の多忙感としてのストレスの
問題を中心に―」『岡山大学教育学部研究集録』第 135 号,137-146
高木亮・田中宏二・淵上克義 (2006)「教師の職業ストレッサーにおける職場環境の要因と職務自体の要因がバー
ンアウトに与える影響の検討―職場環境要因が及ぼす緩衡効果(交互作用的効果)を中心に―」『岡山大学教
育学部研究集録』第 131 号,155-165
野村総合研究所(2008)『モチベーション企業の研究』東洋経済新報社
59
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
宗方比佐子・渡辺直登(2002)『キャリア発達の心理学』川島書店
文部科学省(2007)「平成 18 年度教育職員に係わる懲戒処分等の状況について」
山田智之(2007)「公立中学校教員のモチベーションを促進する要因」『日本大学大学院総合社会情報研究科紀要』
No.8,221-230
渡井いずみ・錦戸典子・村鴫幸代(2006)「ワーク・ファミリー・コンフリクト尺度日本語版(WFC-S)の開発」『産
業衛生学雑誌』47 巻
Hakanen J. Jari, Aenold B. Bakker, and Wilmar B. Schaufeli, 2006, Burnout and work engagement among
teachers, Journal of School Psychology, 43, 495-513.
Jacobsson Christian, Anders Pousette, and Ingela Thylefors, 2001, Managing stress and feelings of mastery
among Swedish comprehensive school teachers, Scansinavian Journal of Educational Research, 45(1),
37-53.
(平成 21 年 3 月 23 日受理)
60
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
アルコール飲料の蒸留:密度を利用するエタノールの濃度決定と
化学実験教材としての活用
鎌田正喜,* , a) 早川
潤 a)
Distillation of Alcoholic Drinks: Determination of Ethanol-concentration Using
Density and its Utilization for Chemical Experimental Teaching Material
Masaki KAMATA,*, a) Jun HAYAKAWA a)
1.はじめに
中学校理科教科書,第1分野第2単元「身のまわりの物質」では,固体−液体(ローソク,パルミチ
ン酸,水),液体−気体(エタノール,水)間で状態変化する物質を題材にして,温度や体積,質量変化
の関係性を解明しながら「物質の性質」について学習する (1a)。次に,ここで学習した「物質の性質」の
応用として,
「水とエタノールの混合物からエタノールを取り出す」実験が行なわれる (1b)。この実験は,
水とエタノールがそれぞれ異なる沸点(水:100℃,エタノール 78℃)を持っていることを利用して,
蒸留によって両者を分離しようというものである。蒸留は再結晶とともに物質の分離方法として基本と
なる重要な手法である。教科書では,水 9mL とエタノール 3mL の混合物を加熱して,沸点を記録しなが
ら蒸留物を 2mL ずつ3本の試験管に集めて,それぞれの蒸留物に火がつくかどうかを調べる実験である。
当然のことながら1番目の試験管の蒸留物は,エタノールの濃度が高いため燃えるが,2番目,3番目
の試験管ではエタノールの濃度が低いため蒸留物は燃えない。このことは,記録した時間と沸点の関係
からも容易に推測できる。すなわち,蒸留の初期には低沸点のエタノール(沸点 78℃)が主に蒸留物と
して出てくるが,蒸留前の混合物中のエタノール含有量が少ないため,第2番目以降の蒸留物の沸点は
すぐに上昇して水の沸点(100℃)に近いものが出てくる。平成9年度版の旧教科書には (1c),この実験
の他に,
「赤ワインを蒸留してみよう」という“理科学習の日常生活への活用”を意識した発展的実験が
組み込まれ,生徒の興味を刺激するものになっていた。
「自然に親しみ,見通しをもって観
さて,次期新学習指導要領「理科」の全体目標は (2),小学校では,
察,実験などを行い,問題解決の能力と自然を愛する心情を育てるとともに,自然の事物・現象につい
ての実感を伴った理解を図り,科学的な見方や考え方を養う」,中学校では,「自然の事物・現象に進ん
でかかわり,目的意識をもって観察,実験などを行い,科学的に探求する能力の基礎と態度を育てると
ともに自然の事物・現象について理解を深め,科学的な見方や考え方を養う」となっている。下線の部
分は今回新たに加えられた部分である。これまで以上に,子どもに対しては主体的な実験への取り組み
が要求され,教員に対しては問題意識の持てるような授業や実験の設計,さらには,理科の学習が社会
や日常生活と深く関わっていることを“実感”できるような授業や教材開発の工夫が求められている。
一方,教科書の単元末や章末では,ずっと以前から理科の学習内容に関連した科学技術が我々の日常生
活に役立っていることを提案し続けてきた。にもかかわらず,学校での理科学習が”実感“を伴わない
のは何故なのか・・。原因として考えられることは,日常生活への活用例を単なる紹介記事として教員
が捉えていること,活用例が発展的な扱いと見なされ子どもたちが体験していないこと,活用例が実験
a) 新潟大学教育学部化学教室:Department of Chemistry, Faculty of Education, Niigata University, 950-2181 Japan
61
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
教材化されていないことなどが挙げられる。たとえば,
「水とエタノールの混合物からエタノールを取り
出す実験」と,その日常生活への活用例にあたる「赤ワインを蒸留してみよう」を例に取り上げると,
双方の実験を子ども達に体験させれば効果的であるにもかかわらず,時間的余裕がないために「赤ワイ
ンを蒸留してみよう」の実験はまったく実施されない。それどころか3割削減のあおりで,
「赤ワインを
蒸留してみよう」の実験は現行教科書には載っていない。
ところで,
「赤ワインを蒸留してみよう」の実験で,蒸留物として出てくるのはエタノールと水の混合
物であり,いずれも無色の物質である。赤い色素(ポリフェノール)は沸点が高いため蒸留物としては
出てこない。蒸留によって混合物が分離できるという化学的意義が視覚的効果を伴って認識できる最適
な実験である。
「水とエタノールの混合物からエタノールを取り出す実験」では,水とエタノールに沸点
の違いがあるということは認識できるが,水とエタノールが確実に分離できたという“実感”はあまり
伴わない。実際,エタノール 100%と水 100%の蒸留物が別々に得られたわけではないし,得られた蒸留物
にどれくらいのエタノールが含有しているかもまったく不明である。
「 水とエタノールの混合物からエタ
ノールを取り出す実験」は,教員が意図的に水(9 mL)とエタノール(3 mL)を混ぜた“理科の基礎学
習”のための教材であり,日常生活への活用や“実感できる理解”という側面での説得力が弱い。
「赤ワ
インを蒸留してみよう」の実験では,
「水とエタノールの混合物からエタノールを取り出す実験」と同様
に,蒸留の前半部分はエタノール溜分が多いため火をつければ燃えるが,後半部分は水が多いため燃え
ないことも学習できる。さらに,ワインを蒸留してアルコール濃度を高め,樽詰めして熟成したものが
ブランデーになるということを教えれば,ワインから付加価値の高いブランデーを作るという工程に“蒸
留”が不可欠なこと,理科の学習が日常生活で役に立っていることを理解してもらえるであろう。ブラ
ンデー以外にもワインを蒸留した酒として,グラッパやマールがあり,ワイン以外のものを原料とした
蒸留酒として,キルシュバッサー(サクランボ),カルバドス(リンゴ),焼酎(麦,サツマイモ),ウイ
スキー(大麦)などがあり,我々の生活では「蒸留の原理」が実に頻繁に活用されていることがわかる。
一方で,赤ワインの組成が子どもたちにはブラックボックスな部分もあるため,
「水とエタノールの混
合物」の代用として扱うにはやや難点がある。次期新学習指導要領の目指す目標に適した内容にするに
は,双方の実験を「基礎」および「活用」実験として組み込むことがより効果的であろう。
ところで,「水とエタノールの混合物からエタノールを取り出す実験」や「赤ワインを蒸留してみよ
う」の実験では,何本かの試験管に蒸留物を分取して,そこに含まれるエタノールと水の割合を確認す
るために火をつける。燃えるか燃えないかでエタノールの多寡を調べるという極めてレトロな方法であ
る。この方法で確認できることは,エタノール含量が多ければ燃え,少なければ燃えないということだ
けである。子どもたちだけでなく,教員の側も,
「エタノールがどれくらい含有されていれば燃えるのだ
ろうか?」という素朴な疑問が浮かぶはずである。しかし,実際にこれを深く研究し,教材化しようと
考える教員は希であろう。水に対してエタノールを 10%,20%,30%・・・・というように,濃度を変えた
混合物を調整して火をつけて見れば,エタノール濃度が 50%程度で燃えることを容易に確認できるはず
である。このような素朴な疑問を掘り下げて教材開発に活かしていくことが大切であり,結果的にそれ
が“実感を伴った理解”につながって行くはずである。
本研究では,見かけは非常に似ていて区別が難しい水とエタノールについて,両者の密度が大きく異
なるという極めてシンプルな「物質の性質」に着目し,混合物中に含有するエタノール濃度を判別でき
る方法を開発した。また,この方法を利用して種々のアルコール飲料の蒸留を行い,蒸留物中のエタノ
ール濃度を決定する化学実験教材の開発を行った。本研究で開発した教材は,これまで教員養成学部フ
レンドシップ事業(1997-2000 年,文科省支援,教員志望大学生と中学生の共同による化学実験体験)
の化学実験テキストとして広く活用されてきた (3)。これらのテキストが普及するにつれて,是非,この
実験テキストを入手したいという反響が小中学校の教員から多数寄せられるようになった。ご要望にお
応えするため,今回,本研究の詳細について報告するとともに,1997 年に開発し,微修正を加えてきた
実験テキストをネット上で公開することにした (4)。
62
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
2
エタノール-水混合物の検量線の作成
エタノールと水は自由に溶けて混じるが,それぞれの密度は大きく異なり,水は 1.00(4℃),エタノ
ールは 0.789(20℃)である (5)。この密度の違いを利用すれば,あらかじめ決められた割合のエタノー
ル−水混合物(0-100%)の密度を求め検量線を作ることが可能である。作成された検量線(エタノール濃
度 vs.密度のグラフ)を用いて,濃度未知のエタノール−水混合物(蒸留物)に含まれるエタノール含有
量を体積%で求めるというものである。検量線は重量%あるいは体積%のいずれでも作成することは可
能であるが,本研究ではエタノール含有量を体積%で表示することにした。検量線は,15℃(冬場用)
と 25℃(夏場用)における実験を行って2種類のものを作成した。室温に合わせて都合の良い方を利用
してもらいたい。また,本研究の方法にならって,気温や室温に対応した検量線を作成することも容易
にできる。以下に検量線を作成するための実験方法を示した。
<実験器具・装置・試薬>
10ml メスフラスコ(数本),5mL メスフラスコ(数本),ホールピペット(1,2,3,4,5mL 各1本),スポイ
ト,エタノール(和光特級 99.5%),蒸留水,電子天秤(可能ならば 1mg まで測定可能なもの,最低でも
10mg までの測定が可能なもの),電卓,パソコン
<実験>
(1)10ml のメスフラスコにエタノール 1mL,水 9mL をそれぞれホールピペットで量りとり,栓をして
よく振り混ぜる。これをエタノール 10%混合溶液と呼ぶことにする(これはエタノール 1mL をメ
スフラスコに量り取り,残りを 10mL の標線まで水を入れた場合と比べてわずかだが密度は異なる。
酒類のエタノール表示(%,度数)は後者の方法によるが,実際上,両者ともに大差はない)。
(2)同様にして,エタノール 2mL と水 8mL,エタノール 3mL と水 7mL,・・・・エタノール 9mL と水 1mL
についても調整する。それぞれエタノール 20%,30%,40%・・・・90%混合溶液と呼ぶ。
(3)エタノール 0%溶液は,5mL のメスフラスコをすべて蒸留水にして,エタノール 100%溶液は 5mL の
メスフラスコをすべてエタノールにして調整する。
(4)これらエタノール 10%-90%溶液を,空重量を測定した 5mL のメスフラスコに標線まで正確に入れ
て重量を測定する(0%と 100%は(3)で算出;1-10mg 単位まで測定できる電子天秤が好都合)。
(5)(3)と(4)の各重量からメスフラスコの空重量を差し引いて各溶液の重量(g)を求める。
(6)
(5)で得られた各重量(g)を 5(mL)で割ることにより,それぞれの密度(g/mL:厳密には g/cm3
が正しい)が求められる(表1,表2)。
(7)横軸に混合溶液の密度を,縦軸にエタノール体積%をとり,(6)で得られた値(11 データポイ
ント)をプロットしてグラフを作成する。
(8)エクセルを用いて(7)のグラフを近似処理(2次曲線)して,グラフの方程式を求める。
(9)
(8)で得られた方程式を使って,エタノール体積%の 1-100%までについて,1%刻みに対応する
密度を求め検量線を作成する(室温 10℃:表3;室温 25℃:表4)。
<結果>
上記の実験の 11 データポイント(表)を使って作成したグラフは,2次の近似曲線を与えることがわ
かる。そこから求められた2次曲線の方程式を逆に利用して,1-100%までのすべてのエタノール体積%
(1%刻み)について,密度−体積%関係を示す表を作成する(表3,表4)。これを利用して,実際の各
蒸留物のエタノール体積%を求めることができる。同様な方法を利用すればエタノールの体積%だけで
なく,エタノールの重量%からも検量線を作成することが可能である。エタノール濃度の測定には比重
計(デジタル型と比重ビン型のものがある)の使用も可能であるが,高価なことと使用範囲が限定され
るため学校現場での利用には向かない。一方,電子天秤の場合は,種々の実験に利用できる利点があり,
10mg 単位まで計量可能なものが3万円程度で入手できるようになってきた。
63
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
3
種々のアルコール飲料の蒸留
赤ワイン(アルコール表示 13%),日本酒(アルコール表示 16%),ブランデー(アルコール表示 40%),
ウイスキー(アルコール表示 45%)のそれぞれについて,実際に蒸留実験を行った。本研究では写真1
−8のような化学の研究室で一般的に使用する蒸留装置および器具を用いて行ったが,中学校の教科書や
本研究で作成した化学実験テキストにあるような実験装置(図1)を用いても十分に実験が可能である。
<実験器具・装置・試薬>
酒類:赤ワイン,日本酒,ブランデー,ウイスキー,他に焼酎や味醂(風),白ワインも可能,ビールは
発泡するので不可。蒸留装置:枝付き丸底フラスコ(200mL),リービッヒ冷却管,アダプター,ホッ
トプレートスターラー,攪拌子,温度計,ゴム栓,スタンド,クランプ,ゴム管,プラスチック目盛り
付試験管(10mL 用 10 本),ロート,メスフラスコ(5mL),蒸発皿,ライター,軍手
<実験>
(1)蒸留用フラスコに各自が蒸留したいアルコール飲料を 100mL 入れる。
(2) 蒸留装置をセットし,冷却水を流して,ホットプレートの攪拌スイッチと加熱スイッチを入れる。
(3)溜出してくる液体を1-10 番までの番号を付けた試験管に6mL ずつ 10 本集める。その際,それぞ
れの沸点範囲を記録しておく。
(4)集めた 1-10 番までの試験管の液体を,空重量を測定してある 5mL のメスフラスコの標線まで入れ
て重量を測定する。
(5)(4)で求めた重量(g)を 5(mL)で割って,試験管ごとの密度を計算する。
(6)
(5)で求めた密度を表3あるいは表4の検量線と対比して,それぞれの試験管の蒸留物のエタノ
ール体積%を求める。
温度計
水
冷却管
枝付丸底
フラスコ
攪拌子
目盛付試験管
水
差込みへ
カクハン ヒーター
つまみ つまみ
図1.蒸留装置図
<結果>
それぞれのアルコール飲料について,蒸留物6mL ごとに求めたエタノール濃度(体積%)を表5−8
に示した。試験管単位でエタノール体積%がはっきりと数値として実感できることがわかる。また,蒸
留物に火がついて燃えるのは,エタノールの体積%が 45%以上であることも実感できるはずである。赤
ワインや日本酒の蒸留では,蒸留前のアルコール自体のエタノール含有量が低いため,蒸留物が燃える
のは試験管の2−3番目までであることがわかる。
64
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表1.エタノール体積%と密度の関係 a
(15°C, 空気飽和下,実測データ)
エタノールと水の
エタノール体積%
混合物の密度
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
0.790
0.820
0.852
0.879
0.901
0.922
0.941
0.957
0.971
0.982
0.996
表2.エタノール体積%と密度の関係
(25°C, 空気飽和下,実測データ)
a
エタノールと水の
混合物の密度
エタノール体積%
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
0.774
0.817
0.843
0.870
0.895
0.912
0.931
0.948
0.960
0.976
0.985
a
5mLのメスフラスコにエタノールと水の
混合物を標線まで入れ,その時の重量を測定
して算出した。
65
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表3.エタノール体積%と密度の関係
(15℃, 空気飽和下,実測データ(11ポイント)から計算したもの)
エタノールと水
の混合物の密度
0.9933
0.9925
0.9916
0.9908
0.9899
0.9889
0.9880
0.9870
0.9860
0.9850
0.9839
0.9829
0.9818
0.9806
0.9795
0.9783
0.9771
0.9759
0.9747
0.9734
0.9721
0.9708
0.9695
0.9681
0.9667
0.9653
0.9639
0.9624
0.9609
0.9594
0.9579
0.9563
0.9547
0.9531
0.9515
0.9499
0.9482
0.9465
0.9448
0.9430
0.9412
0.9394
0.9376
0.9358
0.9339
0.9320
0.9301
0.9281
0.9262
0.9242
エタノールと水
の混合物の密度
エタノール体積%
0.9222
0.9201
0.9180
0.9160
0.9138
0.9117
0.9095
0.9074
0.9051
0.9029
0.9007
0.8984
0.8961
0.8937
0.8914
0.8890
0.8866
0.8842
0.8817
0.8792
0.8767
0.8742
0.8717
0.8691
0.8665
0.8639
0.8612
0.8586
0.8559
0.8531
0.8504
0.8476
0.8448
0.8420
0.8392
0.8363
0.8334
0.8305
0.8276
0.8246
0.8216
0.8186
0.8156
0.8125
0.8094
0.8063
0.8032
0.8001
0.7969
0.7937
0.7904
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
66
エタノール体積%
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
68
69
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
100
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表4.エタノール体積%と密度の関係
(25℃, 空気飽和下,実測データ(11ポイント)から計算したもの)
エタノールと水
エタノールと水
エタノール体積%
エタノール体積%
の混合物の密度
の混合物の密度
0.9828
0.9821
0.9813
0.9805
0.9797
0.9789
0.9780
0.9771
0.9762
0.9753
0.9743
0.9733
0.9723
0.9712
0.9702
0.9691
0.9679
0.9668
0.9656
0.9644
0.9632
0.9619
0.9606
0.9593
0.9580
0.9566
0.9552
0.9538
0.9524
0.9509
0.9494
0.9479
0.9464
0.9448
0.9432
0.9416
0.9399
0.9383
0.9366
0.9348
0.9331
0.9313
0.9295
0.9277
0.9258
0.9239
0.9220
0.9201
0.9181
0.9161
0.9141
0.9121
0.9100
0.9079
0.9058
0.9036
0.9015
0.8993
0.8970
0.8948
0.8925
0.8902
0.8879
0.8855
0.8831
0.8807
0.8783
0.8758
0.8733
0.8708
0.8683
0.8657
0.8631
0.8605
0.8579
0.8552
0.8525
0.8498
0.8470
0.8443
0.8415
0.8386
0.8358
0.8329
0.8300
0.8271
0.8241
0.8211
0.8181
0.8151
0.8120
0.8089
0.8058
0.8027
0.7995
0.7963
0.7931
0.7898
0.7866
0.7833
0.7800
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
67
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
68
69
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
100
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表5.赤ワイン(アルコール分13%:100mL)-試験管1本6mL:所要時間40分a
蒸留温度(℃)
密度(g/cm3)
1
90-93
0.8937
63%
燃
2
93-96
0.9192
52%
燃
3
96-98
0.9489
36%
不燃
4
98-100
0.9701
21%
不燃
5
99-100
0.9796
14%
不燃
6
100
0.9916
2%
不燃
7
100
0.9947
0%
不燃
8
100
0.9967
0%
不燃
9
100
0.9969
0%
不燃
10
100
0.9970
0%
不燃
試験管番号
エタノール体積%
燃・不燃
a実験は15℃の室温で実施.エタノール体積%の決定は表3に基づいて行った。
表6.日本酒(アルコール分16%:100mL)-試験管1本6mL:所要時間40分a
蒸留温度(℃)
密度(g/cm3)
1
80-90
0.8777
69%
燃
2
90-94
0.9034
59%
燃
3
94-98
0.9252
48%
燃
4
98-100
0.9499
35%
不燃
5
100
0.9717
20%
不燃
6
100
0.9827
11%
不燃
7
100
0.9893
7%
不燃
8
100
0.9956
0%
不燃
9
100
0.9962
0%
不燃
10
100
0.9985
0%
不燃
試験管番号
エタノール体積%
燃・不燃
a実験は15℃の室温で実施.エタノール体積%の決定は表3に基づいて行った。
68
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表7.ブランデー(アルコール分40%:100mL)-試験管1本6mL:所要時間30分a
蒸留温度(℃)
密度(g/cm3)
1
80-84
0.8486
81%
燃
2
84-86
0.8566
78%
燃
3
86-87
0.8594
77%
燃
4
87-87
0.8648
75%
燃
5
87-88
0.8679
73%
燃
6
88-89
0.8766
70%
燃
7
90-91
0.8898
64%
燃
8
91-95
0.9042
58%
燃
9
95-98
0.9320
45%
燃
10
98-100
0.9657
25%
不燃
試験管番号
エタノール体積%
燃・不燃
a実験は15℃の室温で実施.エタノール体積%の決定は表3に基づいて行った。
表8.ウイスキー(アルコール分45%:100mL)-試験管1本6mL:所用時間30分a
蒸留温度(℃)
密度(g/cm3)
1
83-84
0.8476
81%
燃
2
84-85
0.8524
79%
燃
3
85-86
0.8538
79%
燃
4
86-87
0.8561
77%
燃
5
87-87
0.8571
77%
燃
6
87-88
0.8653
75%
燃
7
88-89
0.8701
73%
燃
8
89-93
0.8868
66%
燃
9
93-97
0.9167
53%
燃
10
97-100
0.9528
34%
不燃
試験管番号
エタノール体積%
燃・不燃
a実験は15℃の室温で実施.エタノール体積%の決定は表3に基づいて行った。
69
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
4
化学実験テキストの作成と実践
本研究では,(1)エタノールと水の密度の違いを利用して,エタノール−水混合物中のエタノール濃
度が決定できること,および(2)この方法が種々のアルコール飲料の蒸留に適用できることを明らか
にした。さらに,本研究では(1),
(2)の活用として,
(3)中学校・高等学校の理科授業や小中高校
生のための公開講座にも適用できるよう化学実験教材(テキスト)の開発を行った。以下に「1997−2000
年のフレンドシップ事業(文部省公募事業)
:化学実験体験講座」のために開発し,微修正を重ねて利用
してきた実験テキストを掲載した。フレンドシップ事業では教育学部学生と中学生が2人1組になって
このテキストに沿って実験を進めた。中学校の理科実験とは異なり,この実験ではエタノール濃度が簡
単に測定できることに“実感を伴った理解”ができたようである。
5
おわりに
脳科学では,頻繁にアクセスされる記憶は知識化するという (6)。学習した事柄が繰り返し登場し利用
されるような実験や授業を作り上げていくことも,
“実感を伴う理解”につながるはずである。密度も百
分率も実は同じ単元ですでに学習済みの事項である。エタノール−水の混合物から得られた蒸留物に火を
つけて燃えるか燃えないかという現象論だけを示すのでは,蒸留が物質を精製する手段として日常生活
に有効に利用されているということを“実感”できない。学校で学習する理科の原理とそれが利用され
ている科学技術を上手につなぎあわせる実験教材や授業の工夫が必要である。日常生活に利用されてい
る科学技術を授業の中に積極的に活用していくことが大切である。賢い子どもは頭で考えるというが,
理科における賢い子どもは,頭で考えるだけでなく手も動かす子どもでなければならない。教員もまず
は手を動かしてやってみることである。
6
謝辞
本研究の遂行に際して実験協力して頂いた研究室の風間(旧姓 玉根)真寿美氏(1999 年修士修了),
公開講座等の実施でこれまで協力をして頂いた研究室の学生諸氏に心より感謝申し上げる。
7
文献と註
1)a)平成 18-23 年度用中学校教科書,「科学」,1分野上,物質とエネルギー編,pp41-90,学校図書.
b)平成 18-23 年度用中学校教科書,「科学」,1分野上,物質とエネルギー編,pp60-63,学校図書.
c)平成 9-13 年度用中学校教科書,「理科」,1分野上,p15,学校図書.
2)http://www.mext.go.jp/,文部科学省ホームページ.
3)a)鎌田正喜,“身近にあるお酒を蒸留してアルコールを取り出してみよう”,平成 9 年度(1997 年度)
「新潟大学教育学部フレンドシップ事業」実施報告書,教員養成教育における「体験的 カリキュラム 」
の開発,pp56-58,新潟大学教育学部附属教育実践研究指導センター刊.
b)鎌田正喜, “身近にあるお酒を蒸留してアルコールを取り出してみよう”,平成 10 年度(1998 年
度)
「新潟大学教育人間科学部フレンドシップ事業」実施報告書,教員養成教育における「体験的 カ
,pp31-36,新潟大学教育人間科学部附属教育実践研究指導センター刊.
リキュラム の開発」
c)鎌田正喜, “身近にあるお酒を蒸留してアルコールを取り出してみよう”,平成 11 年度(1999 年
度)
「新潟大学教育人間科学部フレンドシップ事業」実施報告書,教員養成教育における「体験的 カ
,pp29-36,新潟大学教育人間科学部附属教育実践研究指導センター刊.
リキュラム の開発」
4)http://www/ed.niigata-u.ac.jp にアクセス後,「教育実践総合センター」をクリックし,「研究紀
要「教育実践総合研究」pdf,第8号,2009 年」をクリックする。
70
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
5)岩波理化学辞典.
6)「脳を活かす勉強法」,茂木健一郎,PHP 研究所,2007 年.
<アルコール飲料の蒸留:実験写真>
写真1.種々のアルコール飲料
写真2.蒸留装置
写真3.赤ワインの蒸留
写真4.プラスチック製目盛つき試験管
写真5.蒸留されて出てきた溜分
写真6.重量測定(空のメスフラスコ)
71
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
写真7.重量測定(蒸留物)
写真8.蒸発皿(着火実験用)
72
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
<公開講座・化学実験用テキスト>
身近にあるお酒を蒸留してアルコールを取り出してみよう
新潟大学教育学部
鎌田正喜
<序>
アルコールという言葉ですぐに連想するのは,理科室にあるアルコールランプやメタノール,エ
タノールの入った試薬ビンなどであろう(図1)。我々にとってアルコールという物質は理科室にあ
るものというイメージがとても強い。しかしながら,私たちの身のまわりには,アルコールと関わ
りの深い物質や製品が非常にたくさん存在する。たとえば,日本酒やビール,ワイン,ウイスキー,
ブランデー,果実酒などのお酒は,エタノールを含む製品の典型的な例である。これらは米や麦,
ブドウ,果物などのアルコール発酵によって作られている。エタノールよりも炭素数が少ないメタ
ノールは,劇物ではあるが,エタノールよりも安価なためアルコールランプなどの燃料として利用
されている。また,自動車のワイパー液に利用される不凍液には,エチレングリコールという水酸
基(-OH)を2個持つアルコールが添加されており,水の凝固点を低下させることによりワイパー液
が冬季に凍らないように働いている。他にも,化粧水にはグリセリンという水酸基を3個持つアル
コールが含まれ保湿剤として作用している。食用油は,グリセリンと脂肪酸(石鹸の原料にもなる)
からできたエステルで,我々のエネルギー源として重要な役目を果たしている。
H
H
C
H
H
OH
H
H
C
C
H
C
C
H
OH
H
エタノール
メタノール
H
H
H
H
H
H
H
C
C
C
H
OH OH OH
OH OH
エチレングリコール
グリセリン
図1
今回の実験では,エタノールを含む物質として知られるお酒を原料に使って,
(1)蒸留という精
製方法によって,水とエタノールの混合物であるお酒から純度(濃度)の高いエタノールが取り出
せることを体験学習する。
(2)蒸留によって取り出したエタノールの純度(濃度)が密度の違いを
利用して定量できることも体験学習する。
お酒は,種類によっても若干異なるが,おもに水とエタノールの混合物であることはご存じのと
おりである。その他として少量の糖分,香気成分,色素成分などを含んでいる。水とエタノールは,
臭いを除けばどちらも無色透明で良く混じり合い,見かけ上区別がつきにくい。中学校の理科の実
験では,水とエタノールは,沸点の違いを利用して沸点の低い溜分と高い溜分に分けて取り出し,
火をつけて燃えるか燃えないかによって,それぞれの溜分のエタノール濃度(純度)を定性的に確
認している。しかし,蒸留によって得られた液体が何%のエタノールを含んでいるかという定量的
73
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
な確認は行っていない。幸いなことに,水とエタノールは,沸点以外にも密度という物理的な性質
がかなり異なるので,この性質を利用して蒸留によって得られたエタノールの濃度を求めることが
可能である。ちなみに,それぞれの純粋な物質の沸点と密度を表1に示した。水とエタノールの色々
な濃度の混合物について,すでに表2,3に示すような数値を求めてあるので(11 個のデータ実測
値から計算式を求めて著者らが作成したもの),実際にお酒の蒸留によって得られたエタノールの密
度を測定すれば,蒸留液体に含まれるエタノールの濃度(体積%)を知ることができる。
表1.エタノール,水の沸点および密度
沸点(℃,760 mmHg) 密度(g/cm3)
エタノール
水
78.0
0.789(20℃)
100.0
1.000 (4℃)
<実験器具・装置・試薬>
[薬品]酒:赤ワイン,白ワイン,ブランデー,日本酒,ウイスキー,焼酎,味醂など
[器具]200cm3 枝付き丸底フラスコ(1),リービッヒ冷却管(1),アダプター(1),ホットプレー
トスターラー(1),攪拌子(1),温度計(1),ゴム栓(1),スタンド(2),クランプ(2),
ゴム管(2),フタ目盛り付試験管(プラスチック製)
(10)
(それぞれに1−10 番まで番号を付ける),
100cm3 三角フラスコ(1),ロート(1),試験管スタンド(1),メスフラスコ 5 cm3(1),スポイ
ト,メモ用紙,蒸発皿(5),ライター,軍手
<実験>
[実験 A]お酒を蒸留(精製)して純度の高いエタノールを作ろう
(1)蒸留装置を組み立てる(図2)。蒸留してみたいお酒1種類をメスシリンダーで 100cm3 量り
とり,ロートを使って枝付き丸底フラスコに入れる。
(2)攪拌子を枝付き丸底フラスコに入れ,温度計の付いたゴム栓を枝付き丸底フラスコにセット
する。
(3)冷却水を弱く流す。
(4)ホットプレートスターラーの攪拌つまみ(左側)を目盛り一杯までゆっくりと回して,攪拌
子を回転させる。
(5)ホットプレートスターラーの加熱つまみ(右側)を目盛り5まで回してフラスコを加熱する。
ホットプレートスターラーの盤面は熱いので手を触れないこと。
(6)フラスコ内部のお酒から蒸気が上がってくるのを観察する。
(7)蒸留されてくる液体(溜出液)を1番の試験管の印の部分(6cm3)まで集める。この時,溜
出液の沸点を試験管の番号ごとにレポートに記録しておく(??−??℃)。1番が終わったら,
すぐに2番目の試験管にかえて同様にして集める。1−10 番目まで計 10 本を集める。溜出液
を集めた試験管はすぐにフタ(栓)をして試験管スタンドに立てる。
(8)10 本目の試験管まで集め終わったら,最後は 50cm3 の三角フラスコにかえて,ホットプレー
トスターラーの加熱つまみ(右側)をゼロに戻して加熱をやめる。攪拌は枝付き丸底フラ
スコが冷えるまでそのまま続ける。
(9)溜出液が出てこなくなったら,冷却水を止める。
(10)溜出液の色を蒸留前のお酒と比較せよ。次に,実験[B]に移る。
74
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
温度計
水
冷却管
枝付丸底
フラスコ
攪拌子
目盛付試験管
水
差込みへ
カクハン ヒーター
つまみ つまみ
図2.蒸留装置図
[実験 B]エタノールの濃度(純度)測定
(1)各自の実験テーブルにある 5cm3 のメスフラスコの空重量(フタも含めて)を正確に測定し(小
数点以下 3 桁目まで測定:1mg の桁まで),レポート用紙に記入する。
(2)1−10 の試験管の溜出液を順番にスポイトを使って,5cm3 メスフラスコの標線に合わせて入
れ,フタをしてから全体の重量を測定する(小数点以下 3 桁目まで測定)。レポート用紙に重
量を記入する。
(3)
(2)で得られた重量から(1)で得られたメスフラスコの空重量を差し引くと,溜出液の重
量が得られるので,それをレポート用紙に記入する。
(4)
(3)で得られた溜出液の重量を体積(5cm3)で割った値が溜出液の密度(g/cm3)になるが,
それを計算してレポート用紙に記入する。表2から密度に対応するエタノール純度(体積%)
を求めて,レポート用紙に記入する。2番目以降の溜出液の重量を測定する時は,重量測定
の終わったメスフラスコの中身を元の番号の試験管に戻してから,(1)−(3)の操作を同
様に行い,密度を求める。この時,メスフラスコを水で洗ったりせず,そのまま使ってよい。
[実験 C]エタノールの確認実験・燃焼
(1)1−10 番の溜出液(2-3mL)をそれぞれ蒸発皿にあけて,火をつけてみよう。火気には十分
に注意すること。
(2)濃度(体積%)と燃え方の関係を調べてみよう。
75
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表2.エタノール体積%と密度の関係
(15℃, 空気飽和下,実測データ(11ポイント)から計算したもの)
エタノールと水
の混合物の密度
0.9933
0.9925
0.9916
0.9908
0.9899
0.9889
0.9880
0.9870
0.9860
0.9850
0.9839
0.9829
0.9818
0.9806
0.9795
0.9783
0.9771
0.9759
0.9747
0.9734
0.9721
0.9708
0.9695
0.9681
0.9667
0.9653
0.9639
0.9624
0.9609
0.9594
0.9579
0.9563
0.9547
0.9531
0.9515
0.9499
0.9482
0.9465
0.9448
0.9430
0.9412
0.9394
0.9376
0.9358
0.9339
0.9320
0.9301
0.9281
0.9262
0.9242
エタノールと水
の混合物の密度
エタノール体積%
0.9222
0.9201
0.9180
0.9160
0.9138
0.9117
0.9095
0.9074
0.9051
0.9029
0.9007
0.8984
0.8961
0.8937
0.8914
0.8890
0.8866
0.8842
0.8817
0.8792
0.8767
0.8742
0.8717
0.8691
0.8665
0.8639
0.8612
0.8586
0.8559
0.8531
0.8504
0.8476
0.8448
0.8420
0.8392
0.8363
0.8334
0.8305
0.8276
0.8246
0.8216
0.8186
0.8156
0.8125
0.8094
0.8063
0.8032
0.8001
0.7969
0.7937
0.7904
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
76
エタノール体積%
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
68
69
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
100
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
表3.エタノール体積%と密度の関係
(25℃, 空気飽和下,実測データ(11ポイント)から計算したもの)
エタノールと水
エタノールと水
エタノール体積%
エタノール体積%
の混合物の密度
の混合物の密度
0.9828
0.9821
0.9813
0.9805
0.9797
0.9789
0.9780
0.9771
0.9762
0.9753
0.9743
0.9733
0.9723
0.9712
0.9702
0.9691
0.9679
0.9668
0.9656
0.9644
0.9632
0.9619
0.9606
0.9593
0.9580
0.9566
0.9552
0.9538
0.9524
0.9509
0.9494
0.9479
0.9464
0.9448
0.9432
0.9416
0.9399
0.9383
0.9366
0.9348
0.9331
0.9313
0.9295
0.9277
0.9258
0.9239
0.9220
0.9201
0.9181
0.9161
0.9141
0.9121
0.9100
0.9079
0.9058
0.9036
0.9015
0.8993
0.8970
0.8948
0.8925
0.8902
0.8879
0.8855
0.8831
0.8807
0.8783
0.8758
0.8733
0.8708
0.8683
0.8657
0.8631
0.8605
0.8579
0.8552
0.8525
0.8498
0.8470
0.8443
0.8415
0.8386
0.8358
0.8329
0.8300
0.8271
0.8241
0.8211
0.8181
0.8151
0.8120
0.8089
0.8058
0.8027
0.7995
0.7963
0.7931
0.7898
0.7866
0.7833
0.7800
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
77
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
68
69
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
100
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
実験レポート
年
<テーマ>
月
日
室温
℃
身近にあるお酒を蒸留してアルコールを取り出してみよう。
<実験者>
(1)あなたが蒸留したお酒は何ですか?
(2)そのお酒に表示されているアルコール濃度(純度)は何%(何度)ですか?
(3)重量測定・密度計算
・5cm3 メスフラスコの空重量(フタも含めて)
g・・・・・・・・・・(A)
・1番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(1B)
・2番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(2B)
・3番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(3B)
・4番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(4B)
・5番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(5B)
・6番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(6B)
・7番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(7B)
・8番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(8B)
・9番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(9B)
・10 番目の溜出液:メスフラスコを含めた重量
g
・・・・・・・・・(10B)
・1番目の溜出液の密度:[(1B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
・2番目の溜出液の密度:[(2B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
・3番目の溜出液の密度:[(3B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
・4番目の溜出液の密度:[(4B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
・5番目の溜出液の密度:[(5B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
3
・6番目の溜出液の密度:[(6B)−(A)]g/5cm =
g/cm3
・7番目の溜出液の密度:[(7B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
・8番目の溜出液の密度:[(8B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
・9番目の溜出液の密度:[(9B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
・10 番目の溜出液の密度:[(10B)−(A)]g/5cm3 =
g/cm3
78
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
(4)
(3)で得られたそれぞれの溜出液の密度に対応するエタノールの濃度(体積%)を,表2を用い
て求めてみよう。燃え方(燃えたか燃えないか)も比べてみよう。
・1番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・2番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・3番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・4番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・5番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・6番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・7番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・8番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・9番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
・10 番目の溜出液のエタノール濃度
=
%;蒸留温度
〜
℃;燃え方:
(Q1)溜出液の色は,蒸留前のお酒と違いがありますか?
(Q2)蒸留温度とエタノールの濃度はどのような関係にありますか?
(Q3)この実験でお酒から純度の高いエタノールが得られることがわかりましたか?
(Q4)アルコール濃度と燃え方に何か関係性がありますか?
(Q5)この実験の感想を書いて下さい。
以上(公開講座・化学実験用テキスト)
(2009 年 3 月 23 日受理)
79
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
大学におけるキャリア教育の効果
松
井
賢
二
The Effect of Career Education in Universities
Kenji MATSUI
教育学部附属教育実践総合センター
問題と目的
大学生対象のキャリア教育の実践は、近年少しずつ増加傾向にはあるようだが、中学校や高等学校
の実践と比較すれば、その数はまだまだ非常に少ないといえる。そういう数少ない実践の中、その教
育効果を実証しようとする試みもさらに少ないといわざるを得ない。
ここでは、キャリア教育の教育効果に関する数少ない実証研究として、次の2つをみてみたい。
まず、森山(2007)は、授業科目「キャリアデザイニング」を受講した大学1~3年生(総計172
人)を対象に、授業の前後で質問紙調査を実施して、その効果測定を行っている。用いた尺度は坂柳
(1996)の職業キャリア・レディネス尺度(27項目)である。男女別に事前-事後のデータを比較( t
検定)した結果、女子において得点の上昇が9個中3個有意であったことから、「少なくとも女子に
おいては、教育の効果が現れやすい」(317頁)と示唆している。
次に、三川(2008)の研究では、2005年度から2007年度までの3年度間に担当した「キャリアデザ
イン論」という授業を受講した大学生(1~4年生)を対象に、進路成熟(career maturity)の程
度が受講前と後でどう変化したかを測定した。測定に使用した尺度は、自己実現的態度、進路計画、
進路決定という3つの下位尺度から構成されている。事前-事後の比較の結果、2005年度の場合、30
項目のうち4項目について有意な得点の上昇が認められた。また、進路計画尺度得点の上昇が統計的
に有意であった。2006年度の場合、30項目のいずれにも有意差が見られなかった。しかし、2007年度
については、6項目について有意な得点の上昇がみられた。また、自己実現的態度尺度得点の上昇が
有意であった。
ここで、上述の2つの研究における共通した課題を3つ指摘しておきたい。
第1に、森山も指摘しているとおり、事前と事後の調査対象者が完全に一致しているわけではない。
つまり、完全なる同一サンプルの繰り返しとはいえないのである。この分析方法では、厳密にいえば、
効果がみられたかどうかが明確にはわからない。
第2に、測定した変数がそれぞれ1つだけであった、という点である。受講生の中には、この授業
を通して、さまざまな変容がみられた学生も多くいたであろうが、ここでは、進路成熟やキャリア・
レディネスしか取り上げられていないので、他の側面の変容が不明である。
第3は、それぞれの授業を受講した学生と受講しなかった学生との間にどのような違いがあるのか、
が不明な点である。つまり、そもそも進路成熟の高い学生が受講しているのか、あるいはそうでない
のか、全く言及されていない。受講していない学生と比較して、どのような特徴を備えた学生が受講
しているのか、を把握することは、授業内容を考案する上で非常に重要なことだと考える。なお、こ
の点は、松井(2008)でも取り上げていない。
81
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
そこで、本研究においては、上述の先行研究で不十分だった3つの点を補うべく、大学生対象のキ
ャリア教育プログラムの効果測定を実施したい。すなわち、本研究では、厳密な意味で「縦断的(追
跡的)調査」を行い、学生の変容の様子を複数の変数で測定し、それを明らかにするとともに、受講
していない学生と受講している学生とを比較することによって、受講学生の特徴も把握したい。
方
法
1.使用したプログラムの概要
今回用いたプログラムは、松井(2008)が開発したプログラムであり、その概要は以下のとお
りである。つまり、自分自身に関する理解を深めるとともに、自分の将来のキャリアを見つめら
れるよう、大まかには以下のとおりプログラムを組んだ。
①職業選択における自己分析の重要性を講義する中で、その必要性を認識させる。
②2種類の検査(VPI職業興味検査、就職適性テスト・CA-PA)を実施し、その結果を検討する
ことによって、自己分析を行い、新たな自分の再発見を試みる。
③これらの分析結果を参考にして、自分に適した職業について再考し、その理由を明確化する。
④自己分析の結果を参考にしながら、ロールプレイングで模擬面接を行い、それをとおして、
再度自己を見つめると同時に、自己PRの仕方などについても実践的に学習する。
2.プログラムの実施
本プログラムは、2007年度の「キャリアデザインⅡ」という授業科目の中で実施された。その
概要は以下のとおりである。
①対象学生:新潟大学の全学部の3年生以上
②実施概要:前述のとおり。プログラムの詳細は松井(2008)と同じである。
③実施日程:2007年6月23日(土)、24日(日)、7月7日(土)、8日(日)(計4日間)
④実施時間:90分授業を15コマ分、集中講義として実施した。
3.プログラムの効果測定
本プログラムの効果を測定するために、
「キャリアデザインⅡ」を受講している学生(受講生)
と受講していない学生(別の授業を聴講している学生)とを対象に、質問紙調査を実施した。以
下、前者を「受講群」、後者を「非受講群」という。その概要は以下のとおりである。
(1)調査方法
まず、受講群を対象に、本授業の開始直前(6月23日)と終了直後(7月8日)に質問紙調査を
実施した。そして、ちょうど同じ時期に2回、非受講群を対象に、同様の質問紙調査を実施した。
(2)分析対象者
本授業の聴講可能な学生は学部3年生以上であったため4年生も受講していたが、本プログラ
ムが学部3年生(就職活動前)を想定してプログラミングされていることから、受講群も非受講
群も分析対象者は学部3年生のみとした。なお、前者では授業「キャリアデザインⅡ」の出席が
良好な学生だけを抽出した。
その結果、分析対象者は全員で293人となった。その構成は図表1のとおりである。
82
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
図表1
受 講 群
度数
%
度数
%
度数
%
非受講群
合
分析対象者の構成(群×性別)
計
男子学生
89
54.6%
64
49.2%
153
52.2%
女子学生
74
45.4%
66
50.8%
140
47.8%
合計
163
100.0%
130
100.0%
293
100.0%
(3) 調査の内容と分析の手続き
本調査の主たる内容は、「キャリア成熟」、「進路選択に対する自己効力」、「ソーシャルス
キル」、および「自尊感情」である。各内容の詳細と分析の手続きは以下のとおりである。
①キャリア成熟
本調査においては、大学生が自分のこれからの人生や生き方、あるいは職業選択や就職などに
ついて、どの程度成熟した考え方を持っているかを測定するために開発されたキャリア成熟尺度、
すなわち、「キャリア・レディネス尺度(Career Readiness Scale:略称CRS)」(坂柳、1996)
を用いた。
この尺度は、キャリア概念の多義性や広がりなどを考慮に入れて、①人生キャリア・レディネ
ス(主として、人生・生き方への取り組み姿勢)、②職業キャリア・レディネス(主として、職
業選択や職業生活への取り組み姿勢)、という2系列のキャリア・レディネスを設定している。
また、それぞれについて、
「関心性」
(自己のキャリアに対して、積極的な関心を持っているか)、
「自律性」(自己のキャリアへの取り組み姿勢が自律的であるか)、「計画性」(将来展望を持ち、
自己のキャリアについて計画的であるか)という、3つの態度特性(下位尺度)を設定している。
詳細は、図表2のとおりである。
各系列の調査項目は27項目(3下位尺度×9項目)となり、
「1=全くあてはまらない」~「5
=よくあてはまる」までの5段階評定法で回答させた。
図表2
系
領
列
域
キャリア関心性
(Career Concern)
キャリア自律性
(Career Autonomy)
キャリア計画性
(Career Planning)
キャリアレディネス尺度(CRS)の構成
人生キャリア・レディネス
(Life Career Readiness:LCR)
①人生キャリア関心性
職業キャリア・レディネス
(Occupational Career Readiness:OCR)
①職業キャリア関心性
( Life Career Concern)
(Occupational Career Concern)
②人生キャリア自律性
②職業キャリア自律性
(Life Career Autonomy)
(Occupational Career Autonomy)
③人生キャリア計画性
③職業キャリア計画性
(Life Career Planning)
(Occupational Career Planning)
以下の分析では,まず、下位尺度ごとに、信頼性を確認するために、事前調査と事後調査別に、
各下位尺度の α 係数を算出した。その結果、.764~.870の範囲に分布していた。つまり、各下位
尺度の内的一貫性はかなり高いといえる。
その後、直前(1回目の調査)と直後(2回目の調査)のデータについて、下位尺度ごとに、
合計得点を算出した。その合計得点をそれぞれ「事前・職業キャリア関心性得点」、「事後・人
生キャリア計画性得点」等と呼ぶ。
83
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
②進路選択に対する自己効力
この測定には「進路選択に対する自己効力尺度」(浦上、1995)を用いた。本尺度の30項目の
それぞれについて、
「1=全く自信がない」~「4=非常に自信がある」までの4段階で尋ねた。
次に、本尺度の信頼性係数( α 係数)を求めたところ、事前調査:.899、事後調査:.923であ
ったので、内的一貫性は十分に高いといえる。
そして、事前調査と事後調査のそれぞれについて、これら30項目の得点を合計して、「進路選
択に対する自己効力得点」を求めた。
③ソーシャルスキル
この測定には「ソーシャルスキル尺度」
(菊池、1988)を利用した。本尺度の18項目について、
それぞれ「1=いつもそうでない」~「5=いつもそうだ」までの5段階評定で尋ねた。
次に、本尺度の信頼性係数( α 係数)を求めた。その結果、事前調査:.864、事後調査:.876
であったので、尺度の内的一貫性は十分に高いといえる。
そして、事前調査と事後調査のそれぞれについて、これら18項目の得点を合計して、「ソーシ
ャルスキル得点」を求めた。
④自尊感情
この測定には、ローゼンバーグ(Rosenberg,M. 1965)により作成された自尊感情尺度の10項
目を、山本・松井・山成(1982)が邦訳した尺度を使用した。本尺度の10項目のそれぞれについ
て、「1=あてはまらない」~「5=あてはまる」までの5段階で回答を求め、それを各項目の
得点とした。
次に、本尺度の信頼性係数を求めたところ、事前調査の α 係数は.813、事後調査は.840であっ
たので、尺度の内的一貫性は十分に高いといえる。
そして、事前調査と事後調査のそれぞれについて、これら10項目の得点を合計して、「自尊感
情得点」を算出した。
結
果
前述の4つの要因(合成得点)について、受講群と非受講群とに分けて、それぞれ事前調査と事後
調査の間で、それらの要因(合成得点)が上昇したかどうかを検討するため、男女別に平均値の差の
検定( t 検定)を行った。また、受講群の実態を明らかにするために、事前調査と事後調査のそれぞ
れについて、受講群と非受講群との間で平均値の差の検定( t 検定)を行った。それらの結果を以下
に記す。
1.男子学生の場合
(1)キャリア成熟
①職業キャリア関心性得点(図表3参照)
まず受講群については、事前調査における平均値( M =32.15)と事後調査における平均値( M =34.54)と
の間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で有意差が認められた( t (73)=-4.088, p <.001)。すなわ
ち、事前調査よりも事後調査の方が、この得点は有意に高くなったといえる。非受講群については、
84
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
事前調査( M =32.48)と事後調査( M =31.34)の間で有意
差はみられなかった( t (60)=1.693, ns )。
図表3
職業キャリア関心性得点(男子平均点)
35
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検
34
定の結果、事前調査については有意差はみられない
33
が ( t (133)=-.286, ns )、 事 後 調査 に つい ては 、 有
32
意水準1%で有意差が認められた( t (133)=2.990, p
31
事前
<.01)。 し た が っ て 、 受 講 群 の 方 が 非 受 講 群 よ り も
受講群
有意に高くなったといえる。
事後
非受講群
②職業キャリア自律性得点(図表4参照)
まず受講群については、事前調査における平均値( M =35.12)と事後調査における平均値( M =36.65)と
の間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で有意差が認められた( t (73)=-4.002, p <.001)。すなわ
ち、事前調査よりも事後調査の方が、この得点は有意に高くなったといえる。非受講群については、
事 前 調 査 ( M =33.90)と事 後調 査 ( M =33.08)の間 で 有
図表4 職業キャリア自律性得点(男子平均点)
意差はみられなかった( t (58)=1.718, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、t
37
36
検定の結果、事前調査については有意差はみられ
35
ないが( t (131)=.158, ns )、事後調査については、
34
有 意 水 準 1 % で 有 意 差 が 認 め ら れ た ( t (131)=3.92
33
32
事前
8, p <.01)。したがって、受講群の方が非受講群よ
受講群
りも有意に高くなったといえる。
事後
非受講群
③職業キャリア計画性得点(図表5参照)
まず受講群については、事前調査における平均値( M =24.12)と事後調査における平均値( M =27.48)と
の間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で有意差が認められた( t (76)=-6.511, p <.001)。すなわ
ち、事前調査よりも事後調査の方が、この得点は有意に高くなったといえる。非受講群については、
事前調査( M =29.07)と事後調査( M =29.23)の間で有意
差はみられなかった( t (60)=-.287, ns )。
図表5
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検
29
定の結果 、事 前調査 については有 意水準 0.1%で 有
27
意差がみられた( t (136)=-4.578, p <.001)。つまり、
25
受講群よりも非受講群の方が、この得点が有意に高
23
いといえる。しかし、事後調査については、受講群
と非受講群の間で有意差は認められなかった( t (13
職業キャリア計画性得点(男子平均点)
事前
受講群
事後
非受講群
6)=-1.615, ns )。
④人生キャリア関心性得点(図表6参照)
まず受講群については、事前調査における平均値( M =31.71)と事後調査における平均値( M =34.60)と
の間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で有意差が認められた( t (77)=-5.351, p <.001)。すなわ
85
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
ち、事前調査よりも事後調査の方が、この得点は
有意に高くなったといえる。非受講群については、
事前調査( M =31.92)と事後調査( M =31.37)の間で有
意差はみられなかった( t (59)=.810, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t
検定の結果、事前調査については有意差はみられ
な い が ( t (136)=-.187, ns )、 事 後 調 査 につ いて
図表6
人生キャリア関心性(男子平均点)
35
34
33
32
31
事前
は、有意水準1%で有意差が認められた( t (136)=
受講群
事後
非受講群
2.973, p <.01)。 し た が っ て 、 受 講 群 の 方 が 非 受
講群よりも有意に高いといえる。
⑤人生キャリア自律性得点(図表7参照)
図表7 人生キャリア自律性得点(男子平均点)
まず受講群については、事前調査における平均
36
値( M =33.10)と事後調査における平均値( M =35.12)
35
との間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で
34
有意差が認められた( t (76)=-5.524, p <.001)。す
33
なわち、事前調査よりも事後調査の方が、この得
32
事前
点は有意に高くなったといえる。非受講群につい
ては、事前調査( M =32.80)と事後調査( M =32.18)の
受講群
事後
非受講群
間で有意差はみられなかった( t (59)=1.190, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検定の結果、事前調査については有意差はみられな
いが( t (135)=.747, ns )、事後調査については、有意水準1%で有意差が認められた( t (135)=3.087,
p <.01)。したがって、受講群の方が非受講群よりも有意に高いといえる。
⑥人生キャリア計画性得点(図表8参照)
図表8
まず受講群については、事前調査における平
30
均値( M =24.83)と事後調査における平均値( M =28.
29
57)との間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1
28
人生キャリア計画性得点(男子平均点)
27
% で 有 意 差 が 認め ら れた ( t (74)=-7.381, p <.00
26
1)。すなわち、事前調査よりも事後調査の方が、
25
24
この得点は有意に高くなったといえる。非受講
事前
群については、事前調査( M =29.19)と事後調査( M
受講群
事後
非受講群
=29.56)の 間 で 有 意 差は み ら れ な か っ た ( t (58)=
-.618, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検定の結果、事前調査については有意水準0.1%で
有意差がみられた( t (132)=-3.949, p <.001)。つまり、受講群よりも非受講群の方が、この得点が有
意に高いといえる。しかし、事後調査については、受講群と非受講群の間で有意差は認められなかっ
た( t (132)=-.881, ns )。
(2)進路選択に対する自己効力得点(図表9参照)
まず受講群については、事前調査における平均値( M =76.55)と事後調査における平均値( M =84.77)と
の間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で有意差が認められた( t (85)=-8.583, p <.001)。すなわ
86
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
ち、事前調査よりも事後調査の方が、この得点は
有意に高くなったといえる。非受講群については、
事前調査( M =79.73)と事後調査( M =80.37)の間で有
意差はみられなかった( t (59)=-.585, ns )。
図表9 進路選択に対する自己効力得点(男子平均点)
86
84
82
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t
検定の結果、事前調査については有意差はみられ
ないが( t (144)=-1.564, ns )、事後調査について
80
78
76
は、有意水準5%で有意差が認められた( t (144)=
事前
2.060, p <.05)。 し た が っ て 、 受 講 群 の 方 が 非 受
受講群
事後
非受講群
講群よりも有意に高いといえる。
(3)ソーシャルスキル得点(図表10参照)
まず受講群については、事前調査における平均
値( M =54.42)と事後調査における平均値( M =59.94)
との間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で
有意差が認められた( t (84)=-7.556, p <.001)。す
なわち、事前調査よりも事後調査の方が、この得
点は有意に高くなったといえる。非受講群につい
図表10
ソーシャルスキル得点(男子平均点)
61
60
59
58
57
56
55
54
事前
ては、事前調査( M =56.79)と事後調査( M =57.45)の
受講群
間で有意差はみられなかった( t (61)=-.549, ns )。
事後
非受講群
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t
検定の結果、事前調査についても( t (145)=-1.360, ns )、事後調査についても( t (145)=1.471, ns )、
両群の間に有意差はみられなかった。
(4)自尊感情得点(図表11参照)
まず受講群については、事前調査における平均
値( M =29.96)と事後調査における平均値( M =31.41)
と の 間 で 、 t検 定 を 行 っ た 結 果 、 有 意 水 準 1 % で
有 意 差 が 認 め られ た ( t (77)=-3.174, p <.01)。す
なわち、事前調査よりも事後調査の方が、この得
点は有意に高くなったといえる。非受講群につい
ては、事前調査( M =32.60)と事後調査( M =31.76)の
間で有意差はみられなかった( t (61)=1.325, ns )。
図表11 自尊感情得点(男子平均点)
33
32.5
32
31.5
31
30.5
30
29.5
事前
受講群
事後
非受講群
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t
検定の結果、事前調査については有意水準5%で有意差がみられた( t (138)=-2.418, p <.05)。つま
り、受講群よりも非受講群の方が、この得点が有意に高いといえる。しかし、事後調査については、
受講群と非受講群の間で有意差は認められなかった( t (138)=-.301, ns )。
2.女子学生の場合
(1)キャリア成熟
①職業キャリア関心性得点(図表12参照)
87
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
まず受講群については、事前調査における平均
値( M =33.47)と事後調査における平均値( M =36.35)
との間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で
有意差が認められた( t (59)=-5.220, p <.001)。す
なわち、事前調査よりも事後調査の方が、この得
点は有意に高くなったといえる。非受講群につい
図表12 職業キャリア関心性得点(女子平均点)
36.5
36
35.5
35
34.5
34
33.5
33
事前
ては、事前調査( M =34.06)と事後調査( M =33.38)の
受講群
間で有意差はみられなかった( t (63)=1.569, ns )。
事後
非受講群
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t
検定の結果、事前調査については有意差はみられないが( t (122)=-.695, ns )、事後調査については、
有意水準1%で有意差が認められた( t (122)=3.558, p <.01)。したがって、受講群の方が非受講群よ
りも有意に高いといえる。
②職業キャリア自律性得点(図表13参照)
まず受講群については、事前調査における平均
値 ( M =34.38)と 事 後調 査に お け る平 均 値( M =35.45)
との間で、 t 検定を行った結果、有意水準5%で有
意差が認められた( t (57)=-2.553, p <.05)。すなわ
ち、事前調査よりも事後調査の方が、この得点は
図表13 職業キャリア自律性得点(女子平均点)
35.6
35.4
35.2
35
34.8
34.6
34.4
34.2
事前
有意に高くなったといえる。非受講群については、
事 前 調 査 ( M =34.83)と事 後調 査 ( M =34.73)の間 で 有
受講群
事後
非受講群
意差はみられなかった( t (62)=.200, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検定の結果、事前調査についても( t (119)=-.581,
ns )、事後調査についても( t (119)=.817, ns )、両群の間に有意差はみられなかった。
③職業キャリア計画性得点(図表14参照)
まず受講群については、事前調査における平均
値 ( M =24.98)と 事 後調 査に お け る平 均 値( M =29.44)
と の 間 で 、 t 検 定 を 行 っ た 結 果 、 有 意 水 準 0.1% で
有意 差 が 認め られ た ( t (58)=-7.507, p <.001)。 す
なわち、事前調査よりも事後調査の方が、この得
点は有意に高くなったといえる。非受講群につい
て は 、 事 前 調 査 ( M =28.56)と 事 後調 査 ( M =28.56)の
図表14 職業キャリア計画性得点(女子平均点)
30
29
28
27
26
25
24
事前
受講群
事後
非受講群
間 で 有 意 差 は み ら れ な か っ た ( t (61)=.000, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検定の結果、事前調査については有意水準1%で有
意差がみられた( t (119)=-3.151, p <.01)。つまり、受講群よりも非受講群の方が、この得点が有意
に高いといえる。しかし、事後調査については、受講群と非受講群の間で有意差は認められなかった
( t (119)=.809, ns )。
④人生キャリア関心性得点(図表15参照)
受講群については、事前調査における平均値( M =32.32)と事後調査における平均値( M =34.34)との間
で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で有意差が認められた( t (58)=-3.940, p <.001)。すなわち、
88
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
事前調査よりも事後調査の方が、この得点は有
図表15 人生キャリア関心性得点(女子平均点)
意に高くなったといえる。非受講群については、
35
事 前 調 査 ( M =33.89)と事 後 調 査 ( M =33.03)の間 で
34
有意差はみられなかった( t (63)=1.498, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、
33
t 検定の結果、事前調査についても( t (121)=-1.
650, ns )、事後調査についても( t (121)=1.373,
ns )、両群の間に有意差はみられなかった。
32
事前
受講群
事後
非受講群
⑤人生キャリア自律性得点(図表16参照)
まず受講群については、事前調査における平
図表16 人生キャリア自律性得点(女子平均点)
均値( M =32.84)と事後調査における平均値( M =34.
35
30)との間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1
34
%で 有 意 差が 認め ら れた ( t (56)=-4.102, p <.00
33
1)。すなわち、事前調査よりも事後調査の方が、
32
事前
この得点は有意に高くなったといえる。非受講
受講群
群については、事前調査( M =34.15)と事後調査( M
事後
非受講群
=33.49)の 間 で 有 意 差 は み ら れ なか っ た ( t (60)=
1.481, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検定の結果、事前調査についても( t (116)=-1.528,
ns )、事後調査についても( t (116)=.871, ns )、両群の間に有意差はみられなかった。
⑥人生キャリア計画性得点(図表17参照)
まず受講群については、事前調査における平
図表17 人生キャリア計画性得点(女子平均点)
均値( M =25.66)と事後調査における平均値( M =29.
30
66)との間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1
29
% で 有 意 差 が 認 め ら れ た ( t (58)=-7.173, p <.00
28
27
1)。すなわち、事前調査よりも事後調査の方が、
26
この得点は有意に高くなったといえる。非受講
25
事前
群については、事前調査( M =28.72)と事後調査( M
受講群
=28.47)の間で有意差はみられなかった( t (63)=.
事後
非受講群
706, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検定の結果、事前調査については有意水準1%で有
意差がみられた( t (121)=-2.851, p <.01)。つまり、受講群よりも非受講群の方が、この得点が有意
に高いといえる。しかし、事後調査については、受講群と非受講群の間で有意差は認められなかった
( t (121)=1.075, ns )。
(2)進路選択に対する自己効力得点(図表18参照)
まず受講群については、事前調査における平均値( M =75.32)と事後調査における平均値( M =83.97)と
89
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
の間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で有
意差が認められた( t (68)=-6.848, p <.001)。すな
図表18 進路選択に対する自己効力得点(女子平均点)
86
わち、事前調査よりも事後調査の方が、この得点
84
は有意に高くなったといえる。非受講群について
82
は、事前調査( M =80.23)と事後調査( M =81.55)の間
80
で有意差はみられなかった( t (64)=-1.549, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t
78
76
74
事前
検定の結果、事前調査については有意水準5%で
受講群
有 意 差 が み ら れた ( t (132)=-2.608, p <.05)。つ
事後
非受講群
まり、受講群よりも非受講群の方が、この得点が
有意に高いといえる。しかし、事後調査については、受講群と非受講群の間で有意差は認められなか
った( t (132)=1.198, ns )。
(3)ソーシャルスキル得点(図表19参照)
受講群については、事前調査における平均値( M
=55.44)と事後調査における平均値( M =59.94)との
間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1%で有意
図表19 ソーシャルスキル得点(女子平均点)
61
60
59
差が認められた( t (70)=-6.337, p <.001)。すなわ
58
ち、事前調査よりも事後調査の方が、この得点は
57
有意に高くなったといえる。非受講群については、
56
55
事前
事前調査( M =58.16)と事後調査( M =59.26)の間で有
受講群
意差はみられなかった( t (61)=-1.632, ns )。
事後
非受講群
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t
検定の結果、事前調査についても( t (131)=-1.769, ns )、事後調査についても( t (131)=.434, ns )、
両群の間に有意差はみられなかった。
(4)自尊感情得点(図表20参照)
まず受講群については、事前調査における平
図表20 自尊感情得点(女子平均点)
均値( M =30.15)と事後調査における平均値( M =32.
33.5
33
32.5
32
31.5
31
30.5
30
92)との間で、 t 検定を行った結果、有意水準0.1
% で 有 意 差 が 認め ら れた ( t (58)=-6.114, p <.00
1)。すなわち、事前調査よりも事後調査の方が、
この得点は有意に高くなったといえる。非受講
群については、事前調査( M =30.68)と事後調査( M
事前
=31.14)の 間 で 有 意 差は み ら れ な か っ た ( t (64)=
受講群
事後
非受講群
-.931, ns )。
また、受講群を非受講群と比較してみると、 t 検定の結果、事前調査についても( t (122)=-.453,
ns )、事後調査についても( t (122)=1.651, ns )、両群の間に有意差はみられなかった。
90
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
3.結果のまとめ
以上の結果をまとめたのが図表21である。この図表を参照にしながら、上記の結果をまとめたい。
(1)事前調査と事後調査との比較
①受講群の場合
まず男子学生についてみると、すべての得点は、事前調査よりも事後調査の方が有意に高くな
っていることがわかる。その有意水準は、「自尊感情得点」については1%であるが、それ以外
はすべて0.1%である。
次に、女子学生についてみると、男子学生と同様の傾向にある。つまり、すべての得点は、事
前調査よりも事後調査の方が有意に高くなっている。その有意水準は、「職業キャリア自律性得
点」については5%であるが、それ以外はすべて0.1%である。
②非受講群の場合
男子学生も女子学生も、いずれの得点においても、事前調査と事後調査の間で有意差が認めら
れなかった。したがって、事前調査と事後調査ではそれらの得点に有意な変化がない、という結
果になった。
(2)受講群と非受講群との比較
①事前調査の場合
男子学生の場合、受講群よりも非受講群の方が有意に得点が高かったのは、「職業キャリア計
画性得点」、
「人生キャリア計画性得点」、および「自尊感情得点」であった。有意水準をみると、
前の2つは0.1%であるが、「自尊感情得点」では5%となっている。
女子学生の場合も男子学生と類似の傾向が見られる。すなわち、受講群よりも非受講群の方が
有意に得点が高かったのは、「職業キャリア計画性得点」、「人生キャリア計画性得点」、および
「進路選択に対する自己効力得点」の3つである。有意水準は、前の2つが1%であるが、「進
路選択に対する自己効力得点」は5%であった。
このように、男子学生の場合も女子学生の場合も、職業キャリアや人生キャリアに関わる「計
画性」得点の4つがいずれも、受講群よりも非受講群の方が有意に高い、という結果になった。
これは、受講群のひとつの特徴を表している。つまり、本授業を受講した学生よりも、受講しな
かった学生の方が、職業キャリアや人生キャリアに関わる「計画性」という側面において、そも
そもそのレディネスが高い、ということである。逆に言えば、他の学生よりも、その計画性があ
まりない学生が本授業を受講した、という特徴を示しているといえる。
また、男子学生の場合には、受講群よりも非受講群の方が、自尊感情得点が有意に高かった。
女子学生の場合には、受講群よりも非受講群の方が、進路選択に対する自己効力得点が有意に高
かった。これらの結果から、相対的に自尊感情が低い男子学生や進路選択に対する自己効力が相
対的に低い女子学生が本授業を受講した、といえる。
②事後調査の場合
男子学生についてみると、多くの場合、受講群の方が非受講群よりも得点が有意に高いという
結果になった。その得点とは、「職業キャリア関心性得点」「職業キャリア自律性得点」「人生キ
ャリア関心性得点」「人生キャリア自律性得点」および「進路選択に対する自己効力得点」の5
つである。これらの得点はいずれも、事前調査において、受講群と非受講群の間で有意差が認め
られなかったものである。したがって、本授業を受講することによって、これらの得点は、受講
しなかった人たちよりも有意に高くなった(上昇した)ということになる。また、事前調査にお
いて非受講群よりも受講群の方が有意に低かった得点が3つあった。それらは「職業キャリア計
画性得点」、「人生キャリア計画性得点」、および「自尊感情得点」である。事後調査においては
その3つすべてにおいて有意差が認められなかった。つまり、受講群のこれら3つの得点はすべ
91
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
て、本授業を受講することによって非受講群と同レベルにまで高まった(上昇した)といえよう。
一方、女子学生については、1つしか有意差が認められなかった。それは、「職業キャリア関
心性得点」であり、受講群の方が非受講群よりも1%の有意水準で有意に高い、といえる。この
得点は、事前調査においては有意差が認められなかったので、本授業を受講することによって、
有意に高まったということになる。また、事前調査において受講群と非受講群との間で有意差が
認められた3つの得点はいずれも、事後調査においては有意差が認められなかった。すなわち、
受講群のこれら3つの得点はすべて、本授業を受講することによって非受講群と同レベルにまで
高まった(上昇した)といえよう。
図表21
分析結果のまとめ
事前調査と事後調査との比較
職業キャリア関心性
受講群と非受講群との比較
受講群の場合
非受講群の場合
事前調査の場合
事後調査の場合
事 前 <<< 事 後
事 前 ---事 後
受 講 群 ---非 受 講 群
受 講 群 >> 非 受 講 群
<<<
---
---
>>>
<<<
---
<<<
---
<<<
---
---
>>>
<<<
---
---
>>
<<<
---
<<<
---
<<<
---
---
>
<<<
---
---
---
<<
---
<
---
<<<
---
---
>>
<
---
---
---
<<<
---
<<
---
<<<
---
---
---
<<<
---
---
---
<<<
---
<<
---
<<<
---
<
---
<<<
---
---
---
<<<
---
---
---
得点
職業キャリア自律性
得点
職業キャリア計画性
男 得点
人生キャリア関心性
子 得点
人生キャリア自律性
学
得点
人生キャリア計画性
生
得点
進路選択に対する
自己効力得点
ソーシャルスキル
得点
自尊感情得点
職業キャリア関心性
得点
職業キャリア自律性
得点
職業キャリア計画性
女 得点
人生キャリア関心性
子 得点
人生キャリア自律性
学 得点
人生キャリア計画性
生 得点
進路選択に対する
自己効力得点
ソーシャルスキル
得点
自尊感情得点
(注1)「<」の数は次の有意水準を表している。3個: p <.001, 2個: p <.01, 1個: p <.05,
(注2)「---」: ns
92
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
まとめ
本研究では、松井(2008)が構築したキャリア教育プログラムを大学生を対象に実践し、その効果
を測定した。その際、1)キャリア成熟以外の変数も含め、2)同一サンプルを繰り返し測定し、さらに、
3)受講している学生(受講群)と受講していない学生(非受講群)とが比較できるように調査を工夫
した。その分析結果から、以下の点が明らかになった。
①最も大きな効果は、男子学生も女子学生も、受講することによって、「職業キャリア・レディネ
ス」の3側面、「人生キャリア・レディネス」の3側面、および「進路選択に対する自己効力」、
「ソーシャルスキル」、「自尊感情」のすべてが有意に高まっていることである。つまり、本プ
ログラムの効果は、男子学生にも女子学生にも同じようにあらわれているといえる。
②受講した学生は、受講しなかった学生よりも、職業キャリアや人生キャリアに関わる「計画性」
という側面において、そもそもそのレディネスが低い、ということが男女ともに明らかになった。
つまり、職業キャリアや人生キャリアに対する計画性が相対的に低い男子学生や女子学生が本授
業を受講した、という受講群の特徴が判明した。
③男子学生についていえば、職業キャリアと人生キャリアの「関心性」「自律性」の両側面(計4
側面)、および「進路選択に対する自己効力」はいずれも、本授業を受講した学生は、受講しな
かった学生よりも有意に高くなったということが明らかになった。また、受講群が受講する前は
非受講群よりも有意に低かった3側面、つまり職業キャリアと人生キャリアの「計画性」、およ
び「自尊感情」については、受講群は、本授業を受講することによって、受講後は非受講群と同
レベルにまで高まった。
④女子学生の場合、受講群の「職業キャリア関心性」は、受講後、非受講群よりも有意に高くなっ
た。また、職業キャリアと人生キャリアの「計画性」と「進路選択に対する自己効力」について
みると、受講後、受講群のこれら3つはすべて非受講群と同レベルにまで高まったことが明らか
になった。
今後に残された課題としては、上記のような効果がどの程度持続(定着)するのか、受講生のその
後の状況を把握すること、および、受講生の状況(キャリア・レディネスの程度など)によって本プ
ログラムの効果が異なるのかどうかなどを明らかにすることが挙げられる。
(文献)
◇菊池章夫(1988)『思いやりを科学する--向社会的行動の心理とスキル』
川島書店
◇松井賢二(2008)「大学におけるキャリア教育プログラムの実践とその効果」『教育実践総合研究』
(新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要)7, 123-140.
◇三川俊樹(2008)「大学におけるキャリア教育--3年間の『キャリアデザイン論』(選択科目)を振
り返って」『追手門学院大学教育研究所紀要』26, 43-63.
◇森山廣美(2007)「大学におけるキャリア教育--その必要性と効果測定の視座から」『四天王寺
国際仏教大学紀要』44, 309-319.
◇Rosenberg, M.(1965) Society and adolescent self image .
Princeton: Princeton University
Press.
◇坂柳恒夫(1996)「大学生のキャリア成熟に関する研究--キャリア・レディネス(CRS)の信
頼性と妥当性の検討」『愛知教育大学教科教育センター研究報告』20、9-18.
◇浦上昌則(1995)「学生の進路選択に対する自己効力に関する研究」『名古屋大学教育学部紀要』
42, 115-125.
◇山本真理子・松井豊・山成由紀子(1982)「認知された自己の諸側面の構造」『教育心理学研究』
30, 64-68.
(平成21年3月23日受理)
93
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
授業事例「平面図形」の活動理論を用いた検討
-数学的リテラシーの諸様相 (3)-
神林信之
Examined a clinical case using Engeström's activity theory
- Aspects of mathematical literacy (3)-
Nobuyuki KAMBAYASHI
教育学部附属教育実践総合センター
1
はじめに
こ の よ う に , わ が 国 の 先 行 研 究 で ,「 数 学 的
価 値 の 具 体 的 な 実 現 」 と 「 数 学 的 リ テ ラ シー の
(1) 数学的価値と数学的リテラシー
育 成 」 は そ れ ぞ れ で 研 究 さ れ て き て お り ,両 者
現 在 , わ が 国 で , 学 習 者 の , 単 な る 学 力低 下
の 区 別 や 関 係 の 問 題 に つ い て は , 十 分 に 明ら か
で は な い , 学 校 か ら の 根 深 い 逃 避 傾 向 が 現れ て
きていることが指摘されている
にされてきたとはいえない。
(1)
。
こ の 小 論 で は , 数 学 的 価 値 の 実 現 と 数 学的 リ
数 学 的 リ テ ラ シ ー や 数 学 科 学 力 の 現 状 につ い
テ ラ シ ー の 育 成 の 関 係 に つ い て 事 例 的 に 考察 す
て見ると,PISA 調査結果や TIMSS 調査結果に
る こ と を 通 し て , 今 後 の 数 学 科 カ リ キ ュ ラム 開
お い て ,「 学 習 者 の 到 達 度 の 低 下 と 二 極 化 」 お
発や授業実践への知見を得ることを目標にする。
よ び 「 学 習 者 の 数 学 の 学 び へ の 積 極 性 の 低さ 」
を読み取ることができる ( 2)。筆者は,これらの
(2) 事例考察の方法
事 実 の 原 因 の 一 つ が , わ が 国 の 数 学 科 授 業で 数
中 学 校 1 年 の あ る ク ラ ス に お け る 平 面 図形 の
学 的 価 値 が 具 体 的 に 実 現 で き て い な い こ とで あ
授業を取り上げ,ケース・スタディを行う。1988
ると仮説的に捉えている。
年 7 月に行われた「平面図形」の授業で,その
は,授業において教師が生徒
対象は新潟大学教育学部附属新潟中学校 1 年生
に 対 し て ど の よ う な 方 法 で 数 学 的 価 値 を 示唆 し
1クラス(全 44 人),授業者は神林信之である。
岸 本 (2005)
(3)
(4)
は,
こ の 授 業 は ,「 学 習 の 仕 方 を 習 得 さ せ る 教 材 ・
知 識 の 習 得 場 面 に お い て 数 学 的 価 値 の 具 体的 な
発問・指示」の在り方を探る学校研究 (8) の一環
実 現 を 図 る , 即 ち , 実 感 の あ る 納 得 を 促 す教 材
と し て 行 わ れ た も の で , 数 学 的 価 値 と 数 学的 リ
構 成 の 方 略 に つ い て 授 業 実 践 を 通 し て 提 案し て
テ ラ シ ー の 区 別 や 関 係 に つ い て 検 討 す る 材料 に
い る 。 た だ し , こ れ ら は , 授 業 に お け る 数学 的
なると考えた。
て い る か を 検 討 し て い る 。 神 林 (2005)
価 値 が ど の よ う に 実 現 さ れ る か に 焦 点 を 当て た
授 業 の 検 討 分 析 に 当 た っ て , エ ン ゲ ス トロ ー
も の で あ り , 数 学 的 価 値 と 数 学 的 リ テ ラ シー の
ムの活動理論(9)を拠り所に,三角形のモデル(水
区別や関係の問題については触れていない。
平 的 次 元 ) と 螺 旋 状 の モ デ ル ( 垂 直 的 次 元) を
(5)
一方,阿部(2004)
(7)
(6)
,横(2005)
,西村(2006)
援 用 す る こ と と す る 。 そ れ は , 従 来 の 「 目標 」
等は,数学的リテラシーの育成に向けて教材
「 内 容 」「 方 法 」 と い う 観 点 か ら の 授 業 検 討 分
の 開 発 と 学 習 の 提 案 を し て い る 。 た だ し ,こ れ
析 に 加 え て ,「 道 具 」「 共 同 体 」「 内 的 矛 盾 」 と
ら の 研 究 に お い て , 数 学 的 価 値 の 具 体 的 な実 現
い う 観 点 か ら の 授 業 検 討 分 析 を 行 う こ と が, 学
と い っ た 観 点 か ら の 検 討 は 必 ず し も 行 わ れて い
習 者 の 学 び の 内 面 を 捉 え る の に 有 効 に 働 くと 考
ない。
えたからである。
95
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
2
ケース・スタディ
②垂直的(縦断的,通時的,時間的)次元
(1) 題材
1年「平面図形」-三角形がきまる条件-
(2) 指導の構想
活動2:
強化,反省
授 業 者 に よ れ ば , 本 題 材 で は , 基 本 的 な図 形
活動1:
欲求
の作図ができるとともに,それが正しいことを,
三 角 形 が き ま る 条 件 を 基 に 説 明 で き る よ うに な
適用,一般化:
転換2
ることに意義がある。
附 属 新 潟 中 学 校 で は 3 年 間 の 数 学 科 年 間指 導
ダブルバインド:
分析,転換1
計画に「課題を解決するときに働く知識や技能」
として,例えば,「対比する」「関係づける」「異
スプリングボード
対象,動機の構成:
道具のモデル化
例 ,類 例,反 例を挙 げる」「仮定す る」「特殊化
す る 」 な ど を 意 図 的 に 位 置 付 け て い る 。 本題 材
で 授 業 者 は , 教 材 の 特 性 に 応 じ て ,「 観 点 を 定
註)「活動1:欲求状態」の段階:第一の矛盾:
めて場合を尽くす」を取り上げている。
写し取りまたは移動による合同な三角形のかき方 vs
本 時 で は , 三 角 形 の 構 成 要 素 ( 辺 と 角 )に 観
点 を 定 め , 三 角 形 が き ま る か ど う か に つ いて 場
三角形の構成要素に着目したかき方
合 を 尽 く し て 調 べ る 活 動 を 重 視 す る 。 そ して ,
「ダブルバインド:分析,転換1」の段階:
場 合を 尽 く し て調 べ た <辺 - 角 -辺 > と条 件変
第二の矛盾:既にわかること vs 新しい学習内容
更した <角-辺-辺> とを比較することを通し
スプリングボード:教具を用いた具体的操作活動
て,<角-辺-辺> についても場合を尽くして調
「対象/動機の構成:道具のモデル化」の段階:
べ , 必 ず し も 一 つ に き ま ら な い こ と を 見 いだ さ
観点を定めて場合を尽くす
せていく。
「適用,一般化:転換2」の段階:
本 題 材 の 時 間 配 当 ( 全 11 時 間 ) は 次 の と お
第三の矛盾:辺-角-辺 vs 角-辺-辺
りである。
・三角形がきまる条件
4時間(本時3/4)
・四,五角形がきまる条件
・点の集合と図形
・基本の作図
図2「三角形がきまる条件」の授業における
最近接発達領域の段階構造(神林,2007)
2時間
2時間
3時間
(4) 授業展開の概要と考察
本時の授業を,「活動1:欲求状態」の段階,
(3) 学習活動の構造
「ダブルバインド:分析,転換1」の段階,「対
象/動機の構成:道具のモデル化」の段階,「適
①水平的(横断的,共時的,空間的)次元
用 , 一 般 化 : 転 換 2 」 の 段 階 に 分 け て そ の概 要
と考察を記す。なお,その際に授業者を T で表
し , 生 徒 を S1, S2, …
技術的ツール:教具(TPシート,画鋲),定規
心理的ツール:既習の三角形のかき方,観点を
定めて場合を尽くす調べ方
とラベル付けして区
別して表す。
①「活動1:欲求状態」の段階
1年生の生徒
三角形がきまる条件
授 業 者 は , 5 年 時 の 既 習 内 容 を 想 起 さ せ三 角
形 の 構 成 要 素 へ の 着 目 を 促 す た め に , 前 々時 に
図 形 の 移 動 に よ る 作 図 を 位 置 付 け た 。 与 えら れ
た 三 角 形 を , 平 行 移 動 , 回 転 移 動 , 対 称 移動 さ
学級
せ た 三 角 形 を 作 図 さ せ , こ れ ら は , 辺 や 角な ど
図1「三角形がきまる条件」の学習活動の構造
(神林,2007)
三 角 形 の 構 成 要 素 に よ ら な い 合 同 な 三 角 形の か
き方であることを確認した。
96
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
S4
そ の あ と で 授 業 者 は , 既 習 内 容 を 想 起 させ ,
三 角 形 の 構 成 要 素 に 着 目 さ せ る た め , 次 の図 を
S3 さんとほとんど同じだ。まず 11cm を引
き,37 °をとる。BからCの直線をずーっと伸
提示し,発問した。
ばしておく。それからAの点から定規で,ちょ
うど 13cm
A
113 °
11cm
S5
30 °
20cm
S4 君と同じように考えた。S1 君が 20cm とか
言ったけ ど,わか っているの は 37 ° , 11cm,
13cm
37 °
B
になる所にあてて線を引けばよい。
13cm だけだ。
C
・OHPに映し,13cm の線分を図のように動かし
てみせる。
A
<発問>写し取 ったり移 動したりしないで△
13cm
ABC と合同な三角形をかきたい。どんな方法が
11cm
37 °
あ り ま し た か 。 具 体 的 な 数 値 を 挙 げ て 説 明し な
さい。
・現時点での考えを挙手により確かめた。
前 時 , 生 徒 は 既 習 内 容 を 想 起 し , 合 同 な三 角
きまる
形 の か き 方 を す べ て 挙 げ て い っ た 。 そ の 際に ,
…
わからない
「113 °- 37 °- 30 °(3角)」という意見が
S6
出 さ れ た が , 一 つ に 定 ま ら な い と い う 説 明に 全
…
2 人,
1 人,であった。
…
(前に出て)もとの三角形は関係ない。下
図の場合ができるのできまらない。
員 合 意 し た 。 こ こ で 授 業 者 は ,「 き ま る 」 と い
A
う 言 葉 を ,「 誰 が か い て も , 形 , 大 き さ が 一 通
りになること」と定義した。
11cm
37 °
②「ダブルバインド:分析,転換1」の段階
既習内容,辺-角-辺
41 人,きまらない
13cm
を 条 件 変 更 し て新 た
な問題を作る。
S8
それは,角-辺-辺
S7
きまるという人は,どんな順番に図形をか
にならない。
こうと思っているのか。
37 °- 11 - 13
<発問1>
S9
で三角形はきまり
S10 最初きまらないと思った。37 °,11cm,13
ますか。
S1
できないと思う。理由はまず 37 °を測って
11cm を引いたとして
なる。
………
cm の順にとるときまる。
・この時点では S9 と同じ考えであった者が 14 人,
あっ,なるな。
37 °を測って 11cm を 測り 13cm もと
S10 と同じ考えをした者は 25 人いた。
S7(前に出て)下図の場合,13cm は とれないから,
ると,20cm,113 °,30 °もできると思うから。
S2
11cm,37 °,13cm の順にとった。
僕はかけないと思う。11cm を 引いて 37 °を
きまらない。
かいて考えたとしても,点AとCが結べないか
A
らだ。
S3
11cm
(前に出て)始めに線を引いておいて,
37 °
37 °,11cm をとり,コンパスで 13cm を 測ると
かける。
S11 それは S7 君が,一番下の線を短くしてかけ
A
ないようにしているからだ。
11cm
S7 一番下の線は,短くても長くてもよい。
37 °
S1
S11 その長さはわからない。だから思い切り長く
しておけばよい。
20cm,11cm を測り,37 °をとると確実にか
S12
ける。
T
( 前に出て)見えない線があると思ってい
い。三角形にするんだから,くっつかなくて
20cm は 測っていいのか。
はいけない。図 b のようなことはありえない。
S1 あっ,そうか。
必ず図 a のようになる。
97
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
S15 S14 君 と同じだ。
図a
11cm
13cm
全員が S14,S15 に同意した。S14,S15 のよ
37 °
う な 発 言 が で る の は , 条 件 変 更 の 前 に 辺 -角 -
辺
図b
11cm
に つ い て 場 合 を 尽 く し , き ま る と 判 断し た
こ と が , 既 習 内 容 と し て 引 き 出 さ れ た か らだ と
13cm
考える。発問2の後すぐに S13 のような反応を
し た 生 徒 が 数 人 見 られ た 。 これ は , 37 ° - 11
37 °
- 13 で き ま っ た た め , 角 - 辺 - 辺
S7 そうか。
はすべて
き ま る だ ろ う と 考 え た た め で あ る 。 前 時 に場 合
を 尽 く し た , 辺 - 辺 - 辺 , 辺 - 角 - 辺 , 角- 辺
授 業 者 は S7 の 疑 問 を 評 価 し た 後 , 次 のよ う
- 角 , の ど れ も そ の 例 の 中 に は , き ま ら ない 場
に板書する。
合 が 一 つ も な い 。 そ の こ と か ら , 角 - 辺 -辺
37 °- 11 - 13(きまる)
でもそうだろうと予想を立てていると思われる。
こ の 「 ダ ブ ル バ イ ン ド : 分 析 , 転 換 1 」( 既
習内容,辺-角-辺
ここで授業者はすぐに S14 を指名しているが,
を 条 件 変 更 し て 新 たな 問
ここではその前に S13 にそう判断した理由を聞
題 を 作 る ) 段 階 に つ い て ,「 共 同 体 」 と い う 観
く必要があった。
点 で 見 る と , 生 徒 は 教 師 の 働 き 掛 け や 互 いの 問
机を班の形にさせる。教具を全員に配付する。
い 合 い を 通 し て , そ れ ぞ れ の 考 え の 妥 当 性を 検
討 し て い る 。 そ し て 学 級 全 体 で の 合 意 形 成に 至
っ た 。 ② の ス タ ー ト 時 点 で 「 違 う 考 え の 人が い
<指 示 1 >
る 。 ど う し て そ う な る の だ ろ う か 」 等 の 意識 を
のすべ
てについて調べなさい。
持 っ て い た 生 徒 も , ② の 終 わ り の 時 点 で は「 ○
<S11 の班の活動>
○ さ ん の 説 明 で 納 得 で き た 」「 み ん な で 話 し 合
S11(教具を使って,きまるかどうか調べ始める)
っ て 解 決 で き た 」 な ど の 意 識 に 変 容 し て いっ た
30 °- 13 - 11 はだめだ。(きまらない)
ことが推察される。
次,
37 °- 20 - 13 これもだめだ。(画鋲を厚紙の
また,「 内的 矛盾」「道具 」の観 点で見る と,
教師の働き掛け(角-辺-辺
教具を使って,角-辺-辺
裏から刺し,TPシートにかかれた線分を回転
で き ま る 一例 か
させ,30 °- 20 - 11 となる三角形が2つある
ら の 提 示 等 ) に よ り , 生 徒 の 知 的 好 奇 心 が誘 発
ことを見いだしている。)
さ れ て い る こ と が 分 か る 。 た だ , 角 - 辺 -辺
に つ い て 調 べ る 際 に , 長 さ の 定 ま っ て い ない 線
を点線で表すなどして,辺-角-辺
と の違 い
11cm
をより明確につかませる必要があった。
11cm
13cm
37 °
③ 「 対 象 / 動 機 の 構 成 : 道 具 の モ デ ル 化 」の 段
S3 (隣の S11 に)はじめに長い辺がきたとき,
階
変な現象ができる。
角-辺-辺
が 全 部 で 六 通 り あ る こ と に気 付
S11 なるほど。
き,場合を尽くして調べる。
S3 (向かいの S14 に)はじめに短いのがくると
きは,変な現象は起きない。
<発問2>
角-辺-辺
で三角形はきまると
S11 113 ° - 11 - 20 はきまる。
言ってよいですか。
S14
S13 はい。
( 机間巡視で近くに来たTに説明する)図ア
の場合きまらないが,図イの場合きまる。
S14 まだわからない。他に5つある。それは,
37 °- 20 - 13,30 °- 13 - 11,30 °- 20
- 11,113 °- 11 - 20,113 °- 13 - 20
図ア
で
辺(長)
ある。
角
98
辺(短)
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
こ こ で 授 業 者 は , 本 時 の ま と め と し て 次の こ
とを確認した。
図イ
辺(短)
角
辺(長)
板書内容
S11 3つできて3つできない。
辺-角-辺
で三角形はいつでもきまるが,
角-辺-辺
はきまるとは限らない。
S11, S5 ら の作業の様子や発言から,場合を
<S5 の活動>
S5 (37 °- 20 - 13 から始める。隣の S16 の
尽 く し た 具 体 的 操 作 活 動 を 通 し て , そ れ まで 気
発言で交点が2つできることに気付く。)一本
付 か な か っ た 新 た な 数 理 を 仲 間 と と も に 実感 の
やられてしまった!(30 °- 13 - 11 を調べる。
あ る 納 得 を 伴 い な が ら 見 い だ し て い る こ とが 伺
交点が2つできる。残りの3つも調べ全部で6
える。S11, S5 を はじめとする生徒たちのこの
つのうちきまるのは3つで,きまらないのが3
よ う な 姿 は , 学 習 内 容 の 本 来 的 価 値 を 意 味を 持
つあることを見いだしていった。)
って受け取っている姿であり,授業者の捉える,
数 学 的 価 値 が 具 体 的 に 実 現 さ れ た 様 相 で ある と
生 徒 は 意 欲 的 に 具 体 的 操 作 活 動 に 取 り 組ん で
言える。
い た 。 そ し て , 三 角 形 が 2 つ で き る 場 合 の2 つ
S14, S3 の ように,辺の長短の関係に着目し
の 交 点 に つ い て 44 人 全 員 が 発 見 で き て い た 。
て 規 則 性 を 見 つ け た 生 徒 が 約 10 人 い た 。 角 -
授 業 後 , 授 業 者 は , 全 員 に 発 見 を 促 す こ とが で
辺-辺
きた要因として次の2つを挙げている。一つは,
い だ し た と 言 え る 。 場 合 を 尽 く し て 調 べ るこ と
「 か け る か 」 で な く 「 き ま る か 」 と い う 観点 で
により新たな数理が見つけられた例である。
の う ち , き ま る 場 合 に 共 通 な 数 理を 見
調 べ た こ と で あ る 。 そ し て も う 一 つ は , 自由 に
回 転 で き , コ ン パ ス の 作 図 で は 見 え な い 線が 見
⑤
えるなど,教具が有効に働いたことである。
全体を通して
授 業 者 は , 日 々 の 授 業 を 通 し て , 限 ら れた 事
生 徒 の 発 言 , 表 情 , 作 業 の 様 子 な ど か ら, 先
実 の 中 だ け の 追 求 に 終 わ り が ち で あ る と いう 生
の ② 「 ダ ブ ル バ イ ン ド : 分 析 , 転 換 1 」( 既 習
徒 の 問 題 点 を 捉 え , 課 題 解 決 の 際 に 観 点 を定 め
内容,辺-角-辺
て場合を尽くすことを重視した教材構成をした。
を 条 件 変 更 し て 新 た な問 題
を作る)段階で,角-辺-辺
で き ま る 一例 か
「 ダ ブ ル バ イ ン ド 」 に あ た る 段 階 で は , 角- 辺
ら 提 示 し て 生 徒 の 知 的 好 奇 心 を 喚 起 し た こと に
- 辺 で き ま る 一 例 か ら 提 示 す る こ と に よ り生 徒
加えて,発問2,指示 1 を講じたことが,場合
の 知 的 好 奇 心 を 喚 起 し , 場 合 を つ く す こ とへ の
を 尽 く す こ と へ の 問 題 意 識 を 誘 発 し た こ とが 捉
問 題 意 識 を 誘 発 し て い る 。 そ の 結 果 , そ れが ,
えられた。
「 対 象 / 動 機 の 構 成 」 の 段 階 で の 課 題 解 決の 手
だ て と し て の 心 理 的 ツ ー ル と な り , 実 感 のあ る
④「適用,一般化:転換2」の段階
納 得 ( 数 学 的 価 値 の 具 体 的 な 実 現 ) に つ なが っ
15 分後,具体的操作活動を打ち切り,調べた
っ た 。 つ ま り , 心 理 的 ツ ー ル が 価 値 づ く りと し
結果を発表させ,次のように板書した。
ての役割を担っている。
一 方 , 今 後 , 新 た な 場 面 や 異 な る 領 域 でこ の
ツ ー ル の 有 効 性 が 実 感 さ れ る こ と に よ り ,そ れ
板書内容
二つの辺と一つの角
辺-角-辺(きまる)
角-辺-辺(
)
条件変更
11 - 37 °- 20(きまる)
37 °- 11 - 13(きまる)
20 - 30 °- 13(きまる)
37 °- 20 - 13( きまらない )
11 - 113 °- 13(きまる) 30 °- 13 - 11( きまらない )
30 °- 20 - 11( きまらない )
113 °- 11 - 20(きまる)
113 °- 13 - 20(きまる)
が 数 学 的 リ テ ラ シ ー と し て の 心 理 的 ツ ー ルと し
て 学 習 者 に 獲 得 さ れ て い く こ と を 授 業 者 は期 待
し,年間指導計画を作成している。
こ の よ う に 考 え る と , 課 題 解 決 の 際 に 使わ れ
た 知 識 や 技 能 に は , 数 学 的 価 値 を 具 体 的 に実 現
す る と い う 側 面 が あ る と と も に , 数 学 的 価値 の
具 体 的 な 実 現 を 通 し て 獲 得 さ れ る と い う 側面 が
あることになる。
99
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
3
4)神 林信之.「学び 続け る力を育成する授業-
考察を通して示唆されること
知 識 の 習 得 場 面 を 中 心 と し て - 」. 日 本 数 学
教育学会第 38 回数学教育論文発表会論文集.
数 学 的 価 値 と 数 学 的 リ テ ラ シ ー の 間 に は, い
2005.pp.7-12.
わ ば 往 復 運 動 的 な 相 互 関 係 が あ り , 数 学 的リ テ
5)阿 部好貴.「数学 的リ テラシーの育成に関す
ラ シ ー の 育 成 に は 数 学 的 価 値 の 具 体 的 な 実現 の
積み重ねが必要である。
る 研 究 (Ⅲ )- 教 材 の 開 発 と 学 習 の 提 案 - 」.
日 本 数 学 教 育 学 会 第 37 回 数 学 教 育 論 文 発 表
そ し て , そ の た め の 授 業 構 想 で は , 垂 直的 次
元 の 螺 旋 状 の モ デ ル に お け る 「 対 象 / 動 機の 構
会論文集.2004.pp.211-216.
成 」 の 段 階 で の 「 ス プ リ ン グ ボ ー ド 」 の 見い だ
6)横 弥直浩.「数学 的リ テラシーの育成と数学
さ せ 方 や , そ こ に 至 る 「 ダ ブ ル バ イ ン ド 」の 組
的 活 動 に つ い て の 考 察 」. 日 本 数 学 教 育 学 会
織の仕方が特に重要となる。
第 38 回 数 学 教 育 論 文 発 表 会 論 文 集 . 2005.
pp.193-198.
(本稿は,平成 19 年 11 月 4 日に東京理科大学で行われた
7)西 村圭一.「数学 的リ テラシーを育成するた
日本数学教育学会第 40 回数学教育論文発表会における発表
めの教材の開発- PISA 調査をふまえて-」.
「価値づくりとしてのリテラシー」の一部に加筆し,整理
日本数学教育学会誌第 88 巻第 1 号.2006.
8)新 潟大学 教育 学部附 属新潟中学校.「学ぶ意
したものである。)
志 を 育 てる 教 育 の過 程 (第 4 年 次 )- 学 習の 仕
【引用・参考文献】
方を習得させる教材・発問・指示-」.1988.
pp.43-54.
1)佐 藤
9)ユ ーリア ・エ ンゲス トローム.『拡張による
学 .『「 学 び 」 か ら 逃 走 す る 子 ど も た
ち』.岩波ブックレット№ 524.岩波書店.
学習』.新曜社.1999.
2000.pp.9-14.
10)齋 藤
2)金 子 忠 雄 ・ 井 口 浩 ・ 風 間 寛 司 ・ 星 野 将 直 ・
勉 .『 授 業 批 評 の 力 を 鍛 え る 』. 明 治
図書.2007.pp.101-104.
11)中村恵 子.「 構成主 義の 教育学研究-教育活
神林信之ほか.
「近未来の数学科授業を探る」.
動 へ の 構 成 主 義 的 ア プ ロ ー チ - 」. 新 潟 大 学
数学教育フォーラムQDD報告書.2007.
3)岸本 忠之.「数学 の授 業における数学的価値
大 学院 現 代 社会 文化研 究科学 位論 文.2005.
の形成」.日本科学教育学会研究会研究報告.
(平成 21 年 3 月 23 日受理)
日本科学教育学会.2005.pp.25-30.
100
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
試した表し方を整理した「評価事例」を用いて,
つくりたい作品をつくる子どもの育成に関する研究
Studies on bringing up pupils making an exhibit on the basis of “evaluation
standards for pupils” of methods for expressing
磯部
征尊
Masataka Isobe
新潟大学教育学部附属新潟小学校
1
問題の所在と本研究の目的
現在,社会の国際化とともに児童・生徒を取り巻く地域社会においても,技術(Technology)の影
響が急速に浸透・変化を続けている。すべての国民が,技術(Technology)を適切かつ安全に活用す
るためには,中学校技術・家庭科技術分野のみの実施で学ぶ知識や技能から,小・中・高一貫して学
習しながら将来の技術(Technology)の発展に対応するための基礎となる生涯学習能力をはぐくむ必
要がある。新学習指導要領及び,ものづくり基盤技術振興基本法(平成 11 年施行)においても,「も
のづくり教育」の必要性が提言されているように,小中一貫した技術教育課程に関する開発研究や教
育実践研究の積み上げが喫緊の課題である。
日本の普通教育としての「ものづくり教育」「技術教育」における教育課程基準の組織的な先行 研
究は,管見の限り,日本教職員組合(1976)( 1 ) が報告した「中央教育課程検討委員会報告
(2)
改革試案」及び,技術教育研究会(1995)
教育課程
がまとめた「すべての学習者・青年に技術教育を」,日
本産業技術教育学会(1999)( 3 ) が提案した「21 世紀の技術教育-技術教育の理念と社会的役割とは
何か
そのための教育課程の構造はどうあるべきか-」である。近年の技術教育課程に関わる開発研
究としては,東京都三鷹市立における小中一貫した「工作・技術」教科の教育実践研究(鹿嶋,2007)
(4)
及び,東京都大田区矢口小学校,同区立安方中学校,同区立蒲田中学校の3校(以下,大田区3
校)における「これからの社会を生きていくために必要な技術的素養の育成を重視する新教科
(Technology Education)の教育課程等の開発」
(山崎,2006,2007,2008)( 5 ) ~ ( 7 ),新潟県三条市立
長沢小学校・同市立荒沢小学校・同市立下田中学校(以下,三条市3校,長沢小学校・荒沢小学校と
下田中学とは同一学区)による「持続可能な社会に必要な『技術的活用能力(技術的リテラシー)』
『キ
ャリア発達能力』『エネルギー・環境活用能力』を育むため,小・中学校を一貫した新教科『ものづ
くり科』の教育課程及び評価方法等の研究開発」( 8 ) があ る。しかし,小・中学校を一貫した新教科
(Technology Education)の教育課程開発に関する先行研究は,管見の限り大田区3校と三条市3校の
2事例のみである。大田区3校と三条市3校は,技術的な課題や問題解決力,工夫・創造力などの学
ぶ力としての「創成力(designing / design process)」を,短期間や1回のテストで○×判定したり,数
値で評定したりするよりも,9カ年間の義務教育の長いスパンにわたって学習者の発達の学習指導・
支援を図っている。「技術科の『ものづくり』の領域は,科学技術とのかかわりが大きく,単に図画
工作科のみならず,算数や理科等の教科で培う力も大いに必要となる(土井・安田,2007;p.102)」9 )
と指摘されるように,図画工作科や理科,算数科のねらいを吟味しつつ,「ものづくり教育」を図 画
工作科や理科,算数科に導入し,図画工作科・算数・数学と科学技術知を「繋ぐ」教育実践の構築が
101
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
今後必要である。
そこで,次節以降,「ものづくり教育」を取り入れた図画工作科の教育実践を通じて,当校が目 指
す子どもの姿を探究することを研究目的とする。
2
目指す子どもの姿
(1) はじめに
大田区3校と三条市3校が着目する「創成力」や3つの能力(「技術的活用能力」「キャリア発達能
力」「エネルギー・環境活用能力」)は,思考力や判断力などの高次の技能に相当する。これら2校で
は,このような高次の技能を系統化した評価基準の基本的な考え方として,スタンダード準拠評価を
取り入れている。スタンダード準拠評価は,生徒の学習のレベル(基礎的なレベルから高度なレベル
まで)を判断するための,「言語表現による評価基準の記述と,各レベルに該当する生徒の作品を集
めた事例集(鈴木,2008;p.56)」( 10) を用いて,評価基準の理解を図る方法である。図画工作科の場
合も同様に,「発想・構想」「創造的な技能」の2観点は,学習者たちの作品からだけでは評価するこ
とが困難な高次の技能である。指導要領や指導書を参照しても,具体的な評価事例は示されていない。
そこで本研究では,学習者の「発想・構想」「創造的な技能」を評価するために,「スタンダード準拠
評価」を用いた教育実践研究により,実際の生徒の作品に基づく「評価事例」をデザインすることが
必要であると考えた。
(2) 目指す子どもの姿及び,研究方法
本研究では,第1学年において,つくりたい作品に合った表し方を選び,作品づくりのできる子ど
もの姿を目指す。表し方とは,例えば,
「車輪の大きさの変え方(タイヤを大きくする・小さくする)」
のように,変更可能な部分の材料を変えてつくることである。「つくりたい作品に合った表し方を 選
ぶ」とは,アイデアスケッチに描いた作品に近付けるために,作品に合った表し方を取捨選択するこ
とである。
これまで,教師は,作品づくりに必要な表し方を提示し,つくらせてきた。しかし,表し方を提示
しただけでは,子どもに必要感をもたせることは困難であった。なぜなら,提示された表し方を十分
に試していないため,表し方が作品に合うのかどうかが分からない状態であったからである。そのた
めに,自分の表し方にこだわる姿や,作品に合う表し方を選ぶことができない姿が見られた。
そこで,子どもがつくりたい作品に合った表し方を選び,作品を完成させることができるようにな
るために,二つの手立てを用いる。一つ目は,変更可能な部分を限定した教材を提示し,表し方の特
徴を問うことである。容易に気付かせるために,変更可能な部分を限定した教材提示である。二つ目
は,試しの活動を行い,気付いた表し方を整理し,共有させることである。つくりたい作品に合った
表し方を選び,作品を完成させることができた子どもは,別の作品をつくる場面でも,その作品に合
った表し方を選んで完成させることができる。
3
想定した見方や考え方に変容させ,目指す子どもの姿にするための指導の構想
(1) 見方や考え方を変容させ,知識や技能を身に付ける過程
①
変更可能な部分を限定した教材を提示し,試しの活動をさせる
子どもに身に付けさせたい表し方に必要感を感じて,作品づくりの際に表し方を選択できるように,
次のような働き掛けを構成する。まず,教師が変更可能な部分を限定した教材を複数提示し,試しの
活動を行わせる。その教材は,教師がつくったものであり,獲得してほしい表し方が包含されている。
102
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
子どもは提示された教材を模倣した作品をつくったり,使う材料を変えた作品をつくったりする。こ
のような試しの活動を通して,提示された教材に含まれる表し方の特徴に気付いたり,全く新しい表
し方やその特徴を見付けたりする。しかし,子どもはその表し方の特徴を具体的に把握しているわけ
ではなく,何となくその表し方の特徴を感じている状態である。
②
各自の試作品を持ち寄らせ,形や色の視点毎に分類させる
子どもが試した試作品を持ち寄らせる。表し方の特徴に気付かせるためである。最初に,教師が色
と形の二つの視点を提示し,自分の試作品には,どちらの特徴があるのかを問う。例えば,子どもと,
試作品の特徴を表1のようにまとめる。
表1.評価事例の例
材料や形の変え方とその特徴
獲得してほ 視点
しい表し方 形 ・長さの同じテープを重ねると,花びらや珊瑚のように見える
・長さの異なるテープを重ねると,大きな羽のように見える
【例】
重ね方
色 ・青色のテープをたくさん重ねると,海の波のように見える
例えば,
のような表し方をすると,「花びらや珊瑚のように見える」という特徴を表すこ と
ができるというように考える。このように試した表し方を整理した表を「評価事例」と呼ぶ。
③
すべての表し方を試させ,つくりたい作品に合った表し方を選択させる
評価事例として整理した段階では,すべての子どもが,この表し方を試しているわけではない。ま
た,子どもの中には,試しただけで表し方の特徴を自覚していない子どももいる。そこで,評価事例
にまとめられたすべての表し方を子どもに試させる。このように学習集団で試した表し方の特徴を整
理し,再度試しの活動を行わせることで,子どもは表し方及び,それぞれの特徴を自覚し,自分のつ
くりたい作品に合った表し方を選択することができるようになる。そこで,つくりたい作品に合った
表し方を問う。子どもは,評価事例を基に,形または色の視点を選択する。次に,選んだ視点の中か
ら,どの表し方を使うのかを選択させ,つくらせる。
作品に合った表し方を使って作品を完成させた子どもは,つくりたい作品に合った表し方を選んで
使うと,つくりたい作品ができる色々な表し方の中から,つくりたい作品ができるという見方や考え
方に変容し,表し方を知識や技能として身に付ける。
(2) 身に付けた知識や技能を活用し,そのよさを実感する過程
④
新しい作品を提示し,自分のつくりたい作品に合う表し方を問う
身に付けた表し方を使わなければ作品づくりができないような新しい作品を提示し,つくりたい作
品とその作品に合う表し方を問い,アイデア
スケッチに描かせる。子どもは,評価事例の
表し方を参考にし,どのような表し方を選択
すればつくりたい作品に近付けることがで
きるのかを考え,つくり始める。
⑤
「この工夫いただき!」の鑑賞活動をさ
せる
子どもは,製作途中で図1の四つの状態に
分かれる。
図1.子どもの製作過程における四つの状態
103
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
図1より,Aは「満足のいく作品に近付いており,友達はどのようにつくっているのだろうと気に
している」と思う子どもである。Dは,「満足のいかない作品であるが,友達がどのように作ってい
るのか気にしない」子どもである。A~Dの子どもを二グループに分ける。グループⅠはBとD,グ
ループⅡはAとCの子どもで編成する。各グループ構成は4人程度とし,教師が意図的に編成する。
グループⅠでは,以下のかかわりをさせる。
(ア)Dは,Bに作品づくりに選んだ表し方やその特徴を質問する。
(イ)Bは,評価事例を基にDに選んだ表し方を話す。
Bは,友達に表し方を伝えることができて自信がつき,Dはつくりたい作品に合った表し方を選ぶ
アイデアを得ることができる。
グループⅡでは,以下のやりとりをさせる。
(ウ)AとCには,お互いに分からないところや知りたいことを質問し合わせる。AとCは,参考
になる表し方を見付ける。
鑑賞活動後,表し方の見直しをさせる。A~Dのすべての子どもが,「自信をもって,つくりた い
作品に近付けることができそうだ」という見通しをもち,自分の表し方に自信をもってつくる。そし
て,作品が異なっても,表し方を選んで使えば,つくりたい作品ができることを実感する。
4
(1) 題材名
指導の実際(1年)
「ぼく・わたしのこだわり飛行機と飛行機を乗せる基地をつくろう」
(2) 本題材の価値
子どもは,これまでの工作経験から,自分なりの表し方を使えば,紙飛行機を工夫することができ
ると考えている。そのため,つくりたい作品に合う表し方を選ぶことができないため,本来つくりた
い作品をつくることができない状態にある。このような実態を踏まえ,本題材は,試した表し方を学
習集団で整理させることで,表し方を知識や技能として身に付けることをねらう。そして,つくりた
い作品に合う表し方を選んで使うことができるという実感を得ることができる。
(3) 本題材の構造(身に付けさせたい知識や技能と変容させたい見方や考え方)
本題材の研究構造を図2に示す。
自分なりの表し方を使えば,つくりたい作品ができる
表し方を持ち寄らせ,形や色の視点
毎に分類させる
作品をつくるための
表し方を習得する
変更可能な部分を限定した教材を
提示し,試しの活動をさせる
すべての表し方を試させ,つくりたい
作品に合った表し方を選択させる
使う形や色によって並べ方や重ね
方が変わるぞ
色々な並べ方や重ね方ができそうだ
並べ方や重ね方は,形や色の視点
に分類できそうだ
つくりたい羽根を実現するための
並べ方や重ね方を選んでつくるぞ
色々な表し方を選んで使うと,つくりたい作品ができる
「この工夫いただき!」の鑑賞活動
をさせる
知識や技能のよさ
を実感する
新しい作品を提示し,つくりたい作
品に合った表し方を問う
並べ方や重ね方という表し方が
使えそうだぞ
基地づくりに合った並べ方や重ね
方を選択しよう
友だちの作品から,参考になる並
べ方や重ね方を見付けたぞ
つくる作品が異なっても,作品に合った表し方を選んで使えば,つくりたい作品ができる
図2.本題材の研究構造
104
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
(4) 授業の実際
全7時間(21Q)
前時までに,星山は,
「折り紙やテープをはって飾りをつくりたいな」と述べていた。このように,
この段階の子どもは,自分なりの表し方を使えば,つくりたい飛行機の羽根をつくることができると
とらえていた。
①
見方や考え方を変容させ,知識や技能を身に付ける過程
羽根に飾り付けをさせる時に,つくりたい飾り付けに合う表し方を選択させるため,重ね方と並べ
方の二つの表し方を身に付けさせる。そこで,次のように問う。
三通りの重ね方を提示し,試しの活動をさせる。
この場面では,工作用紙と数種類のビニルテープの材料に限定し,表2の三通りの「重ね方」を提
示し,試しの活動をさせた。
表2.三通りの「重ね方」
a:同じ色で,5cm 程度のビニールテープを重ねる
b:異なる色で,10cm 程度のビニールテープを重ねる
c:同じ色で,長さの違うビニールテープを重ねる
写真1は,星山が実際に試した活動結果である。
写真1.星山の試作品
星山は,テープを長めに切り取り,4か所(写真1の四つの円)に重ね方を表していた。星山 は,
b を基に,4か所とも,テープの色を変えて重ねた。また,c を参考にして,テープの長さを全て変
えていた。星山は,テープを重ねる度に,色々な角度から重ねた状態を確認していた。星山は,b と
c を組み合わせ,「異なる色で,テープの長さを一本一本変えて重ねる」という新しい表し方と,「長
さを全部変えるとカラフルになる」という特徴を見付けた。しかし,星山は,その表し方が外の子に
とって新しい表し方であることに気付いていない状態である。そこで,次のように問う。
各自の試作品を持ち寄らせ,形や色の視点ごとに分類させる。
試しの活動後,子どもからは,a や b を基に,同じ長さのテープに変化を付けた重ね方(テープを
105
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
ねじった状態で重ねる,テープを細かく切って重ねる)が述べられた。また,星山のように b と c を
基に,異なる色で,テープの長さを一本一本変えて重ねた表し方も出された。そこで,子どもから出
された重ね方を整理させるために,教師の方から形と色の二つの視点を提示した。子どもの重ね方の
中から,代表的な重ね方を意図的に採り上げ,「~さんの重ね方は,形を変えたの。それとも色を変
えたの」と問いながら,形や色ごとに分類した。星山の試作品(左上の写真)は,色に着目していた
ことから色に分類された。そして,色に分類された星山や外の友達の重ね方にどのような特徴がある
のかを問うた。すると,「カラフルになる」,「どの重ね方も,動かしたり,飛ばしたりした時に虹の
ように見える」など,共通した特徴があることに気付いた。形に分類された重ね方についても,どの
ような特徴があるのかを見た目から判断させた。教師は,分類された重ね方やその特徴について子ど
もの意見を基に整理し,表3のような評価事例としてまとめた。
表3.重ね方に関する評価事例
形
色
異なる色で,テープの長さを一
何が
テープをねじる(aとb テープを細かく切る(a 本一本変えて重ねる(bとcを基
(表し方) を基にしている)
とbを基にしている) にしている)
視点
作品例
特徴
・キレイ,かわいい
・スカートみたい
・三つ編みみたい
・ヒラヒラしている
・クラゲみたい
・カラフルになる
・飛ばしたとき虹のよう
に見える
表3のように整理した段階では,星山のように,子どもは,形に着目した重ね方(テープをねじる,
テープを細かく切る)を試しているわけではない。そこで,次のように問う。
すべての重ね方を試させ,つくりたい飾り付けに合った表し方を選択させる。
子どもに,表に整理された三通りの重ね方を全部試させた。子どもは,
「~さんのやり方もいいね」,
「こんな表し方もいいね」というように,友達が見付けた新しい表し方の特徴に気付くことができた。
すべての重ね方を試した子どもに,実際の羽根に飾り付けをするために取り入れたい表し方を選ばせ
た。星山は,「カラフル飛行機」に近付けるために選んだ重ね方を表4のように記述した。
表4.星山が「重ね方」を選んだ理由に関する記述内容
かさねる:ビニールテープをちょっとながくして,こまかくきってかさねます。そして,クラゲみ
たいにしたいです。
かさねる:(テープをねじるを)えらんだりゆうは,ヒラヒラでぼんぼんのようになるからです。
より,星山は,「テープを細かく切る」重ね方を取り入れれば,「クラゲ」を表すことができ
そうだと考えた。また,「ヒラヒラでぼんぼんのようになるから」と述べていることから,自分が思
106
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
い付かなかった重ね方を取り入れていることが分かる。
次に,「重ね方」と同様,実際の羽根と同じ材料の工作用紙と数種類の折り紙に限定した三通りの
「並べ方」を提示した(表5)。
表5.三通りの「並べ方」
d:同じ形を並べる
e:違う形を並べる
f:同色で,違う形を並べる
同じ形として提示した形は,三角形であり,違う形として提示した形は,四角形である。重ね方と
同様に,教師の方から形と色の二つの視点を提示して分類させたり,並べ方の特徴を見付けさせたり
した。その結果,並べ方の「評価事例」は,表6のようにまとめられた。
表6.並べ方に関する評価事例
形
視点
何が
同じ形で並べること(d 別々の形を並べること
(表し方) を基にしている)
(eを基にしている)
色
同じ色を使って,羽根の形に
合 わ せ て 並 べ る こ と ( dと fを
基にしている)
作品例
特徴
・何かの形に見立てら
れる(万華鏡,花火,
虹など)
・おもしろい
・不思議な感じ
・きれい
星山が並べた試作品は,「別々の形を並べること」に分類された。星山の活動後の姿は,色々な 色
の折り紙をつかって三角や四角の形を並べると,カラフルになることに気付いている程度であった。
ところが,「別々の形を並べること」に分類された友達の並べ方の中には,動物の形に見立てられて
いた並べ方があった。それを見た星山は,「並べ方を工夫すれば,何かの形をつくることができるか
もしれないよ。私もやってみたい」と隣りの子どもに話していた。これは,星山が整理された評価事
例から,新たな並べ方の特徴に気付いた姿である。
重ね方の時と同様に,表に整理された三通りの並べ方を全部試させた。星山は,三角や四角の形を
回転させたり,並べる向きを変えたりしながら,動物や花の形を見立てていた。星山は,「カラフ ル
飛行機」に近付けるために選んだ並べ方を表7のように記述している。
表7.星山が「並べ方」を選んだ理由に関する記述内容
ならべる:あきさんのように,さんかくとしかくのかたちではなをつくって,のりでならべたいで
す。
ならべる:ほったさんのように,おりがみをいっぱいつかってほかのかたちをつくってみたいです。
から,星山は折り紙で花や別の形を見立てたいと考えていることが分かる。つまり,「カ ラ
107
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
フル飛行機」の飾り付けをするためには,色々な色の折り紙をつかって三角や四角の形を単に並べる
という表し方では不十分であり,友だちの表し方を取り入れたり,何かの形に見立てたりするという
考えに変容したことが分かる。
星山の記述(
や
)からは,自分では分からなかった重ね方や並べ方の特徴に気付 き,
自分が表したい飾り付けに近付けるために複数の表し方の中から取捨選択したことを示している。星
山は,テープや折り紙を用いてつくりたい飾り付けを行った(写真2)。
写真2.星山の完成作品
このように,自分の飾り付けに合った表し方を選んで完成させた星山は,自分の表し方だけでなく,
友達の表し方の中から,つくりたい飾り付けに合った表し方を選んで使うと,つくりたい飾り付けが
できるという見方や考え方を変容させ,重ね方と並べ方を知識や技能として身に付けた。
②
身に付けた知識や技能を活用し,そのよさを実感する過程
今まで学んできた羽根の形や飾り付けの表し方を用いて,飛行機を乗せるための基地を考えさ せ,
アイデアスケッチをさせた。星山のアイデアスケッチには,「並べる」「重ねる」を用いて飾り付けす
る内容が記述されていた。また,星山の記述には,「ビニールテープをひらひらにする。ビニールテ
ープをちぎる」と書かれていた。この内容は,「評価事例」にもまとめられており,飛行機づくりで
身に付けた知識を想起し,再度使おうとしていることが分かる。さらに,「くらげのようにする」 と
いう記述があった。この内容からは,飛行機づくりで星山自身が飾り付けの際に選んだ重ね方を再度
使おうとしていることが分かる。つまり,星山は,評価事例の中からつくりたい作品に合った表し方
だけでなく,「もう一度使いたい」と思った知識も再度選んでいる。
次に,製作途中で,「この工夫いただき!」の鑑賞活動をさせた。子どもは,友だちの作品の特徴
に気付いて新しいアイデアを思い付いたり,作品をつくるためのアドバイスをもらったりした。星山
は,堀田の基地を見て,折り紙を重ねることで,別の形に見立てることのできることに関心を示した。
星山は,参考になった表し方を基に,再度表し方を考え直した。星山は,自分の表し方に自信をもっ
て取り組み,その結果を表8のように振り返っている。
表8.星山の振り返り記述内容
ビニールテープをかさねて,それをたくさんならべたら,もっとボンボンのようになりました。か
さねるだけでなくて,ならべたから(写真3の○部分),もっとすてきなかざりつけになりました。
(中略)ほったさんのきちをみておにぎりまんがあったから,わたしもつけてみたら,もっと(基
地の)まわりがかわいくなりました。しろとくろ(の画用紙)をかさねることで,めがとびでそう
になりました。しろとくろをかさねてよかったです。
108
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
写真3.星山が製作した基地
のように,星山は重ねるだけでなく,並べることにより一層素敵な飾り付けができることに
気付いた。つまり,星山は並べ方の特徴を理解していたからこそ,自ら自覚して並べ方を使っている
のである。また,堀田の重ね方を参考にして表し方を見直した結果,
のように,折り紙を重ね
た。星山は,テープ以外の材料を用いた重ね方を取り入れ,そのことに満足している。つまり,使う
材料を変えて重ねる表し方を行っており,つくる作品が変わっても身に付けた知識や技能が使えるこ
とを実感している。表し方を見直し,基地を完成させた星山は,身に付けた知識や技能のよさを実感
し,つくる作品が異なっても,作品に合った表し方を選んで使えば,つくりたい作品ができるという
姿であった。
5
考察
本来,各学校が地域や学習者の実態に即して評価事例を作成するためには,「例えば各教科に関 す
る全米規模のスタンダードから導かれるべきである(田中,2001;p.70)」( 11) と指摘されるように,
国家基準としての「基準(スタンダード)」が必要である。なお,ここで言う「基準(スタンダード)」
は,教育目標・教育内容をきめ細かく決めた文書ということではなく,「国全体としての統一性を 保
つ」ための最低基準のことである。諸外国のうち,イングランドでは,教育課程基準及び各地域の試
験 局 が 作 成 す る 評 定 基 準 を 基 に , 各 学 校 が ル ー ブ リ ッ ク を 作 成 し て い る 。 米 国 で は ,「 Standards for
Technological Literacy: Content for the Study of Technology(技術リテラシーの基準:技術の学習内容)」
を基に,各学校がルーブリックを作成している。英米とも,国家基準がルーブリックを作成する拠り
所となっている。しかしながら,日本では,国家基準としての評価基準は設定されていない。加藤
(2005)( 12) は,国家基準としての教育課程基準を,到達目標として具体的に明確化することを指摘し
ている。到達目標は,「評価の観点となる各目標領域(たとえば,知識領域,技能領域など)」に対応
して設定(鹿毛,2000;p.405)」( 13) されるものである。主に,行動的目標(「~ができる」
「~が言え
る」など)として具体的に表現され,教育内容との関係で設定される質的な概念である。「何を」「ど
こまで」教えようとするのかを明記した「学習到達目標」を明確にすることは,各学校が個々の学習
者に学力を保障することができ,評定・評価と同時に,それらの解釈も容易になると推察される。小・
中学校一貫した技術教育の体系化が強く求められている今日,小・中・高一貫した技術教育課程基準
について,本研究が開発・検討を試みたルーブリックとポートフォリオをつき合わせ,評価基準の水
準向上や保護者などへの説明責任を伴う教育実践が今後求められる。
109
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
6
結論
習得の飛行機製作だけでなく,活用における他の製作場面(基地の製作)においても,身に付けた
知識や技能を用いれば,つくりたい作品をつくるとができるという子どもの姿を,星山の姿で述べた。
7
(1) 日本教職 員組合『中央 教育課程検討 委員会報告
文献
教育課程改革 試案
わかる 授業
楽しい 学校を創る』,一
ツ橋書房,1976
(2) 技術教育研究会「すべての学習者・青年に技術教育を」,『技術教育研究』別冊1,1995,16-37 頁
(3) 日本産業 技術教育学会 「21 世紀の 技術教育-技 術教育の理念 と社会的役割 とは何か
そ のための教育 課程
の構造はどうあるべきか-」,『日本産業技術教育学会誌』第 41 巻3号別冊,1999
(4) 鹿嶋泰好「東京都三鷹市の小・中一貫技術教育課程開発」,
『技術的素養の育成を重視した初・中・高等学校
教育一貫の技術教育課程開発(所収)』,2007,80-84 頁
(5) 山崎貞登(研究代表者)
「技術的素養の育成を重視した初・中・高等学校教育一貫の技術教育課程開発」,
『平
成 17 年度~平成 19 年度科学研究費補助金(基盤研究(C))研究成果報告書』,課題番号 17500578,2006
(6) 山崎貞登(研究代表者)
「技術的素養の育成を重視した初・中・高等学校教育一貫の技術教育課程開発」,
『平
成 17 年度~平成 19 年度科学研究費補助金(基盤研究(C))第2年次
研究成果報告書』,課題番号 17500578,
2007
(7) 山崎貞登(研究代表者)
「技術的素養の育成を重視した初・中・高等学校教育一貫の技術教育課程開発」,
『平
成 17 年度~平成 19 年度科学研究費補助金(基盤研究(C))第3 年次(最終年次)
研究成果報告書』,課
題番号 17500578,2008
(8) 新潟県三条市長沢小学校・新潟県三 条市荒沢小学校・新潟県三 条市下田中学校「持続可能な社会に必要な『技
術的活用能力 (技術的リテ ラシー)』『キ ャリア発達能 力』『エネル ギー・環境活 用能力』を育 むため,小・
中学校を一貫した新教科『ものづくり科』の教育課程及び評価方法等の研究開発」,
『平成 19 年度~平成 21
年度
文部科学省指定
研究開発学校実施報告書(1年次)』,2008
(9) 土井康作・安田政彦「1999 年から 2002 年の鳥取大学附属小学校のものづくり教育の研究実践」,
『技術的素
養の育成を重視した初・中・高等学校教育一貫の技術教育課程開発(所収)』,2007,91-102 頁
(10)鈴木秀幸「第2回
(11)田中耕治「4
小学校理科の『活用』の評価の試案」『指導と評価』11 月号,2008,56 頁
これからの学力評価のあり方-『ポートフォリオ評価法』の可能性を問う-」,日本教育 方
法学会(編者)『教育方法 30
学力観の再検討と授業改革』,図書文化,2001,70 頁
(12)加藤明「到達目標明確化で目標・指導・評価一体に」『日本教育新聞』,9月 26 日,2005
(13)鹿毛雅治「到達度評価」,日本教育工学会(編者)『教育工学事典』,2000,405 頁
(平成 21 年 3 月 23 日受理)
110
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
1.新潟大学教育学部附属教育実践総合センター
950-2181 新潟市西区五十嵐二の町 8050
025(262)7093/FAX 025(262)7135
http://www.ed.niigata-u.ac.jp/
センター長 教 授(併任) 鈴木
恵
megumu@ed.niigata-u.ac.jp
専任教員
教 授
宮薗
衛
miyazono@ed.niigata-u.ac.jp
教 授
松井 賢二
kenji@ed.niigata-u.ac.jp
准教授
岡野
勉
okano@ed.niigata-u.ac.jp
准教授
神林 信之
[email protected]
客員教員 教 授
岸本 賢一
技術職員(技術部)
早川
潤
[email protected]
025(262)7115
025(262)7133
025(262)7250
025(262)7093
025 (262) 7094
025(262)7245
025(262)7175
2. 各センターの学内での年間活動状況
2-a.センター主催・共催の研究会・研修会
2-a-1.新潟大学免許法認定公開講座 <部門共通>
現職教員を対象として、専修免許状取得のため、2 会場を同時に結ぶ遠隔教育による授業科目(下記)
を含め、計6科目を開講した。その内、センターが直接関わった授業科目の実施概要は次の通りである。
開設科目
日
程
会
場
担当講師
授与
単位
講義
時間
受講者
単位
取得者
2
30
松井賢二
7人
7人
① 新潟大学教育学
部 附 属 教 育 実 践 (新潟大学)
総合センター
② 新潟大学新潟駅
南キャンパス
2-a-2.体験的カリキュラムの開発研究(第 12 年次) <部門共通>
概 要
(1) ①「自然環境体験コース」、②「『合宿通学』体験コース」、③「グループ体験コ
ース」、④「自然科学実体験コースⅠ」、⑤「自然科学実体験コースⅡ」、⑥「算数・数
学学芸員養成コース」⑦「子どもふれあいスクール体験コース」、⑧「野外活動体験コー
ス」の8コースにおいて体験学習を実施した。
(2) 学生主導の運営による報告会を開催し、学習成果の報告・交流を行うと同時に、関
係者等から講評、講演を受け、総括と課題の明確化を図った。また、報告書作成のための
学生編集委員会を立ち上げて編集活動に取り組んでいる。
対 象 平成20年度「フレンドシップ実習」(授業科目「教育実践体験研究Ⅰ」)参加学生、総
計70人
(主として 1、2 年次生)
方 法 公民館、学童保育施設、NPO 法人、レクレーション協会等、学校とは異なる教育施設・団
体との連携・協力による。
期 間 平成20年度(1 年間)
人 数 センター教員4人(センター長、専任教員)、学部教員4人 計8人
2-a-3.公開シンポジウムⅠ「学習支援ボランティア」派遣事業の成果と課題 <部門共通>
テーマ 平成 20 年度「学習支援ボランティア」派遣事業の成果と課題
日 時 12 月 6 日(土)午後 1 時 30 分~4 時 30 分
会 場 新潟大学教育学部
方 法 新潟大学教育学部、同附属教育実践総合センター、新潟青陵大学、新潟市教育委員会の共
催による。
概 要 開会挨拶:森田 龍義(新潟大学教育学部長、学校ボランティア派遣事業委員長)
報
告:①「学習支援ボランティア」派遣事業を実施して
神林 信之(新潟大学教育学部附属教育実践総合センター)
キャリア教
育特論
8 月 7 日(木)
8 月 8 日(金)
8 月 28 日(木)
8 月 29 日(金)
111
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
岩﨑 保之(新潟青陵大学看護福祉心理学部)
永井 喜博(新潟市教育委員会学校支援課)
②「学習支援ボランティア」として活動して-ボランティア学生から
藤田 和大(新潟大学教育人間科学部 4 年、
(派遣先)新潟市立鏡淵小学校)
冨塚亜季子(新潟青陵大学看護福祉心理学部、
(派遣先)新潟市立真砂小学校)
③「学習支援ボランティア」の派遣を受けて-ボランティア受入校から
吉原 修英(新潟市立鏡淵小学校)
山本 陽子(新潟市立真砂小学校)
④ フロアから
討
論:今年度の成果と今後の課題をめぐって(グループ討論、全体討論)
閉会挨拶:鈴木 恵 (新潟大学教育学部附属教育実践総合センター長)
参加者 現職教員、学生、大学院生、大学教員、新潟市教育委員会関係者等、総計約 110 人
備 考 「学習支援ボランティア 子供との時間 貴重 学生、教員らがシンポ」
『新潟日報』
(2008
年 12 月 17 日付)において報道された。
2-a-4.公開シンポジウムⅡ「第4回キャリア教育研究会」 <教育臨床研究部門>
テーマ 小・中・高の各学校段階におけるキャリア教育の実践(Ⅳ)
日 時 11 月 15 日(土)午後 1 時 00 分~5 時 00 分
会 場 新潟大学教育学部
概 要 講義「キャリア教育の現在・過去・未来を語る
~学校現場への大きな期待を込めて~」
講師:国立教育政策研究所 生徒指導研究センター総括研究官
藤 田 晃 之 先生
(併任)文部科学省初等中等教育局
児童生徒課生徒指導調査官 教育課程課教科調査官
参加者 学部学生、大学院生、現職教員、指導主事等、総計 153 人
2-a-5.SCS大学間遠隔共同講義「教育臨床」 <教育臨床研究部門>
SCS(Space Collaboration System)による大学間遠隔共同講義「教育臨床」の議長局を務めるとと
もに、全 6 回中、次の 2 回講義を担当した。開講時間は、すべて午後 6 時 00 分~午後 7 時 30 分。
日 程
テ ー マ
講 師
4 月 17 日 中学校におけるキャリア教育の実際とその効果
松井賢二・廣瀬吉生
5 月 15 日 教育の原風景 ~引き継がれる教育活動の効果~
岸本賢一
2-b.附属学校園との共同研究プロジェクト/研究会/研修会
2-b-1.1年次生を対象とする教育実習カリキュラムの開発研究(第9年次)
<教師教育研究開発部門>
概 要 1 年次生を対象とする教育実習カリキュラム(「入門教育実習」)を企画・実行すると同時に、
報告会を開催し、総括を行った。
対 象 平成 20 年度「入門教育実習」(授業科目「教育実践体験研究Ⅱ」
)履修学生、総計 104 人
方 法 新潟大学教育学部附属教育実践総合センター教育実習研究会による共同研究
期 間 平成 20 年度(1 年間)
人 数 学部教員 26 人、附属学校園教員 12 人、公私立学校園教員 8 人
2-b-2.4年次生を対象とする教育実習カリキュラムの開発研究(第5年次)
<教師教育研究開発部門>
概 要 4 年次生を主要な対象とし、教育実践・臨床研究の方法の習得を目的とする教育実習カリキ
ュラム(「研究教育実習」)を企画・実行し、その結果に関する分析・考察を行った。
対 象 国語、社会、数学、理科、音楽科、美術科、保健体育科、家庭科の各教科教育研究室の所
属学生
方 法 新潟大学教育学部附属教育実践総合センター教育実習研究会による共同研究
期 間 平成 20 年度
人 数 学部教員 8 人、センター専任教員 2 人、附属学校教員 5 人、公立学校教員 1 人
112
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
2-b-3.4年次生を対象とする教育実習カリキュラムの開発研究(第5年次)
<教師教育研究開発部門>
概 要 学習会(学習・講演会(学部 FD)第 1 部)を開催した。
対 象 「研究教育実習」研究グループ教員等
報告者 児玉康弘教授(社会科教育)、柳沼宏寿准教授(美術科教育)
、森下修次准教授(音楽科教
育)
、常木正則教授(国語科教育)
期 日 平成 20 年 12 月 17 日(水)
人 数 学部教員、教育学研究科大学院生 計 18 人
概 要 講演会(学習・講演会(学部 FD)第 2 部)を開催した。
対 象 「研究教育実習」研究グループ教員等
講 師 大野栄三氏(北海道大学大学院教育学研究院准教授、教育方法学・科学教育)
期 日 平成 20 年 12 月 17 日(水)
人 数 学部教員、教育学研究科大学院生 計 16 人
2-b-3.附属学校への出張教育相談 <教育臨床研究部門>
概 要 附属長岡中学校の児童・生徒や保護者、教員を対象に、カウンセリングやコンサルテーシ
ョンを実施した。
担当者 松井賢二
概 要 ① 6 月 5 日(木)
② 11 月 5 日(水)
2-c.センター専任教官の学部・大学院教育への参与状況
2-c-1.学部
「教育実践体験研究」、「教育実践研究」、「学校カウンセリング」など、計約 35 科目
2-c-2.大学院
「キャリア教育特論」、「教育実践学特論」、「歴史教育特論」など、総計約 12 科目。
修士論文の指導担当学生 1 人。
3.各センターの対外的な教育・研究活動状況
3-a.都道府県/市町村/公立学校との協同事業による研究会・研修会
3-a-1.
「学習支援ボランティア」派遣事業(連携先:新潟市教委)
(第6年次)<部門共通>
概 要 新潟市と新潟大学との包括連携協定(平成 17 年 6 月に締結)による事業の一環および教育
学部学校ボランティア派遣事業委員会の業務として、学生、大学院生等を小・中・養護学
校に派遣し、学校教育活動の支援(授業支援、個別指導、障害児の支援等)を行う「学習
支援ボランティア」派遣事業を実施した。
募集対象 教育人間科学部(3、4 年次生)
、大学院教育学研究科生、養護教諭特別別科生、他学部・研
究科の学生、大学院生
派遣先 新潟市立の小・中・養護学校の内、派遣を希望する学校(107 校、235 人)
方 法 教育学部学校ボランティア派遣事業委員会、新潟市教育委員会(学校支援課)の連携
実 績 総計 57 校、104 人(12 月現在)
3-a-2.
「学習支援ボランティア」派遣事業(連携先:見附市教委)<部門共通>
概 要 見附市立小・中学校に対して、主として、8 月~9 月に実施された自然教室、水泳指導、補
充学習(国語、算数等)の指導補助者として、学生を派遣した。1~2月に実施予定のス
キー教室についても派遣を行う予定。
(第 3 年次)
。
派遣総数 学部 1~4 年次生、大学院生、養護教諭特別別科生、総計約 97 人(のべ 158 人)
派遣先 見附市立見附小学校、見附第二小学校、上北谷小学校、田井小学校、名木野小学校、新潟
小学校、見附中学校、南中学校、今町中学校、見附養護学校(総計 10 校)
方 法 教育学部学校ボランティア派遣事業委員会、見附市教育委員会の連携
経 過 5 月~6 月:募集、6 月:見附市教育委員会関係者との共同による募集説明会を開催、8 月
以降:派遣学校において活動開始。
113
新潟大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 教育実践総合研究 第8号 2009年
3-b-1.教育臨床部門の教員による公立学校等へのカウンセリング/コンサルテーション活動状況
概 要
面接、電話、訪問、電子メールによって、現職教員や保護者などへカウンセリング
(コンサルテーション)を行った。
期 間
平成 20 年 4 月~平成 21 年 1 月現在
件 数
のべ回数:55 回(ケース数:42 件)
3-b-2.教職相談室活動状況
概 要
教員を目指す、主として学部 3、4 年生の相談に応じた。また、小論文、面接、模擬
授業等の指導を行った。
期 間
平成 20 年 4 月~平成 21 年 1 月現在
件 数
回数:43 回(学生数:のべ 62 人)
3-c.県内各地における講座・セミナーの開催
3-c-1.夏期教育実践研修講座(中越地域) <部門共通>
主 旨 教育実践、教科教育、教育臨床の側面から、今日の学校教育が抱えている問題を総合的に
解明すると同時に、改善の方途について考える。
日 時 第 1 回 7 月 30 日(水)10 時 00 分~12 時 00 分
第 2 回 7 月 31 日(木)10 時 00 分~12 時 00 分
第 3 回 8 月 5 日(火)10 時 00 分~12 時 00 分
会 場 新潟大学教育学部長岡地域リサーチセンター(教育実習宿泊施設「和光寮」
)
概 要 第 1 回 学習指導案を書く -問題意識の継続を促す授業- (神林信之)
第 2 回 教師のための学校カウンセリング(入門編)
(松井賢二)
第 3 回 社会科授業づくりの基礎(宮薗衛)
受講者 現職教員、総計(のべ) 12 人
4.各センターの外部資金導入状況
4-a.センター専任教員が研究代表の科学研究費受給状況
研究種目
研究題目
本年度金額
基盤研究(C) 大学生のキャリア発達に応じたキャリア
104 万円
形成支援プログラムの開発研究
研究期間
平成 20~
23 年度
4-b.センター専任教官あるいはセンターとして受給した外部資金導入状況
委託依頼者
研究題目
本年度金額
研究期間
新 潟 県 国 際 アジアをもっとよく知るための講座(県
80 万円
平成 20 年度
交流協会
民開放講座)
研究代表者
松井 賢二
研究代表者
宮薗 衛
5.将来構想
(1) 附属学校園との共同研究体制の充実・発展を図る。
(2) 全学の教職センター的な機能を果たす方向で整備を図る。
(3) 県教育委員会、市教育委員会、新潟県内の教育関係諸機関との連携・協力体制の強化を図る。
114
Bulletin
of
Center for Educational Research and Practice
Faculty of Education
Niigata University
No.8
CONTENTS
Yasuhiro KODAMA
A Study of reform to regional problem learning from a global point of view
-on the case of niigata port in early modern times and Nagataka Kawamura- ······················ 1
Masanori TSUNEKI
Knowledge and Art of Competent in Japanese Language Teaching Practice Ⅲ ······················ 23
Sachiko ADACHI
Teaching of Reading from the Viewpoint of International Children’s Literature ······················ 35
Keiko TAKAHASHI, Masami HAMAOKA, Mae KATSUNUMA
The relationship between motivation, stress and
work-family conflict among teachers in Niigata City ····················································· 49
Masaki KAMATA, Jun HAYAKAWA
Distillation of Alcoholic Drinks:
Determination of Ethanol-concentration Using Density
and its Utilization for Chemical Experimental Teaching Material ······································· 61
Kenji MATSUI
The Effect of Career Education in Universities ···························································· 81
Nobuyuki KAMBAYASHI
Examined a clinical case using Engeström's activity theory
-Aspects of mathematical literacy (3)- ··································································· 95
Masataka ISOBE
Studies on bringing up pupils making an exhibit on the basis of
“evaluation standards for pupils” of methods for expressing ········································· 101
Annual Report of the Center of Educational Research and Practice ··································· 111
2009
Published by
Center for Educational Research and Practice
Faculty of Education, Niigata University