卒業論文 Ni-Mn-Al ホイスラー合金のマルテンサイト変態と双晶磁歪 2000 年 3 月 東北大学工学部材料物性学科 髙橋 幸生 目次 1. 序論 ページ 1-1. ホイスラー合金の概要 1 1-2. マルテンサイト変態の概要 1 1-3. バンド ヤーン・テラー効果 4 1-4. 形状記憶効果と擬弾性 4 1-5. 磁歪 12 1-5-1. 種々の磁歪 12 1-5-2. 双晶磁歪 13 1-6. Ni-Mn-Ga 合金 15 1-7. Ni-Mn-Al 合金のこれまでの研究 17 1-8. 本研究の目的 18 第 1 章の参考文献 27 2. 実験方法 2-1. 試料作製 29 2-2. 試料同定 29 2-3. 磁化測定 31 2-4. 2-3-1. 直流磁化率測定 31 2-3-2. 交流磁化率測定 34 強制体積磁歪測定 第 2 章の参考文献 37 39 3. 結果および考察 3-1. X 線回折 40 3-2. 交流磁化率測定 44 3-2-1. はじめに 44 3-2-2. スピングラスとブロッキング現象 44 3-2-3. 交流磁化率測定の結果 46 3-3. 熱磁曲線 51 3-4. 磁化曲線 55 3-5. 磁歪測定 67 第 3 章の参考文献 75 4. 総括 76 5. 謝辞 78 1 序論 1‐1 ホイスラー合金の概要 1),2) ホイスラー合金とは L21 規則構造をもった構造式 X2 YZ で表される化合物である。 図 1-1 に示すように X 原子は A、C サイトを占有し、Y 原子は B サイト、Z 原子は C サイトを 占有する。1904 年にホイスラーによって Cu2 MnAl が発見されて以来、同じ構造をもつ化合 物が多く報告されている。多くの場合 Y 原子は Mn であり、また X 原子は他の遷移金属であ る Co、Ni、Cu など、Z 原子は Al、Ga、Sn、In などである。 このようなホイスラー合金の磁気的性質は、単に磁性元素が局在的性質をもつもの として認識されていた。しかし、Kübler らのホイスラー合金(X2 MnY)のバンド計算によって、 Mn の 3d 電子状態は X 原子との相互作用で非局在化されており、Mn の磁気モーメントの 局在的性質は、Mn3d 殻からの minority スピンの排除の結果として現れるとし、X 原子も磁 性を担うとしている。したがって、この場合、Mn は S=2 の局在スピンをもって、伝導電子であ る s、p 電子を媒介として遠距離の Mn スピン間にまで s-d または RKKY 交換相互作用がは たらくものと考える。この相互作用は Mn 格子間で正・負に符号を変えながら減衰していくも のであるが、その相互作用の合計として強磁性が安定化しているものと見なされる。 1‐2 マルテンサイト変態の概要 3) “martensite”とは焼き入れた鋼に現れる緻密で硬質な組織に対して名付けられたも のであり、この組織研究者 Adolf Martens の名に由来するものである。当初は焼き入れされ た鋼の組織に名付けられた名称であったが、後にこの相を加熱すると拡散や分解を伴わず にオーステナイト相に相変態することが明らかになった。無拡散相変態を起こすということは、 構造の異なる二つの界面が存在することを意味し、しかもその面は各構造に対して整合性 を持つことを意味している。このような変態が起こるには、たえず隣接原子と連携を保ちなが ら幾何学的な整合性を保たなければならない。「原子の連携運動による変態」機構は他にも 例がなく、このような変態機構を持つ相変態をマルテンサイト変態と呼ぶ。現在ではこのマル テンサイト変態という呼称は一般的な一次の無拡散変態を示し、高温相を母相、低温相をマ ルテンサイト相と呼ぶようになっている。 このような変態様式を持つものには下記のような変態時の特徴が存在する。 1. 結晶構造の変化にともない、変態時に形状変化を生じる。またそのとき体積変化を生じ る. 2. マルテンサイト相は、母相との間にマクロ的に一定の指数の界面をもっている。この界 面を晶癖面(habit plane 、H.P.)といい、合金によって固有のものである。この界面の移動 によってマルテンサイト相は成長する。 3. 形状変化を伴う歪を緩和するために殆どのマルテンサイト相中にはすべり変形や双晶 変形といった補足変形が導入される。これは、格子の形を変えないための変形であり格 子不変変形と呼ばれる。格子不変変形は、合金によってその種類は異なる。 4. 母相格子中の各格子ベクトルは、マルテンサイト相中の格子ベクトルに一対一に対応 する。これは格子対応と呼ばれる。 5. 母相結晶とマルテンサイト相結晶の間には特有の方位関係があり、これを結晶方位関 係と呼ばれ合金に特有の値を持つ。 6. 正変態―逆変態の過程において、温度ヒステリシスを持つ。変態に関する温度はそれ ぞれ次のように定義されている。 Ms : マルテンサイト変態開始温度 Mf : マルテンサイト変態終了温度 As : 母相への逆変態開始温度 Af : 母相への逆変態終了温度 1‐3 バンド ヤーン・テラー効果 4) マルテンサイト変態については、電子論的な解釈もなされている。Fujii らは、強磁 性領域でマルテンサイト変 態 す る Ni2 MnGa 、常磁性領域でマルテンサイト変 態 す る Co2 NbSn についてバンド計算を行い、次のように述べている 4)。図 1-2 に Ni2 MnGa の常磁 性状態における立方晶と正方晶の DOS(電子状態密度)、図 1-3 に強磁性状態における立 方晶と正方晶の DOS を示す。これより、常磁性状態では、構造の変化にかかわらず、フェル ミ面において Mn の d バンドは DOS の大きい場所に位置する。しかしながら、強磁性状態で は、フェルミ面においてMn の d バンドよりも Ni の d バンドの方が DOS の大きい場所に位置 し、正方晶において Ni の d バンドは 2 つに分裂する。Co2 MnSn についても常磁性領域で 同様のことが言える。このようにフェルミ面での DOS の分裂によって、マルテンサイト変態が 生じることをバンド ヤーン・テラー効果と呼ぶ。 また、Co2 NbSn において Co を Ni で置換した (Co1-x Nix )2 NbSn は置換量 x=0.3 まで は強磁性を示し、それ以上置換すると強磁性は消失する。これは、Ni 置換で d 電子数が増 加し、フェルミ面は高エネルギー側へシフトして DOS の小さい場所に位置することに対応す る。したがって、強磁性発生の条件であるストーナー条件を満足しない。また、Ni2 MnGa に おいて Mn を V で置換した Ni2 (Mn1-x Vx )Ga は置換量 x=0.1 まではマルテンサイト変態を示 す。これは V 置換で d 電子数が減少したことによって、フェルミ面l は低エネルギー側へシフ トしたことに対応する。このように、電子論的には置換原子により電子数を制御することによ って、磁気的性質とマルテンサイト変態を制御することが可能であるとしている。 1‐4 形状記憶効果と擬弾性効果 5) 形状記憶効果とは、合金を変形させた後、一定の温度以上に加熱すると変形前の 形に戻る効果のことである。図 1-4 に、この過程を結晶構造から模式的に示す。形状記憶効 果は適当な手段により所定の形状にし、形状記憶処理と呼ばれる一定の熱処理をして、そ の形状を記憶した母相状態(a)がつくられる。 加工後冷却されると Ms 点でマルテンサイト変態を開始し、Mf点以下ではすべてマ ルテンサイト相では方向の異なる格子の層が交互に現れているが、これは厳密なものでは ない。マルテンサイト変態に際して、母相とマルテンサイト相とは結晶格子の形状が異なり、 変態の前後では結晶格子の形状が変わるから、この際同じ方向のマルテンサイト相ばかり できるとすると、結晶全体の形状が変わってしまうことになり、非常に大きな内部応力を生じ て変態できなくなる。そこで実際のマルテンサイト変態はいくつかの方向のマルテンサイト相 がグループになって生成し、個々の結晶の形の違いを打ち消しあって外形の変化が生じな いように進行する。 (b)の状態のマルテンサイトをそのまま変形させると、外力の方向に近い方位に結晶 格子が向きを変え、この方向のマルテンサイトドメインが他の方位のマルテンサイトドメインを 吸収するように成長して変形が起こる (c)。この変形メカニズムは、すべりを生ぜず結晶がそ の向きを順々に変えて変形を行うもので、一種の双晶変形である。このため図から明らかな ように、結晶の隣り合った原子は結合の向きが変わるだけで、変形の前後において原子の 隣接配位は変わっていない。 このように変形したマルテンサイトを加熱すると、As 点から逆方向の変態がはじまり Af 点を経て 100 %母相状態に戻るが、このとき熱弾性型マルテンサイト変態特有の可逆性 により、原子間のつながりを保ったまま完全に元の結晶の形状が復元され変形が解消される。 形状記憶合金には、先に説明した形状記憶効果のほかに、「擬弾性」といわれる現象が現 れる。これは形状記憶合金を Af 点以上のある範囲の温度域で変形させると、一見明らかに 塑性変形しているように見えるところまで変形させても、徐荷すると変形が消えてしまうという 現象である。形状記憶効果は変形後に力を除いてもひずみが残り、加熱によって元に戻る ので、擬弾性とは一見随分違うように見えるが、ひずみ回復のメカニズムはほとんど両者同 じである。ただし、擬弾性の場合、マルテンサイト変態は冷却ではなく、応力によって誘起さ れる。これは応力によってマルテンサイト変態点が上昇すると考えることができる。図 1-4 で 見ると、母相状態(a) にある結晶に応力を加えると、変態点が上昇してマルテンサイト変態を 起こしながら変形が進んで(c)の状態にいたる。ここで力による変形は、応力を緩和する方位 のマルテンサイトが優先して生成するマルテンサイト変態によって行われる。次に応力を除 去すると変態点が再び下がり逆方向の変態が起こってマルテンサイトが消滅し、形状も元の (a)の状態に戻ると考えられる。すなわち、図 1-4 において実線の矢印をたどれば形状記憶 効果になり、同じく破線の矢印をたどれば擬弾性ということになる。したがって図からも明らか なように、擬弾性と形状記憶効果とは、変形の温度が異なるために、逆変態が応力の除去 に際して直ちにおこるか、それとも後の加熱によって起こるかで、違って見えるに過ぎず、本 質的には同じ現象である。 図 1-5 は温度と応力によって擬弾性と形状記憶効果の現れる領域を示したものであ る。(A)、(B)はそれぞれすべりに対する臨界応力を表わす。As 点以下の 100 %マルテンサイ ト状態で生じた変形のひずみは形状記憶効果によって消滅させることができ、Af 点以上の 100 %母相の状態では、(A) と(B) の交点の温度までは変形させると擬弾性により変形し、除 荷と同時にひずみが消失する。As 点と Af 点との間の温度で変形させると、一部は擬弾性に より除荷と同時にひずみが解消され、残ったひずみは加熱すると形状記憶効果により解消さ れる。 応力との関係では、ひずみの消失は、すべり変形の有無で決まるから、完全な形状 記憶効果と擬弾性は、すべりに対する臨界応力が(A)よりも応力が小さい範囲で現れる。し たがって、すべりに対する臨界応力が(B)のように低いと擬弾性が起こる前にすべりが発生し、 擬弾性が起こりにくくなったりする。また変形させるためには、擬弾性ではマルテンサイトを 誘起する臨界応力(c)よりも高い応力をかけなければならないことはいうまでもない。 1‐5 磁歪 1‐5‐1 種々の磁歪 6),7) 磁歪あるいは磁気ひずみとは、磁性体を磁化したとき磁性体の外形が変形する現 象のことをいう。この変形によるひずみは一般に非常に小さい。磁性体の長さを L、ひずみを ΔL としたとき、ひずみ量をΔL/L で表わすと10-6 ∼10-5 程度で、金属の熱膨張係数と同程度 と考えてよい。したがって、温度変化を充分に小さくして精密に測定してはじめて検出するこ とができる。このように磁場方向に依存した磁歪を線形磁歪と呼ぶ。 上で述べたような磁歪現象は長さの変化であって、一般的に体積は変化しないと するが、厳密には磁性体を磁化すると体積は変化する。これを体積磁歪と呼ぶ。体積磁歪 は大きく二つに分類される。一つは磁性体が強磁性→常磁性のような磁気変態によって相 変態と同じく体積変化が起こる自発体積磁歪である。もう一つは、外部から磁場を加えて強 制的にスピンの平行性を高めて、見かけの自発磁化を増加してやれば、その増加分に相当 する体積変化が起こる。これを強制体積磁歪と呼ぶ。 古典的には、上記のように分類されているが、近年、10-3 程度の大きな磁歪(巨大磁 歪)を発生する合金系がいくつか発見され、PZT などの電歪材料とともに磁歪材料にも関心 が集められている。巨大磁歪に関しては数多くの研究結果が報告されており、代表的な例 を挙げると、 ① Terfenol-D を代表とする RFe2 合金(R=Sm、Tb、…) ② 磁気転移による体積変化を利用した磁歪 ③ 磁場による双晶再配列(双晶磁歪) などがある。①は R3+イオンの高異方性 4f 電荷密度から磁歪効果を得る。また、強い Fe-Fe および Fe-R 交換相互作用のため大きな固有ゼロ温度磁歪が室温まで多かれ少なかれ保た れる。異常な磁気異方性が RFe2 合金の特徴である。②は Fe-Ni、Fe-Pt 合金のようなインバ ー合金 (自発体積磁歪を利用して温度変化に対して寸法変化のない材料)やメタ磁性転移 によって常磁性から強磁性へ転移するときの体積磁歪である。③については次節で詳しく 述べる。このように磁歪という概念は先に述べた古典的な分類ではおさまらなくなってきてい る。 1‐5‐2 双晶磁歪 8),9) 近年、磁場制御による新しいタイプのアクチュエーター材料が注目されてきている。 その中に、図 1-6 に示すように磁場誘起によるマルテンサイトのバリアント(兄弟晶)の再配列 が形状変化を引き起こす(双晶磁歪)といったものがある。このような双晶磁歪は Ullakko ら によって、Ni2 MnGa などホイスラー合金で報告されている。また、ホイスラー合金にかぎらず、 Fe-Pd 系においても形状記憶効果が見られ、これが強磁性領域であることより、これも Ni2 MnGa 系で報告されている双晶磁歪と同じメカニズムで、磁歪が得られることが示唆され ている。 以下では双晶磁歪のメカニズムを説明する。磁場制御型形状記憶材料に磁場を印 加すると、双晶は磁場に対して有利な方向に成長し、最終的には別の双晶を形成する。図 1-7 に(a)従来の磁歪(b)形状記憶効果(c)双晶磁歪のそれぞれについて形状変化の原因と なるメカニズムの模式図を示す。これより、外部磁場による形状変化と応力による熱弾性型 マルテンサイトバリアントの再配列は類似していることが分かる。また、このメカニズムに関し て Ullakko は以下のように述べている。結晶磁気異方性エネルギー (Uk)が、マルテンサイト バリアントを再配列するため必要なエネルギーすなわち双晶界面を動かすためのエネルギ ー(Et)より大きいか同程度のとき、磁場制御による形状記憶効果が効率よく起こる。仮に Uk が大きく Et が小さいとするならば、外部磁場(H)の方向に磁化(M)が回転するのと同時に、 双晶の一つの単位胞はもう一つの単位胞に方向を変える。この現象は、単位胞の再配列な しに磁化が外部磁場の方向を向くという従来の磁歪現象とは本質的には異なっている。もし、 アクチュエーター材料によってなされる仕事を W とし、次に示すように適切なエネルギー状 態(E)が満足されれば、 Uk ? E ? Et ? W (1-1) 磁場誘起によって、双晶の一つの単位胞がもう一つの単位胞に方向を変え、結果としてアク チュエーター材料の歪みとなる。 1‐6 Ni −Mn−Ga合金 Ni2 MnGa については数多くの研究が報告されている。Webster ら10)は結晶構造、磁 性、マルテンサイト変態に伴う表面観察などの実験を行った。磁気的特性として、強磁性マ ルテンサイト相は大きな磁気異方性をもち、図 1-8 に示すように磁化は磁場依存性を示す。 また、キュリー温度は高温相の異方性のない強磁性領域にある。 Vasil’ev ら11)は低温の正方晶と高温の立方晶が存在する温度でそれぞれ磁化を測 定し、正方晶では磁気異方性のため磁化は飽和しにくく、立方晶では磁化が容易に飽和す ることを明らかにした。その結果を図 1-9 に示す。また、Vasil’ev ら 12)は単結晶を用いて、熱 分析、磁気特性、形状記憶効果の実験を行った。これらの結果から、Ni2 MnGa はホイスラー 型の結晶構造をもち、高温相は立方晶、低温相は正方晶であり、マルテンサイト変態をする ことが明らかになった。液体窒素温度で単結晶に応力をかけた場合、この正方晶に 5 層と7 層の変調構造が現れることも報告されており、マルテンサイト変態過程とともに正方晶の結 晶構造についてもより正確な情報が求められている。さらに、Vasil’ev ら13)は 77 K で単結晶 の試料を用い、圧縮荷重により応力―ひずみ曲線を求め、残留ひずみが加熱により消失す る形状記憶効果を報告している。 Kanomata ら 14)は高圧力下での初透磁率の温度変化の測定を行い、キュリー温度 は圧力によって上昇し、低温相から高 温相に変わる温度は低下することを明らかにした。図 1-10 にその結果を示す。これは応力により、Ni2 MnGa の磁性と相変態は影響を受けることを 示している。Zheludev ら 15)は Ni2 MnGa のフォノン異常、セントラルピーク、および微細構造 について報告し、Fujii ら4)は Ni2 MnGa の構造相変態について理論解析をした。 Matsumoto ら17)は化学量論組成 Ni2 MnGa と非化学量論組成 Ni2+x Mn1-x Ga につい て磁化測定を行った。その結果を図 1-11、図 1-12 に示す。図 1-11 に示すように加熱に伴い 低磁場帯磁率は Tm で急激に上昇し、さらに加熱を続けるとキュリー温度 Tc で急激に減少す る。ここで Tm は低温相の正方晶から高温相の立方晶への変態温度に対応する。また、図 1-12 に示すように非化学量論組成 Ni2+x Mn1-x Ga は化学量論組成 Ni2 MnGa と同様の挙動を 示すが、Ni 組成の増大により変態温度 Tm は上昇し、キュリー温度 Tc は低下する。 Ullakko ら18)は、Ni バリアントの 2 MnGa に磁場を印加することにより、マルテンサイト 双晶境界面を動かし、大きな磁歪がえられることを示した。図 1-13 にその結果を示す。 O’Handley19)は磁場によって、バリアントはマルテンサイト相内の結晶磁気異方性エネルギ ーと弾性エネルギーを最小にするように動くことを、エネルギー計算より示した。さらに、Wu ら 20) は、Ni 2 MnGa を化学量論組成からずらした試料Ni 52 Mn 22.2Ga25.8 を作製し、室温付近 でも大きな磁歪がえられることを示し、特に図 1-14 に示す通りマルテンサイト変態点近傍の ごく狭い温度範囲において歪みが顕著になることを明らかにした。 1‐7 Ni −Mn−Al 合金のこれまでの研究 Ziebeck ら21)は、Ni2 MnAlについて 800 ℃から急冷した試料と徐冷した試料につい て、磁気構造、磁気的特性に伴う実験を行った。磁気構造については中性子回折を行い、 Ni2 MnAl について図 1-15 に示すような磁気構造を提案している。また、磁気的特性としては、 両方の試料について 300 K 以上でキュリー・ワイス則に従う常磁性であり、300 K 以下では 磁化率は複雑な磁場依存性を示し、徐冷した試料は急冷した試料より大きな磁化率をもつ。 これについては、徐冷した試料は、部分的に L21 構造を有し、大きな磁化率に関係する可 能性が指摘されているが、L21 構造の相安定性については詳しく議論されていない。 Sutou ら23)は、Ni2 MnAl について、規則―不規則変態の調査を行い、次のような結 果を得た。それは、Ni2 MnAl を 1000 ℃で均質化処理を行った後、氷水中にクエンチし B2 単相とし、その後 400 ℃で時効すると、L21 構造をもつホイスラー相が安定化するというもの である。その結晶構造の変化を図 1-16 に示す。これより、Ni2 MnAl の B2 相では Al と Mn のサイトが体心サイトを選択性なしに占有するが、L21 相では Al とMn が体心サイトを交互に 占有する。 Morito ら 24)は、1000 ℃からクエンチした B2 単相 Ni-Mn-Al 合金の磁性と結晶構 造について報告している。磁性に関しては、図 1-17 に示すように、120 K 以上では磁場中冷 却・加熱時の帯磁率曲線と零磁場冷却の曲線は一致し、120 K 以下では磁場中冷却での 帯磁率曲線の方が零磁場冷却の曲線より上にくる。これは、120 K で反強磁性的な磁気秩 序と強磁性的な磁気秩序が同時に現れ、低温になるに従って反強磁性的な磁気秩序が有 利なるためで、スピングラスにある現象に類似しているとしている。また図 1-18 の状態図に示 す状態図を作成し、結晶構造に関しては、Ni50 Alx Mn50-x について、Al 濃度によってマルテ ンサイトの構造が図 1-19 に示すように monoclinic(単斜晶 )で組成によって 14 周期 (14M)、12 周期(12M)、10 周期(10M)と変化するとしている。 1‐8 本研究の目的 先に述べたように、Ni-Mn-Al 合金の磁性は Ziebeck らによって反強磁性的らせん 磁性の磁気構造が提案されて以来、そのように認識されてきた。しかし、適切な熱処理を施 せば L21 単相が得られることが最近発見され、Ni-Mn-Al ホイスラー合金として、その磁気的 性質を検討する必要がある。また、近年、磁場制御による新しいタイプのアクチュエーター 材料が注目されている。その中には Fe-Pd 系、Ni-Mn-Ga 系などで報告されているように、磁 場によってマルテンサイト相の双晶境界面が動くことによるものがあり、この現象は強磁性領 域でマルテンサイト変態するもので見られる。本系は Ni-Mn-Ga 系におけるGa を同じⅢ A 族 元素である Al で置き換えた Ni-Mn-Al 系であることより、Ni-Mn-Ga 系と同様に磁場によって 双晶境界面が動くことによる磁歪が得られる可能性がある。 以上の議論より、本研究では Ni-Mn-Al ホイスラー合金およびマルテンサイト相内の 磁気的性質を明らかにし、強磁性形状記憶合金として有望であるNi-Mn-Ga ホイスラー合金 と同様に、Ni-Mn-Al 系においても磁場によって双晶境界面が動くことによって磁歪がえられ るかどうか確かめることを目的とする。 A、X B、Y C、X D、Z 図 1-1 ホイスラー構造(L2 1)1) States ( atom*Ryd ) 160 (a) 120 80 d ( Ni ) d ( Mn) 40 0 0.2 160 States ( atom*Ryd ) EF 0.4 0.6 Energy ( Ryd ) (b) 0.8 EF 120 80 d ( Ni ) d ( Mn) 40 0 0.2 0.4 0.6 Energy ( Ryd ) 0.8 図 1-2 Ni2MnGa の常磁性状態における(a) 立方晶と(b) 正方晶の DOS( 電 子状態密度)4) 60 (a) up-spin 40 20 d ( Ni ) d ( Mn ) 0 0.2 0.4 States ( atom*spin*Ryd ) 60 (a) down-spin 40 0.6 Energy ( Ryd ) 40 20 d ( Mn ) EF 20 0.6 Energy ( Ryd ) d ( Ni ) 0.4 0.6 Energy ( Ryd ) 0.8 60 d ( Ni ) 0.4 EF (b) up-spin 0 0.2 0.8 d ( Mn ) 0 0.2 States ( atom*spin*Ryd ) EF States ( atom*spin*Ryd ) States ( atom*spin*Ryd ) 60 0.8 (b) down-spin EF 40 d ( Ni ) d ( Mn ) 20 0 0.2 0.4 0.6 Energy ( Ryd ) 図 1-3 Ni2MnGa の強磁性状態における(a) 立方晶と(b) 正方晶の DOS( 電子状態密度)4) 0.8 (a) 母相 形状記憶効果 擬弾性 加熱 冷却 除荷 変形 変形 (b) マルテンサイト相 (c) 変形マルテンサイト相 図 1-4 形状記憶効果と擬弾性の概念図 5) すべりに対する臨界応力(A) 擬弾性 応力 形状記憶効果 マルテンサイトを誘起す るための臨界応力(C) すべりに対する臨界応力(B) Mf Ms As Af 図 1-5 形状記憶効果と擬弾性の出現条件 5) 温度 双晶境界面 の動き H=0 H 図 1-6 外部磁場(H)によるマルテンサイトバリアントの再配列 8) H τ 新しい 双晶境界面 M M 異なるバリア 古い ントの単位胞 双晶境界面 H M (a) (b) (c) 図 1-7 (a) 従来の磁歪、(b) 形状記憶効果、(c)双晶磁歪における形状変化の模式図 9) 100 16 kOe M ( emu/g ) 8 kOe 4 kOe 50 1 kOe 0 0 100 200 T ( K ) 300 400 図1-8 Ni2 MnGaにおける磁化の温度依存性10) 10 286 K 295 K 2 M, Am /mol 5 0 -5 -10 -1.2 -0.8 -0.4 0 B, T 0.4 0.8 1.2 図1-9 Ni2MnGaの立方晶(T>290K)と正方晶(T<290K)における磁化の 磁場依存性11) 362 Tc ( K ) 360 358 356 354 352 0 2 4 P ( kbar ) 6 8 0 2 4 P ( kbar ) 6 8 170 Tt ( K ) 168 166 164 162 160 図1-10 Ni2MnGaにおけるキュリー温度(Tc )と構造相転移温度(Tt )の 14) 圧力依存性 ? ( arb. unit ) Ni2 MnGa Tm Tc 200 300 T ( K ) 400 ? ( arb. units ) 図1-11 化学量論組成Ni2MnGaにおける低磁場帯磁率の温度依存性17) Ni2.05Mn 0.95 Ga Ni2.10Mn 0.90 Ga Ni2.16Mn 0.84 Ga Ni2.19Mn 0.81 Ga 200 300 T ( K ) 400 図1-12 非化学量論組成Ni2+xMn1-xGaにおける低磁場帯磁率の温度依存性17) 0 [001] strain ( ×10 -4 ) 5 -5 -10 -15 -10 -8 -6 -4 -2 0 2 4 6 8 10 H ( kOe ) H [110] H [001] 図1-13 Ni2 MnGaの単結晶に[110]、[001]方向の磁場を印加したときに おける[001]方向の歪み18) -3.5 -2.5 ΔL/L ( ×10 -3 ) -3 -2 -1.5 -1 -0.5 0 260 270 280 290 T ( K ) 300 310 320 図1-14 Ni52 Mn22.2Al25.8単結晶における飽和磁歪の温度依存性20) 図1-15 Ni2MnGaの反強磁性的円錐型らせん構造21) Ni B2 相 Mn、Al 400℃低温時効 Ni L2 1 相 Mn Al 図 1-16 400℃低温時効による B2 →L2 1 への規則化 22) 2? 10-4 Field Cooling (500Oe, Cooling) (500Oe, Heating) 1.5? 10-4 1? 10-4 0 100 200 T ( K ) 300 400 図1-17 Ni50Mn30Al20の磁場中冷却と無磁場中冷却過程における 磁化率の温度依存性24) Ms of 1st peak Ms of 2nd peak Neel temperature Spin-glass temperature Ni50 Mn50-x Alx B2 (Paramagnetic) 400 T ( K ) ? ( emu/g ) Zero Field Cooling 300 12M 14M 10M B2 (Antiferromagnetic) 200 100 (Spin-glass) 16 18 20 22 Al Content x ( at% ) 24 図1-18 マルテンサイト変態と磁気相転移を示すNi50Mn50-xAlx合金 の状態図24) Ni Al、Mn β c a b 2M a basal plane c c c β β β a a a 10M 12M 14M 図 1-19 マルテンサイト変態の結晶構造 22) 第1章の参考文献 1) E. P. Wohlfarth and K. H. J. Buschow, ferromagnetic materials volume 4, North Holland. 2) 安達 健五, 化合物磁性 遍歴電子系, 裳華房. 3) 西山 善次, マルテンサイト変態 基礎編, 丸善. 4) Shinpei Fujii, Shoji Ishida and Seturo Asano, J. Rhys. Soc. Jpn, 58, 3657 (1989). 5) 石川 昇治, 木梨 貞男, 三輪 学, 形状記憶合金応用アイデア集 , 工業調査会. 6) 金子 秀夫, 本間 基文, 磁性材料, 日本金属学会. 7) A. E. クラーク, 江田 弘, 超磁歪材料, 日刊工業新聞社. 8) K. Ullakko, J. K. Huang, V. V. Kokorin and R. C. O’Handley, Scripta Materialia, 36, 1133 (1997). 9) Y. Furuya, N. Hagood, H. M. Kimura and T. Watanabe, J. Magn. Soc. Japan, 23, 400 (1999). 10) P. J. Webster, K. R. A. Ziebeck, S. L. Town, and M. S. Peak, Philos. Mag. B 49, 295 (1994). 11) A. N. Vasil’ev, T. Takagi, J. Tani, and M. Matsumoto, Proc. Int. Symp. On Microsystems, Intelligent Materials and Robots, p. 423 (1995). 12) A. N. Vasil’ev, A. R. Keiper, V. V. Kokorin, V. A. Chernenko, T. Takagi, and J. Tani, Int. J. Appl. Electromag. Mater, 5, 163 (1994). 13) A. N. Vasil’ev, T. Takagi, and J. Tani, Proc. 5th Int. Conf. on Adaptive Structures, p. 579 (1994). 14) T. Kanomata, K. Shirakawa, and T. Kaneko, J. Magn. Magn. Mater, 65, 76 (1987). 15) A. Zheludev, S. M. Shapiro, P. Wochner, A. Schwarz, M. Wall, and L. E. Tanner, Phys. Rev. B, 51, 11310 (1995). 16) S. Fujii, S. Ishida, and S. Asano, J. Phys. Soc. Jpn, 58, 3657 (1989). 17) 松本 實, 日本応用磁気学会誌, 22, 115 (1998). 18) K. Ullakko, J. K. Huang, C. Kanter, R. C. O’Handley, V. V. Kokorin. Appl. Phys. Lett. 69, 1966 (1996). 19) R. C. O’Handley, J. Appl. Phys. 63, 3910 (1998). 20) G. H. Wu, C. H. Yu, L. Q. Meng, J. L. Chen, F. M. Yang, S. R. Qi, W. S. Zhan, Z. Wang, Y. F. Zheng, and L. C. Zhao, Appl. Phys. Lett, 75, 2990 (1999). 21) K. R. A. Ziebeck, and P. J. Webster, J. Phys. F, 5, 1756 (1975). 22) 源島 文彦, 東北大学工学部学士論文 (1999). 23) Y. Sutou, I. Ohnuma, R. Kainuma, K. Ishida, Metall. Mater. Trans. A, 29A, 2225 (1998). 24) S. Morito, T. Kakeshita, K. Hirata and K. Otsuka, Acta. mater, 46, 5377 (1998). 2 実験方法 2‐1 試料作製 今回の研究を通して使用する合金系は Ni-Mn-Al であり、Mn 元素の組成を 25 at%に統一し、Ni50 Mn25 Al25 、Ni53 Mn25 Al22 、Ni54 Mn25 Al21 、の 3 組成を用いて測定した。 試料は、東北大学 工学部 材料物性学科 石田研究室で作製されたものを用い た。素材には、高純度ニッケル(純度 99.95)、電解アルミニウム(純度 99.999)、電解マンガ ン(純度 99.97)を用いた。これらを種々の比率で、Ar 雰囲気中で高周波誘導溶解し、インゴ ット(200∼300g)を得た。このインゴットから試片を切り出し、透明石英管に真空封入し、適 当な熱処理を施した後、氷水中に焼入れた。ここで、本研究でなされた熱処理について詳し く述べておく。図 2-1 に Ni-Mn-Al 系合金の 400 ℃と1000 ℃における等温断面図を示し た 1)が、試料は B2 単相とするため、まず 1000 ℃で 3 日間の溶体化処理を施した。さらに、 規則化させるために、400 ℃で 4 週間時効処理することによって目的とする試料を得た。 2‐2 試料同定 2) 試料の同定は粉末 X 線回折法によって行った。本研究ではKα の波長λが= 0.1542 Åである Cu ターゲットを用い、加速電圧を 40 kV、管球電流を 55 mA の条件に 設定した。X 線回折には低温、高温での測定が可能な Philips 社製の X 線回折装置を用い た。結晶にX線を照射すると、X線は結晶中の電子と相互作用し散乱される。散乱されたX 線はブラッグの条件(λ=2dsinθ)を満たすとき位相がそろい強め合うので回折線が現れる。 ここで、dは回折面の面間隔、θは回折角である。したがって、ディフラクトメータ円に沿って X線検出器を等角速度で動かし、同時に回折強度を記録計に記録することによって回折ピ ークが得られる。この回折ピークより結晶構造を同定する。Ni50+x Mn25 Al25-x 化合物が有する BiF 3 型結晶構造の回折ピークは W. Kraus と G. Nolze らによる回折ピーク計算ソフト PowderCell 1.03)を用いて単位胞の対称性と原子散乱因子より計算した。 粉末試料には、1000 ℃の溶体化処理をした試料を粉砕したものを用い、歪み除 去のため、Ta 箔で包み透明石英管に真空封入し 1000 ℃で焼鈍しを行った後、引き続き 400 ℃の時効処理を施した。この粉末試料をガラス板に張った両面テープ上に均一に付 着させ、ディフラクトメータに設置し20°<2θ<100°の範囲で測定を行った。 2‐3 磁化測定 2‐3‐1 直流磁化率測定 4),5) 本研究では、Quantum Design 社製の SQUID 磁化測定装置を用いて、直流磁化率 測定を行った。SQUID は 超 伝 導 量 子 干 渉 計 (Superconducting Quantum Interference Device)の略であり、超伝導リングとジョセフソン接合の組み合わせからなる測定素子である。 用いられるSQUID 素子が 1 点接合素子ならば rf-SQUID で2点接合素子ならば dc-SQUID である。本実験では rf-SQUID を用いている。 図 2-2 に 2 枚の超伝導体の間に絶縁物を挟んだサンドイッチ型接合の場合を示す。 絶縁物の厚さが十分厚ければ電流は流れないが、厚みが数 nm になると2 枚の超伝導体間 の位相差に相当する電流がトンネル効果により流れる。電流を 0 の状態から増やしていくと、 ある電流値までは 2 枚の超伝導体の間に電圧を発生しない。これは直流ジョセフソン効果と 呼ばれるもので、絶縁物障壁を超伝導電子対が壊れることなく、そのままでトンネルすること により超伝導電流が流れる現象である。 図 2-3 に、実験で用いた SQUID 磁化測定装置のコイルシステムを示す。このシステ ムでは、強磁場中でシステムを安定に働かせるために、超伝導磁束トランスの途中に絶縁ト ランスを挿入している。絶縁トランスは、必要以上に感度を高くしないように調節する役割と、 入力コイルと出力コイルの間に適当な金属材料を挿入して、パルス的ノイズを遮断するフィ ルタの役割を果たす。また、磁束トランスの 1 次側は三つのコイルからなる2次微分グラディ オメータ型を採用している。さらに、この磁束トランスにはフィードバック用のコイルが付属し ており、SQUID で検出される磁束信号は、増幅後相互インダクタンスを介してこのコイルに 戻され、零位法の FLL 回路が形成されている。 2‐3‐2 交流磁化率測定 6) 本研究において交流磁化率測定は Quantum Design 社 製 の PPMS(Physical Property Measurement System)の低温用クライオスタット、超伝導マグネットとその周辺装置 を用いて相互誘導法の原理で測定した。 図 2-4 に示すように、駆動コイルで交流磁場を与え試料の磁化によって現れる検出 コイルの電圧から磁化率を求める。交流磁場の位相からの遅れを回路から検出する。検出 コイルの周りには駆動コイルが、その外側には駆動コイルと逆に巻かれた駆動補償コイルが 配置されている。 駆動コイルの周りに補償コイルを巻くことによって、コイルの内側の磁場はそれらの コイルがつくる磁場の合計値となり、コイルの外側の磁場は相殺する。検出コイルは巻く方 向が逆向きの2つのコイルを縦に並べ、直流につないだ対から成り、内部に磁性体がない 場合、サンプルルーム内の磁場がゼロになるようになっている。内部に磁化 M がある場合、 誘導起電力 V は V ? ? 4? SN ?M ?t (2-1) となる。S はコイルの断面積、N はコイルの巻き数である。従って、電圧に依存した M (t ) が求 まる。S はコイルの断面積、N はコイルの巻き数である。従って、電圧に依存した M(t)が求ま る。磁化と磁場の関係が線形の場合には、H(t)=H0 exp(iωt)に対応する応答を線形磁化率 * ? ? ? '? i ? " を用いて、M ?t ? ? ? H ?t ?と表せる。このとき、式 (2-1)より、 V ? ? i? ?? '? i? "?H ?t ? (2-2) となる。 ? ' および ? " は ? ? 2? f ( f は測定周波数)に依存する量であり、? ' は交流磁場に 対するスピン系の応答に相当し、 ? " は交流磁場から? / 2 位相が遅れた感受率である。一 般に磁化と磁場の関係は線形ではなく、しかも磁化の緩和現象による応答の遅れを伴う。遅 れ成分 ? とすると、M (t ) は M (t ) ? M 0 exp i (? t ? ? ) (2-3) V ? ? i? ?? '? i? "?exp( i? ) H ?t ? (2-4) と表せ、式(2-2)より、 の関係を得る。? は位相検波によって求めることができる。? ' および ? " は ? との間に ? ' ?t ? ? ? 0 cos ?? t ? ? ? (2-5) ? "?t ? ? ? 0 sin ?? t ? ? (2-6) tan ?? ? ? の関係が成立する。 ? "?0 ? ? ' ?0? ? (2-7) 2−4 強制体積磁歪測定 7) 強制体積磁歪は 3 端子容量法を用いて測定した。3 端子容量法は通常の 2 端子型 コンデンサーに遮蔽電極を設け測定対象とするキャパシタンスに対しブリッジをつくる方法 である。この 3 端子容量法の特徴は、浮遊容量の影響が無視できる点にあり高精度の測定 が行えることである。PPMS 中にサンプルセルを固定して交流電流を流し、その起電力をキ ャパシタンスブリッジに取り込む。キャパシタンスブリッジは Andeen-Hagerling 社製の 2500A 型を用いた。これは基本確度 0.0005 %、分解能 0.5 pF の性能を持つ。図 2-5 にサンプル セル部分の概略図を示す。DC スパッタによりAl 薄膜を成膜し電極面とした。上部電極は真 鍮の固定リングを用いてネジより固定する。固定リングとシリンダーの間は両者の熱膨張の 差を考慮しサンプルセルは上部電極固定用リング以外全て熱膨張係数の小さな石英ガラス により作製した。平行研磨された試料の上にピストン上の可動電極を自由状態に設置し、さ らに微小なギャップを設けて上部電極を固定する。可動電極の振動による影響を極力小さく するために、電極径に対してピストンの長さを十分に取るように工夫した。また、セルの周囲 は接地電位の Cu でシールドし、さらに浮遊キャパシタンスの影響を小さくした。 1000℃ 400℃ 図 2-1 Ni-Mn-Al 合金の等温状態図 1) 超伝導体 障壁層 超伝導体 V 電流 図 2-2 ジョセフソン効果を示す接合 4) SQUID エレクトロニクスへ ヒータ フィードバック用コイル 試料 絶縁トランス 2次微分型ピックアップコイル 図 2-3 SQUID 磁化測定装置のコイルシステム 4) SQUID サンプルルーム 補償コイル 交流印加コイル 周波数測定装置 検出コイル 図 2-4 交流磁化率測定装置の概略図 キャパシタンスブリッジ 超伝導マグネット Cu シールド 上部電極 サンプルセル ヒーター 下部電極 サンプル 図 2-5 磁歪測定用サンプルセルとその周辺装置の概略図 シリンダー 第2章の参考文献 1) 源島 文彦, 東北大学工学部学士論文 (1999). 2) 東北大学 マテリアル・開発系 編, 実験 材料化学, 内田老鶴圃. 3) W. Kraus, G Nolze, Windows version of PowderCell 1.0, a program for manipulation of crysal structures and calculation of the corresponding powder diffraction patterns, J. Appl. Crystallogr, 29, 301 (1996). 4) 低温工学協会編, 超伝導・低温工学ハンドブック, オーム社 . 5) 低温工学ハンドブック編集委員会編, 低温工学ハンドブック, 内田老鶴圃. 6) 太田 元基, 東北大学工学部修士論文 (1998). 7) 赤松 泰彦, 東北大学工学部修士論文 (1998). 3 結果および考察 3‐1 X線回折 図 3-1 に Ni53 Mn25 Al22 の室温と低温でのX線回折パターンを示す。また、実験結果 の下に X 線回折計算ソフトPowdercell 1.0 を用いて得られた計算結果も示した。室温での回 折パターンは、実験結果と計算結果で概ね一致することより、得られた試料が、B2 不規則 構造から規則化した L21 規則構造であることが確認できた。また、粉末試料を冷却しながら の X 線回折測定では、図 3-2 に示すように温度の低下とともに 44°付近における母相 (cubic) の ?220 ?面のメインピーク強度が低下し DSC により得られたマルテンサイト変態開始 温度(Ms) である 237 K 付近で、10 層周期型マルテンサイト相(monoclinic)の ?0010 ?面、 ?115 ?面、?1 15?面の回折ピークが現われ、マルテンサイト変態終了温度(Mf)である 211 K 付 近では、ほとんど母相のピークは消え、マルテンサイト相のピークのみとなった。表 3-1 に Ni53 Mn25 Al22 における母相とマルテンサイト相の結晶構造に関するパラメーターを要約し た。 Mf 点よりさらに温度を下げていくと、?115 ?面、?1 15?面のピークは高角側へシフトし、 ?0010 ?面のピークは低角側へシフトする。これは、DSC で決定した Mf 点の後もマルテンサイ ト変態が進行するためだと考えられる。 (a) Intensity ( arb. units ) (220) 実験結果 計算結果 Intensity ( arb. units ) 20 20 RT 40 (b) 60 2? ( Deg. ) (115) ( 0010) ( 1 15) 80 100 T = 80 K 実験結果 計算結果 (10M) 40 60 2? ( Deg. ) 80 100 図 3-1 Ni53Mn25Al22 の(a) 室温および (b) 低温におけるX線回折パターン Intensity ( arb. units ) T = 290 K 250 245 235 230 200 180 80 42 43 44 2? ( Deg. ) 45 46 図 3-2 Ni53Mn25Al22 における44°付近のX線回折ピークの温度変化 表 3-1 Ni53Mn25 Al22 における母相とマルテンサイト相の結晶構造に関するパラメーター 母相 結晶構造 : 立方晶(cubic)、 空間群 : No.225(F 4/m-3 2/m) 格子定数 : a = 5.819 Atom Wyck.letter Ni1 8c Mn 4b Ni2 4a Al 4a X 0.25 0.50 0.00 0.00 Y 0.25 0.50 0.00 0.00 Z 0.25 0.50 0.00 0.00 マルテンサイト相 結晶構造 : 単斜晶(monoclinic)、 空間群 : No.6(P 1 m 1) 格子定数 : a = 4.216、b = 2.762、c = 20.905、β= 89.590 Atom Wyck.letter X Y Ni1 1a 1.0000 0.0000 Ni2 1a 0.5735 0.0000 Ni3 1a 0.1469 0.0000 Ni4 1a 0.7204 0.0000 Ni5 1a 0.1102 0.0000 Ni6 1a 0.5000 0.0000 Ni7 1a 0.0735 0.0000 Ni8 1a 0.6469 0.0000 Ni9 1a 0.2204 0.0000 Ni10 1a 0.6102 0.0000 Mn1 1b 0.5000 0.5000 Al1 1b 0.0735 0.5000 Mn2 1b 0.6469 0.5000 Al2 1b 0.2204 0.5000 Mn3 1b 0.6102 0.5000 Al3 1b 1.0000 0.5000 Mn4 1b 0.5735 0.5000 Al4 1b 0.1469 0.5000 Mn5 1b 0.7204 0.5000 Al5 1b 0.1102 0.5000 Z 1.0000 0.1000 0.2000 0.3000 0.4000 0.5000 0.6000 0.7000 0.8000 0.9000 1.0000 0.1000 0.2000 0.3000 0.4000 0.5000 0.6000 0.7000 0.8000 0.9000 3‐2 交流磁化率測定 3‐2‐1 はじめに 序論において述べたように、Ni-Mn-Al 合金 B2 相の磁性について morito らは、磁 FC)、無磁場中冷却(ZFC)後の熱磁曲線に履歴を生じることから低温において 場中冷却( スピングラス相の存在を示唆している 1)。しかし、上記のような履歴はスピングラスに限らず、 ブロッキングにおいても同じように見られる現象である。よって、この節では、スピングラスとブ ロッキング現象について述べた後、Ni53 Mn25 Al22 、Ni50 Mn25 Al25 の L21 単相の磁性について 交流磁化率測定の結果を用いて考察する。 3‐2‐2 スピングラスとブロッキング現象 2) スピングラスとは磁気秩序を有する強磁性や反強磁性と異なり、秩序状態としてス ピンがランダムに配向している状態のことである。また、ブロッキング現象とは磁化が自由に 回転しているにもかかわらず、その速度があまりに小さいために、通常の測定ではあたかも 磁化が測定時点の向きに安定に配向しているように見える現象のことである。上記のように、 スピングラスとブロッキング現象は本質的に異なっているが、スピングラスそのものを対象とし ない多くの研究について検討してみると、スピングラスとブロッキング現象の区別をせずに以 下のような定性的振舞が現れたとき、とりあえずスピングラス的と称している例が多い。 1)高温から一定の直流磁場を印加したまま系を冷却し測定した磁化率(磁場中冷却磁化 率χFC)と、磁場をかけずに冷却した後、磁場をかけて測定した磁化率(零磁場冷却磁 ˜ スピングラス転移温度 Tsg)以下で異なる値をもつとき、通常こ 化率χZFC)が、ある温度( の温度域においてχ FC は温度にほとんど依存せず、一方、χZFC は Tsg 付近でカスプを 示す。 2)交流磁化率の温度依存性が測定周波数 f に大きく依存するとき、通常、交流磁化率の 実数部χ’には、χZFC と同様の f の増加とともに高温側へ移動するカスプが見られる。 3)磁場の増大とともに、上述のカスプがブロードになり、消失する。 4)低温における磁化の緩和が非指数関数的、あるいは対数関数的である。 しかしながら、上述の現象はブロッキングにおいても同様におこり、スピングラス的 な秩序化の証拠とはならない。そこで、スピングラスが相転移であるという根拠の一つが以下 に述べるような非線型磁化率の異常である。 磁化 M を零磁場付近においてにおいて磁場 H で展開し、 M ? ? 0 H ? ? 2 H 3 ? ? 4 H 5 ? ??? (3-1) TG)でカスプを示すが高次の項 と表わした時に、帯磁率χ0 は温度に対しスピングラス温度( である非線型磁化率χ2 は‐∞に発散するというものである。これに対しブロッキングの場合 TB)で物 は緩和時間が増大するだけであるから、非線型磁化率に限らずブロッキング温度( 理量が発散することはない。 3-1)に代入して、 χ2 の測定方法としては、交流磁場 H ? H 0 cos ? t を式( ? 3? 2 H 03 ? ? H3 ?? cos ? t ? 2 0 cos 3? t ? ??? M ? ?? ? 0 H 0 ? 4 ? 4 ? (3-2) と書いた時、磁場の 3 倍の周波数と同位相成分を取り出すことにより非線型帯磁率χ2 が得 られる。 3‐2‐3 交流磁化率測定の結果 図 3-3 に交流磁場 10 Oe、周波数 1000 Hz で測定した Ni50 Mn25 Al25 、Ni53 Mn25 Al22 の線形磁化率χ’、図 3-4 にχ”、図 3-5 に非線型磁化率χ2 の温度依存性を示す。線形磁 化率χはχ=χ’+iχ”で表せ、実数部χ ’は交流磁場に対する磁化率の応答、虚数部χ” は 位 相 π /2 の遅れとなる。Ni50 Mn25 Al25 は 低 温 部 に お い てχ ’ の増加はないが、 Ni53 Mn25 Al22 は低温部にカスプが見られる。このカスプの極大となる温度を図中に TB として 示 す 。同 様 に 、χ ” についても、Ni50 Mn25 Al25 の 低 温 部 に お い て 増 加 は な い が 、 Ni53 Mn25 Al22 において増加が見られる。Ni53 Mn25 Al22 の低温部におけるカスプは、スピング ラス相特有のエネルギー多谷構造に由来した現象に類似している。しかし、非線型磁化率 χ2 に着目すると、スピングラスで見られるスピン凍結温度で‐∞への発散がないので、低温 でのカスプはスピングラス転移を示すものではなく、強磁性クラスターどうしのブロッキングで あると言える。 よって、図 3-6 に示すように B2 相からL21 ホイスラー相への規則化に伴い、B2 相に おける反強磁性的な磁気秩序が減少し、強磁性的な磁気秩序が支配的になったと判断さ れる。 ? ' ( arb.unit ) (a) 昇温過程 0 100 200 T (K) 300 (b) ? ' ( arb.units ) 降温過程 昇温過程 TB 0 100 200 300 T (K) 図 3-3 (a)Ni 50Mn25 Al25、(b)Ni 53Mn25 Al22 における線形交流磁化率の実数部 の温度依存性 (a) ? " ( arb.unit ) 昇温過程 0 100 200 T (K) 300 (b) ? " ( arb.units ) 降温過程 昇温過程 0 100 200 300 T (K) 図 3-4 (a)Ni 50Mn25 Al25、(b)Ni 53Mn25 Al22 における線形交流磁化率の虚数部 の温度依存性 (a) ? 2 ( arb.unit ) 昇温過程 0 100 200 T (K) (b) 300 降温過程 ? 2 ( arb.units ) 昇温過程 0 100 200 300 T (K) 図 3-5 (a)Ni 50Mn25 Al25、(b)Ni 53Mn25Al22 における非線形交流磁化率 の温度依存性 Mn 反強磁性的相関 Al 強磁性的相関 規則化 強磁性的相関 強磁性的相関 図 3-6 規則化に伴う反強磁性的相関の消失 3‐3 熱磁曲線 図 3-7 に、SUQID 磁束計によって直流磁場 50 Oe で測定した (a)Ni50 Mn25 Al25 、 (b)Ni53 Mn25 Al22 、(c)Ni54 Mn25 Al21 における磁化の温度依存性を示す。(a)、(b)の熱磁曲線に おいて、360 K、308 K で鋭いピークがみられる。これは、次のように考える。ピークの位置よ り低温側ではホイスラー相の結晶磁気異方性が強いために 50 Oe 程度の低磁場では磁化 の飽和傾向を見ることができない。これが、キュリー温度付近になると熱振動の寄与が顕著 になり、結晶磁気異方性のエネルギー障壁を超え、磁化の値は急激に増加する。ピークの 位置より高温側ではスピン間の交換相互作用が無視できるようになり、磁化の値は減少する。 本研究では、熱磁曲線で鋭いピークを示す温度をキュリー温度とした。 (b)の試料については 250 K 付近において、熱磁曲線が階段状になっているが、こ れは 1 次の相転移であるマルテンサイト変態を表す。マルテンサイト変態点に関しては、同 組成の試料について DSC(示差走査熱量分析装置)を用いて調べられており、下記の表 3-2 のようになっている。本実験では、昇温過程の磁化を測定しているため、熱磁曲線が階段状 表 3-2 マルテンサイト変態点 ( K ) (b)Ni53 Mn25 Al22 (c)Ni54 Mn25 Al21 Ms 237 328 Mf 211 291 As 238 309 Af 260 344 になっている部分の始点を母相への逆変態開始温度(A s)、終点を母相への逆変態終了温 度(Af)とするとDSC で得られた結果と概ね一致する。このように、曲線が階段状になるのは、 マルテンサイト変態に伴い結晶構造が変化することによって、結晶磁気異方性も変化するた めであると考えられる。 (a)の試料については DSC によってマルテンサイト変態点が確認できず、熱磁曲線 においてもマルテンサイト変態に関係した変化を見ることはできなかった。(c) の試料は 223 K に、ピークが見られるが、(a)、(b)の試料で得られたものほど鋭いものではない。これは、マ ルテンサイト相内にキュリー温度があるためだと考えられる。表 3-2 に示すように DSC によっ てマルテンサイト変態点が与えられているが、(c)は(b) のような強磁性領域の変態ではなく常 磁性領域の変態であるため、(b)のように磁化の変化によって As、Af 点をはっきりと確認でき るものではなく、300 K 付近に As 点らしきものが見られるにすぎなかった。 表 3-3 に、熱磁曲線より得られたキュリー温度を示す。表 3-2、表 3-3 より、ホイスラ 表 3-3 熱磁曲線により得られたキュリー温度(K) 組成 Ni50 Mn25 Al25 Ni53 Mn25 Al22 Ni54 Mn25 Al21 キュリー温度(K) 360 308 223 ー合金の化学量論組成に近づくにつれて、マルテンサイト変態点は下がり、キュリー温度は 逆に上がることが分かった。以上より得られた結果を、Ni75-x Mn25 Alx の状態図上に示したも のが図 3-8 である。状態図より、ホイスラー相の強磁性領域でマルテンサイト変態する領域が ごく狭い範囲であると判断される。 (a) M ( arb.units ) 0 (b) 0 (c) 00 100 200 300 400 T ( K ) 図 3-7 (a)Ni 50Mn25Al25、(b)Ni 53Mn25Al22、(c)Ni 54Mn25Al21 の熱磁曲線 強磁性領域でマルテンサイト変態する組成範囲 600 Ni75-xMn25Alx Temperature ( ℃ ) B2 (present work) 400 curie temp. (after gejima et al.) L21 para 1 T B2-L2 c 200 M s temp. 0 L21 ferro マルテンサイト相 -200 20 21 22 23 24 x 図 3-8 Ni75-xMn25 Alx ( 20 < x < 25 ) の状態図 25 3‐4 磁化曲線 図 3-9∼図 3-12 に SQUID 磁束計で測定した (a)Ni50 Mn25 Al25 、(b)Ni53 Mn25 Al22 、 (c)Ni54 Mn25 Al21 における磁化曲線を示す。(a)の試料は、温度の低下とともに高磁場帯磁率 が増加し、飽和性が悪くなる。また、100 K より低温では温度変化による磁化に違いが見ら れないことより、熱振動の寄与は 100 K 以下ではほぼ無視できると言える。(b)の試料は、(a) の試料と比較すると全体として磁化の値が減少し、図 3-11 に示すようにマルテンサイト変態 に伴い初透磁率の減少も見られる。(c)の試料は(a)、(b)の試料と異なり、キュリー温度がマル テンサイト変態点より低温にあり、キュリー温度も低く、磁化の値も小さい。また、低温での初 透磁率は(a)、(b)、(c)の中で最も小さい。 次に、4.2 K における(a)、(b)、(c)の飽和磁化を求めるために、飽和漸近則でフィッ ティングを行った。飽和漸近則は a ? ? M ?H ? ? M s ?1 ? n ? ? ? hf H ? H ? (3-3) で表わせる。χhf は高磁場帯磁率、a/Hn の項は飽和磁化からの逸脱を補正した項である。 図 3-13 のフィッティングの結果より得られた飽和磁化を表 3-4 に示す。これより、ホイスラーの 化学量論組成から離れるにしたがって飽和磁化は減少することが確められた。また、図 3-13 により4.2 K での高磁場帯磁率はホイスラーの化学量論組成に近いほど大きくなり、飽和性 は悪くなる。 表 3-4 飽和漸近則で求めた飽和磁化 組成 Ni50 Mn25 Al25 Ni53 Mn25 Al22 Ni54 Mn25 Al21 飽和磁化 (emu/g) 62.18 60.00 45.15 図 3-14∼図 3-16 に低温におけるヒステリシス曲線を示す。(a)の試料では 10 K、30 K、50 K いずれにおいても顕著なヒステリシス幅を持たないが、(b)、(c)の試料では顕著なヒ ステリシス幅を持ち、交流磁化率の結果におけるTB より低温域において温度の低下とともに その幅が大きくなる。このように温度に依存したヒステリシスが生じるのは、交流磁化率にお いて述べたように、以下に述べるブロッキング現象が関係していると思われる。 強磁性体超微粒子はたとえ孤立していても、その結晶学的対称性、あるいは自身 の形状による反磁場などによって磁気異方性をもっている。これは個々の粒子の磁気双極 子μを磁化容易軸方向に束縛し、μが熱揺らぎによって反転する際に、その反転を阻害す るエネルギー障壁となって働く。この障壁の高さは、通常、粒子の体積 V に比例し、磁気異 方性定数を K とするとKV である。この障壁を乗り越えるのに要する時間、すなわち、磁気緩 和時間τは、KV≪k BT ではよく知られた Néel-Brown の緩和時間、 ? ? ? 0 exp ?KV / k BT ? (3-4) で表される。ここで、τ0 は 10-9 ∼10-12 sec 程度の値をもつ定数、kB はボルツマン定数、T は 絶対温度である。温度が十分に高く、τが観測時間よりも十分短ければ、観測される物理量 は統計力学的な平均値として一義的に決まる。高温においてランジュバン関数で表わされ、 ヒステリシスを示さない。一方、温度が低下し、エネルギー障壁 KV に対して熱エネルギー k BT が小さくなってくると、τは指数関数的に増加し、容易に天文学的な値をもつようになる。 このとき、観測時間 t m は有限であるから、そのような観測においては、あたかも磁化容易軸 上のある向きにμの向きが止まっているかのように観測され、ヒステリシスを示す。これがブロ ッキング現象である。2) また、実験結果では、TB より高温域でも低磁場においてヒステリシス幅を持ち、その ヒステリシス曲線は通常の強磁性体には見られないヘビ型のヒステリシスである。このように ヘビ型になる例は、磁場中冷却効果のある合金や混合酸化物に多い 3) 。本合金系ではマ ルテンサイト変態に伴い、ヘビ型のヒステリシス曲線を描く。図 3-17 に 0∼10 kOe の範囲に おける(b)Ni53 Mn25 Al22 のヒステリシス曲線を示す。図に示されるように TB より高温でもマルテ ンサイト相の温度域(Af 以下)であれば低磁場においてヒステリシス幅を持つ。このヒステリシ ス曲線は 10 K で見られる強磁性クラスター同士のブロッキングによるヒステリシス曲線とは異 なり、0∼4 kOe の範囲内でヒステリシス幅をもち、0 kOe でヒステリシスは閉じる。また、ヒステ リシス幅は温度の低下ととも大きくなる。 60 (a) 50 M ( emu/g ) 40 30 T = 10 K 50 K 100 K 150 K 200 K 250 K 300 K 320 K 370 K 20 10 0 0 10 20 30 H ( kOe ) 40 図 3-9 (a)Ni 50Mn25Al25 の磁化曲線 50 60 40 (b) M ( emu/g ) 30 T = 10 K 50 K 100 K 150 K 200 K 250 K 260 K 280 K 320 K 20 10 0 0 10 20 30 H ( kOe ) 40 図 3-10 (b)Ni 53Mn25Al22 の磁化曲線 50 60 40 (b) M ( emu/g ) 30 20 200K ( マルテンサイト相 ) 10 280K ( ホイスラー相 ) 0 0 10 20 30 H ( kOe ) 40 50 図 3-11 (b)Ni 53Mn25Al22 のホイスラー相、マルテンサイト相における磁化曲線の比較 60 40 (c) M ( emu/g ) 30 20 T = 10 K 30 K 50 K 70 K 100 K 150 K 200 K 250 K 320 K 10 0 0 10 20 30 H ( kOe ) 40 図 3-12 (c)Ni 54Mn25Al21 の磁化曲線 50 60 60 T = 4.2 K 50 M ( emu/g ) 40 30 20 (a) Ni50Mn25Al 25 (b) Ni53Mn25Al 22 (c) Ni54Mn25Al 21 10 0 0 10 20 30 H ( kOe ) 40 50 60 図 3-13 10K における(a)Ni 50Mn25 Al25、(a)Ni 53Mn25 Al22、(a)Ni 54Mn25Al21 の磁化曲線。 点線は飽和漸近則によるフィッティング結果。 M ( emu/g ) 40 10 K 20 0 -20 -40 -20 M ( emu/g ) 40 -10 0 H ( kOe ) 10 20 -10 0 H ( kOe ) 10 20 -10 0 H ( kOe ) 10 20 30 K 20 0 -20 -40 -20 M ( emu/g ) 40 50 K 20 0 -20 -40 -20 図 3-14 Ni 50Mn25Al25 の低温におけるヒステリシス曲線 M ( emu/g ) 40 10 K 20 0 -20 -40 -20 M ( emu/g ) 40 -10 0 H ( kOe ) 10 20 -10 0 H ( kOe ) 10 20 -10 0 H ( kOe ) 10 20 30 K 20 0 -20 -40 -20 M ( emu/g ) 40 50 K 20 0 -20 -40 -20 図 3-15 Ni 53Mn25Al22 の低温におけるヒステリシス曲線 M ( emu/g ) 40 10 K 20 0 -20 -40 -20 M ( emu/g ) 40 -10 0 H ( kOe ) 10 20 -10 0 H ( kOe ) 10 20 -10 0 H ( kOe ) 10 20 30 K 20 0 -20 -40 -20 M ( emu/g ) 40 50 K 20 0 -20 -40 -20 図 3-16 Ni 54Mn25Al21 の低温におけるヒステリシス曲線 T = 10 K 50 K TB M ( arb.units ) 100 K 0 150 K 0 200 K 0 230 K 0 245 K 0 Af 260 K 0 0 0 0 2 4 6 H ( kOe ) 8 10 図 3-17 (b)Ni 53Mn25Al22 におけるヒステリシス曲線 3‐5 磁歪測定 図 3-18 に、Ni53 Mn25 Al22 の降温、昇温過程における交流磁化率の温度依存性に おけるマルテンサイト変態点近傍を拡大したものを示し、磁歪測定点を矢印で示した。この ように磁歪測定点を決定したのは、序論で述べたように、磁場によって双晶境界面を動かす タイプの磁歪は、 Uk ? E ? Et ? W (3-8) Uk : 結晶磁気異方性エネルギー Et : 双晶境界面を動かすために必要なエネルギー W : アクチュエーター材料によってなされる仕事 を満たすエネルギー状態(E) になれば、磁歪が得られるとしている。また、Wu らの報告にあ るように、大きな磁歪が得られるのはマルテンサイト変態点近傍のごく狭い範囲である。これ は、上式でいうところの Et がマルテンサイト変態点近傍で最も小さいからであると考えられる。 このような理由で、磁歪測定はマルテンサイト変態点近傍で行った。 図 3-19∼図 3-22 に、Ni53 Mn25 Al22 の印加磁場 0∼70 kOe の下での磁歪測定の結 果を示す。それぞれの測定点では 2 回から 3 回、同じ測定を繰り返した。図 3-19 は、Ms 点 近傍である 234 K で測定したものであり、は 1st cycle で最大 4×10-5 程度の収縮が観測され た。しかし、2nd cycle、3rd cycle では最大 1.5×10-5 程度の収縮しか観測されず、1st cycle ほ どの値は得られなかった。これは、1回目の磁場印加の際に、マルテンサイトバリアントの双 晶境界面が動いたことによって、別の安定なマルテンサイト相になったからだと考えられる。 図 3-20 には Ms 点とMf 点の間である 232 K で測定したものであるが、傾向は 234 K で得ら れた結果と同様であった。図 3-21 は、Mf 点近傍である 228 K で測定したものであり、1st cycle で最大 1×10-4 程度の比較的大きな収縮が観測された。しかし、2nd cycle の傾向は他 の測定点と同様であった。図 3-22 は Mf 点よりさらに 4 K 低い 224 K で測定したものであり、 234 K、232 K での測定結果と同様の傾向であった。表 3-5 に 1st cycle における最大歪み量 を測定温度ごとにまとめ、図 3-23 にプロットした。 表 3-5 測定温度 ( K ) 236 234 232 228 224 最大歪み量 ( ×10−5 ) 3.31 4.27 4.34 9.03 4.46 この図より大きな磁歪が得られるのは、ごく狭い温度範囲においてだけである。これ は、序論で述べた Ni-Mn-Ga 合金と同じ傾向である。 ? ' ( arb.unit ) Ms 降温過程 Mf 220 225 230 235 T ( K ) 図 3-18 Ni53Mn25Al22 における線形交流磁化率の実数部 240 2 -5 ΔL/L ( ×10 ) 0 T = 234 K -2 -4 -6 1st cycle 2nd cycle -8 3rd cycle -10 0 10 20 30 40 H ( kOe ) 50 60 図 3-19 Ni53Mn25Al22 の 234 K(降温過程)における磁歪曲線 70 2 -5 ΔL/L ( ×10 ) 0 T = 232 K -2 -4 -6 1st cycle 2nd cycle -8 3rd cycle -10 0 10 20 30 40 H ( kOe ) 50 60 図 3-20 Ni53Mn25Al22 の 232 K(降温過程)における磁歪曲線 70 2 -5 ΔL/L ( ×10 ) 0 T = 228 K -2 1st cycle 2nd cycle -4 -6 -8 -10 0 10 20 30 40 H ( kOe ) 50 60 図 3-21 Ni53Mn25Al22 の 228 K(降温過程)における磁歪曲線 70 2 T = 224 K -5 ΔL/L ( ×10 ) 0 -2 -4 -6 1st cycle -8 -10 0 10 20 30 40 H ( kOe ) 50 60 図 3-22 Ni53Mn25Al22 の 224 K(降温過程)における磁歪曲線 70 10 ΔL/L ( ×10-5 ) 8 6 4 2 220 225 230 235 Temperature ( K ) 240 図 3-23 Ni53Mn25Al22 の 1st cycle における最大歪み量の温度依存性 第3章の参考文献 1) S. Morito, T. Kakeshita, K. Hirata and K. Otsuka, Acta. mater, 46, 5377 (1998). 2) 間宮 広明, 中谷 功, 古林 孝夫, 固体物理, 34, 901 (1999). 3) 近角 聰信, 強磁性体の物理(下), 裳華房. 4 総括 本研究では Ni-Mn-Al ホイスラー合金およびマルテンサイト相内の磁気的性質を明 らかにするために、磁化測定および交流磁化率測定を行った。また、強磁性形状記憶合金 として有望である Ni-Mn-Ga ホイスラー合金と同様に、Ni-Mn-Al 系においても磁場によって 双晶境界面が動くことによって磁歪がえられるかどうか確かめるために磁歪測定をおこなっ た。以下、これらの物性測定から得られた結論を述べる。 1) Ni-Mn-Al 合金は、適切な熱処理を施すことによってホイスラー構造であるL21 規則 構造をとり、強磁性となる。また、キュリー温度は化学量論組成に近づくにつれて上 昇し、化学量論組成の Ni50 Mn25 Al25 では 360 K である。 2) Ni-Mn-Al 合金は B2 構造から L21 構造への規則化により、反強磁性的相関は消失 し、強磁性的相関が支配的になる。それに伴い、低温におけるスピングラス転移は 消失する。 3) Ni-Mn-Al ホイスラー合金はマルテンサイト変態することによって、初透磁率の減少、 ヘビ型ヒステリシスの出現など磁気的性質に変化が見られる。 4) Ni-Mn-Al ホイスラー合金は、化学量論組成に近づくにつれて高磁場帯磁率が増 加し、飽和性が悪くなる。逆に、化学量論組成から離れるに従い磁化の値は小さく なるが飽和は容易になる。 5) Ni53 Mn25 Al22 の組成で磁歪を測定した結果、磁場による双晶境界面の移動による 磁歪、すなわち双晶磁歪が観測され、それはマルテンサイト変態終了温度 (M f)近 傍で顕著であり、最大 1×10-4 程度の収縮が観測された。 本研究において、Ni-Mn-Al 系合金がホイスラー構造をとり、強磁性となることが初 めて確認され、それは Ni-Mn-Ga 系に類似している。また、Ni-Mn-Ga 系ほどではないが、比 較的大きな磁歪が観測され、実用材料としてもAl が Ga に比べて安価であることより、非常に 有望である。 謝辞 本研究を遂行するにあたり、終始変わらぬご指導を賜わりました東北大学大学院 深道 和明 教授、東北大学大学院 石田 清仁 教授に心より感謝の意を表します。また、 本研究に関し多くの有益なご助言を賜わりました東北大学工学部 大谷 義近 助教授、東 北大学工学部 貝沼 亮介 助教授に心より感謝の意を表します。 様々な実験において、ご助言やご協力を頂きました東北大学工学部 久保 田 二郎 技官に心から御礼申し上げます。 液体ヘリウム並びに液体窒素の供給に便宜を図って頂きました東北大学金属材料 研究所技術部極低温荷掛並びに低温センターの皆様に感謝いたします。 本研究で絶えず適切なご指導とご協力並びに有益なご助言を頂きました 藤田 麻哉 工学博士、源島 文彦 先輩に心より感謝の意を表し、厚く御礼申し上げます。また、 本論文をまとめるにあたり、あらゆる面でご指導並びにご協力頂きました深道研究室、石田 研究室の先輩諸氏、同期生たちに深く御礼申し上げます。 最後に、仙台での 4 年間にわたる学生生活を精神的、経済的に支えて頂きました 家族に深く御礼申し上げます。
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