九州工業大学学術機関リポジトリ Title Author(s) Issue Date URL 最新のイギリス詩,みたび 伊藤, 武久 1997-03-28T00:00:00Z http://hdl.handle.net/10228/2967 Rights Kyushu Institute of Technology Academic Repository 15 最新のイギリス詩,みたび 伊 藤 武 久 0.イギリスの週刊誌7’舵Sク杉crαroγの1996年1月6日号(通巻8738号)か ら9月28日号までの期間に掲載された34篇のうち15篇をえらび,日本語になお しておいたものに,じぶんの考えをそえて,以下にしるす。丁舵Sρεcτ耐oγ 誌の詩は各号の豊富で充実した書評欄のすみに一つか二つがひっそりと紹介さ れるのが常であって,それは突然11年前の1985年1月から始まったのであるが, どういう理由によるものか,今年になって,5月11日号から姿を見せなくなっ た。それでも9月28日号に一つ現れたから,あるいはと続きを期待したが,い まもってそれきりである。この週刊誌は詩誌でも文芸一般の専門誌でもなく, 社会,政治,経済,文化を論評する硬派の高級誌であるだけに,そこに掲載さ れるイギリス詩は文芸愛好家ばかりでではないであろう読者を対象とすること で,かえって現代イギリス詩の傾向や受容の現状を異邦人が瞥見するのに好都 合であった。惜しい掲載中断である。 1. Afte r After the red wines and the white or spiced or resinous, and after the coffee from Columbia or Kenya, liquers or rarest Malts, and after all such, to find myself after long climb beside a mountain burn and there, amid the birch and rowan, 16 伊藤 武 久 where it falls over the granite boulders, to bow my head and kneel and taste again. Gael Turnbull 6/1/1996 その前に その前に赤ワイソいろいろと白, もしくは香料入りとか樹脂入りとか,また コロソビアもしくはケニヤ出来のコーヒー, リキュール,もしくは絶品のモルト・ウイスキー,など そんなのをとりどり飲んでいて,気が付くと自分は 長い登禁をすませ,どこかの山の焼畑わき, そこはカバとナナカマドのただ中, 真下に花嵩岩の漂礫が覗かれるあたりで, 頭ぐんなり,膝がっくり,やおら また一杯といきたいもの。 こんなに喫茶,飲酒していいものか。飲むために登るのか,登るために飲むの か。新年そうそうの酒祝い唄というところ。 2. Crunch Line ’Did you see the red admiral this morning?’ The query slotted rather neatly, I thought, if edgeways, into a lull in his whirring 最新のイギリス詩,みたび 17 al1−electric garden.’No.’And that was that. But when his hoover made a defensive pass at a bronze leaf trespassing on the grass and missed, he felt obliged to add the crunch line, ’Inever watch TV before lunchtime.’ Sam Gardiner 6/1/1966 とどめの一言 「今朝はレッド・アドミラルを見ましたか。」 この質問,横合からにしても,わりときれいに, 彼のオール電化庭の手入れの音のとぎれに, 投げ入れたと思う。「見ません。」,とにべもない。 だが銅色の葉の一枚が芝生を侵犯したのに,草刈機で 防御の突きをいれて,、外したあと,気がさしたか彼, とどめの一言をこう加えた。 「昼食まえにはテレビは見ません。」 red admira1はヨーロッパアカタテハ。「赤の提督」はいかにもテレビ番組の 題名に聞こえる。そういえば,yellow jacket(黄色いジャケット。ホホナガ スズメバチ),blue bottle(青い瓶。キソバエ),black widow(黒後家。 クロゴケグモ)等,色つきの昆虫名がある。押韻は8行の詩節によくある ababccddタイプにほぼなっている。微苦笑を誘われるlight verse仕立て。 18 伊 藤 武 久 3. A廿ie Campbell 1900−1967 Where do you wander now, old friend? Where do you drink? Few inns better than Hamnavoe bar, Few better stoHes, I think. Is there a star Stirred with laughter that has no end Amillion lightyear beyond the Milky Way Where Villon and Burns, Falstaff and slant−eyed Li Po Order their nector by turns (No’Time, gents’,there, no drinker has to pay) And words immortal gather head and flow? For that far glim you’dcrank your aged car, But that the faint bellcry Of tide changing in Hoy Sound, The com surges that salve the deep plough wound, At Warbeth, among the dead who do not die. George Mackay Brown 27/1/1996 最新のイギリス詩,みたび 19 アティ キャンベル 1900−1967 ふるい友よ,いまはどこをさまよい どこで飲んでいますか。 思えば,ハムナヴォーのバーほどのよい店は少なかった。 あれほどの談義もまれだった。 どこぞに果てしない咲笑さんざめく 星のひとつもあるのかしら。 百万光年,銀河のかなた, ヴィヨソやバーソズ, フォルスタッフ,垂れ目の李白が たちかわり緑酒を注文し (そこには「看板です」もなければ酒手もいらず) 不滅の言葉脹って流れゆくところの星。 そんな遠い光めざしてオソボロ車を動かそうにも, あやにく,ホイの瀬戸の潮替わりを告げる 微かな鐘の音,深手負いの耕土を癒す小麦穂波が 君をふるさとへ引き寄せるのでしょう。 そのワーベスこそ,死ぬことをしない死者たちの 群れにまじって君の居る場所。 20 伊 藤 武 久 詩に悼まれる詩人は英仏唐の「李白一斗詩百篇」のともがらの漂客にして酒客, 談論風発の士であったらしい。astar Stirred with laughter that has no end,とwords immortal gather head and flowとThe com surges that salve the deep plough woundの3行はそのimageryと metaphorの大胆で簡動なのに感心させられる。 4. Staying at Furnace Farm All houses have noises. In Maggie’sold house Ihear a rush. It is taps, I think, water. Unsteady with dreams, I go to the window, No rain beats the curtains. The night is half over. Ihave heard time. She ran down the stairs like a girl to her lover. Alison Brackenbury 3/2/1996 ファーナス農園に宿る すべての家に物音あり。マギーの古い家で 耳にするほとばしり。蛇口,僕は思う,水。 夢曵いてうすぼんやり,窓へ行く。 雨がカーテソを叩くでもない。夜半は過ぎた。 僕は終了をとっくに聞いている。 最新のイギリス詩,みたび 21 マギーが階段を走り降りた, 恋人へ駆け寄る小娘さながら。 知人の家で窓を開けたまま眠っていた詩人は深更とつぜんの強い水音に夢破ら れる。にわか雨の音でもない。家人が洗顔か洗髪をしたらしい。それにしても マギーはこの夜更けに何をしにどこへ行くのか。静かな夜などに隣家から発す るただならぬ物音を聞いて,隣人の挙動をあれこれ推測するなどという経験は 誰にもあることだろう。そんなこと気にしてなんになる,まして詩にするなど 烏瀞の沙汰である,といってしまえばそれまでである。そういう人はついに 「秋深き隣はなにをする人ぞ」の機微に無縁の人であろう。Ihave heard time.の1行の意味がいま一つはっきりしない。今日の分の農事と家事はこ れでおしまいと,たしかマギーは言っていたはずだ,という意味にとっておき たい。 5. Snow Folk Today’sdifferent. We rise to nuffy trees, branches penstroked in− and a garden beyond itself. Seat felted, greenhouse lagged. Some cloud’sbeen breaking extra bread, whitening sills with crumbs. Touting for browner fare a robin arrives on tiny skis 22 伊 藤 武 久 then − fence−sneaked − next door’ssetter; leaving the lawn slotted with lollopy trespass. Soon no doubt we’ll see its owner’skids 〃 set freezing, stubborn hands to sculpting him一 his flatcapped, carrot−schnozzled bonce (with that forked twig of a mouth) will stare across at our anaemic front and lord it for a couple of days until a touch of sun undoes his bluff, mortified he either cries himself elsewhere or slumps−presumably strangled by that red, dropPed noose of a scarf. Geoffrey Holloway 10/2/1966 雪のともがら 本日一変。 寝起きの目に,和毛たつ樹々, 枝たちは線で画きこまれて一 庭は常のおのれを越えた。 ノ 最新のイギリス詩,みたび 23 椅子には雪のフエルト,温室には断熱布。 どこぞの雲が余りのパソをちぎりつづけ, 屑で敷居を白くしていく。 茶色の餌こそ所望の一羽の駒鳥が 超小型スキーはいて飛来すると 次は,垣根忍びの,隣家のセッター。 ようつく足跡,雪につけて我が芝に侵入ときた。 じきに飼主の子らが姿あらわし,凍えつつ 頑固に雪の犬を作りにかかるであろう。 そのぺしゃんこの帽子かぶった,ニソジソ鼻の頭は (二股枝の口をつけられ) 二日ほど殿様顔してむこうから我が家の 血の気のない正面をにらみつけるが, やがてわずかな日差しに空威張り失せて, 意気地なく,泣き泣きどこかへ消えてしまうか, 崩れるかだ,おそらく,例の赤の,垂れた スカーフの首輪に首くくられれて。 24 伊 藤 武 久 よく吟味された比喩表現をふんだんに使った雪の早朝の庭の景物詩であり,動 物詩にもなっている。詩人とは言葉の織物師,細工人であるということがよく わかる詩といえよう。雪と雪をかぶった事物の見立てが巧みである。第3連な どは,つい,「むまさうな雪がふうはりふはり哉」などをおもいださせられる。 6. The Graveyard School Li飴is no laughing matter. We entered crying and Melancholy marked us for her own. Our birth−day was the day we started dying. Urn−shaped our souls, our fate to wander sighing where names grow weathered, angels droop in stone. Li飴is no laughing matter. We entered crying. Sepulchral shades, the population lying under our feet are kindred to the bone. Our birth−day was the day we started dying. What are our bodies?Houses putrefying, clay tenements we moulder in alone. Life is no laughing matter. We entered crying. What is our song?Anight−piece amplyfying owls in the yews, the universal groan. Our birth−day was the day we started dying. 最新のイギリス詩,みたび 25 Your smile’sadeath−mask rictus. No denying what we among the tombs have ever known: Life is no laughing matter. We entered crying Our birth−day was the day we started dying. Frank Ormsby 24/2/1996 墓地派 人生笑いごとでない。われらは泣き泣き登場した。 そして「憂愁」がわれらの母を名乗った。 われらの誕生日は死の開始日なのだ。 魂は骨壼型,ため息してさ迷うがさだめのそのあたり, 名は風雨に朽ちかけ,石の天使らがうなだれている。 人生笑いごとでない。われらは泣き泣き登場した。 墓地は蔭すごく,足下に伏すものの群れは 骨の骨までわれらのはらから。 われらの誕生日は死の開始日なのだ。 われらの肉体とはそも何か。腐りに向かう家屋, われら孤独のうちに崩れる土塊の住処だ。 人生笑いごとでない。われらは泣き泣き登場した。 26 伊 藤 武 久 われらの歌とはそも何か。櫟のフクロウたちの 声いや高にする夜の調べ,普遍のうめきだ。 われらの誕生日は死の開始日なのだ。 君の微笑は死面の唖然顔。墓石の間でわれらが 知り得たことどもは否定しがたい。 人生笑いごとでない。われらは泣き泣き登場した。 われらの誕生日は死の開始日なのだ。 墓地派の目には人生はこう映るという見本。きめつけかたがあんまりだと言っ てしまえばそれきりだが,こう確言されるといっそさばさばして聞こえる。脚 韻は[−oun]と一ingの二つきりである。しかも1行まるごとの繰り返 しが2種類あって,最後の節はこ念を入れて,その2種が揃う。この特異な形 式のせいもあってか,詩の内容は陰気なのに,リズムは軽快で元気がいい。 7. Paradox More seductive than false gods (How alluring each new one!) Are the routine distortions We ascribe to the true one. Tim Hopkins 2/3/1996 パラドックス (どの新手の神も魅力たっぷりだが) 最新のイギリス詩,みたび 27 そんな偽物よりも心そそられるのは 私たちが本物に不当に負わせている お定まりの歪曲された神性のほうだ。 aphorism詩。伝統宗教だって新興宗教のいいかげんさを笑えたものではない と言っているのであろう。 8. Atonement Iremmember a man carrying a piano On his back along the street, years ago, And looking down from our balcony in Cairo, Having a good laugh at the improbable sight Of him padding barefoot, bound tight And doubled up, not thinking of his plight But only of the absurdity− As it seemed to youth and frivolity− Of a piano progressing through the city. Now l hope I’mrid of westem scorn And know that all are born, perhaps rebom, Either to stroke the keys or ply their brawn. His ancestors might have hauled blocks of stone To build the pyramids;must we one day atone 28 伊 藤 武 久 For not being forced to sweat and groan? Matthew Mitchell 16/3/1996 あがない 憶いおこす何年も昔,男がひとり ピアノを背負って街をすすんでいた。 カイロのバルコニーから見おろしていて,私は 縛ったからだを二つに曲げ, はだしでほとほと歩む前代未聞の光景を 大笑いした。念頭には男の苦労はなく,ただ その馬鹿馬鹿しさ,一 青年の軽薄にはそう映った一と ピアノが街を練っているという思いだけ。 今は,私の西欧的侮蔑は払拭されて,悟っているはず, 人はみな,生まれては,いや生まれ変わっても, 鍵盤を撫でる側か,筋肉を労する側のどちらかだ,と。 あるいは彼の先祖たちはピラミッドを築く用の 切り石を引いたのかもしれぬ。いつかわれわれは 免れた汗とうめきのあがないをせねばならぬのだろうか。 最新のイギリス詩,みたび 29 現実にあがないは始まっているといってよいであろう。現代詩を読む楽しさの ひとつを悟らせてくれる詩である。improbable themeに遭遇する楽しさで ある。見ての通り各節3行が同韻。 9. The Unprocessed Word (for Malcolm Williamson) In this age of the word−processor you are sending Handwritten letters;friends are glad you do: Like fingerprints and faces, the handwriting Is yours alone:that manusc亘pt is YOU. Virtual reality of a flawless typescript Leaves out essentials,−whispers barely heard, The heartbeats, and what moves between the lines... Thank you for giving me your Unprocessed Word! Edward Lowbury 30/3/1996 電算処理ならぬお言葉 (マルコム・ウイリアムソソ へ) このワープロ時代にあなたは手書きの手紙を 送り続ける。友達には嬉しい行為です。 指紋や顔つきと同じで,肉筆は独り あなただけのもの。手稿はあなたそのもの。 30 伊 藤 武 久 無暇瑳タイプ植字の疑似現実は 肝腎かなめを省く一あるかなきかの囁き, 胸のドキドキ,そして行間を往来する思い。 電算処理ならぬお言葉かたじけなく拝読。 「ワープロ書きの手紙は味気ない。人間味が感じられない」など,巷間よく見 聞する不平を巧みに詩行にまとめたのが取柄の作品。たしかに,私信にかぎれ ば,手跡に託される,あるいは肉筆文字の行間紙背に見え隠れする書き手の感 情表出はワープロ書簡のよくなしえないものであるだろう。しかしタイプ文字 からでも,筆者の人となり,思惟の機微,さらには感情のあやでさえも十分感 得できることは印刷術発明以来誰も承知のことである。などと,つまらないこ とをいいたくなる,これはつまらないといえばつまらない詩である。 10. The First Piano On The Moon has not been launched as yet, but it could be. It’snot past human ingenuity to anchor it on some bleak lunar sea. The vision and intelligence of man has not shown evidence more powe㎡ul than the existence of the thing itself which can be marvelled at for what it does yet seen not only as a wonde㎡ul machine but as aethetic object. It could stand in nozen silence and be no less grand. 最新のイギリス詩,みたび 31 Of course, like every dazzling artefact, it did not suddenly apPear intact, but it evolved, the simple dulcimer believed to be its earliest ancestor. To me, more magical than Gε痂仇8 0r Russian Soyμz 10, its intricate fine mechanism;damper, check and spring, the wires and pivot−point, everything concealed behind dark gleam of wood in which the keys lie white as milk and black as pitch. So dream of it, lid lifted to beguile afuture astronaut with its fixed smile. Quite possible, by then, he would not know what purpose this device once served, although he’dnever doubt that it was made by man, but hardly guess that parts of it began as bits of mammoth and its habitat, nor, in that sterile silence, realise that, held in this graceful engine’swooden chest, chained, sonic constellations glittering rest. Vernon Scannell 6/4/1996 32 伊 藤 武 久 月世界最初のピアノは まだ打ち上げられていないが,可能性はある。 人間の巧智をもってすれば,どこかの荒涼たる 月の海にそれを投錨させるのは難題ではない。 人類の想像力と知性の証としてピアノほど 強力なものはかつて無い。もの自体がその働きに 加え,霊妙な機械仕掛ばかりか一個の美術品として 驚異の存在であるからだ。凍てついた沈黙のなかに 直立しても,さぞや立派でいられよう。 むろん,すべての赫々たる人工物と同じく, それは卒然完成品として出現したのでなく 進化を経たもの。簡素なダルシマーが最古の 祖型だと信じられている。私の目には ジェミニ8号,ロシアのソユーズ10号より その複雑精緻な仕掛が驚異的に映る。 消音装置,止め金具と発条,鋼鉄線と 軸点,すべて黒光りの木材に隠されていて 表にはミルクの白鍵,ピッチの黒鍵。 だから,夢想せよ,蓋のあいたピアノの こわばった微笑の前で後代の宇宙飛行士が 唖然としている様を。そのころにはこの装置, 何用に供せられたのか,彼にはきっと解せないであろう。 最新のイギリス詩,みたび 33 ただし人類の作品であることは疑わぬにしても, 部品にはマソモスとその棲息地と共時のものありとは いっかな思いいたらぬであろうし,それに その不毛の沈黙の中では,この優雅な機械の木箱には 保たれ,つながれて,音の星座たち, 輝けるものたちが憩うているとはゆめ悟るまい。 月面のピアノとその不思議な物体に面食らっているずっと未来の宇宙飛行士。 という趣向そのものがすでにたっぷり詩的であり,詩の出来ばえはそれ一つで ワザアリというところ。どの詩行も遺憾ないが,とりわけ最後の3行には惚れ ぼれさせられる。静寂の月世界を取り囲む満天の星座。無音の天体の音楽。そ こにひっそりと一台のピアノ。ピアノの中にはsonic constellations glittermg rest.ほぼ完全な heroic coupletの10行3連。 11. That Place, Those Hours (In Memoriam−F.R.) Idid not think to write an elegy for you− afriend whom I’dnot seen for forty years, until a boy passed by with s皿一bumt skin and from the sky a lark spilt notes of rain. Then I remembered one hot summer day when we played cricket in long meadow grass, where cows stood watching every eager run you notched in chalk upon your mellow blade. 34 伊 藤 武 久 Ibowled for hours, shirt off, and unaware of how the heat was blistering my back, whilst you hit out, reluctant to declare until you’dequalled Bradman’shighest knock. Then when my innings came I had the luck to be distracted by a lark that rose as your late−swinger hit my middle stump. Iclaimed’no ball’but you’dhear none of that. The hurt was worse than any peeling skin and lasted for a month, or maybe more. And so we parted company, still friends, but never to recaU our epic match. Now houses crouch like fielders in the slips, the grass is gone and there’sno room to bat; and you, I hear, at sixty have been caught whilst I, amazingly, am still not out. That place, those hours, the summer I thought lost, were all brought back because a boy passed by stripped to the waist and, from a heap of stones, anew bird rose to haunt an empty sky. 最新のイギリス詩,みたび 35 Edward Storey 13/4/1996 かの地,かの時 (F.R.追悼) 君の諌歌を書く気はなかった一 四十年会っていない友人。なのに, すれちがった一人の日焼け少年と 空から雨催いを叫んだ雲雀のせいで はしなくも夏の暑い一日を思いだした。 丈長い牧草地でクリケットに興じたあの日。 牛たちは君が元気よくランを続け,よい色した バットにチョークで記録するのを見ていた。 ぼくはシャツ脱ぎで何時間も投げ,暑さで背中が 日ぶくれするのも気付かずじまい。君のほうは 打ちに打ち,ブラッドマソの最高打点に並ぶまで 引き下がる気持ちはないと見えた。 やがてこちらの攻撃となり,運よく飛び立った 雲雀に僕は気を取られて,君側の後続投手が まん中のスタソプに当てたのに,「反則球」 と抗議したのを君はいっかな受け付けなかった。 あの日焼け傷はどんな肌剥けよりも性悪で, 36 伊 藤武 久 ひと月,いやそれ以上治らなかったよ。 あのとき別れたきりで,友達のまま,ついに あの記念的果し合いを語り合うこともなかった。 今は,家々が守備についた野手のようにかがんでいて, 草は消え,バットを振る場所とて無い。 そして君は,聞けば,六十にしてアウトとなり, ぼくは,あきれるね,まだダウンではない。 かの地,かの時,なくしたと思っていた夏が すっかり戻ったのはもろ肌脱ぎの少年が 僕とすれちがい,小積んだ石の間から新しい 鳥が一羽,雲なき空の居続けに飛び立ったからだ。 イソ・メモリアムはテニスソをはじめ,イギリス詩には名唱が目白押しである。 故人への思いが切実,真摯であるから,溢れる感情が言葉の不足(もしあった としても)を補い,追想を好ましいものにするのであろう。 12. These few lines about your eyes (for Christine, nearing 40) If I tell you that your eyes become more beautiful each year, then you’11 bat them, cross them, tell me it, s nO recompense for needing contact lenses, ・ 最新のイギリス詩,みたび 37 or for all their lines. If I tell you that your eyes become more beautiful each year, 1’ll see the light cavort in them; you’ll roll them and you’ll widen them, or else avert them winningly and turn the conversation round on me. If I tell you that your eyes become more beautiful each year, you’ll focuss them quite suddenly, then narrow them suspiciously, and tell me it’sthe place all right, but, lover, past the time. So I’ll just lie here silently, innocent of devilry. 1’ll look into those eyes of yours, and improvise these lines of mine. Till, sensing scrutiny you’11 say, ’Now what’sthat in your beard−grey?’ Tony Roberts 20/4/1996 38 伊 藤 武 久 君の目についての若干の詩行 (不惑に近いクリスチーヌに捧げる) もしぼくが君の目は 年々きれいになるねといえば その目をしばたき,白黒させ だからってコソタクトが要ったり こんなに雛をこさえたことの 償いにはならない,というだろう。 もしぼくが君の目は 年々きれいになるねといえば その目には輝きが戯れよう。 君はぎょろ目,だるま目,それとも 愛くるしく目線をそらすかして, 話をぼくのことに向けるだろう。 もしもぼくが君の目は 年々きれいになるねといえば その目を一点に凝らして ついで疑うかに細め,いうだろう。 「所」はあいかわらずだけど, あなた,「時」というものがいっちゃたのよ。 最新のイギリス詩,みたび 39 だからぼくとしてはここにただ黙して座し, 悪さをしないようにしよう。 君のその目に見入って,即興の こうした詩行を考えよう。そのうち, 探られているのがわかって,君はいう。 「あら,お髭のそれはなに。白髪?」 年を経て,心が練られ,知恵が深まるような人なら,その目はたしかにきれい になっていくだろう。そんな愛する女性を明るい言葉で称えた優しい軽やかな 詩である。タイトルからして懸け言葉。さしずめ「君の目をめぐるシワ(織, 詩話)」といったあんばい。 13. Pingo after dipping into the OED There is no word in English for the dent In upper lips the Welsh call s%c〃. It’sstrange So flexible a tongue should not invent Or steal a term, and so extend its range. But there’sstill hope, however late the date. ’We need no name for rounded nunataks,’ L.Koch declared in 1928− And yet the urge to name could not relax: 40 伊藤 武 久 What cαηone call a mound that snow and ice In thwarting have left hollow at the crest If asked to be both graphic and precise? A’dipple’?Or possibly a’ringo’? Geologists pooh−poohed:’The Eskimos know best,’ And promptly added’pingo’to our lingo. Joseph P. Clancy 20/4/1996 ピンゴ OEDをかりそめに覗いてみて ウエールズ人がswchと称している上唇の 窪みをあらわす語が英語にはない。これだけ 柔軟な言語なのに,術語の一つも発明するとか 盗用するとかして語彙を広げないのは面妖な話。 しかしどんなに時くだっても望みはやはりある。 「丸型の氷河小丘に名などいらざること」と 1928年 L.Kochはうそぶいた。 だがどっこい,命名への疾きは収まるものではない。 てっぺんの氷雪が溶けて,なか窪みができた 丸い丘を,画いたようにかつ正確に表すよう 求められたら,どういえぽいいだろう。 最新のイギリス詩,みたび 41 dipple?だめ。じゃ, ringoとでも? 地質学者たちは患笑して,「エスキモーに任せよ」, そして即刻われらの術語に pingoというのを加えた。 詩人という言葉の料理人はどんな素材からでも一品を料理するが(食べる人の 好き嫌い,味の好み,またその善し悪しを顧慮しないなどの問題はこの際問わ ないでおくとして),これは言葉という素材をもちいて作った一皿のソネット の軽食。OEDのpingoのところを見ると,たしかにL. Kochなる人物 の著書からの引用があって,この語の来歴が解説されている(第2版なら,第 11巻865頁中列)。 14 Wasp Alittle striped妙勿θηoρτθγα hugging a dnlgged green worm buzzes into my face three times. (Her nest is just under the sill I’mleaning on.) So I move, and wait till she’smade her deposit. (How else could she say ’If you’re not going to help with the work, please get out of the way.’) Peter Kane Dufault 4/5/1966 スズメバチ 42 ・伊 藤 武 久 縞のちいさなハイメノプトラが一匹 毒を盛られた青虫を抱えて羽音高く 三度わたしの顔に突き当たる。 (そいつの巣はわたしが寄りかかっている 敷居の真下だ。)それで私は身を引き 彼女の荷降ろしが済むまで待っている。 (そうでもしないとハチにはまさか言えまい, 「仕事を手伝ってくださらぬのなら そこどいてちょうだい。」) So what? といってしまえばおしまいである。よい一句,一・首を読んだとき とおなじ,ささやかだが充実した言語世界に瞬時身を没することができれば, この短詩は生かされたことになるはず。 15. Dear Mary, Ihave a problem for you−and it’spretty scary. Recently a man I’dnever seen before Without so much as a by−your−1eave walked though my front door, Ensconced himself in my favourite chair, Helped himself to a cigar, poured a whisky, and with an intolerably familiar air, Before I’dscarcely drawn breath, Announced,’1’man old friend, don’tyou remember me?− Charlie Death. 最新のイギリス詩,みたび 43 1’mstaying with you, officially, from now on.’ That was a month ago, and he still hasn’tgone. He shares my bed, borrows my shoes, Peers over my shoulder at the daily news, Monopolises the loo, and fills in the crossword clues. Mary,1’mso mortified I’ve even thought of committing suicide. But since that wouldn’tbe, any more than he is,very nice, Please, Please give me your advice. What is the most correct, the politest, the best Way to get rid of this pesti企rous unwanted’guest’? James Michie 28/9/1996 拝啓 メアリーさま 問題を一つ呈します一そうとうオッカナイ話です。 さきごろ,見も知らぬ男がひとり 御免なさいもあらばこそ玄関から歩み入って ぼく愛用の椅子に鎮座して 勝手に葉巻をとりウイスキー注ぎ,舐めきったなれなれしさで こちらがよう口も開かぬ先に 告げていわく,「古い友達です。お忘れか。死神チャーリーです。 君のうちに正客として今後滞在する。」 それが一ケ月前のことで,いまだに居続けでなのです。 44 伊 藤 武 久 ベッドには割り込む,靴は拝借放題, 肩ごしに日刊紙を覗き読みし, トイレは独占,クロスワード解きは我がもの顔。 メアリー,ぼくは口惜しくて口惜しくて いっそ自殺を,と思うときもありました。 だが,それではあいつ同様,ブザマでありましょうから, どうか,どうか知恵をかしていただきたい。 一等正当で,懇切で,優れた策はないものでしょうか, この大迷惑の,願い下げの,「客人」からのがれるための。 死神に居座られたと知ったとき,このように死を多少の笑いとともに客観視で きる人がはたしてどれくらいいるのであろう。これは詩人の個人的実感なので あろうか,それとも他人事を述べたものであろうか。James Michieは1927年 生まれであるから本年70歳である。各行の長短のはなはだしい,自由詩形であ るが,それでも2行目以降は2行あるいは3行の連続押韻となっている。 16. Lewis Carro‖’sDedication All in the golden afternoon Full leisurely we glide; For both our oars, with little skill By little arms are plied, While little hands make vain pretence Our wanderings to guide. Ah, cruel Three!In such an hour 最新のイギリス詩,みたび 45 Beneath such dreamy weather, To beg a tale of breath too weak To stir the tiniest feather! Yet what can one poor voice avail Against three tongues together. Imperious Prima flashes forth Her edict’to begin it.’ In gentler tones Secunda hopes There will be nonsenses in it While Tertia interrupts the tale Not more than once a minute. Anon, to sudden silence won, In fancy they pursue The dream−child moving through a land Of wonders wild and new, In friendly chat with bird or beast− And half believe it true. And even, as the story drained The wells of fanccy dry, And faintly strove that weary one To put the subject by, ,The rest next time−”It is next time., 46 伊 藤 武 久 The happy voices cry. Thus grew the tale of Wonderland Thus slowly, one by one, Its quaint events were hammered out− And now the tale is done. And home we steer, a merry crew, Beneath the setting sun. Alice!Achildish story take, And with a gentle hand Lay it where Childhood’sdreams are twined In memory’smystic band, Like pilgrim’swethered wreath of flowers Pluck’din a far−off land. ルイス・キャロルの献詩 その黄金の午後の時 舟はゆるゆる滑ります 腕によりかけ二本擢 励む気持ちはさらになし 子供の空しい舵取じゃ 迷う行く先直せない 酷いよ三人あの時刻 最新のイギリス詩,みたび 47 夢み心地の空のした 羽根も飛ばせぬ細い息 だのにお話ねだるなど とはいえ三人がかりには 一人の声では勝てません お偉い長女さっそくの 「さあ始めて」のこ厳命 ちょっと優しく次の子は 「お願い混ぜてねナソセソス」 三女は話の腰を折る 一分ごとに一度きり すぐと突然おし黙り 心のうちでめいめいは 幻の子のあと追って 新奇怪異の驚異国 鳥やけものとおしゃべりし 半分本気にしています やがて話の種は尽き 空想の井戸水洞れる ほそぼそ辛い無理仕事 きりがないから「またこんど」 三人姉妹は上機嫌 48 伊 藤 武 久 「今が今度」とききません 不思議の国の物語り ゆっくりひとつまたひとつ 奇妙な事件 型どられ かくてぞいまやできあがる 楽しい僕らのお帰りだ 入日の下で舟回せ 幼な語りをアリスさあ 受けて優しく置きたまえ 子どもの夢が思い出と 文目織りなすその場所へ 遠い国から巡礼が 摘んで帰った花の枯れ輪を ご存じ「不思議の国のアリス」の冒頭にある献詩である。巷の翻訳本はたいて いこの詩を削除するか,とりあげても読み間違えているのが多い。義憤を覚え, 私訳をこころみた。ついでに藤村風に七五調(最終行は七七)にした。
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