(東北大学大学院理学研究科 博士(専門:放散虫))の書評(pdf)

『日本の海産プランクトン図鑑』 DVD 付
(ISBN978-4-320-05711-1)
岩国市立ミクロ生物館 監修
末友靖隆 編著/松山幸彦・上田拓史・上野俊士郎・佐野明子・濱岡秀樹・中島篤巳
著
最近は,ブームなのだろうか,顕微鏡でみる水中生物のポータブル図鑑が本屋で目につくようになっ
てきた.大手おもちゃ屋には子供のお年玉で買える乾電池式 LED 顕微鏡も販売されるなど,ミクロな生
物の観察がずいぶん手軽になってきた.
そのようななか,「日本の海産プランクトン図鑑」が世に出た.205 ページのフルカラーで 2,400 円
(税抜き).サイズは A5 判のポータブルサイズ.このレベルの本がこの値段というのは,一言で言えば
「買い」だ.
この図鑑は驚くことに,小学生高学年から大人まで,実用的に使える工夫がなされている.約 170 種
類の海のプランクトンのほぼすべてに写真とカラースケッチが載っている.見分ける要点がスケッチに
添えてあり,図鑑によくある難解な「記載文」で首をかしげることもない.沖縄まで私はプランクトン
を観察しに行っているが,そのかなりの部分がこの図鑑に「いる」.国内外の色々な海洋プランクトン
図鑑が手元にあるが,まずはこの本をみて解決をはかり,難しいものだけ専門書に頼ればいいといった
感じだ.
さて,中身はどうであろうか.ぱっと本を開こうと思うと,カラーインデックスが辞書のようについ
ている.使い慣れれば,知りたい微小生物のページをさっと開けるだろう.これは電子出版では実現し
にくい便利な機能である.
図鑑の中身は,第一部「プランクトンについて」と第二部「プランクトン図鑑」で,付録がついてい
る.第一部では「3.大きさを比べてみよう」が面白い.この本に掲載されている全種類が名前ととも
に並べてある.サイズを4段階にわけてあるので,顕微鏡の対物レンズをかえて見たときに目につく微
小生物をみているかのごとくである.
この図鑑の本体である第二部の工夫がすごい.カラーの見やすいシンボルマークの説明がある.まる
で家電の総合カタログのシンボルマークのようだ.この 11 群 14 種類のシンボルマークをみれば,汚染
度や有害性などの個々の生物の意味が,ぱっと見でわかる.
そのあとに続く「生物一覧」は,フルカラー写真,名前,シンボルマークがセットになって,両ペー
ジで最大 23 種類を同時に見ることが出来る.この「生物一覧」の写真は鮮明なので,次々と見ている海
洋プランクトンの名前にあたりをつけるのに適している.もちろん,この一覧から本格説明がある頁に
飛ぶことも出来る.発見した海洋プランクトンをこの一覧図にチェックすれば,シンボルマークの共通
性から汚染度や有害状態にあたりをつけられそうだ.
続くページには「生物検索表」がある.通常は分類体系を意識したつくりだが,この本では思い切っ
ていて,とにかく大きなグループにたどりつけるように指向した作りである.実際のプランクトンはご
ちゃまぜなので,現実に即した作りと言えよう.
個々の種類の解説は,1頁あたり2種類が掲載され,説明がコンパクトである.研究者にとって欠か
せない学名のほか,すべてに和名がついている.実は和名のあり方は専門家のなかで意見が分かれる.
しかし,監修をした岩国市立ミクロ生物館は,小中高生や父兄など「素人」に実物をみせる普及活動の
経験が豊富だ.普及には和名が必要不可欠と考えたようだ.親子で顕微鏡を眺めるときに和名は確かに
便利だ.
解説内容はコンパクトに「知ることの意義」がまとめてある.たとえば,「カサボネケイソウ」とい
う 0.02~0.03 mm の微小生物は,トゲが魚のエラに突き刺さって,魚を弱らせるそうだ.こういう一口
情報を読むだけで,その微小生物に会ってみたくなる.記述内容も最新成果を含む.古生物学の世界で
は謎の生きている化石「エブリア」が有名だが,2006 年の遺伝子研究でエブリアが「アメーバ繊毛虫」
の仲間だとわかったという.
海洋プランクトンを顕微鏡で観察していると,いろいろな疑問がわいてくる.一番多い海洋プランク
トンって何だろう,とか.本書には 35 本の「コラム」があり,疑問に答えてくれる.
観察の楽しみは,「生きている」実感が得られることだ.ナンキンタマスダレを披露してくれるケイ
藻など実に面白い動きに目が釘付けになったりする.写真や動画が欲しいけれど撮影が難しい.そんな
悩みは付録の動画収録 DVD をみれば解決である.海外で似たような動画 DVD を教育用に購入したが,
どれも数万円単位で売られている.2,400 円(税抜き)の本についた豪華なおまけである.
この本の付録には,「プランクトン調査記録表」もついている.顕微鏡を持っている人でも,現場で
海のプランクトンを見た人は少ないに違いない.プランクトン採集方法は本書の6―7頁にもあるが,
ストッキングを2~3枚重ねればプランクトン濾し器の完成である.おもちゃの電池式 LED 顕微鏡とこ
の「日本の海産プランクトン図鑑」を携え安全な海岸に出かけ,現場で海洋プランクトンを眺めてみよ
う.目の前に広がるミクロワールドの感激は,残念ながら言葉では伝えられない.この本がこの世界の
入口を広げてくれた.
鈴木紀毅(東北大学大学院理学研究科 博士(専門:放散虫))