現代美術における工芸と絵画の融合 - Tama Art University

2011 年度
多摩美術大学大学院美術研究科
修士論文
Graduate School of Art and Design, Tama Art University
「現代美術における工芸と絵画の融合」
Fusion of Craft and Painting in Modern Art
永井
優
Nagai Masaru
31012039
博士前期課程
絵画専攻
油画研究領域
Oil Painting Field Painting Course Master Program
「現代美術における工芸と絵画の融合」
目次
「はじめに」…2
1、「以前までの作品制作について」…4
2、「手作業の温かみ」「劣化について」…4
3、「融合について」…9
4、「伝統的な素材を用いるうえでのモチーフ選び」…12
5、「漆を支持体とする描画。地と図の関係性」…14
「おわりに」…17
参考文献…18
1
はじめに
作品にとって描く内容、コンセプトに並んで素材は重要になってくる。平面作品であっ
ても二次元的な見方をするため物質感は薄れがちではあるが、視覚的に強い「色」
、または
描かれている「形」を構成しているものは描画材(素材)そのものである。絵画作品は描
かれている内容に目が行きがちであるが、元を正せばキャンバスという支持体に絵具がの
ることにより色や形、絵画に必要なものを構成する。絵画作品は平面的ではあるが三次元
の物質であることがわかる。かなり細かく見た考え方だが制作者としてこういった素材の
考え方は大切である。
素材を大切に考え研究することで、平面作品であっても三次元(物質的)な見方が強くな
ってくる。タブローは平面というくくりであっても厚みがあり、あくまでも三次元の物質
である。こういった考えを深めるにつれて絵画に使用する素材を一から選ぶことにした。
油絵具は温かみがあってとても魅力的ではあるが、どこか荒々しくて好きになれない。一
方工芸品のような「物」として作り上げるような完璧なものに魅かれた。ただ絵画を学ん
できた人間としてペインティングの要素を捨てきることができない。素材感も活かしつつ
描画的な作業も活かしていきたい、あまりにもわがままでこれを作品にしたら詰め込みす
ぎ、要素が多すぎ、色々なジャンルのいいとこ取りしたようなもので、作品になるかわか
らないようなコンセプトであるかもしれない。半ば強引なコンセプトである。
今までこういった作品コンセプトは存在していたかもしれない。「絵画と工芸の融合」な
どと言ってしまえばそういったことをテーマにしている作家は多く存在する。今このコン
セプトで制作をする意味として、
「現代の美術」ということが関係してくる。そういったこ
とを踏まえて、絵画と工芸、そして現在そのコンセプトを使う意味を考え話を進めていき
たいと思う。
1、
「以前までの作品制作について」
以前までの作品制作を紹介しながら、今回主題になったコンセプトにたどり着いた経路
を辿りたいと思う。
2、
「手作業の温かみ」
「劣化について」
物を作るうえで重要になってくるテーマである。手作業で作られることと工業製品の質感
の違いを対比し素材感がどのように変わってくるかを考えたい。またどんな素材にでも起
こる劣化という現象について素材ごとに考えていきたい。
3、
「融合について」
今回のテーマの主題になってくる。絵画と工芸の融合について、あくまで私の作品制作を
2
通して、私が描く理想的な絵画と工芸の融合作品について過程、テーマ、そして理想論を
述べたい。
4、
「伝統的な素材を用いるうえでのモチーフ選び」
現代美術として漆という伝統的な素材を用いることの意味。そしてその素材を使ってどう
いった物を描くかということについて考える。
5、
「漆を支持体とする描画。地と図の関係性」
古典的な工芸作品、絵画作品の地と図の関係を見直し、漆という素材を用いた支持体に適
した描画方法を探しそれを論ずる。
3
1「以前までの作品制作」
次に私の個人的な制作について話したいと思う。私の制作のコンセプトの中心にあるも
のが素材や物質感である。平面的な油彩を制作していた時期もあったが、大学の学部時代
は素材を中心にした抽象作品の制作を行っていた。どんな素材を使うにしても最初に述べ
たように「実際は描いたものも絵の具という物質。
」というようなことが頭に浮かび、素材
中心の制作になった。もともと描写をすることによって物質感を出す作業をしていた。そ
れが制作を進めるうちに描いて出す物質感より実際の素材を作品に取り入れるようになる。
それは描くことには限界があるということを感じ始めたからであった。油彩でどんなにコ
ンクリートの壁を緻密かつリアルに描いたとしても、画面上にあるものはキャンバスと油
絵具の塊である。絵画作品には必ず起こるその「矛盾」が当時の制作の壁になり描くこと
への限界を教えてくれた。
その後の作品は至ってシンプルなものとなった。形態は平面だがレリーフ状になってお
り半立体の作品になっている。一枚の木製パネルの上に幾何形体で構成したパネルをのせ
ていく。そのパネルには金属、鉄、漆(カシュー)
、などの物質で構成されており一枚の画
面上でその物質感同士がぶつかり合う。実質パネルを二枚重ねた厚みがあるため、一般的
な絵画よりも厚みがある。それは物質感をより強く見せる効果にもつながっている。シン
プルな構成ではあるが素材の持つ魅力を見せるためにこういった制作を行った。
(図-1)作品「PROGRE 1007」
永井優
2010 年 箔・鉄粉・顔料・カシュー・パネル
4
その後、私の制作はある一つの素材を中心に進行するようになる。それは※1カシューと
いう漆の油性塗料だ。本来の漆よりも激しい光沢をもち、建築物などの塗装にも用いられ
ており大きい面積で使用することができる。油絵具やアクリル絵具などのペインティング
をするための塗料とは全く異なる質感だ。上の図の作品で最も明度が低い黒い色面がこの
カシューである。この素材のもっとも大きい特徴が「光沢」である。塗装を繰り返し何度
も磨き上げることで強い光沢をもつのがこのカシューの特徴である。それは今までのペイ
ンティングによる一般的な絵画作品にはないものであり、言ってしまえばその質感は絵画
の領域を超え工芸的な素材感といえる。その光沢に魅力を感じこのカシューという素材を
中心に制作を始めた。
光沢をもつ塗料はカシュー以外多く存在する。例えば車の塗装に使われるウレタンとい
う塗料。車のボディを見ると覗き込んだ顔やまわりのものが映りこむぐらいの光沢がある。
他にもエレキギターの塗装に使われているのがラッカー塗料である。こちらも磨きをかけ
ることにより光沢が生まれる。光沢をもつ塗料はいくつもあるが、その中でもこのカシュ
ーという塗料の光沢に一番魅かれた。
塗装されている物のイメージだろうか、車やエレキギター、建築物の一部にも光沢があ
る塗料を用いられていることが多くみられる。こういった物のイメージからウレタンやラ
ッカーなどの光沢のある塗料はどこか無機質で冷たいイメージが拭い去れない。極端な話
こういった無機質なイメージはファインアート系の作品、つまり一般的なペインティング
による絵画作品にはあまり見られない質感だ。もちろんデザイン的なフラットな塗りの作
品なども多く存在するがそういった作品に関してはまだ人の手垢臭さのような温かみがど
こか感じられる。カシューの作業工程として「研ぎ出し」という過程がとても重要になっ
てくる。光沢はその画面に反射した光を通して人の目に映るものである、画面に細かい凹
凸があると光がうまく反射できず光沢が生まれない。いかに滑らかで凹凸のない画面を作
れるかで光沢の強さが変わってくるのである。その滑らかな画面を作るための作業がこの
「研ぎ出し」なのである。画面の上の余分な凹凸やゴミ等を一掃する作業と言えるだろう。
通常の絵画作品の過程にはない作業である。
「描く」というよりは「作る」という感覚に近
い。
※1・カシュー
塗膜や性能も漆とほとんど変わらず、光沢があり、高樹脂分のためふっくらとした肉持ち感がある。塗
料の乾燥は空気中の酸素を取り込む酸化重合であるので、漆のように湿度を必要としない為、自然乾燥ま
たは加熱乾燥が行われる。
5
絵画の作品の過程としてキャンバスという支持体の上に絵具をのせることで描いていく。
そこにはナイフで置いた絵具の厚みや、筆跡などが存在する。もちろんそういったものが
絵画作品の魅力のひとつにもなっているのだが、ここではそういったものを「荒々しいも
の」とでも言っておこう。とことん意味を還元していけばキャンバスも絵具もただの物質
である。ただキャンバスというものに絵具を置いた時その時からそこに色々な意味が生ま
れ始める。そこでキャンバスや絵具といった物質の次元から離れ「絵画」になる。それは
一つの「破綻」と言ってもよいと思う。
「荒々しいものと」と言うと表現が悪いかもしれな
いが、いわば絵具という素材から生まれるテクスチャーが絵画的な魅力と考えていいだろ
う。そのテクスチャーがどのような形で魅力的に見えるかということは、その作品を見た
人たちそれぞれの感性によって異なるとは思うが、その人の手によって描かれたというこ
とでどこか手垢臭さや温かみを感じ取ることができると思う。
そこまではいわゆる「絵画作品」に関する質感の話である。それに対して「工芸作品」
の質感について考えてみたい。まずはじめに工芸作品というと外れてくるとは思うが、極
端に比較するため一例で上げた車のボディの質感を考えてみよう。基本的に車の塗装はウ
レタン塗料を用いられ、塗装する際はコンプレッサーとスプレーガンによる吹き付け作業
で塗装される。塗装を重ねたのち研ぎ出しを行い磨き上げ光沢が出る。基本的に車の塗装
は全体を通して均一、フラットに仕上げていく。ムラなく平坦で滑らかな仕上がりで工業
品としてのクオリティを求められている。比べるのもなんだが絵画作品のようなテクスチ
ャーが表面になく、そういった物が存在すると工業製品としてのクオリティや価値が下が
ってしまう。今まで話してきた「研ぎ出し」という作業はこういった工業製品にとっては
無駄なものをそぎ落とすといったような意味合いを持っている。
また工芸品と言われるものを考えてみたい。例えば伝統的な漆芸を見てみると、一つ一
つが手作業で丁寧に作り上げられる。漆を塗りそれを丁寧に手作業で研ぎ出していく。そ
ういった作業を何度も繰り返し小さいものでも完成まで数か月かかる。そうやって仕上が
った作品は工業製品の品質に近いものまで到達してくる。ただそういった工芸品は工業製
品のような冷たいイメージはなく人の手で作られた温かみが強く感じ取られる。
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2「手作業の温かみ」
さてここからが今回の論題の大きなテーマとなってくる。いわゆるファインアートと呼
ばれる人の手によって作り出された手垢臭さのような人が作ったということがわかり温か
みを感じるもの、またそれとは逆に無駄なものがそぎ落とされフラット感を重視した工業
生産的な人工物、こちらはどちらかというと冷たいイメージを持つものである。極端に分
けてこの二つのものを掛け合わせる作品が作れないだろうか、そういったことをよく考え
ていた。つまりは「絵画と工芸の融合」とでも言ったところだ。もともと工芸というジャ
ンルは絵画に近いところにある。漆芸で言えば食器類に漆で塗装を施した後、金箔で花の
形を描いたりする。ペインティングというよりは「装飾」といったカテゴリーだ。また漆
芸には「蒔絵」といって漆で対象物を描いた後、上から顔料を降りかけ描く伝統的な技法
が存在する。そういった装飾性が含まれるため絵画と似通ったところがあるのだ。そうい
った装飾性も兼ね備えているが、もっとも強く調和している部分がやはり人の手作業によ
って作られているということだろう。
「劣化について」
どんな素材であっても時間が経過すれば劣化が見られる。鉄であれば錆たり、木でいっ
たら腐食し朽ちていく。この荒廃や劣化といった現象なのだが絵画でいってもこういった
ことがありうる。絵具の色は時間が経つにつれ変色し、厚塗りされた絵具はひび割れたり
剥がれ落ちたりする。本来、美しく完璧な状態で仕上げるのが絵画作品である。作者が完
成とし発表した段階から一般的に表面の変化はあってはならないものである。しかし時間
の経過とともに作者の意図しない方向へと色は褪せ絵具が剥がれ落ちていく。絵画作品の
劣化現象は作品にとってはマイナスの現象と言っていいだろう。
それと対照に工芸での劣化現象を比べてみたい。乾漆の器を例として挙げてみる。塗り
たては半つやで手にも触れられないようなものでありその状態もとても美しい。しかし乾
漆器の場合それを毎日使い込んでいくことによってさらにつやが生まれる。それは塗りた
ての鮮やかな艶とは違い、深く味のある艶になる。時間の経過と使い込まれたことによっ
てしか生み出されない漆独特の艶である。物質としては荒廃現象、素材が劣化しているこ
とには違いないが見た目の素材感はとても美しくなっている。油絵具と比べて漆は色褪せ
が少ない素材である。被膜の強度としてもペインティング用の塗料に比べて漆は勝ってい
る。そういった元の素材の強さも関係はしているが、漆にとって荒廃現象はプラスの現象
になっていると言える。
7
(図-2)左が新品の漆器。右が 10 年間使い込んだ漆器。
もちろん塗りたての鮮やかな艶が良いという意見もあると思う。最終的にはすべて個人
の価値観になってくる。今言った通り劣化というものはキャンバスであっても食器類であ
っても素材の寿命としてはマイナスの現象である。ただし見た目の問題は違う。もちろん
それは好みの問題になるが荒廃した素材感や使い込まれたくすみのある素材感を好む人も
多い。こういった劣化による渋い素材感は時間の経過だけがもたらしてくれる、例えるな
ら大げさかもしれないが鍾乳洞のような長い年月をかけて積み上げられたとても貴重なも
のと言ってもよいと考えられる。
8
3「融合について」
さて、これまで絵画と工芸の両方の視点から特徴や素材感を見てきた。二次元の画面の
上で絵具のイリュージョンでみせる絵画作品。それはキャンバスの上に絵具をのせること
で対象物を描く、つまり不可能を可能にするイリュージョンである。またそれとは対照に
物質の美しさを中心に装飾性などを合わせながらみせる工芸作品。洗練された技術が素材
の魅力を際立たせる素材と技術だけで勝負をするとてもシンプルなものである。この二つ
の領域の美術を融合させたいというのが私の制作のコンセプトだ。
「艶のある素材(カシュー)を選んだ理由」
車の塗装や現代の建築物の艶のある塗装、こういった「艶」に近未来性のような新しさ
をとても感じるのである。無機質でどこか冷たいそういった素材感は現代のコンクリート
ジャングルのような自然からかけ離れた冷たいイメージを彷彿とさせるのだ。「艶」という
ものだけがそういうイメージを持たせている訳ではないが、車の塗装を見るとムラなく均
一に塗られた質感がそういった無機質なイメージを強く感じさせる。
漆やカシューに注目したきっかけがその「艶」である。ウレタンのような現代的な素材
と漆のような伝統的な塗料ではイメージは違ってくる。どちらも艶のある素材ではあるが
その艶の質感が全く違う。ウレタンは鋭く強い艶の仕上がりになるが、漆は角がなく丸み
のある艶の仕上がりになる。「塗装に用いられる物の違いでイメージが変わる」そういった
こともある。ウレタンは車、漆は食器と工業的な車では冷たいイメージがあり、食器のよ
うなもともと素材が木で温かみのある素材のものはそのままの素材感が受け取れる。また
塗装のされ方でもそうだ。広い面積を仕上げるウレタン塗装に対して、漆の塗装は小さい
ものが中心になる。小さい面積を丁寧に育てていく、人の手作りの温かみが伝わってくる
作業である。こういった「ものづくり」の魅力が漆からかんじられる。それは絵画制作に
どこか似ているところがあり、まるで豚毛の筆で描かれた絵具感の泥臭い温かみにも似て
いる。これが私の感じた絵画と工芸の共通点である。
ジャンルとしては違うものであり素材も異なったものが用いられることが多いが、ただ
制作の過程で共通する点が多々あると考える。
艶のイメージは「現代的」
「近未来的」のような新しいもののイメージが強い。ただ漆と
いう素材の概念でいうと「伝統的」や「日本的」のような真逆のイメージになってくる。
漆が日本で古くから使われていること、また刷毛塗で手作業によって行われること、そう
9
いったことから艶のある素材だとしても「現代的」
「近未来的」のようなイメージから外れ
てくるのである。ただ塗装の方法を変えていったらどうだろうか。漆塗りの基本は刷毛で
塗るというのが基本である。刷毛であっても均一に塗るのが職人技であって刷毛跡はほと
んど目立たない。職人ほどの技術がなくても磨きをかけ塗りを重ねることで刷毛跡は見え
なくなってくる。だが漆はどんな塗り方をしても同じような均一な表面が生まれるかとい
うと、それは微妙に異なってくる。車の塗装のようなスプレーガンによる吹き付けの塗装
を対照に出してみよう。吹き付けの特徴として、塗料の細かい粒子が均一に塗装される。
このスプレーガンによる吹き付けの質感がムラのない工業的、現代的な質感を生み出すこ
とに繋がっていると言えるだろう。
ムラなく均一、無機質な質感を生み出す塗装の方法。それは車の塗装などの工業製品の
制作では多く用いられてきた。さて今回「融合」というキーワードが大きなテーマとなっ
てくる。ただ素材だけを絵画に取り込むというだけではなく、こういった技術的なことも
取り込んだ制作を行い「融合」というものに行き着くのである。つまり伝統工芸の漆塗り、
もちろんスプレーガンのような現代的な道具が存在しない時代に生まれ、刷毛塗のような
手作業が主流だった。しかしどうだろう、漆のような伝統的、日本的な素材をスプレーガ
ンによる吹き付け作業で塗装してみることでそういった古いイメージが若干ではあるが打
ち砕かれるのだ。
(図-3)スプレーガンによる漆の吹き付け作業
刷毛塗りは乾燥時に漆の水面張力により平たくなりそのまま乾燥する。支持体に漆の大
きな塊がのりそのまま乾燥するような考え方でよいと思う。刷毛で均一に馴らす作業行っ
たとしても塗料の厚みの偏りが出てきてしまう。それが手作業の味として親しまれている
ことは工芸品としてプラスの事だ。
それに比べてスプレーガンによる塗装作業はスプレーガンの先から漆が細かい粒子にな
10
りそれが支持体に付着し乾燥する。細かい粒子がそのまま付着するので水面張力の乾燥で
起こるような塗料の厚みの偏りが減少される。このように塗料の定着の形が塗装の方法に
より大きく変わってくる。現代社会で多く見かける車の塗装はこの吹き付け作業で行われ
ている。毎日のように見る車、私達は深く意識はしていないがそういった塗装の違いでの
イメージは強く焼き付いているはずだ。
「冷たいイメージの塗装」そのようなことを無意識
のうちに生活する中で脳裏に刻み込まれている。自家用車のボディの上に漆塗りの食器を
載せて比べてみれば一目瞭然であるだろう。
私の考えている素材と塗装方法の融合はそういった現代の生活の中のイメージを融合す
ることによって生まれる。伝統的な素材である漆をスプレーガンで吹き付けることによっ
て古いイメージは砕ける。ただ全くなくなるかというとそうではなく、漆という素材その
ものの温かみは残り伝統的な素材と現代的な技法の融合が発生する。漆の職人からしたら
こんなものは邪道と言われるのは目に見えているが、これが私の目指す新しい美術の形態
なのだ。
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4「伝統的な素材を用いるうえでのモチーフ選び。
」
支持体に漆という素材を用いることで油絵や水彩画のような一般的な絵画とは色々な面
で異なることがある。
「漆=伝統的な素材」というようなことは誰もが思っていることであ
る。まずそこが一般的な絵画の概念と異なってくるところである。
「なぜ現代において漆を使って制作をするのか。」
そこが大きなテーマになってくる。
私の制作の中で日本の古いものや伝統的な素材を大切にしたいという考えはもちろんあ
る。ただそこで現在私が漆を使って花鳥風月や龍や虎、鶏など、古来から日本画のモチー
フとされている物を描いたらどうだろうか。それは時代が異なるだけで昔の日本画制作と
は何も変わらない。古典的な素材と技術を大切にしたい人が描くオマージュ作品で終わっ
てしまう。もちろんそうやって古典的な絵画の勉強をすることは大切であるが、
「現代美術」
としての役割はそういった作品では担えないと考える。
「今その素材を使って描く意味。
」今回もっとも考えたところである。
ある時CDショップに立ち寄った時に一枚のCDのジャケットが目に入った。渋い朱色の
背景に能面が大々的にプリントされているシンプルなものだった。それは「FACT」と
いう外国で活躍している日本人5人組バンドのCDアルバムであった。プロモーション映
像を見るとスーツや現代的なファッションの人たちが能面を着けギターなどの楽器を演奏
している。音楽はハードロックやメタルのような重厚感とスピード感がある激しいもので
ある。
音楽やファッションは現代的なものである。決して能舞台でそういった伝統的な衣装を
身に着けている訳でもない人物が能面だけを身に着けている。そこに大きな違和感みたい
なものを感じた。それは違和感なのかもしれないが現代的なものとしてとても面白く、し
っくりくる表現であった。
制作のテーマである「融合」というキーワードに大きく当てはまってくるものであった。
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FACT CD ジャケット (図-5)
(amazon)
http://ec2.imagesamazon.com/images/I/
411eMjMaUL._SL500_AA300_.jpg
FACT (図-4)
(BARKS)
http://www.barks.jp/
feature/?id=1000048612
(図-4)FACT
(図-5)FACT CD ジャケット
先に述べたように工芸的な素材で日本伝統のモチーフを描いても現代的には面白くない。
現在その素材とモチーフを選ぶ理由がない。漆のような伝統的な素材を用いるには、少し
奇抜で現代的な発想が必要だと考えた。
(図-6)作品「LOVE!!!!」
2011 年
顔料・カシュー・綿布・パネル
上の図は今まで述べたようなことを踏まえて制作した作品「LOVE!!!!」である。支持体に
はカシューを使用しており写真では解りづらいが研磨によって光沢が出ている。そして描
かれている物に注目していただきたい。人物の服装はワイシャツに半ズボンスニーカーと
現代的な服装を身に着けており頭髪は赤色になっている。その人物がエレキギターを持ち
能面を身に着けている。
「艶」の繋がりからイメージを引用したのがエレキギターである。
艶のあるものであるが、作品上では漆で描かれている。
初見でこの作品を目にすると非常に奇抜な発想に思える。ただこの支持体の上に花鳥風
月が描かれていたとしたら、現代の美術としての意味がなくなってしまう。それとともに
それは絵画という領域ではなく工芸の分野に移行してしまうだろう。
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5、
「漆を支持体とする描画。地と図の関係性」
先ほど「絵画という領域ではなく工芸の分野に移行してしまう。
」と述べた。
漆の地に花鳥風月のような古典的なモチーフが描かれていたらいくらタブローであっても
工芸的な見方をされてしまう。また描画方法も大きく関係してくる。日本画の古典的な描
画方法、また琳派の工芸品で多くみられる装飾的な作品には平面的な描画方法が多く用い
られている。くっきりとした式面で構成していくことによって地をそのままの美しさで残
すためだ。そういった構成方法が工芸的な作品に近づけてしまってる。日本画は現代に近
づくにつれて西洋の描画技術を取り入れ、色面的な構成から空気的な構成が入ってきて、
より絵画に近づいた。ここでは工芸的な描画を色面的な処理と考え、空気的、または※ス
フマートのようなぼかし技法による描画方法を絵画的ととらえたいと思う。
作品に漆を用いた下地を使用することでどうしても絵画的な描画方法を取り入れること
は難しくなってくる。それは先ほど述べたとおりぼかしを使った描画方法を使うことによ
って地の美しさが失われていくからである。磨き上げた艶のある美しい地に絵具を載せる
とそこが図になり凹凸ができ、艶が失われる。スフマートのような絵画的ぼかし技法で描
画をすると地と図の境界線が曖昧になってくる。それは漆の支持体には致命傷なのである。
磨き上げた漆の地はキャンバスのようボコボコした目のある支持体ではないため絵具を載
せたときの地と図の差が激しく出る。作品を見る角度を変えると一目瞭然でその差がはっ
きりとわかる。そのため絵画的な描画は地と図の境界線が曖昧になり汚れたような質感に
なり美しくない。そのため地と図の差がはっきりとしている工芸的、平面的な描画が好ま
しいのである。
描画の制作段階を見てもらいたいと思う。
先ほど作品の一例を見てもらったが、一見普通の絵画とはあまり差がないように見える。
描画もぼかし技法を多用し西洋的な描画を行っている。
作品の角度を変えて見てもらいたい。
※スフマート
ボリュームや形状の認識を造り出すため、色彩の透明な層を上塗りする絵画の技法。特に、色彩の移り変
わりが認識できない程に僅かな色の混合を指す。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452 年 - 1519 年)ほか 16
世紀の画家が創始したとされる。
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(図-7)作品を斜めから見たときの地と図の差
写真では解りづらいかと思うが人物のシルエットに添って地と図がはっきりと分かれてい
るのがわかるだろうか。
工芸的な地と図の分け方をするが、その中で使われている描画は西洋的描画法を用いたリ
アルな描画方法である。そのためここでも大きな違和感が生まれる。はっきりと分かれた
地と図だが平面的な処理ではなくリアルに描かれている。リアルに描かれている分違和感
を感じるのである。それはどこかシールを張り付けたようなチープな感じにもとらえられ
る。そういったところが工芸的なイメージを排除し現代的な絵画のイメージに近づけてい
るのだ。
そのため私の制作においては地を汚すことが許されない。そこでモチーフを写真にしト
レースをする作業を取り入れている。抽出した対象物の線画を支持体に転写し、それをも
とに対象物のシルエットをマスキングし上から漆を吹き付けることにより地と図の境界線
を平面的にはっきりとさせる。描画はその時作った境界線を壊さないように図の中だけで
行っていく。そうすることにより地の美しさを残しつつ描画作業を進めることができるの
である。
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(図-8)対象物(写真)
(図-9)対象物(トレース後・線画)
言ってしまえば工芸的な構成と西洋的な描画の融合である。それを漆という特別に艶のあ
る支持体で行うことでどこかチープな印象にもなる。チープと言ってしまうと美術的には
マイナスなイメージが強いかもしれないが、フィルムのような人物のシルエットが支持体
にペタッと張り付けられているイメージはどこか不思議な感じで現代的なイメージもある
と考える。
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「終わりに」
今回「融合」という言葉をキーワードに話を進めてきた。
「素材の融合」
「技法の融合」
「対象(モチーフ)の融合」
と耳にタコができるくらいこのキーワードを使ってきた。
今回の工芸と絵画を融合するということでも言えるが、融合するということは融合するも
のを知っているということがないと始まらない。私達のように大学や予備校で美術教育を
受け多くの技法や知識を持っていないとできないことだ。工芸や絵画の技法は長い歴史の
中で多くの作家にやり尽くされ現在に至る。私達はそういった技法や素材を知識として豊
富に取り入れることができる時代に生きているのである。元を辿ればそういった積み重ね
られてきた美術の歴史があるからこそ「混合技法」なるものが現在存在するわけである。
「古
きを知り新しきを知る」というように美術の歴史や古典技法を学ぶことは大切なことであ
る。
「融合」という行為自体が現代でしか行うことができない最先端のものであると言える。
「Hybrid」という言葉が現代社会でよく耳にするが、美術の世界でもこういった言葉に寄
せていきたい。言うなれば「Hybrid art」とでも言ってみよう。作品制作において技法や素
材は無数に存在する。今回論じた中でも私の制作過程を紹介した場面もあったが、言うま
でもなくそれは現代美術の中のたった一つの話だ。同じようなテーマを題材にした作品は
数多く存在しうる。
過去の美術シーンに比べて現代は技法的なことがあまり言われなくなりアーティストの技
術も低下しているように思える。
「へたうま」などと言われてチープな素材に下手な絵を描
く作品も存在するような時代である。もちろんそういった物を否定する訳ではないがタブ
ローの存在感が薄れていってしまっている事は確かである。同時に作品の品格も失われて
しまっているように思える。日本人は建築や装飾に関して非常に優れた人種であると考え
る。それは古典作品でも若冲や琳派の作品を見ると、日本人の手先の器用さや徹底された
美の感覚がわかる。もちろん技法や素材だけに関する事だけではなく、美術作品を制作す
るという姿勢をもう一度見直せればと思う。
「外からしか見えないものもある。」
「灯台下暗し。」などと言って外国に飛び出していく
若いアーティストは多いが、まだ海外に目を向けるのは早いような気もする。日本の中に
いて気づかないことなら外に出ても気づくことはできない。まずは自分の生まれた国の技
術の素晴らしさに目を向けるべきである。
私自身も古典技法や日本の伝統素材に向き合い、現在日本人である私が作る最先端のア
ートを目指したい。
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参考文献
カシュー (ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC
スフマート (ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%
83%88
漆器写真 (図-2)
(秀学社 「美術資料」 P128)
FACT (図-4)
(BARKS)
http://www.barks.jp/feature/?id=1000048612
FACT CD ジャケット (図-5)
(amazon)
http://ec2.images-amazon.com/images/I/411eMj-MaUL._SL500_AA300_.jpg
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