平成 23 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集 計算応用科学分野 第一原理計算による水分子がシリカガラスの破壊に及ぼす影響の考察 学籍番号 22413572 1 はじめに 氏名 水越智彦 指導教員名 尾形修司 影響を,局所構造と機械特性の相関から明らかにす ガラスは生活に密接した材料である.特にシリカ にすることを目的とする. (SiO 2 )ガラスは光ファイバーなどに用いられてお り,現代産業における重要な材料である. 2 理論的には完全結晶と同程度の,Si-O結合強度を € シミュレーション手法 本研究では,密度汎関数理論(Density Function 持つと考えられる.しかし,実際のシリカガラス材 Theory: DFT)に基づいて,第一原理引張試験を行う. 料は脆く, 予想される理論強度の1/100程度の強度で 計算には第一原理 PAW(Projector Agumented-wave) 破壊してしまう.その原因は,ガラス内部や表面に 法計算ソフト QMAS[2]を用いた. 存在するき裂や空孔などの欠陥の先端に外力が集中 本研究で用いたスーパーセルを Fig.1 に示す.こ の系は SiO 2 ユニットを 32 個,合計 96 原子を含んだ し,理論強度に達するからと考えられている. ガラスは結晶と異なり,原子配列に周期性がない 一辺 11.32Å の立方体である各境界面には周期境界 ため, X線解析などの実験からは原子レベルの局所構 条件を課している.原子配置については,アモルフ 造解析は困難である.そのため,原子構造を再現で ァス状態を実現するために,分子動力学(Moluculer € きるシミュレーションが有効的である.Si−O結合の Dynamics: MD)計算で高温融解させたシリカを急冷 切断など,電子が支配的な現象には量子論に基づく したものを採用している[3].また,この系には三員 第一原理計算によるアプローチが必要である. 環が 2 つ含まれている. シリカガラスはSiO 4 四面体を基本構造とし,頂点 を共有してランダムなネットワークを形成している. 特徴的な構造に,SiO 4 四面体3つでリングを作る, 三員環構造がある.三員環は自由度が少なく歪んだ € 構造であり,機械・光学特性に影響する. また不純物を含むことでその性質を変化させる. € 特にH 2 O分子は強度低下の原因として知られている. 最近の計算によると,H 2 O分子は三員環と活性が高 く[1],その歪みを解放すると予測されている. € シリカガラスとH 2 O分子の反応は次のようである. ≡Si-O-Si≡ + H 2 O → 2≡Si-OH € この反応に従い,シリカガラスの破壊は進展する. Figure 1: 引張試験に用いたSiO 2 ガラスの しかしながら,実験からはH 2 O分子がどのように局 € スーパーセル(黒球:Si,白球:O) 所構造に作用するかはわからず,現在も解明されて € いない. 引張試験では, スーパーセルのxyz各軸の一方向の みセルサイズを伸ばしていく.各歪み値で構造緩和 € 本研究では第一原理計算によりシリカガラスの引 € を行うので,非常にゆっくりとした引張速度の計算 張試験を行う.第一原理引張試験はガラスなどのア に相当する.なお本研究では,不純物を含まない場 モルファスを扱った例はまだ少ない. 合とH 2 O分子,OH 分子をそれぞれを含んだ場合の3 − 本研究は,シリカガラスの引張に対する応答や, パターンについて行った. − H 2 O分子やOH 分子がシリカガラスの破壊に及ぼす € € € € 平成 23 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集 計算応用科学分野 3 第一原理引張試験の結果 − ・ OH 分子を含む場合 − ・ 不純物を含まない場合 OH 分子を三員環の近傍,遠方に配置した場合 の7パターンについて引張試験を行った.Figure 4 各軸の引張試験の歪みに対する応力の変化を Fig.2 に示す.応力が低下しているとこではボン € にその内の3パターンの歪みに対する応力の変化 ドが破断している. x,z 軸とy 軸では傾きが違い, € を,不純物を含まない場合と比較する.三員環近 その挙動に違いが見られる. 傍にOH 分子を配置するとボンドが早く破断した. − − SiO 4 四面体同士のねじれ角の平均値をFig.3に 三員環とOH 分子が影響し,歪みを解放しやすく なったと考えられる. 示す.y 軸引張の方がよりねじれている.原子構 造を観察すると,x,z 軸引張では三員環やその周 25 辺のボンドが,y 軸引張では三員環とは離れたボ € Stress (GPa) € € ンドが破断していた.SiO 4 四面体のねじれにより 歪みを解放しているが,三員環はそのねじれを阻 害する傾向が見られた. € 20 15 10 5 pure near 3-mem-ring far 3-mem-ring near 3-mem-ring 0 -5 0 5 10 15 20 Strain (%) − Figure 4: OH 分子を含む場合の 歪みに対する応力の変化 4 まとめ € シリカガラスを対象にした第一原理計算は数多 くあるが,本計算のように破壊のダイナミクスを扱 − った例はまだ少ない.OH 分子と三員環は他の構造 に比べ反応しやすい傾向が見られた.三員環は歪ん だ構造であり,シリカガラスの機械・光学特性に影 Figure 2: 歪に対する応力の変化 響することが分かっている.その構造を破壊する傾 € − 向があるOH 分子はシリカガラスの特性を変化させ る要因となると考えられる. しかし,より現実的なモデルに近づけるためには まだ課題がある.特に化学反応が再現でき,さらに € 原子のダイナミクスを同時に扱えることが出来れば, 計算機シミュレーションはシリカガラスの破壊過程 の解明の手助けになると予想できる. Figure 3: SiO 4 四面体同士のねじれ 5 参考文献 [1] G. Batyray, et al., Phys. Rev. Lett., 100, 105503 ・ H 2 O 分子を含む場合 H 2 O 分子を含んだ場合では,挙動に変化が見ら € € € € (2008). [2] http://qmas.jp れなかった.原因として0K でのシミュレーショ [3] T. Tamura, G. ‒H. Lu, R. Yamamoto and M. Kohyama, Phys. ンだったため,活性化エネルギーを超えられず, Rev. B, 69, 195204 2004) ( H 2 O 分子と SiO 2 の化学反応を再現出来なかった. €
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