産科麻酔部門

産科麻酔部門(周生期麻酔・蘇生学)
1. 産科麻酔部門とは
当産科麻酔部門は麻酔科医(産科麻酔科医)が産科病棟に常駐する体制をとる、全国でも数少ない施
設の一つです。また無痛分娩件数が極めて多い大学病院であり、年間症例数はおよそ 400~500 例です。
産科麻酔科医は、帝王切開術の麻酔や無痛分娩だけではなく、妊婦中に行われる産科・非産科手術の
麻酔(流産の処置の麻酔、早産を防止する処置の麻酔、妊娠中のその他の手術など)や、合併症を持つ
妊婦さんの分娩中の麻酔、妊娠中の赤ちゃんの治療の麻酔を担当します。また分娩後の大量出血や、緊
急処置を要する様々な合併症にも産科医とともに治療に関わります。生まれた直後の赤ちゃんに異常が
あればその治療にも積極的に関わります。いわば、妊娠、出産にかかわる母子双方の全身管理を、麻酔・
集中治療のノウハウを生かして行う部門です。
2. 診療内容
1) 無痛分娩
分娩時の痛み(陣痛)は、大まかに子宮の収縮そのものと赤ちゃんが産道を通るときに組織
が広がることの 2 つによって起こります。それを麻酔薬で緩和するのが無痛分娩で、方法は 2
つあります。
1 つは硬膜外鎮痛といって、脊髄(せきずい)の近くに細い管を入れて麻酔薬で一時的に神経
を麻痺(まひ)させる方法です。もう 1 つは、静脈から鎮痛薬を注射する静脈鎮痛です。静脈
鎮痛は薬がお母さんの全身に回るので、硬膜外鎮痛より赤ちゃんに対する影響が大きいと言え
ます。これに比べ硬膜外鎮痛は部分的な麻酔なので安全性が高く、無痛分娩の世界的な主流に
なっており、当部門でも硬膜外鎮痛を用いた無痛分娩を行っています。また、脊髄くも膜下鎮
痛という脊髄のさらに近くに薬剤を投与し、痛みの神経を麻痺させる方法を併用する場合もあ
ります。
硬膜外鎮痛の主な利点は、
★ 分娩時の痛みを調節、軽減しやすい
★ 痛みというストレスがないので胎盤への血流が豊富になり、赤ちゃんに酸素を十分供給でき
る
★ 糖尿病や高血圧など生活習慣病のある妊婦には特に有利
★ 分娩時に体力が温存されるので産後の肥立ちが良い
などがあります。
欠点としては、
★ 無痛分娩中足の力が弱くなるため、無痛分娩中は原則ベッド上で過ごしてもらうことになる
★ 無痛分娩中は、尿を出す力が弱くなる
★ まれに軽度の血圧低下を招くことがある
★ 健康保険が適用されない(硬膜外鎮痛以外の方法でも同様)
などがあります。
血が固まりにくい体質や病気、脊髄や神経系の病気がある場合などは硬膜外鎮痛を行えない
場合もあります。その場合には、静脈鎮痛による無痛分娩も行っていますので産科医を通じて
ご相談ください。
無痛分娩について詳しい説明をご希望の方は、日本産科麻酔学会ホームページ 無痛分娩 Q&A
をご覧ください。http://www.jsoap.com/pompier_painless.html
2) 帝王切開術
予定帝王切開術を行う理由には、逆子や双子(あるいは三つ子以上)、胎盤が子宮の出口をふ
さいでいる場合(前置胎盤といいます)、お母さんが以前に帝王切開やそれ以外の子宮の手術(例
えば子宮筋腫を取る手術)を受けたことがある、などが挙げられます。また、お母さんに心臓
や脳などの病気がある場合にも、帝王切開術が予定されることがあります。
緊急帝王切開を行う理由でもっとも多いのは、妊娠中や分娩進行中に赤ちゃんの元気がなく
なることです。中でも赤ちゃんが産まれる前に胎盤が剥がれてしまう病気(常位胎盤早期剥離)
では、とても急いだ帝王切開術が必要です。また経腟分娩を目指して分娩が始まったものの、赤
ちゃんの体が途中でひっかかって腟までうまく降りられない場合にも、緊急帝王切開をすること
があります。お母さん側の理由で、緊急帝王切開が必要なこともあります。例えば、子宮の出口
にある胎盤(前置胎盤)から出血したときには、急いで帝王切開を行う必要があります。妊娠高
血圧症候群(以前に妊娠中毒症と呼ばれていた病気)などのため、お母さんの血圧が著しく上が
ったり、けいれんを起こしたときにも緊急に帝王切開を行います。
予定帝王切開の多くは、脊髄くも膜下麻酔という方法で行っています。これは、脊髄のより近
くに麻酔薬を直接投与し、痛みの神経を麻痺させる方法で、意識は保たれたまま手術を行います。
意識はありますが、お胸から足先まで、痛い、熱い、冷たい、といった鋭い感覚はまったくなく
なっており、十分に手術可能です。赤ちゃんが子宮から出たあとは、赤ちゃんの産声をきいたり、
赤ちゃんの様子をみていただくことも可能です。
緊急帝王切開の場合にも可能であれば、脊髄くも膜下麻酔を行なっていますが、分秒を急ぐよ
うな緊急事態(お母さんの病態が急激に悪化している、赤ちゃんの心拍数が低下してすぐに娩出
しなくてはならない、など)の場合、全身麻酔を行うこともあります。
帝王切開術の麻酔について詳しい説明をご希望の方は、日本産科麻酔学会ホームページ 帝王切
開 Q&A をご覧ください。http://www.jsoap.com/pompier_ca_se.html
3) 産科的処置の麻酔
残念ながら流産してしまい、子宮内で亡くなった赤ちゃんを外に出す処置を行う場合や、早産
予防のための処置を行う場合にも麻酔をおこないます。処置の程度や、それを受けるお母さんの
妊娠週数に応じて麻酔方法は様々です。
4) お産後の大量出血、具合の悪い赤ちゃんへの対処
妊娠・出産は、ひとりの人間をこの世界に創り出し迎え入れる神秘的でとても幸福なイベン
トですが、同時に、生命に関わるような大出血や急変とも隣り合わせです。周産期管理の進歩
した現在においても、とくにお産後の出血は依然、妊産婦死亡の主要な原因であり、約 250 人
に 1 人の妊婦が大量出血により生命の危険にさらされているのが現状です。通常の経腟分娩で
は約 500ml 程度の出血量ですが、何らかの原因により何リットルもの大出血をきたすこともあ
ります。
また、多くの赤ちゃんは元気に泣いて産まれ、その名の通りすぐに赤々とする子がほとんど
ですが、それでも新生児の約 10%は,分娩時に何らかの蘇生(呼吸の補助など)を必要とする
のが現状です。出産後すみやかに、様々な機能が未熟な赤ちゃんをお母さんから離れて体外生
活できる状態に移行させるようにサポートすることが重要となってきます。
このような現状をふまえ、当部門では、全身管理を得意とする麻酔科医が産科病棟に常駐し、
その特性を生かし、お産後の大量出血、そのほかの急変や、出生直後の具合の悪い赤ちゃんへ
の対応にも積極的に参加しています。麻酔科医は、手術の麻酔や集中治療の知識、技術を有し、
妊婦さんや赤ちゃんが急変したときの対応に長けています。私たち麻酔科医が積極的に母体管
理、新生児蘇生に関わることで、不幸な転帰をとるような妊婦さんや赤ちゃんを減らすことが
できると信じ、産科・新生児科と連携して診療にあたっています。