>> 愛媛大学 - Ehime University Title Author(s) Citation Issue Date URL シエースの代表制論についての覚書(一) : コレット・クラ ヴルールの最近の問題提起をめぐって 光信, 一宏 愛媛法学会雑誌. vol.18, no.3, p.111-130 1991-12-30 http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/3661 Rights Note This document is downloaded at: 2017-02-11 05:43:25 IYOKAN - Institutional Repository : the EHIME area http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/ 一 宏 シエースの代表制論についての覚書O 信 コレット・クラヴルールの最近の問題提起をめぐって 目 次 ︸ はじめに ニ シエースの憲法理論の構造的特質 三 シエースと 七九一年憲法 ω 一七九一年憲法の制定過程 ︵ 以 上 、 本 号 ︶ ω領土の再編 ③制限選挙制 18巻3号 111 ω 命令的委任の禁止 ㈲ 国民代表の資格 四 おわりに 光 説 弘 ti冊 一 はじめに ︵1︶ ﹁代表の理論について、現代の学説はシエースの思想に付け加えるべきものをほとんど何ももたなかった。﹂シエ ース研究の第一人者、ポール・バスティドは、今や古典としての地位を獲得している﹃シエースとその思想﹄のな かで右のように論じ、現代フランスの代表制論の枠組みをなすものがシエースによって形成された点を力説してい る。かかる見方の当否は別個に検討される必要があるが、いずれにせよ、これまで数多くの憲法学者がシエースの 代表制論に注目してきたことは争いえない事実であろう。 右の事実は、代表制の正当性およびその具体的システムについて立ち入って洞察した点で、シエースに優るフラ ンス革命期の思想家は他に見あたらないということ以外に、次の事情によるところが大きい。すなわち、一七九] 感量法一近代立憲的憲法の典型と目される一のもとで代表制が組織されるにあたり、シエースの果たした役割 の指導的性格が指摘されていることである。シエースの理論は単に理論のレヴェルにとどまらず、それを越えて実 定法制度のなかに具体化されたというのが、これまでのほぼ一致した見方であろう。かかる見方を代表するのはカ レ・ド・マルベールであるが、彼は一例として、シエースが一七八九年九月七日に憲法制定国民議会︵﹀ωωΦ∋三〇① 8口。⇒巴Φ∩o屋葺轟三①以下、制憲議会という︶で行った演説を取り上げ、その中身を詳細に分析・検討したのちに、 ︵2︶ 同演説について、﹁代表制を正確かつ厳密に叙述している﹂との評価を下している。 一七九一年憲法の定める代表制のうち、特筆すべき制度上の特質を、樋口陽↓教授の見解に従って示すとすれば、 ①立法府と並んで、世襲の国王が国民代表とされていること、②立法府の選挙において、制限・間接選挙制が採ら 18巻3号112 シエースの代表制論についての覚書e一一コレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって ︵3︶ れていること、③議員の選挙民意思からの法的独立が謳われていること、以上の三点である。右の諸特徴はそれぞ れ別個に論ずべき固有の問題点を有するが、それはともかく、シエース理論の影響が指摘されているのは後二者に ついてである。なかでも最後は、学説上、﹁純粋代表制﹂の本質をなす特徴とみなされ、シエースはその﹁熱烈な理 ︵4︶︵5︶ 論家﹂であったとする理解が一般的である。 こうして、シエースをもって﹁フランス代表制論の父﹂と捉える見方は、現在、通説の座を占めているが、かか る見解に対して真っ向から再検討を迫る研究成果が、一九八二年に発表された。すなわち、新進の女性研究者コレ ット・クラヴルール︵02簿8Ω円く叡豊がパリ第一大学に提出し、審査に合格した博士論文︵匪0ω①Oo¢二Φ餌ooけ。鑓辞 ︵7︶ 田¢、﹃公法における代表の起源に及ぼしたエマニュエル・シエースの理論の影響﹄がそれにほかならない。﹁シ ︵8︶ エースは、のちにナシオン主権および代表制と呼ばれることになるものの創案者もしくは輸入者ではない。﹂これは、 現在のフランス憲法学界で精力的に活動しているステファン・リアル︵oり.匹⊆9一ω︶の言葉であるが、このなかに一や や誇張されているきらいはあるがークラヴルール論文の趣旨が凝縮されている。クラヴルール論文は、シエース の代表昏鐘に関するこれまでの研究で最も包括的なものであり、フランスの学界で概ね好意的な評価を得ているよ うで襲・同論文を考察・検討することで・袋制論に関する最近の学説動向璽.禦を知る・とができるのではな かろうか。本稿では、この博士論文が未公刊であることも考慮して、見解の内容を整理・紹介することに主たる重 点をおき、併せて若干の考察を試みることにしたい。 、 、 、 、 、 、 、 、 ︵11︶ ところで、シエースの著作・演説集︵全三巻︶がフランスで初めて出版されたという事実に象徴的に示されてい るように、シエース研究の機運が今日、高まりつつある。このことがフランス革命研究の最近の﹁隆盛﹂と無関係 ︵12︶ でないことは、想像に難くないであろう︵前記の著作・演説集は、フランス革命二百周年記念の年にあたる一九八 l1318巻3号 血. 九年に出版された︶。しかし、より直接的な要因として、紛失していたシエースの未公開文書が日九六七年頃に発見 されたことが挙げられよう。この未公開文書は、議会演説の草稿・読後感・覚書・書簡などからなり、シエースの ・ ・ ︹13︶ 青年期以降の生涯をほぼ網羅する大部なものである。この文書を解読することによりシエースの思想に新たな光を あてようとするのが、最近の研究の一つの特徴である。クラヴルール論文がかかる傾向を踏まえていることは、後 ︵14︶ の叙述で明らかにされるはずである。 ︵15︶ さて、六六六頁にも及ぶクラヴルール論文は、大きく二部に分かれている。まず第一部では、代表半半を含むシ エースの憲法理論について、その全体構造が統一的視点から析出される。続く第二部では、一七九一年憲法へのシ エース理論の影響の有無およびその程度が詳細に検証される。以下では、最初に、シエースの憲法理論全体につい て、クラヴルールがいかなる視点からこれにアプローチし、いかなる見方をしているのかを瞥見する︵二︶。次に、 一七九一年憲法とシエース理論の関係に関する見解を検討し、その意義を探る︵三︶。 114 18巻3号 いを指摘するなかで、シエースの理論が有権者によるコントロールを予定している点に注意を喚起している。バスティドは自説を ︵5︶ 但し、バスティドは通説と見方を異にする。すなわちバスティドは、シエースの代表制論とドイツの﹁機関理論﹂との本質的違 。。凶曾一①蹄餌月巴ω︵一㊤$︶、℃﹂09 ︵4︶①×.旨閃。色ω噂、.自重思至白色Q∩凶Φ旨ω①貫8﹁⑪零三凶二8爵ま空理..℃再三冨899乙貧8みω①三巴。ロO呂言9き鳥凶×尚旨識∋① ︵3︶ 樋口陽﹁﹃比較憲法 改訂版﹄︵︸九八四年︶六︸頁以下を参照。 ︵2︶即O胃み自①竃巴ぴ臼伽q、O。=三σ呂8豊四↓叡9。ぴqO融邑①自①一、卑無目。ヨ①悼︵一㊤N卜。︶もPN㎝や謡刈. ︵1︶ ℃.U◎胆。。ユ負Qり幽①器ωo停ω鋤ロ①コ緻ρN巾窪.︵一箋O︶唱ロ.鶏。。. 註 羽 黒 シエースの代表制論についての覚書←〉一一コレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって一 詳細に展開しているわけではないが、カレ・ド・マルベールによるシエース解釈が﹁機関理論﹂の立場からのものである点を批判 しており、含蓄に富んでいる。9ロロ9。ω乱・o℃・oh齢.”O.凱﹃9 ︵6︶ ﹃法学者・政治学者大学年報︵﹀弓口置﹁①低①。。密﹁hω8。。①樽勺。§蜂舘ζ三くΦ邑雷一﹁窃こ︵﹁九八六年発行︶によれば、クラヴルー ルは一九三七年五月置〇日生まれであり、現在、パリ第﹁大学の公法学助手の地位にある。専門は、憲法学、政治思想史、法制史、 法哲学など。 ︵7︶cΩ碧﹁①巳、ピ、凶邑仁28匹巴貰頴。﹁δ自.けヨ∋雪ニユ紹2①ωω仁二窃。﹁喧コ①ωα巴9。﹁8み器コ冨跨剛8魯島。凶ε。⊆断p呼冨紹8母 δ自068﹁舞色、卑餌戸N<o=一㊤。。b。︶噂⑰①O℃. ︵8︶ Qり.開凶巴。・噛..ピβρ﹁8み紹再鋤二〇=Oロ<①﹁ε﹁①”幻①ロみ二塁9。ユ。話亀①一9。﹁o◎み給三m二〇コ..噸90五星①︵一㊤◎。刈︶、P9 ︵9︶ リアルは、クラヴルール論文に対して、﹁公刊する価値がある﹂との高い評価を与えている。q∩●霞巴ω.、.Zo目玉窃..℃∪﹁o凶房一︵一㊤。。望 冒P一認山お’ ︵10︶ 学術雑誌﹃法律学︵マ。剛一ω︶﹄第六号の﹁代表制論﹂特集号には、バコ、テユルパン、ジョーム、そしてクラヴルールなど、気鋭 の憲法学者の論説が収められており、最近の学説傾向の一端を窺い知ることができる。990凶窮①︵巳。。刈︶口書●ω−一〇〇. ︵11︶ ○冒く﹁①ω島①Qり剛①<αω︵Zo8ω一一∋ヨ巴話ω唱碧竃.Oo﹁貫コ巳層ω<9ω.︵一㊤◎。㊤︶. ︵12︶ 最近のシエース研究のうち代表的なものは以下の通りである︵著作に限る︶。①竃●﹀色①70⇔﹁①羅℃Q。凶①器ω①二〇ヨ8ユ。曽一δヨ餌巳 ︵一三鷹X未入手︶②竃閑。﹁ω旨戸勾①霧。=皿民勾①︿o冒ρ圃op9①層。一三$一30ロぴq茸oh弓①﹀σげ①ω一①為ω︵一㊤。。刈︶③一㍉O・ロロ﹁Φ9戸ω凶①愚ω ︵15︶ クラヴルール論文の構成は、大要、以下の通りである。 ︵14︶ これまでのシエース解釈を批判する最近の学説は、後で触れることにする。 Z9二8巴窃︵一電Oど誌㊤℃.を参照のこと。 ︵13︶ 国立古文書館に所蔵されているシエースの未公開文書の目録について、戸竃巽ρ爵5戸冨ω碧〇豪く。ωQo閏①団α。。9。=×﹀﹁67ぞ霧 [餌6志二①一ロ閃曾。一三δコ暁鑓昌O巴沼︵一〇Q。o。︶. 11518巻3号 説 論 序論 第一部 シエースの代表理論 第一章 自由 第二章 国民 第三章 代表 小結 第四章 権力 第二部 一七九一年憲法における代表理論 第一章 代表の基礎 第二章 選挙委任 第三章 制憲議会における代表の生成 第四章 一七九 年憲法における委任と代表 小結 結論 ニ シエースの憲法理論の構造的特質 ︵1︶ ω シエースの思想的営為について、クラヴルールは、フランス革命当時の問題状況に照らしてその歴史的性格 を究明する﹁歴史的アプローチ﹂の手法を採る。フランス革命の本質規定について詳しい論究がなされていない点 116 18巻3号 シエースの代表制論についての覚S〈一 一F一一コレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって一 は、近年のフランス革命史学における新しい学説の登場を考えると問題が残るところだが、それはさておき、クラ ブルールは﹁ブルジョワ的所有の確立﹂をもって当時の歴史課題と捉えており、いわゆる﹁ブルジョワ革命﹂論を 踏まえていることは明らかである。﹁ブルジョワ革命﹂は多義的な概念であるが、ここでは常識的な見方にしたがっ て、﹁封建制から資本主義への移行の画期をなす事件﹂というように理解しておきたい。 ではシエースは、ブルジョワジーの支配を理論的に基礎づけるという課題といかに取り組んだのであろうか。ま ず資本主義を封建制から区別する指標について、クラヴルールは、﹁市場で商品として売られる他人の労働を、ある 人が買う可能性﹂のなかにそれを見いだす。ここで﹁労働﹂とあるのは正確には﹁労働力﹂と言い直すべきだが、 ︵2V それはともかく、シエースの思想にはこの﹁労働力の商品化﹂の論理を看取しうるという。 しかしその﹂方で、クラヴルールは次の点にも注目する。すなわち、シエースは、﹁独立した生産者が彼の労働の ︵3︶ 産物︵彼はその所有者であり続ける︶を相互に交換する﹂という理論モデルを基本に据えており、資本家と労働者 への階級分化の問題を必ずしも視野に収めてはいない、という点である。このことは要するに、シエースのように ︵4︶ ﹁所有﹂と﹁労働﹂とを︼体不可分のものとみなす理論︵﹁労働による所有論﹂︶において、資本主義的生産関係に 固有の論理一﹁所有﹂と﹁労働﹂が分離し、資本家と労働者をそれぞれの役割主体としてもっところに、その存 在基盤を見いだす論理!が、どこまで射程に入っているのか、という問題にほかならない。 右の問題は一つの重要な論点であるが、ここで立ち入ってこれを検討する余裕はないので、さしあたり、次の点 を確認しておくにとどめたい。すなわち、資本家と労働者の賃労働関係の論理をシエースが看取していないことが ︵5︶ 仮に事実だとして、そのことが、例えばロベルト・ザッペリが主張するように、﹁ブルジョワ革命﹂におけるシエー ス理論の役割を否定する直接の根拠になりうるのかどうか、検討の余地がある。というのは、フランス革命期は、 18巻3号 117 説 論 へ ら ヘ ヘ へ ﹁反封建﹂、すなわち﹁資本主義発達の起点﹂にその歴史的特性を有し、資本家と労働者への階級分化の問題は未だ へ 顕在化していなかったと見るべきだからである。特権階級と非特権階級の対抗軸を基本に据えるシエースの理論は、 ではなかろうか。クラヴルールも、﹁将来の労働者革命の展望を過去に投影しないように、留意すべきである﹂と述 資本主義が成熟する一九、二〇世紀の視点からよりも、フランス革命期の歴史状況に即して位置づけるほうが適切 6 ︶ ︵7︶ ︵ べており、ほぼ同様の視点に立っていることを窺わせる。 ② クラヴルールの歴史主義的志向はフランス革命史学の大御所ジョルジュ・ルフェーヴルの監耀を彷彿させる が、クラヴルール説の場合、シエースの思想の構造的側面に照準を定めており、思想の歴史的展開を浮き彫りにす るルフェーヴル説と対照をなす。クラヴルールは、シエースの思想のうち、全期を通じて変わらない構造を析出す ることに課題を限定するが、その結果、思想の変遷の問題が捨象されている点に注意しておきたい。 さて、クラヴルールによれば、革命の展開にともない、シエースの主張の具体的中身に微妙な変化が生じてくる のは事実だが、しかしながら、その根底に流れる﹁全体的なロジック﹂それ自体は変わらなかったという。﹁シエー スはその初期に、一つの思想体系︵琶超ω8ヨ①︶を構築することに専心し、その後、一貫してその体系を練り直し、 ︵9︶ 深く掘下げていくことになる。﹂クラヴルールはこのように述べ、シエースの思想の骨格が形成された時期である初 期に注目する。初期、なかんずく、シエースの最初の著作︵﹃フランスの代表者が一七八九年に行使しうる執行手段 についての見解﹄︶が執筆された︸七八八年の夏より以前の時期は、浦田一郎教授の表現を借りていうと、﹁革命を 思想的に準備﹂する時期にあたる。同時期におけるシエースの思想的営為の一端は、前述の未公開文書が浮かび上 ︵10︶ がらせてくれよう。 シエースの思想の基本構造を抽出するにあたってクラヴルールがねらいとするのは、=葺でいえば、シエースを 18巻3号118 シエースの代表制論についての覚書←トコレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって一 ﹁自由主義﹂思想の系譜に位置づけることである。その見方が端的に示されていると思われる剛節を、次に引用し﹂ ておこう。﹁社会は、ひとびとが自由を享受し拡大することのできる私的社会富8賊簿軌もユ忍。︶と、この社会の良好 な運営を保障することに唯一の任務を有すべき政治社会︵ω06凶9①冒。葺δ口①︶とに、区別される。ここにシエースは新 ︵11︶ しい政治理論を展開する。彼は、政治社会と私的社会の分離を出発点に据え、各々の社会の支配原理の差異を探求 する﹂。私なりに換言すれば、﹁私的社会﹂︵﹁市民社会︵ωoqO叡6一く凶一①こともいう︶と﹁政治社会﹂との原理的な区 別づけ、および、後者に対する前者の優越の是認、以上の二つがシ爪琴スの思想体系の枠組みをなすということで ある。 ヘ ヘ ヘ シエースの憲法思想の核心にある価値原理は﹁自由﹂であるが、﹁自由﹂の意味について、クラヴルールは経済的 側面に力点を置いた独自の解釈を示す。すなわち、シエースの理論は次のような唯物論的人間界を前提にしている。 ︵12︶ それによれば、人間はその本性から欲求︵鼠ω一こに依存する存在である。生命を維持していくために、人間は基本的 な欲求を充足しなければならない。さもなければ、彼は死と直面する以外にないであろう。このように、生物学な いし生理学の見地から人間の本質に迫ろうとするシエースは、﹁自由﹂をもって﹁生命の維持に不可欠の欲求を満た す可能性﹂の意味に解する、と。﹁自由﹂は、﹁生命にとって必要な事物を自己のものとすること﹂のなかにその存 ︵13︶ 在基盤を見いだすのである。かかる﹁自由﹂の概念は、クラヴルールによれば、﹁自由意志︵一直耳。碧玄q①ごと本質 的に異なる。﹁自由﹂が自然界の物理的な諸条件による制約を受けるのに対して、﹁自由意志﹂は因果法則による支 腸 配を免れると・うに初めて成り立つ概念だからで嚢。 騰 かならない。﹁自由﹂を拡大することは、シエースの理解では、﹁より多く生産すること、したがってより多く消費 ヘ ヘ ヘ へ こうして、人間を行動に駆り立てるものは﹁自由意志﹂でも理性でもなく、﹁欲求の法則﹂、﹁消費の必要性﹂にほ 囎 説 論 ずること﹂と同義である。﹁生命の存続を確保することが人間にとって生来的なものだとすれば、社会の組織化の動 ︵15︶ 因となるものは、生産の向上でしかありえない。この発展は常にそれ自体善であり、常に自然なものである。﹂クラ ヴルールはこのように論じ、経済の発達、生産力の向上が﹁私的社会﹂を動かす原動力とされている点に注意を喚 起する。 では、﹁政治社会﹂についてはどうであろうか。﹁私的社会﹂に比べ、それには副次的な位置づけがなされている だけである。﹁政治社会﹂の任務は、経済競争が行われる﹁私的社会﹂を外から保護することに制限される。政治権 力は集団の共通利益に関わる事項を規律しうるだけであり、個人の私生活を規制する権限をもたない。シエースの かかる理論には、国家権力が個人の内面の問題に関与しうるとする全体主義的発想と真っ向から対立する発想が看 取される、とクラヴルールはいう。権力はその存在形態がどうであれ、個人にとって危険なものであるから、その ︵16︶ 任務を制約しなければならない。権力の無制約性を意味する主権の観念は、﹁政治的な怪物︵ヨ8ω胃①︼8一一二ρ⊆①︶﹂と ︵17︶ みなされ、しりぞけられる。 ㈹ 以上、クラヴルールの見解をやや急ぎ足で一瞥してきたが、要するにそこで浮き彫りにされているのは、シ エースの憲法理論のなかで経済思想の占める中心的地位である。より正確にいえば、シエースの憲法理論の根底に は当時の経済社会に関する歴史認識が横たわっているというのが、クラヴルールの着眼点にほかならない。シエー スは、﹁社会関係のうち特に経済的側面を重視し、自然状態のなかに経済発展の要請、当時のブルジョワ社会に必要 ︵18︶ な社会モデルを探究する。そしてかかるモデルのうえに、彼は法制度の全体を構築する⋮⋮﹂︵傍点は原文︶。そし てこの点は、シエースの代表制論の特質を把握する際の重要なポイントでもあろう。代表制論の問題は次の三で考 察する予定だが、ここで典型的な例を挙げておくと、代表制を基礎づけるものとされる﹁分業の原理﹂は、経済社 18巻3号120 シエースの代表制論についての覚書(一“}⊥一一コレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって ︵19︶ 会の発展法則に関するシエース独自の認識を土台にしている。 さて、クラヴルールの見解について右に指摘した特徴は、前述したシエースの未公開文書の資料的価値を重視す ることを示しており、興味深い。なぜならば、シエースが刊行した著作物が主に法的、政治的問題の検討に照準を ︹20︶ 定めているのと言わば対照的に、未公開文書には、政治経済学の領域に属する論考が数多く含まれているからで ある。しかもそれらの大半は、正確な日付は確定できないにせよ、革命以前の時期のものと推定されているのであ ︵21︶ ・ ・ 、 ﹁ 経 済 研 究 に シ け ら れ て い た ﹂ と の ほぼ的を射てい る 。 そ れ ゆえ エ ー ス の 最 初 の 関 心 が向 ク ラ ヴ ル ー ル の 指 摘 は、 ると考えられる。 こうして、シエースの思想が形成されるうえで当時の経済理論が何らかの影響を及ぼしたことは想像に難くない。 論ずべき問題はむしろ、影響の具体的中身であろう。クラヴルールは、シエースに影響を与えた思想家として、ボ ネ、コンディヤック、メルシエ・ド・ラ・リヴィエール、ヶネー、チュルゴー、そしてアダム・スミスを挙げる。 しかしそこでは、一八世紀の経済思想史を刻印する重商主義︵コンディヤックら︶と重農主義︵ケネーら︶の歴史 的対抗関係は必ずしも視野に収められてはいない。 これに対して、最近の新しい学説は、これら二つの思想的潮流の対抗軸のなかにシエースの理論を位置づける視 座を明確に打ち出している。このうち、ザッペリの見解は註⑤で触れたとおりであるから、ここでは繰り返さない。 他の論者、マルセル・ドリニーは、シエースをもって、重農主義思想と対立し、絶対王制下の政治家コルベールG. 来の図式を批判する見解を発表している。ザッペリもドリニーも、シエースを重商主義思想の流れを汲む思想家と −国60ま9ごの卑讐6﹁αq騨昌δ卑①霞思想の伝統を継承する論客と捉え直すことで、﹁シエースー1自由主義者﹂という従 ︵22︶ 捉え、かかる見方を基軸に据えて議論を展開する点で、軌を一にしている。 18巻3号 121 論 説 これらの学説と比較して、クラヴルールは、既に明らかにしたように、﹁資本主義﹂と﹁自由主義﹂を二つの座標 軸にしてシ湿雪ス理論の歴史的性格の解明を試みる立場に立っており、どちらかといえば従来の学説の延長線上に あるといえよう。しかしそうであればなおさらのこと、最近の新しい学説に無関心を装うことはできないであろう。 これらの学説を比較検討する作業は他日をまたねばならないが、シエースと重商主義ならびに重農主義の関係をど う理解するかが、︸つの重要な論点になるものと思われる。 18巻3号122 田凶け剛9︹吋三ρ臣9。ぐ8暮①凶暮﹁o含〇二8卑ユ窃コ9窃ロ9。﹁閃。二更oN勢。三二︵おざγ戸一9。なおザッペリが、フランス革命の解 点を一つの根拠にして、﹁ブルジョワジーの権化﹂という従来のシエース像を批判する︵Q6断Φ緒傍響..◎口.諸学8ρ⊆①開①↓δ冨卑偲亀.. との区別を回避した。﹂ザッペリは、シエースを含む革命当時の人々について右のように論じ、剰余価値論がそこに欠如している ︵5︶ ﹁本当に重要なこと、すなわち、資本と交換し資本家のために剰余価値を生む労働と、収入と交換し収入分しか消費しない労働 前掲書、六〇頁以下。 ︵4> シエースの﹁労働による所有論﹂については、浦田教授がロックによる影響に着目しながら、詳細にこれを分析している。浦田・ ︵3︶Ω磐﹁㊦巳. 9 α $ け ﹂ も ● ω N ■ 分析が示唆に富む。 下、Ω鋤く噌。巳唱§α搾β一と略す︶.℃﹄N なお、これに関連して、浦田一郎﹁シエースの憲法思想﹂︵一九八七年︶六五頁以下の ︵2︶ ρΩ曽︿﹁窪rr.ぎ亭﹂①弓①α①冨島⑪o﹁凶①α、国ヨヨ国2①一ω︽o冤①ωω二二①ωoユ。自ぎ①ωαo訂噌①ロ紙ω①暮自ゆ甑。コ①旨旨。診窟﹄三凶ρ一﹂︵以 ︵一〇ω㊤γ暑噸ω忠簿。・■︶。クラヴルールがバスティドの先行業績に多くを負っているのは事実だが、問題意識は両者で全く異なる。 ている︵勺.じU聾。。二斜..ピO豆9。6①αOω冨く伽のユ雪ω一.三ω8マ①α隅一昌ωρ凶ε口O昌。。、.・閑①くβ①色.霞ωρO凶﹁①勺O犀凶ρロ①皿OO昌ω甑ε甑O昌昌①=① ︵1︶ ﹁方、これと対照的にバスティドは、特定の時代にでなく普遍的に通用する価値理念をシエースの思想から析出する観点に立つ 註 シエースの代表制論についての覚書←トーコレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって 釈に関して最近有力な﹁ブルジョワ革命﹂否定論︵柴田ミ千雄ヲランス革命﹂︵、九八九年ここ四頁以下の整理を見よ︶に依拠 していることは十分、注目されてよい。ザッペリの見解については、次の紹介論文を参照のこと。今井光太郎﹁シエースの経済思 想についてーロベルト・ザッペリの見解を中心に一︵1︶、︵2と東洋大学経済研究所﹃経済研究年報﹂第=一号︵﹁九八七 年︶二二三頁以下、および第=二号︵﹁九八八年︶一七九頁以下。 ︵6︶ 同旨の見解として、¢口﹁巴一戸oO.6剛一●■Oや一忠①件幹 ︵7︶○Ω”<﹁2r..Q。剛①冷ω噂O=.①ω〒8曾巴①↓凶①﹁ω卑餌鳥、.曽ユ雪。。∪凶6ま弓,。冨自①ω臼塁﹁Φω8まεoω︵巴;o笛﹁”9讐色。戸Q 2げ四ヨ①♂国■霊。・δ﹁︶層POOω. ︵8︶ Oいρ[駄①ぴ︿﹁①㌦.088﹁讐α①団ロロ自ρω二二.、’﹀コ昌巴窃三ω8ユρ口①ω紆一国閃α︿07﹂諏。コhヨ鍔巴沼︵一〇ωO︶℃U切・ω$①酔ψ ︵9︶Ω四く﹁①巳﹂冨8吟﹂”ロ﹂9 ︵10︶ 浦田・前掲書、二〇三頁。 ︵11︶○Ω9。く§r..ω尋傍①二国αq窪霧α①冨﹁8﹁馨三匿。昌暮αoヨ①..’90房①葛。。3も●ミ噸 ︵12︶ ﹁人間は、その本性から欲求に従う。﹂国.−一Q∩︻①鴇ρ..℃﹁0=ヨ一雨9。一﹁o島①置08ω二ρ‘甑8..辱国ヨヨ碧二①〒甘沼喜睦2傍孚葺の Oo§δロ。ω︵一〇。。O︶︵以下、臣﹁凶房8一凶餓ρロ。ωと略すγ”.一〇P ︵13︶ Ω薗く8巳・3α紹・件﹂雪P巽● ︵14︶ ﹁自由﹂の概念から意志的要素を払拭しようとするクラヴルールの解釈には、反論が当然予想される。イギリスのシエース研究 の第一人者フォーサイスは、シエースについて、自己を自然界と区別する点に人間の本質を見いだす冠雷嵩斡と規定している。フ ある︵男。誘霊長。戸鼻こ箸﹂。。・O。。噂N一ごフォーサイスもクラヴルールと同様、シエースを﹁自由主義﹂思想の系譜に位置づけるが、 オーサイスによれば、シエースは、フランス啓蒙主義哲学の﹁特徴をなす﹁自然主義ないし唯物主義﹂と対極に位置する思想家で そこでいう﹁自由主義﹂の理解をめぐって二人の間に見解の相違があることを見落とすべきでない。 ︵15︶ Ω帥く﹁①巳.島α紹ψρ一りO.ω心’ 12318巻3号 門 下 ︵16︶ ぎごこ℃P一悼①①ρω■ ︵17︶ クラヴルールはシエースの次の言葉を引用している。﹁主権は、たとえそれが人民のものであっても、王党派そして修道院の発 想であり、自由を破壊し、私的なるものも公的なるものも壊滅させる発想である。﹂閣げ凶αこ層﹂ωω・ ︵18> 一げ乙二唱.b◎一. ︵19︶ シエースは人間が行う労働の形態に着目して、社会を二つの発展段階に分ける。最初に出現するのは、労働およびその産物が共 同のものとされる﹁原始共産主義﹂の社会である。続いて、各人が専門化することで自己の能力を最大限に発揮する﹁分業﹂の社 会が到来する。シエースが生きた当時の社会が後者に属するものとされていることは説明を要しないであろう︵凶玄ユ‘暑・NO卑 ω.︶。なお、シエースの﹁分業の原理﹂はアダム・スミスのそれを彷彿させるが、スミス理論の影響についてクラヴルールは、スミ スの﹁国冨論﹂︵出版は一七七四年︶をシエースは原文で読むことができたと述べ、これを肯定する︵旧習αこ層・ま88︵ 9︶。 ︵20︶社会経済問題に関するシエースの思索の跡を示す未公開文書の一部は、ザッペリの編集で公刊されている。9卑憂ω”o年δ⊆$噂 層P培簿ω● ︵21︶ Ω9ρ<﹁⑦巳.昏寄.件.鮮O■ωN。 臼冨aく2舞阿。昌貯拶β$一沼P㊤。。。。γOO﹄刈oρω■ 三 シエースと一七九一年憲法 ω 一七九一年憲法の制定過程 次に本題の、シエースの代表外論の問題に眼を転じることにする。 クラヴルール論文で検討されている論点は、 ︵22︶ 竃●Uo﹁凶年ざ..[m8コ5舞曲。昌二①冨冨コ路060コ。ヨ剛ρ¢①血①q◎圃①︽αωα.餌蔑傍塗屋曽冨仁鴇ユ3︵目謡O山﹃ooO︶。.’>5昌巴①ω竃ω8﹁5信。ω 18巻3号124 シエースの代表制論についての覚書(一)==一コレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって一 大別してこつある。その、は、シエース理論の特質がどこにあるのかという問題である。そのこは、㍉七九、年憲 法へのシエースの影響をめぐる問題である。クラヴルール論文では、これらこつの問題はそれぞれ別の箇所で考察 されている︵前者は第一部第三章、後者は第二部︶が、内容的に重複した記述が数多く見られる。そこで本稿では、 重複を避ける意味で、第二の、一七九一年憲法への影響の問題に論点を絞ることとし、それに付随して、第唄の論 ︵1︶ 点にも適宜言及することにしたい。 ︵2︶ まず最初に、以下の行文に必要なかぎりで、一七九一年憲法︵以下、九一年憲法と略す︶の制定過程に関する年表 を掲げ、併せて、シエースの行動を列記しておこう。 一七八九年 七・ 六 憲法委員会︵Oo∋剛融魁①60器一道芳墨。巳の設置︵ペチオン、ムーニエ、クレルモン・トネール、ラリ・ トランダル、ベルガスら、三〇名︶ 七・七、八 命令的委任に関する討議。シエース演説。﹁命令的委任に関するデクレ﹂ 一= シエース﹃憲法の前文。人および市民の権利の承認および理論的解説﹄ 憲法委員会、素案の提出︵報告、ムーニエ︶ シエース、﹃社会における人の権利の宣言﹄を提出 シエース﹃パリ市に適用しうる憲法に関するいくつかの所見﹄ N 憲法委員会、憲法第二篇﹁立法権﹂について報告︵ラリ・トランダル、ムー扇面︶。 条文の提案 12518巻3号 七・一四 憲法委員会の改組・再編︵ムーニエ、タレイラン・ペリゴロール、シエース、クレルモン・トネー 八 二 〇 :三.二末i ル、ラリ・トランダル、シャンピオン・ド・シセ、ル・シャブリエ、ベルガス、以上八名︶ 八八八7七 九・一五 九・二九 一七九〇年 憲法委員会、趣旨説明︵ムーニエ︶ 国王の拒否権に関するシエース演説 立法府の常設制を決定 立法府の一院制を決定 国王の停止的拒否権を決定 一立法期間を二年にすることを決定。ムーニエ、ラリ・トランダル、クレルモン・トネールら、憲 法委員会委員を辞任 憲法委員会の改選︵トゥーレ、シエース、タルゲ、タレイラン・ペリゴロール、デムニエ、ラボー・ ド・サンエティエンヌ、トロンシェ、ル・シャブリエ、以上九名︶ 憲法委員会報告﹁比例代表の基礎について﹂︵トゥーレ︶、﹁行政会および市町村庁の設立について﹂ ︵トゥーレ︶、﹁立法府の構成について﹂︵タルゲ︶ ﹁憲法の根源的基礎に関するデクレ﹂ シエース﹃フランスの新しい組織についての憲法委員会報告に関する所見﹂ 憲法委員会、王国の﹁般的区分に関する報告︵トゥーレ︶ ﹁市町村庁の設立に関するデクレ﹂ ﹁第一次会および行政会の設立に関するデクレ﹂ 憲法委員会、王国の唄般的区分に関する要約的報告 18巻3号126 一 e 一 一 一 一 一・ 八 字ー〇九七四 _四三ニー 九九九九九九 丁子丁99 説 払 me シエースの代表制論についての覚書{→一一コレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって一 〇六 ﹁県への王国の行政区分に関するデクレ﹂ ﹁フランス人とみなされ、かつ能動的市民の権利の行使を許されるために要求される条件に関する 九・二、三 最終正文を採択 右の年表にも示されているように、 提出した憲法草案をたたき台として、 ヘ へ も へ 制憲議会がこれまでに発していたデクレのなかから、憲法を構成するデクレ 噸ケ月足らずの審議を経て制定されたものである。同草案の作成にあたり憲 九一年憲法は、直接には、憲法委員会・審査委員会が一七九一年八月五日に 八・ 五 憲法委員会・審査委員会、憲法草案の提出︵報告、トゥーレ︶ 六・=二 ﹁立法府の組織、その職務、および国王との関係に関するデクレ﹂ 六・ 九 憲法委員会、議会の職務と他の公職の兼職禁止について報告︵トゥーレ︶ 五・二七 立法議会選挙 五二六 憲法委員会、立法府の組織、職務、および国王との関係について報告︵トゥーレ︶ ル、クレルモン・トネール、ビユゾー、ペチオン、ボーメッツ、以上七名V 審査委員会︵Ooヨ凶叡島。融≦。。δ巳の設置︵バルナーヴ、アレクザンドル・ド・ラメット、デュポー シエース、制憲議会議長に選出︵一〇・二五まで︶ 憲法委員会、選挙会の投票形式等について報告︵ル・シャブリエ︶。﹁選挙会に関するデクレ﹂ デクレ﹂ 八 八 一七九一年 四こ e 一 法・審査両委員会に要請されたのは、 12718巻3号 九 六 五 二 σ 二 説 18巻3号128 ︹3︶ を分離し、これを編纂する作業であった。かかる意味において、九一年憲法の基本構造は、八九年から九一年にか けて制憲議会が発したデクレによって形成されたといっても過言ではなかろう︵代表制に関するデクレのうち、最 も重要なのは、立法府ならびに行政会の選挙方法等を定める一七八九年一二月二二日の﹁第一次会および行政会の ︵4V 設立に関するデクレ﹂︵以下、一二月二二日デクレという︶である︶。 正確さに欠けると思われる。憲法委員会案が提出された直後の一〇月二日号、シ継当スは﹃フランスの新しい組織 が 、 同委 、 あ る い は ほ と ん ど 、シ あ る と い う 。 し か し なが 員 会 案 は 、 ﹁ 完 全 に エ ー ス の 作 品 ﹂ で ら 、 この評価はやや ︵8︶ ・ ・ 響は相対的に大きい。上述した一二月二二日デクレの土台をなすのは一七八九年九月二九日の憲法委員会案である るが、その影響力は果たしていかなるものであったのか。クラヴルールによれば、後期よりも前期のほうがその影 さてシエースは、制憲議会の議員としてのみならず、憲法委員会の一員としても九一年憲法の制定に関与してい 示される前期と、八月五日憲法草案に示される後期とに区別されることになる。この点はクラヴルール説の顕著な ︵7︶ 特徴であり、ここで留意しておきたい。 ことをそこに看取するのである︵後述︶。このようにして、制憲議会の代表制論は、八九年の一二月二二日デクレに に過ぎないとする見方を採らない。彼女はとりわけ第二の改正点に注目し、制憲議会の代表観そのものが変質した る変更をどのように評価すべきかであるが、あらかじめ結論のみを示すと、クラヴルールは、これを形式的な変更 が引き上げられたことである。第二に、国民代表の資格が国王にも付与されることになった点である。問題はかか 一に、国民議会︵11立法府︶議員の被選挙資格の要件が緩和されると同時に、選挙人︵色①9①ロこの被選挙資格の要件 ︵6︶ しかしながら、急いで次の点を付け加えなければならない。それは、上述の八月五日の憲法草案には、制憲議会 ︵5︶ のデクレを実質的に修正する条項がいくつか含まれていたことである。ここで特筆すべき改正点は、二つある。第 訟 珊 シエースの代表制論についての覚書←トーーコレット・ クラヴルールの最近の問題提起をめぐって一 についての憲法委員会報告に関する所見﹄を著しているが、そのなかで、彼は委員会案との見解の違いを明らかに しているのである。そして実際のところ、クラヴルール自身、九月二九日の憲法委員会案がシエースの思想を徹頭 ヘ ヘ ヘ ヘ へ へ 徹尾、具体化していると見ているわけではない。重要なのは、シエース理論の影響の有無および程度を個別具体的 に検証していくことであろう。そこで以下では、﹁領土の再編﹂、﹁制限選挙制﹂、﹁命令的委任の禁止﹂、﹁国民代表の 資格﹂の各問題領域に分け、それぞれについてクラヴルールの見解を検討していきたい。 ︵1︶ 一七九一年憲法の制定以後に出されたシエースの著作ならびに演説は、たとえそれらが代表制について論じたものであっても、 原則として考察の外に置くことにする。 ︵2︶ ︸七九一年憲法の制定過程の詳細は、東京大学社会科学研究所資料﹁一七九一年憲法の資料的研究﹄︵﹁九七二年︶二二二頁以 下を参照されたい。 ︵3︶憲法審査委員会の設置に関する一七九〇年九月二三日のデクレ。﹀言窪く霧勺霞τヨ①艮巴﹁①ρ怨﹁凶Φ一●︵以下、﹀●即と略すγ︿oピ 一P層﹂ミ. ︵4︶ 一二月二二日デクレの条文の訳は、前掲・﹃一七九︸年憲法の資料的研究一九九頁以下に記載されている。そのほか、代表制に 関する重要なデクレとして、一七八九年﹁○月一日の﹁憲法の根源的基礎に関するデクレ﹂︵国民主権原理、一院制、国王の停止 のみに付与する︶などがある。 的拒否権などを定める︶、同年一二月︸四日の﹁市町村庁の設立に関するデクレ﹂︵市町村体の選挙について、選挙権を能動的市民 ︵5︶ そのため、憲法委員会・審査委員会に対して、権限の制約を越えているとの批判がなされた。oh>﹁”︿o一﹄P戸。。。。O■ ︵6︶ 議員の被選挙資格要件は、銀一マールの価値に相当する直接税を支払い、かつ、そのほかに何らかの土地所有を有しなければな らないとされていたのが、能動的市民であれば足りることになった。一方、選挙人の被選挙資格については、労働日一〇日分の直 18巻3号 129 註 説 論 住居の賃借人、分益小作人などでなければならない、というように変更された。 接税を支払うこととされていたのが、地域により労働日一〇〇日から四〇〇日の価額に等しい財産の所有権者もしくは用益権者、 ︵7︶ わが国では、渡辺良二教授が八九年秋と九一年憲法段階とを区別すべきことを提唱されている。渡辺良二﹁フランス革命期の国 民主権﹂同﹃近代憲法における主極と代表﹄︵一九八八年︶所収。 ︹未完︺ Ωロくおロ炉3α器﹄﹄と略す︶Pω2● ︵8︶○Ωm︿﹁①巳噌[.言津Φロ8α①冨昏①oユ①匹.跡目∋四2巴ω閤冨ω。。‘二①ωoユoqぎ窃二〇ご﹁o胃留韓pユ。昌9曾。凶け腰げ=6噌けN︵以下、 18巻3号130
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