VOL4. 金融機関による接待について考える 2014.02月公開

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2014 年 2 月 19 日
Vol. 2014-4
金融機関による接待について考える
1. 贈収賄事件
昨年 12 月、ドイツ証券株式会社の営業担当者と、顧客である三井物産連合厚生年金基金の元理
事が、それぞれ贈賄罪及び収賄罪で逮捕、起訴されたことは新聞等で大きく取り上げられたので、
読者の記憶に新しいことでしょう。この事件は、証券取引等監視委員会によるドイツ証券に対す
る検査を端緒とするもので、同社に対しては、監視委員会の処分勧告を受け、12 月 12 日に金融
庁が業務改善命令を発しています。
本件に関わった個人がわいろ罪に問われたのは、厚生年金保険法 121 条に「基金の役員及び基
金に使用され、その事務に従事する者は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務
に従事する職員とみなす。
」という、いわゆる「みなし公務員規定」があるからですが 1、証券会
社に対する処分勧告の理由となったのは、複数の厚生年金基金の理事らに対する「特別の利益を
提供する行為」があったことによるとされています。
金融商品取引法 38 条 7 号(内閣府令で定める禁止行為)を受けた、金融商品取引業等に関する
内閣府令 117 条 1 項 3 号は、金融商品取引業者が「金融商品取引契約につき、顧客若しくはその
指定した者に対し、特別の利益の提供を約し、又は顧客若しくは第三者に対し特別の利益を提供
する行為(第三者をして特別の利益の提供を約させ、又はこれを提供させる行為を含む。)」を禁
止しています。特別の利益の提供を受けたのは理事ら個人であり、顧客である厚生年金基金では
ないが、理事は基金を代表する権限を有しているので、理事が顧客である基金を代理して、自分
自身(個人)を特別の利益を享受する第三者として指定したものと解されたものと思われます。
2. 特別の利益の提供=民民接待の場合
金融商品取引法により禁止されている「特別の利益を提供する行為」は、その相手方が公務員
(みなし公務員を含む)に限られておらず、純粋な民間企業・団体の役職員を相手方とする場合
1
蛇足ではあるが、ドイツ証券は、再発防止策の一つとして、接待可能な顧客リストを作成し、
「み
なし公務員」はリストから外すこととしたとしています。しかし、新聞報道によれば、営業担当
者は、経費の請求において接待の相手方を一般企業の関係者と偽っていたというのですから、少
なくとも本件については、厚生年金基金の理事が「みなし公務員」であることについては十分な
認識があったと思われ、本件がこの点に関する従業員の認識不足から生じたものでないことは明
らかであると思われます。
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であっても禁止行為に該当しうることに注意が必要です。これまでの処分事例で、対民間の特別
の利益の提供が問題になったケースは、①ほとんど無価値となった顧客の有価証券について損失
の顕在化を先送りするスキームを提供して取引を勧誘する行為、②取引発注の見返りとして投資
助言報酬の名目で投資顧問会社に金銭を支払う行為、③取引継続の見返りとして受渡し未済費用
の請求権を放棄する行為などであり、過剰接待が問題とされたケースは見当たりません。しかし
ながら、相手が民間であればどのような接待であっても「特別の利益の提供」に該当しないと考
えることはできません。報道によれば、ドイツ証券のケースでは、飲食や旅行などの接待の総額
は、3 つの基金で合計 600 万円~900 万円(2010 年~2012 年の累計)であり、接待攻勢の結果初
めて取引が成立したというのですから、接待と取引の因果関係が認められるケースだったようで
す。このような事情の下では、仮に相手方が民間であったとしても「特別の利益の提供」に該当
する可能性は十分にあったものと思われます。
3. 何が適正で、何が過剰か
取引先に対して酒食を伴う接待をし、季節の贈りものをすることは一般的な慣習として認めら
れており、そのことが直ちに「特別の利益の提供」にあたるものでないことはいうまでもありま
せん。そこで、許容される接待等と、特別の利益の提供に該当しうるような過剰な接待等との境
界がどこにあるかが問題となります。
残念ながら、いくら以下なら OK で、いくら以上はダメといった一義的に定まる基準があるわけ
ではありませんので、個別のケースごとに、社会儀礼として許容されるものであるかどうかを、
総合的に判断する必要があります。その際には、たとえば、次のような要素を考慮することが考
えられます。
(1)客観的要素
•
金額(絶対的な金額として社会通念上過剰でないか、会社の規模や取引の内容に比して
相対的に過剰ではないか)
•
効果(接待等が、取引により実現され又は実現されることが期待される利益と相関して
いるか、接待等と取引との間に因果関係があるか、あることが期待されているかなど)
•
目的物(儀礼的なものであるか、金銭又は商品券など金銭に近いものであるかなど)
•
接待の場所(会社等の近くの通常接待に用いられる場所かどうかなど)
(2)主観的要素
接待等の目的が良好な関係の維持、情報交換等を目的とするものか、それとも見返り(特別の
情報を獲得することを含む。
)を期待して行われるものかなどの行為者側の主観的要素も考慮する
必要があります。また、接待等を受けた側が何らかの負い目(義務感)を感じるようなものであ
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るかどうかなど、受け手側の主観的要素も問題となります。
なお、接待等を行うことにより取引されることが期待される商品が、そうでない場合に取引さ
れることが期待される商品と比較して顧客にとって不利なものであることが明らかであるにも関
わらず、担当者を接待することによりそのような商品を受け入れさせた場合には、
「特別の利益の
提供」にとどまらず、背任罪(接待する側はその共犯)が問題になることもありえます。
4. 英国の立法例
英国は、2010 年に Bribery Act of 2010 という法律を施行しました。この法律では、わいろを
贈る罪とは、他人にその職務若しくは活動を不適切に行わせるために又はその職務若しくは活動
を不適切に行ったことに対する報酬として経済的その他の利益を約束し又は提供することとされ
ています。この罪が成立するのは、相手方が公務員である場合に限定されていません。そして、
罪とされるかどうかの重要な要素は、職務又は活動が不適切なものかどうかです。不適切かどう
かは、職務又は活動が行為者に対する期待に違背して行われたか、ある職務又は活動を行わない
ことが期待の違背に該当するかどうかによって決まるとされています。行われる行為の適切性を
基準としてわいろに該当するかどうかを判断するというアプローチは、通常の接待と違法な「特
別の利益の提供」を区別する際の参考になるものと思われます。
5. 銀行等の場合
前述の通り、顧客に対する特別の利益の提供の禁止は、金融商品取引法及びそれを受けた内閣
府令に定められています。銀行法 13 条の 4 及び信用金庫法 89 条の 2 は、それぞれ銀行及び信用
金庫が行う特定預金等契約の締結について、金融商品取引法の該当条文を準用していますので、
銀行及び信用金庫も特定預金等契約の締結につき、顧客又はその指定した者に対し、特別の利益
の提供を約したり、特別の利益を提供することが禁止されています。なお、
「特定預金等契約」と
は、金利、通貨の価格、金融商品市場における相場その他の指標に係る変動によりその元本につ
いて損失が生ずる恐れがある預金又は定期積み金等として内閣府令で定める「特定預金等」の受
入れを内容とする契約をいうものとされており、内閣府令(銀行法施行規則 14 条の 11 の 4)で
は、①中途解約した場合に元本割れとなるおそれのある預金等、②外貨建て預金等、及び③通貨
オプションが付随した預金等が定められています。
また、保険会社については、保険業法により特定保険契約の締結について金融商品取引法の該当
条文が準用されているほか、保険契約者又は被保険者に対する保険料の割引、割戻しその他特別の
利益の提供を約し、又は提供する行為が一般的に禁止されています(保険業法 300 条 1 項 5 号)。
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銀行等は、その資金の運用として金融商品取引業者を相手方として有価証券投資を行うことが
あり、また資金・為替・デリバティブ取引において金融商品取引業者(又は登録金融機関)の仲
介で取引を行うことがあります。これらの取引に関連して、銀行等の役職員が金融商品取引業者
等から接待等を受けることもあるかもしれません。銀行法等には過剰な接待等を受けることを直
接禁止する規定はありませんが、金融商品取引業者等が「特別の利益の提供」にあたるような過
剰な接待等を行ったとして処分勧告を受けた場合には、そのような過剰な接待等を受けた側にも
レピューテーション・リスクが発生するおそれがあります。
6. まとめ
接待等の授受については、すでに各金融機関においてコスト管理や業務の適切性確保の観点か
ら予算管理、上長による承認等の制度を設けているものと思われますが、今後は、
「特別の利益提
供」にあたるような過剰な接待等を防止するため、金額、回数、目的等に関する基準と承認権限
を明確に定めた内部規程を設け、接待等が適切な範囲内で行われるようにすると同時に、コンプ
ライアンス部門や内部監査部門による事後的なチェック体制を整え、内規に違反した不正な接待
等の授受が行われないようけん制することが重要であるということができます。
以上
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