当時の様子を卒業論文にまとめたのでご覧ください

2013 年度 お茶の水女子大学文教育学部
グローバル文化学環 卒業研究
日本における社会的企業の実践
-ワーク・ライフバランス社での
私のインターンシップ体験を通じて―
2013 年 12 月 20 日
文教育学部
人間社会科学科
学籍番号
佐久間
1010414
志帆
日本における社会的企業の実践
-ワーク・ライフバランス社での私のインターンシップ体験を通じて―
目次.
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要旨.
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第1章 研究動機と方法.
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第2章 社会的企業について..
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第 1 節 社会的企業の定義
第 2 節 各国における社会的企業の動向
第 3 節 日本における社会的企業台頭の背景
第 4 節 社会的企業をめぐる議論
第 5 節 関心と研究手法の選択
第3章 株式会社ワーク・ライフバランスについて....
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第1節 なぜ WLB 社なのか?
第 2 節 WLB 社の会社概要
第 3 節 WLB 社におけるインターンシップ概要
第4章 株式会社ワーク・ライフバランスにおけるインターンシップ体験..
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第 1 節 WLB 社におけるインターンシップ体験
第 2 節 考察―インターンシップ体験を通じて見えてきたもの
第5章 社会的企業としての株式会社ワーク・ライフバランス..
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終わりに
謝辞
参考文献リスト
1
要旨
日本政府があらゆる公的サービスを担い手として機能する時代は終わり、新たな個人・組
織・社会のあり方が問われることとなった。それは、非営利・営利、慈善性・事業性を超
えた様々なムーブメントの発端となった。政府が民間や個人に主体的な社会への参加を呼
び掛ける「新しい公共」の動きも進む中で、社会的企業という存在が注目を集めるように
なってきた。社会的企業とは、ビジネス的手法を用いて、社会的課題の解決を目指す組織
である。しかしながら、社会的企業は「新しい公共」の担い手としても期待される一方で、
その研究は始まったばかりであり、その実態に迫る研究は依然と少なくその定義に関する
共通した認識はとれていないというのが現状である。
本研究は、そうした問題意識のもと、社会的企業の具体的な実態に迫った。具体的には、
筆者が社会的企業とみなす株式会社ワーク・ライフバランスでの自分自身のインターシッ
プの体験を通じた質的調査(フィールドワーク)を行い、社会的企業の実態を内側から捉
えることを目指す。本研究の構成は以下の通りである。
第一章では、上記の研究動機と目的、その研究方法を述べる。第二章では、社会的企業
をめぐる先行研究を整理する。塚本と谷本の社会的企業の定義を参考に、社会的企業の要
件を「社会性」と「事業性」を併せ持つハイブリット性であると定義付ける。アメリカ・
イギリスにおける社会的企業の動向、日本における社会的企業台頭の背景を概観した上で、
関心として「①社会的企業の持つ『社会性』と『事業性』の境界をどう見極めるべきか」
「②古き良き日本型企業と社会的企業は区別されうるものであるか」の 2 点を問題提起す
る。第三章では、ワーク・ライフバランス社の会社概要及びインターシップの概要につい
て記載する。第四章では、自分自身のワーク・ライフバランス社でのインターシップの中
における具体的な体験・見聞きしたことをその当時の視点をもとに記述し、その体験をも
とにワーク・ライフバランス社の在り方について考察していく。第五章では、その考察を
もとに、ワーク・ライフバランス社の事例を通じて、社会的企業についてどのような示唆
が得られるか、筆者の考えを述べる。
以上の議論をもとに、ワーク・ライフバランス社を通じて見えてきた社会的企業の姿と
は、社会的ミッションに裏付けられた持続性ある組織であり、「小さな政府化」「新しい
公共」の文脈の中で誕生し、また社会に新たな社会のありようを提示し先導する存在であ
ると結論付ける。
2
第1章
研究動機と方法
(1)研究動機
大学 3 年の夏、知人の紹介で参加したセミナーで、
「社会的企業」の存在を知った。社会的
企業とは、ビジネス的手法を用いて、社会的課題の解決を目指す組織である。当時私は、
国際協力において NGO の活動・ボランティアについて学ぶ一方で、学生団体の活動を通じ
て企業活動やそのビジネスマインドにも惹かれていた。両者を相反するものと捉えその間
で悩んでいた私にとって、慈善性と事業性の両者を合わせもつ社会的企業の存在は大きな
興味の対象となった。その後、関連テーマのイベントへの参加や文献を読む中で、国外を
問わず、非営利と営利、慈善性と事業性の境界を超えた大きなムーブメントが生まれつつ
あり今後さらに社会的企業が注目されていくこと、実際に「新しい公共」の文脈の中で、
行政を補完する存在として注目されていることを知った。また同時に、それにもかかわら
ず、日本において、社会的企業の概念は定義が曖昧であることに問題意識を持つようにな
った。
(2)研究目的
社会的企業について、インターシップの体験を通じた、質的調査(フィールドワーク)を
行い、社会的企業実態を内側から捉えることを目指したい。関心として「①社会的企業の
持つ「社会性」と「事業性」の境界をどう見極めるべきか」「②古き良き日本型企業と社
会的企業は区別されうるものであるか」の 2 つの問いから考察する。
(3)研究方法
文献研究とフィールドワークを用いる。現在インターンをしている株式会社ワーク・ライ
フバランスを、
「社会性」の高いミッションを持ち、かつ創業以来 7 年間増収増益という「事
業性」を併せ持つ、社会的企業とみなすことができる。インターシップ体験を通じたフィ
ールドワークでは、社会的企業に身を置く中で自らがどのような成長・変化をしていった
かに注目し、社会的企業に関わる自分自身を対象化・個人のリアリティに迫る中で、組織
の内側からしか知りえないその一企業の在り方、さらには社会的企業の在り方の一端を明
らかにしたい。
3
第2章
第1節
社会的企業について
社会的企業の定義
社会的企業とは、ソーシャル・エンタープライズ(Social Enterprise)の日本語訳である。
ソーシャル・エンタープライズについての研究が最も盛んなアメリカにおいて、ソーシャ
ル・エンタープライズの形態は様々であると指摘されている。まず、学術的定義は以下の
通りである。
・営利(For-profits) 社会的活動に従事する「営利組織」
・ハイブリット(Hybrids)
利益獲得と社会的目標を調和させる「ハイブリット組織」
・非営利(Nonprofits) 商業的活動に従事する「非営利組織」
(引用:塚本,2008)
日本においても、2000 年代から社会的企業について問うテーマの研究が本格化した。その
中では、谷本と塚本の 2 人の研究が有力である。
谷本(2002)は、
「社会性-社会的課題に取り組むことが事業活動のミッション」、
「事業
性-ミッションをわかりやすいビジネスの形に表し、継続的に事業活動を進める」、「革新
性-新しい社会的商品・サービスやその提供する仕組みの開発、あるいは一般的な事業を
活用して社会的課題に取り組む仕組みの開発」の 3 要件を満たす組織と定義している。
「社
会性」と「事業性」を両立させうる「革新性」に注目している点、ソーシャル・イノベー
ションという観点から考察している点が特徴的である。
塚本は、アメリカ・イギリスなど海外における非営利組織の商業化という側面から、社
会的企業を「社会的課題の解決をミッションとして、ビジネスの手法や企業家精神を活用
して活動する組織の総称であり、組織形態は、非営利組織や協同組合形態を基盤にしたも
のから、会社(営利法人)をとるものまである」(原田・塚本、2006)としている。さらに、
塚本(2008)は、Dees の定義をもとに、「純粋非営利性と純粋営利性の間で、ミッションと
社会的・経済的のバランスを取って存在している組織」と更なる定義付けしている。両者
に共通するのは、社会的企業は「社会性/事業性」
・「純粋非営利性/純粋営利性」を併せ持
つとしている点であることから、本研究ではこの両義性・ハイブリット性を社会的企業の
要件として検討を行う。
4
第2節
各国における社会的企業の動向
本節では、各国では社会的企業がどのようなものとして捉え、普及してきたのかについて
概説する。
①アメリカにおける動向
藤井は、アメリカにおける社会的企業とは、1981 年に発足したレーガン政府の予算削減に
よる NPO(民間非営利セクター)の商業化という文脈で語られていることを指摘する(藤井、
2006)すなわち、アメリカにおける社会的企業とは、政府による支出削減・その代替的財
源となる寄付や助成金の獲得競争の中で、非営利組織である NPO 法人が商業化を強いられ
たことによって台頭することとなった。また塚本は、アメリカにおいて社会的企業に関す
る学術研究の発展の基礎が築かれたとして、その根拠を「非営利組織の組織的変化に関す
る先行研究の蓄積」であると注目する(塚本、2008)。また藤井は、アメリカにおける社会
的企業論の焦点は、イノベーションの担い手としての社会的企業家である(藤井、2006)
点にあると述べている。
②EU 諸国・イギリスにおける動向
ヨーロッパ諸国では、社会的に排除された人々を社会に統合していく「社会的包摂(social
inclusion)」を社会政策の目標にしており、こうした目的に沿った活動をしている企業を
社会的企業と捉え、政府は法的側面、金融面、財政的な枠組みなど、様々な側面で支援し
ている点が特徴である。またその背景には、
「社会的経済」という考え方がある。
「社会的
経済」とは、経済と社会とをそれぞれ別々のものとして扱うのではなく、社会問題の発生
を阻止しうるような経済運営の試みを検討する理論である。イギリスでは、ブレア首相を
はじめとして、社会的企業を「社会的経済」の文脈において、「社会的包摂 (social
inclusion)」の担い手として政策的に支援している。(塚本、2008)
以上より、その国における社会的企業の位置づけは、その国の文化的・社会的背景に大
きく影響を受け、異なるものであるということがいえる。
第3節
日本における社会的企業台頭の背景
前節では、各国において社会的企業がどのような背景のもとで生まれ、どのような位置づ
けをされているのかについて概観した。本節では、日本おいてどのようにして社会的企業
が広まることとなったのか、その背景について考察する。
塚本(2012)は、日本において社会的企業のコンセプトが普及しはじめた背景について以
5
下の 5 つを指摘する。
(1) 受け皿としての NPO 法人
1998 年に制度化された新しい非営利法人格である NPO 法人が、社会的起業すなわち新しい
「企業家」マインドを有する人々の組織的な受け皿となった。
(2) NPO 法人の商業化
NPO の事業活動において収益事業のウエイトが高まる中で、組織の「ハイブリット化」
(非
収益授業と収益事業との組み合わせ)が進み、従来の NPO 観が見直されるようになった。
そうした NPO は「事業型 NPO」とも呼ばれるが、動的な企業家的機能を表現する概念とし
ては限界があり、
「社会的企業」あるいは「社会的企業家」というコンセプトがより好まれ
るようになった。
(3) 地方分権化・民営化
地方分権化が進む中、地方公共団体の役割が高まる一方、地方財政の逼迫、少子高齢化や
地域経済の衰退が進行し、地方公共団体には厳しい舵取りが迫られている。そのような状
況の中で、特に行政サイドから、住民自身が自立的・持続的な事業を通じて地域の問題に
関わって欲しいというニーズが高まった。
(4) 協同組合の新しいアイデンティティ
労働者協同組合やワーカーズ・コレクティブ等が、自分たちの新しいアイデンティティと
して社会的企業を認識するようになった。
(5) CSR(Corporate social responsibility; 企業の社会的責任)の流れ
2000 年以降、CSR への関心が高まる中、新しい企業観として社会的企業への関心が高まっ
た。
(塚本、2008)
この中で(1)について少し補足する。ソーシャルビジネス研究会によると、社会的企業と
して認知されている組織体は NPO 法人が 46.7%と約半分を占め、営利法人は 20.5%にとど
まっており(ソーシャルビジネス研究会報告書、20081)、NPO 法人が社会的企業の受け皿
になっていることがうかがえる。
URL:
http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/sbcb/sbkenkyukai/sbkenkyukaihoukokush
o.pdf(2013 年 12 月 13 日)
1
6
また、塚本が指摘する上記の背景にも通ずるものであるが、日本における社会的企業の
普及を考えるにあたって、
「新しい公共」というキーワードは見逃すことはできない。秋山
(2011)、井上(2010)らは、
「新しい公共」の文脈の中から社会的企業が注目されるようにな
ったことを指摘する。すなわち、社会的企業は「新しい公共」を担う一つのアクターとし
て活躍が期待され支援すべき対象として位置づけられている。また「新しい公共」円卓会
議の構成員として、株式会社いろどり、有限会社ビック・イシューなど社会的企業として
認知されている企業の代表者が出席していることも注目すべき点であると考える。以下、
「新しい公共」円卓会議資料より抜粋する。「NPOや社会的課題を解決するためにビジネ
スの手法を適用して活動する事業体は、社会に多様性をもたらしている存在である。医療・
介護・保育・教育等をはじめとしたサービス分野で、また、マイクロファイナンスや環境・
農業・林業・文化・芸術等の分野における新規性のある方法による事業展開によって、行
政や企業ではできない現場に即した細やかなやり方で「新しい公共」作りに貢献している。
それらの事業体の多くは、もっぱら社会活動を行っているか、市場で事業を行っていても
「経済的リターン」より
「社会的リターン」
の創出に主眼を置いている。それらの事業体が、
市場を通じた収益以外にも、
それぞれの事業体が生み出す社会的価値に見合った「経済的リ
ターン」を獲得する道を開く体制をとることは、よりよい社会を構築するための多様性を確
保することに有効である」
(引用:「新しい公共」円卓会議資料「新しい公共」宣言2より、下線部は筆者が引いた)
以上、社会的企業を担う組織が現実に台頭してきたこと、
「新しい公共」の背景となる社
会的課題を担う役割を果たす上で、市民の公共意識の変化、政府による行政補完の要請も
手伝って、社会的企業という存在が日本において広く普及することとなったと考えられる。
第4節
社会的企業をめぐる議論
前節では、日本において社会的企業が広がりを見せていること、またその背景について述
べた。しかしながら、依然として社会的企業という概念は認知度が低く、さらに社会的企
業についての本格的な学術的研究も始まって間がないのが現状である。社会的企業の定義
をめぐって、他の類似的な用語の区別の必要性もある。また研究アプローチも様々である
ので、整理する。
(1) 類似する用語との区別
2
URL:http://www5.cao.go.jp/entaku/pdf/declaration-nihongo.pdf(2013 年 12 月 13 日)
7
①ソーシャルビジネスとの違い
経済産業省のソーシャルビジネス研究会にある通り、日本政府は社会的企業のコンセプト
を表すのにソーシャルビジネスという用語を用いている。しかしながら、ソーシャルビジ
ネスとは実態がない概念であるため主体が不明確であり、筆者はそのために議論が曖昧化
しているのではないかと考える。海外でも、ソーシャルビジネスではなく社会的企業にフ
ォーカスをあてた研究が進んでいる。
③CSR との違い
CSR を進める企業と社会的企業との区別がたびたび議論になるが、企業が進める社会貢献
活動はあくまで本業である私的財の売り上げに有利に働くための経営戦略であると位置づ
け、社会的企業とは区別する。(原田・塚本、2006)
④社会的起業との違い
社会的起業について、
「起業」という文字が示す通り、社会的起業とは社会的企業を起こす
ことを指しており、組織形態を表す社会的企業という言葉とは区別される。
(谷本、2009)
(2) 研究アプローチ
社会的企業への研究アプローチも多様である。町田(2000)・齋藤(2004)は、
「社会的起業家」
という個人に焦点をあて、社会を変えようとするリーダー個人の特性やそのリーダーシッ
プ特徴を取り扱っている。谷本は、前述したとおり、社会的企業を「社会性」「事業性」
「革新性」の 3 要件で考え、「社会性」と「事業性」を両立させうる「革新性」に注目す
る。ソーシャル・イノベーション論にもとづき、新しい社会的事情の仕組み・ビジネスモ
デルの開発という観点から、社会的企業を考察している点が特徴である。谷本は、ソーシ
ャルビジネス研究会の座長もつとめ、その定義が研究会におけるソーシャルビジネスと重
ねられている。一方、塚本は、欧米における非営利組織研究の発展として社会的企業の研
究をしている点が特徴的である。塚本(2008)は、町田・谷本らに見られる研究について、
「実証的・理論的な検証抜きに、社会的企業家のリーダーシップとその社会的インパクト
が過大に評価」としていると批判している。このように、日本における社会的企業の実態
について多様なアプローチから研究がなされているが、残念ながら、社会的企業の定義に
ついて共通認識を得るにはまだまだ議論・調査が求められる。
8
第5節
関心と研究手法の選択
以上見てきたことをまとめると、社会的企業とは「社会性」と「事業性」のハイブリッ
ト性をもった組織であり組織形態も様々であるが、社会的企業への研究アプローチも様々
で、研究者にとっても社会的企業についてまだまだ共通認識がとれていないのが現状だ。
さらに、近年世間の注目を集めている社会的企業であるが、その実態については、十分に
紹介されていない。筆者が本研究を選択した目的はこのギャップを埋めたいと考えたこと
による。本研究にあたっての筆者の問いは、以下の 2 点である。
① 社会的企業の持つ「社会性」と「事業性」の境界をどう見極めるべきか
社会的企業の定義を難しくさせている最大の要因は、その要件である「社会性」と「事業
性」の境界をいかに見極めるかという点が捉えにくいものであるためと筆者は考える。し
たがって、社会的企業においていかに「社会性」と「事業性」とが共存しうるのかについ
ての議論をすることが、社会的企業の共通的な定義を模索する上で、重要な道しるべにな
るのではないかと考えた。
② 古き良き日本型経営と社会的企業は区別されうるものであるか。
日本における伝統的な企業の有り方との区別についても議論がある。田坂(2010)は、社会
的企業は古来の日本型経営への回帰であると指摘する。
「本業を通じて社会に貢献する。利
益とは社会に貢献したことの証である。企業が多く利益を得たということは、その利益を
使って、さらなる社会貢献をせよとの世の声である」(田坂、2010)。欧米型の資本主義に
見られるように「営利の追求」と「社会貢献」を二項対立としてとらえず、両者が共存す
る古き良き日本型経営と社会的企業の区別は、日本においる社会的企業の定義を考える上、
議論が必要である。
上記の問いに対する答えを得るために、インターシップを通じたフィールドワークとい
う方法を選択した理由を述べる。社会的企業は研究として新しく事例も少ないことから統
計的数値からの実証は難しい。別の方法論として、社会的企業の経営者にインタビューす
るという手段も考えられたが、HP 等に掲載されている公式見解以上のものを得られないと
考えた。学生という立場で、社会的企業の具体的な実態に迫るための最適な手段として、
インターンシップを通じたフィールドワークであると考え、調査方法に設定した。
9
第3章
株式会社ワーク・ライフバランスについて
第 3 章・第 4 章では、株式会社ワーク・ライフバランス(以下、WLB 社と記載)を社会的
企業の一事例として捉え、自身の長期インターシップ体験をもとに、自分自身の変化・成
長をたどりながら、社会的企業の実態に迫るということを試みたい。まず、インターンシ
ップ体験から考察することの意義について述べる。第一に、前述のとおり社会的企業の実
態にせまる調査が少ないという現状がある。第二に、長期的なインターンシップ体験を通
じて、半内部者として、外からは見ることができない社会的企業の在り方に迫れるのでは
ないかと考えたためである。
第1節 なぜ WLB 社なのか?
もともと WLB 社でのインターンシップは、研究を目的としたものではなく、個人的な目
的から始めたものであった。しかしながら、社会的企業についての研究を進める中で、そ
の実態に迫る研究の必要性、また自分自身がまさしく社会的企業とみなすことができる会
社でインターンシップをしていることは貴重な研究機会であると感じた。そこで、私の意
図を会社に伝えた上で、その許可のもと本研究のフィールドにすることとした。
WLB 社を研究対象にすることの意義としては、2 点あると考える。第一に、第 2 章にて社
会的企業とは、
「社会性」
・
「事業性」のハイブリット性を持つものと定義した。WLB 社は「ワ
ーク・ライフバランスを世に広める」という「社会性」の高いミッションを持ち、さらに
創業以来 7 年間増収増益という「事業性」を併せ持っている。第二に、日本において社会
的企業として認知されている事業体は前述したとおり NPO 法人が多く、企業という事業体
で認知されているものは少ない。しかし、今後日本における社会的企業が持続性を目指そ
うとする時企業の果たす役割は大きいと考える。十分に社会認知されていない企業という
事業体の社会的企業性について研究することは、本論文の研究意義である。
第2節
WLB 社の会社概要
本節では、まず株式会社ワーク・ライフバランスの会社概要・考え方について記載する。
(1) 会社概要について
■会社名
株式会社ワーク・ライフバランス
■設立日
2006 年 7 月 10 日
10
■代表者
代表取締役/小室淑恵
■所在地
東京都港区芝浦 3-6-5
■従業員数
20 名弱
■資本金
1000 万円
■事業内容
・ワーク・ライフバランスコンサルティング事業
・休業者職場復帰支援事業
・講演・研修事業
・ワーク・ライフバランスコンサルタント養成事業
・ワーク・ライフバランス組織診断事業
(2)代表者の経歴ならびに設立経緯3
WLB 社代表であり創業者である小室は、1975 年東京に生まれた。それまで専業主婦志向
だったが、日本女子大学文学部在学中、猪口邦子教授の講演を受けたことをきっかけに、
子育てをしながら働く女性の視点や発想にこそ期待が集まるという展望に感銘を受ける。
その後自身の知見・視野を広げるため渡米し、1 年間アメリカに滞在、住み込みのベビー
シッターとして生計を立てる。住み込み先のシングルマザーの女性が、育休中にもかかわ
らず、e ラーニング資格を 3 つも取り、育休明けに昇格して職場復帰する姿を見て衝撃を
受ける。育休期間をブランクではなくブラッシュアップの期間にできるのだという価値観
の転換をきっかけに、女性が子育てしながら活躍できる社会の実現に貢献することを自ら
のテーマと位置付づける。その思いを軸に据えて就職活動をすすめ、女性が本当に活躍し
ている会社と感じた(株)資生堂に最終的に入社を決める。
米国での経験をもとに IT こそが女性の働き方を変えうるツールだという確信し、内定後
入社までネットビジネスのインキュベーションを行う(株)ネットエイジにてインターン
をはじめ、全社営業成績の 87%を稼ぎ出すといった偉業を達成する。この時期に「やりた
い仕事にたどりつくために、目の前の仕事に 120%の力を尽くす」という自身の仕事哲学
3http://www.work-life-b.com/(2013
年 12 月 11 日)
http://service.jinjibu.jp/article/detl/innovator/970/ (12 月 11 日)
をもとに筆者がまとめたものである
11
が形成される。
1999 年 資生堂に入社する。奈良支社に配属後、翌年社内のビジネスモデルコンテスト
で優勝し、1年という異例の早さで本社経営企画室 IT 戦略担当に抜擢される。同社の経営
企画・経営改革を進める傍ら、女性が働きやすい社会を実現するために、インターネット
を利用した育児休業者の職場復帰支援サービス新規事業、wiwiw(ウィウィ)を立ち上げる。
育児求職者向けのサービスということで 社内ベンチャーの立ち上げにあたり、休業者へ
のヒアリングをする過程で、介護・メンタルの問題について知るとともに、育児・介護と
仕事の両立を妨げている根本的な問題は職場における長時間労働であることに気づく。ま
た同時期に、社内ベンチャーのプレゼン準備で各種データにあたる中で、いわゆる「2007
年問題」について知る。データと出会った当時はすでに 2004 年であったが、あと数年で団
塊世代が介護の世代になり、子育て中の女性だけでなく介護のために男性も時間制約のあ
る働き方をするのが当然な時代になることを知って愕然とする。時間制約がある社員も含
め全員を労働力として活用できる働き方の体制が求められるにも関わらず、その実情への
対応していない日本企業への危機感を強く持ち、社会への使命感を抱く。その後、起業を
決意・辞表を出す。
辞表を出した数日後、自身の妊娠が発覚する。明るい人柄でビジネススキルの高い創業
のパートナーに支えられながら創業準備を進め、2006 年 7 月に株式会社ワーク・ライフバ
ランスを設立した。長男出産から 3 ヶ月後のことであった。創業当時から、自分自身時間
制約のある働き方を強いられる中で肩身の狭い思いをしながら過ごしていたが、創業パー
トナーの妊娠をきっかけに、
「社員にも同じような肩身の狭い思いをさせてはいけない」と
考え、残業禁止を打ち出し、時間あたりの生産性を評価する制度を導入する。当初は、社
員の反発や隠れ残業が多発したが、社員を説得し、共に時間当たり生産性をあげる試行錯
誤を重ね自社から残業ゼロを体現していく中で、そのノウハウが蓄積されていく。
現在までに、900 社以上に組織内のワーク・ライフバランスを実現する「働き方の見直
しコンサルティング」を手掛けるとともに、育児と仕事の調和プログラム「armo(アルモ)」
・
「介護と仕事の両立ナビ」
、
「朝メール.com」を開発・運営。近年増加傾向にある様々な事
情で仕事を休まなくてはならない人も復帰後にきちんと職場でステップアップしていける
仕組みを創ることで、多種多様な価値観を受け入れられる弾力的な日本社会にするべく、
日々尽力している。
12
(3)「ワーク・ライフバランス」という考え方について4
①問題意識
日本は、少子化・うつ病の増加・ダイバーシティ(組織の多様性)・大介護時代・財政難
など問題が山積している。現在、日本企業では長時間労働型の働き方が中心であるが、労
働生産性は世界で最下位である。日本企業の業績が上がらない理由は、長時間労働の「負
のスパイラル」におちいっているためである。長時間労働は、体調不良や集中力・アイデ
ア不足の原因となり、そのため成果が出ずまたミスが発生、失敗を時間でカバーしようと
するために残業する、という悪循環を生み出している。また長時間労働は、うつ病の増加
や、育児・家事のため時間制約を持つ女性社員の昇進意欲の低下の原因になっている。さ
らには、数年後団塊世代が 70 代に突入すると、その上に介護の問題がふりかかる。女性社
員だけでなく、男性社員でも親の介護のために時間制約のある働き方が求められるように
なる。
その社会的背景にもかかわらず長時間労働を続けることは、その「負のスパイラル」を
加速させる。たとえば、業績を維持しようと時間制約のある社員の人件費(固定費)を削る
と、少ない頭数で仕事を回すことになる。残された社員の負担が増大しうつ病・モチベー
ションダウン、優秀な人材の流出を引き起こす。下手をすれば削った固定費よりも残業代
が高くつく。介護・育児を国にまかせるのであれば、最終的に税金となってのしかかって
くることになる。
②解決策について
日本における、少子化・うつ病の増加・ダイバーシティ(組織の多様性)・大介護時代・
財政難などの社会問題は、長時間労働の是正によって解決できる。労働時間を減らすこと
で業績が落ちるのではないかと心配する経営者もいるが、かけた時間と成果は関係ない。
「正のスパイラル」に回し変えることが重要である。企業は、経営戦略として、時間あた
り生産性による評価に切り替え、時間制約のある社員を活用すべきである。制約がある社
員がやめない会社は、社員のモチベーション・多様性を維持できる。働く個人が定時後の
時間を育児・健康維持・介護にあてることは、国にとっても、介護・託児所サービスへの
財政的な負担が減るためコスト削減につながる。日本がその転換を図ることをできれば、
4
http://www.youtube.com/watch?v=sd6OLoQW0hY を参考に筆者がまとめた
13
今後成熟期に入り少子化が進む韓国・中国へのロールモデルになれる。
第3節
WLB 社におけるインターンシップ概要
本節では、WLB 社におけるインターンシップ研修の概要を記載する。
■研修条件5
【研修期間】8 ヶ月以上
【研修頻度】学期中:週 3 日程度(週 25 時間程度)
休暇中:平日週 5 日フルタイム
【研修時間】 9:30-18:00
※12:00-13:00 はランチ休憩
※上記は、基本的な条件であるが、期間・頻度については応相談。
■部署・配属
1).部署について
部署名は「室」という呼称である。以下の室が存在していた。
講座室、CB(コンテンツ・ビジネスの略)室、MC(Marketing&Communication
の略)室、講演室、インターン室、社長室、経営企画室、管理室
(2013
年 12 月現在)
2).配属について
インターン生は、本人の希望を踏まえ、講座室(ワーク・ライフバラン
スコンサルタント養成講座をはじめとした、自社主催のワーク・ライフ
バランスについての講座を運営)、CB 室(自社提供のサービスを運営)、
MC 室(広報関連業務に従事)、社長室(社長回りの業務に従事)のいずれか
に配属もしくは複数の室に配属される。
■活動資金
活動資金(基本給)+ 報奨金(能力給:職掌6によって決定される)
+交通費の支給
■その他
希望があれば取材・社外打ち合わせ・営業等への同行をつとめられる。
職掌が「上級」以上になれば、コンサルティング現場への同行が可能に
なる。
筆者の研修期間は、2013 年 7 月~2014 年 2 月の 8 ヶ月間であった。研修頻度としては、
学期中は平日週 4 日フルタイム、休暇中は平日週 5 日フルタイムで研修した。
5
http://www.etic.jp/archives/1814(2013 年 12 月 11 日)を参照
インターン生の能力ランク。
「見習い」
・
「初級」
・
「中級」
・
「上級」
・
「カリスマ」
・
「プレ社
員」という順でランクが高くなる。月一回の経営会議の際にて、社員全員で見直し発表さ
れる。
6
14
WLB 社にてインターン生が担当する基幹業務は、インターン業務・所属部署における業務
の大きく 2 種類に分かれる。インターン業務は、すべてのインターン生が共通して行う業
務を指す。所属部署における業務は、筆者は広報部門の部署に配属されたことから、広報
業務について記載する。
<筆者の担当業務について>
1).インターン業務
電話対応、郵便物の開封・分類、社長のスケジュール作成等を行う。
2).広報業務
取材対応、Facebook・Twitter 等の SNS・メールマガジンを通じた情報発信、ブランディン
グ戦略立案等を行う。
(筆者が自身の経験をもとに作成)
15
第4章
株式会社ワーク・ライフバランスにおけるインターンシップ体験
第 4 章では、
第 1 節にて自分自身の WLB 社でのインターシップの中における具体的な体験・
見聞きしたことをその当時の視点をもとに記述し、第 2 節ではインターンシップを通じて
見えてきた WLB 社の在り方について考察していく。
第1節
WLB 社におけるインターンシップ体験
以下では、WLB 社での私のインターンシップ体験を通じた自身の変化について述べる。時
期としては、7 月の入社から、私自身が大きな変化をたどった 10 月の経営会議までを記述
する。以下フィールドノーツは、後述する筆者の朝夜メールをもとに当時の様子を再現し
たものである。
出勤初日(7/10)
経営会議
2 度の面接を通じて入社が決定した。初出勤日は 7 月の経営会議7の日であった。9:30 か
ら通常の研修時間であるが、大学のため私は 14 時からの出勤だった。インターフォンを押
してオフィスに足を入れると、「佐久間さん、いらっしゃい!」「はじめまして!」とい
った声が聞こえ、歓迎の雰囲気の中迎えられた。計 20 名弱ほどインターン生・社員全員が
会議に参加していた。他のインターン生の隣に座り(私以外のインターン生は 3 人いた。
本日は 1 人欠席で、インターン生は全員で 5 人だ)、会議の様子を見つめた。職掌の発表
がはじまるところであった。入社の時期が早いインターン生から順番に名前を呼ばれ、職
掌が読み上げられる。一人一人の発表がされるたびに、拍手をする。職掌が上がったイン
ターン生には、「おめでとう!」といった声がかけられた。職掌発表の後、社員・インタ
ーン生それぞれ一人ずつ、功労賞(今月の MVP)が選ばれて発表される。功労賞の選び方は、
社員が今月の MVP だと思う社員・インターン生をそれぞれ一人選び、それぞれに対して一
枚、合計二枚の付箋に名前とメッセージを書き込む。付箋は記入後集められ、社長がその
場で票数を集計し、票数・コメント内容が発表され、一番票数が多い人が賞を獲得する。
7
経営会議は、毎月 1 回開催。社長・インターン生も含め、社内の全員が参加する。社長
からのコメント、各室からの 1 ヶ月間の主な出来事・成果発表、インターン生の職掌決め・
発表(お昼の時間だけは、社員だけでインターン生の評価を検討するので、インターン生は
席を外す)、
インターン生による企業のワーク・ライフバランス事例の発表などが行われる。
16
発表は全員が手で自分の膝や目の前の机を叩いてドラムロールをする演出があるなど非常
に盛り上がり、その楽しい雰囲気が印象的であった。功労賞発表の後、インターン生によ
る発表がはじまった。ワーク・ライフバランスに関する企業の事例や介護に関する国の対
策について、インターン生が 5 分ほどで手短に発表し、その後提示されたテーマのもと、
ディスカッションが設けられた。ディスカッションはタイマーを使って進められ、時間を
意識した密度の高い議論が展開される。私は飛び交う専門的な用語の意味をとらえようと
しながら話の理解につとめた。積極的な議論や社員の頭の回転の速さ、議論を進めるスピ
ード感に圧倒された。会議中に何度か電話が鳴ることがあったが、その都度インターン生
が電話に出て要件を聞くなど機敏に対応していた。今回は会議の前半部には参加できなか
ったが、その月の売り上げ数値などもインターン生も含め共有されるのだという。経営会
議と聞くと、トップの人間が少人数で売り上げの数字についてシビアな議論をするイメー
ジがあるが、そのようなイメージとは遠く離れた活気的でオープンな会議であった。会議
終了後に先輩インターンから簡単なオリエンテーションがあり、メールの種類の説明やス
ケジュールの押さえ方、面談を入れ方、インターン生の基本業務などを教わり、その日は
終了した。
出勤 2 日目
入社オリエンテーション(7/11)
出勤 2 日目の午前中は、インターン室長から本格的なオリエンテーションを受けた。勤
務時の服装や活動支援金、オフィスのセキュリティのために守るべきことなど、この会社
で働くにあたり基本的なことを教わった。そこで、インターン生にもランクがあることを
知った。私はまず目指すべきランクは「初級」で、「初級」になるには電話をとれるよう
になることが第一ステップだということだった。「電話をとれるようになる」ためには、
電話テストに合格することが求められる。先輩インターン生との練習後、社員によるテス
トに合格すると電話が取れるようになるということであった。また、社長である小室さん
の同行を勧められた。通常誰でも小室さんの講演や取材に同行することができ、それが習
慣になっていることを知った。オリエンテーションの後、改めてオフィスを眺めてみた。
オフィスは大きく 2 つの部屋で構成されており、一つは通常の業務を進めるスペース、も
う一つは会議室である。業務をするスペースは自由席で、それぞれが社内のノートパソコ
ンもしくは備え付けのデスクトップパソコンのどちらかを使いながら業務を進めていた。
またオフィスはどこに何があるか分かるようにきれいに整頓されていた。すべての引き出
17
しには、その中身のものが何であるか分かるようにテプラが貼られていた。先輩インター
ンが、「このようにオフィスを整頓することで、探し物が少なく無駄な時間を省ける」の
だと、オフィスの整頓が生産性高く働ける環境作りにつながっていることを教えてくれた。
オフィスをざっと眺めた後、「朝メール.com」の登録作業を行った。「朝メール.com」と
は WLB 社の自社サービスの一つで、WLB 社では業務の一環として 1 日の朝と夜の計 2 回入
力することが通常となっていた。社内では、朝に記入するものを「朝メール」、夜に記入
するものを「夜メール」と呼んでいた。「朝メール.com」で入力する項目は大きく 2 種類
ある。1 つがその日の仕事内容とその実施時間、もう一つがその日のコメントである。
「朝メール」では、以下の 2 つを記入する。
1.その日行うつもりの仕事内容・実施予定の時間等の予定スケジュール
2.「今日の一言」
「夜メール」では、以下の 2 つを記入する。
1.実際に行った仕事内容・かかった時間等の実際のスケジュール
2.
「本日の振り返り」
「今日の一言」・「本日の振り返り」のコメント内容は、必ずしもその日の業務に関わる
ものである必要はなく、最近読んだ本の感想や、最近の子育ての動向などプライベートに
関わるものも含め自由に書くことができる。以上の情報を「朝メール.com」に入力すると、
登録した自分のメールアドレスに、記入した内容がメールになって届く。WLB 社では、こ
のメールを社内メールアドレスに転送し、その内容を共有することで仕事内容やプライベ
ート情報の共有をしていた。
その日のランチは特別で、インターン生・社員が私のために「ハッピーランチ」の場を
設けてくれた。ハッピーランチは、新入社員もしくは新しく来たインターン生の歓迎の食
事会のことである。社員やインターン生が多く集まるお昼に、新しく来たメンバーを囲み
交流を楽しむというものであった。賑やかな雰囲気の中で、「佐久間さんってどんな人な
の?」「何が趣味?」など沢山の質問を受け、社員が他の社員の他己紹介などをしてくれ
た。笑いが絶えない楽しい会であった。互いが互いの趣味や性格について詳しいこと、社
員の子どもの名前が社内で当然のように共有されている点がとても印象的だった。話をし
てみると、時短勤務中の 2 児の母やパパ社員、妊娠中の女性社員など、いろいろな人々が
この会社にはいるのだということを知り改めて驚いた。
18
午後は、私が配属することになった広報室(以下、MC 室と記載する)の社員に取材対応
の基本的なフローを教わり、営業資料作成などインターン生の基本業務を進めた。入社し
たばかりでまだ右も左も分からなかったが、先輩インターンから業務のマニュアルが集約
されている Web ページの存在について教えてもらい、「凡そのことがここに記載されてい
るから、不明な点があったら一度ここを見てみてください」と言われた。実際そのマニュ
アルページには大体の基本的な情報が網羅されており、業務を進めるのに大いに役立った。
定時 30 分前である 17:30 になると、先輩インターン生が「(定時まで)あと 30 分です!」
と社内にアナウンスをしていた。そのアナウンスにより、その日の業務を終わらせるため
の士気が高まり、社内では「みんな、あと 30 分で帰るよー」、「仕事終わらない人いる?
無理そうだったら、引き取るよ!」といった声掛けがなされ、終わらない仕事を手伝う場
面も見られた。18:00 の 5~10 分前には、帰るための片づけがはじまり、インターン生は
その日の使った食器・カップを洗浄し始めた。18:00 になると「終了です!」というアナ
ウンスがなされ、
会社の電話は留守電モードに切り替えられた。皆が帰りの支度を済まし、
オフィスを完全撤収・千錠を完了した時間は、18:00 から 10 分も経っていなかった。帰り
道には、さっそく夜メールを書いて送ってみた。すると、他のインターン生・社員さんか
ら「これからよろしく!」など挨拶のレスポンスがいくつか届いた。
初めてのメンター面談(7/18)
インターンを始めて約 1 週間、先輩インターン生との電話の練習、MC 室のメールを確認
することを習慣に過ごした。当時の MC 室の人員は、社員 3 名と、私を含めたインターン生
2 名で構成されていた。MC 室では 1 つのメールアドレスを共通して使用しており、私も自
分宛てだけでなく、MC 室の誰にどのようなメールが来ているのか確認することができた。
この仕組みのおかげで、メンバー同士で「●●さんからメール来ていたよ」「△△の件、
急ぎだったから代わりに対応しておいたよ」といったやりとりがされているのを度々目撃
した。私が大学に行っている時に受信した急ぎのメールについては、社員や他のインター
ン生が代わりに返信しておいてくれた。
その日のお昼は初めてのメンター面談であった。メンターとは、インターン生のサポー
ターとなる存在のことで、インターン生 1 人につき社員 2 名がメンターとなる。私のメン
ターは、K さんと S さんの 2 人であった。2 人は私の 2 度目の入社面談での面接官を務めて
いた。S さんは MC 室の女性社員で、出勤初日から MC 室業務について教えてくれていた。K
19
さんは他室の男性社員だが、実は入社面談前から面識があった。面談は、基本的に会社近
くのレストラン・カフェにて話をするというものである。基本的に面談はランチをしなが
ら気軽に行われ、費用は会社から負担される。その日の面談場所は会社近くのホテルの昼
食バイキングであった。
初面談では、まず社内での面談の位置付け、また私の入社の経緯を聞いた。面談の目的
は、「相手の成長を一緒に考えていく8」ことで、会社としても面談を通じてのフォローア
ップ・成長のサポートを大切しているとのことあった。私の第一印象について、K さんは
「とんでもないやつだ」という印象を抱いたと笑いを交えつつも率直に述べた。私が採用
面接の時に、「K さんって変わった方ですよね」と以前会った時の印象を率直に言葉にし
ていたことが理由だった。入社の経緯について聞いたところ、面接時の私の印象として、
「自分のことしか考えていない子だと思った」と言われた。「しかし、どんな問いかけを
しても、きれいごとを言って変に取り繕うようなことはしなかった。そのエネルギーを他
のものに向けた時、大きな力を発揮するのではないかという期待を込めて採用した」とい
う感想を K さんは言った。そんな経緯があったことは知らず、また本当に私の成長を考え
てくれているという思いが伝わってきた。私自身も「自分のことしか考えていない」とい
うことについて正直に認めた(実際、採用面接では、WLB 社でのインターンを志望した理
由として私は「将来自分が仕事と育児の両立をしたい。そのためのスキルと知識をこの会
社で身につけたい」と主張していた)。しかしそれは身近にワーク・ライフバランスで苦
しんでいる人がいないからであった。社員やワーク・ライフバランスに悩む人の話を聞く
中で、自分のこととして捉えていけるのではないかと私は伝えた。K さんと S さんはそれ
を聞いて安心したようだった。振り返りを書くようにという 2 人の言葉を受けて、その夜
面談で感じたことをメールに書いて送った。
初めての小室さん同行(7/25)
MC 室の業務として、2-3 件ほど取材案件に関わるようになっていた。最初は慣れずに戸
惑うこともあったが、取材対応用のメールのテンプレートが社内で用意されていたので、
それを利用する中で徐々に業務に慣れてきていた。基本的には、取材対応のフローに沿っ
8
面談は、インターン生と社員だけでなく、先輩社員と後輩社員など社員同士でも行われ
れる
20
たテンプレートをもとにメールを作成し、MC 社員の確認後先方に送信するという流れで取
材対応ができるようになっていった。
この日、小室さんの会議同行を務めることになった私は、政府の会議ということで、知
らない世界に飛び込むような気持ちで、朝メールでも「とても楽しみだ」と無邪気に書い
た。小室さんが委員を務めるその会議で、小室さんが発言をするのを聞いていた。「とて
も楽しみだ」という私の発言について、その日の夜メールで K さんから返事をもらった。
「小室さんの同行は大変刺激的なので、楽しむ分には全く構わないのですが、佐久間さん
は会社の人であると見られること忘れないでくださいね」という内容だった。また当日会
場入り口で小室さんに合流した際、私が「今日もお綺麗ですね」と発言したことに対して、
「佐久間さんは前科9があるので(笑)念のため伝えておきますが」と前置きをしてから、
人前で社内の人を一般的には褒めるべきではないこと、他の社員がどう褒めているのか見
ると効果的ですよとコメントをもらった。その時の私にはその意図が理解できず、結局放
置してしまった。
S さんとの面談(8/7)
S さんから急遽面談に行こうと声をかけられた。S さんは業務で関わることが多く、MC
業務について教えてくれる存在であると同時に私の一番の理解者であった。
「志帆ちゃん、
インターンはどう?」と聞かれ「とても楽しいです」と答えると、「どういったところが
楽しい?」とさらに問われた。S さんは、MC 業務を一緒にしていて私にとても能力が高い
と感じていること、それなのに周囲から見た私の姿は「不思議ちゃん」の印象が強く、実
態が正しく理解されていないこと、そのために周囲の人たちは私に仕事を任せることを不
安に感じてしまい、結果として私が成長の機会を失うなど損しているのではないか心配し
ている、と伝えてくれた。また、S さんは私という人間をより周囲に知らせるために、私
に朝夜メールを通じた自己発信を提案した。私はもともと、メールの返信が億劫で面倒く
さいものと感じていたが、メール=「自己発信のツール」と位置づける S さんの指摘が新鮮
に映った。
9
*私が採用面接時に「K さんって変わった人ですよね」という非常識なことを言い放った
ことを指している
21
第 2 回目の経営会議・その懇親会(8/8)
経営会議までに電話テストに合格でき、初級に昇級した。功労賞では、小室さん・S さ
んからそれぞれ票を入れてもらった。小室さんから「議事録が素晴らしい!不思議ちゃん
と言われていたらもったいない。ビジネスの一期一会を大事に」というコメントをもらっ
た。以前に取材同行したときに、私が取った議事録のことを評価してのコメントだった。S
さんからは
「いつも MC のメール対応をしっかり進めてくれてありがとう!不思議さんのレ
ッテルが剥がれれば、もっと成長できるよ」とコメントをもらった。功労賞発表の場では、
「いつもありがとう!」「あの時とても助かった!」など、互いの良い点を褒め合い日頃
の感謝を伝える機会となっていた。
初級になり電話対応ができるようになって驚いたことは、WLB 社ではたとえ担当社員が
不在であっても、「△△会社の●●様から◇◇さん宛てのお電話ですが、どなたか対応で
きる方いますか?」と聞くと、「代わりに出るよ」「私が対応できると思う」と他の社員
が電話を受け取ってくれることが多い点にあった。担当者がオフィス不在・有休中、もし
くは急な休みになっても、他の人が代わりに対応できる体制ができていた。
その日の経営会議の後は、食事会に参加した。食事会は、毎月経営会議の後に開かれる
が、2 か月に 1 回はインターン生も参加できる交流の場となっていた。食事会では、当た
りさわりのない世間話をするかと思いきや、本質を突いた私自身の問題点についてその場
にいた社員数名から指摘うけた。指摘を受けたのは、私の言動・行動が他者に与える唐突
感・違和感についてだった。「こう言われたら相手はどんな気持ちになると思う?」とい
った問いかけを受けながら、自分の何気ない発言・行動が相手に想像以上に、思いもよら
ない印象を与えてしまっていることに気づかされ、自分でも驚いたことに涙を流してしま
った。「いきなり厳しいことを言って驚かせてしまってごめんね。でもしっかり考えて欲
しい」という言葉も受けて、自分なりにその意味を理解しようとつとめた。最初「私自身
としてはまったくの無意識・無自覚な行動なのに、いったいどうやって直せばいいのだろ
う?」と頭を抱えたが、後日考えを整理し結論として、「周囲の協力を借りながら少しず
つ認識・行動を正していく」しかないのだと考え、そのことを夜メールにまとめ送った。
その夜メールに対して、小室さんをはじめ「よくこんなにしっかり受け止めたね」・「必
ず乗り越えられるので、頑張ろう」等のレスポンスをもらった。
第 2 回メンター面談(8/28)
22
1 ヶ月振りの S さんと K さんとの面談だった。先月に比べ仕事に慣れ、8 月の経営会議で
MC 室の先輩インターンが卒業したことで、メールマガジンの執筆・発行管理などの仕事を
任されるようになっていた。面談では、食事会後の私の夜メールでの発信も手伝って、2
人からは少しずつ「不思議な人」の印象が薄れ、良い変化をしているとのフィードバック
をもらった。私からは、後回ししてしまいがちな業務の対処法と、自分にとってのワーク・
ライフバランスが身近に感じられていないことについて相談した。後者については、この
会社にいながらワーク・ライフバランスを自分にとって身近なものできていないことが自
分の課題だと思っていたためであった。2 人からは 「無理にワーク・ライフバランスを理
解しようとするのではなく、
自分にしっくりワーク・ライフバランスを考えてみては?」と
アドバイスをもらった。S さんは、学生の立場では出産と子育てはイメージできるもので
もないので、「社外でのインプットを仕事のアウトプットにつなげる」という点からワー
ク・ライフバランスを考えてみてもいいのではないか、と具体的な別の方向性を示してく
れたのが印象に残った。今後「身近な人にワーク・ライフバランスについて聞いてみる」
ことを宿題に面談は終了した。
営業同行の失敗(9/9)
私の確認ミスで、声をかけてもらっていた営業同行に行けずじまいになってしまうとい
うことが起きた。
その日 S さんが声をかけてくれ、
「どうしてこういったことが起きたの?」
と確認してくれた。私は「社員さんへの確認・報告が遅れてしまった」が原因だと考えた
ということを伝えたが、S さんは私の話を聞きながら、本質的な課題は私の思い込みが強
さにあるのではないかということ、それを変えるにはどうしたらいいかということを投げ
かけた。さらに S さんは、私が朝メールに入力した、その日の仕事の順番・予定を確認し
ながら、
「時間内に業務を終わらせるにはどうしたらいいか」
「業務が押してしまった時、
予定をどのように組み立て直していけばいいか」など私の時間の使い方について、自分の
業務時間を割いて色々とアドバイスをくれた。しかし、その日の取材対応では、こちらか
らの返事が遅いために、取材先からリマンドが来てしまうといったことも起きた。知らぬ
うちに S さんが代わりに対応しておいてくれることもあったが、自分でもいろいろと業務
が滞り、疎かにしている部分が増えていると感じていた。
第 3 回の経営会議(9/12)・ブランディング・プロジェクトキックオフ(9/13)
23
9/13 に第 3 回目の経営会議を迎えたが、私の職掌は「初級」維持という結果に終わり、
「中級」への昇級は叶わなかった。経営会議の次の日、各コンサルタントのブランディン
グ・プロジェクトが始動した。ブランディング・プロジェクトは小室さん発案で、小室さ
ん以外のコンサルタントをより売り出していくため、その売り込み資料を作ろうというプ
ロジェクトであった。本プロジェクトに私が配属された経緯としては、8 月 15 日夜メール
で、私が過去の取材記事の整理を報告したことがあった。それに対し小室さんが「実現し
たいことがあるから手伝ってほしい」という返信をくれ、今回のミーティングが開かれる
こととなった。小室さんと私、T さんという 8 月から入社した新入社員(女性)の 3 人での
ミーティングをした。T さんは MC 室配属であること、また元 WLB 社インターン生であった
ことから、何かと私に目をかけてくれていた。ミーティング後、T さんは昨日の経営会議
の職掌について「職掌がすべてじゃないけど、次のステップに上がるために面談を入れて
相談するといいよ」と声をかけてくれた。
室長面談(9/24)
9/21、私のミスでメールマガジンの発行ができず、MC 室長の M さんを休日出勤させてし
まうということが起きた。その反省会も踏まえ、室長と面談を行った。「何をしていれば
状況が変わったと思うか?」という問いに、私は「●●さんがこう言っていて、自分はそ
れに従う以外の方法しか思いつかなかったので、どうしようもなかったのではないか」と
答えた。それには「少し他責で考えているかもね」とフィードバックをもらった。また、
MC 室の今後目指すべき方向性について話をしてくれた。まず前提として M さんは「うちの
会社は早くなくなることを目指している」と言った。つまり、会社は世の中にワーク・ラ
イフバランスを広めることを目指しているが、それが達成できたのなら会社の存在理由は
なくなるため、ということであった。またそのミッションが会社の営業スタイルと密接に
関わっていると M さんは語った。WLB 社は、創業以来一度も営業の電話をかけたことがな
く、向こうから来てもらう PULL 型の営業スタイルを取っている。その理由は、こちらから
営業するような体制ではワーク・ライフバランスを広めるのが遅くなってしまうためだと
いうことだった。さらに、先日から関わることになったコンサルタント・ブランディング
の話は、小室さんだけでなく他のコンサルタントがもっと世に出ることでワーク・ライフ
バランスをより早く広めていくためにされていたのだということを知った。
24
小室さんとの面談(9/25)
この日、小室さんと面談をすることになっていた。業務が上手くいかず、信頼がどんど
ん手からこぼれ落ちていく感覚、
日々の業務に自分なりの意義付けをできず苦しんでいた。
さらには、最近内定先10の会社との接点が増える中で、内定の会社を好きだという思いが
強まったことも自分自身の葛藤につながっていた。残業ゼロを目指す会社で、残業をある
種の美徳と考える内定先の会社が好きだと感じる私は、WLB 社でどのように働いていけば
いいのかと悩んでいた。事前にアジェンダ(相談事項)を送るようにと言われていたことが、
考えがまとまらずあわてて感じたことをそのままに「1.この会社で働く意味について悩ん
でいること、2. 今後この会社で達成すべきこと」とだけ送った。朝送ったアジェンダを見
て、S さんが私のところにやってきた。「この書き方だとここで働いている私たちの意義
を否定してしまうように読めてしまうけど、志帆ちゃんは本当はどういう意図で書いた
の?」と聞いてくれた。不用意な言葉が、いつも目をかけてくれている S さんを驚かせ傷
つけたことに気づき、後悔と悲しみでいっぱいになった。きちんと背景を説明した後、S
さんは「このままだと志帆ちゃんは誤解をされたままになってしまうから、メールで訂正
を送った方がいいよ」とアドバイスをくれた。
精神的にもぎりぎりの状態で、小室さんとの面談となった。小室さんはまず私の話をゆ
っくりと聞いてくれた。小室さんは常に、まず相手の話を聞いてその人の課題を知り、そ
の人が向かうべき未来を考え、その解決策を模索すること、「課題-解決-未来」がつなが
っているかどうかを意識して話をしていた。私は話をする中でこらえきれず途中から涙を
流した。自分には「ワーク・ライフバランスを世に広めよう」という志が大きく欠けてい
るということに気づき、それを持てていない中でどう仕事をしていけばいいのだろうか悩
んでいることを率直に打ち明けた。それに対する小室さんの第一声は「良かった、佐久間
ちゃんを採用した時、一番それが心配だったんだ」という意外な言葉であった。そして、
改めて私を採用した経緯の話をした。採用の経緯については以前 K さんから聞いていたが、
小室さんの口から「佐久間ちゃんが、『自分のことしか考えていない』子だということは
皆気づいていたよ。でも、採用することにしたんだよ」と改めて聞き、私をインターンと
して受け入れてくれことの寛大さを今まで以上に深く受け止め、自分の恩知らずさを深く
恥じた。
10
筆者は人材サービスの会社に内定しており、来春から働くことになっていた。長時間労
働の環境であると言われることが多かった。
25
また小室さんは、長時間労働がいかに個人を蝕み組織の持続性を失いかねない危険性を
孕んでいるかについて、自身が過去に出会った長時間労働に押しつぶされてしまった人た
ちのエピソードを交えつつ話してくれた。以前小室さんの取材に同行した際、小室さんが
「救いたい人たち・力になりたい人たちの声を聞くことが、私のパワーの源だ」と語って
いたのを覚えていたが、そうした当事者たちの声こそが小室さんの社会を変えようとする
原動力となっているのだということを感じた。
そして、小室さんが私にくれたアドバイスは、「信頼される人になりなさい」という言
葉であった。学生としての狭い視野から抜け出すために、今まで足を運んだことがないコ
ミュニティに足を運び、また大人の本音を聞けるようになることが必要であること、その
ためには対等な立場で話ができるような信頼される人になる努力をしなくてはいけないと
語った。さらには、信頼される人になるために、「GIVE をしなさい」「一つの変更が他の
どんなことに影響を及ぼすのか考えなさい」という教えをもらった。
メンター面談(9/30)
WLB 社では、「3 ヶ月経って中級にあがれなければクビ」という決まりがあり、私自身立
て直しができていない状態で、急遽メンターである K さんと S さん、M さんを含めた4人
での面談が決まった。次の経営会議まで 10 日弱しかなかった。面談ではまず私から、小室
さん面談で感じたこととして、私は周囲の人に応援をもらいながらきちんとそれに気付い
ていなかったこと、時には裏切るような形で返してしまっていたこと、そんな自分が情け
なく悔しいこと、もっと周囲に感謝をもって接しなければならないと感じ始めたことを語
った。自分の現状を伝えた後、「今後どうしていきたいか?」とこの会社で働き続けたい
かということを含めて、K さんから質問があった。私は、「最後まで働きたい」と伝えた。
ここまで自分と向き合い声をかけてくれる環境で、この貴重な機会に、きちんと自分と向
き合い、乗り越えたいと思ったこと、そして今までいただいてきた恩・期待に応え、きち
んと周囲に貢献できる人間になりたいと思ったからであった。
そう伝えたあと、K さんに「佐久間さんは次の経営会議までにどんな課題を乗り越えた
い?」と聞かれた。なかなか答えが見つからない私に、3 人はそれぞれいま自身が向き合
っている課題について話をしてくれた。「K さんは実はいまこんなチャレンジをしている
んですよ」「M さんも自分の課題克服できるようになって来たよね」「S さんはこんなテー
マだよね」などといった 3 人の話を聞く中で、ある自分自身の課題に思い当たった。そし
26
て自分の課題は「相手がどう感じるのか?」ということに対する思慮がとても浅いことだ
と伝えた。日常生活の中で失礼な表現を使ってしまうのも、メールへの返信が遅れてしま
うことも、
仕事が遅れがちになってしまうことも、そしてそれがなかなか直らないことも、
すべて相手への配慮が足りていないこと不足が起因していたのではないかと正直に伝えた。
すると K さんは「一つだけリクエストいいですか」と言った。はいと答えると、K さんは
「経営会議までの間、言葉を大切にしてください」と言った。自分から発する言葉・書く
言葉、相手から受け取る言葉の意味、すべての言葉に意識を向け考える、という意味であ
った。自分が課題を克服していくべきために必要なことなのだと理解し、必ず守ると約束
した。
メンター面談から経営会議までの発信(10/1-10/9)
経営会議までの私の出勤日数は 1 週間ほどしかない。そんな危機的状況の中で、私はあ
らゆる言葉を意識することに気をつけ、言葉について気づいたこと・感じたことについて
はすぐに朝夜メールでの発信した(以下は、私の朝夜メールの要約である)。
・「悩んで書いた発信ほど、嬉しいレスポンスが返ってくること」
「もともと私は、『あえて言わないこと』を変な美徳としていたり、『時間がかかってし
まうくらいなら』・『表現が下手になってしまうくらいなら』と、書かないままにしてし
まうことが多いところがある。しかし最近、表現に気をつけて時間をかけて書いた文章ほ
ど、自分の考えていることを相手にきちんと伝えることができたり、自分が想定していた
相手の状態と実際の状態が嬉しい意味で違っていたりなど、発信することで知ることが沢
山あることに気づき始めた」
・取材対応の言い回しにも大切な意図が込められていること
「取材対応のテンプレートにある表現ひとつひとつから、MC 室が気をつけるべき姿勢・方
向性が読み取れるのだと知った。今後自分が使う表現について他の人が使っている表現に
ついてより一層意識していきたい」
・表現次第で相手の話を引きだすことができること
「先方の取材担当者の方へ、小室さんのコメントを入れてメールを送ったところ、熱い想
いのこもったご返信をもらった。もともとワーク・ライフバランスがうまく取れないこと
で苦しんだ経験がある方で、小室さんの TED プレゼンを見たことがきっかけで自らワー
ク・ライフバランスを実践し始められたとのことを打ち明けてくれた」
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その気づきを発信する度に様々な方からレスポンスをもらった。室長と S さんからは私が
表現に失敗し落ち込むたびに、「大丈夫!絶対、変われるよ」と励ましを受け支えてもら
った。
経営会議(10/10)
高まる緊張の中、経営会議を迎えた。「この会社にいられないんじゃないか」という不
安を感じながら、職掌発表の時を待った。そして、「中級です」というアナウンスを聞い
た時、緊張がほどけ涙があふれた。その驚いた周囲が「大変!ティッシュ、ティッシュ」
とティッシュを回してくれたが、私にもらい泣きをした小室さんに次のティッシュが回っ
た。そのあと、さらになんと功労賞までもらうことになった。他のインターン生と同じ票
数だったのだが、悩んだ末に小室さんが「功労賞は佐久間ちゃんです!」と言った。想定
外の嬉しい事態によく回りが見えなかった、賞を受け取るために前に出たが涙が止まらな
かった。小室さんが「佐久間ちゃんの昇級が決まった時、メンター全員がほっと上を見上
げた」と笑って言い「佐久間ちゃん、愛されているね」と付け足した。メンター面談から
経営会議まで私がしたことといえば、業務で何か成果を出せたわけでもなく、朝夜メール
での発信をしただけであった。WLB 社は、自分と向き合うことを大きく評価する環境であ
り、大きく後押ししてくれるそのあたたかさに感謝の想いが溢れ止まらなかった。
第2節
考察―インターンシップ体験を通じて見えてきたもの
前節で、筆者の WLB 社での一部の体験を紹介した。上記フィールドノーツから見えてき
た WLB 社の特徴として、朝夜メールを通じた日々のコミュニケーション・仕事の共有、社
内の整理やマニュアル化による業務の見える化・短縮化、共通のメールアドレスを持つこ
とによる仕事の分担、面談・メンター制によるインターン生へのバックアップ体制などが
あげられる。本節では、本インターンシップ体験を通じて見えてきた WLB 社の在り方につ
いて考察する。
(1) 自己変革こそが社会変革につながるという信念
インターシップ体験の中で、筆者が他者の反応をかえりみない言動など自分自身の本質
的な課題と向き合うことを求められたこと、自己変革を試みる過程でその評価を受けた体
験について述べた。また自分自身の課題との対峙と自己変革への試みは、筆者のみではな
く他のインターン生・社員も同様に実践していた。なぜ WLB 社ではここまで自分と向き合
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うことが求められ、それが評価の対象とされるのだろうか?その理由は、各人の主体的な
自己変革こそが、社会変革につながるという信念が WLB 社に強くあるためではないかと考
える。WLB 社は、長時間労働がなくならない本質的な原因を、均一な条件で働くことを求
める企業の固定観念や、周囲に合わせることを善とする共同性意識にあると感じ、その負
の共同性が個を殺してしまっていると考える。さらに、その負の共同性を断ち切ることが
できるのは、目の前の課題とその解決の必要性を理解し、従来の観念に囚われることなく
その課題解決を主体的に目指していく自律的な個であると信じている。だからこそ WLB 社
の社員は、相手に本質的な課題と向き合うことを厳しく促し、また自らも主体的な自己変
革を目指すのではないだろうか。
しかし、なぜ 1 年弱で卒業していってしまうインターン生にまでそうした自己変革を求
めるのか?その理由としては、次のような期待・願いがあるからと考える。即ち、各イン
ターン生が、ワーク・ライフバランスの必要性の理解し自律的な個に育つことが、自身が
選んだ進路や環境で周囲への変革を促し、さらには社会の変革につながると信じ、彼らの
その後の活躍に期待や願いをかけているのではないだろうか。WLB 社が目指すビジョンを
共に達成していく仲間を増やすための投資をしているのである。こうした期待や願いこそ
が、1 年弱しかいないインターン生であったとしても、その教育に情熱やコストをかける
大きな理由であると考えられる。
(2) 多様性を持つ持続的な組織の実現
筆者がインターシップ体験の中で、社内における個人が互いの業務をフォローし合い、
ワークとライフ双方を充実させていること、つまり WLB 社における社内のワーク・ライフ
バランスの実現を目にしたことについて既に述べた。このような社内のワーク・ライフバ
ランスの実現を支えているものは一体何なのだろうか。まず、共通メールアドレスを持つ
こと・マニュアル化・朝夜メールなどの仕組みが大きな役割を果たしている。仕事の共有・
見える化によって、急な休みがあったとしても互いの仕事をフォローし合える体制、残業
せずに生産性高く働ける体制が作られており、それが社内のワーク・ライフバランスを支
えているのである。しかし、最も重要なことは、この業務の支え合い・助け合いは、日々
のコミュニケーションに支えられた信頼関係があってはじめて成り立つということである。
WLB 社において個々を信頼関係で結びつける役目を果たしているのが、朝夜メールである。
朝夜メールを通じて、その人のプライベートや人となりを深く理解し、互いに信頼し合い
29
仕事を任せられる関係性が構築されているからこそ、自然と互いの業務を分かち助け合え
る体制が実現するのである。インターンシップ体験の中で筆者が周囲に促された朝夜メー
ルによる発信は、周囲からの理解を得るために不可欠な信頼獲得のプロセスであったとも
いえる。また、功労賞に見られるような、互いをたたえあい褒め合う文化も、この信頼関
係の構築に大きく貢献している。さらには、(1)で述べた相手の課題について厳しく指摘し
合うやり取りを可能にするのも、この信頼関係であるといえる。各人が個人のみの利益を
追求して独立・競争し合うのではなく、互いの仕事内容を共有し互いに信頼し合い任せ合
えるこの関係性こそが、社内のワーク・ライフバランス実現を大きく支え、時間制約ある
個を活かし互いに高め合う多様性ある組織を創り上げ、さらには WLB 社をして長期的に持
続性ある組織にたらしめているのである。
30
第 5 章 社会的企業としての株式会社ワーク・ライフバランス
前章にて、WLB 社の組織の在り方について考察した。以上の考察をもとに、WLB 社という
事例を通じて、社会的企業についてどのような示唆が得られるか、最初に立てた問いを軸
にしながら、筆者の考察を述べる。
①
社会的企業が持つ「社会性」
・
「事業性」の両立について
WLB 社についての考察から導かれる社会的企業についての最も重要な示唆は、「ワーク・
ライフバランスを世に広める」という「社会性」の追求が、多様性を持った個々が互いに
高め合い支え合う関係性を構築することで、長期的な持続性を持つ組織を創り出している
という点である。
インターンまでを含めて会社の理念に包摂し、自己変革を求めることは、
短期的な企業の利益を考えれば無用なことだろう。しかし、WLB 社は、特定の上司の個人
的な指導ではなく、会社全体でそれを追求し実践している。このことは、単なる利潤の追
求、つまり「事業性」ばかりを追い求める企業の在り方に疑問を投げかけると同時に、新
しい企業・組織の在り方を提示するものである。企業の不祥事や環境破壊等に見られる肥
大化した「事業性」に対して、世の声として企業の社会的責任が追及されたが、このこと
は企業が短期的利潤を第一としてひたすら「事業性」のみを追求することがその「社会性」
を失うだけでなく、さらにはその持続性までもが危機に瀕することを示している。そのよ
うに考えるならば、
「社会性」の追求は、社会的企業のみが担うべき役割ではなく、持続的
な経営を目指すすべての企業に対して求められることなのだといえる。したがって、社会
的企業の存在意義は、
「社会性」と「事業性」の両義性にあるのではなく、従来の社会に対
し、
先んじて社会の在るべき姿を示し、また新たな企業の在り方のオルタナティブとして、
その先導の役割を果たす点にあると考える。
② 古き良き日本型企業と社会的企業の区別について
WLB 社は、ワーク・ライフバランスを世に広めるという理念のもとに、社員が協働し、
相互に支え合いながらその事業を進めている。そこには、会社としての強い共同性の実践
が感じられる。しかしその共同性は、かつての古き良き日本型企業の経営のあり方とは大
きく異なる。会社内が、組織の規定の枠から外れた個を負の共同性の中で殺す従来の企業
の在り方に異議を唱え、多様な個を活かす新たな共同性を持つ組織を創り上げようとして
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いることはすでに述べた。このことは、社会的企業としての WLB 社と古き良き日本型企業
とが大きく性質の異なるものであるということを示している。むしろ WLB 社は、従来の企
業の在り方を否定し、新たな企業の在り方を模索し世に提示しているといえる。
WLB 社の創業の経緯には、社会的企業としての WLB 社が、従来の日本型企業からの離脱
をめざしたことが明示されている。WLB 社代表の小室が、社内ビジネスコンテストに際し
て休職者へのヒアリング・データ検索をする過程で、
日本を取り巻く社会的課題に出会い、
社会への強い危機感・使命感から同社を設立したことについては、すでに述べたとおりで
ある。すなわち、政府があらゆる国の公共サービスを担い国民のセイフティネットとして
機能していた時代が終わり、政府が抱えきれなくなった社会的課題が表面化するようにな
った中で、その社会的課題と接点を持ち、その課題の解決を自らの使命と定めた個人が生
み出したものこそ、WLB 社という社会的企業であった。社会的企業とは、きわめて近年の
動きである「新しい公共」の文脈から誕生したものであり、この意味でも従来の日本型企
業とは一線を画するものであるということがいうことができるだろう。
以上より、WLB 社を通じて見えてきた社会的企業の姿とは、社会的ミッションに裏付け
られた持続性のある組織であり、
「小さな政府」「新しい公共」の文脈の中で誕生し新たな
社会の在り方を提示し先導する存在であると結論付けられる。
32
終わりに
-今後の課題-
本論文では、
自分自身の WLB 社におけるインターンシップ体験を題材にとりあげることで、
社会的企業の実態を明らかにすることを目的とした。インターン生という半内部者という
立場で、具体的なリアリティを持って職場に内実に迫ることができ、一定程度その目的は
かなったと言える。ただし、あくまで一定期間のインターシップであること、またインタ
ーン生の立場である点で WLB 社の全容的な実態を捉えるには限界があったことは事実であ
る。また筆者は WLB 社について社会的企業という側面から考察したが、社会的企業の定義
については体系的な共通認識を得るまでにまだまだほど遠く、さらなる議論が必要である。
謝辞
本研究を進めるにあたり、社会的企業の一事例として紹介することをご理解いただき執筆
を応援してくださいました、株式会社ワーク・ライフバランスの皆様に深く感謝申し上げ
ます。特に、ご多忙中も関わらず事前に草稿をご確認いただいた小室淑恵さん、執筆にあ
たり様々なアドバイスをくださった大塚万紀子さん、執筆中多くの応援をかけてくださっ
た田村優実さんに感謝申し上げます。卒業論文指導教員の熊谷圭知教授には、執筆の当初
から丁寧なご指導をいただき、常に執筆を支えて頂きました。ここに深く感謝の意を表し
ます。また、日常の議論を通じて多くの知識や示唆を下さった熊谷ゼミの皆様に感謝しま
す。
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