公立大学法人会津大学短期大学部 産業情報学科 2015年度 卒業研究論文要旨 研究指導 青木 孝弘 講師 男性の育児休業取得を促進する要因の解明 ―従業員数 100 人以下の企業に視点をあてて― 佐藤 佳奈子 1.問題の所在 等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する 1.1 生産年齢人口の推移 法律」)が改正され「子育て期間中の働き方の見直し」 近年,日本では少子高齢化の影響により労働力人 「父親も子育てができる働き方の実現」「実効性の確 口の減少が進んでいる.総務省(2014)によれば,日 保」の 3 つのポイントで強化された.なお,従業員数 本の 15~64 歳の生産年齢人口は 2013 年 12 月時 100 人以下の事業主では 2012 年 7 月 1 日から適用 点で 7,883 万人まで減少しており,今後の予測では されている. 2060 年には 4,418 万人まで大幅に減少することが見 込まれている(図表 1). 1.3 育児休業の現状 厚生労働省(2014)によれば,男性の育児休業取 図表 1 日本の人口動態と将来推計 得者は 1996 年以降微増している.一方,女性の育 (万人) (%) 14,000 45 12,000 40 児休業取得率と男性の育児休業取得率を比較する と,男性の割合は極めて低いことが分かる(図表 2). 35 10,000 30 8,000 25 6,000 20 15 4,000 10 2,000 5 0 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2015 2025 2035 2045 2055 0 (年) 図表 2 育児休業取得者の推移 (%) 100 89.7 15~64歳人口 65歳以上人口 高齢化率 85.6 83.7 87.8 83.6 86.6 83 80 70.6 70 72.3 64 56.4 60 14歳以下人口 90.6 90 49.1 50 男性 40 (出所)総務省(2014)より筆者作成 女性 30 20 10 0.12 0.42 0.33 0.56 0.50 1.56 1.23 1.72 1.38 2.63 1.89 2.03 2.30 0 1.2 ワーク・ライフ・バランスと育児・介護休業法 上述のように日本は少子化が進行し,労働力人口 1996 1999 2002 2004 2005 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 (年) (出所)厚生労働省(2014)より筆者作成 の減少が問題となっている.現在日本では子どもを 生み,家庭生活を豊かに過ごしたいと願う人々は男 両立支援制度の利用意向(厚生労働省 2008)を 女ともに多い.一方でそのような人々の希望が実現し 見ると,育児休業制度を「利用したいと思う」人の割合 にくい状況にある.持続可能で安心して子育てできる は,男性 31.8%,女性 68.9%,育児のための短時間 社会を作るため,仕事と生活の調和と呼ばれるワー 勤務制度を利用したい割合は男性が 34.6%,女性 ク・ライフ・バランス(以下,WLB という)を実現すること が 62.3%となっている(図表 3).このように男性が制 が必要不可欠である. 度を利用したいという割合は 3 割を超えている.男性 こうした中,1992 年育児をしながら働く人が仕事と の実際の制度利用率の低さを考慮すると,制度を利 生活を両立できるよう,育児休業法がスタートした.そ 用したいと思っているものの,実際には利用していな の後,仕事と家庭の両立支援策を充実するため, い男性が少なからずいると推察される. 2010 年に育児・介護休業法(「育児休業,介護休業 公立大学法人会津大学短期大学部 産業情報学科 2015年度 卒業研究論文要旨 全面施行を前に,普及状況およびその影響等につ 図表 3 両立支援制度の利用意向 調査数(n) 育児休業制度(%) 育児のための短時間 勤務制度(%) 男性 全体 子どもあり 752 589 31.8 33.1 34.6 女性 全体 子どもあり 801 515 68.9 69.3 35.1 62.3 64.5 いて把握することを目的とした調査を行い,100 人以 下の企業では,育児休業取得の問題点として男性取 得者の少なさや,代替要員の確保などが挙げられて いる. (出所)厚生労働省(2008)より筆者作成 さらに,全面施行後の影響について,厚生労働省 また育児休業を利用できたにもかかわらず取得し (2013)は,男性の育児休業取得を促進する要因とし なかった理由について,男性の回答数が最も多いの て,「普段から休暇を取りやすい職場であること」, は「自分以外に育児をする人がいたため」(57.3%) 「会社からの積極的な周知」,「休業前から復帰の各 で,次いで「業務が多忙であったため」(42.7%),「職 段階においてフォローが行われていること」を挙げて 場への迷惑がかかるため」(41.1%)と続く(厚生労働 いる. 省 2011a).このことから育児休業を取得したいという 労働政策研究・研修機構(2012)は,従業員数 300 希望に反し,職場への影響を懸念して取得できない 人未満の中小企業で,育児休業取得に関するニー 人が多いことが推察される(図表 4). ズを把握していると男性の育児休業取得率が高い傾 向があると述べている. 図表 4 育児休業を利用できたのに取得しなかった なお,先行研究では従業員数 100 人以下の企業 に限った調査は行われていない. 理由 12.5 自分以外に育児する人がいたため 57.3 35.0 業務が繁忙であるため 職場への迷惑がかかるため 3.本稿の目的 42.7 57.5 41.1 上述の通り,男性の実際の制度利用率の低さを考 32.5 29.0 家計が苦しくなるため 20.0 15.3 職場が育児休業を取得しにくい雰囲気であったため 7.5 仕事にやりがいを感じていたため その他 25.0 8.9 出世にひびくと思ったため 0.0 配偶者や家族からの反対があったため 0.0 0.0 には利用していない男性が少なからずいることが推 22.5 10.5 職場や仕事の変化に対応できなくなると思ったため 慮すると,制度を利用したいと思っているものの実際 14.5 女性 7.3 男性 察される.また厚生労働省(2013,p48)では「男性の 7.5 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 (%) 育児休業取得がある企業は,企業規模 1,000 人以上 が 3 割強と,規模が大きな企業で男性の育児休業 (出所)厚生労働省(2011a)より筆者作成 取得が多い.」とされている. 本研究では,規模の小さな企業での男性の育児 2.先行研究 WLB に関して,小池(2010)は,企業の WLB 施策 休業取得を促進する要因や,代替要員の確保の問 題など男性の育児休業取得の際の課題を考察する. と業績の関係について検証し,WLB 施策は単独で そこで改正育児・介護休業法が全面施行されたこと 行っても,女性活用施策と組み合わせて行っても,そ を踏まえ,従業員数 100 人以下で過去に男性の育児 の後の業績を有意に高めているとしている.一方 休業取得実績のある企業に対し調査を行う. WLB 施策の導入は,もともと大企業が行う傾向にあ り,生産性の低い企業や中小規模の企業にとって, 4.調査の方法 WLB に取り組むための障壁は高いとしている. 4.1 予備調査 次に育児休業に関して,藤野(2006)は,普及の課 まず,WLB についての企業側の意識を調査する 題を検討した上で,制度改革の重要性について言及 ため,福島県会津若松市の男女共同参画推進事業 している. 者表彰受賞者 2 社(以下,X 社・Y 社という)へのアン 厚生労働省(2011b)は,改正育児・介護休業法の ケート調査を実施した.なお X 社は従業員数 24 名 公立大学法人会津大学短期大学部 産業情報学科 2015年度 卒業研究論文要旨 の情報通信産業,Y 社は建設業であり,調査期間は 5.2 現在行っている男性社員の育児休業制度利用 2015 年 3 月 6 日から 3 月 15 日までである. 促進の取り組み X・Y 社は過去に男性の育児休業(Y 社では育児 17 (n=21) 複数回答 のための有給休暇)の取得実績があり,2 社ともに女 9 性活躍の推進が注目される中,男性社員が育児参 3 加しやすい環境づくりに全社的に取り組む必要があ ると考えていることがわかる.特に X 社は「子供を持 つ女性が活躍するためには,夫の協力が欠かせな い.夫が協力するためには勤務先の協力が不可欠」 と回答している. 0 制 度 に 関 す る 周 知 価 に 関 す る 周 知 育 児 休 業 取 得 者 へ の 評 管 理 職 研 修 の 実 施 1 育 児 に 関 わ る 経 済 支 援 5 3 職 場 復 帰 の た め の 支 援 1 従 業 員 の ニ ー ズ 把 握 き 方 改 革 労 働 時 間 の 適 正 化 や 働 そ の 他 0 特 に 取 り 組 ん で い な い 1 無 回 答 4.2 本調査の概要 厚生労働省が認定する,くるみんマーク1取得企業 育児休業制度利用促進の取り組みで最も多いの で過去に男性従業員の育児休業取得実績がある従 は「制度に関する周知」(17 社)で,ついで「従業員の 業員数 100 人以下の企業を対象に郵送による調査 ニーズ把握」(9 社)となった.一方「育児休業取得者 票調査を行った. への評価に関する周知」と「特に取り組んでいない」と 調査期間:2015 年 12 月 11 日~12 月 22 日 回答した企業は 1 社も無い. 調査対象:くるみんマーク取得企業で過去に男性 従業員の育児休業取得実績のある従業 5.3 中小・小規模企業で男性が育児休業を取得す 員数 100 人以下の企業 るために最も重要なもの 調査手法:郵送による調査票調査 依頼数:46 社(厚生労働省のウェブサイトで調査対 象条件の確認が取れた企業) 最も目立った回答は「経営者・上司・周囲などの理 解」であった.従業員数の少ない規模の小さな企業 で男性社員の育児休業取得を促進する最大の要因 は共に働く周囲の従業員の理解や協力であるといえ 5.調査結果 有効票数は 21 で,業種別割合は,建設業 36%, る. その他「制度の周知」,「代表者(事業主や経営 その他サービス業 27%,製造業 18%,医療・福祉 者)の制度に関する理解や取り組み」,「代替要員の 9%,情報通信業 5%,卸売業・小売業 5%である. 確保」,「企業にとってメリットが大きいこと」,「育児休 業取得・復帰のための企業内の仕組みづくり」などの 5.1 男性社員の育児休業取得人数・取得期間 これまでの育児休業の取得人数が 1 人と回答した 企業は 21 社中 12 社であり,取得人数の最多は 4 回答が複数の企業からあった.これらは中小・小規模 企業で男性の育児休業取得を促進する要因となり得 る. 人(新潟県,建設業)であった.また育児休業の取得 期間が 1 ヶ月間以上の男性がいる企業は 21 社中 5 5.4 男性社員の育児休業取得促進を進める中での 社であり,多くの場合は 1 ヶ月間未満の取得であるこ 課題とその解決方法2 とが分かる. 1 「子育てサポート企業」として,厚生労働大臣の認定を受けた証であり,2015 年 9 月末時点で,2,326 社が認定されている. 2 有効票 21 社中 2 社は,回答が複数あったため,本項目の分析には使用していない. 公立大学法人会津大学短期大学部 産業情報学科 2015年度 卒業研究論文要旨 8 (n=19) った.一方で職種や資格の有無などによって,穴を 埋めることが難しい現状がある. 5 規模の小さな企業で男性社員が育児休業を取得 2 2 0 員 へ の 周 知 が 進 ま な い 法 の 内 容 や 取 り 組 み に つ い て 、 従 業 2 するために必要なことは次の通りである.まず制度に 0 理 解 や 協 力 を 得 る こ と が 難 し い 育 児 休 業 取 得 者 の 周 囲 の 従 業 員 の が 難 し い 育 児 休 業 取 得 者 の 代 替 要 員 の 確 保 休 暇 を 取 れ る 雰 囲 気 で は な い 日 頃 か ら 有 給 休 暇 を 含 め 、 気 軽 に す る た め の 支 援 ・ サ ポ ー ト が 難 し い 育 児 休 業 取 得 者 が 円 滑 に 職 場 復 帰 そ の 他 特 に な い (人) 「育児休業取得者の代替要員の確保が難しい」(8 関する周知等,企業内での理解や協力を促す取り組 みを行うことである.これは先行研究と同様の結果と なった.次に代替要員の確保は現実的に難しいとい う現状を踏まえ,普段から仕事内容に関する情報の 共有や従業員の多能工化など誰かが抜けても補うこ とができる仕組みを企業内で整えることである.これら 社)という回答が最も多かった.この回答をした企業 により規模の小さな企業で男性が育児休業を取得す では,どのように課題を解決したのかについて,「仕 ることができる可能性が上がると考える. 事の多能工化を進めており,1 人で複数の仕事がで きるよう教育し休んだ人の仕事を数人で分割してい 主要参考文献等 る.」(秋田県,製造業)や「グループウェアの活用等 [1] 小池裕子(2010)「ワーク・ライフ・バランス施策と により,コミュニケーションツールを充実させることによ 業績の関係についての実証分析」『日本経営論 って現場と業務のやり取りができる環境を準備した.」 理学会誌』第 17 号 pp.171-179 (愛媛県,情報通信業)など,新たに代替要員を確保 [2] 厚生労働省(2008)『今後の仕事と家庭の両立 するのではなく取得した社員の業務を周囲の従業員 支援に関する調査』株式会社ニッセイ研究所委 がサポートし補っているという現状が見受けられる. 託 [3] 厚生労働省(2011a)『子ども・子育て応援プラン』 5.5 現在抱えている代替要員に関する課題 「少人数のため特に技術職は経験・技術のある従 [4] 厚生労働省(2011b)『平成 23 年度育児休業制 度等に関する実態把握のための調査研究事業 業員が 1 人抜けるとその穴を埋める他の従業員に多 報告書』三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング委 大な負担がかかる.新たに採用するにも要件を満た 託 す人材がすぐに見つかるとは限らない.また採用した [5] 厚生労働省(2013)『平成 25 年度育児休業等に としても休業したものが復帰したときに人員が余る可 関する実態把握のための調査研究事業報告書』 能性がある.」(愛媛県,建設業)など職種や資格等 株式会社インテージリサーチ委託 の関係で取得者の穴を埋めることが難しい現状が見 [6] 厚生労働省(2014)『雇用均等基本調査』 受けられる. [7] 総務省(2014)『情報通信白書』 [8] 藤野(柿並)敦子(2006)「男性の育児休業につ 6.まとめと考察 従業員数 100 人以下の規模の小さな企業で男性 いての課題―自由記述アンケートと男性育児休 業取得者へのアンケートから―」『京都産業大学 が育児休業を取得する際,取得者の代替要員の確 論文集社会科学系列』第 23 号 pp.161-178 保が最も問題となる.またそのような企業では代替要 [9] 独立行政法人労働政策研究・研究機構(2012) 員を確保するための仕組みを整えるのではなく,育 「中小企業の雇用管理と両立支援に関する調査 児休業を取得した男性社員の業務を周囲の従業員 結果(3)」『JILPT 調査シリーズ』No.9 がサポートし補っているというケースが多いことが分か
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