EUにおける航空自由化とLCCの展開

海外交通事情
EU における航空自由化と LCC の展開
小 熊 仁*
EU では,1993年の共通航空政策「パッケージⅢ」の発効以後,ライアンエアやイージージェットをはじ
めとする LCC が目まぐるしい成長を遂げ,2011年までには EU 航空市場シェアの41%まで占めると予測さ
れている。EU の LCC は基本的にはサウスウエスト航空のビジネスモデルを踏襲しているが,最近では大
手航空会社やチャーター航空会社も価格競争への対応やレジャー需要構造の変化などの要因から,相次いで
LCC を創設している。とくに,ライアンエアは空港やその関係自治体との交渉によって空港使用料の割引
や補助金などの各種特典をうけ,価格競争力やネットワークを強化している特徴が指摘される。しかしなが
ら,こうした LCC と空港間の垂直的統合については,航空自由化が進展した現在では,競争条件を著しく
阻害するとの見解もある。従来,厳格な規制下におかれた産業において競争が導入される際には,平等な基
盤のもとで競争を推進するために,何らかの公的な介入が要求される。公平で透明な航空市場を確保する上
で,EU に残された課題は少なくないものと考えられる。
はじめに
ことは言うまでもない。一般的に,航空自由化は
全体的には寡占化を促進し,そのなかにあって運
EU(European Union;欧州連合)では,1993年の
賃水準の低下,運賃体系の多様化,技術革新とい
共通航空政策「パッケージⅢ」発効以後,ライア
った帰結をもたらすことが期待されている1)。EU
ンエア(Ryanair)やイージージェット(Easy Jet)を
においてもエールフランス─ KLM 合併協定締結
はじめとする LCC(Low Cost Carrier;低コスト航
後,大手航空会社間では企業間の合併や統合が相
空会社)が目まぐるしい成長を遂げている。ELFAA
次いでいる2)。その一方で,LCC は大手航空会社
(European Low Fares Airline Association)
(2007)に
とは資本力や経営規模の点で劣りつつも,コスト
よ れ ば,EU に お け る LCC の 輸 送 人 員 は1 億
上の優位性を発揮し,大手航空会社に強い競争圧力
4 , 000万人に到達していると言われ(2006年現在),
をかけているのである。
2011年までには EU 航空市場シェアの41%まで占
ところで,EU において LCC が急激に増加した
めると予測されている。LCC については学術上,
のはここ10年の間に過ぎない。それでも,LCC につ
明確な定義はなされていないものの,広義には大
いては,Brueckner and Pels(2005)
,Dennis(2005,
手航空会社よりも低費用・低運賃でサービスを供
2007)
,Dobruszkes(2006,2009 a,2009 b)
,Giaume
給する航空会社と解釈される。LCC は1971年,米
and Guillou(2004)
,Trzepacz(2007)
,Warnock-
国テキサス州において運航を開始したサウスウエ
Smith and Potter(2005)
,遠藤(2007,2009)のよ
スト航空を嚆矢としているが,LCC の躍進は欧米
うに,航空自由化以降の LCC の展開過程やネット
のみならず,グローバルレベルにまで及んでいる
ワーク形成上の特徴,ならびに LCC に対する大手
*
㈶ 運輸調査局情報センター研究員
航空会社の対応から,Barbot(2004,2006),Francis,
EU における航空自由化と LCC の展開
59
et. al.(2003,2004),山内(2004),伊藤(2007)など
が幅広く適用され,以後,数十年間,国際航空輸
LCC のネットワーク拡充に伴う競争政策上の課題
送は以上のシカゴ条約と二国間協定を基軸として
等に至るまで数多くの研究が蓄積されてきた。本
編成されてきた4)。
稿は,以上の既往研究をもとに EU における航空自
EU において運輸政策は,1957年のローマ条約
由化の経過と LCC の展開,および LCC の今後の課
第3条にてエネルギー政策や農業政策などととも
題について整理することを目的とするものである。 に単一市場を構築するために求められる政策カテ
1. EU における航空自由化の経過と市場の
変化
ゴリーの1つとして掲げられていた。ただし,国
際航空輸送(国際海運輸送も同様)については加盟
国それぞれに点在していたナショナルフラッグキ
(1) EU における航空自由化の経過
ャリアの既得権益を脅かす可能性があることから,
具体的な規則が打ち出されてこなかった5)。しか
国際航空輸送は,1944年のシカゴ会議において
しながら,1970年以降,EC の拡大やヨーロッパ
採択された「国際民間航空条約(シカゴ条約)」と
通貨制度の発足などヨーロッパ全土における市場
二国間協定をベースに構築されている(「シカゴ・バ
統合がすすむにつれ,共通の航空政策を打ち出す
ミューダ体制」)。具体的には,領空主権など国際
べきとの考えが次第に広まっていった。これを受
航空輸送に関する一般原則の確立,国際民間航空
け,1978年に EC 閣僚理事会は航空輸送を最優先
機関(ICAO)の設立,及び空の安全について規定
政策分野として取り上げ,翌年には欧州委員会か
したシカゴ条約と運賃調整・決定を行う IATA,
ら「民間航空の将来に関する政策の覚書(メモラン
経済的権益をアレンジする二国間協定の3点であ
ダムⅠ)
」が発表された。続いて,1984年の「民間
る。周知のように,シカゴ条約では強力な航空産
航空の将来に関する政策の新しい覚書(メモランダム
業を背景に国際航空の自由化を求める米国に対し, Ⅱ)
」では,二国間協定の範囲内における航空自由
第2次世界大戦において壊滅的な被害を蒙ったヨ
化の推進手法について具体的な内容が提示された。
ーロッパ諸国が自国航空産業保護の立場を取った
ところで,EC ではメモランダムⅡの公表後,国
ため,国際航空輸送を行う上で必要な第3の自由
際航空輸送に対するローマ条約第3条の適用とメ
と第4の自由(運輸権)等に関しては明確な規定が
モランダムⅡの整合性について様々な議論が交わ
3)
定められなかった 。こうした制度的枠組みにつ
された。しかし,それは1986年の欧州司法裁判所の
いては1946年に米国と英国の間で交わされた二国
判決(ヌーベル・フロンティエールケース;Nouvelles
間協定(「バミューダⅠ」)をモデルとした取り決め
Frontières Case)によって全面的な解決をみること
1)塩見(2006),216ページ参照。
2)なお,大手航空会社間の合併,統合についてはエールフランス─ KLM 以外にもルフトハンザ・ドイツ航空 ─
スイスインターナショナルエアラインズ(2005年),英国航空 ─イベリア航空(2009年),オリンピック航空 ─
エーゲ航空(2010年)が代表的な事例としてあげられる。最近の合併,統合の特徴としてはいずれも国境を
超えた合併,統合であること,合併,統合相手の航空会社はたとえ合併,統合後であってもブランドを統
一せず,オリジナルのブランドで運航を行っていることが指摘される(Brueckner and Pels(2005),p. 28参照)。
3)Oum(1998), p. 127参照。そのために,シカゴ条約では第1の自由(領空通過の自由)と第2の自由(テクニカル・
ランディングの自由)に限って多国間条約として取り交わす「国際業務通過規定」が成立するに止まった。
4)なお,バミューダⅠでは,当事国間で「互恵的」に権益を交換するとの原則のもとで,運輸権(当事国間輸送,
以遠権,三国間輸送など),運航権(コードシェアなど),路線(乗り入れ地点)
,輸送力(使用機材,便数),運賃,
運航航空会社等の各項目について協定が結ばれた。
5)ただし,コミューター輸送に関しては,1983年に70席以下の機材を運航する航空会社に対して EC 加盟国内
の一定の空港間(ただし,ハブ空港や大都市圏空港は除く)において自由な路線設定を許可する EC 理事会規則・
指令が出されている。
60 運輸と経済 第 70 巻 第 6 号 ’
10 . 6
になった。判決では,ローマ条約85条(競争条項)
契機に航空輸送にかかる EU の対外交渉権確立,
は加盟国の国内航空輸送及び国際航空輸送におい
加盟国内カボタージュの撤廃,EFTA(European
ても適用されるとの文言が示された。さらに,EC
Free Trade Association;欧州自由貿易連合:オース
に対して航空輸送全般に関する管轄権を与え,航
トリア,ノルウェー,スイス,アイスランド,スウェー
空政策の方針を取りまとめたルールを早急に策定
デン)との航空自由化交渉を盛り込んだ抜本的な政
すべき旨も併せて提示された。この判決に従い,
策転換を提案した。そして,1993年には EU 共通
欧州委員会では加盟国内共通の航空政策に関する
免許の導入や輸送力,第5の自由,運賃自由化に
協議が開催され,その最終案については1987年の
関する制限の廃止を唱えた「パッケージⅢ」が発
EC 閣僚理事会にて理事会規則・指令として合意
効した6)。パッケージⅢは従来の二国間協定の枠
に至った(「パッケージⅠ」)。
組みによらず,EU 共通免許を持つ事業者であれ
1988年に発効したパッケージⅠは,主に運賃に
ば,旅客,チャーター,貨物といったカテゴリー
かかる二重承認主義の導入とフレキシブルゾーン
に関わらず新規参入や運賃の設定が容易に実施で
内での自由な価格設定,輸送力の弾力化(55:45(1989
きるという革新的な内容となっている。注目され
年10月以降は60:40)までの範囲内で自由に輸送力を増
た加盟国内カボタージュの撤廃に関しては,国際航
強可)
,ダブルトラック・トリプルトラックの許可,
空輸送が基本の市場を一挙に自由化するのは困難と
第5の自由(以遠権)の一部承認から編成されてい
の考え方から,1997年から本格的に実現されるこ
る。次いで,1990年発効の「パッケージⅡ」では
とになった7)。
フレキシブルゾーンの拡張,二国間の輸送力下限
の引き下げ,第5の自由の行使範囲拡大が発表さ
(2) 航空自由化以後における航空市場の変化
れ,パッケージⅠよりも自由度が高い内容となっ
パッケージⅢでは,その要ともいえるカボター
た。その後,パッケージⅡの発効とならぶ形で,
ジュの撤廃について,5年間のタイムラグが設定
EU では経済,外交,安全保障に至るまでヨーロ
されていた。カボタージュの完全撤廃は1997年に
ッパを1つの政治的単位として統合する論議が持
実現し,以後10年以上の歳月が経過しているが,
ち上がっていた。1991年のマーストリヒト条約に
その間,EU の航空市場はドラスティックな変化
よって EU が創設されたが,欧州委員会はそれを
を遂げるに至った。具体的には以下のように集約
6)なお,Oum(1998)が指摘するように,EU において航空自由化が迅速にすすめられた背景には米国による国
際航空戦略や英国のサッチャー保守党政権下ですすめられてきた国内航空輸送の規制緩和が背景にある点
を留意しておかなければならない。とくに米国の国際航空戦略については総じて,航空自由化と航空会社
間の戦略的提携をセットで交渉するというスタンスのもと,交渉相手国や企業によって対応を選別し,段
階的に航空自由化を広げる戦略が取られる。加盟国では1992年の米国─オランダ航空自由化協定締結以降,
スイス,スウェーデン,ノルウェー,デンマーク,ルクセンブルク,アイスランド,ベルギー,オースト
リア,チェコ(1995年),ドイツ(1996年)が米国との航空自由化に合意している。航空会社間の戦略的提携に
関しては,オランダとの航空自由化協定による KLM オランダ航空 ─ノースウエスト航空,スウェーデン,
デンマーク,ノルウェー,ベルギー,ドイツとの航空自由化協定によるルフトハンザ・ドイツ航空 ─ユナイデッ
ト航空─ SAS スカンジナビア航空 ─サベナ・ベルギー航空との間で戦略的提携がそれぞれ開始されている。
7)残された EFTA との航空自由化交渉と EU の対外交渉権の確立については,これまで加盟国が個別に行っ
てきた諸外国との二国間協定を EU が一括して行えるか否かという問題を孕んでいる。実際に,加盟国か
らは,①数百の二国間協定を請け負う事務能力が EC 委員会に備わっているのか,②現行のフレームワーク
で加盟国間の利害対立を処理することができるのか,③ EU は完全な国家としてはみなされないために,
EU が二国間協定を結ぶのは適切ではないといった見解が寄せられた。これに対して欧州委員会は全ての二
国間協定を一元的に管轄するのは困難であって,全ての交渉において EU が交渉窓口となるわけではない
との考えを示している。なお,EU と EFTA との航空自由化交渉は1992年に開始されている(山内(1994),
197 - 198ページ参照)
。
EU における航空自由化と LCC の展開
61
図 1 英国航空とイージージェットの平均運賃の変化
(UK ペンス)
1
0.9
英国航空(BA)
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
イージージェット(U2)
0.2
0.1
0
1997
1998
1999
2000
2001
2002
(年度)
2003
2004
2005
2006
2007
出所:U.K. Civil Aviation Authority 資料より作成。
される。第1に,パッケージⅢはこれまで各国ご
セカンダリー空港に就航することでターンアラウ
とに分断されてきた市場を統合し,広大な単一航
ンドタイムを節約し,機材稼働率を向上させ,単
空市場を生み出す対策であったために,コストカ
一クラス制のもとシートピッチを短縮することに
ットを目的として,国境を越えた事業展開を行う
よって,密度の経済を達成し,大手航空会社より
航空会社がみられたことである。これはパッケー
もコスト優位に立っているのである。
ジⅢと併せて適用された外資規制の緩和も影響し
図1は1997∼2007年の英国航空とイージージェ
8)
ているといえるが ,航空会社にとっては資金調
ットの平均運賃の変化を図示したものである。1997
達や資本提携を検討する上で煩雑な手続きを経る
年度の英国航空の平均運賃は 0 . 7(UK ペンス/人キ
ことなく,容易に海外進出を達成できるようにな
ロ)であった。2001年度から4年間は 0 . 7(UK ペン
ったメリットは大きい。第2に,大手航空会社と
ス / 人キロ)以上を記録しているが,2005年度から
LCC 間の価格競争である。Dobruszkes(2006)によ
は0 . 6(UK ペンス/人キロ)台で推移している。イー
れば,航空における密度の経済とは,所与のネッ
ジージェットの平均運賃は,2001年度までは英国
トワーク規模でキャパシティーの利用を最大化す
航空に追随していたが,2002年度の0 . 8(UK ペン
ることによって1便あたりの平均費用が逓減する
ス/人キロ)をピークに減少に転じている。2005∼
状態を指す。密度の経済は航空会社にとっては,
2007年の3年間は0 . 5(UK ペンス/人キロ)台で,
規模の経済を発揮させる場合と比較して,ネット
英国航空と比べて0 . 1 UK ペンス低い水準となっ
ワークの拡大やインプットの増大を通して効率的
ている9)。このような大手航空会社と LCC の価格
に平均費用を引き下げることができる手段である。 競争は,運賃水準の低下や運賃体系の多様化をも
後述するが,LCC はハブ空港よりも混雑の少ない
たらしたことから,航空利用者には消費者余剰の
8)EU では,EC 法(The Treaty Establishing the European Community)第56条第1項において,加盟国間及び加
盟国間と第三国との間での資本移動に対する規制を撤廃している。すなわち,ある加盟国の企業が他の加
盟国内に進出する場合には,進出相手国におけるその企業の資本所有割合は100%まで認められることにな
る。なお,加盟国以外の企業については50%未満と規定されている。
62 運輸と経済 第 70 巻 第 6 号 ’
10 . 6
図 2 EU における LCC ネットワーク
や共同ビジネスプラン・経営戦略の確立,ならび
に共同の持株会社の設立を意味する。グローバルレ
ベルでの対応とは,航空会社間の戦略的提携を強め
ることによって,長距離国際線からのフィーダー部
門にかかる就航都市ペア数を拡大させることを指す。
第4に,LCC の躍進である。図2は最近(2005年)
の LCC の航空ネットワークを図示したものである。
EU の LCC はその多くが米国のサウスウエスト航
空をモデルとしているが,パッケージⅢの発効と
ならぶ形で急激な成長を遂げ,ライアンエアやイ
ージージェットに代表される LCC が相次いで航空
市場に進出した。
出所:OAG Data(http : //www.oagdata.com)
増加を生じさせる結果となった。その一方で,大
手航空会社には経営効率の改善や労働生産性の向
上といった課題が課せられることになった。
2 . EU における LCC のネットワークと
コスト構造
(1)EU における LCC の拡大とビジネスモデル
第3に,大手航空会社はハブ空港への集約化を
サウスウエスト航空は,1971年にダラス・ラブ
すすめつつ,系列の航空会社,あるいはリージョ
フィールド空港を拠点とし,3機の B 737によって
ナル部門を棲み分けで担ってきた同業他社との協
運航を開始した航空会社である。サウスウエスト
力体制も併せて強化していることである。Dennis
航空の Annual Report によれば,2007年における
(2005)によれば,こうした航空会社間の協力体制
同社の年間総輸送人員は1億191万1 , 000人,有
は,①フランチャイズ化,②共同事業,③グロー
償旅客キロ1 , 164億1 , 600万人キロ,営業収入98億
バルレベルでの対応の3つに分類される。フラン
6 , 100万ドル,純利益6億4 , 500万ドル,保有機材
チャイズ化とは,航空会社がパートナーとなる航
数540機,就航都市数63都市にまで規模を増大さ
空会社に商品の販売権を与え,パートナー相手の
せている(世界第8位)。サウスウエスト航空の成
航空会社は(商品の販売権を与えられた)航空会社の
功要因としては,Point-to-Point に絞った短距離
ブランドを利用し,商品を販売することを指す。
直行型の路線ネットワーク,混雑の少ないセカン
商品の販売権を与えた航空会社はパートナー相手
ダリー空港への就航やターンアラウンドタイムの
の航空会社を利用して,自社ブランドを広げるこ
短縮による機材稼働率の向上,単一機材利用によ
とが可能であるし,パートナー相手の航空会社も
る人件費,整備費の削減,機内食や機内エンター
大手航空会社の下に組み入れられることによって, テインメントを省いたノンフリル(Non-frill)のサ
経営上のリスクを回避することができる。共同事
ービスなどがあげられる10)。
業は競合路線におけるコードシェアリングの強化
サウスウエスト航空のビジネスモデルは,EU の
9)これ以外にも,Barrett(2004 a)は1986年の英愛航空自由化協定によって,EU に先行する形で航空自由化を
実施したダブリン─ロンドン路線では,英国航空,Bmi,シティジェット(City Jet),エアリンガス(Aer
Lingus)
,ライアンエアの5社が競合した結果,ライアンエアの普通運賃は航空自由化以前よりも80%以上
減少したと考察している(2004年度ベース)。
EU における航空自由化と LCC の展開 63
表 1 EU における主要 LCC の概要(2005年)
供給座席数
運航回数
20
26
56
8
8
13
14
22
20
26
39
61
3
11
6
37
13
40
14
30 , 912
42 , 316
42 , 316
6 , 570
7 , 056
35 , 814
48 , 922
106 , 662
69 , 132
26 , 038
132 , 378
672 , 798
756
13 , 242
3 , 700
158 , 628
33 , 972
130 , 548
17 , 764
528
492
492
30
147
381
706
706
486
178
637
4 , 429
4
58
74
1 , 762
228
968
498
※※※
28
102 , 148
756
2003
2001
1967
※※※※
※
※※※
20
12
19
184 , 000
5 , 100
79 , 460
184
102
378
ノルウェー
1993
※
27
92 , 796
627
アイルランド
スロバキア
チェコ
スペイン
デンマーク
オランダ
イタリア
ハンガリー
1985
2001
2004
1988
1962
1966
2003
2003
※
※
※※※
※※※※
※
※※
※※※※
※
95
21
11
28
23
52
9
16
835 , 758
31 , 388
9 , 008
25 , 198
54 , 237
84 , 098
36 , 000
51 , 840
4 , 422
326
78
1 , 786
293
532
200
288
航空会社名
IATA コード
本拠地
設立年度
LCC のタイプ
就航都市数
Aer Arran
Air Baltic
Air Berlin
Air Finland
Air Wales
Alpi Eagles
Bule 1
bmibaby
Jet 2
Centralwings
Condor
EasyJet
Excel Airways
First Choice
Fly Baboo
Flybe
Flyglobespan
Germanwings
Golden Air
Hapag Lloyd
Express
Helvetic Airways
InterSky
Monach Airlines
Norwegian Air
Shuttle
Ryanair
SkyEurope
Smartwings
Spanair
Sterling
Transavia
Windjet
Wizz Air
RE
BT
AB
OF
6G
E8
KF
WW
LS
C0
DE
U2
JN
DP
F7
BE
B4
4U
DC
アイルランド
ラトビア
ドイツ
フィンランド
英 国
イタリア
フィンランド
英 国
英 国
ポーランド
ドイツ
英 国
英 国
英 国
スイス
英 国
英 国
ドイツ
スウェーデン
1970
1995
1978
2002
1997
1979
1987
2002
2002
2004
1955
1995
1994
1987
2003
1979
2002
2002
1976
※※※※
※※
※※※
※※※
※※※※
※※※※
※※
※※
※※※※
※※
※※※
※
※※※
※※※
※
※※※※
※
※
※※※※
X3
ドイツ
2002
2L
3L
ZB
スイス
オーストリア
英 国
DY
FR
NE
QS
JK
NB
HV
IV
W6
(週当たり) (週当たり)
注) ※はサウスウエスト航空のビジネスモデルをベースとする LCC,※※は大手航空会社の LCC,※※※はチ
ャーター航空会社の LCC,※※※※はその他の LCC(=リージョナル部門を中心に展開する LCC など)を指す。
出所:OAG Data(http : //www.oagdata.com)より作成。
LCC にも引き継がれることになった。表1は EU に
ンウイングス(Germanwings)のようにサウスウエ
おける LCC の基礎データーを示したものである。
スト航空のビジネスモデルをベースとする航空会
EU の LCC について興味深いのは,第1に,LCC
社,大手航空会社傘下の LCC として,大手航空会
のタイプごとに異なったビジネスモデルをとって
社のビジネスモデルに一部サウスウエスト航空の
いる点である。具体的には,ライアンエア,イー
ビジネスモデルを反映させる航空会社(=大手航空
ジージェット,スターリング(Sterling),ジャーマ
会社の LCC;Bmibaby,トランザビア(Transavia),
10)Alves and Barbot(2007)は,LCC の成功要因にかかるいま1つのファクターとして,企業内部におけるシ
ンプルなガバナンス制度を取り上げている。エージェンシー理論によれば,企業サイド(=プリンシパル)と
従業員(=エージェント)の間に利害の不一致や情報の非対称性がある場合には,エージェントがプリンシパ
ルの不備につけ込むことによってエージェンシーコストが発生する。こうしたエージェンシーコストを低
減させるために,企業内においては様々なガバナンス制度が構築されるが,LCC は大手航空会社と比較し
て効率的にガバナンスを形成し,このエージェンシーコストを引き下げているのである。
64 運輸と経済 第 70 巻 第 6 号 ’
10 . 6
表 2 LCC のビジネスモデル
項 目
機材の利用率
利用空港
ブランドイメージ
チェックイン
搭乗クラス
オリジナルの LCC モデル
(Southwest Model)
チャーター航空会社の LCC
モデル(Charter Model)
長距離 LCC モデル
(Long-haul LCC Model)
低い
大型機材を利用するが長
極めて高い
低い・大型機材の利用
距離運航のため利用率の
(Moderate to high)
低さや大型機材によるコ
スト増分は相殺可能
ハブ空港・セカンダリー
ハブ空港
セカンダリー空港
セカンダリー空港
(Primary airport)
(一部ハブ空港有)
空港(空港の設備による)
低価格
低価格と良質なサービス レジャー移動向けの低価格 低価格
ペーパーチケット・カウン ペーパーチケット・カウン
オンラインチケットレス
オンラインチケットレス
ター利用
ター利用
単一クラス制
単一クラス制
複数クラス制
複数クラス制
(一部複数クラス制)
ネットワーク
チケット販売
オンライン
機材年齢/機種
(Legacy Model)
やや高い
Point to Point
コードシェア
Baggage Transfer なし
運 賃
大手航空会社の LCC モデル
ハブ&スポーク
コードシェア
Baggage Transfer あり
オンライン
旅行代理店
シンプル
ピーク・オフピークの格 複雑
差有
イールドマネジメント
予約タイミング別で変化
新型/単一機材
新型・旧型/複数機材
(主に B 737・A 319・A 320)
運航頻度
高い
F F P
機内サービス
シ ー ト
ターゲット層
ターンアラウンドタイム
なし
ノンフリル
ピッチ狭・オール自由席
レジャー客,ビジネス客
短い
やや高い
(Moderate to high)
あり
一部フリル付き
標準ピッチ・指定席
レジャー客,ビジネス客
やや長い
Point to Point
Point to Point
コードシェア
Baggage Transfer なし
旅行代理店
主催事業者による直販
オンライン
シンプル
基本的にはパッケージ商品 ピーク・オフピークの格
の中に含む
差有
予約タイミング別で変化
新型/単一機材
新型・旧型/複数機材
(主に B 757・A 330・A 340)
需要に応じて異なる
低い
なし
一部フリル付き
標準ピッチ・指定席
レジャー客
短い
一部あり
フリル付き
標準ピッチ・指定席
レジャー客,ビジネス客
長い
出所:Francis, et.al.(2007)p. 392,Wensveen and Leick(2009),pp. 131 - 132を参考に作成。
ブルーワン(Blue 1 )など),もともとはチャーター
A 340といった大型機材を駆使し,長距離国際線
航空会社であったが,航空自由化以降 LCC に転
にまで手を広げる LCC(=長距離 LCC)までみう
換した航空会社(=チャーター航空会社の LCC;エ
けられる(表2参照)12)。これは,国ごとに労働市
アベルリン,コンドール(Condor),モナークエアライ
場の環境や空港使用料が異なるためであると言わ
11)
ンズ(Monach Airlines)など)の3つに区分される 。
れているが,いずれにせよサウスウエスト航空の
この中には,エアベルリンのように B 757,A 330,
ビジネスモデルがそのまま踏襲されていないとい
11)1980年代以降,EU ではチャーター航空会社と旅行会社がパッケージツアーにおいてこれまで包括的に販売
してきた航空券,ホテル,その他ツーリスト用サービス・施設等の商品をバラ売りし,個人向けにも航空
券を販売することが可能になった。さらに,パッケージⅢにおいては EU 共通免許がチャーター航空会社
にも適用され,運賃についても定期便,チャーター,貨物全てについて一本化する対策が講じられたために,
チャーター航空会社であっても容易に定期航空輸送に参入し,自由な運賃設定のもとでサービスが供給で
きるようになった(遠藤(2007), 8 - 9ページ参照)。チャーター航空会社の LCC が展開した背景としては以上
についても要因の一つとして押さえておきたい。
12)Almadari and Fagan(2005)によれば,サウスウエスト航空のビジネスモデルを製品上の特性(Product
features: point-to-point,運賃,ノンフリル,シートのアサイン,FFP,オンラインによるチケット販売など)と運
営上の特性(Product features:機材,機材稼働率,運行距離など)に分類し,両者の各項目についてサウスウエ
スト航空のビジネスモデルと完全に同一である場合を2,類似する場合を1,異なる場合を0として百分
率評価でスコアを付ければ,ライアンエア85%,イージージェット74%といった数値が示されている。こ
の点から判断すれば,たとえサウスウエスト航空のビジネスモデルを踏襲する航空会社であっても,大手
航空会社と LCC 間の価格競争が伸展し,経営効率の改善が求められる中で,サウスウエスト航空と同一の
モデルでは対応できない部分があるのかもしれない。
EU における航空自由化と LCC の展開 65
う点に注意されたい13)。
ついては西欧諸国内,あるいは南欧のリゾート地
第2に,大手航空会社やチャーター航空会社に
が主体で,東西よりも南北のネットワークの方が
よる LCC の運航である。Dennis(2007)によれば,
高い密度を構成している16)。第4に,LCC の拠点空
大手航空会社は LCC との価格競争に対応するに
港は基本的には本国(LCC が本籍をおく国)に立地
あたって,先に述べた系列の航空会社やリージョ
する空港をベースとし,ライアンエアやスターリ
ナル部門を棲み分けで担ってきた同業他社との協
ングなどごく一部の例外以外に,本籍国とは異な
力体制の強化するほかに,ハブ空港発着の短距離
る国の空港を拠点空港とする事例はみられないこ
路線強化,機内食や機内エンターテインメントの
とである。ただし,この点に関しては,本籍国外の
省略化,オンラインチケット販売の促進,ビジネ
航空会社が国境を超えて,現地に新たに分子子会社
スクラスのサービス水準削減を取り上げている。
を創設するケースも考えられることから,詳細な調
その中には,以上のような運営費や人件費の引き
査が必要である17)。第5に,Giaume and Guillou
下げを目的として系列の航空会社を LCC として分
(2004)が指摘するように,LCC と大手航空会社,
14)
社化する事業者もみうけられる 。チャーター航
または LCC 間の価格競争は局地的に発生してお
空会社は,航空自由化以前から二国間協定におい
り,競合相手の数も限定されている点である。
て制約されてきた航空輸送を補完する目的で,主
Dobruszkes(2009 b)の分析では,EU 全土の航空
にレジャー需要のピーク時を中心にサービスを運
ネットワークにおいてトリプルトラック以上の航空
航してきた。1980年代半ばの規制緩和によって定
会社が就航している路線は西欧諸国の主要都市間,
期便の開設が容易になったことやパッケージツア
あるいは西欧諸国の主要都市─南欧のリゾート地間
ーよりも LCC を利用した個人旅行に消費者の趣向
に限られることが指摘されている。ダブルトラック
が変化したことをうけて,チャーター航空会社は
路線については,北欧の主要都市(コペンハーゲン,
LCC への転換をすすめている。就航地としてはレ
オスロ,ストックホルム,ヘルシンキ)─ 南欧のリゾ
ジャー需要の高い西欧諸国の主要都市(ロンドン,
ート地間,中欧の主要都市(ウィーン,プラハ,ブダ
パリ,フランクフルトなど)や南欧のリゾート地(地中
ペスト)─北欧・西欧諸国の主要都市間,及び英国・
15)
海沿岸・カナリア諸島など)が多くを占めている 。
第3に,長距離 LCC を除く全てのタイプの LCC
に関して一フライトあたり平均634 Km,平均フラ
ドイツ国内都市間に止まっている。
(2) LCC のコスト構造とライアンエアの躍進
イト時間1∼4時間の短距離・中距離路線がネッ
それでは,EU の LCC はコスト構造上大手航
トワークの中心をなしている点である。就航地に
空会社と比較してどのような点で優位に立って
13)Francis, et.al.(2004)
,p. 508参照。
14)しかしながら,大手航空会社の LCC については,労働組合の介入やハブ空港利用による運航頻度の低下,
機材の混合使用による人件費の増加によって運営上困難をきたしているケースが少なくないようである
(Morrell(2005),pp. 304 - 306参照)
。
シートピッチの短縮,
高ロードファクター,
15)Papatheodorou and Lei(2006)によれば,チャーター航空会社は,
point-to-point ネットワーク,セカンダリー空港の利用という点でサウスウエスト航空のビジネスモデルと
類似した戦略を従来からとってきたために,LCC の開設は比較的容易であったと指摘されている。
16)ただし,2004年以降,チェコ,ポーランド,ハンガリー,スロバキア,ラトビアなどの東欧諸国(=旧ワル
シャワ条約機構加盟国)が EU に加盟したことによって,東西の LCC ネットワークも徐々に増えつつある。
実際に,東欧諸国 ─西欧諸国間航空ネットワークの59%において LCC の新規参入がみられ,東欧諸国では
冷戦時,軍事目的で利用されてきた都市近郊の空港をセカンダリー空港として開放し,LCC を誘致すること
で新たな需要を開拓する試みを行っている(Trzepacz(2007), pp. 165 - 166,Dobruszkes(2009 a), pp. 425 - 428参照)。
17)Dobruszkes(2006),pp. 256 - 261参照。
66 運輸と経済 第 70 巻 第 6 号 ’
10 . 6
いるのであろうか。遠藤
(2007)は2002∼2005年ま
での EU,米国,日本の
3カ国における主な大手
図 3 大手航空会社と LCC の費用構造(2009年)
(%)
100
90
80
航 空 会 社 と LCC の平均
70
費用(座席キロあたり営業
60
費用)を算出している。遠
藤(2007)によれば,ライ
アンエアとモナークエア
50
40
30
20
ラインズの平均費用は約
10
5 . 04 EU セントで,その
0
水準については英国航空
の平均費用を100とした
場合,−40%,同様に Bmi
英国航空(BA)
ライアンエア(FR)
トランザビア(HV)
エアベルリン(AB)
その他 販売費 空港使用料 整備費
燃料費 航空機調達費 減価償却費 人件費
出所:各社 Annual Report より作成。
の平均費用=100の ケ ー
スでは,−65%のコストカットを実現している。
を終了し,機材稼働率を向上させることで,従業
図3は2009年の Annual Report をもとに大手航
員1人あたりの労働時間数と労働生産力を引き上
空会社と LCC(タイプ別)の費用構造を比較したも
げているほかに,非正規従業員としての雇用契約,
のである。なお,ここではデーター集約上の制約
労働組合の加入制約,機材整備・メンテナンス,
から,大手航空会社として英国航空,サウスウエ
ハンドリング,ケータリングの外注化などがあげ
スト航空のビジネスモデルをベースとする航空会
られる18)。燃料費のみ89%と英国航空(24%),ト
社としてライアンエア,大手航空会社の LCC とし
ランザビア(30%),エアベルリン(24%)よりも高
てトランザビア,チャーター航空会社の LCC と
い比率をあらわしている。もっとも,燃料費につ
してエアベルリンをそれぞれ比較対象に取り上げ
いては遠藤(2007)の指摘にもあるように,航空会
ている。この中で,ライアンエアは燃料費を除く
社間で差別化をはかるのが困難な分野であって,
全ての項目において大手航空会社,大手航空会社
運航頻度や運航距離に応じて変化する特性を持っ
の LCC,チャーター航空会社の LCC よりも低い割
ている。従って,燃料費に関しては全運航費用に
合の費用構造をなしている。とくに,人件費に関
占めるパーセンテージよりもむしろ実質上の金額
しては,英国航空の13分の1,トランザビアの9
でとらえる方が望ましいと考えられる。4社の燃
分の1,エアベルリンの7分の1の水準に抑える
料費は英国航空22億500万ユーロ,ライアンエア
ことが可能となっている。ライアンエアが人件費
1億2 , 600万ユーロ,トランザビア2億1 , 200万ユー
において残る3社よりもコスト優位性を発揮して
ロ,エアベルリン7億1 , 500万ユーロで各社のネッ
いる背景としては,25分以内にターンアラウンド
トワークや運航頻度に対応した数値を示している。
18)Barret(2004 b),pp. 92 - 93参照。なお,EU における LCC の4分の1では変動賃金制が適用され,従業員の
年間純所得も大手航空会社より28%低い水準となっている。しかしながら,ライアンエアのように労働組合
への加入が制約されている LCC や労働組合そのものが実在していない LCC も多いため,従業員の労働環境
の悪化(たとえば,ターンアラウンドタイムの短縮に伴う従業員の作業量増加と休憩時間の減少)に対して企業と
交渉を行うことができないといった問題を抱えているケースもみうけられる。
EU における航空自由化と LCC の展開
67
注目すべきは空港使用料の比率である。Doganis
カンダリー空港や地方空港がハブ空港と航空利用
(2002)は,LCC にとって空港使用料は空港の運
者の獲得をめぐって競争を展開している場合,LCC
営形態や運営手法とも複雑に絡むために,ほか
と長期にわたる運航契約を結び,空港使用料の割
の項目と比較すれば,費用の削減が最も困難な領
引や各種特典措置を講じる傾向がみられる。しか
域であると述べている。ライアンエアの全運航費
しながら,Oum and Fu(2008)よれば,こうした空
用に占める空港使用料の率は7%で,英国航空比
港 ─航空会社の関係は川上市場(=航空会社)と川
−13%,トランザビア比−15%,エアベルリン比
下市場(=空港)の垂直的統合とも言い換えられ,
−28%にまで抑えている。以上のようなコスト削
航空市場の独占化や互恵取引・価格スクイズを引
減によって,ライアンエアはロンドン・スタンス
き起こすことから,競争体系を歪める可能性があ
テッド空港を拠点にヨーロッパ全土に跨るネット
ると指摘している。航空市場において厳格な参入
ワークを展開し,輸送人員も1995年の226万人か
規制が敷かれていた時代には,特定の航空会社を
ら2009年には5 , 856万5 , 663人まで大幅に増加させ
対象に不採算路線の運航に伴って生ずる損失分を
ている。ライアンエアの躍進はサウスウエスト航
補填する行為は頻繁にみられた。ただし,航空自
空のビジネスモデルを踏襲したビジネスモデルを
由化が進展した現在では,そうした LCC に与え
構築していることは言うまでもないが,そのほか
られる空港使用料の割引や各種特典は著しく競争
に,空港との交渉のもと,空港使用料の割引を就
条件を阻害すると判断されることもある。2001年
航にあたっての条件に含め,コストダウンをはか
にライアンエアとシャルルロワ空港,および空港関
っていることも大きい。もちろん,空港使用料の
係自治体のワロン広域圏との間で締結された協定は,
割引のみが全体のコスト引き下げに必要とされるフ
このような視点から問題とされる事項を数多く含
ァクターではないが,LCC にとってセカンダリー
んでいた。具体的な内容としては次のようである。
空港や空港関係自治体との交渉によって空港使用料
⑴ ワロン広域圏がシャルルロワ空港とは別の
を割り引くことは,運航費用の削減やネットワーク
を拡張する上で重要になっているものと思われる。
契約で与えた措置
①乗客1人あたりの着陸料を法令に定められ
ている基準のおよそ50%(1ユーロ)にま
3 . シャルルロワ空港のケースと競争への影響
19)
で割り引くこと
②以上の措置はライアンエアのみに与えられ
空港やその関係自治体が空港使用料の割引,お
よび各種特典を通して航空会社の就航を支援する
措置は決して珍しいことではない。例えば,フラ
ること
⑵ シャルルロワ空港がライアンエアに与えた
措置
ンクフルト・ハーン空港では B 737クラスの重量
① ライアンエアのプロモーション& PR 活
の航空機に対して着陸料をフリーにする対策を講
動推進のために航空利用者1人あたり4ユ
じている。コベントリー空港では LCC に対して
ーロ補填すること(ただし1日26便,15年間
のみ乗務員の宿泊サービスが提供されている。セ
の期限付き)
20)
19)なお,本ケースに関しては山内(2004),Gröteke und Kerber(2004),Barbot(2004,2006)において詳細な分
析が展開されている。とくに,山内(2004)は本ケースの背景と経過をふまえた上で,今後,公平な競争基
盤を確保する上で EU はどのような政策を講じるべきかについて問題提起を行っている。以下の解説につい
ても山内(2004)に依拠する部分が多い。山内(2004)も併せて参照されたい。
20)ライアンエアとシャルルロワ空港は本協定締結の際に,プロモーション& PR 活動促進に向けた合弁会社と
して「Promocy」を新たに創設している。
68 運輸と経済 第 70 巻 第 6 号 ’
10 . 6
②1路線開設につき,16万ユーロを補填する
ルロワ空港が民間空港であれば,今回と同様の助
こと(ただし,12路線まで;合計16万×12=
成措置は講じなかったであろうとし,ライアンエ
192万ユーロ)
アに対して受領金額の返還を求めた。
③パイロットの訓練費として76万8 , 000ユー
①シャルルロワ空港は2001年の協定締結の際に
ロ,客室乗務員の宿泊代について25万ユー
10年を超える累積債務(=350万ユーロ)をかか
ロそれぞれ補填すること
えていた。従って,ライアンエアとの契約期
④ハンドリング料を航空利用者1人あたり1
ユーロ割り引くこと(通常料金は8∼13ユー
間内に今回の助成措置において生じた損失分
を全て公正に回収できる見通しはない。
②シャルルロワ空港はライアンエアとの協定の
ロ)
⑤以上の措置はライアンエアのみに与えられ
際に,将来的には2 , 700万ユーロの収益が見
込めるとする新規ビジネスプランを提出した
ること
EC 条約第87条第1項(Article 87(1)of EC Treaty)
が,その額はあくまでライアンエアが同協定
では,事業の適正な実施や財の生産にあたって,
に合意し,また,他の航空会社もシャルルロ
競争を妨げる,あるいはその恐れがある国家補助
ワ空港を新たなベースとして選択したと仮定
金(State Aid)は EU 単一市場のルールの中におい
した場合の数値である。
てはいかなる場合であっても正当化されないとの
③地方自治体管理空港や国管理空港の着陸料は,
規定が設けられている。大手航空会社とブリュッ
ベルギー国内法(Belgian Law)のもとでその
セル国際空港は翌年,以上のシャルルロワ空港と
基準が決められている。シャルルロワ空港は
ワロン広域圏がライアンエアに与えた助成措置は
ワロン広域圏の管轄下におかれている地方自
同項に抵触するものとして欧州委員会にその是非
治体管理空港である。
21)
にかかる審議の開催を請求した 。欧州委員会は
④従って,今回の助成措置については MEIP
大手航空会社とブリュッセル国際空港の要求を受
が採用されるべきである。しかし,この原則
領し,公開審議を開く旨を決定した。公開審議に
に照らし合わせたとしても,所与の基準はク
あたっては,市場経済投資家原則(Market Economy
リアしていないと判断される。すなわち,こ
Investor Principle:MEIP)の考え方が採用され,
の助成措置は,空港整備投資でも地域振興を
そこでは,もしシャルルロワ空港が民間空港であ
目的とした支出でもなく,ライアンエア1社
れば,同じ環境のもとで同一の助成措置を講じる
のみをターゲットとした“運航費補助”であ
22)
か否かといった点が焦点となった 。
り,それは公平性の視点からも効率上の観点
2004年,欧州委員会は以下の理由から,シャル
からも著しく競争を阻害するものである。
21)EC 条約第88条では全ての国家補助金は交付前に欧州委員会への届出を必要とし,認可を受けなければなら
ないと規定されている。届出がなかった場合には,その補助金は違法と判断されるが,欧州委員会はそれ
が該当領域において明確な政策目標を持っているのであれば,認可を出すことができる。今回の請求では,
この EC 条約第88条との整合性についても審議対象とすべき旨が提案された。
22)具体的には,今回の助成措置によって得られる期待便益は,(民間空港と仮定した)シャルルロワ空港が今回と同
一の環境及び同一の内容でライアンエアに投資を行った際に獲得する期待便益と比較して乖離がみられる
のか否かについてである。言い換えれば,MEIP は空港やその関係自治体によって拠出される助成措置によ
って生ずる競争上の歪みを計測する手法であり,先に述べた EC 条約第87条第1項との整合性を判定するベ
ースともなる。なお,ここでは市場内部におけるリスクや資本費用の多寡が情報として必要になり,公的
主体であるがゆえのアドバンテージ(=ファイナンスに容易にアクセスできることや経営破綻にかかるリスクが少な
いことなど)や助成措置に伴って生ずる正の外部効果(=雇用創出,周辺地域開発など)は判断基準に含まれない。
EU における航空自由化と LCC の展開
69
⑤ただし,ライアンエアのプロモーション& PR
択肢の増加に寄与することから,今後,そうした
活動推進と1路線開設につき,16万ユーロを
助成措置は法制度の範囲内において積極的に促進
補填するとした助成措置については,セカン
していくであろうとコメントしている23)。これに
ダリー空港の利用改善や空港を用いた雇用創
対して,ライアンエアは今回の決定後に,欧州裁
出,周辺地域開発に寄与すると考えられる。
判所への上告を示唆するとともに,2004年4月29
これは EC 条約第87条第3項(C)の例外規定
日を以ってロンドン・スタンステッド ─シャルル
(交通産業の発展に資する助成)にあたると想定
ロワ路線を廃止する意向を表明した。その理由と
されるため,受領金額は返還しなくとも良い。 しては,助成措置の一部返還によって現行の費用
欧州委員会は以上に加え,今後,国,あるいは地
水準が維持できなくなった場合,採算がとれなく
方自治体が EC 条約第87条第3項(C)を取り付ける
なるためであると主張している24)。
にあたって必要となる条件を下記のように提示した。
EU における LCC の伸展が競争に与える影響は,
①新規路線開設において必要な助成である根拠
以上のシャルルロワ空港のケースのみに止まらな
を明確にし,空港使用料の割引や各種特典の
い。LCC のビジネスモデルの1つにオンラインに
交付にあたっては透明性を確保しつつ,公平
よるチケット販売があげられるが,LCC によって
な処置を取らなければならない。
利用される典型的な手法としてスクリーン上では
②助成措置の期間やその額には限度が設けられ
0 . 99ユーロ,あるいは1ユーロといったディスカ
なければならない。具体的な基準としては,
ウント運賃をあらかじめ提示する。そして,予約
助成額に関しては新規路線開設において生じ
確定の段階になって初めて空港使用料,航空保険
たコストの50%まで,助成措置の期間は EU
料,手数料といった料金が上乗せされる。時には
加盟国内の point-to-point ネットワークでは
同じ路線や便でも予約を行う国ごとにスクリーン
5年,それ以外のネットワークについては15
上に表示される価格が異なることもある。こうし
年程度が望ましい。
た価格表示による混乱は消費者の反発をまねき,
ライアンエアは2001∼2003年の間にシャルルロ
LCC には苦情が相次いで寄せられた。このよう
ワ空港とワロン広域圏から受領した金額の一部(=
な問題は新ルールの策定によって解消されるとは
400万ユーロ)を返還した。同様の動きは,ストラ
言われているものの,航空利用者にはオンライン
スブール空港やストックホルム・スカブスタ空港
上でのディスカウント運賃の表示がすでに LCC の
などライアンエアの EU 内拠点空港においてもみ
ブランドとして定着していることから,そうした規
られた。欧州委員会の決定が LCC 全体に対して
制はさほどインパクトを持たないとの見解もある。
どのような影響を及ぼすのかは不明であるが,少
山内・上山(2003)によれば,従来,厳格な規制
なくとも欧州委員会は本決定が LCC と空港間の
下におかれた産業において競争が導入される際に
交渉には何ら問題を与えない。そもそも,欧州委
は,平等な基盤のもとで競争を推進するために,
員会は航空市場を常に競争下におくことを念頭にお
何らかの公的な介入が要求されると主張する。そ
いている。LCC による地方空港やセカンダリー空
の手法としては,非対称規制の導入と競争基盤の
港の活用はハブ空港の混雑回避と航空利用者の選
均一化の2点があげられる。前者は規制緩和の早
23)European Commission(2004)
,pp. 4 - 5参照。
24)山内(2004), 33ページ参照。その一方で,ロンドン・スタンステッド−シャルルロワ路線の廃止にかかるい
ま一つの理由は,高速鉄道(ユーロスター)の時間短縮やロンドン−ブリュッセル路線の新規参入の増加にあ
ると言われている。
70 運輸と経済 第 70 巻 第 6 号 ’
10 . 6
い段階で導入される方法で,後者については,競
Ryanair model”, International Journal of Transport
争がある程度,伸長した段階で適用される方法で
Management, 2, pp.89 - 98.
ある。シャルルロワ空港のケースや価格表示によ
, “European airline
[7]Brueckner, J.K., E., Pels(2005)
る混乱のケースは後者の競争基盤の均一化にあた
mergers, alliance consolidation, and consumer
ると考えられる。しかし,欧州委員会の対策はい
welfare”, Journal of Air Transport Management,
ずれも競争基盤の均一化の観点から何らかの回答
11, pp.27- 41.
を示してはいない。LCC を推進しつつ,公平で透
[8]Dennis, N.(2005), “Industr y consolidation and
明な航空市場を確保する上で,EU に残された課
future airline network structures in Europe”,
25)
題は少なくないものと考えられる 。
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, “The sustainability of the
[6]Barrett, S.D.(2004b)
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25)2004年4月にライアンエアが欧州裁判所に上告した裁判の判決は,2008年11月17日にライアンエアの全面
勝訴という結果となった。欧州裁判所の決定によれば,民間空港,地方自治体管理空港に関わらず,同一
の助成措置は数多く取られている。ワロン広域圏とシャルルロワ空港も民間空港と同様に空港を運営する
事業体の一つとしてとらえられ,民間空港との差異はほとんど見当たらない。MEIP は対象となる事業体が
公的主体である場合のみ採用されるが,それは民間空港のケースであっても適用されるべきであるという
ものである。
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